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1対1のなりきりチャット
自分のトピックを作る
903:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-06-30 01:17:20
……信じてますからね。
( ──ああ、全く本気にされていないな。こういった時、説得力に欠ける自分の社会経験の無さがもどかしくて、むうと唇を尖らせつつも、上半身の距離感を正常に起こした娘にはまだ、相手の密かな動揺の真意は読み取れなかったらしい。それでも、『“お前を”頼りにしている』と言う相手に一旦矛を収めるくらいには、その言葉を嬉しくも感じていたものだから。まもなく来たる建国祭、頼りにするどころか、一人の個人としてさえも認められていなかったと信頼を裏切られ、二人がひどくすれ違うのはまた別のお話。
閑話休題。そうして、手元の書類に再度向き直れば、手元のそれを便宜的な制度と見做しつつも、憧れの相棒届が手元にある感慨に、気づけばため息を漏らしていた。かつて、やはり相棒関係にあった先輩方お二人へ憧憬の念を向け、そんないいもんじゃないと、身寄りのない者同士の利害関係だと切り捨てられて、うすら寂しい思いをしたのはいつのことだったか。この関係だって、あくまでギデオンの負い目を減らすためのギブアンドテイクにすぎないのだが、それを承知の上、密かに幼少期からの夢に浸るくらいなら許されるだろう。──ギデオン・ノースの相棒ヒーラー……なんて。赤く艶のある唇に弧を描き、ヴィヴィアンの署名のために残された空欄の上の欄、男性らしい筆跡で滑る剣士の名をそっと撫で、手に取ったペンに魔力をこめると。窓から吹き込む外の風は、いつの間にか夏らしい雰囲気を纏っていた。)
__……その、私ばかり……じゃなくて。
どう、したら……ギデオンさんにも、喜んでいただけますか……?
( そんなガダウェル山脈でのタブラ・スマラグディナ捜索、及び初めての相棒契約から約一年。その間様々な事件が二人を取り巻き、その関係性に"相棒"以外の称号が加えられても。──優しい相手から貰ったそれ以上に、自分もまた相手のために尽くしたい、という想いはずっと変わらなかった。
とはいえ、まさか本人も、それが褥の上でも対象だとは、自覚していたわけでは決してあるまい。
時分は建国祭直前、救世主の祝日の関係でギデオンとヴィヴィアンのどちらも早く帰りつけた夜のこと。今日も美味しい夕飯に舌鼓を打ち、後片付けも終えたいつも通りの団欒の時間。愛しい恋人の腕の中、ネグリジェから透ける胸元まで真っ赤にした娘の声は、その至近距離をもってしても、消え入りそうにか細いもので。先日、初めて迎えた夜は予想外の事情がきっかけだったが、ギデオンの想いにやっと報いることが出来た満足と同時に、一つ叶えばまた一つと欲が出るのは我儘だろうか。未だ完遂には至らぬ触れ合いに──今度、もしまた誘っていただけたら、と。密かに決めていた勇気を振り絞ると、透きとおった金髪がさらりと隠す耳元へ、震える唇をそっと寄せて。 )
……教えて、いただけませんか、
904:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-06-30 01:18:04
……信じてますからね。
( ──ああ、全く本気にされていないな。こういった時、説得力に欠ける自分の社会経験の無さがもどかしくて、むうと唇を尖らせつつも、上半身の距離感を正常に起こした娘にはまだ、相手の密かな動揺の真意は読み取れなかったらしい。それでも、『“お前を”頼りにしている』と言う相手に一旦矛を収めるくらいには、その言葉を嬉しくも感じていたものだから。まもなく来たる建国祭、頼りにするどころか、一人の個人としてさえも認められていなかったと信頼を裏切られ、二人がひどくすれ違うのはまた別のお話。
閑話休題。そうして、手元の書類に再度向き直れば、手元のそれを便宜的な制度と見做しつつも、憧れの相棒届が手元にある感慨に、気づけばため息を漏らしていた。かつて、やはり相棒関係にあった先輩方お二人へ憧憬の念を向け、そんないいもんじゃないと、身寄りのない者同士の利害関係だと切り捨てられて、うすら寂しい思いをしたのはいつのことだったか。この関係だって、あくまでギデオンの負い目を減らすためのギブアンドテイクにすぎないのだが、それを承知の上、密かに幼少期からの夢に浸るくらいなら許されるだろう。──ギデオン・ノースの相棒ヒーラー……なんて。赤く艶のある唇に弧を描き、ヴィヴィアンの署名のために残された空欄の上の欄、男性らしい筆跡で滑る剣士の名をそっと撫で、手に取ったペンに魔力をこめると。窓から吹き込む外の風は、いつの間にか夏らしい雰囲気を纏っていた。)
__……その、私ばかり……じゃなくて。
どう、したら……ギデオンさんにも、喜んでいただけますか……?
( そんなガダウェル山脈でのタブラ・スマラグディナ捜索、及び初めての相棒契約から約一年。その間様々な事件が二人を取り巻き、その関係性に"相棒"以外の称号が加えられても。──優しい相手から貰ったそれ以上に、自分もまた相手のために尽くしたい、という想いはずっと変わらなかった。
とはいえ、まさか本人も、それが褥の上でも対象だとは、自覚していたわけでは決してあるまい。
時分は建国祭直前、救世主の祝日の関係でギデオンとヴィヴィアンのどちらも早く帰りつけた夜のこと。今日も美味しい夕飯に舌鼓を打ち、後片付けも終えたいつも通りの団欒の時間。愛しい恋人の腕の中、ネグリジェから透ける胸元まで真っ赤にした娘の声は、その至近距離をもってしても、消え入りそうにか細いもので。先日、初めて迎えた夜は予想外の事情がきっかけだったが、ギデオンの想いにやっと報いることが出来た満足と同時に、一つ叶えばまた一つと欲が出るのは我儘だろうか。未だ完遂には至らぬ触れ合いに──今度、もしまた誘っていただけたら、と。密かに決めていた勇気を振り絞ると、透きとおった金髪がさらりと隠す耳元へ、震える唇をそっと寄せて。 )
……教えて、いただけませんか、
905:
ギデオン・ノース [×]
2025-07-01 02:46:09
(時が経つのは早いもの。あの後やがて訪れる波乱のひと夏から一年、そしてサリーチェに越してきてから数間ほど過ぎた今。すっかり住み良く調えられた宵のリビングルームには、ついに恋仲となったふたり──ベテラン剣士ギデオン・ノースと若手ヒーラーヴィヴィアン・パチオの、他愛ない囁きだけが温かに満ちている。
ともに現役冒険者同士、そう毎日とはいかないものの、たまに過ごせるこのひとときがギデオンは大好きだ。ふたりで選んだソファーの上でヴィヴィアンを膝に抱き、仕事の話やその日の出来事をあれやこれやと話しながら、合間合間にキスをねだってねだられて、笑い合ったり見つめ合ったり。これ以上の人生の歓びなんて、この世のどこにあるだろう。そう大真面目に感じていたから、“自分ばかり”という彼女の台詞に、どこかあどけなく見えるほどきょとんとした顔を差し向け。いったい何を、と軽く問おうとした、しかしまさにその瞬間──油断していた耳元に、この清艶な爆撃である。)
────……、
…………、、、
(わかりやすくたっぷりと、愕然と目を瞠ったのち。すっと教会の信者のように敬虔な顔をしたかと思えば、天を仰いで目を閉じるなり息を止めて押し黙る、珍妙な反応のギデオン・ノースがそこにいる。この衝撃のやり過ごし方もかれこれ数度はしているはずで、ずっと傍にいる恋人もそろそろ見慣れてくる頃だろうか。「おまえな……、」と仰いだまま参ったような声を漏らすと、相手に回していた腕をぐっと力強く狭めて、真っ赤になって震える恋人を力いっぱい抱きしめてやる、これもいつものお約束。相手がどんな反応をそこで示してみせたにせよ、溜飲を下げるように大きな唸り声を漏らせば、ようやく少し腕を緩めて、見上げてくるエメラルドをじっくりと見つめ返す。──もう他の誰とも重ねない、ヴィヴィアンだけのその輝き。今はおずおずと揺れるそれがもっとよく見えるよう、軽くかかった横髪を片耳にかけるそのまま、その可愛らしい耳朶の端をかすかに擽る悪戯を。しかし続けたその声は、相手の望みに寄り添うように、こちらも湿度を帯びたもので。)
そういや、あれからお互いなんだかんだと忙しくて、すっかり間が空いてたものな。
……あの痕も、もう……?
906:
ギデオン・ノース [×]
2025-07-01 03:01:10
(時が経つのは早いもの。あの後やがて訪れる波乱のひと夏から一年、そしてサリーチェに越してきてから数間ほど過ぎた今。すっかり住み良く調えられた宵のリビングルームには、ついに恋仲となったふたり──ベテラン剣士ギデオン・ノースと若手ヒーラーヴィヴィアン・パチオの、他愛ない囁きだけが温かに満ちている。
今はヴィヴィアンが段階的に復帰しつつも療養中、加えてギデオンも内勤が多く帰りやすいこともあり、共に過ごせるこのひとときが己は心底大好きだ。ふたりで選んだソファーの上でヴィヴィアンを膝に抱き、仕事の話やその日の出来事をあれやこれやと話しながら、合間合間にキスをねだってねだられて、笑い合ったり見つめ合ったり。これ以上の人生の歓びなんて、この世のどこにあるだろう。そう大真面目に感じていたから、“自分ばかり”という彼女の台詞に、どこかあどけなく見えるほどきょとんとした顔を差し向け。いったい何を、と軽く問おうとした、しかしまさにその瞬間──油断していた耳元に、この清艶な爆撃である。)
────……、
…………、、、
(わかりやすくたっぷりと、愕然と目を瞠ったのち。すっと教会の信者のように敬虔な顔をしたかと思えば、天を仰いで目を閉じるなり息を止めて押し黙る、珍妙な反応のギデオン・ノースがそこにいる。この衝撃のやり過ごし方もかれこれ数度はしているはずで、ずっと傍にいる恋人もそろそろ見慣れてくる頃だろうか。「おまえな……、」と仰いだまま参ったような声を漏らすと、相手に回していた腕をぐっと力強く狭めて、真っ赤になって震える恋人を力いっぱい抱きしめてやる、これもいつものお約束。相手がどんな反応をそこで示してみせたにせよ、溜飲を下げるように大きな唸り声を漏らせば、ようやく少し腕を緩めて、見上げてくるエメラルドをじっくりと見つめ返す。──もう他の誰とも重ねない、ヴィヴィアンだけのその輝き。今はおずおずと揺れるそれがもっとよく見えるよう、軽くかかった横髪を片耳にかけるそのまま、その可愛らしい耳朶の端をかすかに擽る悪戯を。しかし続けたその声は、相手の望みに寄り添うように、こちらも湿度を帯びたもので。)
そういや、あれからお互いなんだかんだと忙しくて、すっかり間が空いてたものな。
……あの痕も、もう……?
907:
ギデオン・ノース [×]
2025-07-04 01:57:01
(あの後やがて訪れる波乱のひと夏から一年、そしてサリーチェに越してきてから数週間ほど過ぎたその晩。明日も午後まで休みだからと、少しばかりの“夜更かし”に恋人を誘ってみたのは、今度は初心な乙女ではなく、こなれた男のほうだった。
鉄と何やらは熱いうちに……なんて、往年のその考えが微塵もないとは言わないが。こちらは肌着を脱ぎ捨てて広い背中を晒しながらも、相手の可憐な砂糖衣は未だ剥がずにいる辺り、一応今宵のギデオンとしては、前回程度の戯れで満足するつもりでいたのだ。──剣だこのある掌で彼女のすべらかな肌に触れれば、ぴくり、と強張るその感触から、その先の行為には未だ恐れがあるのだろうと推察するのは難くなかった。だがそれでいて、それでも一歩踏み出す程度に、彼女側なりの動機がどこかしらにあることも。
ならばせめて、元凶たる過去の記憶が、少しずつでも自分とのそれで薄らいでいけばいい。いつまでも十代の頃の男の影を引きずらせてなるものか、今の彼女の身も心も己が安心させてやろうと。そんな殊勝な──もとい、至極単純な心意気で彼女を優しく啄んでいた、その矢先のことである。)
…………どう、って……、
(耳元に吹き込まれた精一杯の懇願に、一瞬ぴたりと固まったのち。ベッドの上で体を傾け、その顔を上げた男は、すっかり熱っぽい顔をして、返す声すら掠れていた。──前回“程度”の戯れ、なんて。そう楽観していたはずが、結局心の奥底では彼女との睦み合いを渇望していたせいだろうか。その頬に、額に、肩に、腕に、あらゆる場所にキスを落として時折鼻梁を摺り寄せるだけで、何故かこちらが多幸感でぼんやりしはじめ、頭の奥がとろりと蕩けて、この体たらくという始末である。それを幾らか誤魔化すのように、どこか番の獣じみた動きで相手の肩に顔を寄せ、ぱくぱくと軽く食んでから。そのまま厚い胸元に相手の頭を抱き寄せ、シーツの下の脚を絡め、その栗毛を撫でながら、低い小声で囁いて。)
……今だって、喜んでるさ。
それとも何か……何がしたい……?
908:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-07-06 14:09:20
……っ、う、嘘……!!
( 首筋を食む唇の柔らかな感触、そこから漏れる熱い吐息。それら全てを拾って強ばる娘のその表情は、あどけない困惑に濡れていた。私は何もしてないのにと、翻弄されるばかりだった初夜を思い出しては唇をもにょもにょと尖らせ。振り絞った勇気を、まさか相手が問い返してくるとは思ってもみなかったという表情で、シーツの上で身動ぎもできないまま、腹の辺りでネグリジェを握り込むと。二人のコミュニケーションの果てに、より深い交わりとして楽しむギデオンと、未だその行為を物理的な接触としてしか捉えられていないヴィヴィアン、その経験差から来るすれ違いに困ったように眉を下げ。その挙句、何って──手、とか、胸とか……!? と、なまじ中途半端に備えた知識故に、生々しく迷走し出す思考にぐるぐると目を回し、オーバーヒートして真っ赤になった顔を両手で覆い隠すと。ひん、と頼りなく喉を鳴らしながら、分厚い胸板に丸い頭を擦り寄せ。覚悟を決めたようにぐっとあげたエメラルドの輝きは、あくまで──だから、自分に出来ることを教えてくれ、という健気なお強請りだったが果たして、 )
──……わ、わかんない……。
でも、私、ギデオンさんが喜んでくださるなら……何でも、頑張ります……!!
909:
ギデオン・ノース [×]
2025-07-07 04:16:31
っくく、ああ、そうか──何でも、だな……?
(彼女を狼狽えさせたのは他でもない己だろうに、それでもこちらに縋るように擦りつけられる小さな頭、またそのぽかぽかと温かなこと。これを世界でただひとり享受できる男ときたら、先ほどまでの顔から一転、今や目尻に皴を寄せ、その上躯を小刻みに震わせてしまう始末である。
しかし今宵のちがうのは、いつもならそこで二、三の言葉を交わしてあとは満足するはずが、そうはならなかったところだ。相手に注ぐ薄青い目に隠しもしない熱を宿せば、「……ヴィヴィアン、」と名を呼びながら、そのすべらかな片頬を掌で優しく包む。彼女がどう応じたにせよ、ナイトランプの薄明りに照らされたヒーラー娘の面差しには、こちらもやはり隠しきれない緊張の色が窺えよう。いつもはごく紳士に振る舞う──ふりに興じる──歳上の恋人が、いよいよ今夜に限っては、ならば先へ進もうとその手を取ってしまうのだから。
とはいえこちらも退く気はない。まるで仔羊のような相手を、仕方がなさそうな愛おしい目でくすりと笑ってみせたと思うと。「おいで、」と囁きながら、腕枕にしていた腕で彼女のしなやかな体を転がし。──そうして、およそ一般的な男女の閨事のそれのように、ギデオンが上、ヴィヴィアンが下……そんな体勢になるかに見えたが。その太い両腕でギデオンがまず導いたのは、ヴィヴィアンが上、ギデオンが下──この初心な恋人に主導権を取らせる構図だ。しかしそれでいて、まずはリードが必要だろうと。見下ろしてくる相手の瞳に、わざと少し気取ったような表情を映しながら、「なあ、それならゲームをしないか?」などと軽い声で尋ねてみせて。)
相手の身体に指文字で名詞を書いて、それを当て合うだけの遊びだ。
ルールはふたつ──一度書くのに使った場所は、それきりもう使わないこと。
それから、指文字を当てられた方は、当てた方の言うとおりにすること。
当然その内容は、その場ですぐに叶えられるものだけだ……どうだ、乗ってみないか?
910:
ギデオン・ノース [×]
2025-07-07 04:35:35
っくく、ああ、そうか──何でも、だな……?
