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個人用・練習用
自分のトピックを作る
11:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:00:54
「お礼を言われるほどのことはしていませんよ。困っている人を助けるのは当然の務めでしょう?」
口元に笑みを湛えながらも、優しい声音でゆったりとした口調でそう述べて。相手の笑みに微笑みで返し
「この道をまっすぐ行けば私の家です。足場が悪いので、躓かないよう気をつけてくださいね」
途中で一旦足を止めれば、更により一層暗くなっている一本道を指しながらもそう言い、再び歩き出して
12:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:01:40
困った奴を助けるのは当然のこと、そう言う環を見つめ「そう、ですよね……」と相槌を打った。思わず顔を俯かせて考え込んでしまう。
この世界の人は、自分を食べようと、捕まえようとする。
環とは別の、考え方を持つ者達だ。
見上げた空は自分の居た世界の空と同じようなはずなのに、吸い込まれるように感じ、恐怖が自分へと襲い掛かってくるように思える。
_______早く帰りたい。
なのにも、帰れない。
このもどかしさと焦燥が胸に渦巻いて気持ちが悪い。
グッと胸倉を抑えた。
隣にいる環はとても優しくて自分に食べようともせずこうやって助けてくれている。第一、しゃがみ込んでいた自分に一番最初に声を掛けてくれた。
多分、不思議な人。安心出来る人なんだと思う。
それでも、この不安と心配はなくならない。小さな芽がある。
まるで道端に咲く雑草のように、いつ抜かれるか怖くて堪らない。
冷たく過ぎ去る風が帰ることは不可能であろう、と言っているかのように頬を、髪を撫でていく。
両手を握り締め、唇を軽く噛んだ。
「この道をまっすぐ行けば私の家です。足場が悪いので、躓かないよう気をつけてくださいね」
足元だけを見て環に寄り添うかのように歩いていたら声を掛けられる。
ハッと目を見開き、顔を上げれば環が更に暗い道を指して言うのだ。
呑み込まれるような黒に固唾が込み上がってくる。
少しだけ、ほんの少しだけぷるぷると震える手を隠すように押さえ微笑んで見せた。
「あ、はい……忠告ありがとうございます、ね」
自分の返答を聞いて再び歩き出す環の後を一生懸命に、はぐれないように生まれたての雛鳥のようについていって。
13:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:02:16
ざく、ざく、ざく。地面を踏む音に、ぽきぽきぽきと時折小枝の折れる音が混じる。
街灯が無い田舎にある夜道という表現が似合う暗さだろうか。毎日のようにこの道を通っている環にとってはすっかり慣れ親しんだ闇路であるが、後からついてきているであろう青年にとってはそうではないだろう。今歩いている道の輪郭さえもよく見えないのではないだろうか。暗闇とも言えるほど暗い場所にいる。こんな時だけはあの外来者の証とも言えるあの提灯が役に立つのだろうな、とそう思うと同時にその事実が少し皮肉めいたものに感じてしまい。
――しばらく歩いただろうか。感覚的には家まで半分くらい歩いた気がするから、もう折り返し地点といったところか。ふと、きちんと相手がそばにいるかどうか気になってしまい、歩く速度を幾分か緩くしては相手が居るであろう方向へと顔を向けて
「……周くん。ちゃんとついて来ていますか?」
彼に対して発した言葉通り、確認するような声音でそう問いかけて。無意識に細められた目からは心配や不安の感情も少しばかり表れ出ているようであり。
しかも奇妙なことに、日比谷が持っている提灯以外には光が感じられないほど晦冥とした場所だというのにも関わらず、環の瞳はまるで暗闇にいる猫の目のように爛々と輝いていた。眼光は淡く黄味を帯び、平常時よりも輝きが増している。人間には無い特徴故だろうか。どことなくこの世界の不気味さを増幅させるような、そんな雰囲気が環に纏わりついていて
14:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:03:19
ざくざくと馴れたように進む環の足音と恐る恐る後を尾いていく自分の足音が暗闇に鳴り響く。
恐怖を煽ってくるような街灯のない田舎のような夜道にびくびくしていても何故か不安を隠すように、息を潜めてしまう。
環にはこんな夜道、恐がっていると思われたくはないのが本音だった。出会って最初に泣きべそをかいているのを見られてしまっていたしこれ以上、男らしくないところを見せたくはない。
輪郭のない道に転びそうになって声を上げてしまいそうになるも慌てて舌を噛み、冷静を保とうとしてする。そうしようとしている時点で手遅れだと自分でもわかっているが。
自分の持つ提灯を持つ手がカタカタと煩わしいくらいに震えるのが光に当たって見える。
提灯を足元にかざしてみれば環の足があって、良かった、近くにいると安心感が胸に流れ込んでくる。
歩く速度を幾分か緩くした環はこちらに顔を向けて、
「……周くん。ちゃんとついて来ていますか?」
そう問いかけられ、周は提灯を声のする方へと提灯を持つ手を上げてみる。
やんわりと優しい光に当たってちゃんと環の美しい顔が見えた。
確認するような声音と心配と不安の感情が表れ出ている猫のような瞳を瞬かせて。
「尾いて、来ていますよ」
おどおどした声に自分でも恥ずかしくなるが恐怖心を環に悟られないように笑って見せるが彼は自分の頬が羞恥心から赤らめて、恐怖からかその提灯を持つ手と身体が無意識のうちに細かく震えていることに気づかないでいて。
環の瞳は暗闇にいる追いかけてきた猫のように爛々と輝いていて、その奇麗さからドキッと胸が高鳴り、周は息を呑んだ。
奇麗なのにもこの世界の不気味さと恐怖が表れているようでぞわっと肌が粟立つのを感じ一歩後退りをしてしまい。
15:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:04:32
「ちゃんとついて来ているのなら、それで良いですけど……」
環の瞳はいわゆる夜行性動物由来のものである。故に、周囲が暗かろうとある程度目には見えるようになっているのだ。つまりは日比谷の様子もそれなりには分かるわけで。きっとこの子は怖いのを隠そうとしているのだろう。あまり良いとは言えないぎこちない笑みと、どこかよそよそしいような素振りからそう察する。
まぁとにかく、彼がちゃんと後ろにいるか確認を取りたかっただけだ。相手は少し不安に駆られているようにも見えるが、家まで案内する分には問題無いだろう。そう判断すれば至って落ち着いた声でそう述べる。周りからも薄々強がっているのだろうと分かるくらいには恐怖心が肥大している彼とは対照的な様子である。ちょうど環が話しているときに大きめの枝を踏んだのか、少し大きな音が立つもさほど気に留めていない様子であり。相手から目を離せばまた前を向いて
「……あ、よろしければですが、手でも繋ぎます? あなた、はっきり言って、怖いんでしょう?」
しかし、前を向いた刹那、ふと環の脳内に面白い考えが思い浮かび。頭に思い浮かんだそれは日比谷にとっては楽しくないものだろうが、環にとっては少なくとも最低限の暇潰しにはなるだろうもので。
今度はちらっと見る程度だが、またすぐに相手の方に顔を向ければ、からかうような声でそんな提案を持ち掛ける。これこそがついさっき思い浮かんだ考えである。彼を少しからかいたくなったのだ。恐怖でいっぱいなのだろう?と相手の胸の中を言い当てながらも、決して断言する口調ではなく。あくまで問いかける形でそう言いながらも、まるで楽しむかのようににまっと目を細めては相手を見やり。
16:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:05:27
「ちゃんとついて来ているのなら、それで良いですけど……」
確認するような環の声に頷き、息を吐く。
思わず後退りをしたらボキッと少し大きめな音が辺りを響き、普段ならなんてこともないのに膨れ上がった恐怖心が飛び出しそうになってしゃがみ込んでしまいそうになる。
静かに噴き出す汗が冷たい夜の空気に冷やされ、ぶるっと震え鳥肌が立つ。もう隠しようがないと諦め掛けていたその時、環にこちらをジッと覗き込むように強く見つめられ込み上がってきた固唾を呑み込んだ。
「……あ、よろしければですが、手でも繋ぎます? あなた、はっきり言って、怖いんでしょう?」
じぃっとからかいに満ちた声でそう提案してくる環に多少の苛立ちと見透かされていたという焦燥を抱いた立派なびくともしない男でありたい周は少しだけ口を尖らせてしまう。
「べッ、べべ別にッッ! こ、怖くなんてありませんしッッ夜道が怖いなんてそんな女の子でもないしッッ」
という自分の強がる子供のような声に内心吃驚しながらもそんな下手な意地なんて環にとっては面白いことでしかないではないか、と呆れる気持ちが滝のように流れ込んできて。
楽しむかのように奇麗な瞳を細めて周を見つめる環から目線を逸らし、宙を泳ぐ。何か面子が崩れず手を繋いでもらうようなことはないかと考えるように顎に手をやって考えても良いことは思いつかず結局素直に認めようと諦め、息を吐いた。
