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Petunia 〆/997


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自分のトピックを作る
978: ギデオン・ノース [×]
2026-04-11 18:08:26




(あらゆる予測を抜き去ってどっと全身に襲いかかった、そのまばゆい衝撃を。そしてこの世の何よりたしかな、力いっぱいの温もりを。ギデオンはこの先終生、何度も思い返すだろう。
それほどまでに鮮烈な、愛しい娘の“イエス”はしかし。咄嗟に抱きとめた耳元でなお、惜しみなく、高らかに、噛み締めるように繰り返されて。それだけでもたまらなく目を瞠ってしまうというのに、さらにとどめを刺してきたのが、どこまでも彼女らしい無邪気で獰猛な宣言だ。それはまるで、相手が実際そうした以上に、ヴィヴィアンのまるごとすべてが胸に飛び込んできたかのようで。嗚呼、と熱くなる目元を降参するように歪ませながら、こちらも戦士の腕力で、大喜びして擦りつく彼女をきつくきつく抱き締め返す。──先程は自分の想いを殊勝な台詞で飾り立てたが、真に欲していたのはこれだ。ヴィヴィアンの何もかも。その身も心も、将来も、奥底に秘められていた幼い頃からの煌めきでさえ。全部あげるだなんて言われて、どうして求めずにいられよう。
……そして。相手がいともあっさりとその欲望を許してくれて、その代わりにこちらのすべても手に入れたいというのなら。それに当然応えるのもまた、ギデオン自身の欲するところだ。不意に顔を上げた相手、そのいたいけな表情に可笑しそうに笑いながらも、これまでと同じようで、どこか揺るぎない力強さの宿った碧を、穏やかな熱を込めて注いで。まろい額にかかった栗毛を優しい手つきでよけてやり、その翠を絡め取ってから。こちらもとろりと瞼を閉ざし、求められるまま、求めるままに、己の躰を甘く屈める。
──柔く、柔く、なお柔く。成就の味を求め合い、夏の暑さも感じずに心行くまで重なり続けて、どれほど時間が過ぎたろう。時計塔を降りたのは、今宵の閉門時刻まであと少しという頃だった。老番人に礼を言い、帰路についたその時にはもう、相手の片手の薬指に、今度こそしっかりと煌めく証が嵌められていて。
何を言わずともお互いに、わざと遠回りしてみせながら、これからの将来を楽しく語らうその真上。遥か彼方の星々が、ふたりの行く手を照らすように何処か優しく瞬いていた。)







(──それからの数日間。真夏のトランフォードの熱波がいよいよ盛りを迎える一方、ギデオンとヴィヴィアンの新しい生活は、ごく穏やかに過ぎていった。
無論、ベテラン魔剣使いの戦士とマドンナヒーラーの婚約が、ふたりの勤めるカレトヴルッフにちょっとした激震を走らせなかったわけではない。彼女がフリーに戻りやしないかと未だ夢を抱いていたのか、殴られたように撃沈して浮かび上がらぬ野郎が六割。ああ、いやまあ……そうだよなあ……と、遠い目をして受け入れる野郎が二割。あとはあらあらと微笑んで祝福してくれる女性陣やら、もの言いたげな白い目つきや恨みがましく睨む視線をギデオンに向ける輩やら。妙な反応はほとんどすべて歯牙にもかけずに流したが、それはそうと、ギデオンが気を配るべきものが他にやたらと多いことは、実際のところ本当だった。
──これが単なる庶民同士の結婚であったなら、別に何ら問題はない。王都の役所に足を運んで数枚の書類を書き上げ、簡素な儀式で誓いを立てれば、すぐにでも籍を入れられただろう。だが自分たちの場合、まずは身分差が問題になる。ヴィヴィアンの親しみやすい振る舞いが敢えてそうと気づかせないが、彼女は実はれっきとした名家のご令嬢であり、入籍の手続きも庶民のそれより複雑だ。ガリニアの本家筋、また今ごろは帰国のための身辺整理で多忙を極めるギルバートに、諸々の許可を得ねばならない。そしてそれらに先んじて、カレトヴルッフ孤児院で登録を受けた身として、ギデオン自身の身元証明を公的に済ます必要があり。敬虔な正ロウェバ教徒と本気で結婚するのなら、結婚するなら、後に問題にならないように、彼女の所属教会で礼拝・求道・入門・洗礼、更にエトセトラエトセトラ……と。まあ要するに、こういった諸問題が整うまでに相当時間がかかるだろうと前もってわかっていたから、諸々一気にすっ飛ばしてまず求婚、なんて目論見もあったわけで。
とにかく、結婚へと進む意志がお互い既に堅固であろうと、すぐさまそうするわけにいかない。ならそれはそれで、結末が約束された婚約時代を楽しもう、と甘い提案をしてみせたのが、プロポーズ当日の夜。己の可愛い恋人はもどかしそうな様子を見せたが、数時間前の出来事の余韻が充分だったのか、しなやかな薬指に煌めく指輪ごと手を握ってやれば、それはもうご機嫌なキスをたっぷりと降らせてくれた。……この甘さに慣れ親しんだら腑抜けきってしまわないかと、一抹の危機感を手遅れ気味に抱いたのは、こちらだけの秘密である。)

(──こういった事情もあって、いつも以上に身を入れて仕事に励むことさらに数日。当てつけな気がしなくもない大量の書類業務も手早く片付けきってみせ、ギルドのエントランスを私服姿で出ていく頃には、灼けた真珠のような夕陽が西の空に落ちていく頃。このまま大通りを抜けて、サリーチェの我が家へ……ではなく。今日に限って、以前住んでいた王都西部の花街へ足を運ぶことにしたのは、まさか今更そちらの世界に興が乗るからなどではなかった。
ちょうど祭明けの頃からか。ギルドの中堅剣士のコンビ、デレク・ロバーツとカトリーヌ・ドレイクが、花街での潜入調査に繰り出すことにしたらしい。ところが今日、指定の時間とポイントにデレクたちが現れず。こんなことは初めてだからと、連絡係になった若手が不安そうな顔を浮かべて相談をしに来た次第。彼らには「後は任せろ」と別の仕事を割り振ってやり、一応上に報告してから、ギデオン自ら現場に行って確認することにしたのだ。同じ剣士職として、責任を負う立場であるから──なんていうのは、もちろん建前。要するにまあ、短期遠征に出たヴィヴィアンが明日の夜まで戻れぬからと、暇を持て余すことを嫌って仕事を詰め込んだだけである。
さてはてあの三十路どもは、とっくに大人になって尚子どものようにふざけるところが、上層部の頭痛の種だが。それでも仕事そのものにはいつだって真剣で、若手を不安にさせる真似を犯すとは思えない。ギルドきっての腕利きでもある以上、たかが花街のごろつきに下されるとも思えんが……と。あれこれ思案を巡らせてため息をつきながら、ギデオン自身はあくまでも仕事のつもりで、けばけばしい魔法灯がぎらつきだす目抜き通りを突き進んでいくことしばらく。かつては何度か通った酒場、『豊穣のホルン』のテラス席にて、今日も今日とてギュンター大佐を骨抜きにするフィオリーナに、ご機嫌の大佐同席で目撃情報を軽く聴き込む。……どうやらデレクとカトリーヌは、昨夜隣町のほうへふたり揃って出かけたらしい。若手ひいてはギルドに向けて何も連絡しなかったのは、それほどの重大事態なのか、或いは単なる行き違いか。例の若手は真面目な奴だが抜けている、どうやら後者の可能性が高いと見込めそうなものだが。
それでも念には念を入れよう、そう生真面目にに考えて──よりによってこの日の夕暮れ、このタイミング。客引きの娼婦たちに未だ引き留められながら、ギデオンが花街の西門から慣れた様子で踏み出したのは、数日前の成就を妬んだ神々の悪戯としか言いようがなかったので。何やら訳知り顔になった大佐のほうから聞き出した、“既婚者御用達”だとかいう秘密の倶楽部に向かうため、馬車を探そうとした瞬間、いるはずのない相手の姿に思わず凍りつくこととなり。)





979: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2026-04-18 00:35:34




 ( 大切な人と迎えた二度目の建国祭。ここ数日間のすれ違いと、四百もの昼夜を超えて。これ以上なく幸福で、全てが満ち足りた素晴らしいあの夜。この日からヴィヴィアンの人生は一気に薔薇色に塗り変わり、何もかもが全て完璧に──とは、なかなか人生うまくいかないもので。 )

届出に行くのは次のお休みで良いですか?