(彼女を狼狽えさせたのは他でもない己だろうに、それでもこちらに縋るように擦りつけられる小さな頭、またそのぽかぽかと温かなこと。これを世界でただひとり享受できる男ときたら、先ほどまでの顔から一転、今や目尻に皴を寄せ、その上躯を小刻みに震わせてしまう始末である。
しかし今宵のちがうのは、いつもならそこで二、三の言葉を交わしてあとは満足するはずが、そうはならなかったところだ。相手に注ぐ薄青い目に隠しもしない熱を宿せば、「……ヴィヴィアン、」と名を呼びながら、そのすべらかな片頬を掌で優しく包む。彼女がどう応じたにせよ、ナイトランプの薄明りに照らされたヒーラー娘の面差しには、こちらもやはり隠しきれない緊張の色が窺えよう。いつもはごく紳士に振る舞う──ふりに興じる──歳上の恋人が、いよいよ今夜に限っては、ならば先へ進もうとその手を取ってしまうのだから。
とはいえこちらも退く気はない。まるで仔羊のような相手を、仕方がなさそうな愛おしい目でくすりと笑ってみせたと思うと。「おいで、」と囁きながら、腕枕にしていた腕で彼女のしなやかな体を転がし。──そうして、およそ一般的な男女の閨事のそれのように、ギデオンが上、ヴィヴィアンが下……そんな体勢になるかに見えたが。その太い両腕でギデオンがまず導いたのは、ヴィヴィアンが上、ギデオンが下──この初心な恋人に主導権を取らせる構図だ。しかしそれでいて、まずはリードが必要だろうと。見下ろしてくる相手の瞳に、わざと少し気取ったような表情を映しながら、「なあ、それならゲームをしないか?」などと軽い声で尋ねてみせて。)
相手の身体に指文字で名詞を書いて、それを当て合うだけの遊びだ。
ルールはふたつ──一度書くのに使った場所は、それきりもう使わないこと。
それから、指文字を当てられた方は、当てた方の言うとおりに……逆に当てられなかった方は、書いた方の言うとおりにすること。
当然その内容は、その場ですぐに叶えられるものだけだ……どうだ、乗ってみないか?
911:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-07-08 18:01:21
( 頬に添えられる大きな掌、呼び掛けと共に向けられる真っ直ぐな熱。──大丈夫、この人になら、触られても怖くない。歳上であるギデオンがビビの緊張を、ともすれば内心の葛藤をも見通していた一方で。経験の浅い娘は、そんな相手を信頼して、愛しているからこそ、相手に喜ばれたいという想いで縮こまっていたものだから。優しい呼び声におずおずと寄ろうとしたところを、ぐんと腕枕を持ち上げられると、いとも簡単にころんと軽く転がされてしまって。 )
──ひゃっ……!?
( そうして、不安定な体勢に思わず白い太腿に力を込め、相手の腹筋にしがみつくも。ギデオンの上に自分が跨る体勢に気がつくと、気まずそうな表情でギデオンを見下ろしながら、気になる荷重を膝立ちの要領でもじもじと逃がす乙女心には気づかれたかどうか。少なくとも、ギデオンの提案に──そんなことでいいの? といった表情で、思わず目を丸くしていたあたり、その手の遊び方に縁遠いことは知れただろう。実際に、「……ギデオンさんが、よろしいなら」と、また優しく紳士な相手が、不慣れな自分に遠慮しているのではという疑いを隠さない表情で頷きながらも。ビビの返答に満足気に頷くギデオンに、どうやらそうでもないらしいと、不思議そうな表情で受け入れれば。有利だからと譲ってもらった先攻に──……名詞、めいし、と。お題を探して見渡すことで、無意識のうちに身体の強ばりが些かほぐれ、いつの間にか上手く呼吸が出来るようになっているのだから敵わない。そうして、数秒の沈黙の末、窓の外になにか見つけたように瞬きすると「えっと、じゃあ……お手を」と大好きな手を取り綴ったのは、今まさに窓辺に八重咲きの花弁をたっぷりと広げて咲き誇っている可愛らしい花の名前。白い指先で最後のaを書き終わり、あげた視界に映った半裸の相手に、自分もまた薄いネグリジェという格好をして、ちぐはぐなように思える遊びに戯れるギャップが恥ずかしくてはにかむと、照れ隠しにその手をキュッと握りながら、細い小首を小さくかしげて。 )
さあ……なんて、書いたでしょう?
912:
ギデオン・ノース [×]
2025-07-09 09:11:58
参ったな。
一問目から難問な上に……こいつは随分な反則技だ。
(しどけない姿の相手が幾重も綻ばす、あどけない愛らしさ──その破壊力たるや。口元を緩めながら思わ唸り声を上げると、繋がれた掌をぎゅむぎゅむと握り返して、この温かなハニートラップに抗議する振りに興じてみせる。しかし相手が解こうとすれば、その手を軽くこちらに引いて、離すことなど許さずに。「何だったかな、」と、寝室の天井を白々しく見上げては、ああでもない、こうでもないと、澄ました顔で思案してみせ。)
サルビアじゃ字数が合わない……ヴァニラでもなかったはずだろ……?
(──本当はその答えに辿り着いていることなんて、こちらもちらりと窓辺に目をやる、その横顔の穏やかさですっかり筒抜けに違いない。たしかそこにあるのは、退院後の静養期間に暇を持て余したヴィヴィアンが、「聖バジリオでの入院中に持ってきてくれた花だから」と、たまの散歩をねだった時に花屋で買っていたものだ。ギデオン自身に草花を愛でる感性はないにせよ、彼女と交わした些細な言葉を忘れてしまうわけもなく。繋いだ手と手をもう一度引き、彼女の真っ白な手の甲に笑み交じりの唇を寄せ、「──……ペチュニア。そうだ、それだろう?」と、正解を吹く込めば。その顔を正面へ、彼女の前に戻した時には、窓から入る夏の夜風を受けながら、もう片方の掌でその小さな頬を優しく撫でて言い聞かせ。)
それじゃあ、さっそく権限行使だ──もっとこっちに、潜り込むくらいの気持ちで寄ってくれ。
そんな風に離れられてちゃ、肌寒くって敵わない。
913:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-07-10 11:26:33
……え、
( 大好きな恋人がくれる甘やかな触れ合いに、えへえへと嬉しそうに頬を染め、「反則……イヤ?」だとか、「うん、そう、あたり……!」だとか、添えられた手に控えめに頬ずりしながら、たっぷりと甘えていた娘の顔色が、しかし、ギデオンの要求を耳にした途端、心底困ったように曇り出す。それまでは緊張していながらもキラキラと、純粋な愛情に瞬いていたエメラルドが泳ぎだし、リップクリームだけを塗った桃色の唇からはうにゃうにゃと言葉にならない声が漏れる。その表情からは一片の恐怖も見当たらない代わりに。一体何が問題で、何に困るかって。
──ギデオンさんに、重いって思われたくない……!! と。ただそれだけが何より重大な問題なのだ。ゆるゆると浮かんだ臀部を上げて下げて、覚悟を決めかねたようにギデオンを見下ろすと。う~っと幼獣のような唸り声を上げ、紅潮した頬をぷいと逸らして。 )
私もギデオンさんとくっつきたい、けど……
私、身長があるでしょう……他の女の子より、重い、と思う、から……
914:
ギデオン・ノース [×]
2025-07-12 00:12:35
(いやはやまったく、その仕草のひとつひとつでこちらをきょとんとさせた挙句に、何を言いだすかと思えばこれだ。年頃の娘にとっては文字通り重大だろうが、鍛えた男にしてみれば、それこそ羽根より軽い話。故に苦笑交じりの声で、「気にする必要はないだろうに」と喉を鳴らしてみせるものの。その程度の台詞では、この可愛い恋人の顔が晴れないのだから仕方ない。)
……なんだ。
試しもせずに諦められてしまうほど、俺はヤワななりに見えるか?
(片肘を突く格好で腰から上を斜めに起こし、如何にもこれ見よがしにもう片方の腕を広げて。相手が寄越したその双眸に惜しげもなく披露するのは、布きれ一枚纏わないありのままの己の躰だ。──己が肉体を資本とする冒険者である以上、毎日のように鍛えてメンテナンスしているそれは、歳の割に肌艶がよく、リラックス中の今でさえ程良く隆々と張りつめたもの。多少の自惚れを差し引いたとて、十六も下のヴィヴィアン相手に決して見劣りしないつもり……なのだが。はたしてそれでは不足だったか、なんて弱気な論法は、しかし実際はったりで。その目元を優しく和らげ、伸ばした片手を相手のそれに重ねると、優しい声で説得し。)
お前のその長身は……そのまっすぐな長い脚は、市民の元にいち早く駆けつけるためにあるんだろう。
俺はそれごと、お前のまるごと全部が好きなんだ。
──だから、おいで。
915:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-07-15 01:43:44
ギデオンさん……、
( 正直なところ、このやり取り上でギデオンからの"重くなんかない"という言葉を期待しなかったと言えば嘘になる。しかし、優しいこの人ならばそう言ってくれるだろうと思った以上の──ビビ本人でさえも、こんなにかけられて嬉しい言葉があるなど知らなかった言葉をかけられて、思わず胸が詰まったように息をのむと。逸らしていた視線を下げ、熱の篭ったエメラルドに相手を映すだけでドキドキと苦しいほどに愛おしさが溢れて堪らず。頬に添えられた手をとり、愛おしそうに口付けしながら、「ありがとう、ございます」と掠れた声で相手に懐けばしかし。それでも普段のように飛びつくこと無く、じわじわと少しずつ慣れさせていくかのように肌を合わせていくあたり、心底本気で己の目方に自信が無いらしい。それでも、ついに長い栗毛を下ろした丸い頭頂部から、その桜色の爪先まで、ぴったりとその体温に溶け合わせると。「わたしもすき、大好き……!!」と、その硬い胸板に頬ずりしながら、つつと目一杯伸ばした爪先でギデオンの踝あたりをなぞり、 )
ギデオンさんの脚も……私よりもっと長いし、腕も太くて……手だって──
( そう先程からずっと繋いでいる片手をにぎにぎと堪能してみせるのは、与えてもらった愛情が如何に嬉しかったかを相手に伝え、あわよくば自分はもっと貴方を愛しているのだと云うことを伝えたかった故。一体全体、私がどれだけ人として、冒険者として、目の前の貴方を尊敬して、信頼して堪らないか。本当にこのまま貴方の身体に潜りこんで、一緒になれたらどれだけ良いだろうか──と。衣擦れの弟と共に硬い胸板にまろい頬をぺったりと付けたままギデオンを見上げ、上目遣いにくしゃりと小さく微笑めば。甘えきった様子で首を縮め、とっくに伝えた、知られているつもりだった真意を漏らしながら、再度その掌甲へと唇を寄せ。 )
──手だって、こんなに大きさが違うんですもの、強引に進めることだって出来るでしょうに……そうなさらないの。
なさらない、貴方だから……応えたいんです。
頑張りますから……待ってて、ね?
916:
ギデオン・ノース [×]
2025-07-17 02:35:05
……なあ、ヴィヴィアン。そのことなんだが──
(心配性な恋人がやがてすっかり構えを緩め、そのしなやかな全身で己にしなだれかかるのを、これぞ求めた夢とばかりにぬくぬく堪能していた矢先。相手の言葉にふと顔を変え、一瞬思案の間を置いたのち、まるでなんでもないような軽い声音でそれを切り出す。
「お前が信じてくれるように……俺は絶対、絶対に、嫌がるお前に押し入るような酷い真似は犯さない」。相手の頭を撫でながらわざわざ挟んだ前置きは、本来言葉にするまでもない、ただただ当たり前のお話。そしてそこまでで切るならば、きっと自分はこれまでどおり、初心な彼女のためだけの聖人君子でいられただろう。
──しかし今宵のギデオンは、その生温く優しい惰性を、ここで破ると決めていた。すなわち、不意にごろりと転がり、横倒しにした彼女の旋毛に深々とキスを寄せたのち。腕の檻に閉じ込めながら、見上げてくる緑の瞳を酷く穏やかに見つめ返し。もしきょとんとするようならば、その優美な腰のラインを、大きな掌、その親指で、どこか意味深げな手つきを込めてそっと撫でることだろう。)
……だが、かといって。おまえが“頑張る”なんてのを、ただ“待つ”だけでいるなんて、どうにも性に合わないんだ。
そもそも俺は、おまえに無理に頑張らせるような……そんなつまらない戯れに、おまえを誘いたいわけじゃない。
──今こうして遊ぶのだって、もう“応えてる”うちに入ってるって……わからないか……?
917:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-07-22 11:28:57
……、……?
( わかるかどうかと問われても、年上男の複雑な胸の内など、不慣れで初心な年下娘にはよくまだ理解できる筈もなく。否、その甘やかな触れ合いと声音から、無理をする必要は無いと、何やら宥められているらしいことだけはわかるのだが、今改めて念押しされる理由がわからずに──私は、ギデオンさんのために"頑張りたい"のに!! と。逞しい腕の中、伸び上がる様に上半身を反らして、"優しすぎる"相手を安心させるかのように小さく唇を合わせると。 )
無理なんて、してないです……!
ギデオンさんのこと大好きだもの!
( 「さっきは本当に、重いって思われたくなかっただけなの……」なんて、恥ずかしそうに固い胸板に丸い頭を擦りつける仕草からは確かに、これ以上ない信頼と愛情が溢れてはいるだろう。そうして、自分の愛情を疑われたかのような錯覚に、ぷくりと頬を膨らませると。手首を支点にしててこの原理でぺしぺしと、「ね、次はギデオンさんの番ですよ」と中断していたゲームの続きを促し。そのすぐ次だったか、若しくは数往復経ての辛勝だったか。やっと此方が命令する権利を手に入れると。まるで服従を受け入れた野生動物がそうするように、自ら繊細なレースの裾を捲りあげ、シミひとつ、"跡"ひとつ無い真っ白な腹を相手に晒して。 )
──……じゃあ、私からのお願い、ね……?
918:
ギデオン・ノース [×]
2025-07-24 02:38:31
──…………、、、
(夜のしじまをしっとりと打つ甘やかおねだりに、何よりいっそ毒々しいほど愛くるしいその媚態。ギデオンが喰らわされたのは、そんなあまりに殺人的にも程がある一撃で。その青い目が愕然と揺れ、くらくら揺れた脳天が僅かな理性も焼き落とす。──そうして気づけば、それがトラウマらしいからと慎重に避けていたのも忘れて、彼女に大きく覆い被さり。
己の飢えた唇が真っ先に吸ったのは、しかし乞われた下腹ではなく、持ち主の柔い口許だった。胸の内で爆ぜている言いようもない熱を、この罪作りな恋人にも?み込ませたくてたまらなかったせいだった。──しかし決して怯えさせてしまいたくない、違う、愛情を伝えたいのだと。いつもよりどこか不器用な手つきで彼女の頬に掌を添え、親指の腹で何度も何度も、すべらかなそれを撫でさする。……しかしそうして取り繕ってみせたところで、そのすぐ傍から貪るように耽溺するのが、いつになく本能的で余裕のない口移し。舌を絡める間に零れる、唸るような熱い吐息も、まるで年甲斐もない焦がれようをぼろぼろ物語るようで。
それでも尚、焼ける全身を潤すように、娘の甘露を絡め取りつづけることしばらく。ようやく「……は、」と一息挟み、月光を孕む細い銀糸を引きながら顔を離せば、困ったような、敗れたような……けれど間違いなく愛おしそうな、何とも言えない表情の目で真下の娘を一瞬見つめ。また再びその金の頭を静かに屈めたかと思えば、今度はその高い鼻先が、ネグリジェの少しはだけた肩から、優雅な陰影を描いた鎖骨、たっぷりとした見事な丘からその麓に至るまで、まるで羽毛で触れるような軽い手触りで撫でていく。──そうしてようやく、お望み通りの神聖な場所に己の狙いを定めれば。二、三度ばかり、わざと予告するように軽く歯を立てて食んでから、単純だった前回と違い、与える力に脈拍じみたリズムを付けるようにして、所有の証を刻みはじめて。)
919:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-07-28 17:24:22
~~~ッ!?
( それはほんの数刻ほど前、自らの手で真っ白に洗濯したばかりの柔らかなシーツ。その太陽の香りに包まれて、呼吸に合わせ上下するなだらかな起伏を、じっと期待に濡れた眼差しで見つめていた娘は、まさか自らが男の理性の一片を焼き切ったことなど思いも至らない。故に、不意に身を起こした恋人にされるがまま、怯える暇すらなく奪われてしまえば──ちがう、とも。それじゃない、とも。なんら意味のある言葉を許されず、時々耳元で聞かされる吐息の熱さにびくりとその身を硬くしては、己からも漏れるその不本意なそれへの羞恥に、じわじわとその身を縮めるだけ。
『やり方次第だ』、と。いつだったか、目の前の相手が言っていた言葉の意味が今はもうよく分かる。唇を合わせていた時間だと思うと長い、しかしたった数十秒で、普段意識すらしない正しい呼吸の仕方を忘れさせられてしまえば。美しい鼻先から教えられる曲線に、思わず頤を反らせて表情を隠す行為のなんと無意味なことか。
そんな些細な抵抗を果たして男は赦してくれただろうか。どちらにせよ、こんなはずじゃなかった、と。最初こそその拍動に頬を染め、どう反応したらよいか分からないといった様子で翻弄されていたヴィヴィアンだったが。次第に何度も、何度も、飽きずに花畑を広げるギデオンに、これ以上ない愛しさが溢れてしまうと、それまできつく寄せていたシーツの皺を開放したのは無意識だった。 )
……かわいい。
( これが普段通りの娘だったなら、足を広げるなんてはしたないとしなかっただろう。しかし、相手がそうしてくれているように、自分もどうにかして恋人を物理的に繋ぎ止めておきたくて、その両手だけでは飽き足らず、白いレースから健やかに伸びた両脚で愛しい恋人を捕まえると。その唇が腹から離されようとそうでなかろうと、心底愛おしくてたまらないと言った表情で、愛しい頬を、生え際を、くすくすと微笑みながら優しく撫で始め。 )
大好きよ、ギデオンさん……ねえ、ゲーム、は?