環を見つめ、だけど、恥ずかしくて眼を合わせることは出来なく顔を背きながら「……繋いで……下さ、い……」とかっすかすな蚊のなく声で言った。
耳の先から鼻先まで真っ赤に染め、力なくかぶりを振り、環に聞こえるように声を出す。
「つッ、繋いで……もッ、貰え……ます、か……っ」
カタカタと細かく震える手を差し出し、上目遣いに環を見て。
17:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:06:28
「それではまるで、私が女じゃないみたいな口ぶりじゃないですか」
完全否定する相手にそう揚げ足を取り。完全に言葉の綾というやつだし、否定したいがために咄嗟に出てきた言い訳で相手もそう本気で思っているわけではないだろう。環はそれを理解した上で、相手が何かを考えている最中、口元を服の袖口で隠せばシクシクとわざとらしい泣き真似をしてみせ
「あら。先程は確か怖くないと仰っていたような……まあ、女の子みたいに怖がってばかりの周くんですものね、ふふっ」
しかし相手から何か聞こえれば、泣き真似をやめて視線を相手の顔へと向けて。そうして再度繰り出された相手のお願いに、今度は愉快だとクスクスと楽しげに笑いを溢し。最初からそうしておけば良いものを。相手にそれが伝わるか否かはさておき、遠回しにそんな意味も込めて、先程の相手の発言を武器にそう揶揄ってみせる。完全に相手の反応を楽しんでいる態度である。しかし彼から差し出された手を握る手つきは包み込むように優しいものであり。……いや、実はと言うと、内心ダイレクトに伝わる相手の震えに笑いが止まらないのが本音だ。それを環はなるべく表に出さぬよう、意識して優しく手を握っているだけである。
「って言ってももう折り返し地点過ぎてますし、あともう少し頑張れば家ですよ」
とはいえ家に着くまで相手がずっとこの調子では、面白いといえば面白いが堪ったものではない。相手の恐怖心を和らげようと、先程の揶揄うときとは違う優しい声音でそんな言葉を掛けつつも相手の歩くペースに合わせて
18:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:07:16
「それではまるで、私が女じゃないみたいな口ぶりじゃないですか」
考えて居れば心底傷付いたような言葉を言いながらシクシクと泣く環に周はぎょっと目を剥いてしまう。傍から見ればわざとらしい泣き真似だと分かるものの周からは本当に泣いているように見えたのだろう。
「え!!? そッ、そんなつもりで言ったんじゃ……ご、ごごめんな、さい……ッ」
こういう時どうすればいいのだろうとあわやあわやと手を動かす周は泣き止んでと子供のように環の顔を覗き込んで「環さんは、立派な女の人ですよ……」とたどたどしく言って見せ。
「あら。先程は確か怖くないと仰っていたような……まあ、女の子みたいに怖がってばかりの周くんですものね、ふふっ」
対応に困っていればケロッと表情を変えくすくすと愉快愉快と笑みを溢して周へと顔を向けてくる環を意味が分からないとばかり瞬きを繰り返して。
先程の自分の発言を武器にし楽しんでいる環を前に周は泣き真似だったのかとようやく気付き騙された自分が恥ずかしいと言っているかのように頬を完熟林檎の如く真っ赤に染めらせて。
「……ッ」
けれども怒りをあらわに出来ないのは。歌うような軽い言葉と恐怖で震え上がる自分の手を優しく包み込むような温かい手に安堵しているからなのだろう。
どれだけ馬鹿にされても恥ずかしいと思うばかりで口が言いたいことを吐かせてくれないのだ。
「って言ってももう折り返し地点過ぎてますし、あともう少し頑張れば家ですよ」
励ますような言葉に強く深く頷いて、環を見つめる。
楽しんでいる態度であるはずなのに寄り添うような優しい声音、合わせてくれるペースに周は泣きそうになり、とくんと鼓動する胸に手を添えて「ありがと……ござい、ましゅ……」噛んだことにも気が付かないまま言って。
19:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:18:43
相手は先程と比べ、幾分か落ち着いたらしい。いや、簡単な言葉ですら噛んでいる時点でまだ何かしら心に乱れがあるだろうとは思うが、比較的冷静さを取り戻したように見えた。歩く度にぽきりぽきりと小枝が折れる音が聞こえる。彼にとってはそろそろ聞き馴染みのある音になりつつあるのではないだろうか、等と考えつつ、先程の彼の反応を思い返す
「先程の……まさか泣き真似に引っかかってくれるとは。私、少々演技や嘘が下手でして、他の方々はあまり騙されてくれないんですよ。ええ、とてもゆか……いえ、あなたは優しい心の持ち主ですね」
先程の、と話を切り出しつつ。まさかあの程度の真似事に引っかかるなんてお人好しにもほどがあるだろう、もしくは馬鹿にもほどがあるだろうと、そんな軽い侮蔑のような意味を含ませてはそう言い。そうなのだ、こんなに他人を疑わない人間など、最初に出会ったのが自分でなければもうとっくに死んでいるところだろう。自分だって、その気になれば彼を殺められる。とどのつまり、これは言い換えれば、彼は自分によって生かされているも同然なのだ。意図していなかったが、そんな確信に似た感情をふと改めて認識して。とはいえ、先程揶揄った時の相手の反応は素晴らしく面白かった。愉快だったと危うく本音のまま口を滑らせそうになるくらいには。すぐに別の言葉に言い換えつつ、心の底からそう思っているかのような慈愛を感じさせるような笑みを浮かべる。本音が出そうになったことにはことごとく知らんぷりを決め込み
20:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:19:54
ぽきり、ぽきりと環、そして自分自身が鳴らせる音にふぅ、と落ち着きを戻しその音に耳を傾ける。
「先程の……まさか泣き真似に引っかかってくれるとは。私、少々演技や嘘が下手でして、他の方々はあまり騙されてくれないんですよ。ええ、とてもゆか……いえ、あなたは優しい心の持ち主ですね」
演技や嘘が苦手だと言う環に周は眼を剥いて「そ、そうなんですか……意外で、いえ、えっと」十分に上手だと思うがと周は言ってしまいそうになり慌てて口を噤む。
環が口にしそうになった軽い侮辱を孕んだ言葉にも気が付かず素直にその優しい心の持ち主何だと言う事を受け入れる周はやはり馬鹿でしかないのだろう。
「優しいだなんて……そんなっ」
やはり、馬鹿である。
照れ臭いと言うように頬をちょんちょんと人差し指で掻けば褒められた、と子供のように嬉しがる様子は目に耐えない。心底心に来たのだろう、眼を細めれば緊張した気に両手を後ろにやる。
俯かせた顔を前にやれば慈愛に満ち溢れた優しい微笑を浮かべた環が目の前に居て周は眼を見開いてから「はは」と笑いを溢す。
「環さんも、優しいですよ。一緒に居てくれて、その………あ、ありがとうござい、ます……ね!」
やや上目遣いにそう言えば環の思っていることも知らず余地もなく、本気で環が優しいとばかり言って。
21:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:21:08
心にも思っていないことをそれっぽく言うのは慣れている筈が、知らず知らずのうちに多少の緊張を覚えていたらしい。とりあえず鈍感な人で良かったと、すっかり騙されている相手を見ながらも内心少しばかり安堵して。ぽわぽわしている相手の様子を見つつ、僅かに目を細める。こうも簡単に誤魔化しが効くとは、やはり人間は馬鹿であるようだ。
「ええ、まあ……貴方のような人間は、側にいて守ってあげなければいけない存在ですから」
相手の言葉にふっ、とちょっとだけ口角を上げながらそう言って。狡猾な者が多いこの世界では、このような単純な生き物はすぐに喰われてしまうに違いない。それを防ぐためにも、自分は人間を守らなければいけない。まぁ、人間そのものに興味があるからというのも理由の一つ……いや、実を言えばそっちの方が大半を占めてはいるのだが。
「──さあ、着きましたよ」
そうこうしているうちに暗がりの道も終点が近づいてきたのか、月明かりが差し込みはじめ。木造の家が見えはじめれば、相手に向かってそう呼びかけて
22:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:21:51
「ええ、まあ……貴方のような人間は、側にいて守ってあげなければいけない存在ですから」
環のその言葉に周は明らかに動揺してしまう。
「えッ」と短く声を上げ瞬きを繰り返せば不貞腐れたように口を尖がらせて不機嫌そうに眉根を顰める。
「………僕だって男です………気持ちは嬉しいですけど……環さんに守られてる素直に自分が格好悪くて何だか……嫌です」
小さな声でぼそぼそと呟く周は上目遣いに口角をふ、と上げている環を見つめ視線を落として。
「──さあ、着きましたよ」
真っ暗闇で自分の恐怖心を煽っていた道にも月明かりが差し込みはじめ、やっと周は周りを見渡せるようになる。月明かりに照らされた道はきらきらと光っているようで周は眼を見開いて、表情を綻ばせた。