 ( 時計塔からの帰り際、指輪を月の光に翳しながら。その質問を受けたギデオンは、少々面食らった様子だった。「そうもいかないんだ」「親父さんたちへのご挨拶の他に準備もあるから……」と、困ったように眉を下げる“婚約者”に、詰め寄らんばかりの表情と勢いで、ぎゅんと尻尾を揺らして振り返るも。続けられた甘い言葉と健気な手元に──ふむ、と少しだけ考え込めば。ビビの愛しい恋人はといえば、浅はかにも、どうやら許されたと思ったらしい。ほっと無意識に息を吐き、ゆるりとガードを下げる表情の可愛さに免じて、この場は勘弁してやることにすれば。にわかに無防備な首へと絡みつき、その顔中を余さず啄んでやったのは、今後の宣戦布告だったのだが。さてはて、更に事件が起こったのは、腑抜け切ったこの男に、どうして思い知らせてやるべきかと、作戦をねり始めてから数日のことで。 )

──楽しそうですね、応援に来たんですけど……お邪魔したでしょうか?

 ( どうしようもなく臆病な婚約者に、一刻も早く覚悟を決めさせる。
 そう、強く心に決めたはいいが。その進捗の程はといえば、直後に入ってしまった遠征のために全く進んでいなかった。その間の娘の焦れようときたら、同行した若手女剣士に、大量の魔獣を一掃するその大火力に魔法の真髄を見たと言わせたほど。そうして、予定より早く遠征を切り上げ、急いで帰って来たは良いものの。今度は、騒然とするギルドで、尊敬する双子剣士の行方が分からなくなっていると耳にすれば、流石に私怨も吹き飛び、相棒剣士が聞き込みをしていると聞いた店に飛んできた結果が、例の光景だったというわけで。 )







……! ええ、そうなの!
それについて教えていただきたいことがあって……

 ( 閑話休題。すんなり──とは、大いに言い難いやり取りの果て。最後に双子剣士の目撃情報があった“既婚者御用達”の倶楽部に潜入することに決まったところで。ヴィヴィアンの装いについて言及すると、それは昨年同様、年相応の女性の普段着らしいカジュアルなワンピース。しかし、夏場だというのに長袖の、それも首元まで詰まった季節外れな装いの訳を問われれば。困ったように眉を下げて、腕にかけていた包みをギデオンにだけ見えるようにそっと開いて見せるだろう。 )

潜入で怪しまれないように必要だって、カトリーヌさんが言ってたそうなんです。
耳の付け方はわかるんですけど……リードの使い方と、尻尾の付け方が分からなくて。

 ( そこに包まれていたのは、白いふわふわのうさ耳がついたカチューシャと、リードのついた赤い首輪。それから、耳と同じ色の"丸い尻尾"で。
 ──ギルドの備品担当の名誉の為に述べるならば、彼らもまた、『届くと思うから受け取っといて! 経費で!!』というカトリーヌによる事後報告の被害者である。仮にも実力者である女剣士が必要だと判断した物を、勝手に捨てる訳にはとてもいかず。その上、捜索に名乗りをあげたヴィヴィアンに、行方不明者の手がかりを渡さない訳にも決して行くまい。誰が好き好んで、ギルドのマドンナにこんなセクハラ確定の物を渡したいものか。ろくに中身の説明もせず、『カトリーヌさんが!!潜入に必要だと!!!!!』と、押し付けるように渡された娘に、もう少しでも知識があればまだ救われたろうに。
 これを注文したであろう彼女が、本当にこれを着るつもりだったのか、それとも小道具としての用意だったのか。なまじ生地が良いばかりに(因みに、ビビが気づいていないだけで、件の尻尾で遊べない顧客向けに、簡単に付け外しできる尻尾が元々衣装の方に付いている親切設計だ )、この手の知識に疎い娘には、ステージ衣装か何かに見えたのも、全てが悪い方向へと作用するばかりで。季節外れの装いは、残りの装束を下に纏っているからだと、生真面目な表情で説明しながら、包の中身を掻き回すと、往来の真ん中で悪気なく、問題のブツを取り出しかける始末で。 )

ほら、これ──ボタンじゃなくて、変な部品がついてて……






980: ギデオン・ノース [×]
2026-04-26 03:39:21




(一難去ってまた一難とは、はたしてこのことではなかろうか──。馬車に揺られるギデオン・ノースは、そんなことを考えながら思わず遠い目つきをしていた。新生活開始早々の致命的な修羅場については、居合わせた当のヴィヴィアンがこちらの事情を知っていたので、実はあっさりと解決している。しかし問題はむしろその先。事情を知っているからこそ、相手も俄然張り切って、此度のささやかな潜入調査に同行を願い出たことで。
ただでさえ野郎が群がる蠱惑的な娘のことを、どこの男が好き好んで獣の巣窟に連れ込むだろうか。それにいつぞやの合宿でその一端を見たように、淑女教育を受けた相手は、まさしく純真そのものの女性。その手のいかがわしい店に自然に潜り込みに行くには、どう考えても不向きが過ぎる。他にもアレがこういろいろアレだし、だからいくら相棒とはいえ、今回ばかりは絶対駄目だ、一緒に連れて行ってはやれない。そうフワッフワの言い訳をして固く厳しく断るつもりが──「あら、どうして?」と。彼女に笑まれたその瞬間、こう、全て、吹っ飛んだ。何も陥落したわけではない、その言い知れない力強さが空恐ろしかったのである。
まあ、多分、これはあれだな。さっきは信じて貰えたにしろ、ひとりで行くなんて言い張れば、やはり疑われもするんだろう……と。肝心なところでどうにも朴念仁な男は、なまじかつては花街の利用客ではあったがために、彼女が始終醸す気迫を勘違いしているわけで。馬車から降り立ち、目的の店に歩いていくその道中、「ああ……」だの「まあ……」だの「変装は大事だよな……」だの、完全に心あらずで相槌を打っていたのだが。──ふと横を見た瞬間、盛大に二度見三度見する。清純なはずの恋人が、何かとんでもない小道具を手にして見えるが気のせいか。思わず庇う仕草をしながら周囲にさっと視線を走らせ、次にいかにも自然に伸ばした片手で、そっっっっっと相手の手を押しとどめ。「………………すまない。よく聞いていなかったんだが、」と、やけに切迫した目で尋ね。)

待て、何だ。……どこでこれを……???

(──自分も周囲もよく知るように、かつて性豪だったとはいえ保守的なたちのギデオンは、“あるべきモノはあるべき場所に”と素で考えるタイプの男だ。故に“そちら”の趣味はない……ないが、四十路にもなれば、その手の趣向に関する知識も多少は有しているわけで。きょとんとした顔の恋人に、「使わなくていい。ただの玩具だ」と、一応嘘でもない言い回しで回答してやりながら、通りの端に退避して、今一度真剣に袋の中身を検める。“尻尾”に首輪、露骨なうさ耳。それ以上の不埒な道具は流石に入っていないようだが、こんなものを仕事道具に持たせるなんて、しかもおそらく経費であろう、うちのギルドははたして正気か。真っ当な混乱に思わず頭を抱えてしまいながら、しかし苦悩の顔を上げ、絞り出すように問うたのは、あくまで彼女の決心に、今度こそ真剣に柔らかく反対するため。──だからまさか、独身時代、別の倶楽部であったにせよ……己には“それ”があるだなんて、自白しているつもりなどなく。)

……ヴィヴィアン、その、訊きたいんだが。
これから行く店はその、……そういう玩具を手土産に、軽く酒を飲みながら……他の客と“雑談”するんだ。おまえ、その手の経験は……?






981: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2026-04-30 14:45:14




 ( 過保護な婚約者はどこか分かっていない節があるが、ビビとて一端の成人女性である。今回の潜入にあたり、不道徳な何やらを目にする覚悟くらいしてきたが、その一方で"既婚者専用"という言葉を勘違いして、ほっと一安心している不慣れさもまた事実で。皆さんパートナーがいらっしゃる方なら安心だわ、と。他のお客さんとお話する──そうね、コーヒーハウスのお酒版みたいなものかしら。そう清純な知見の中から、ズレた類似例を引っ張り出せば。成程。なまじその参考例も別の意味で、女性一人の立ち入りが許されないものだから、態々ギデオンが確認してくる違和感も紛れてしまい、年上男の苦悩も虚しく、娘の勘違いが正される気配は一切ないままで。 )

すみません、経験は無いんですけど大丈夫です!
任せてください!