次の番はいいの……?
920:
ギデオン・ノース [×]
2025-08-01 00:21:59
(すべらかな生脚が自ら巻き付く感触に、思わずといった調子で上げられる青い双眸。しかし相手の優しい手つきにさらさらと慈しまれれば、ただそれだけでとろんと目許が和らいでしまう、この飼い馴らされようよ。
往年のギデオンは、カレトヴルッフの剣士職に珍しくない不身持な男……時に“カレ剣”なんて俗称で揶揄されたそれとして、相応に血気盛んな狼でいたはずだ。──それがどうして、歳下の、たったひとりのヒーラー娘に捕まってしまってからは、この腑抜けた駄犬ぶり。そんな己の不甲斐なさに今更やや不貞腐れてか、「何だ……」なんて唸り声を喉元から絞り出せば、伸び上がる要領で彼女の真上へと戻り、きゅっと結んだ唇を、その花唇に二度三度と押し当てる。そうしてむっとしたような目を向け……ようとしたはずが、如何にもわざとらしい茶番を続けられたのは結局そこまで。目と目がまっすぐ合った瞬間ほどけるように笑ってしまい、何なら自ら額を摺り寄せ、プライドもへったくれもなく続きの愛撫をねだりながら。「そうだな……」なんて、すっかり寛ぎきった声で呟いた矢先のことだ。)
──……
(それまでの穏やかな呼吸がごく一瞬止まった理由は、己の真下に抱き込んでいる……否、ギデオンに抱きついているヴィヴィアンのほうもまた、感じられたことだろう。
──真夏の夜の寝台の上、睦み合う男と女。若い娘の無邪気な脚が男の腰を絡め取るなら、自然と触れ合うそのうちに気づいてしまうものがある。抑制剤は飲んだはずだが──いやちがう、だからこそこれしきで収まってくれているのか。何にせよ、いつかはグランポートの波間で触れてしまった己のそれが、今は相手の密かな場所へ、瀟洒に飾り立てられた真っ白なレース越しにその存在を示している。一瞬そちらへ俯いていたギデオンの横顔は、おもむろに相手へと戻り、じっと静かな視線を注いだ。──むやみに押し付けるつもりはないが、臆病に退くつもりもない。それを無言の空気で語ってふと目を閉ざしたかと思うと、薄い唇が今一度、相手のまろい額を愛でる。それから吐息を零しつつそっと落としたその囁きは、今夜の無邪気な戯れは、やはり大人のそれなのだと……そう思い出させるための声音で。)
……なあ。
難易度を……上げてもいいか。
921:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-08-01 11:36:18
( 最初はベルトの金具か何かが当たっているのかと思った。溢れる多幸感に目を細め、俯く恋人の隙なく愛おしい頭皮をぼんやり見つめていたその時。男の反応に違和感を覚えて、数cm程小さく上半身を起こしかけると、「あっ……」と漏れたその声は、期待でも恐怖でもない小さな動揺で。 )
…………。
( まず勝ったのは、一体どうしよう、といった困惑の感情。本来、人の生理反応にどうしようも何もないのだが、不慣れゆえにどう反応したら良いか分からず、真っ赤な顔でカチンと小さく固まれば。どこへ向ければ良いか分からなくなってしまった視線を、無言のブルーに縫い止められると、益々思考は迷走するばかりで。しかしそんな娘の動揺を見透かすことなど、経験豊富な男にとっては手に取るように簡単だったろう。それまでの強い視線がふっと閉ざされ、その唇がいつもそうしてくれる様に優しく額に落とされれば。ふわり、と。その思わず込められていた力が抜け、全身の強張りが緩んだのは、いくら滑稽で不格好だったとしても、ここ数ヶ月のギデオンの努力が身を結んだ瞬間だった。──大丈夫、これは悪いことでも、はしたないことでもない。だから、何か怖いことも起こらない。そう恐る恐るといった様子でギデオンを見上げ、その小さな口角をふにゃふにゃはにかんで見せるのは、前回の講義の効果もあっただろう。とはいえ、難易度を上げるってどこまで……? と、自分で想像した内容に耐えられず、すぐに空いた両手で顔を覆い隠してしまえば。華奢な肩を震わせながら、かき消えてしまいそうな声と共に頷いて。 )
……上手に、できなくても、きっと許してくださいますね……?
922:
ギデオン・ノース [×]
2025-08-02 11:12:29
“上手に”なんか、しなくていいんだ。
……言ったろ? 俺はただ、おまえと遊びたいだけだって。
(可哀想なほど縮こまる初々しい娘を前に、それをゆくゆく喰らわんとする熟しきった男ときたら、しかし今はまだ悠然と、優しく喉を鳴らすのみ。泣く子をあやす要領で栗毛の頭を撫でてやり、そうして白魚の指が下がれば、ようやく覗いた潤みがちな翡翠の瞳を愛おしそうに見つめるだろう。
実際のところ、自分はそう大層な聖人なんかじゃありはしない。が、まだ不慣れな彼女のためにそう振る舞うのが大事だとわかっているし、そうであればやる気は充分。故にごろりと横に転がり、肘を突いた手に頭を預ける格好でゆったりと寛げば、まずは己の腰辺りを一瞥。依然下穿き越しに元気な様子のそれを見て、軽く肩を竦めてみせると、相手のほうに視線を戻し、「こいつは一旦忘れろ」とおどけたような一言を。訝しんでか、異議を唱えてか、相手の様子に変調が見られるならば、「だがここにいること自体は許してやってくれないか」と、如何にもさり気ない声で懇願も加えておこうか。“こいつ”だの“ここにいる”だの、まあ実に白々しく下らない言い回しだが……いずれ親しんでもらうには、そういった刷り込みからしていこうという目論見で。
──さて、己の話はそこまで。軽く伸ばした手の先で彼女の頬の髪を除け、そのまま返した指の甲でごく優しく撫でてから、いよいよゲームの再開だ。「難易度を上げるってのは──」……つまりはこういうことだ、と。先ほどまでの数ラリーでは、いきなり彼女を竦ませないよう、こちらも掌や前腕と言ったごくごく無難な場所にだけ、欲の滲まぬ普通の強さで指文字を書いていたのだが。娘の優美な体のラインをゆっくりと撫で下ろす、今度のその掌は、明らかに深い情愛の込められた男の手つきのそれだろう。そのままゆっくりと撫で下ろし、腿の辺りに届いたならば、元々ただでさえ丈の短いネグリジェの裾を、焦らすような間の後に軽くぺろりとめくってしまい。普段はスキニーパンツが隠す引き締まったその肌へ、つ……つつ……とやけにかすかに、ゆっくりと、文字を記していって。)
──……よくわからなかったら、目を閉じて集中してみろ。
ヒントは、そうだな……食材だ。おまえも扱うことがある。……
923:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-08-04 12:41:11
━━こいつ、って……
( 世の中の男性達の中で、己のそこをまるで息子のように表現することがあるのは知っていたが、それが目の前の恋人の口から出たのがおかしくて。優しい温もりにあげた顔を、ふふふと無邪気に綻ばせれば。此方を見下ろす愛し気な眼差しに━━そうだった、と。この人の前では取り繕わなくて良いんだった、と次第に全身の緊張が解けていく。そうして、大好きな指へ頬ずりをして、愛しい気持ちと無言の了承を相手に示せば。しかし、その女体を愛でる大きな掌には、恥ずかしそうに身を捩り、長いまつ毛の影を震わせ恥じらう様子も未だ見せるだろう。 )
……っ、ギデオンさん、くすぐっ……~~ッ!!
( ──この時、初めて。初心な娘は、心の底から信頼しきり、安心して己の身体を預けた相手から触れられると、こうも肌が敏感に拾うことを、愛しい恋人手ずから教えられることとなった。思わずびくりと腹筋に力を込めて、薄れるどころか一文字一文字更に蓄積していく刺激に目を見開くも。大袈裟な反応だと思われるのが恥ずかしくて、無言で下唇を噛みながら「サーモン」「……、オニオン」「ッ、キャロット!」と、思いつく限りの単語を投げかけるも、集中など全くできていないのだから当たるわけが無い。そうして、その辺にあったクッションをいつの間にか抱え込み──実際は完全に甘く蕩けきり、普段の凛々しさなど見る影もないわけだが──少なくともビビ本人は、冷静に保てていると信じ込んでいる声さえも、取り繕うのが限界を迎えた頃合。尚も続けられる遊戯にガバリと、その太腿で勢いよく、文字を書くギデオンの腕を捉えてしまうと。ボタニカル柄のクッションカバーから蕩けきった瞳を覗かせて、うるうると精一杯の懇願を。 )
……イジワル、しないで……。
ちゃんと触って、ください……!!
924:
ギデオン・ノース [×]
2025-08-05 01:11:29
(こちらの指先ひとつで力み、時にびくんと、あるいはくにゃりと、その瑞々しい狼狽を七色で描く素直な躰。ゲームの答えをやけっぱちに絞り出すその声や、必死になって抑え込まれる嬌声未満の喉の音さえ、いつまでも味わいたくなる禁断の甘美さで。
とはいえそのそのヴィヴィアンが、すっかり熱く火照った腿や、哀願するような濡れた瞳で、切々と直訴しようものなら。その精一杯の有り様でさえ密かに脳裏に焼き付けつつ、しかしそれまで纏っていたやけに淫靡な静けさを、いつもあっさり霧散させよう。そうしていつもの己に戻って愉快気に喉を震わせ、何を言いだすものかと思えば──)
っくく、悪い……いや、悪かったって。
頼むから、そんなのをこんなにたっぷり抱き締めてやらないでくれ。俺がいるだろう? ……
(──まるで寄る辺を求めるように、相手が強く抱き込むクッション、そいつに妬けて仕方がないと。如何にも思わしげな手をかけて、片眉をぐいと吊り上げ。そうしてごく素直にか、はたまた激しい攻防の末にか……相手がその柔らかい盾を手放してくれたなら、それをベッドの端に押しやり。空いた空間をぬくぬくと、互いの体温で埋めはじめながら、相手の耳元でぽそぽそと、甘える声音で提案を。)
……、とはいえ、駒落ちはできないな。
今回は俺に不戦勝を譲って、その分すぐに次の番で反撃に出られるのと……
頑張って今回の正解を当てて、その分今夜、後はぜんぶ、俺をいいなりにできるのだったら……
おまえはどっちがいい……?
925:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-08-08 10:47:12
( ほんのり湿度を帯びた寝室に、ぷしりと色気ないくしゃみが小さく響く。そんな攻防を物語る羽毛も落ち着く頃、寄る辺を失いすんすんと、すっかり縮こまって相手の肩に顔を埋めていた娘はといえば。非常に満足気な男の一方で、つい恥ずかしくて強硬に抵抗してしまったが、それが雰囲気を壊してしまっていやしないかと小さく頭を持ち上げて、男の甘やかな表情を確認すると、無意識にほっと胸を撫で下ろしていて。 )
…………、絶対当てますから。
今度は変な触り方しないで、ちゃんと書いてください……!!
( そうして、ギデオンの恣意的な質問に、何か具体的に相手をどうこうしたい願望がある訳では無いが、これ以上好き勝手されるよりはと、形良い眉を悩ましげに歪める表情こそ、その純粋な恥じらいが、余計にその強烈な色気を掻き立てていると云うのに。おもむろに硬い胸板をペシペシと、柔らかいシーツの上に座り直すと。横になる男の目の前に正座の要領で、でんとたわんだ白い腿を差し出す表情はいたって──いたって、真面目なのだから仕方がない。きゅっと唇を噛んで引き結び、最初こそ見逃してなるかと零れ落ちんばかりに見開いていたエメラルドも、次第にぎゅうと閉じてしまうと、ぷるぷると小さく震えながら、今か今かと年上男の指を待ち。 )
926:
ギデオン・ノース [×]
2025-08-09 09:52:07
……
((……困ったな、)と。横の恋人が身を起こすその刹那、穏やかな笑みはそのままに、部屋の宵闇に視線を留めて密かに思案を巡らせる。──此度提案した指文字遊びは、その“変な触り方”に、寧ろ明るく慣れ親しんでもらうためのものだった。だがこの清純な娘には、それがまったく伝わっていない……というより、その手の戯れはまだ随分と気が早かったご様子だ。とはいえ、今宵の初めの“喜ばせたい”という話然り、或いは以前戯れた時は初々しくも必死に応じて乱れてくれていた記憶然り。男の浅はかな早とちりなどというには、いささか反証が見込まれるはず……ならば何故、このように?
──と。そこで初めて、そういえば前回は、帰ってきたギルバートの存在が大きかったことを思い出す。『……ギデオンさんの手で。パパがぜったい、しないこと。教えて、ください……』……そうだ、あれはたしか、娘の交際に口を出す父親への反発が弾みをつけていた夜だった。当時はこれ幸いとばかりに己の役得を堪能したが、なるほど、払うべきツケがきっちり回ってくるのがここか。……まあ逆に、先日ではなく今宵こそ、本来のヴィヴィアン自身に手をつけはじめたタイミングと看做せよう。どうやら気の長い──己自身の忍耐力とじっくり向き合う──戦いになりそうだ。)
……、そう強張らないでくれ。
取って食おうってんじゃないんだ。
(──さてはて、遠い眼差しはそろそろやめて、目の前にいる初心な娘との戯れに戻ろうか。青い視線を今一度相手のほうに上げてみせれば、先ほど散々不埒になぞった男の指に構える娘、そのあまりに哀れな生贄ぶりに、思わず吹き出すような声を。眼前に差し出されているたっぷりとした太腿に、無論浅ましい劣情を催さぬわけがないのだが、それより優先しておくべき下拵えというものがある。
故に、こちらもシーツをどけながらやおら起き上がったと思えば。その薄い白布に飾られた華奢な背中に手を回し、ぐいっと引き倒す要領で、再び寝台に沈み込んだ己、その両のかいなのなかに再び娘を抱き込もう。そうして上からばさりと、ふたりの躰を隠すように──それまでの邪な空気を清潔に取り払うように──大きな白いデュベをかけ。娘の躰を背後から、今一度ぬくぬくと味わいきってやりつつも、柔らかなシーツの下、己の無骨な掌を娘の腿へ滑らせる。
しかし今回はあくまでも、いやらしさは封印だ。その証拠に、今度は臀部の近くではなく、折りたたまれた膝の辺りにす、と指を宛がえば、今一度その五文字をゆっくりと書きだそう。……今ごろ“甘い”雰囲気なら、それこそこれをきっかけに話題を広げるつもりでいたが、こういった展開に備え、逃げを打つこともできなくはないところが、この遊びの便利なところだ。最後のyをなぞり上げれば、このくらいの妨害は許してくれと言わんばかりにその首筋に唇を寄せ。何ならヒントを与える体で、そっと吐息を吹きかけて。)
……俺はいつか、ヨトゥン巨人がこれから作る本物の酒を呑んでみたくてな──と、言ったらわかるか……?
927:
ギデオン・ノース [×]
2025-08-09 10:00:26
……
((……困ったな、)と。横の恋人が身を起こすその刹那、穏やかな笑みはそのままに、部屋の宵闇に視線を留めて密かに思案を巡らせる。──此度提案した指文字遊びは、その“変な触り方”に、寧ろ明るく慣れ親しんでもらうためのものだった。だがこの清純な娘には、それがまったく伝わっていない……というより、その手の戯れはまだ随分と気が早かったご様子だ。とはいえ、今宵の初めの“喜ばせたい”という話然り、或いは以前戯れた時は初々しくも必死に応じて乱れてくれていた記憶然り。男の浅はかな早とちりなどというには、いささか反証が見込まれるはず……ならば何故、このように?
──と。そこで初めて、そういえば前回は、帰ってきたギルバートの存在が大きかったことを思い出す。『……ギデオンさんの手で。パパがぜったい、しないこと。教えて、ください……』……そうだ、あれはたしか、娘の交際に口を出す父親への反発が弾みをつけていた夜だった。当時はこれ幸いとばかりに己の役得を堪能したが、なるほど、払うべきツケがきっちり回ってくるのがここか。……まあ逆に、先日ではなく今宵こそ、本来のヴィヴィアン自身に手をつけはじめたタイミングと看做せよう。どうやら気の長い──己自身の忍耐力とじっくり向き合う──戦いになりそうだ。)
……、そう強張らないでくれ。
取って食おうってんじゃないんだ。
(──さてはて、遠い眼差しはそろそろやめて、目の前にいる初心な娘との戯れに戻ろうか。青い視線を今一度相手のほうに上げてみせれば、先ほど散々不埒になぞった男の指に構える娘、そのあまりに哀れな生贄ぶりに、思わず吹き出すような声を。眼前に差し出されているたっぷりとした太腿に、無論浅ましい劣情を催さぬわけがないのだが、それより優先しておくべき下拵えというものがある。
故に、こちらもシーツをどけながらやおら起き上がったと思えば。その薄い白布に飾られた華奢な背中に手を回し、ぐいっと引き倒す要領で、再び寝台に沈み込んだ己、その両のかいなのなかに再び娘を抱き込もう。そうして上からばさりと、ふたりの躰を隠すように──それまでの邪な空気を清潔に取り払うように──大きな白いデュベをかけ。娘の躰を背後から、今一度ぬくぬくと味わいきってやりつつも、柔らかなシーツの下、己の無骨な掌を娘の腿へ滑らせる。
しかし今回はあくまでも、いやらしさは封印だ。その証拠に、今度は臀部の近くではなく、折りたたまれた膝の辺りにす、と指を宛がえば、今一度その五文字をゆっくりと書きだそう。……今ごろ“甘い”雰囲気なら、それこそこれをきっかけに話題を広げるつもりでいたが、こういった展開に備え、逃げを打つこともできなくはないところが、この遊びの便利なところだ。最後のyをなぞり上げれば、このくらいの妨害は許してくれと言わんばかりにその首筋に唇を寄せ。何ならヒントを与える体で、そっと吐息を吹きかけて。)
……俺はいつか、ヨトゥン巨人がドワーフどもに“これ”から造らせるっていう、本物の酒を呑んでみたくてな──と、言ったらわかるか……?
928:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-08-14 00:44:12
……? ッひゃあ!?
( 古今東西、何事も。物事の全体像を捉え損ねた初心者が、その必死さ故に目的と手段を見誤るということは、決して悪気なく起こるものだ。それは今夜すっかり削いでしまった相手の興に気づけぬまま、柔らかなシーツに引き戻された娘もまた同じ。最愛の恋人にとっては一度、餌を見せつけた直後に、酷なお預けを喰らわせる仕打ちとなった訳だが。それで遠い目をした男もまた、目の前の娘がこれ程緊張してまで尚──ギデオンさんに喜んで欲しい、ギデオンさんの笑顔が見たい──と。分不相応に虚勢を貼らんとする理由に気が付いてさえいないのだからお互い様だ。そうして、どれほど戯れたろう。くったりと疲れた身体をゆっくり上下させ、自ら大好きな腕の中に転がり込めば。──ああ、やっぱりすごく、すごく好きだなあ……なんて。もう何度目かも分からない感慨を、睡魔なんぞに溶かさずに、もっと真剣に伝えていれば良かったと、後悔するのは後のお話。 )
──ギデオンさん、お疲れ様です!!
( さて、数日後に控えた建国祭を前にして。昨年の思い出を脳裏に、嬉し恥ずかし指折り楽しみにしていたヴィヴィアンを、ひとつ大きく落胆させた出来事があった。それは今年も発表された建国祭の警備シフト、お祭りの間中行動を共にするペアの相手が、お互いではなかったということで。とはいえ、そもそも昨年が幸運だっただけで、今年もペアになれる保証など一切なかった訳なのだが、「去年の分もギデオンさんと楽しみたかったの……」というのは、サリーチェに帰ってからの泣きごとで、仕事中は一切の公私混同を控えたのだから許されたいところ。不幸中の幸いだったのは、ギデオンの代わりに今年のペアとなったのが、よく知るカーティス・パーカーだったことか。仕事のできる同期とふたり、見回りを終えてギルドに戻ってきたヴィヴィアンが非常に上機嫌だったのは──休憩の時間が合えば、その辺の屋台でケバブでも、と。今朝サリーチェの家で示し合わせていた休憩時間に間に合った上、先に戻ってきていたらしい大好きな背中が見えたからで。 )
929:
ギデオン・ノース [×]
2025-08-19 02:55:24
(ふたり分の体温で自ずと温むデュベの下。真夏の暑さをものともせずにこんなにも抱き合うふたりが、まさか実は盛大にすれ違っているなんて、互いに思いもしなかった──そんな一夜から数日後。
5029年のトランフォード建国祭は、例年よりも華々しいファンファーレに彩られながら遂にその開幕を迎えた。と言うのも今年は、先の大戦が終結してから60年の平和を祝う、十年に一度の機会。キングストン市が主催する平和式典はさることながら、毎日のように開かれる様々な催しや、五日目の馬上槍試合、果ては皆の楽しみである最後の花火大会まで、全てにおいて特別な雰囲気が満ち満ちる年である。それを百万の国民が待ち望んでいたからだろう、今年はもういつにも増して、どこを見渡しても人、人、人。通りに居並ぶ魅惑の露店や、行き交う人々に黄色い悲鳴を上げさせる魔法使いの大道芸人、子どもたちを怖がらせたり興奮させたりで忙しい竜騎兵たちのマラクドラゴン──そういった賑やかしまで、桁違いに多い有り様だ。
しかしながら、その警備の補佐にあたるカレトヴルッフの冒険者たちは、今年のこの盛況のせいでとんでもなく忙殺される……ということはなかった。何せ今年は平和の年、キングストン警察が例年の三倍にも上る人員をどかどかと投入しては、自陣の強力な統制のもと、四方をたっぷり睨んでいる。それはそれで、協力側としてはやりづらさがないわけではないのだが、祭に際して、国家組織とギルドとではあちらが優先されるお立場。故に冒険者たちは皆、万が一に備えての待機などを行いながら、警察の下支えとして順次見回りに繰り出しており。今年はヴィヴィアンとのペアが外れたベテラン戦士のギデオンもまた、丁度良い機会とばかりに後輩育成を施しながら、その日最初の休憩時間をしっかり調整していたところで……)
──……、ああ、お疲れ。
見たところ、特に大きなトラブルはなかったみたいだな。
(待ち侘びていた娘の声にくるりと向いたその瞬間。しかしギデオンの表情に一瞬揺らぎが走ったのを、このギルド専用テントに集まっている面々では、付き合いの長いヨルゴスくらいは気が付いてしまったろうか。何やら楽しかったのか、にこにこ笑顔で近づく娘と、その後ろから爽やかに汗を拭きながら続く青年。何の変哲もないそのふたりを見た途端思い出したのは、ここに戻ってくる数分前、すれ違った若者たちが言い合っていた会話だった。
──なあおい、見たか? やっぱあの噂、マジのガチだったんだ。
──噂?
──ほら、カレトヴルッフの美人ヒーラーに、とうとうカレ剣の彼氏ができちまったって話だよ。
──ああそれ、確か四十路とかいう?
──ばぁか、んなわきゃねえだろうが。ヴィヴィアン・パチオは俺らと同い年くらいだぜ? さっき一緒にいた男、絶対あいつとデキてんだって……よぉくお似合いだったじゃねえかよ。
たかが野次馬の会話である。そんな馬鹿らしいものを気にする方が余程愚かしいだろうに、何故ふたりを見た瞬間、咄嗟に忘れたはずのそれをすぐまた思い出すのだろう。そんな内心の狼狽を気取られぬよう、一瞬の間を打ち消すように無難な言葉を続けると、共にいたヨルゴスに軽く手を上げて休憩抜けを宣言する。同僚の魔槌使いはごく普通に応じつつ、その目の奥になんだかちらりともの見る気配が窺えたのは、やはり自分が何もかもに過敏になり過ぎているだけか。──いや、どうでもいい、この短い休憩時間を無駄にしてはいられない。後輩たちにも指示を済ませてようやくテントの外へと出ると、再びいつも通りの涼しい笑みを浮かべてみながら、軽い調子で相手に問いかけ。)
──……今年はどうも、南部から来たケバブ屋がワラ熊通りに出ているらしい。
去年の店を探すのもいいが……どうだ、ちょっと見に行ってみないか?
930:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-08-24 11:59:23
お陰様で──……ギデオンさんは、……何かありました?
なんだかお顔の色が……
( 付き合いの長さでは遅れをとろうが、強がりな恋人の表情を伺う事において、他の誰かに負けるビビではない。しかし熱でもあるのかと男の額へ伸ばした掌を、さりげなく自然と避けられてしまえば。じっと真っ直ぐに相手を見つめるも、本当になんでもないぞと首を横に振る恋人にそれ以上深掘りもできまい。確かに自分の勘違いかもしれないと、それか本人もまだ気が付いていない軽微な疲れの蓄積かもしれな故、注意深く見ていてやらねばとも思うのに──私が、頼りないから言えないの? と。信頼している筈の恋人を、心のどこかで疑ってしまうのは、まだたった数日前。またビビに黙って家計へと、決して少なくない額を懲りずに払っていたギデオンを諌めたやりとりの記憶が新しいせいだ。 )
まあ!
南部から……私仕事以外でほとんど行ったことがないんです!
( それでも、建国祭中やっと訪れたデートの機会だ。何やら早速気になる食べ物を見つけてきたらしいギデオンに、思わずふっと毒気を抜かれると。「あちらではどんな味付けが好まれるんですか?」なんて、慣れた様子で腕を絡ませ歩き出し。そうしていると、先程までは何か問題でも起きてはいまいかと気を張るだけだった人混みも、ギデオンと見るだけで、こうも楽しく気分を盛り上げてくれる賑わいになるのから不思議でならない。絡めた腕をぎゅっと引き、「ねえ、早く行きましょ!」なんて自らワクワク急かした癖をして、道中で人混みに気後れする老婆や、風船を飛ばした子供、強風に煽られた看板を追う屋台の主人らを放っておけないのは性分だろう。その度花だの、水笛だの、マスカレードの仮面だの、満面の笑みで貰ってきたお礼の品々を、「……はい。ギデオンさんが持ってて?」と隣の恋人に持たせては、段々と愉快になっていくその姿に心底楽しそうに笑い声をあげ。大道芸に驚きはしゃぎ、テンションの上がりきった犬に怯え、くるくると表情を変えては建国祭の雰囲気を満喫していた時だった。人混みの中やっとワラ熊通りにたどり着き、目的のケバブ屋を探す最中、通りに繋がる広場からわっと大勢の歓声が上がるのを耳にすると、興味津々といった様子でギデオンの袖を引いて。 )
──ギデオンさん、ギデオンさん!!
あちらでも何かやってるみたいですよ!
931:
ギデオン・ノース [×]
2025-09-01 10:54:38
(恋人の問いかけに大丈夫だと返し、すぐに表へ歩き出せば、その後浮かべられていた不安げな表情に気がつくことはできなかった。そしてそれは、ヴィヴィアンがまたしゃんと切り替え、せっかくの建国祭をのびのび楽しみはじめる姿を真横から眺めるうちに、ますます遠ざかる一方で。──そのツケが回るまで実は案外すぐなのだが、ならば逆にひとまずは、このお祭りを楽しむ姿を注視してしまうことにしよう。「この間、碑文探しで寄った村で牛追い祭りをやってただろう?」と、すっかり嬉しそうにくっつきながら話題を振るヴィヴィアンに、こちらもゆったり寛ぎきってあれこれと雑談を。あれには南部の木の実を挽いた名産品のスパイスが使われているんだが、本来、本場本物のいちばん有名なそれは、もう火のように辛くてな。だからあっちのディアファノ地方は、ディアブロ地方……悪魔の地方だなんてもじられることがある。だから屋台の主人に会ったら、ちょっとした聖魔法を試しに振りかけてやるといい。大抵の南部商人は、そういったじゃれつきを大歓迎する性格で……おい、どうした? 何をしに──。
──その光景が生まれたのは、己の隣を歩く女性がヴィヴィアンだったからだろう。かつてギデオンが十代や二十代の若者であったころ、別の女ともこの夏祭りに繰り出したことがあったが、当時は今よりすかしていたし、女性もまたこちらに夢中で、互いとの浅い戯れに興じるだけがこの通りの歩き方だった。しかし、その頃とは別の人生を歩む今、同じ状況でも全く違う。隣にいたはずの恋人は、辺りの人々を手助けせんとすぐさま軽やかに飛んでいき、それでもすぐに舞い戻っては、ほうぼうからの頂きものでこちらを飾り立てはじめる。多少困惑しながらもその構いつけを許していれば、少し前まで軽い蘊蓄を垂れていた四十路男が、自分では決して選ばないだろい品々にまみれる有り様。しかしそれへの困惑も、愛しそうにころころ笑うヴィヴィアンの様子を見ればすぐに絆されてしまうのだから、つくづく相手は始末に悪い。「やられてばかりにさせないぞ」と、こちらも相手につられるように人助けに入りだしては、礼を言うその口で「これもどうだい?」と大笑いする屋台の主人に渡された、魔獣を模したカチューシャを相手の頭に被せてみせて。……ちなみに、反撃のつもりのそれが思いのほか似合っていてぐっと来てしまったのは、愚かな己だけの秘密だ。
そうしてすっかりお互いに浮かれた格好になったところで、おや、と相手の促すままに歓声の沸いた方角へ。互いに背の高いほうなので、広場に集う人々の後方から覗いてみれば、何やら変わり種の的当てのが行われているようだ。「──さあさあお通りの皆々様、どうぞどなたもお入りください! 見事真ん中を胃抜けたならば大当たり、外れても復活戦でこちらの商品が当たります! どうです、どうです──ああ是非、そこの娘さんも! おひとつ試してみませんか!」
派手な装いの大道芸人がヴィヴィアンを誘うままにもう少し近づいてみれば、どうもこちらは、祭りの屋台を巡り歩いてスタンプラリーを満たした客が、「目隠しダーツ」で商品を当てる遊びのようだ。先程の大歓声は家族連れの父親が見事真ん中を射てみせて、リゾート地への馬車代と現地の豪華な宿代を勝ち取ったものらしく、布をとった目をまん丸くする父親が、狂喜する妻と娘四人にすっかりもみくちゃにされていた。「必ずボードの上だけに矢が向くようにしてありますから、お怪我の恐れはありません! さあお嬢さん、お代は少しだけいただきますが、一本どうです? 今ならほら、ボートごとにラインナップが違うんですが、こちらのリストならあちらのボード、こちらは一等はさっきのパパさんが、ああこちらなら、あちらのボードに!」──休憩に来た冒険者だから市民の方が優先だし、スタンプも集めていないから……と引いてみせても、まだまだ的はたくさんあるし、冒険者割があるからと、とにかく場を賑やかしたい様子。相手の方を愉快げに見て、大丈夫だぞと頷きかける。カレトヴルッフの冒険者は大概盛り上げ役に良いから、屋台の側が寧ろ喜んでイベントに招き入れるのは、もう何年もあることだ。楽しんでやってごらんと、大道芸人から受け取った矢を相手に渡すと、しなやかな背を掌で軽く押してやり。)
932:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-09-08 00:44:55
本当に、私でいいんですか……?
( このキングストンに生まれ育って約四半世紀。この手の大道芸人による盛り上げ方を、ビビもまたよく承知しているが──いや、寧ろ知っているからこそ。今隣にいる高名で、世界一格好の良い、最高の魔剣士を差し置いて、自分が選ばれたことが納得いかないといった表情でおずおずと前へと進み出ると。それでも一応、今をときめく冒険者の端くれ、一般人向けに設置された的などお手の物だが……さて。偶然とはいえ直前のお父さんが射抜いてしまった以上、それだけではあまりに芸がない。よって、期待の視線を寄せる観客達の中、魔法使いの仮装をした少女を前へと引き上げると。彼女の杖の一振りに合わせて、ステージ中へとキラキラと星屑のような光を煌めかせ、それと同時に、事前に少女の希望を受けて宣言していた賞品を見事射抜いてみせてから、さっと大衆の面前から引っ込もうというのが最初の計画。しかし、そのそつの無い計画を狂わせたのは、見事に狙った的を射抜いたヴィヴィアンが、へにゃりと力の抜けた笑顔でギデオンの下へと戻ってきたその瞬間、分厚い群衆を切り裂いて「待って!!」とよく響いた、未だステージ上にいた魔法使い志望の少女の声だった。
それまで、やんやと楽しげだったざわめきが、にわかにすんと静まると、「私がほしかったんじゃなくて、ビビちゃんにあげたいの!!」という必死な声と共に、件の景品──もう一枚残っていた南部へのリゾート旅行チケット──を掲げた少女は、どうやら冒険者であるビビのことも、そしてその"公私共に最愛のパートナー"であるギデオンのことも以前からよく知っていたらしい。可愛らしいファンの素朴な好意、それだけにしては真剣な表情にはて、と首を傾げかけたところで、「"しんこん"さんは、ふたりで旅行へ、いくんでしょう?」とやられたところで、誰がそんな純粋な少女に、恥をかかせられたと云うのだろう。)
……ぁ、ありがとう、嬉しいわ、ね、あなた……?