澄んでいる空気を吸って吐き、深呼吸を繰り返す。風が、自分の頬を撫でる心地良さに目を伏せて木造の家が見え始めた景色に「あれが環さんのおうちですか……」と呟いてこれで一安心だとばかり環を一瞥して。
23:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:23:02
「ええ、……少し、そこで待っていてくださいね」
ここまで来たならこれ以上のサポートは要らないだろうと相手の手を静かに離しつつ、相手の呟きに頷いて。
家の入り口近くまで歩いては、早速家の中へと招き入れよう、そう考えるも一つ問題点があることに気付き。その問題点とやらはよく世間で言われるような、家の中が汚いとかでは決して無い。けれど、今の家の中はというと、疾しいものではないものの、彼に見られては幾分か不都合なものがインテリアとして飾られている状態だ。まずはそれを片付けないといけない。
キィィと軋んだ音を立てながら家の扉を開けつつ、そう指示を投げる。先程までビクビク怯えていた彼を外に一人放置するのは些か非情かもしれないが、此処は月も出ているしそこまで暗くはないのだ、大丈夫だろう。そう考えつつ家の中に入っていき
24:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:23:54
「ええ、……少し、そこで待っていてくださいね」
環の手が静かに離れていく。その途端、心にぽっかり穴が開いたように自分の頬を掠める風が同時に通るように冷たく、ひんやりと凍っていく感じが何故かして周は声には出さないものの眉を顰めた。
そこで待っていろ、キィと扉を開けて環に投げられた言葉に何度も首を振って「わかりました」と出来るだけ安堵いっぱいな声を出し微笑んでみる。
一人になった周は、はあああぁと一気に疲れが押し寄せて来て大きく息を吐いた。
「あーもう、怖くない怖くない……大丈夫っ」と突如自分に襲い掛かろうとしていた奴らが思い出し周は言い聞かせるように呟き。
25:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:25:29
「──お待たせしました、もう中に入って大丈夫ですよ」
環が家に入って十数分後経ったあたりだろうか。キィイッと軋んだ音を立てながらも玄関の扉を開ければ、半身を外へと覗かせては相手の方へと顔を向ける。にこりと穏やかな笑みを携えたままそう言えば、家の中へと招くような仕草を取りつつも、相手が入りやすいようにと扉付近から少し離れて。
環の家の中はそれほど物が散乱しているわけでもなく、どちらかといえば綺麗に片付いている部類に入るだろう。……いや、正確に言うならば、『生活感の薄い、まるでミニマリストを連想させるような家の中』が正解であろうが。
26:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:26:17
「──お待たせしました、もう中に入って大丈夫ですよ」と声を掛けられたのは十数分後。
にこりと穏やかな笑みを携えたまま言って家の中へと招くような仕草をする環にぺこぺこと「失礼します……」と俯きながらも環の家に入っていき。
そう言えば人の家、もっと言うなら女性の家に入るのは初めてでは、と気付いてしまい何だが変な気分になってしまう。どきどきと胸躍らせるも緊張して歩く姿はかちかちになってしまっていたが部屋を見た瞬に周は表情をなくしてしまう。
「……えっと」
喉から何とか声を絞り出す。環の部屋は、本当に生活しているのかってぐらいに物がなく、テレビに出るミニマリストのように片付いていて。もっと言えば殺風景で、想像していた女の子の部屋、とは思えない感じで黙り込んでしまう。
まあ、言って見れば女の子、ではなくそもそも論で人間ではないし、と整理をする周は笑いながら「わ、わぁー……綺麗ですね、えっと僕の部屋なんかごちゃごちゃ本とか散乱してますよ」と言い。
「環さんてお片付け上手なんですね、ほんと凄い。生活してるのかなって思うくらいで驚いちゃいました」
あ、っと出してしまった本音に心の中でああっと唸っているが周は笑顔でにこにこしていて。
27:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:38:25
◇ 環と日比谷周
>周
>2 >4 >6
>8 >10 >12
>14 >16 >18
>20 >22 >24
>26
>環
>3 >5 >7
>9 >11 >13
>15 >17 >19
>21 >23 >25
28:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:39:41
此処に来てからどれくらい時間が経ったか。水の中から空を見上げつつ、ヴァルプは考える。とはいえ空の様子が全く変わる素振りは依然として無く、近くに時間を確認できるものも無い。そんな状況下に置かれているヴァルプには到底答えることのできない疑問であった。考えても分からないものは分からない。やがて匙を投げては現実逃避するように、水中を泳ぎ回る。この一連の行動はヴァルプの習慣になりつつあった。
(……早く帰りたい……けど、ここだけは居心地が良い)
此処の訳の分からないやつらに迫害され逃げ回った結果、偶然見つけた場所ではあるが、この場所は中々に良い。海みたいに広くて深いからか、水中に身を潜めていればやつらに見つかることがあまり無い。
(……そろそろ、上がるか)
ずっと水中にいてもなんてことは無いが、なんとなく息継ぎをしたり、日向ぼっこしてみたりしたくなるものだったり。もっとも、此処では日向ぼっこというよりは月光浴び、だろうが。そんなことを適当に考えながら、いつものように、ぷは、と小さく音を立てれば水面から顔を覗かせて。
「…………誰か、いる?」
いつもなら一旦水辺まで上がるところだが、なんとなく様子がいつもと違う。ただ何となくそう感じ取れば、その場でじっと水辺の方を見ながらもぽつりと呟く。暗くてよく見えないものの、数秒もすれば、ヴァルプには弱々しい淡い光とそれに照らし出されているらしい謎の黒いシルエットがじんわりと浮かび上がっているのが見えた。なんだあれ、気持ち悪い。今の状態では正体がいまいち掴みきれないせいか、そんなストレートな感想が頭を過ぎった。
……気付かない間になにかのオブジェクトが置かれていたのだろうか。それとも例のやつらが自分を探しに来たのだろうか。なんにせよ、不気味なそれの正体を調べる必要があった。もしやつらならば、そのまま遠くへと泳いで逃げてしまえば良い。
(それに照らされなかったら大丈夫、な筈よね)
夜間の水場は光にでも強く照らされなければ、水面下の状況なんてあまり見えないだろう。そう踏んだヴァルプは再び潜ると、ゆっくりとした速度で音をたてないように努めつつ水辺へと近づいていって
29:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:40:29
足に水がかかる寸での所までやってきた哲也は、ぼんやりと水平線を見つめながら考えていた。
消えた神社と大きな鳥居。無くなった帰り道。幻想的な風景。そしてこの海らしきもの。
哲也は幽霊や異世界等のオカルトじみたものは信じていなかったが、流石に今の状況は“自分が異世界にいる”としなければ説明がつかないだろう。むしろそうでないなら自分が気づかぬうちに攫われて、なおかつ遠くまで運ばれてたということになる。そっちの方がよっぽど現実的ではない。
「(さて、どうするか)」
普通の人間であれば戸惑い、大なり小なり時間のロスが生じるだろう。しかし哲也は、幼少の頃に記憶がなくなってから今まで、“普通の人間”とは呼べない人間になっていた。
知らない場所に一人取り残された恐怖や混乱。本来感じる筈のものは一切彼の中には存在しない。だがそのおかげで、人より素早く冷静に判断することができるのだ。
――ひとまず、先ほど通った道を戻ってあの明るい所に行ってみようか。今なら人がいるかもしれない
そう、顎に手を当てながら考えていた時
「! ……誰かいるのか?」
視線を感じた、様な気がしてボソッと独り言ちる。
哲也は別に視線に鋭いわけではない。だからこれは“シャワーを浴びている時、背後に誰かがいる気がする”と同じことで、ただの気のせいかもしれない。さっと周囲に視線を向けても、依然と闇のような海(らしきもの)があるだけ。水の音以外物音もしていないし、そちらの可能性の方が高い。
だが右も左も分からない状況で、手掛かりになるかもしれないものを逃がす訳にはいかないと
「すみません。俺、会社帰りだったんですけど道に迷ってしまって。誰かいませんか?」
威圧的にならないように注意して。本心では何とも思っていない(明日の会社どうなるんだろうとは考えている)くせして、声だけは困り果てた好青年のように。
手燭を周囲にかざしつつ、問いかけて
30:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:41:26
決して泳ぐ音はたてないように、一歩、もう一歩と、確実に距離を詰めながらゆっくり近づいていく。あの謎のシルエットまでもう少し、といったところで、
(……!)