 ( 終いには、その手の場所で、"女性に求められる振る舞い"なら心得ている、と。満面の笑みで振り返り、全く安心できない相槌を強く打つと。──こうでしょう? とでも云う様に、その細腕をするりとギデオンのそれに絡めて。冒険者として、純粋な尊敬の眼差しをキラキラと相手に向けながら、少し嬉しそうにはにかむ有様で。 )

こうしていると、去年の潜入捜査を思い出しますね。
また一緒にお仕事できるの嬉しいです……!




982: ギデオン・ノース [×]
2026-05-09 11:33:05




(そら見た事かと言わんばかりに、やれやれ顔でため息をつく。相手がいくら有能で、しっかりやる気満々だろうと、此度の舞台はハプニングバー。堂々と未経験者の娘がそんな空間に飛び込めば、何かとんでもない大事故が起きてしまうに決まっている。ならせめて、捜査気分を味わえるようほんの触りだけ監督してから、“ここにはいない”と嘯いてすぐに退き上げることにしよう。そうだ、そうとも、それがいい。それから自分ひとりだけで改めて捜し直しに来れば、それで問題ないだろう──と。
捕らぬキメラの皮算用を悠長に数えられたのは、しかしそこから僅か二秒。何が起きたか? 決まっている、完膚なきまでの予定調和だ。──彼女のたっぷりたわわなそれを押し付けられる感触に、未だ“干されている”飢えた男が、思わず露骨に動揺しながら振り向いたのが運の尽き。次の瞬間、こちらを一心に見上げる娘の、きらきらと眩い笑顔が。それなりに目が肥えているはずの……しかし四十路の年頃なりに若手の思慕が突き刺さるベテラン剣士の……網膜を、たちまち白く焼き落とし。
──そこからどこをどう歩いたのか、ギデオンは覚えていない。だが確実にわかるのは、気づけば自分が彼女とふたり、ダミーのカフェの店員にしっかり合言葉を告げたこと。そして案内された先から別の建物の階段を降り。それなりの会費も払って、秘密の酒場『バッカナリア』にその足を踏み入れたこと。……そして、入って五分で即帰るという計画を立てていたはずが。気づけばフロアの奥側の席、コの字型のソファーの上で、周囲の男と談笑に興じるふりなどしてみせながら、可愛い恋人を膝に抱き上げ、その背に掌を添えていたことで。)

…………。
──ッ、!? !? ……!?!?

(──思わず周辺確認のため視線を走らせたそのすぐ目前、自分のものと思しき酒杯はいったい何杯目のものか。男たちとの会話の合間に、肝心のデレクたちについてを聞き出した記憶はあるが、待て、そんな本題よりも、どれほど時間が過ぎたのか──彼女にどれほど飲ませているのか? 『ご注文は?』とこちらを待つ女店員をひとまず下がらせ、隣の男との会話も瞬時に思考の彼方にやると、恐る恐ると言った様子で膝上の相手を見上げ。)

……“リリー”? なあ、大丈夫か──……





983: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2026-05-18 17:00:42





……ひゃッ!?
きゅ、急に動かないで、"グレゴリーさん"……!!

 ( この時、此処で起こったことは最早、描写するまでもないかもしれない。あまりに陳腐でお約束な展開、どこかで見たようなお粗末な結末。狙って起こしたものと謗られても仕方がない惨事。革張りのソファがぐるりと並ぶ、仄暗いホールの片隅。人知れず正気を失っていた男が、はっといつものそれを取り戻しそのた瞬間。──"年相応に場慣れた年上旦那に連れられた、世間知らずで、好奇心旺盛な若妻"は、跨っていた片脚を不意に揺らされた時の模範解答のその通り。ぐらりとバランスを崩して支えに困ると、こちらを見上げようとする金色の頭へと腕を回し、遮二無二、容赦なく己の胸元へと抱き込むように、相手から落ちないようしがみつこうとするだろう。 )

もう、びっくりした……大丈夫って、お酒のこと?
あまり飲んでないですよ、あなたが飲ませてくださった分だけ。

 ( 正気を失っていても流石と云うべきか。"グレゴリー"が頼んだ酒を数口、少しだけ"リリー"が分けてもらう、といった形で、アルコール耐性の差を解決していた二人だったが、問題は酒量の方ではなく。ギデオンの動揺などつゆ知らず、崩れた姿勢を立て直しながら、まるで気づいたらここにいたとでも言うような相棒の意図を測りかねて、周囲と相手の表情を交互に覗き込んだ娘の頭上では、ぴこぴこと長い耳がコミカルに揺れている。姿勢を正したことで、次第にギデオンにも見えてくるだろう、しなやかな体躯を包む、その耳に合わせた真っ白な装いが。碌でもない意図の割に、長い腕の先まで凝ったレースが繊細な、ふわふわの"被食者"を演出するミニワンピ。ただでさえ短い丈は、そのギデオンの片脚に跨る体勢のために、かろうじて太ももの付け根を隠すだけで、その下で、眩しいほどの太腿が、今度こそ振り落とされないようにと、むっちりとギデオンのそれを挟み込んでいるのを隠してはくれず。更にその先に見える高いヒールは、"白ウサギ"の唯一の武器である逃げ足を封じる象徴のように、男の長い脚のせいで地につききらず、ぷらんと空中に揺れている。一方、上半身の方はといえば、こちらも改めて確認するまでもなく、先程自身の顔面で確認した通り、無防備に大きく曝け出されて。前屈みの覗き込む体勢も相まり、少し下のギデオンの視界からは素晴らしい絶景が自ずと望めることだろう。 )

どうしたの、何かありましたか……?





984: ギデオン・ノース [×]
2026-05-21 02:52:04




(確かに愚かな四十路男は、膝上の華奢な娘を抱え直すべく揺すっただろう。だがそれは、はっと我に返ったからこそ、その身を案じたからこそで、よもやその後の事故については予想だにするべくもない。──ばふん! と擬音がつくほどに、ぬくくやわっこい爆弾で己の顔面を殴打され。……今、何……が……と唖然とすれば、ご丁寧にもその眼前に、男の夢にも等しい答えをたっぷり見せつけられるなど。
──重要な事なので、今一度暴露してしまうとすれば。ついに婚約したこの頃でさえ、魔剣使いのギデオン・ノースは、ヒーラー娘のヴィヴィアン・パチオと、未だ遂げきっていないのだ。……それはまあ、手を付けていないかと言えば、まあまあ嘘ではあるのだが。それにしたって、まだまだうぶな恋人に文字通りの“手ほどき”をゆっくりじっくり施してやるだけで。いかにも余裕な歳上紳士をこれでもかと演じきり、自分の勝手な獣性には我慢を強いてきたはず。そんな矢先に、こうもまあ直截に、己のためだけのラパン・ファルシを据え膳として差し出されてしまおうものなら。ギデオンがその面に見事な宇宙を描き出すのも、箍が五、六は弾け飛ぶのも、腰回りがぐっと重たくなるのも──仕方ないのではあるまいか?
男の顔が歪められ、低く、低く、低い唸りが、ため息とともに零れ出る。罪作りな小悪魔に案じさせてしまおうものなら、「昼の疲れだ」と言い繕って、すり、と金の頭を寄せよう。抱き上げている構図上そこは相手の胸元なのだが、“今は”ふしだらなそれではなしに甘える向きが強いのだから、誤魔化されてはくれないだろうか。そのまま、「デレクが……」と落とした声は、しかし思いのほか掠れていて。仕方なく顔を上げれば、ほんの少しの身じろぎだけで、耳打ちのために屈むよう愛しい娘に要求する。そうしてこちらも口許を寄せ、業務会話に興じるはずが。押し寄せる甘い香りにまた一瞬口を噤んで──少しずつ、ゆっくりと、吐息混じりに囁いていき。)

………………、デレクとカトリーヌが、多分、もうじき降りてくる。
隣の奴の話から推測するに……あいつらが調べてるのは、この店の客が持ち寄る、玩具の類のことだろう。私設ギルドが横流しした、特定魔獣や魔法植物の……未認可の素材がないか。
多分、今日で切り上げるはずだ。……どうする。待つか……?