( この時はまだ、数分後に覚えることになる焦燥やら、悪戯心などはまだ遠く。赤い頬をした少女の無垢な可愛さ。そして、──新婚さん、ですって。と、やむを得ず想像した幸せな未来の形に微笑むと。ちらりと隣の恋人と視線を交わし、わっと湧く歓声のさなか、大好きな掌を捉えてぎゅっと握って。 )
933:
ギデオン・ノース [×]
2025-09-09 03:17:26
──……ああ、そうだな。
本当にいいのか? ……そうか、ありがとうな。
(予想だにしない言葉にわかりやすく目を瞠り、そのまま隣の相手を見るも。その無垢な──やけに眩しく感じられた──微笑みに、かえって冷静さを取り戻すと、握り返す掌で導くように共にしゃがみ、駆け寄る少女を出迎えて。そうして差し出された旅行券、それを彼女がめいっぱい受け取るその真横、奇しくも相手と似通う台詞できちんと感謝を伝えよう。その際一端の大人らしく、普段は魔剣を握る右手でその頭を撫でてやれば、途端に嬉し恥ずかしとはにかむ少女に微笑ましい視線を向けると。さらにその後ろから、にこにこと嬉しそうな祖父らしき者が近づいてくるのに気が付き──ああ、それでか、とそこでようやく合点がいった。
この老人には見覚えがある。ついこの間、王都の東にある有名な朝市でヴィヴィアンとデートしたときに、ふたり仲良く物色した青物屋……その店主を務めておられたお方のはずだ。どうやら向こうもあの時のことをよくよく覚えていたようで、「グランポートでもトリルの森でも、ご立派なご活躍で……」と、先々週のヴァヴェル擬きの退治が載った王都新聞だけでなく、去年のあちらの地方紙までちゃっかりご存知でいるらしい。おそらくは、王都屈指のヒーラーに憧れている孫娘とお喋りをするためにあれこれ詳しくなったのだろう。あの子を膝に乗せながら、『あの有名な冒険者が、うちの店に仲睦まじく林檎を買いに来たんだよ』なんて自慢する光景は、想像に難くなく。──そういった類の延長線にあるのだろう老爺と少女の思い出に、どうして水を差せようか。)
……噂をすれば、何とやらだな。
(かくして、思いがけず市民から贈られたディアファノ行きの旅行券。それをありがたく受け取って、とはいえ互いに多忙の身だし、どうしたものか……なんて、笑い合った時だった。「──ああ、君たち! ちっとも知らせてくれないなんて、全く水臭いじゃあないか!」。まるで雲を払うような朗らかな声に振り向けば、今度こそ更に大きく目を見開く羽目になる。群衆を掻き分けてふたりの前に飛び出てきたのは、公人にしてはやけに浮かれたお祭り衣装に身を包む、恰幅のいい中年男性──しかしこんななりであっても、先月の水難救助訓練合宿で恭しくお目にかかった、グランポート新市長その人である。
何故この方がこの町に、とヴィヴィアンと顔を見合わせたものの。彼の後ろからひいこらと、リードを振り切った犬を追いかけるが如く大仰さで別の男性も現れれば、すぐに状況が呑みこめた。この後続のもうひとりは、い憲兵団のSPをわらわらと引き連れた、やけに地味だと有名な(ことでたびたび落ち込んでいるらしい)我らがキングストン市長だ。彼がぜいぜい喘ぐ合間にわざわざ説明してくれずとも、どうやら今日、親睦を深めるために友好都市の新市長を王都の祭に招待し、最中テンションの上がった先方が賑やか方へ突進するのを制しきれずに連れまわされ、それでもお忍びということでそこから大人しく眺めるはずが、件のギデオン・ノースとヴィヴィアン・パチオのハレの報を聞きつけた途端、わっと沸いた先方がこれまた派手に飛び出していった……──なんていう顛末が、まあまあ理解しがたいものの、なんとなくは呑みこめた。以前の合宿の夕食の席で挨拶した時も思ったが、どうやらこのグランポート新市長、前市長の後任として例の事件に踏み込む以上敏腕ではあるのだろうだが、いかんせん猪突猛進・天真爛漫な変わり者。どうやらキングストン市長でさえ手を焼くレベルであるらしい──なんて所感を、もっと重大に捉えるべきだったと思い知るのは、しかし次の瞬間のこと。
「やあやあ、聞いたよ、聞いたとも! ついに結婚したんだって!?」──無駄によく通るその大声に、今度こそこちらの顔にはっきり焦燥が走ったことを、港の陽気な新市長は少しも気づいちゃいなかった。「まったくもう水臭い、祝辞のひとつでも贈らせてくれればいいものを! 式はいつだったんだい、え!? どこの街で挙げたんだね!? ──えなに、まだ先? じゃあセーフじゃないか!! 頼むよ頼む、頼むから、我々も呼んでくれたまえ。うちの市民はこちらの皆さんに負けないくらい君たちのことを祝うはずで、私にその代表を務めさせてはくれんかね? だって、なあ、あの時どん底の闇ばかりを書かざるを得なかった我々の街の新聞で、君たち二人の明るい記事がどれだけ救いになったと思う! ン、何だね……ああそうか、もうそろそろ行かねばな、だが頼む、忘れれくれるなよ、私は参列が待ちきれない! 日取りは追って知らせたまえよ!」──……これだけのことを大声で囃し立てながら、新市長はとうとう、王都市長とそのSPにはっきり引きずられるようにして会場を去っていった。後にぐったり残されたのは、うら若い恋人の横ではるか遠い目を投げかける、憔悴の魔剣使いである。
──なんてことを、してくれやがった……と、そんな思いでいっぱいだった。あの幼い可愛い少女がふたりのことを誤解して優しい贈り物をくれる、その程度の話であれば、まだ微笑ましいものとして思い出にできたはずなのだ。ところがその直後に、あのデリカシーゼロ公人のとんでもない大破壊で、全てがもう滅茶苦茶である。なまじ地位も縁もある無視などし難いお偉方、そんな人間にあそこまで騒がれてしまえば、今や己とヴィヴィアンが“新婚”であることは、もはや公然の事実として市民の間に広まりかねない。となると、どうせおそらく王都市長の側近から、友好都市の市長を招待するならうちを通せ、あれしろこれしろ、ここに警備を就かせろと、無駄に現実的なあれこれを命ずるために首を突っ込まれだすだろう。
しかし、全ては完全に誤解だ。──己はヴィヴィアンに、まだ求婚すらしていない。)
……厄介だな。あんな奴にあの勢いであちこち言い触らされるんじゃ、この先が思いやられる。
(──しかしそのぼやきはそれはあくまでも、落ち着きのない新市長の振る舞い全体にかけてのもので……“結婚”そのものの噂だけにとどめるつもりはなかったはずだ。案外肝心なところで口下手を発揮する、そんな己の短所には未だ無自覚であるがまま、前年も相手と訪ねた屋台があったその辺り、目当ての南部ケバブの店に重い足取りで到着すると。せめて楽しみにしていた飯で少しは気分をマシにしようと、呑気にメニューを眺めはじめて。)
934:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-09-10 11:57:25
いえそんな……恐れ入ります。
先程は急にお願いしてしまって……あの、お孫さんにお名前を伺っても良いでしょうか?
( 穏やかそうな御祖父様と優しく可愛らしいお孫さん。そんな二人に対しせめてもの感謝の気持ちに、楽しい観光の思い出をより華やかなものに出来ればと、束の間の交流を楽しめば。それ自体にはなんの下心など微塵もあらねど、寛いだ様子の恋人へ──ギデオンさんも、私と同じ気持ちだったら良いな……なんて。最愛の恋人と夫婦に間違えられては満更でも無い胸のときめきを、密かに楽しんでいたものだから。その後の相手の言いぐさに、少しがっかりしたのもまた事実で。 )
でも、市長さんとってもお元気そうで良かったですね。
きっととてもお忙しいんでしょう?
( そもそもの話。こうして隣にいることを許され、付き合ってもらえているだけでも、これ以上なく幸せなのだ。ギデオンと二人、温かい紙袋を抱えて、イートインスペースに腰を下ろせば。ちょっと期待しすぎちゃったなと、案外深刻になりすぎることもなく、最近の浮かれようを反省しながら、辛いソースで口を汚して。──でも。同じ一つの屋根の下、結婚もしていない異性と生活を共にする決断だけでも、自分にとっては相当の覚悟が必要なものだったのだ。それが相手にとっては大したことでは無かったとしても、少しくらい、その気持ちを思い知らせてやりたいと思ったことは、そんなに悪いことだっただろうか。)
──……責任なんて、感じちゃダメですよ……、
( それは、一回目はワーウルフに悩まされた郊外の農村、二回目は明るく清潔な病室で、繰り返し確認した愛の言葉。ギデオンさんにとっては、しつこく言い寄られて少し情が移っただけの寄り道のつもりだったとしても、私はそうでは無いのだと。責任なんかとってもらう必要も無い、自分の意思でこれからも貴方の隣に居続けて、絶対に逃がしてあげないという強い意志。しかし、ビビもまたこのやり取りを、大きな誤解を産みかねないタイミングで切り上げざるを得なかったのは、座っているベンチのその背後、他の客がタイミング悪く飲み物をひっくり返してくれたせいで。 )
935:
ギデオン・ノース [×]
2025-09-13 12:48:28
──…………、
(「あら、大変!」「いンやいやいやいやもぉーしわげね゙……!」と。どうやら北方から王都観光に来たらしい純朴そうな若者を、相手が助けに行く間。一方のこちらはと言えば、虚空に視線を投げかけたまま、瞬きすらしていなかった。“責任なんて、感じちゃダメよ”──その柔らかな一言に、凍りついていたせいだ。
それでもほとんど自動的に己の躰が動きだす。ヴィヴィアンの杖の魔法が、観光客の衣服の汚れを綺麗さっぱり拭う間に、彼の落とした荷物を集め、取り纏めて手渡してやり。ぺこぺこしながら去りゆく彼を、残りの祭りも楽しむように背中を押して見送れば、ようやく元のベンチへ戻って昼飯の続きといこう。最中からそこに至るまで、己の自覚する限りでは、いつも通りのギデオン・ノースを振る舞えていたはずだ──「ギデオンさん、大丈夫ですか?」と。怪訝そうな顔の相手に、すぐさま覗き込まれるまでは。
まっすぐな翡翠の瞳に、どこまでも純粋にこちらを案じるような表情。愛しい娘ヴィヴィアンのそれらをまじまじ見つめ返してから、「大丈夫だ」とかぶりを振る。──いや、本当だ、今日のシフトの調整についてちょっと考えていただけさ。暑気あたりなんかしちゃない……お前の持たせてくれた塩飴だって、ところどころで食べてるよ。ああそういや、ギルドロビーにも置いてたろう? ドニーたちが、「こいつは世紀の発明だ!」なんて大喜びしていたぞ。
無難にこなしていたはずだ。ぼそぼそしたピタパンや水っぽい細切れ肉を作業的に頬張りながら、相手を何やら揶揄って可愛らしい文句を誘い、衆目の許す範囲でじゃれあうふりに興じてみせて。そうして休憩テントに戻り、「また後で」と明るい声で言い交わしてそれぞれの持ち場に戻れば、あとは仕事に打ち込むことで何かを忘れようとした。……それがいったい何なのか、ギデオン自身もよくわからない。とはいえ結局その程度、おそらく大した問題ではないし、気に留める必要もない。そのはずだ。
──だがしかし、大抵の場合。よりによってこういう時に、間の悪いトラブルが降りかかるというもので。)
くそっ、アリス!
現場は今どうなってる!?
(平和だった建国祭に早くもトラブルが生じたのは、憲兵団陸軍によるマラクドラゴンのパレードが始まった時だった。並みいるドラゴン目の中でも、スコス属──翼のない四脚竜として地上を練り歩くこの生きものは、人類が完全なる家畜化に成功した数少ない魔獣であり、戦場に出る時以外は非常に温厚な性格をしている。王都育ちの人間ならば、赤子連れの母親ですらその鼻面に触れると言えば、市民の彼らへの信頼がどれほど厚いかわかるだろう。──しかしそのマラク竜が、王都の北通りの広場で暴れ出したとの急報だ。今年の建国際は警備が大幅増員とはいえ、それはあくまで、人間を取り締まる王都警察の人員であり、暴れ狂うドラゴンには対処が及ぶべくもない。故に、現場の魔法使いから魔法伝達を得た今年のコンビのアリスと共に、冒険者であるギデオンもまた、現場へ急行していたところで。
──しかし、その道中を阻むのが、そちらからどっと逃げてきた市民や観光客だった。恐慌するかれらは前後が見えていないようで、転ぶ子どもや老人が踏み潰されてしまわぬよう警察が声を張っているが、それでも統制が効いていない。王都暮らしの長い己は、この大群を避けられる抜け道を知っているし、アリスも自身の浮遊魔法で簡単に飛び越せよう。しかしどちらも、それを選ぶ考えはなかった。アリスの答えで、他の冒険者も次々に現場に来ていると知った今、混乱の酷いここを見捨てていくことはできない。故にそれぞれ最善を尽くし、ようやく警察に後を任せられる段階まで整えれば、今度こそ一目散に北通りへと駆け抜けて。──換装したさすまたに雷魔法を溜め込みながら、視界に見えた白いローブに思わずその名を大きく呼んで。)
──ヴィヴィアン!
936:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-09-17 01:54:25
( 終戦六十周年の節目の年を祝う特別な建国祭。恒例の警察や冒険者に次ぎ、今年は国軍の兵士たちまで。キングストン、及びトランフォードの名だたる治安維持組織が総力をあげた警備体制下。それでも起こってしまった騒動の瞬間、ヴィヴィアンとカーティスの二人組は、北通りから一本曲がった通りでパレードの進行ルート封鎖に当たっていた。最初は何か巨大なものが倒れる衝撃音、次いで上がった群衆の悲鳴に騒動の現場へと駆けつければ。もくもくと上がる土煙の奥に、寸前まで屋台だった残骸の上に立つ一体のマラクドラゴンを見咎めて。
「ッ、カーティス!!」「わぁってる!! 仕方ねぇだろ!!」と、この時。珍しく口調を荒らげたのは、単体でマラクドラゴンへ斬りかかった美貌の剣士。ビビの援護すら待たずに広場に入るなり、その巨体へと踊りかかったその無謀はしかし、逃げ遅れた市民を守る為のものだったことに気づかなかった訳では無いが。見渡す限り、戦力になりそうな味方がカーティスとビビしかいない状態で、前線での殺戮に特化したドラゴンの逆鱗に触れることが如何に危険なことか。不幸中の幸いは、カーティスが守った一人を最後にして、守るべき市民達の避難は完了していること。いち早く到着した対魔獣の専門家である冒険者達の存在に、市民の避難と広場の封鎖に専念した警察達の動きは、表彰されこそすれ、決して責められるべきことでは無い。とはいえ、フッフッと荒い息を吐くドラゴン相手に二人では──と、改めてそのドラゴンに視線を向けかけた瞬間。ドォン!! バキッ、メリメリメリメリ!!! と、耳の横すれすれを掠めた瓦礫が、背後の屋台を一撃で破壊する衝撃音に、取り急ぎ完全無策で駆け出すと。相手は対人特価の殺戮兵器。竜騎兵の操るマラクドラゴンの相手は、こちらも同種のドラゴンか、もしくは熟練の連隊が作戦をもって対峙するもの。まかり間違っても、カーティスとビビの二人で相手取れるパワーバランスなどではなく、かといってそんな暴れ竜を広場から逃がすなどもっと有り得ない。この万全の警備体制下、この騒動はすぐさま他の冒険者たちの耳にも入り、すぐさま応援に駆けつけてくれるだろうが、果たしてそれまでどうもたせるか──と、その時。必死に見開いたエメラルドに、その文字列が映ったのは完全なる偶然だった。
類稀なる高い知能を持ち、前線では鋭い爪を振るう一方で、平時では市民とも触れ合う温厚なマラクドラゴン。その理知的な視線は、見る者の浅ましい欲を宥めさえする美しい竜だが、そんな彼らには一つ共有する欠点がある。それは──酷く、それはもう救いようがないレベルで食い意地が張っているのである。どんなに十分に餌を用意しようと、彼らのバディである竜騎兵の注意も虚しく、道端の花壇や店の商品を貪り食む姿は最早日常。最近は彼らが通ったあとは雑草一本残らぬことから、農村での導入も研究されているらしい。とはいえ、建国祭の花形である竜騎兵のパレード。誘惑の多い祭日の中を練り歩く事情上、屋台の食事に手を出さずに我慢出来る優秀な(?)個体が選別されていたはずだが──ビビの視界に映ったのは、バターと……マラクドラゴンの好物である蜂蜜がたっぷりとかかったイラストが描かれた屋台の看板。そして、その蜂蜜の種類が、"ハオマハニー"と。最近、市井で健康に良いと流行っている健康食品である高級蜂蜜なのだが。人間には様々な良い効能をもたらすガオケレナの近縁種の花から作られる蜂蜜も、確か一部の魔獣や動物には良くなかったはずと、太い尾の鋭い一撃を交わしながらその様子を観察すれば。ダラダラと溢れるヨダレに、虚ろな視線、時折腹を庇うように屈んではギュウゥ……とうなる姿は、腹痛に苦しんでいるようにしか見えず。
そうと分かれば話は早い。「顔の前まで飛ぶわ、援護して!」と共有したカーティスからの、「正気か!?」という快い承諾を背に、遥か高い位置にもたげられた首の先へと飛びついて、解毒の呪文と共に大きな動きで杖を振れば十数分後、結果から述べるにビビの推測はたしかに当たっていたようで。酷い腹痛から解放され、キュゥ……と自分の起こした惨状に申し訳なさそうに縮こまるドラゴンの隣。数刻ぶりに顔を合わせた恋人の呼ぶ声を、カーティスの腕の中で聞くことになったのは、着地に失敗して足を挫いたからで。 )
──ギデオンさん!
ね、もう下ろしてちょうだい、大袈裟なんだから……
( 普段膝上までしっかりと防備しているブーツを脱いで片手に持ち、もう片方の足で駆け寄ってくるギデオンとカーティスの間に立てば。「暴れていたドラゴンはあちらです。もう危険性はないと思うんですけど……」と、ことの顛末の説明を。「つまみ食いしたか、見物人に与えられたか……ハオマハニーによる錯乱かと思われます」と口にしたところで、よく気づいたなと驚いたのは男性陣のどちらだったか。しかし、カーティスの方はといえばすぐに「……『アナバシス』だな?」と得心の言った表情で頷いたかと思うと、「蜜をとる植物によっては、蜂蜜が毒になるなんて本当だったんだな……」と、今回の閃きがビビの実力ではなく、古代の歴史書からの引用だと、ギデオンへとバラしてくれようとするのを黙らせようとしてバランスを崩すと。──ギデオンさんに褒められたいのに!! と、その浅黒い腕に掴まってぽこぽこと頬を膨らませ。 )
──まって! しーっ、シーッ!!