何かが話しているような声がして、思わず泳ぐ手を止めてしまい。なんと言っていたのか言葉までははっきりとは聞こえなかったものの、どことなく人の良さそうな、落ち着いた声であった。また、謎の声が聞こえたと同時に、さっきまで一点に留まっていた筈の淡い光がぼわんぼわんと左右に揺れ始めたことを観測して。
一体、なんだっていうんだ。予測不可能な動きを見せる光に、何とも言えない漠然とした不安と隠し味程度の興味を覚えながらももう少しだけ水辺に近寄り。
水中からということもあってか謎のシルエットの正体は闇に包まれたままで依然として掴めず。恐らく謎のシルエットのものは自分の意思でしゃべったり動いたりしているのだろうと、新たに手にした情報を元にそう思案を進める。そんな条件に当てはまるものでパッと思いつくものなど、
(は、……もしかして、人?)
人ぐらいしかいないだろう。
少なくとも、ここはこの世界の者たちがあまり来ない場所だ。……だというのに、何故こんな所に人がいるのか。まことに困惑せざるを得ない状況に素直にそう思いながらも、更にもう一つの疑問が思い浮かぶ。
今、水辺にある黒いシルエットの正体が人だというならば、その人は自分の敵なのだろうか。それとも味方なのだろうか。
……判断がつかない。結果、まだ様子見を決めこむことにしたのか水中から姿を現すことはなく。しかし何かしらの形でアクションを起こすべきだと思ったのか、代わりにぶくぶくぶく、とその場で少しだけ泡を吐き出して。ヴァルプの吐き出した泡は水面へと浮かび上がり、やがて弾けるだろう。
31:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:42:54
ぷくぷく、ぶくぶく。
言葉にしたらそんな音だろうか。見ていた方向の真反対からそんな音がして、音のした方向を振り向く。
先ほどまで波以外何もなかった水面に浮かび消えていく泡が、かすかに見えて。
「(何かいるのか?)」
魚であればキャンプやサバイバル生活をしたことがあるから調理の仕方は分かる。しかし、ただの勘だがこれはそう言ったものではない、と思った。
泡が出ている場所は今いる場所からそう遠くはない。入っていけば捕まえられる、もしくは正体がわかるかもしれない。が、何がいるかも分からない今それは得策ではないと判断し、手燭の明かりだけで何とか見えないか試すも
「(駄目だな。やはりこの明かりでは、上手く見えない)」
やはり入ってみるしかないかと、考えたその時――!
「あ……月が」
サァと、風が頬を撫で。ほぼ同時に、遠くで雲に隠れおぼろげな光を放っていた月がゆっくりと顔を出した。
そのおかげで自分自身の姿も照らされ、また手燭に頼らずとも周囲はパッと明るくなる。そして完全に雲から顔を出した月は、自分と彼女を繋ぐ架け橋を水面に作り出した。
少し大きくなった波と共に青い糸のような物が揺れている。――否、あれは髪だ。
魚の水かきのようなものが見える。――否、あれは耳だ。
青白い何かが見える。――否、あれは皮膚だ。
青く輝く二つの宝石が見える。――否、あれは、目だ。
そこにいたのは魚ではなく、人。女性だった。
その時。
テレビを見ても、街中を歩いても。友達が「あの子可愛いな」と言っている子を見ても、ピクリともしなかった自分の心臓が、久しぶりにトクントクンと早まっていくのを感じた。
初めて見た、人ならざる姿をした彼女。あぁ、しかし、今まで見てきた誰よりも
「――綺麗だ」
思った事を一音一音確かめるように言葉にする。何年ぶりかの胸の高鳴りを覚えつつ、呆けたまま名も知らぬ女性の瞳を見つめて。
――ピシッ
手燭のガラスがひび割れた小さな音は、風の音に攫われ自分の耳には届かなかった。
数秒間見つめていたが、はっと気が付き、すっかり元の調子に戻って。口周りに手燭とは反対の手をあて
「キミは、ここらへんに住んでいる人? あの、俺、怪しい者じゃなくて! 帰りにちょっと迷っちゃってて、できれば道を教えてほしいたいんだけど! 今、大丈夫ですか?」
と、女性に向けて、水の中にも聞こえるように大きな声で問いかけて。
32:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:43:43
かかっていた雲が去り、露わになった月がゆらゆらと揺らめく。月から伸びる光が水面へと差し込んできては、星が散ったように光が弾け、水中を明るく照らし出して。まるで舞台が一気にライトアップされたように、明るくなった視界に映した謎のシルエットの正体はやはりというべきだろうか。予想していた通り、人であるように見えた。水面下から見ているために視界は多少歪んでいるが、姿を窺う限り、相手は男らしい。
――ああ、それよりも。この得体の知れない者に己の姿が完全に見えてしまっているのだろう。男の双眸が、しっかりと此方を捉えている。相手から気付かれないように偵察をするつもりが失敗してしまった。今更身を隠すように逃亡しても恐らくは無意味だろう。さてどうしようかと、為す術無く狼狽えかけたその時、男が口を開いた。突然のことで男の話に耳を傾けるより他は無く、さらにどうやら話を聞くところによれば彼は迷子だから道を教えて欲しいのだ、と。……ひとまず、とりあえずは自分に危害を与えてくるような者では無いらしい。
しかし、自分も言ってしまえば迷子のようなものである。それに、この辺の土地勘など無いに等しいようなものだ。最初は変な通りのような場所にいたことは覚えているが、そこからどうやって此処に来たのかなんて覚えているはずもなくて。男の申し出を断ろうと、口を動かそうとした所で気付く。水中で喋っても相手にこの声は届かない。
一旦その場で半回転しつつも相手との距離を少し取れば、水面から上半身のみ出して。すっかり濡れている髪をかき上げながらも相手の方を一瞥する。
「……あんた、迷子みたいだけど。アタシこの海から離れたことないの」
軽く目を細めつつ、俯き加減になりながらも淡々とした口ぶりでそう言い。細かく言えば、正確な情報では無いが半ば真実のようなものだ。実際、此処に来てからはこの水辺のそばを離れたことはない。
「だから、迷子ならアタシじゃない他のとこを当たってくれる?」
面倒だとでも言いたげな目付きになれば、素っ気ないような声色に変わって
33:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:44:31
人生で久しぶりに(もしかしたら初めて)美しいと思った彼女の視線は、厳しかった。
素っ気なく、自分の事など毛ほども興味がない、と言った様子の彼女はいま彼女が浸かっている水のように冷たかった。しかし彼女の外見と相まって、決して以外だ、とは思わなかった。が、どう見ても自分を疎んでいる様子には残念だと思ったが。
「(ん? 残念?)」
それはおかしい。それでは、まるで自分が何かに……彼女に執着している様じゃないか。
今まで、来るもの拒まず去る者追わず、のスタンスだった自分が。
なんだかバグのようで気持ちが悪いと、すぐに忘れることにして、彼女の涼やかな水のような声に傾ける。
「……」
聞きながら考えていた。
そして、彼女が自分以外の所へ行け、言外にここから去れと言う言葉を受けても、しばらく考え続けた末、思わずポロリと零れ落ちてしまった言葉は
「キミは……」
「もしかして引きこもりなのか?」
まったく悪意はなかった。誓って悪意はなかった。だってこの海を離れた事がないというものだから、つい、驚いてしまって。
指とか、しわっしわになったりしていないのだろうかと。きょとんとした表情で、疑問を問いかけて
34:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:45:09
これだけ強く言っておけば、この男は直にこの場を離れるだろう。そう何も疑わずに考えれば、また海の深い方へと戻っていこうとした刹那、男が再び何かを発する。
「……は?」
聞き間違いだろうか。思わず立ち止まってはそう聞き返してしまった。自分で言うことではないが、こういう時はだいたい引き留めたりするものじゃないのか。この男の真意がいまいち分からない。こんな状況で引きこもりなんていう言葉など滅多に出てこないだろう。というより、この男は自分の話を聞いていたのだろうか? そう思わざるをえないくらいに、彼の発言は頓珍漢、場違いなように思えて
「……あのさ。話聞いてた? あんた、意味が分からないんだけど」
はぁ、とわざとらしく溜息をつきながらも胸の前で腕を組んでは、完全に悪態をついている様子でそう言い。同時に眉間に皺を寄せつつも変なやつだと言わんばかりに睨みをきかせる。そもそも相手をしてあげているだけまだマシなんだ。また意味不明なことを言ってきたら無視してやろうかなどと、目の前の男を目の敵にするが勢いで否定的に捉えている様子であり
35:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:45:49
「え、あっ! ご、ごめん。この海から出たことがないって言ってたからっ」