985: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2026-05-26 11:36:45




…………。

 ( カレトヴルッフの華の王都、キングストンが有する巨大ギルドカレトヴルッフの今代マドンナ、ヴィヴィアン・パチオ。優秀なヒーラーでありながら、見目麗しく、器量よし、そんな常日頃から周囲の目を惹いて止まない彼女だが。彼女を知らない人間に一点だけ、特にその容貌に関して、とりわけ素晴らしい長所をひとつ、例を上げて説明せよと言われれば。"それ"が脳裏に一瞬でも浮かばなかったという男はいないであろう。豊かに、たっぷりと実った、溢れんばかりの双房へ、ギデオンの頭が埋められると。これまで、意識的にせよ無意識にせよ、それこそつい数秒前でさえも、その温もりを信頼する相手へと許したこと自体は無数にあったにも関わらず、ぎくりと身体を強ばらせて。 )

それは……おつかれ、さまです……。
その、……ん、えっと……あの、まち、待ちたいっ……です……ギデオンさんが、良かったら。

 ( なるほど、この会話の内容を周囲に聞かれないように密着しているのか、と。捜査に必要なことだと脳内で理解するのと、それはそれとして、繊細な乙女心の動揺はまた別の話。しかし──お仕事のためなんだから、意識しちゃダメ……! と、本人としては必死に冷静を装いながら、息も絶え絶えにこくこくと真っ赤な顔を縦に振るその様は、まさに今、その胸中で呼吸する男の目には、良い兆しとして映ったのではなかろうか。いつかの浜辺での様に、少しの示唆だけで真っ青になるわけでも、かといって、完全に無害な父親相手にする様に、すっかり安心しきっている訳でもない。ギデオン・ノースの女として、開花し始めた大輪の花の香りは、思わぬ収穫をも惹きつけることとなって。
 そんな、なにやら甘いやりとりをしていたバカップルに一人──やあ、どうも、と。慣れた様子で声をかけてきたのは、其方もまた、女性を侍らせた小柄な紳士で。彼は、油断していたところへ思わぬ声がけに飛び上がり、“グレゴリー”の肩にぐったりと顔を突っ伏す娘の様子に笑いながら、当たり障りのない雑談を数往復、ごく自然な様子で楽しんだかと思うと。──実は、自分は商人なんだ、と寧ろ清々しいほどあっけらかんと素性を表し。断る暇もなく、今晩はお近づきの印に、と懐の中から幾つかの道具を転がしてみせるだろう。──嗚呼、いいや。今晩はお代は結構ですよ……可哀想なうさぎさん。良い夜を……そいつがよかったら今度は購入を検討してくれたまえ、とスマートに名刺を滑らせると、そのまま一切のしつこさを残さず立ち上がってしまって。
 そうして、商魂たくましくも風のように、紳士が戻っていったことを確認すると。「……あの! もしかしてコレって……!」と、たった今行方不明の二人が探しているだろう証拠物と、その流出元への物証を同時に得られた可能性に、目を輝かせた娘だったが。そのうち一つに手を伸ばした瞬間。──これ、ゴーレムの核だわ、と。その認可印の有無を確認しようと覗き込んだビビの胸元に、核の内側から飛び出した桃色のスライムが飛び出してきたかと思うと、その態とらしく開いた隙間から潜り込んでくる魔法生物は、危険度こそトランフォード市民でも簡単にいなせる下の下でも。いや、だからこそこれで済んでいると言うべきか。この時のテンションは最早、完全に服の中へと虫が入り込んできた時と同じ。自身もその両手でぬるぬるとその尾(?)の部分を必死に引っ張って止めながら、半泣きになりながら必死にギデオンへと助けを求めて。 )

──ひゃぁ!?!?
何!? なにこれ、はいってく……やっやだぁっ、ギ、グレゴリーさん、とって……!!
かく、核の部分、とってください!!





986: ギデオン・ノース [×]
2026-05-28 02:41:11




(“ゴーレム”、魔法の泥人形。遡れば神話時代から存在するとされるかれらは、大別すれば二種類いる。ひとつは、魔法使いがその魔力により使い魔として錬成するもの。そして対するもう一方は、カダヴェル山脈の奥地から自然に発生したと云われる、主人のいない“天然モノ”だ。
後者は他の魔物ども同様、“死の巨人の血のしずく”、いわゆる魔核を持っている。しかも特徴的なのは、原生ゴーレムの魔核の場合、内に何かを“しまい込む”性質があるということ。巨人のような外敵にどんなに破壊し尽くされても、自身の二大成分となる魔素と土とを貯め込んだ己の核さえ無事であるなら、あとは辺りが安全な時に地面の上を転がるだけで、何度でも雪だるま式に再成長を遂げられる──という分析が、51世紀時点ではほぼ定説であるらしい。
……そんな性質に目をつける悪徳な輩が出るのも、確かにおかしくはないかもしれない。ただ、だからとはいえいくら何でも、そこにまた別の生物を。例えばそう、魔素を主な栄養源とし、薄暗く狭い場所に身を潜める習性を持つ──“スライム”なんぞを組み合わせようだなんて、いったいだれが思うだろうか? そしてなお悪質なことに、己の身を護るべく何かを“吸収”する性質を生まれ持つスライムに、媚薬の類いを吸わせておくなど、どこの下衆が目論むだろうか。)

……!? !?!!?

(──さてはて。ギデオンがその青い目で、さりげなく視……、見ていた限り。娘の着ている白い衣装は、その肉体にぴったり吸い付き、彼女の見事なボディラインを忠実に描いていたはずだ。ところが核にぶち込まれていた弱小スライム野郎ときたら、魔核より余程魔素にあふれた娘の肉体目掛けて飛び出し、どうやってかその僅かな隙間に潜り込みやがる始末で。
不本意に体をくねらせ悶え苦しむ美女の姿に、ギデオンが今日何度目かの間抜け面をまた晒すのも、しかし時間にして一瞬のこと。先膨れした──はたしてそれは頭部なのか──太く長い不埒な小山が、ヴィヴィアンの衣装の下をぐねぐね這いまわるのを見た瞬間。痴態に凍り付いていたギデオン・ノースの脳内は、瞬時に怒り一色となり完全に再起動した。その背景を言葉にするなら、“彼女の体を好きにするのはお前如きじゃない”という、どうしようもない野郎ごころが九割がたではあるのだが、それが適切に使われるなら結局紳士と言えないだろうか。
ともかく、スライムの尾を捕まえて動けないヴィヴィアンのため、こちらも邪心を一切排して、己の大きな掌を真剣にぐっと押し当てる。しかし怯えたスライムはびくんびくんとのたうった末、びちびち激しく抵抗しはじめ、その核を一向にギデオンに握り潰させない。それどころか、ついにヴィヴィアンの手をすり抜けてしまう様を見て、これはまずいと直感する。──スライムという魔生物は、狭く暗い場所に逃げ込む。今のヴィヴィアンは潜入のために丈の短いワンピース姿で、また彼女はただでさえ、おそらく類稀なほど魔素に満ち満ちた体をしていて……。
スライムが“そこに”気づけば、より度し難いことになるのは火を見るよりも明らかで、故にギデオンは即断した。彼女の長い両脚をいきなり大胆に掬い上げ、その身をぐるりと反転させて、ギデオンの片膝の上、こちらに背面を向けるような格好でしっかり跨り直らせる。これなら“後ろ”はギデオンの腰、“前”もギデオンの太腿でしっかり塞いでおけるという、あくまで合理的判断である。その証拠に、片足を遠慮なくローテーブルの縁にかけ、腿をぐっと急傾斜にしてより密着させながら。「──少し我慢しろ、」と真後ろから無駄に真剣な声音で囁き、その両腕で迷いなく、遠慮なくまさぐり倒すその目的は、あくまで有害な魔生物を捕まえることにこそあり。……ただでさえ瑞々しい肉感を生まれ持ち、今はその上、可愛らしいうさぎ耳を可哀想なほど揺らささるを得ないだろう、若く麗しい娘のことを追い詰めかねない自覚など、これっぽっちもあるわけがなく。)





987: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2026-05-29 23:27:33




──……ひぁっ!?