なんで、バラしちゃうのよう……!
937:
ギデオン・ノース [×]
2025-09-22 03:07:48
──……無事、なのか。
(後輩剣士が抱えているのは己のヴィヴィアンだと気づき、まさか重傷でも負ったかと一目散に駆け寄るも。当の彼女がひょっこり振り向き元気に返事をするものだから、がくんと拍子抜けしつつ、再び見上げたその双眸にほっと安堵の色を浮かべて。
──結局、周囲を確かめてから状況報告を聞き取るに。事故現場に到着したのは、ヴィヴィアンとカーティスの僅か2名にもかかわらず、暴れ狂うドラゴンをたちまち鎮めてみせたらしい。制圧ではなく治療によってすっかり萎れたマラク竜、その首に縋る竜騎兵がおいおいと泣いているのは、今後の相棒を案じてだろう。しかし幸い怪我人もなく、教養豊かな若手たちが原因まで掴んだ以上、殺処分という結末は遂げずに済むに違いない。この見事なお手柄に感嘆するのは自分たちのみでなく、まずは遅れて駆けつけた同業者たちと王都警察、それから逃げ惑っていたはずの大衆までもがわいわい集い。「このふたりが?」「ヒーローだ!」「さっきの的当てのお姉さんだ!」と口々に讃えはじめて──すっかり荒れた北広場、しかし今はその楽しげなこと。
直前までカーティスとじゃれ合っていたからか、あるいは片方のブーツを脱いだ格好でいるからか。一気に注目された相手がもし落ちつかない様子を見せれば、笑ってその背中を支え、辺りの瓦礫を浮遊魔法で片付けていたアリスのことを呼び寄せよう。……あら? と一瞬、ギデオンのその顔を怪訝そうに見た魔法使いは、しかしヴィヴィアンの足に気づいて、後回しにしてごめんなさいねとその水晶玉を光らせ。相手のような本職のそれほどではないにせよ、ベテラン魔法使いの呪文でその足首を癒やせたならば、これでしっかりその場に立つのに不自由はしないだろうと。「行っておいで」、そう穏やかに促しながら、大衆の前へ送り出し。)
こういう時のパフォーマンスも、冒険者の仕事のうちだ。
……ついでにあそこのやつらのためにも、ひとつ啓蒙してやってくれ。
(──かくして、大衆の眩しい視線をすっかり集めた若手コンビが、「兵隊さんのドラゴンに勝手に餌を与えないこと!」と即興の野外講話を始める、その賑やかな舞台裏。ベテランであるギデオンたちは、警察との実況見分、そして王軍や建国祭委員会との警備体制の見直しに多忙を極めることとなった。現着が想像以上にままならなかった問題は、ここでしっかりクリアにせねば次の大事故を招きかねない。ギルド内だけでの会議も連日連夜必要だろう。
……故に、これからの数日間。同棲しているヴィヴィアンとほとんど顔を合わせないようなシフトに切り替わることになったのも、ギルドのベテラン冒険者として当然の責務なわけで。)
(──一日が慌ただしく過ぎ、どうにか新たなトラブルはなく迎えられたその日の深夜。巡回に繰り出していくデレクたちを見送りながら、ひとり静かなロビーを横切り、いつもの柱の陰のベンチに重い腰をどかりと下ろす。片手で栓を抜いたのは、魔法のおかげでまだ冷えている祭土産の瓶ビールだ。それをぐいっと一気に呷り、胃の腑に染み込ませながら深々と息を吐き。そうしてようやく、ベテラン戦士としての顔を脱ぎ捨てたそのままに、前方へ投げかける目を物静かに迷わせていて。)
938:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-09-25 10:18:27
……!
ありがとうございます……ね、すく戻ってくるから待っててね?
( 一時はどうなる事かと思ったが、一件落着の雰囲気に祭りの賑わいを取り戻しつつある北通り広場。しかし、やはり何か言語化できる程ではないのだが──この頃には、恋人の様子への違和感は、既に疑念から確信へと変わっていた。とはいえ、何かあったかという問は先程本人から否定されたばかり。やっぱりお疲れが溜まっていることにご自分でも気づいてないのかしらと、市民たちへの講話が終わったら今度は相手を診るべく、ちゅっと軽い頬への祝福と共にかけた言い含めを、果たしてギデオンが守ってくれたかどうか。とにかく今日はゆっくり休んでもらおうと考えていた計画はしかし、建国祭の警備体制について大々的な見直しが始まってしまえば、こちらの心配も虚しく、益々ベテラン剣士は忙しくなるばかりで。 )
──……ギデオンさん!
お会いできてよかった……!
( これ、替えの服がそろそろ無くなる頃かと思って──そう数日ぶりに捉えた恋人の姿は、少しくたびれていても、それがかえって名画のように美しい。たった数日ぶりだと云うのに、運命の再会でもしたかのように相好を崩し、虫の声が響くロビーを跳ねるように駆け寄ると。相手のために伸ばし始めた巻き毛を払いながら、手に持っている包みを掲げて見せて。
本当はこんな言い訳など用意せずに、どれだけ会いに来たかったことか。相手の仕事を邪魔してはいけないと思っていても、数日前の相手の様子が気にかかってならず。いつギデオンがふらっと帰って来ても良いように、ここ数日の夕食のメニューが全て相手の好物だったことは秘密だ。せめて自分に出来ることをと、ギデオンのシャツに疲労回復の祝福をかけ、相手の私書箱にでも届けておこうと思っていたのだが。タイミング良く休憩中らしい相手の隣に、あえて掛けなかったのも、忙しい相手に気を使わせては悪いと長居はしないというポーズのつもりで。 )
お疲れ様です……お仕事、如何ですか……?
ご無理なさらないでくださいね。
939:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-10-01 14:58:49
……!
ありがとうございます、すぐ戻って来ますから、待っててくださいね。
( 確か、以前にもこんなことがあった。昨年の秋、当時キングストンに蔓延していた"幸福のおまじない"騒動の調査中だったか。一件落着の賑わいの中、それでも必ずビビの調子に気がついてくれるギデオンにきゅんと胸を鳴らし、楽しげな市民達に駆け寄る寸前、溢れ出る愛おしさを大好きな相手の頬に落とすと。そうして相手に触れたことで──やっぱり少しお疲れだわ、と。疑念から確信へ変わった違和感をこの場で指摘しなかったのは、紛れもなく相手の体面のためだった。しかし、この一連の騒動の後、警備体制の見直しのため、家に寝に帰ることすら難しい多忙が相手を襲うことを知っていれば、担当治療官、恋人、そして唯一の大切な相棒として、このままギデオンを送り出すことを決して許しはしなかっただろう。 )
──……ギデオンさん?
( それから数日たった日の夜更け。素朴ながら格式高く整えられたギルドロビーに特徴的な、途中から木材の色が変わるその柱の陰で、休憩中の恋人に遭遇したのは完全なる偶然だった。毎夜帰ってこられるか分からない相手を待ち、彼の好物が並ぶ夕食を、一人翌朝の寝ぼけた胃に無理やり押し込み続けること数日。そんなことや個人的な寂しさなどは構わないのだが、ただ調子のおかしかった相棒の体調が心配で。仕事のお邪魔にならぬよう、他のベテラン勢達の分も一緒に、祭りで調達してきた軽食をそっと差し入れたり、あまり使われた形跡のない仮眠室のリネンを整えたりと、警備のシフトが終わってからずっと一人でこなしていたものだから。そろそろギデオンの着替えがなくなる頃だと気がついて、一度家へと帰ってから、もう一度ギルドへ戻ってくる頃には随分と遅い時分となっていて。
そうして閑散としたロビーを眺め──こんな遅い時間まで、ギデオンは頑張っているのに、私は何もしてあげられない。そう、ここ数日、いつ玄関の扉が開く音が響くやもと、深く眠れていなかった疲労の蓄積が、思考を良くない方向へと引っ張ろうとするのを頭を振って振り払い。さっと届け物をして早く帰ろうと、冒険者の私書箱が並ぶ方へと、広いロビーをショートカットしようとしたところだった。ただでさえ薄暗いロビーの柱の陰、もう殆ど真っ暗といって差し支えない、視覚の利かない闇でさえ、その気配、その息遣いだけで愛おしい、他でもない、大好きな相手だとわかるのだから心底不思議だ。──疲れては……いるだろう。眠れているか、十分な食事はとれているか、何か辛いことはないか、そうどんどんと口から溢れそうになる質問をぐっと堪えて、確かな足取りで最愛の人に近づけば。ただでさえ大変な仕事に追われているギデオンにこれ以上負担を感じさせないよう、意図してぱっと明るい声を出し。 )
お疲れ、様です……ちょうど良かった、コレ──替えの服がそろそろ無くなる頃かと思いまして……それだけ!
……なので、今日はもうすぐ帰るんですけど、何か他に欲しいものとかあったりしませんか?
私書箱に入るものだったら入れておきますけど……
940:
ギデオン・ノース [×]
2025-10-13 20:48:06
──……ああ、おまえか。
(一歩一歩こちらに近づく、くっきりとした軽い靴音。その耳に馴染んだリズムに揺れていた意識を戻し、視線をそちらへと向ける。そこに立っていたのはやはり、公私共に相棒である後輩ヒーラー、ヴィヴィアンだった。──何故だろう、たかが数日やそこらのはずが、もう長いこと会っていなかったような気がする。
だというのに、呟きながらふわりと和んだ己の瞳は、すぐに相手のそれから外れた。ベンチから重い腰を上げ、「大丈夫だ」と笑いながら相手のすぐ傍まで行って、持ってきてくれた包みを手元に受け取るその際中も、表情こそいつも通りでも、終始目を合わせない。その自覚もない──無意識だ。それでいて、穏やかにかける声だけは、上辺ばかりがいつも通りで。)
悪いな……おまえも長時間のシフトだったろうに。そっちは大事ないか?
──ああ、フリーダたちから聞いてる。今年も例のひったくり犯を捕まえたってな、よくやった。
(そこでようやく相手に目を向け、労うような微笑みを。だがしかし、相手の顔に少しでも違和の色が浮かべば、その気配が立ち昇る前にまたすぐ逸らしてしまうだろう。──これが一年前であれば、たった今の声掛けだって、別に大しておかしくはない。ギルドの先輩冒険者として、かつては相手にこんな風に口を利いていたはずだ。
しかし今……この一年、本当に様々なことを共に経験してきた今、どこか肌寒い空白をわざと置いていることは、ここまで来れば流石に多少、きまり悪く自覚して。それを有耶無耶にするように、「……すまない、少し疲れてるんだ」──この言い訳なら相手が強く踏み込めないのを知っていて使うのだから、奥底で疼く自己嫌悪で額の眉間に皴が寄る。それをぐ、ともみほぐしてから、一瞬躊躇うような沈黙。視線は足元の宙で揺れ、しかしすぐにごくかすかにかぶりを振って、思考を切り替えた様子を見せる。実際、疲労はたまっているのかもしれない──思考力が落ちていた。日中浴びた真夏の熱が、頭の奥に鈍い痛みを残し続けるせいだろう。それでも本当に大事なことは腐っても間違うまいと、相手の持ってきてくれた包みをロビーの椅子に置いてから、促すように歩きはじめて。)
──……昨日の晩も、祭で悪酔いしたやつらが未遂事件を起こしたばかりだ。
この時間の夜道は危ない……送ってく。
941:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-10-19 23:55:09
いえ、ギデオンさんの方がもっと大変ですもの──……そう、ですよね。本当に、お疲れ様です。
( 久々に会えた喜びで、内心すっかり浮き足立ってしまったが──そうだった、と。数日前から改善するどころか、ますます悪化しているよそよそしい態度、合わない視線、そんなギデオンの対応に、ほころんでいた表情をみるみるうちに俯かせると。踏み込んでくれるなとばかりに付け加えられた発言に、思わず言葉を詰まらせて。それは決して相手の言葉を疑った故ではなく、寧ろ気丈なギデオンがここまで疲れ果てているにも関わらず、無力な己を呪ってのことだったが。果たして葛藤する年上男の目には、どう写ったことだろう。 )
──……待って!!
ありがとうございます、でも大通りを通って帰りますから、一人で大丈夫です。
( そうして、歩き出した広い背中に、慌てて太い腕に抱きつくようにして引き止めれば。これ以上、疲労の恋人を煩わせてはいけないと、つい真剣になってしまった表情を誤魔化すように、ぱっと笑いながら万歳の要領で手を離し。しかし、貴重な相手の休憩時間を邪魔したくない気持ちと同時に、久しぶりに会えた相手との時間が惜しい気持ちもまた事実で。相手を促すようにギルド側へと下がりながらも、良いことを思いついたとばかりに、静かに掌を合わせれば。殆どは相手を休ませてあげたい純粋な善意と、あとは無意識に自分の有益性を誇示したい、褒められたい気持ちがちょっぴり。先程まだ誰も使用していないことは確認したし、これくらいの公私混同なら許されるだろうと。他でもないギデオン本人から拒否される可能性など微塵も考えていない様子で、ほこほこと楽しげに微笑んで。 )
……そうだ!
そしたら代わりに仮眠室まで、私におくらせてくださらない?
さっきシーツ干したばかりなの、短時間でも横になると違いますよ。
942:
ギデオン・ノース [×]
2025-10-25 07:00:02
(これがいつものギデオンならば、ヴィヴィアンの声に満ちあふれている温かな気遣いや、その明るい笑顔が隠すほんのかすかな不安のひずみに、きちんと気がつけたのだろう。しかし人間──特に、己の全盛期に優れた体力を誇った者ほど──心の弱りに忍び寄る、古い魔物を知らないものだ。
故にこの時のギデオンは、全てに奇妙に……ある意味素直に、様々に反応した。相手に縋りつかれた瞬間、真顔のままに目だけを瞠り、そこにかすかな光を浮かべ。しかし彼女の細腕があっさり離れていった瞬間、その輝きは脆くかき消え、代わりに古戸が軋むようにぎこちなく振り返る。──狼狽、恐れ、猜疑、強情。そんな暗色の表情ばかりが入れ代わり立ち代わり、鈍く浮かんだその面差しは、やがてふいと横に逸らされ。数秒の沈黙によってくっきりと浮かび上がってしまった、深夜のロビーの静けさの中。やにわにぶつけたその声は、それまでの胸中を碌に語らなかった癖して、今度ははっきりと硬質な響きを持つように加工していた。)
──いい。必要ない……そこまで酷く参っちゃいない。
第一、ヒーラーのお前が取れる休みを取らなかったら、明日の他の奴らの支援に影響が出かねないだろう。
(言葉の喉越しに苦味を感じないわけではなかった──しかし一度鎧いだすと、そこから先はもう止まれない。短く鋭いため息を吐き、椅子に置いた包みを拾って、相手に構う素振りも見せずにロビーの一角を横切っていく。先ほど飲み乾したビール瓶、それを片隅の回収箱へ突っ込むだけの野暮用をしたかった。そうしてすっかり距離を取り、広い背中を向けたまま、ふとエントランスの外に固い視線を走らせたのは、巡回から帰ってきた女子冒険者らに気がついたから。人数にして三、四人……どれも新人ばかりだから、これから上階で私服に着替えて、年長者が予め呼んでいたギルド直雇の乗合馬車で各々の家に帰るのだろう。相手もあれに乗っていくなら、或いは己が送らなくとも、“それぞれ休めるかもしれない”。
そんな考えを言外に滲ませるように、間もなくこちらに来るだろう彼女らの方向を軽く手ぶりで示しつつ。依然用いる声色に、ますます“ベテラン冒険者”らしい、理性を繕った響きを乗せて。)
……もしも、私生活のせいで……そこまでしないと落ちつかないって言うんなら。
この祭りの期間中は、普段のことは忘れてくれ。──お互い、仕事に専念すべきだ。
943:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-10-28 00:44:11
──……、…………。
( ガラン、と。ガラス製の瓶が木箱を叩く無機質な音、大好きな相手の突き放すような冷たい声音。気持ちが通じ合った春のあの日から初めて、二人の間に空いたその距離に──一切、そのまっすぐなエメラルドが揺らぐことはなかった。それどころか、一歩そのまま歩み寄り、「……“忘れてくれ”?」と投げ放たれた暴言を今一度呟くように反芻すれば。もしかすると、投げかけられたヴィヴィアンより余程動揺している男の表情を見て、小さく微笑みかけすらするだろう。 )
……"すべき"、だなんて。
少なくとも、私が"すべき"かどうかは自分で決めたい、かな。
( どれだけギデオンのことだけを見つめてきたと思っているのか。その頑なな表情が、言動が、文字通りの拒絶や嫌悪ではなく、彼が一人追い詰められている時のものだと云うことを、もし見抜けないと思われているなら心外だ。とはいえ、まさか本人がその正体を理解出来ていないとは流石に見抜けず、素直に信頼されていない、相談すらして貰えないほど頼りにされていないのだと誤解すれば。その口調や表情こそ穏やかに装えど、その大きな瞳を覗けば、恋人として、そして相棒として、その内心怒りに満ちていることは明らかで。しかし、今目の前で困窮しているギデオンを更に困らせるような真似がしたい訳では無い。故に、久しぶりに触れる頬へと手を伸ばし、体力回復の祝福だけを無言でかけると。到着した馬車の方へと向き直りながら、冷静に双方の冷却期間を提案したつもりで、ギデオンの表情を確認しそびれた程度には、頭に血が上っていたらしい。 )
しばらく家には帰りません。
どうせお力にはなれませんもの……私より"大切なお仕事"が終わったら、迎えに来てくださる?