彼女の明らかに不機嫌になった様子に少し慌ててたように謝る。理由を言いつつ、心底申し訳なく思っている、という表情で。
少し脳がいかれていたみたいだ。普段なら滅多としない失敗をしてしまった。
「(負の感情を持たれたら、少しめんどくさいんだよな)」
その場限りならば良い。だが、自分は家に帰らなきゃいけないし、現状周囲には彼女しか人がいない。それなのに今彼女を逃したらまた元道理、八方塞がりな状況に戻ってしまう。
「あぁ、もう、言うつもりじゃなかったんだけど……気分を悪くさせちゃった、よね。本当にごめん」
ガシガシと頭を書きながら、考える。
――彼女にこれが通じるかは分からないが、やらないよりはマシだろう。
「その俺、突然ここに迷い込んで、君に会うまで誰にも会えなくて、帰り道も分かんないし……だから情けないんだけど、すごい怖くなっちゃってさ。君に会えてちょっと気がゆるんじゃったみたい」
眉を八の字に下げた“捨てられた仔犬フェイス(友達命名)”。
友達はなぜか、俺が悪いことをしてもこれで謝れば大抵許してくれる(まあ、通じない相手も一定数いるが)。なぜか聞いてみたら、「その顔で何度も謝られているとこっちが酷いことをしているような気分になってしまって許してしまう」らしい。よくわからない。
もしかしたら彼女も通じないうちの一人かもしれないが、とりあえず自分の場合ここがどこかと帰る道を聞ければ十分だし、多少なりともほだされていてくれたらいいんだが……と言う思考は伝わらないように注意して、彼女を見つめてダメ押しにもう一度「本当にごめん」と謝って
36:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:46:33
「……誰もそんなの聞いてないんだけど」
目の前の男の口から滑るように謝罪の言葉が吐き出される。これでこの男から“ごめん”を聞くのはもう三回目だ。理由を長々と述べて謝るくらいなら、とっととこの場を去ってほしいんだけど。そんな思いを代弁するように大きな溜息を一つ吐けば、相手から目を逸らしたまま半ば投げ遣りに吐き捨てる。決して相手の誠実そうな態度に心が揺れた訳では無いけど、真剣味を帯びた声で謝られるのは何となく嫌に感じた。まるで自分が悪いことをしているみたいだ。こっちだって帰り道なんて分からないのに。少し沸き上がりつつあるそんな焦燥感、ましてやそれが相手由来のものであることに気付けば、苛立ち気味に小さく舌打ちをして。
というよりそもそも、彼に、突然ここに迷いこんだことや、それにより不安になったことを話された所で、自分には何も関係が無い。話を続けていたって無駄だろうに。
(……は、この人……もしかしてさっき、“突然”って言った?)
もうこれ以上話すことは無いだろう。そう結論付け、彼に背を向けようかという所で、ようやくとある可能性に気付く。もしかするとこの男は、自分と同じ部類の者なのかもしれない。そんな考えが頭に浮かんだ途端、先程とは打って変わりあからさまに動揺した目で相手の方を見ては、そのまま彼の手にある燭手へと視線を向け
37:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:48:34
「あっ、ごめん。つい……」
あんまり効かないタイプだな、彼女。
手ごたえは全くなく先程とほとんど変わらない態度。ため息をかれ、舌打ちされた。自分を疎んでいることが丸わかりの態度。
謝りながら考察して
「(しょうがないかぁ)」
このまま先ほどと同じ手法をやっていてもどうにもならない。むしろ今にもまた水の中に帰ってしまいそうだ。
「水浴びの邪魔しちゃってごめんね。また元の場所まで行って帰る方法探してみるよ」
めんどくさいけど、元居た場所まで戻ろう。とりあえず人がいるのは分かったから、今戻れば誰か現地の人と会えるかもしれない。そう考えると彼女に出会えたことも意味があるように思えた。
そう考え回れ右をしようと思っていた時、彼女からの視線を感じた。
「?」
何か様子のおかしな彼女に小首をかしげる。視線は自分の持っている燭手に注目していたから
「あぁ、これ? なんかいつの間にかもってたんだよね。明かりもないから使わせて貰ってるんだけど」
こちらに迷い込んでからずっと自分の手にあったボロい燭手を見ながら、これがどうかした?と問いかけて
38:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:49:07
「何でもない、気にしないで」
相手の燭手を見ながらも、僅かに目を見開く。自分の時と経緯がほとんど一緒だ。見た目は違えど、何か――説明し難いが、本質的に似たような何かを感じる。
しかし、自分と同じ境遇の者がこんな偶然に見つかるものだろうか。相手から見えないように、自身の持っている燭手を手繰り寄せるかのように自分の方へと寄せつつ、考える。突如出てきた動揺が増幅していくのを感じながらも、それを否定するように相手の燭手から視線を逸らしつつもそう言い
「危険があったらまた戻って来れば? ここ、誰も来ないし……これは万が一の話、だけど」
相手が元の場所とやらに戻ることは引き止めないものの、代わりにそんな話を持ちかけて。これで相手が戻ってきたら、自分と彼は同じような状況に置かれていると考えても良いかもしれない。自分がこの国の住民だろう人に見つかった時には、憎悪の籠った嫌な目で見られたものである。ともかくこれで一旦話は終わりだろうと、海の方へと戻って行き
39:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:50:22
「そう?」
少し疑問に思いながら、彼女が気にするなと言っているから、もしもここで引いても彼女は堪えてくれないだろうと思ったのだ。
だから自分も気にしていない風に話を流しつつ、ぼんやりとした光を漏らす自身の燭手を見つめる。先ほどよりも少し火の威力が強くなっている……様な気がする。気がするだけかもしれないけど。
その間、彼女の動きには気を払っていなかったため、『ソレ』に気付くことはなく。
「えっ、いいの?」
純粋に驚いて聞き返す。先ほどまでの態度から、まさかそんなことを言ってくれるとは思わなかったのだ。
「あ、ありがとうっ!」
海に帰ろうとする彼女に向かって声を投げかける。
内心、安堵の息を付いていた。何がきっかけで心変わりしたのか分からないが、一つでも頼れる先がいるのは十分にありがたい。
だから哲也にしては正直に、純粋に。心からの笑みを浮かべて礼を言った。
――まあ、その心が哲也に本当にあるのかは定かではないのだが。
「(もしも戻った先に人がいても、礼はし来ようかな)」
まあその時はまた冷たくあしらわれるかもしれないが。
いつもならばめんどくさいなと思うのに、どうして彼女に対してはそう思わないのだろう。
なんだか自分が全く別物のナニカに変わっていっている様で。このままではイケナイのではないかと、自らその思考をシャットダウンした。
では自分も戻ろうか、と後ろを振り返り一歩だけ足を進める。
しかしその一歩を踏み出した時、彼女の発言をふと思い出す。
――「危険があったらまた戻ってくれば?」
危険って、例えばどういうものなんだろう。
その言葉に言い知れぬ違和感を抱いたが、まあこんな真夜中だし、不良だとかそんな所だろうと自身で結論付け、今度こそ元居た場所に向かうため足を進めた。
40:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:53:13
◇ ヴァルプと工藤哲也
>ヴァルプ
>28 >30 >32
>34 >36 >38
>工藤哲也
>29 >31 >33
>35 >37 >39
41:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:54:03
それは学校からの帰り道だった。
この後模試があるから急いで帰らなくてはならなくて、だから一人で帰っていた。歩いているうちに17時の鐘が鳴ったから、これは急がなくてはならない、と思ったことも覚えている。
それでいつもは通らないような小さな抜け道を通ってみて、気づいたら辺りは真っ暗だったのだ。
「ええ……なんでそうなるかな、わっ……!」
こつん、と足になにかが触れる。石で作られた鳥居だ、と気付くのに少し時間がかかった。足元をよく見てみれば、その鳥居は列になってはるか向こうまで続いているのが分かる。
綺麗だ、と思う。それに誘われるように、何となく鳥居を追い始めた。その列の終わりが見えて、また息を飲む。
───大きな、本当に大きな鳥居だった。とても綺麗な赤色で、奥には古びた神社が見える。その光景は、まるで現実じゃないような。
「わあ……」
まるで魅せられたように、星莉は足を踏み出した。そっと鳥居を潜って抜けたところで、呪いが解けたように我に返る。
待って帰らなくちゃ、と思い振り向けば、もうそこに鳥居はなく。その代わり、手には今どきキャンプでしか見ないようなランタンがある。しっかり火もついていて、LEDのものではない暖かさがあった。
とりあえずその火を見つめて、恐怖心を紛らわそうとするが、ばくばくと心臓は鳴ったままで。