 ( ──ドクン、と。当初、心臓の高鳴りとして現れた違和感を、最初はただ恐怖から来る高鳴りかと思った。しかし、ぐるりと膝の上で持ち上げられて、不安定な体勢に、悲鳴とも喘ぎともとれる声をあげながら、後ろ手にギデオンへとしがみつけば。──次の瞬間だった、何かが可笑しい、と。己の身に起きている異変に気がついたのは。 )

ッは、ァ"……っ、…………ぁ?

 ( さて、ヴィヴィアン本人それ以外で、その違和感へと気がつけたのは、ギデオンくらいのものだっただろう。流れる音楽にかき消されてしまう程の小さな吐息。しかし──グランポート産の高級砂糖を限界まで煮詰めて、滑らかさの中にも、濃厚なザラつきを感じさせるような──甘い、甘い響きを返事の代わりに吐き出せば。そこにいたのは、すっかり砕けた腰を小さく震わせ、力の入らない状態をぐったりと捉えられた無力な小兎で。
 果たして、この後の時間はどちらにとって、より酷い拷問となっただろうか。衣装の中の魔物が暴れる度、または魔物が這ったあとの肌を男の手元が掠める度に、頭上の耳をだらしなく揺らして。蕩けきった吐息を両手で押し殺しながら、悩ましく身体をくねらせることしか出来ないヴィヴィアンと、その甘い声を、熱を持った肌の質感を、直接流し込まれる羽目となったギデオン。その媚薬に対する耐性の差は、この時、魔物に魔力を奪われた娘の身体が、その失った分を補おうと、スライムの這った跡 ≒ 媚薬成分に残る魔素を、恐ろしい勢いで直接吸収したから──と、いうことは。まるで永遠のように感じられた格闘の末、何とか引っ張り出したか、潰したか。その肌の上から、やっと元凶を除いたところで最早、不規則な呼吸にひくひくと鼻先を揺らし、目元以外もあちこち真っ赤にした疼きは、そう簡単には消えてくれないということで。
 とろんと蕩けた虚ろな目をして、読み取った魔素に対してぶつぶつと、うわ言のように言及すれば。最早、もう己の状態を客観視出来ていないのだと。かえってその状態が如何に良くないかということを、まざまざとギデオンに見せつけながら。「……あつい、」と、立ち上がろうとしてバランスを崩せば。再び向かい合う形で、信頼する腕の中へと治まって。 )

~~~ッ!!
は……、あぁ……ありがと、ございましゅ……
ん、あの、これぇ……っ、違法で間違いないかと、ま、魔素が……





988: ギデオン・ノース [×]
2026-05-30 12:50:54




(娘を苛む男の調べが、突然ぴたりと凍りつく。たった今、甘く濁った女の吐息が己の耳に届いたのだが──それで起こるのは興奮ではなく、寧ろ理性の冷却だった。これまでの三カ月弱、二十歳もとうに過ぎてなお初々しい恋人を、伊達にほぐしてきたわけではない。男の本懐に至れなくとも(そもそも事情を踏まえればあまりにも手が早いだけだが)、彼女が示す反応全てが愛おしいものである以上、寝台の上の観察記録はしっかり脳裏に刻まれている。故に、確信を以て断じる──ヴィヴィアンは“まだ”、こんな風に啼いたりしない。こちらがどんなに手技を凝らせど、その喉が絞り出すのは、本来もっと清明な戸惑いの音であるはずだ。なら何故、何が起きているのか?
その思考は数秒も経たずに断たれる。これまで山野の第一線で様々に作戦を立て、仲間に責任を負いながら臨機応変に対応してきたベテラン冒険者の感覚が、正確無比な自動操縦に身を委ねろと囁いている。故に今は努めて無心で、引き続き──だがやはり明らかに、異様にぐにゃりと力の抜けた、様子のおかしい──娘をまさぐり、すぐに真相のひとつにに至る。スライムはほぼ最弱と言っていいほどの魔生物、それがこれほど生き生きと力強く逃げ回る時点で、“それ”に気づくべきだったのだ。「……雷魔法で処置をする。指輪に誓って痛い思いはさせないが……驚いて舌を噛むなよ」と。事前に警告するのが大事で、実際どれほど理解したかは今は構わなくていい、こちらが確保することだから。彼女の下腹に掌を当て、瞼を閉じ集中し、これまでの人生で最も繊細に気を遣いながら己の魔力を操作して──パチッ! と。たった一度だけ、青い閃光を走らせる。
はたして、稀代のヒーラーの魔素をいくら貪り食べようと、やはりスライムはスライムだ。娘の服の胸元から躊躇なく手を突っ込めば、すっかり気絶し粘度の下がったその塊を、すぐにぬぱぁと引きずり出せよう。……その核を捻り潰すのは感情的にも容易いが、今は絶対にしてはいけない。引き続きほんのわずかなひとかけらでも回収しそびれていないかを──そのサイズの方が脅威だ──指を巡らせ確認し。それは、スライムの吐いた媚薬を拭うことにも広げることにもなるのだが、いずれにせよそのたびに肌を火照らせ苦悶するヴィヴィアンに、「辛いな」「絶対助けてやるから」と、いっそ優しい声音で囁く。掌に吸い付く瑞々しい感触は──これは、記憶に刻まない。
……問題ない、これで全部だ。そう告げるなりヴィヴィアンが力なく顔を上げ、ローテーブルの灰皿の上でぴくぴくと動くスライムをきちんと検分しはじめたのは、こんな目に遭わされて尚やはりプロヒーラーたる美点か。それでもきっと無自覚にぐらぐらと身体を揺らし、視線を熱っぽく潤ませ、碌に呂律も回らないまま、無理にきちんと立とうとしてやはりこちらへ倒れ込むのを、今はただそのまま受け止め。片手で灰皿を掴み上げ、スライムを元の魔核へ流し込むように戻せば(安全な“狭く暗い場所”へと、スライムの方も自分からぬるぬると戻っていった)、「ああ、そうだな」「デレクたちに渡してやろう」「よくやった」と囁きながら、ゆっくり抱き寄せ休ませてやる。
──そうして、その華奢な肩越しに、フロアの向こうへ視線をやれば。やはりしっかり目が合ったのは、先ほど注文を取っていた若い女の店員だ。店の暗い壁際で、自分より年嵩の女店員と何か囁き合っていたが、ギデオンの顔を見た瞬間その場にじっと固まって、数秒ほど見つめ合った。……グルではないな、と判断する。少なくとも末端は信用できる、ほんの数分程なら。試しに軽く人差し指で呼びつけるなら、やはりそれだけで察する程度に、こちらを案じていたようで。薄手の大きなタオルケットを急いで持ってきた女に、「少しここについていてくれ」と席を立ちながら命令する。依頼ではない、命令だ。女の顔がわかりやすいほどに強張り、何やら様子がおかしいようだと心配し始めていたらしいソファー席の客たちも、怪訝そうにこちらを見たが。その一切に構うことなく、タオルケットにすっぽりくるまれぐったりしている恋人に、視線を合わせるべくしゃがむ。ああ、自分はこんな時、こんなに優しい声色を出すことができたのか。)

……“ヴィヴィアン”、少しだけ待っていてくれ。
大丈夫だ、五分で戻る。……その後、一緒に家に帰ろう。

(──さて、ここまで長くなったが。この直後の話については、手短に済ませられよう。「お客様!」「おやめください!」「わたくしどもでお調べを!」と追いすがる年嵩の女店員、その様子を見て何事かと振り向く黒服数人に構わず、フロアを縦断しても無駄なら、店の廊下を突き進みトイレのドアを開け放つ。そこで煙草に火を点けて、紫煙を──文字通り紫色の、禁制品の魔法植物でしか出し得ない臭いのものを──悠々と吐いていたのは、やはり先程の密売商人。「うん? 何だね、さっきの君かね。どうだ、君の仔ウサギにはいい具合に火が通った、か……」と、言いかけていた男のところへ。たった数歩で距離を詰め、その髪をきつく掴んで、目を剥く男の顔面を窓ガラスへ叩き込んだのも、血だらけになったその顔に鼻を突き合わせる勢いで尋問をけしかけたのも。後から幾度振りろうと、ギデオンは常に揺るぎなく、終始冷静な判断だったと心の底から言い切るだろう。