( とはいえ、それから幾日たっただろう。駄々を捏ねて転がりこんだ先は、ギルドからほど近いリズの部屋。つまり、バルガスからいち早く居場所の特定はできるに違いない上、祭日の警備シフトにも毎日予定通り出勤している以上、必要以上の心配はかけていないだろうと云うのがビビの算段だったが果たして。ひとつ誤算があるとすれば、一見クールなようでいて、情に厚い友人の口の硬さを見誤っていた事で。 )
944:
ギデオン・ノース [×]
2025-11-01 12:54:46
(すっかり静まり返った中で篝火だけが時折爆ぜる、真夜中のギルドロビー。そこに立ち尽くす愚かな男は、娘が毅然と消えていった闇の向こうを眺めたまま、未だ青い目を惑わせていた。……結果的には、ほとんど望んだとおりのはずだ。これからしばらく構わなくていい、冷静に距離を置かせてくれ。自分は確かにそう主張して、彼女もそれを聞き入れた。ただし予想外だったのは、彼女のあの揺るぎなさ、静かに放っていた怒り──そしてサリーチェを去ったこと。何をいったいどうしたら、彼女まで“家に帰らない”などと言い出す羽目に繋がるのか。……それがわかる男であれば、こんな事態にはならないわけで。
足元に視線を落とし、やがて彼女が残していった着替えの包みを回収すると、エントランスに背を向けて上への階段を昇り。熱いシャワーで汗を流して、ひとまず替えの衣服に着替え、また別の階へと移ると。ベテラン用の仮眠室でも未だ替えられるとこのない、五十年モノのぼろの寝台……しかし誰の気遣いだろうか、いつにも増して清潔なリネンが敷かれたその上に、連日残業続きの躰をようやくのことで横たえて。だがしかし、隣にある若手用の大部屋から元気ないびきが聞こえなくとも、こうして目が冴えたことだろう。
何度も瞼を閉じては開けて、闇の天井に蘇るのは、強い光を跳ね返すあの大きなエメラルド。『少なくとも、私が"すべき"かどうかは自分で決めたい』──何を今更、言うまでもないだろう。彼女は元から自分とこちらを切り離しているではないか。だからこちらも、相応に構える必要が出たというのに──歪んだ顔を片手で覆い、重苦しいため息を吐く。苛立ちが胸に渦巻く、だがどこか決まりの悪いむかつきまで込み上げてくるのは何故。
寝返りを打ちながら、うつらうつらと眠りに落ちる。夢を見たような気もするが、ごちゃごちゃと乱雑なばかりで、起きた後には覚えちゃいない。だがしかし、夜明け前には覚醒してまたすぐ動きだしたとき、ふと明確な違和感を覚えた。ごく短時間、何なら気分の悪さに苛まれながら横になっただけなのに、驚くほど体が軽い。まるで昨夜からたっぷりと熟睡したかのような──良質な支援魔法を、絶えず受けているかのような。
気づけば頬に伸びていた手を、しかしすぐに、どこへともなく目を逸らしながらぎこちなく引き下げる。──得られると思ってはいけない。くだらない夢は忘れて、ただ現実に、仕事に打ち込め。これまでだってそうやって、上手く乗り越えてきたはずだ──それで正常になるはずだ。)
*
(……何やら、他方のジャスパーが不機嫌だったという噂を聞くが。ギデオンと同じ班だった若手冒険者や見習いたちは、地道な役に徹しながら着実に仕事をこなすギデオンの背中から、この夏実に多くのことを学んでくれていたらしい。ギデオン自身にしてみても、後輩たちが裏方を厭わず奮起してくれるのは、見ていて気分の良いもので、いつにも増して育成に精が出る日々を送った。だがそれは、結局のところただの現実逃避に過ぎず。己以上に各所で大活躍を誇ったヒーラー娘の評判に無関心を気取ったツケは、すぐ回ってくることとなる。
祭も終盤となった夜。班の出番はほぼ終わり、明日はシフト調整により時短勤務となる段で、ギデオンはようやく一度ラメット通りに帰還した。ベテラン用の仮眠室が諸事情で満員となり、近場に自宅のある者が帰らぬ道理がなくなったのだ。本当はどこか、近場の宿にでも泊まりに行こうと考えたのだが、何せ今年の建国祭は来場者数が桁外れ、王都東部の宿泊施設はどこも当然満杯で。それならば仕方ない、ほんの数時間戻るだけ、最低限寝に帰るだけだ。そう自らに言い聞かせながら玄関扉を開けた時、しかしギデオンを圧倒したのは。
──明かりひとつ灯らぬ我が家の、しんとした……静けさだった。)
(……何も、動じることはない。明日の準備をするだけだ。
壁の燭台に灯をつけて、玄関脇に荷物を下ろす。そこから取り出したこの数日分の衣類を魔洗槽に突っ込んで、買ってきた安上がりの夜食を広いダイニングテーブルに置く。辺りを見回す、ソファーにも勝手口にも人の気配はまるでない──空き巣を警戒しただけだ。ざっとシャワーを浴びてから、魔導コンロを軽く熾して夜食のひとつを火にかけた。だがすぐに止め、温いそれを胃の中に詰め込んで、匙が進まず残った分を明日に回すことにする。ぴかぴかの食器棚からガラスの器を取りだし、次いで食料棚へと移る。扉を空けるとほとんど空だ、保存のきく食材以外は一度処分してあるらしい。顔を逸らして扉を閉ざし、浴室へ行って歯を磨き、その間鏡を見ないまま、洗い終わった衣類を干して、一度玄関の方へと戻る。鞄から引き抜いたのは明日に向けての仕事の書類で、ソファーにどっかり腰を下ろすと、四、五枚ほどに過ぎないそれに時間をかけて目を通す。二周、三周──疲れているのか、頭にあまり入ってこない。何とはなしに玄関を見て、すぐに書類へ目を戻す。これを書いて寄越したのは、いかつい見てくれに不似合いな達筆の主フィリベールだが、どうも調子が悪いのか、今日の奴の筆記体は目が滑ってかなわない。書類を諦めて脇に置き、沈み込むように頭を覆う。首に手をやり、ため息を吐く。そこで初めて気がついた、どうにも気分が落ち着かないのは、耳鳴りがうるさいせいだ。サンソヴィーノの大窓を見る──越してきたときは気づかなかったが、嵌め込み式の魔導回路の悪影響でもあるのだろうか。フェニングに問い詰めなければ。
とはいえ、今夜は何もできない。横を向き、また息を吐き、意を決して腰を上げる。階段を昇っていくが、寝室で休むつもりはなかった。明日は数日ぶりに朝から素振りをする気でいるから、どうせ三、四時間の睡眠をベッドで寝るのも馬鹿馬鹿しい。ブランケットだけ回収したらソファーでしばらく横になろう、そう考えて部屋に踏み込み、辺りにあまり視線を向けず目当てのものだけ回収する。そうして足早に階段を降り、壁の灯りを吹き消して、寝入ろうとした……その、はずが。
ソファーに横になる前に、ばさり、と布をを広げた瞬間。ふわりと鼻に届いた香りに、がつん、と頭を殴られた。思わず後ろに軽くよろけて、思考を振り払おうと必死にかぶりを振るものの。感覚にじかに働くそれが──この家に一緒に住んで早二ヵ月、すっかり手に入れていたはずのヴィヴィアンの髪の香りが──しかしこの数日で、古く薄れつつあるそれが──思考を、たちまち呑み込んでいく。
──彼女はどこだ、今どこにいる。今はだれと、どうしている。
──……別に失踪したわけじゃない、ちゃんとギルドに来てるじゃないか。大げさに案じなくていい、以前と変わりないだろう。
──違う、今の、彼女は、どういう。いったい何のつもりで……今は、何を考えて。
──……わかりきっているだろう。彼女自らこの家を出た。お前がまともになれるまで、お前とといるのを望んじゃいない。
──……約束を守れないのか? 仕事を終わってからにしろ、お前の“責任”なんか要らない、そう言われていたはずだ。
ここ数日の内なる声が寸断なく口を挟むが、以前よりも必死なそれは、リビングを歩き回る落ち着きのない足音に、暴れ回る胸の鼓動に、たちまちのうちに掻き消されていく。──彼女が行方をくらませた先が、おそらくいちばんの親友だろうエリザベスの家でないことは、昨日受付で本人にかぶりを振られて知っている。スヴェトラーナも違うというし、アリアは今不在の身。マリアは幼い息子がいるから、良識のあるヴィヴィアンが闇雲に頼るはずもない。ならばどこだ、どこにいる──ひとりで宿でも取っているのか? 浮かれる王都に漬け込むような物騒な事件があったと、この前話したばかりだろうのに。こんなに簡単に出ていけるのか──二度と戻ってこないつもりか──こんな、こんな……呆気なく、消えてなくなるものなのか。
実際に凍り付いていたのは、恐らく数秒のことだろう。しかし目まぐるしい思考、噴き出すような感情に、この数日の平静を無理に守っていた意固地の箍が、とうとう派手に撥ね飛んだ。──玄関脇のキーフックから家の鍵だけ引っ掴み、トレーニングにも使っているいつもの夜着の格好のまま、夏の夜道に飛び出していく。見当がつくわけでもなければ、彼女と何を話そうと考えていたわけでもない。ただの短絡的な衝動、どこをどう見ても繕うべくもない愚行──そうとわかっていながらも、それでもラメット通りを駆け抜け。道行く乗合馬車の御者に気をつけろと怒鳴られながら、いつの間にやら駆け込んだのは、ギルドからそう遠くない住宅街の路地裏で。)
945:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-11-16 00:43:58
( 冷静を欠いた勢いのまま、サリーチェの家を飛び出て早数日。あの晩はあれが正当な怒りだと、建前ではなく、本当にもっと頼って貰えた方が嬉しいのだと示したつもりでの行動だったが。──果たして、あれは本当に正しい振る舞いだったか、頼って貰えないのはビビの実力不足で、愛しい人をさらに追い詰めただけではなかったか。度々、『忘れてくれ』と。あの冷たく鋭い声を思い出しては、嫌な動悸に酷く心臓を痛めつけられ。──もし、ギデオンさんが迎えに来てくださらなかったら。素晴らしい彼には、もっと相応しい人がいると気づかれてしまったらと。自ら帰らないと宣言しておいて、自分でも一体何をどうしたいのやら。そうして、心の内は嵐のようにぐちゃぐちゃに荒んでいようとも、忙しい仕事に友人にと、目の前のことに集中していれば、時間は無情に過ぎ行くもので。)
*
( その晩も、ここ数日の恒例通り。居候させてもらっている家主と、お互いのシフトが終わるのを待ち合わせれば、祭りの出店で本日の夕飯を見繕う。そうして、長くない家路をぺちゃくちゃと、実の無い話に花を咲かせていたものだから、同時刻、大通りで起こっていた喧騒とは縁遠く。「……っ、ビビさ、」「大丈夫、気づかない振りして」と。深夜の路地裏に二人、やっと自分たち以外の不審な気配を認めたのは、目的の借家も目の前の、人通り少ない路地に入ってからで。──別に何も無ければ、ただの酔っぱらいであればそれでいい。しかし、この遅い時間に目的地へと急ぐでもなく、ふらふらとどこか頼りない足音に、普段はリズが一人で暮らす住所を知られてしまうのが一番まずいと。彼女だけを先に彼女のアパルトマンへ急がせれば、腰の獲物へと静かに利き手を滑らせる。そうして、ギデオンと高級住宅街で暮らし始めてからは無くなっていた、女にとって避けがたい久かたぶりの緊張に息を飲めば──最初は見間違いを、その次は、会いたい気持ち強さにとうとう幻覚でも見だしたかと、自身の正気を疑った。 )
──……ッ、ギデオンさん!?
( 約束通り自分のことを迎えに来てくれたのだ、とは思わなかった。着の身着のまま飛び出してきたと言わんばかりの格好に、普段の規律正しさなど見る影もないやつれた足取り。兎にも角にも、彼の全身から溢れ出す緊迫感に、市井で何か事件や事故でも起きたのやもと思えば、ここ数日の蟠りなど二の次で。一切の私情や甘えの滲まない、真剣な顔で駆け寄って。 )
何か……何があったんですか!?
被害状況は! ギデオンさんもお怪我は……
946:
ギデオン・ノース [×]
2025-11-18 01:55:22
(──もしもあの時、横から迫り来る馬車を飛び退って避けた直後に、乱れた息を整える数拍を置いていなければ。もしもあの時、飲み屋の煩い騒ぎを嫌い、客引きの立つ通りを疎んで、こちらの地区に駆け込まなければ。もしもあの時、ヴィヴィアンとエリザベスが別の出店にしようと決め手、屋台料理が出来上がる数分を待つことなく帰っていれば……。思えばきっと、この広大なキングストン、その数地区に限ったところで、全く別々に過ごしていた自分たちたったふたりがばったり行き会う確率なんぞ、皆無に等しかったろう。それでも運命のいたずらか、はたまた女神の微笑みか。我を忘れて駆け回った末ふらついていたギデオンが、それでもはっと振り向いたのは──耳に馴染んだ呼び声が、闇を駆け抜けて届いたからで。
荒れ果てていた呼吸すら止め、そこに佇む女性の姿を穴が開くほど凝視する。幻覚か、と疑ったのはギデオンもまた同じ──あまねく知覚を総動員するのに必死だ。しかしその間を待たずして街灯の下に現れたのは、見間違えようもない、探し求めていた娘の姿。──いた……いた、見つかった、ここにいた。その単純な事実をじわじわと実感するまでに数秒ほども要する間、彼女が必死に確かめてくる声は、分厚い幕の向こう側をぼんやりとすり抜けていくようで。
だがしかしようやく、ようやくのことで頭が状況に追いつくと。今度は突然、まるで怖気のそれにも似た激しい震えが体の底から走り上がった。信じがたい、と言う表情──愕然と揺れる双眸。相手が何かちらりとでも不可解な色を浮かべれば、がっ、とその両肩を強く掴んで。ほとんど鼻を突き合わせるほど間近に顔を寄せながら、一帯の夜気を震わせるほど苛烈な声で怒鳴りつけ。)
──何を──してる──こんな、ところで!!!!
(こんな深夜にこの声量で、近所迷惑がどうだとか。この二ヵ月、相手の信頼を勝ち取るために細心の注意を払い続けてきた努力を自らぶち壊しているだとか。そんなことは、もはやかなぐり捨ている自覚すらしていなかった。
「正気なのか!?」──「こんな夜中に、たったひとりで!」──「何が被害状況だ!」──「おまえみたいな若い女が恐ろしい目に遭わされる事件が、そこらじゅうで、どれだけ──どれだけ起こっていると思うんだ!!」。今の自分も人のことを言えぬようななりのくせして、がくがくがくと、これまで決してなかったほど乱暴に相手を揺さぶり、怒鳴る、怒鳴る、尚怒鳴る。そうして激しい息を吐き、相手の翡翠を激しく睨みつけながら。その青い双眸に、しかし怒りだけでなく、まるで傷が疼いたような、何かの痛みに怯んだような、鈍い翳りをずくんと走らせ。)
947:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-11-19 19:12:31
( いかなるときも冷静沈着な相棒が、こんなにもやつれて立ち尽くすなんて、一体どれ程の被害が出たのだろうか。それとも驚異の正体が未だ近くにいるのだろうか。それなら一人で行かせてしまったリズが危ない──いや、義理深く優秀な彼女のことだ。此方に何かがあればすぐ通報できるよう、安全な場所からきっと此方の様子を伺っているに違いない。ならばとっくに寝静まったここらの住人を避難させる方が優先か、などと。恋人の恐慌した内心を慮らず、明後日の方向へと思考を巡らせていたものだから。 )
……!? な、なにって……
( 耳が破れんばかりの鋭い怒声に、肩へ食い込む強い指先。突如浴びせかけられた激情に、思わず──なんだ、と。キングストンの市民たちに何の被害もないことへと、ほっと浮かんでしまった場違いな安堵は、優しく大好きな恋人より初めて向けられた剣幕から、心を守るための無自覚な逃避で。しかし、──どうして、貴方がそんな顔をするの、と。やっと激震が収まり焦点のあった表情から、今こうしてビビを叱りつけているのもまた、いつもの優しく繊細な恋人その人なのだと実感すれば。その憔悴しきった表情に、どうしようもなく胸が締め付けられるのは、愛しているのだから当然のことで。そもそも、なにか事件があった訳でもなければ相手こそ、どうしてこんな時間にそんな格好でここにいるのか。いや、彼の様子がおかしかったのはもうずっと前のことからだったか。愛しい人に健やかにいて欲しいだけなのに、一体全体どうしたものか。あくまでどこまでも静謐に、その憤懣遣る方ないといった怒りの中に、蹲るような怯えが潜むアイスブルーを見つめ返すと。最早怪我をした野生動物のような恋人自ら拒まれなければ、やつれてもなお美しいその薄い頬をそっと指先で撫でるだろう。 )
……ご心配おかけしてごめんなさい。
でも、……いいえ。ねえ、ギデオンさん。私はどうすれば良いのかしら?