恐怖を振り払って、正面に向き直せば、そこにはまるでアニメの中でしか見ないような光景が広がっていた。提灯、屋台、そして明らかに人間ではない者たち。異世界という言葉が相応しいような、幻想的な場所だった。
「ほんとになんで……?」
ふと足元へ目を転じれば、そこにはなにやら黄色い動くものが見える。目を凝らせば、それがなにやらカワウソのような動物であることが分かって。黄色いカワウソなど聞いたことがない、と思う。
先程の景色が相まって、やはりなにかの霊かなにかでは、と思い身体を震わせて、地面へランタンを突き出せば
42:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:55:16
「って危ねー! びっくりするじゃねーか!」
まさか、いきなりランタンを突きつけられるとは思っていなかったのだろう。相手が地面へとランタンを突き出したときにちょうどその場所に居たのか、思わず後ろのほうにのけぞりながらも威嚇するように尻尾の毛を逆立てて。が、尻尾もすぐに落ち着けば、驚いたような表情を浮かべてはハキハキと喋り始めて。見た目が動物なのに、やけに人間の言葉を流暢に話し、かつ人間臭い表情を浮かべている。目の前にいる人間にとってこれほどまでに奇妙なことは早々無い筈であろう。だが雷斗はそれに気付かず、
「その明るくてあったかいやつ、近付けられたらすげー熱かった! 一瞬火傷するかと思ったぜ!」
相手の持っているランタンを“明るくてあったかい”などと称しつつ、そんな感想を続けて述べてみせ。更には二足歩行になってはその場に座りこみ、パタパタと自身の顔を手で仰ぐ等暑がるような仕草をして見せるほどで。勿論、表情も今まさに人間が熱がっているかのようなものであり。が、すぐにコロコロと表情を変えれば今度はまじ勘弁だと言わんばかりに肩を竦めつつも、「火傷するかもと思った」なんて冗談めかした風に述べて
「あっ、てかさ、お前はそれ持ってるけど、手とか熱くないのか?」
座った姿勢からまたもや四足歩行に戻りつつ、ランタンと星莉とを交互に見つめながらも「てか、」と間髪入れずにそう問いかけて。同時に質問の回答を強請るような目で相手の方を見上げながらも、非常に人懐っこい様子で足に何度も擦り寄ったり、足元でウロチョロと動き回ったりしており。気分が良いのか興奮しているのか、理由は何にせよ、完全に自分のペースで話している様子である。
それに雷斗は、星莉が持っているようなランタンは今までに手にしたことが無いのだろう。ランタンを近付けられたときの感覚から、ランタンを持っている手まで熱くなるものだと思っている様子であり。が、それにも関わらず目の前の相手は全く熱がる素振りも見せない。めちゃくちゃ不思議だ、と言いたげな雰囲気を醸し出しており
43:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:56:10
「えっなに、しゃべった!?」
あまりの驚愕と、それを上回る恐怖で力が抜けてその場に座り込む。
怒涛の勢いで喋りかけてくる目の前のカワウソを、星莉は怯えた表情で見つめた。もう訳が分からず、とりあえず自分の周りを動き回る黄色い生物──生物なのかも定かではなく──をひたすら目で追う。
「わー二足歩行にもなれるんだったら人間なのかな」
やたらと人間風な動作で話しかけてきたかと思えば二足歩行になった彼に向けるでもなくぽつりと呟く。先程の風景、いつの間にか手の中にあったランタン、そしてこの黄色い生物。立て続けに起こる出来事に、そのうち感覚が麻痺してきたのか、「手とか熱くないのか」と問われれば、そのままその質問に答えようとする。
「これ、なんか結構暖かいしまぶしいね……あなた結構悪いひとじゃなさそうなのに、いきなり突き出しちゃってごめん。わたしは別に持ってるだけならあんまり熱くないんだけど───って熱ッ!?」
火傷するかと思った、という彼に向けて申し訳なさそうにそう言って。自分で「持ってるだけでは熱くない」と言いつつ、持ち手の部分ではなく外枠の黒い部分や天井部分に一瞬触れれば、やはりとても熱かったのかすぐ手を引っこめる。
「この黒いのが断熱材的ななにかなんじゃない? 分からないけど。持ち手もちょっと暖かい気はするな。これ消えないのかな、ロウソクだし……」
と言いつつ、ハッとしたように顔を上げて。自分が明らかに人でない者と会話しようとしていることに今更気付くと、かなり動揺しつつ、座ったままじわじわと後ずさりして。
「あなた誰!? ここどこ!? わたし模試に行かないといけない……じゃなくて、わたしここの人間じゃないと思うんだけど、いやこの世界に人間がいるかどうかもわからないんだけど」
そんなことを言いながらも、直感的に目の前の彼は敵ではないと分かっているようであり
44:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:57:18
「へぇ、案外しっかりした設計――」
相手の説明(というよりは半ば相手の考察だが)に感心したように目をきらりと輝かせつつ、やや興奮しているような声色で喋り始める。だが、随分と急に慌てだした相手によってその声は遮られてしまい。
動揺、困惑。何故そんなにも感情を露わにするのか。雷斗にはその理由が分からないのか、そんな感じの様子に陥っている彼女を不思議そうに見つめ。その間、彼女の口から連続的に紡がれる言葉に耳を傾けて
「そういえば……すっかり自己紹介するのを忘れてたぜ、オレは雷斗って言うんだ。いやぁ、言ってくれて助かった!」
大方彼女の言葉を聞き終えれば、恥ずかしげもなく堂々と自己紹介を忘れていたなんて言いながらもそう名乗りを上げて。そしてすぐさまヘヘっと笑いつつも、心の底からそう思っているかのようなトーンでお礼の言葉を口にする。いや、動作こそ大袈裟なようにも見えるが、雷斗は本当にそう思って発言しているのだが。それに雷斗が人間の姿だったなら、今頃後頭部を掻きながら歯を見せて笑っていたことだろう。
「で、後はなんだっけ? この国のこと、だったか? ……まー、お前見るからに余所者だもんな」
と確認を取るようにそう聞きながらも、首を傾げては相手の方を見やり。しかし相手との距離を詰めることはせず、代わりに少し切なさを含んだ視線を彼女が持つランタンへと向けて。雷斗にとって、このようなランタンは負の象徴だ。あまり言いたくないと言いたげな、落ち込んだような声色に変化していき
45:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:57:49
どうやら本当に敵でもなんでもない様子に少し安堵したのか力を抜いて、体勢を体育座りに変えては雷斗へと目を落とし。先程は楽しそうにしていたのに、今はどこか切ない雰囲気を漂わせていて、自分は歓迎されていないことを実感する。左手の拳をぎゅっとスカートの上で握りしめる。雷斗、とその名前を小さく呟いて、深呼吸した。
頑張れ、と自分で自分を応援しつつ、なにを言うべきかを考える。とりあえず名乗り返そう、と考えて。しばらく黙り込んだ後、雷斗を見下ろしながら少し沈んだ口調でゆっくり喋りかける。
「……わたしは星莉。正木星莉だよ。中3、ってこればどうでもいいかな……。あの、雷斗。余所者、ってことは、やっぱりここに人間はいないんだね。答えにくいこと聞いちゃってごめん……代わりってわけじゃないけど、雷斗のこと教えてほしい。ううん、別に無理して知りたいわけじゃないんだけど……つまり雷斗は喋れる動物的な感じなの? さっきの人間? 二足歩行? のもわたし結構好きだけど」
最後の方はほんの少しだけ笑って、一旦口を閉ざすが、なにか付け加えるようにもう一度口を開いて。
「でも、最初に会ったのがあなたで良かった、かも。雷斗は私のこと、取って食べたりしなさそうだし」
段々慣れてきたのか、最初よりもずっと滑らかな口調で冗談交じりにそう言えば。雷斗を見下ろしながら、今度こそ明確に笑って
46:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:58:24
「当たり前だろっ、人間だって、オレ達と同じ、ちゃんとした“人”だと思うし……あと、オレ的には人間は不味いし、わざわざ食おうとは思わねーかな。高級品ってのは聞いたことあるけど、あんなの食うぐらいなら、オレは別のもん食べるぜ」
口角を上げては愛らしい笑みを見せて、相手の言葉に勿論だと言いたげに頷き。相手のジョークであろう部分には、世間話をするような声色でさらりとそう言ってのけて。星莉のような外来者が狭間の国の者に食べられるなんて、ままあることだ。
「あとオレは動物っつーか……えーと、雷獣だなっ! あっ、星莉みたいな見た目にもなれるけど、」
少し考えては輝かしい笑顔で半分答えになっていないようなアンサーを示しつつも、付け加えるように自分は変身できることも伝えて。実際にその場で人間の姿になってみせようかとも思うも、此処は大通りの外れであることに気付けば寸前の所で思い留まり。そんな場所で変身などすれば、誰かに気付かれる恐れがある。