多少酌量するならば──後日“偶然”再会した、エドワード・ワーグナーの世間話から聞き知るに。件の密売商人はやはり組織の末端だったし、そこまで強力な催淫剤を仕込んだつもりもなかったらしい。ただ今回は、ヴィヴィアン・パチオというイレギュラーがあまりにも規格外な生ける魔素の塊であり、本来もう少し穏やかな効果にとどまるはずが、スライムの活性化により、どうやら理論限界値を突き破ってしまったようだ。とはいえ、媚薬はその程度により劇物としか言えないし(というより合法で売られる媚薬はどれも実際強壮剤だ)、これがたとえ薬であろうと、やはり過ぎたるは毒である。そして被害者のヴィヴィアンがいくら規格外であろうと、安全が不確かならば、その商品は規制すべき欠陥品でしかありえない。
酒場『バッカナリア』自体は、魔道具ならば話題の種にと持ち込みを許可しているが、その使用の範囲については、実はしっかりルールがある。そして人体に取り込んだ後外に戻せないものは、水も含めてその一切の持ち込みを禁止している。理由は当然、今回のような事案を未然に防ぐため。そして花街の区画にない店が課される風営法を遵守するためでもある。故にギデオンの暴行は、店の落ち度と手打ちとされ。その後の追加調査については、あの後ちょうど降りてきたデレクとカトリーヌのコンビにすっかり引き継ぐこととなった。『バッカナリア』に常駐している施療師の診断を受け(ここでもこの酒場が本来はまともであることを察せよう)、ただ単に催淫効果が和らぐのを待つだけで健康に戻るとわかれば、後は店に用はない。タオルケットに包まれたまま、まだ苦しそうなヴィヴィアンを抱き上げ、店が呼んだ馬車に揺られて夜更けの王都を横切っていく。
サリーチェの我が家に帰宅し、白うさぎの衣装を剥いで、ゆったりとしたネグリジェに居替えさせてやった後。寝台の上で横たわる可哀想な恋人をしばしじっと観察してから、水差しをグラスに傾け、冷えた中身を口に含んで、そちらにそっと身を屈める。やがてこくん、と相手に水分を摂らせたならば、その間近な距離のまま、頭を撫でて囁いて。)

…………。具合は、どうだ。まだ辛いか……?





989: ギデオン・ノース [×]
2026-05-30 12:55:30




(娘を苛む男の調べが、突然ぴたりと凍りつく。たった今、甘く濁った女の吐息が己の耳に届いたのだが──それで起こるのは興奮ではなく、寧ろ理性の冷却だった。これまでの三カ月弱、二十歳もとうに過ぎてなお初々しい恋人を、伊達にほぐしてきたわけではない。男の本懐に至れなくとも(そもそも事情を踏まえればあまりにも手が早いだけだが)、彼女が示す反応全てが愛おしいものである以上、寝台の上の観察記録はしっかり脳裏に刻まれている。故に、確信を以て断じる──ヴィヴィアンは“まだ”、こんな風に啼いたりしない。こちらがどんなに手技を凝らせど、その喉が絞り出すのは、本来もっと清明な戸惑いの音であるはずだ。なら何故、何が起きているのか?
その思考は数秒も経たずに断たれる。これまで山野の第一線で様々に作戦を立て、仲間に責任を負いながら臨機応変に対応してきたベテラン冒険者の感覚が、正確無比な自動操縦に身を委ねろと囁いている。故に今は努めて無心で、引き続き──だがやはり明らかに、異様にぐにゃりと力の抜けた、様子のおかしい──娘をまさぐり、すぐに真相のひとつにに至る。スライムはほぼ最弱と言っていいほどの魔生物、それがこれほど生き生きと力強く逃げ回る時点で、“それ”に気づくべきだったのだ。「……雷魔法で処置をする。指輪に誓って痛い思いはさせないが……驚いて舌を噛むなよ」と。事前に警告するのが大事で、実際どれほど理解したかは今は構わなくていい、こちらが確保することだから。彼女の下腹に掌を当て、瞼を閉じ集中し、これまでの人生で最も繊細に気を遣いながら己の魔力を操作して──パチッ! と。たった一度だけ、青い閃光を走らせる。
はたして、稀代のヒーラーの魔素をいくら貪り食べようと、やはりスライムはスライムだ。娘の服の胸元から躊躇なく手を突っ込めば、すっかり気絶し粘度の下がったその塊を、すぐにぬぱぁと引きずり出せよう。……その核を捻り潰すのは感情的にも容易いが、今は絶対にしてはいけない。引き続きほんのわずかなひとかけらでも回収しそびれていないかを──そのサイズの方が脅威だ──指を巡らせ確認し。それは、スライムの吐いた媚薬を拭うことにも広げることにもなるのだが、いずれにせよそのたびに肌を火照らせ苦悶するヴィヴィアンに、「辛いな」「絶対助けてやるから」と、いっそ優しい声音で囁く。掌に吸い付く瑞々しい感触は──これは、記憶に刻まない。
……問題ない、これで全部だ。そう告げるなりヴィヴィアンが力なく顔を上げ、ローテーブルの灰皿の上でぴくぴくと動くスライムをきちんと検分しはじめたのは、こんな目に遭わされて尚やはりプロヒーラーたる美点か。それでもきっと無自覚にぐらぐらと身体を揺らし、視線を熱っぽく潤ませ、碌に呂律も回らないまま、無理にきちんと立とうとしてやはりこちらへ倒れ込むのを、今はただそのまま受け止め。片手で灰皿を掴み上げ、スライムを元の魔核へ流し込むように戻せば(安全な“狭く暗い場所”へと、スライムの方も自分からぬるぬると戻っていった)、「ああ、そうだな」「デレクたちに渡してやろう」「よくやった」と囁きながら、ゆっくり抱き寄せ休ませてやる。
──そうして、その華奢な肩越しに、フロアの向こうへ視線をやれば。やはりしっかり目が合ったのは、先ほど注文を取っていた若い女の店員だ。店の暗い壁際で、自分より年嵩の女店員と何か囁き合っていたが、ギデオンの顔を見た瞬間その場にじっと固まって、数秒ほど見つめ合った。……グルではないな、と判断する。少なくとも末端は信用できる、ほんの数分程なら。試しに軽く人差し指で呼びつけるなら、やはりそれだけで察する程度に、こちらを案じていたようで。薄手の大きなタオルケットを急いで持ってきた女に、「少しここについていてくれ」と席を立ちながら命令する。依頼ではない、命令だ。女の顔がわかりやすいほどに強張り、何やら様子がおかしいようだと心配し始めていたらしいソファー席の客たちも、怪訝そうにこちらを見たが。その一切に構うことなく、タオルケットにすっぽりくるまれぐったりしている恋人に、視線を合わせるべくしゃがむ。ああ、自分はこんな時、こんなに優しい声色を出すことができたのか。)

……“ヴィヴィアン”、少しだけ待っていてくれ。
大丈夫だ、五分で戻る。……その後、一緒に家に帰ろう。

(──さて、ここまで長くなったが。この直後の話については、手短に済ませられよう。「お客様!」「おやめください!」「わたくしどもでお調べを!」と追いすがる年嵩の女店員、その様子を見て何事かと振り向く黒服数人に構わず、フロアを縦断しても無駄なら、店の廊下を突き進みトイレのドアを開け放つ。そこで煙草に火を点けて、紫煙を──文字通り紫色の、禁制品の魔法植物でしか出し得ない臭いのものを──悠々と吐いていたのは、やはり先程の密売商人。「うん? 何だね、さっきの君かね。どうだ、君の仔ウサギにはいい具合に火が通った、か……」と、言いかけていた男のところへ。たった数歩で距離を詰め、その髪をきつく掴んで、目を剥く男の顔面を窓ガラスへ叩き込んだのも、血だらけになったその顔に鼻を突き合わせる勢いで尋問をけしかけたのも。後から幾度振りろうと、ギデオンは常に揺るぎなく、終始冷静な判断だったと心の底から言い切るだろう。
多少酌量するならば──後日“偶然”再会した、エドワード・ワーグナーの世間話から聞き知るに。件の密売商人はやはり組織の末端だったし、そこまで強力な催淫剤を仕込んだつもりもなかったらしい。ただ今回は、ヴィヴィアン・パチオというイレギュラーがあまりにも規格外な生ける魔素の塊であり、本来もう少し穏やかな効果にとどまるはずが、スライムの活性化により、どうやら理論限界値を突き破ってしまったようだ。とはいえ、媚薬はその程度により劇物としか言えないし(というより合法で売られる媚薬はどれも実際強壮剤だ)、これがたとえ薬であろうと、やはり過ぎたるは毒である。そして被害者のヴィヴィアンがいくら規格外であろうと、安全が不確かならば、その商品は規制すべき欠陥品でしかありえない。