こんなに大好きで仕方ないのに……最近は、全く伝わってないみたい。
948:
ギデオン・ノース [×]
2025-11-26 05:04:20
────……!?
(切実な祈りを込めてのなりふり構わぬ威迫のほどは、無謀がちな恋人にどれほど届いたことだろう。それをしかと確かめるべく、相手の顔に目を凝らし──だからこそ、反応が遅れた。その暖かな指先が、己の頬を労わるように慰撫することを許すまで。……こちらを見つめる翡翠の瞳が、怯えでも、反発でもなく、深い深い慈愛の光を湛えていると気付くまで。
根が生えたような硬直は、実に数秒間ほども晒していたに違いない。いきりたっていたはずの呼吸すら完全に静止して、その不自然さに自覚のないまま見つめ返していた矢先。突然まじないが解けたように反射的に顔を逸らすと、掴んでいた両手を力の抜けるように下ろして、我に返ろうとするかの如く浅い息を繰り返す。何故そんな顔をしている──もしや伝わっていないのか、いやちがう、彼女はきちんと理解している、だがしかし今見据えているのは、全く別の……ならばどういう、なぜ俺を見てそれを、第一どういうわけなのだ、どうすれば良いのかなんて、俺の方こそ──ずっと、毎晩。大好きで仕方ない、最近まったく伝わってないだなんて、伝わるも何も、こちらから言うまでもなく、相手のほうこそ家を出て遠ざかっていたはずだ。愛想を尽かしていたはずだ、遂に現実に立ち戻らせてしまったはずだ。愛想を──そうだ、俺は──目を大きく瞠る──約束を、また、守らなかった。)
──……ちがう。
ちが、うんだ……
(思わず口から零れ出たのは、情けないほどの震え声。この瞬間、魔剣使いのギデオン・ノースは、その見る影もないほどに弱々しく成り果てた。──かろうじて触れていた手をとうとう離し、軽く半歩ほど後ずさりながら、魔素切れで揺れる街灯を背に、昏い翳りに逃げる顔。そのくせ尚も口走るのだ、「おまえがどこにいるのか、無事なのかを確かめたかった、それだけで……」「お前の言うことを──違う、約束を破るつもりは」と。どこを見るでもないはずなのに激しく揺れる目の動き、どんどん凍り付くように強張っていく己の躰。脳裏ではこの決定的な醜態を自覚出来ているはずで、故にけたたましい警鐘がガンガン鳴り響いていながらも、異常を来たす思考回路は恐ろしいほどの無音となって、意識をどんどん巻き込んでいく。──柔らかな愛情で包まれれば包まれるほど、それに己に見合わぬことが浮き彫りにされていくようで、恐ろしくなっていく。
蘇るあの日の記憶、あんなに愛してくれたはずが二度と会えなくなった母。渇望した罰として齢七つの骨身を鞭打つ、真冬の原野のあの寒さ。大事なひととの約束は、それがどんなものであっても、決して、二度と破るまいと胸に誓っていたはずだ──忘れていたわけじゃない。だがどうして、ずっとずっと後に出会った相手の愛情に溺れるうちにだらしなく緩んでいたのか。ならばどうか、今度は決して緩まぬように己を律してみせるから。だからほんの一縷だけでも、それすら烏滸がましかったとしても。
それまで、きっと長いこと相手の働きかけがわからず迷走していた双眸が、ようやく再び相手をみとめる。そしてその瞬間、相手の瞳を見つめた瞬間、一歩その場から踏み出したのは、ほとんど捨て身にも近い、ギデオンなりの決死の勇気。己よりずっと年下の恋人に、こちらを見上げるそのかんばせに、再び上から近づくと。ほんのかすか、去年の今よりもまだずっと浅い距離感で、おずおずと屈みこんでは、絞り出すような、小さな、小さな掠れ声で、相手の慈悲に嘆願し。)
……頼む。一度、だけで、いい……やり直しをさせてくれ。
今度は、ちゃんと……うまく……やるから……
949:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-12-02 05:55:23
──……!?
( 数日前のヴィヴィアンは、「迎えに来て」と、確かにそう伝えたつもりでいたのだが。肝心のギデオンへ伝わるまでに、一体何が拗れてしまったのか。相棒が苦難に面している時に、役に立たなかったビビが愛想を尽かされるのであればまだしも。その逆はといえば、あまりに晴天の霹靂でしかない大きな誤解に、心外で堪らないといった表情で、大きな瞳を瞬かせて。
それでも、必死な瞳に捉えられれば、不謹慎にも。根本的に強がりで、すぐに独りになりたがる相手が、一歩踏み出してくれたことが愛おしくて。まずは一刻も早く、この人の不安を取り払おうと、その薄い頬を撫でていた指を翻すと、改めて両掌で柔らかく包み直して。 )
……もちろん。
ギデオンさんは約束通り、迎えに来てくださったじゃないですか。
ありがとうございます、大好きよ。
( 本来であれば、すっかり熱の冷めた恋人関係を、再び同意の元で構築し直す。そういった意味では"やり直す"必要も──なんなら、"うまくやる"必要でさえ、一切必要ない。普段は冷静沈着にも関わらず、時々どうしようもなく不器用で、愛情を求める子供のようにいたいけなひと。それもまたギデオンの一面なのだから、彼は一生このままで良い。それについてや、今回の誤解の原因、そしてそもそもの不調についても、改めて話し合う必要もあるだろうが。それでも今は、大好きな相手の心からの笑顔を見たい一心で、そっと顔を近づけて。 )
……それにね、一度だけなんて、言わないでください。
一生隣にいるんですから、何度だって迎えに来て貰わなくちゃ。
950:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-12-02 06:04:56
(末尾の口調の修正です。内容は全く変わりません。)
──……!?
( 数日前のヴィヴィアンは、「迎えに来て」と、確かにそう伝えたつもりでいたのだが。肝心のギデオンへ伝わるまでに、一体何が拗れてしまったのか。相棒が苦難に面している時に、役に立たなかったビビが愛想を尽かされるのであればまだしも。その逆はといえば、あまりに晴天の霹靂でしかない大きな誤解に、心外で堪らないといった表情で、大きな瞳を瞬かせて。
それでも、必死な瞳に捉えられれば、不謹慎にも。根本的に強がりで、すぐに独りになりたがる相手が、一歩踏み出してくれたことが愛おしくて。まずは一刻も早く、この人の不安を取り払おうと、その薄い頬を撫でていた指を翻すと、改めて両掌で柔らかく包み直して。 )
……もちろん。
ギデオンさんは約束通り、迎えに来てくださったじゃないですか。
ありがとうございます、大好きよ。
( 本来であれば、すっかり熱の冷めた恋人関係を、再び同意の元で構築し直す。そういった意味では"やり直す"必要も──なんなら、"うまくやる"必要でさえ、一切必要ない。普段は冷静沈着にも関わらず、時々どうしようもなく不器用で、愛情を求める子供のようにいたいけなひと。それもまたギデオンの一面なのだから、彼は一生このままで良い。それについてや、今回の誤解の原因、そしてそもそもの不調についても、改めて話し合う必要もあるだろうが。それでも今は、大好きな相手の心からの笑顔を見たい一心で、そっと顔を近づけて。 )
……それにね、一度だけなんて、言わないでください。
一生隣にいるんですから、何度だって迎えに来ていただかなくちゃ。
951:
ギデオン・ノース [×]
2025-12-03 04:20:05
────……
(“一生隣にいるんですから”。何てことのないように娘が告げたその一言は、思い返せばほんの数日、しかし本当に長いこと狂っていたギデオンの目に、理性の光を取り戻させる。無論、その恐れの波はすぐには退き切らないものの、それでも気づきの兆した顔で相手を見つめ返してみれば……はたして、そこにあるのは何だ。
花火の夜、雪深い晩、サリーチェの我が家の鍵を初めて渡したあの昼下がり。この一年の日々のなかで幾度となく目にしてきた、温かな慈愛に満ちたヴィヴィアンの表情は、どこも、何にも、何ひとつ、己の記憶に刻んだそれから変わってなどいなかった。……そうだ、彼女は変わらない。こうして何かに竦む自分を、彼女はいつも、ほんの一歩踏み出せば届くような近さから、優しく待ってくれている。己がこうして傍に行くこと、彼女を欲してやまないことを──彼女も、望んでくれている。
は、と熱い吐息が零れた。普段は重い魔剣を振るう幅広の双肩からは、情けないほど力が抜け落ち──その安堵の脱力のまま、そっと、こつんと額を寄せて。わずかに擦りつけてみれば、相手も同じようなしぐさで応えてくるのがたまらない。今度はこちらもおずおずと相手の頬を両手で掴み、そのすべらかな小さな顔を指の腹で撫でながら。今度こそ、きちんと素直に、己の本音を伝えてみせて。)
……わる、かった。遅くなった。
一緒に、帰ろう……帰って、きてくれ。
*
(──それからの帰り道。数日ぶりに並んで歩く懐かしさを味わいながら、まずは取り戻していくように、何てことのない会話を交わした。
ここしばらくのヴィヴィアンがその身を密かに寄せていたのは、やはりエリザベスの家で間違いがなかったらしい。アパルトマンの窓越しに見守っていたという彼女に、あの後きちんと詫びに行き。ヴィヴィアンが世話になったと頭を下げたその時ですら、人形のように美しいカレトヴルッフの受付嬢は、その淡々とした表情を一ミリたりとも動かさずにいた。──昨日あいつに訊いたんだ、ヴィヴィアンが来てないかって。その時もあの顔で、知らないなんてきっぱり言うから……だからてっきり別のところに、エリザベスを頼らないなんてよっぽどのことと思ったと。少しばかりの気恥ずかしさに笑いながら打ち明けて、相手のくすくす笑う声に、また心が軽くなる。相手のいつもどおりの反応、何も変わらぬその様子に、胸に巣食っていた影がどんどん薄れていくのを感じる。
──だから、そう、必然なのだ。サリーチェの我が家に帰り、リビングの明かりを灯し、夕食がまだだったという相手のそれを温め直して、まずは相手の腹ごしらえを優先させる……そのはずが。相手が屋台の紙パックを行儀よく膝に抱えて食べているのを良いことに、広々としたソファーの上でその体ごとすっかり抱き上げ、腹の辺りに腕を回して、後ろから密に抱きしめる。これは別におかしくはない、こちらも今まで通りの仕草を取り戻しているだけなのだ。食べにくい、と相手が笑えば、こちらも笑って理解を示すふりこそすれど、ますます両腕の輪を狭めて逃しはすまいとするだろう。そうして時折、相手がこちらに取り分けてくれていた分を、そもそも元が足りないだろうと固辞していたはずの癖して、その殊勝な口許に匙を運ばれればまあどうだ。これはクミンだ、カルダモンが、このナッツは鉄鍋での乾煎りの甲斐が云々。相変わらずの煩さを遺憾なく発揮するのは、だがしかし、こうしてどんどん夜が更けるにつれ、きちんと相手と話す時機が迫っているのを感じるから。──ある程度腹がくちくなり、弱めの酒も入れたところで、やっときちんと相手と向き合う。しかしそこには、最早いたずらな不安は混じらず。代わりに、己なりの誠意として相手に事情を共有するべく、ゆっくりと言葉を探す慎重な動きの視線で。)
…………。……ここ数日、いろいろと……すまなかった。おまえに、あんな風に振る舞っていい道理はなかった。
上手く言えないが……そうだな。
“責任”を果たす力がないと、思われるんじゃないかってのを……俺は、いちばん恐れて……いいや。恐れすぎてた、ように思う。
952:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-12-08 11:27:05
──ええ。
ただいま、ギデオンさん。
( 最初に違和感を覚えたのは、祭りの灯りが賑やかな通りを急ぐサリーチェへの家路、途中、大の大人が二人並んで歩くには少々辛い未舗装の狭路。そのたった数メートルを通り抜ければすぐまた道幅も開けるというのに、いつも完璧なエスコートをしてくれるギデオンには珍しく。此方をがっちりと握り込んで離さない拳のせいで随分歩き辛い思いを。
それから、これは慣れ親しんだ我が家に帰って来た後。流石に繋いでいた手は離したものの、こちらの食事を急かしてついて回る恋人に、「ご飯もですけど……まずは汗を流してきても?」と──それは決して変な意味ではなく。後の話し合いに向け、済ませられることは済ませておきたいと。要は言外に、一旦離れていただけますかと伝えた要望だったのだが。そんな此方を尻目にして、いつの間にか手中にしていた紙パックを、目の前でホカホカに温め直して差し出してきた恋人は、果たしてビビのお願いが純粋に聞こえていなかっただけなのか、それともさり気なく黙殺にかかったのか。
極めつけに、「ひゃあっ……!?」と、食事中のところを出し抜けに持ち上げられて。何とか零さずにすんだ包みをぎゅっと抱きしめながら、背後の犯人を振り返れば。どうして返り見られているのかなんて、全く見当もつきませんとでも言いたげな、白々しい確信犯を前に(後ろに)して。──ああもう、本当に仕方のない人……! と。ギデオンを神格化するにかけては右に出る者はいないヴィヴィアンも、流石に声を上げて笑うしか無かったのだった。)
……責任?
( そうして形無しになった恋人へ、「あーん」と楽しげに給餌したかと思えば、膨らんだ頬を愛でまくり。ギデオン手ずから膝の上へと引き上げられたのを良いことに、視線の下になったつむじをなぞって可愛がること暫く。やおらに正気を取り戻し、真面目な話し合いに移った様子の相手を認めれば、こちらもまや真剣な表情で相手の顔を覗き込むも、その言葉選びがあまりに慎重すぎる故に、真意を理解するには一歩及ばず。──"責任"という言葉に思い当たる節がない訳では無い。しかし、いずれの場合でも、自分はその"責任"をとる必要はない、という文脈で使ったのではなかったか。ギデオンの負担を減らしこそすれ、こうして悩ませるための言葉では一切なかった筈なのだが……。もしかして、男性としての沽券に関わるとかそう云う類のものだろうか。そう一瞬あれこれと考え込みかけて──いけない、と。こうして双方勝手に考え込んだ結果が今回の不安ではなかったかと思い直せば。その叫びの一切を取りこぼさないように、けれども心の柔らかい部分を決して踏み荒らさないよう、じっと静謐な瞳で相手を見つめて。 )
最近のことは……いいの。私も、急に出て行ったりしてごめんなさい。
でも……何が、恐いのか……、
ギデオンさんの仰る、"責任"って……なぁに?
953:
ギデオン・ノース [×]
2025-12-09 02:23:38
(相手の美しく澄んだ瞳が、こちらをじっと、注意深く窺っている──自分をよく見てくれている。たったそれだけの小さなことで、“ようやく取り戻した実感がまだ足りぬ”と謂わんばかりにきつく狭めていた腕がごく自然に緩むのだから、つくづく己は単純だ。
その愚かしさを誤魔化すように、「そうだな……」と微かに笑むふりをしながら、青い目を伏せ、数秒ほど沈黙を。言葉を取り繕う真似を冒さなくなっているのは、必要なだけ待ってくれると、相手を信じているからで。「……、」「…………」と、幾度か口を開きかけては、これは違う、そうじゃない、と視線を左右にさ迷わせていた──その果てに。)
……おまえの望みに、応えること。
だから、そのために必要な……ありとあらゆる努力や義務を、毎日、欠かさず行うことだ。
(ぽつりぽつりと呟きながら──脳裏に、声が蘇る。『ギデオンさん……好き、大好きになっちゃったんです! 責任とってください!!』……『責任取って、ちゃんと……私とじゃなくてもいいから、幸せになってください』……『……責任は、取らせてあげない。だからちゃんと……ちゃんと、貴方の気持ちを聞かせてください』。
思い返せばその言葉は、自分たちの関係の幕開けからその節々の変化まで、様々に象りながらも、おそらくはいつだって、ひとつの意味を貫いていた。──私は貴方と一緒になりたい、どうかその望みに応えて。──私は貴方に幸せになってほしい、どうかその願いを叶えて。──私に求められるからそうするなんて許さない、どうか他でもないあなた自身で私のことを欲しがって。そう、ギデオンにとっての“責任”はいつだって、“ヴィヴィアンの望みを叶える”……この一点を意味してきた。
だがしかし、それは決して枷ではないし、重石などにはなり得ない。なぜなら他ならぬ己自身が、彼女の願いを叶えることを自分の望みとしているからで──そうすることによってようやく、彼女の傍にいていいのだと心の底から思えるから。)
……だから、少し……混乱、していたんだろうな。数日前のあのとき、“責任を取るな”と言われて、俺は……てっきり。
お前の傍にいようとする俺が、あれこれを足掻いている様が……見苦しくなってきたのかと。
(──温かなランプの灯を受けたはずのその顔は、他方へ逸れたその一瞬、暗い影へと隠れて見えない。しかし、微かに腕が動いて、再び相手をごく緩く抱き締め直せば、それは何よりも雄弁だろうか。わかっている──わかっている、お前が本来些細なことを気にしないことくらい。それでも俺は違うんだ。十六もの歳の差や、普段目に見えにくいとはいえ生まれついての階級差、そのほかいろいろを踏まえれば──相手の傍にいるために、自分は常に何かしらを果たしつづけていなければいけないだろうと、堅く信じる男の構えで。)
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