「……そうだ、オレのことは歩きながら話すよ。此処にずっと居たらオレ達は危険だし、一旦オレの家まで行こう。それに、そうした方が、多分星莉も話しやすいだろ? オレも星莉の話、たくさん聞きてぇからさ」
まずはこの場を離れた方が自分たちの為になるとも判断すれば、やや下手くそながらにもそう話を切り出せば提案し。どうだ?と問いかけるように座っている相手を見つめながらも、話の最後辺りはへにゃっと人懐こそうな笑みを浮かべて
47:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:59:04
雷斗の言葉を受けて、冗談のつもりだったと僅かに動揺し。本当にそういうことが起こりうる世界なのだということが確かに感じられ、それでも雷斗は「人間は食べない」と言っているのだから、信じるほかに無く。らいじゅう、と小さく復唱しながら黄色い毛並みを見て、だから雷なのかと得心したように頷いて。変身もできると言われれば、先程ちらりと二足歩行の姿になったのかとこれにも納得する。
「雷斗の家……? わたしは、その……この世界のこと何もわからないから、あなたについていくよ」
歩きながら話すと言われて、誰かに見つかったら食べられてしまうのではないかと一瞬驚き。しかし続けて雷斗がここにいたら危険だといえば、確かにそうだと思い直す。向こうの方へ目を転じれば、そこは明らかに人では無い者たちが見えた。一瞬過ぎった恐怖からか、僅かに間を空けつつもそう返事をする。
彼の笑みに釣られてかすかに笑い、そのまままわりを見回しながらそっと立ち上がった。ランタンでより先を照らそうとするかのように右手を突き出しつつ、足元の地面を見下ろす。
「雷斗、えっと……変身しないんだったら乗る? 手乗りカワウソ……みたいな? あれ、でもわたしは雷斗の家分からないし……」
そのままでは移動が不便ではないかと思ったのか、ランタンを持っていない左手を差し伸べた。天然と取られても仕方のない、かなり的はずれな発言をしつつ首を傾げて
48:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 20:59:53
自身の提案を飲み込んでくれた相手に、良かった、と言葉にはしないもののホッとしたように目を僅かに細める。相手の持っているランタンの明かりのお陰だろうか。いつもよりも視認性が高い。そんなことを思いながらも自身の家の方向へと足先を向ければそのまま歩き出そうとする。が、何やら相手の手が自分の方へと迫ってくるようではないか。
「……? なーんだ、てっきり、星莉はオレを撫でたいのかと……」
相手の言葉を聞きながらも、星莉はオレを撫でたいのか?と考えては差し出された手に顎を乗せようと体を伸ばす。しかしそれは勘違いだとすぐに判明すれば、ポツポツと噴き出る羞恥心を誤魔化すように冗談めかすようにしてそう言い。もう少しで相手の掌に触れるところだった顔をひゅいっと半ば逸らすように、相手をそのまま見上げて
「心配ありがとな、星莉。でもオレ割と歩くの早いから、大丈夫だぞっ」
少し相手の発言の意図を考える必要があったものの、この姿の自分と人間の姿である星莉とは歩く速度が異なることを心配しているのだろうかという結論に辿り着けば、ニカッと星を散らしたみたいに明るい笑みを浮かべながらもそう言い。じゃあ早速家に行こうかと言いたげな視線を送れば、トコトコと早歩きする猫のような軽快さで歩き始めて
49:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 21:00:27
若干言葉足らずだったかと表情には出さないものの反省していたが、雷斗が自分の意思を汲み取ってくれたらしいことに安心して。一瞬彼の顎が手に近付いて来た時は噛まれるのかと驚きそうになったが、それはすぐに引っ込められた。
「撫でていいの──って、そうじゃないや」
雷斗の言葉を受け、首を傾げながらもそう呟きかける。が、慌ててそうじゃないと自分の言葉を取り消すように首を振り、照れを隠すように小さく笑って。最初のひとことは相手に尋ねかけるものであったから、雷斗にきっと聞こえてしまっただろう。天然だと思われてしまっただろうか、と時すでに遅しといっても過言ではないことが一瞬頭に浮かぶ。
「そっか、なら大丈夫だね」
先程の言葉を誤魔化すかのように矢継ぎ早に、字面こそ素っ気なくなってしまったものの顔に笑みを浮かべてはそう言って。左手をすっと引っ込めて右手に添える。歩き出した彼は予想よりも早く、これなら確かに大丈夫だと安心しながら彼の背を見下ろしながらも着いて歩き。
「う……なんか、ごめん……」
彼の行動と自分の行動諸々を思い返して恥ずかしくなったのか、手で顔を覆いそうな雰囲気を纏って──実際にはそうしなかったものの──そう言って。
50:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 21:00:57
普通ならば初対面の人の頭などそう易々と撫でられるようなものではないだろう。そもそも普通に生きていればそんな機会さえ早々訪れるものではないと思うし、相手が少し驚いたのも無理はない。まぁ、自分は撫でられたところでそこまで不快感を抱いたりはしないタイプではあるけど。
そう思いつつ“勿論撫でても構わない”と相手の呟きに対し口を開こうとするも、その機会は失われてしまって。次々と喋り出した相手の──どこか誤魔化すような、取り繕うような。そんな雰囲気のように感じ、何かしら反応を示すのは憚られることのように思われた為である。まぁそこまで重要な話でもないしな、と話もほどほどに切り上げ家路を辿っていれば
「……そんな気にすんなって、オレはあんまり気にしてないしさ」
上から謝罪の言葉が降ってきては、歩きながらも相手の方を見上げて。
彼女が何故謝るのか理解できないところもあるが、それを言ったり突っ込んだりするのは野暮であろう。どう声をかけるべきか少し考えては、励ましとまではいかないものの、そんなに気負わなくても良いと言いたげな声でそう言いつつ、気遣うように笑いかけて
51:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 21:02:10
雷斗がこちらを見上げている。その小さな瞳と視線を合わせるようにして見下ろすと、表情から彼に気を遣わせてしまったことに気付いて。
「あ……ごめん、ありがとう。またちゃんと機会があったらなでなでさせてほしいな」
と、彼の言葉でいつもの調子を取り戻したのか、元気を取り戻したような語調でそう言って。
それきり黙って雷斗に続いているのだが、沈黙が続くのはどうにも居心地が悪く、恐怖がじわじわと戻ってくるように感じる。辺りをなるべく見回さないように努めてみるが、視界をちらつく夜闇が恐怖心を煽った。慌てて視線を動かすと、雷斗の小さな背中が目に入り、そちらの方だけを見て歩くことにして。
そうしても暗い上に静かなのはやっぱり怖い、だからなにか喋りたい。そう思ってか、先程のやりとりを思い返しつつ呟く。
「雷斗はいいひとだね。距離感が心地いいっていうのかな、そういう感じ」
雷斗の少し後ろを行くくらいのスピードを保って歩き続けつつ、前方を見透かすようにして、
「雷斗の家って、ここからもうすこしかかるの?」
と続けて尋ねて
52:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 21:04:37
◇ 雷斗と正木星莉
>星莉
>41 >43 >45
>47 >49 >51
>雷斗
>42 >44 >46
>48 >50
53:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 21:05:26
何時も通り、友達と別れやっと自分が戻って来たように感じる癒しの時。
背伸びをして、茜色に染まりつつある空を見上げほっと息を吐いて気分転換にでも少し遠回りをしていこうかと住宅街を外れ小道に入っていく。
「……え、あ……?」
小道を真っ直ぐ真っ直ぐ獣道が続くまで歩いていたらこつん、と何かが当たった音がした。小さな小さな鳥居が並ぶ列。足元をよく見なきゃ確認は出来なかった。
何故か危うい気がするも足は気持ちとは反対に鳥居を追いかけるとばかり踏み出し、走っていて。
ずっとずっと、ずっと、その鳥居の終着点まで無我夢中で走っていた。
「す……っご、い………!」
綺麗、より凄いを口に出してしまっていた。奥には古びた神社が見えていて、それを掴むかのように手を伸ばし虚を掻き大きくそれを視界に入れるだけで心を奪われ目が冴え渡る鳥居を潜り抜けていた。
好奇心と言う病が瞬に治るかのようにゆとりは我に返った。視界に広がるのは見えていた古びた神社ではなく言葉で言い表すことも出来ない神秘的な息を呑むこともその世界を壊してしまうようでとてもじゃないが出来ることもない光景。提灯に屋台に今時古風な建物。目を惹き遊びたくなってしまうそんな魅力的でしかない光景、ゆとりはでも、何故か。
恐怖を覚えていた。