酒場『バッカナリア』自体は、魔道具ならば話題の種にと持ち込みを許可しているが、その使用の範囲については、実はしっかりルールがある。そして人体に取り込んだ後外に戻せないものは、水も含めてその一切の持ち込みを禁止している。理由は当然、今回のような事案を未然に防ぐため。そして花街の区画にない店が課される風営法を遵守するためでもある。故にギデオンの暴行は、店の落ち度と手打ちとされ。その後の追加調査については、あの後ちょうど降りてきたデレクとカトリーヌのコンビにすっかり引き継ぐこととなった。『バッカナリア』の客のひとりが偶然にも医師であり、ただ単に待つだけでも無事に寛解するだろうと診断を下されたなら、後は店に用はない。タオルケットに包まれたまま、まだ苦しそうなヴィヴィアンを抱き上げ、店が呼んだ馬車に揺られて夜更けの王都を横切っていく。
サリーチェの我が家に帰宅し、白うさぎの衣装を剥いで、ゆったりとしたネグリジェに居替えさせてやった後。寝台の上で横たわる可哀想な恋人をしばしじっと観察してから、水差しをグラスに傾け、冷えた中身を口に含んで、そちらにそっと身を屈める。やがてこくん、と相手に水分を摂らせたならば、その間近な距離のまま、頭を撫でて囁いて。)

…………。具合は、どうだ。まだ辛いか……?





990: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2026-06-03 18:05:16




──いえ……、すこし、あついだけ……

 ( その言葉が嘘だということは、熱い口内、未だ蕩けて潤む瞳、そして普段より長く引いた銀糸、それら全てがあまりにも、あまりにも分かりやすく伝えていた。
 まるで罰でも当たったかのようだ──ギデオンさんの本気を疑った。自らの有用性を示したくて、慣れない潜入捜査も出来ると虚勢をはったのがこのザマ。かろうじて、証拠だけはデレクやカトリーヌに引継ぐことが出来たものの、それも運が良かっただけで。結局、腹が立った、見返してやりたかった婚約者に、今こうして迷惑をかけている。 )

ごめん、なさい……まだ、触れられると辛いみたいです……

 ( こちらは強ち嘘でもない。優しい手が、ビビの生え際を掠める度、イライラと腹の底から湧き出す自責の念に、浅くなる呼吸を押し殺し、未だ力の入らない腕で、しかし確かに相手の掌を拒絶するように押し返せば。濡れた目元を赤くして、珍しく酷く苛立っている様は、己が身を襲う生理現象を理解できずに、眠気にむずがる幼児と変わらないということに、襲われている本人が気づけないでいる。そうして、ギデオンから離した顔を、ぐったりと白いシーツに埋め、無理やり引き出された興奮に震える身体を抱きしめ低く唸ると。人間、弱った時の悪癖など、中々変わらないものだ。大好きな愛おしい婚約者に、これ以上醜態を晒し続けたくなくて、今晩は自分の部屋へ篭ろうと、ぐらぐらと安定しない頭を持ち上げると、柔らかい寝具に力の籠っていない細い腕を突っ張って。 )

……から、今日はひとりでいたいの……こんな、はしたない……
ご迷惑おかけして、ごめんなさい……





991: ギデオン・ノース [×]
2026-06-04 00:49:35




……迷惑なわけがないだろう。

(火照る体を震わせて無理をおす恋人に、除けられた手を引きながら、溶かし込むように低く囁く。触れられたくない、頼りたくない──そうはっきり示されたとて、婚約前のあの騒動を散々省みたギデオンが、今更揺らぐわけもあろうか。「当たり前だが、はしたないとも思っちゃいないぞ」と。自分は相手の、恋人であるヴィヴィアンの、絶対の味方なのだと。窓から差し込む月明かりに淡く浮かんだその横顔は、どこまでも彼女のことを気遣ってやまないもので。
──とはいえ。本気でよく見ているからこそ、理解してしまうものもある。ヴィヴィアンは本当に、今ばかりはギデオンに離れていてほしいのだ。不可抗力の状態異常、そんな何がどうなるか自分でもわからないのに、大事な人を関わらせるのが不安で不安でたまらない。その心情にはギデオン自身、どこか覚えがあるだけに。どうしたものか、と口許に片手を当てて、薄闇の中思案する。
……こんな時、多少の仲の男と女、それに完璧に安全な寝室が揃っているなら、取るべき対処はただひとつ。だがしかし、未だ十代の少女のようにおっかなびっくりのヴィヴィアンに、その明け透けな方法はあまりにも酷だろう。付け入る形にもなってしまうし、望まない快楽は恐らくよ碁を悪くする。……だからといって、ヴィヴィアンのお望みどおり、ギデオンの目に見えないところで放置するなど論外だ。確かにふたりの我が家には、ヴィヴィアンのための個室があるし、そこには下宿から引き上げたひとり用のベッドがある。彼女が普段調合している香草類が豊富なうえ、そもそもその空間は、年嵩の自分と共に生活していく上で、きっと時々ごく単純にひとりになりたいだろうからと、如何にも気の利いたふりをして確保したものなのだ。──だが、きっと、そうとは言っても、使いどころは今じゃない。一種の体調不良と言えるヴィヴィアンを無慈悲に放り込むために、そこを用意したわけじゃない。なら、代わりにどうすればいい? どうすれば今のヴィヴィアンを、充分納得させられる……?
そこではた、と思いつく。時間にして数秒か数十秒か、止める間もなく彼女が部屋に籠ってしまうまで時間がない、これでだめなら元々だ。「なあ、ヴィヴィアン」と、相手の具合がすぐれないのをよくよくわかっているうえでだと、声のトーンで慎重に感情の距離を調整しながら。いつものように撫でかけた手をさりげなく引き戻し、あくまで相手の返答を重んじるように静かに尋ねて。)

……実はひとつだけ、お前の辛さを和らげてやれる方法を思いついたんだ。
少しの間、手を……魔力弁を……繋いでもらうことにはなるが、お前は何もしなくていい。息が上がるようなことにはならない。
もしその方法でも駄目だったら、あとはお前の言うとおり、ゆっくりひとりで休ませるから。……一度だけ、試させてくれないか。





992: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2026-06-05 17:41:31




 ( ──どうして、こんなに優しいんだろう。ギデオンが差し伸べてくれた手を、ヴィヴィアンは無下に振り払ったにも 関わらず。怒るどころか、気遣わしげな表情を浮かべる恋人に。自然と溢れ出す好きな気持ちも、しかし今は悪い方へと作用するばかり。低く、甘く、大好きな声が、優しく耳に響く度、益々燃え上がるように増す熱に、最初の雫が瞼の縁を乗り越えるともう駄目だった。
 敏感になった触覚から流し込まれる、まるで神経に直接触れられるような信号に、腹の底から湧き上がって、脳を直接揺さぶるような酷い衝動。それら得体の知れない感覚を、診断してくれた医者に悪意はなかったにせよ、発情しているのだと謗られてしまえば。未だ初心な娘には、堪えきれずに上ずる呼吸や、その反応全てが、恥ずかしくて堪らなかったものだから。『息が上がるようなことにはならない』というギデオンの言葉は、ぐずぐずと子供のようにべそを書き始めた彼女にとって、まさに天から差し伸べられた救いの一言で。 )

……っ、…………ほんと……?

 ( そうして、将来を約束しあった男女が、自分たちの寝室に二人きりという状況にして。まるで相手を疑う素振りもなく、大きな両目をまん丸に見開けば。年上の婚約者の真意をはかりかねつつも、おずおずと両掌を差し出しかけるも、「あっ」と。なにかに気づいたような表情を浮かべると、さっと両腕を引っ込めかけて。 )

でも、私の代わりにギデオンさんが辛くなるのはイヤ……




993: ギデオン・ノース [×]
2026-06-07 21:10:32




(夜の寝室の静けさに、笑んだ男の温い吐息が柔らかなさざなみを打つ。ああ違う、何も嗤ったわけじゃない──あまりにいたいけな反応や、自分が辛い時ですらこちらを案じる情の深さに、つい堪らなくなっただけなのだ。