今すぐにでも帰らなくちゃ、と振り返るも潜って来た大きな鳥居は忽然と消えていてそれにまた恐怖心が襲い掛かって来る。
「あ……」
どうしよう、どうしよう、帰りたい。どうすればいいの、と思考を巡らそうと俯かせたその瞬間、眼を又もや奪ったのは自分の手に何故か握られていた一つの水晶立体の提灯だった。
「なに、これ」
太陽のようにもうもうと燃えた呑み込むような火を見つめ、ぎゅっと瞼を伏せればどくんどくんっと生々しく鳴り響く胸倉を片方の手で握り締め、正面に向き直る。明らかに人間ではない者たち。
それがまた、ゆとりの恐怖心を広がらせた。
「だ、だれか……たすけて……」
弱弱しくそんなことを言ってしまった自分に嫌になる。外来者! 人間だ! と囁く声が聞こえゆとりは恐る恐る振り返れば悍ましい手がふらふらと捕まえようと伸ばされる。ゆとりは慌てて立ち上がり竦んだ足を必死に動かし走る。
言葉のしようが無い声に耳を塞ぎたくなるゆとりは気付けば廃れた木造の屋敷に逃げ込んでしまっていた。
「ここ、ほんとに……どこなの……だ、だれ……か」
誰かいますか、と虚に訊きそうになりぱっと口を噤んでしまうゆとりは、先程のような自分を食って掛かる者がいるかもしれないから慎重にならなくてはと思い、しゃがみ込む。
膝をついて、ゆっくりと移動して隠れるところはないか、と探していて。
54:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 21:06:07
外が騒がしい。まさしく喧騒と呼べる騒ぎの中には、言葉にしたくもないほどに酷い罵声も混じっているようだった。はっきり言って異常としか言いようのない騒ぎようである。いや、まだ、ただ単に周りがうるさいだけならばまだ良いのだが、問題は、
(……これ、どう考えても家の近くだよな)
ギルが住処としている廃屋敷付近でその騒ぎが起こっている可能性があることだ。此処に自分が居ることがとうとうバレたのかもしれない。少なくともそう思ってしまうくらいには大問題だし、はっきり言って緊急事態である。
そもそもギルが住んでいる場所は滅多に人が来ないような場所なのだ。つまるところ、普段は静かなのである。だというのに、珍しくも何かしらの騒ぎが屋敷内にまで聞こえているのだから、屋敷の近くに大勢の人がいるかもしれないという風にしか考えれない訳で。
できれば騒ぎが収まるまで身を潜めていたいが、自分を殺しにあいつらがやってきたのかもしれない──その可能性を踏まえると、屋敷周辺はともかくとして最低限屋敷の様子は確認しなければならないと否応なしに思い直させられる。もしあいつらが自分を殺しにやってきたならば、間違いなく屋敷の扉を破壊してでも屋敷に侵入して自分を探しにくるだろう。そうなれば、確実に自分は此処で命を散らすことになる。
(せめてナイフくらいは持っていくか)
そう思い、屋敷の中に元々あった物である(廊下に落ちていた)錆びているナイフを手に取る。完全に安心はできないが、せめてものお守りくらいにはなるだろう。いつか使うかもしれないと拾っておいて良かった。そう思いつつナイフを懐へ仕舞い込み、そして明かり代わりの手燭を手に持つと、部屋からそっと抜け出して
55:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 21:06:46
─────ふわふわとした光がある。
何か隠れる場所はないかと膝をついて探していたゆとりは温かな光を見つける。自分の手燭とまた違った光に、もしかしたら自分と同じ境遇の者がいるのではないかと考え。
その光の許へと行こうとしてのっそりのっそりと膝をついたまま腰を低くし動かす。ぺたぺた、こんこんという音がしてしまうがそれは抑えられない音であり仕方が無いとゆとりは思う。
出来る限り声を出さないよう息を止めながら近づいて。
「ひ、あッッ!!」
ずるっと、手を前に動かす際に滑ってしまい、そのまま足までもが絡みごろんっと床を擦ってしまう。足首がじんじんと痛い。「いッ」と声を出しながらも唇をかみしめ、けれどもそんな努力あんな盛大な音と声を出してしまったのだから意味もないのでは? と思い。
足を抱えたまま、仰向けの形で寝っ転がってしまったゆとりはとりあえず死体の振りをし。
56:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 21:07:33
「……!」
突然上がった女の声らしき悲鳴と大きな鈍い音。なんとなく何かがいる気配はしていたから、さほど驚くようなものでは無かったが、気を引き締めるには十分だった。
まあちょうど良い、返り討ちにしてやろう。そう殺意を心に宿せば忍ばせていたナイフに手を添えつつ、音のした方向へと足を運んで
「……。……死んでいる、だと?」
そこには倒れ伏している女の姿があった。見たところ人間のようである。
こんなところに何故人間が?と疑問を抱かずにはいられないが、それよりも疑問なのは、この女は一見したところ死んでいるようで──
「いや、生きている……のか?」
いやしかし、さっき聞こえて来た悲鳴が彼女のものでなければ、あの悲鳴について一切の説明もつかなくなってしまうだろう。そう考え、呼吸の有無を確認しようと顔を近づければ、微かに呼吸音が聞こえて来て。呼吸音などまさしく生きている証であろう、死人が出せない音の筈だ。
なんだか腑に落ちないような顔を浮かべながらも、怪訝そうな声でそう呟き
57:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 21:08:09
ぎし、ぎし誰かが近付いてくる足音が聞こえる。仰向けからうつ伏せに体勢を俊敏に変え死体を演じているゆとりは咄嗟に立ち上がりそうになりぐっと堪え、叫んでしまいそうになる唇を噛み締める。
「……。……死んでいる、だと?」足音の主は不可解そうに言う。
「いや、生きている……のか?」
急に顔を近づけてきたのかお互いの呼吸が絡み合う。
(ひぁああああぁああっ!! 顔に、耳に、息掛かってる!! いや近い近い近い!!)
と心では叫んでいるゆとりだったが仏像の如く表情を変えず目をつぶっており。
腑に落ちない声を片耳で聞いてまだ疑ってるの? どっか行ってよ、そろそろこの体勢も辛いんだよ!! と皺が眉間に刻まれてくる。
「あひぃ……ぐほっっ」
限界に超し息を吸うのが困難になって来る。もう無理だとゆとりはもぞもぞ気持ち悪い虫のように動き出し。
58:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 21:08:40
「……ッげ……っ」
転倒した際に体を強く打ちつけ過ぎたが為に気絶しているのだろうか……と結論づけようとした矢先、急に死体らしき女が動き出し。これには思わずびっくり、いや、動き出す際の動きがあまりに気持ち悪かったため、若干の嫌悪も混じっているが──とにかく驚いたような声を短くあげればワンステップ後ろへと下がって、相手との距離を取って。その際に懐からナイフを取り出すのも忘れない。
「動くな、この不審者が」
ただの気絶者、あるいは死体であれば一応匿ってやろう、処理してやろうとも考えてはいたが、現状、この女はただの怪しいやつであろう。そもそも何故ここに入ってきたのかも分からない。ナイフの刃先を相手に向けつつ、威圧するようにそう言い放って
59:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 21:09:15
「……ッげ……っ」
こうなったら仕方が無い。どんな化物が出て来ても知らん、はり倒そうと腹を決めたゆとりはバッと海老みたく上半身を起こし、蛙のよう飛び上がって立つ。
ぱちっと伏せていた眼を開ければ目の前には鋭利なナイフを持って威圧的な瞳を向けてくる男が「動くな、この不審者が」と言ってきてゆとりは瞬きを繰り返してからわざとらしい笑みを浮かべ空気をすうっと凄まじい引力で吸って。
「……、……あのねええ不審者はどう見たってあんたでしょーが!!」
そんな危ないもの持ってんじゃないわよ、と鬼のような形相で怒気高まった声で叫んで。
「ていうかゲッて、ゲッて……失礼じゃない! そんなコンバットを食べた仲間を共食いしちゃって死んだGを目撃したような声出さないでよ、わたし華の女子高生!!」
と頬膨らまして一生懸命に口を開くゆとりは男の爪先から旋毛までじろじろと観察し、手に持っている光に目を止める。
「その提灯……」と呟いて。
60:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 21:39:04
◇ ギルと日南ゆとり
>日南ゆとり
>53 >55 >57
>59
>ギル
>54 >56 >58
61:
下級妖怪 [×]
2021-05-06 21:42:24
── 記録 ──
環・日比谷周( >27 )
ヴァルプ・工藤哲也( >40 )
雷斗・正木星莉( >52 )
ギル・日南ゆとり( >60 )
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