とはいえ安心させてやるべく、「なりやしないよ」と穏やかに即答すると。まずはのんびりと周りを見回し、太い腕で枕を引き寄せ、深々体を落ち着ける。そうして、すっかり寛ぎきった様子を相手に示してみせながら、日の香りがする涼しいシーツをぽん、ぽん、と優しく叩いて。幼子をあやすような、宥めるようなこの手つきは、相手に直接触れずとも、いくらか助けになるだろうか。)

……昔、ホセやレオンツィオたちとパーティーを組んでた頃に、うっかりラミアの巣窟に入り込んだことがあってな。ちょうど繁殖期だったから、“蠱惑の霧”の噎せ返るほど濃いやつを、これでもかと噴きつけられて……そりゃあ、あの時は辛かったさ。
……だが、逆に言えば、そのときの耐性があるから、大抵の魔生物由来の媚薬は、多少平気な体なんだ。淫魔の毒だって、もう抗体を持ってるからな。……

(落とした声で語りだすのは、なんてことない思い出話。懐かしんで軽く肩を竦めると、その和やかな青い視線を、一度己の掌に遣る。それから再び相手の目を見て、優しく微笑んでみせたのは、そこから先の相手の意思を仕草のうちに問うためで。)

寧ろ、おまえがひとりで苦しんでるのに何もしてやれないほうが、俺にはよほど堪えるよ。
──片方が独り苦しむよりも、ふたりで一緒に乗り越える。そのほうが良い、だろう……?





994: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2026-06-09 22:56:27




 ( ──ギシリ、と。実用的な筋肉の重さに,
堅牢なベッドが微かに歪む音が寝室に響いた。その部屋の中心で、薄絹の背中を、しっとりと湿らせていた無垢な乙女は、近づいたギデオンの体温にはぎゅっと身体を縮こまらせ、俯いた視線をもじもじと困ったように彷徨わせる癖をして。その大きな手が、今は空いている相手の隣のスペースを、ぽんぽんと優しく叩くのを見れば。それが、己の為に用意されたスペースであると、微塵も疑うことなくするりと身体を横たえると。火照った頬は俯いたまま、視線だけでじっとギデオンの表情を見つめて。 )

──…………でも。……、
あの、……その、その時のこと。
どうして……どんな風に、ご無事に帰ってきてくださったのか、聞かせてくださいませんか……?

 ( それでも、自らの選択でギデオンを少しでも苦しめる勇気がすぐには出せずに、艶やかな下唇を噛み締めれば。その中身に触れないよう慎重に、桃色の指先だけで婚約者シャツの裾を引いたのは──わかっています、と。最終的にはちゃんと勇気を出しますから、少しだけ時間をくださいな、と。口に出しこそしないものの、きっと察してくださるだろう、優しい年上の婚約者に対する最大限の甘えで。 )




995: ギデオン・ノース [×]
2026-06-12 08:13:35




(ほとんど条件反射のようにすり寄ってくるいじらしさ、縋りつく華奢な指先のこれまたちょこんと奥ゆかしいこと。そして何より、未だぽうっと熱っぽいのに、それでも信頼が窺える上目遣いまで寄越されたなら、思わず抱き寄せたくなったのを誰が咎められようか。実際にはもちろんのこと、ほんのかすかな身じろぎだけでぐっと思いとどまってみせ。「そう大層なもんじゃないぞ」と、如何にも余裕な大人の顔で困ったように微笑んで。
そこから先はしっとりと、お姫様にねだられた寝物語を聴かせる時間だ。「──それで、ようやく陽が落ちた頃。まず俺の状態異常がようやくいくらかマシになって、ヒュドラの縄張りに突っ込むような馬鹿をやらなくなったんだ。だがまあ、そこから先の方が、むしろ大変なところでな……」と。──魔法医学や魔法薬学を修めているヴィヴィアンに、今更素人のギデオンが説く話でもなかろうが。薬も毒も通常は、その人間の体格……体積に比例して、効果の程度や必要量なりが変動する傾向にある。そしてまた、人間ひとりひとりの体に絶えず張り巡らされている魔導回路が備えている“魔力保有量”もまた、同じく効果時間の類いに大なり小なり影響する。……まあ、要は早い話が。仲間内では最も良い体格×最も少ない魔力保有量 を併せ持つギデオンと、②仲間内では普通の体格×最も高い魔力保有量 を併せ持つホセ、そして③仲間内では線の細い体格×普通の魔力保有量 を持つレオンツィオでは、ラミアの毒への耐性に、個人差があったということ。当時のパーティーメンバーの中では、ギデオンの理性が真っ先に多少復活し、他の仲間の面倒を見ることになったわけだ。)

女なら可愛いもんだが、野郎の発情状態ってのはまったく手に負えないぞ。
なまじ冒険者として征圧力がある以上、絶対人里に戻っちゃいけない。当時ヒーラーをつけてなかったのもある意味幸運だったわけだが、そうなるとまあ、自然に効果が収まるまでは、とにかくめちゃくちゃに暴れ倒すしかなくなるって寸法でな……

(……気が狂いそうだからといって、代わりに魔獣狩りに傾倒するなんて話は、この手の事故でよくあることだ(ちなみにそれが、ラミア毒の間接的な死因としても有名である)。ところが、なまじホセのような実力者がやる場合、体の疼きを発散すべく、卵を守るドラゴンの巣に突撃しに行くなどという無謀な馬鹿をやることになり、理性の戻ったギデオンが、魔力量で敵わぬ相手を必死に制する羽目になる。さらに言えば、その間やたら色っぽくふらついているレオンツィオが、雌の精霊に逆ナンされて異界に引きずり込まれかけるのも、同じくらい目が離せなくて本当に大変だったと。「だから今のおまえの具合は、迷惑どころか、本当に可愛いもんだ……」と。かつてのむさ苦しい地獄絵図に、思わず遠い目で呟いて。)





996: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2026-06-13 00:11:06


っふふ、
笑っちゃ……ごめんなさい、だって、ホセさん、レオンツィオさんも、皆さんったら……!

 ( ギデオンがしてくれたその話は、長年のファンであるビビでも聞いた事のないものだった。ホセ・モンドラゴンに、レオンツィオ・バルロッティ、そしてギデオン・ノースと、確かに己の武勇伝を声高に語る人達ではないのは確かだが。それにしたって、花形冒険者たちの逸話というものは、一体誰が見ていたのか、冒険者人気の高いトランフォードで、何年もまことしやかに語られがちだというのに。大の男達のうち三人が三人、よほどお互い気まずかったのだろう。その全員が、むっつりと口を閉じていたこと。そして純粋に、話し上手なギデオンの語り口に、思わず口を抑えて吹き出せば。そんな貴重なお話を、自分には話してくれたこともまたじわじわと嬉しくて。 )

……そうですね、お二人よりは、ご迷惑をおかけしてないかも。

 ( そう嘯きながら、ギデオンの非常に深い愛情の形に、未だとろんと熱を持った瞳で、じっと己の掌を見つめれば。──はあ、と。熱く浅い息を一つ吐いてから。まるでエスコートでもされる時のように、薬指の指輪が光る手の甲を、そっとギデオンの方へと差し出して。 )

…………。
ギデオンさんが、"可愛い"って、言ってくださるなら、……いっか。
お話、してくださってありがとうございました…………ギデオンさん。
たすけて……、お願い、ギデオンさんに、らくにしてほしいの……。





997: ギデオン・ノース [×]
2026-06-14 08:05:54




…………

(どうにもおかしい。こちらはあくまで、毒に臥せった哀れな娘に助けを乞われた立場のはずだ。それがなぜ、掌で甘く転がされるような──逆にぐっと救われるような心地にされてしまうのか。たおやかで意味深い手や、幾度も名を呼ぶ湿った吐息、そういった魔性の仕草に、きっとヴィヴィアン本人は無自覚であろうことさえ、どこか馴染みの悔しさに包み込まれるような気がして。だからただ、相手のそれを掬うように両の手を優しく握ると、ごくわずかに頭を寄せ、「任せろ」と囁き返し。
──やることは単純だった。以前にもしたことがある、魔力弁を介してのお互いの魔素のやり取り……それを今度は、ひとつの弁で押して返して感覚的に遊ぶのではなく、片手から吸い片手で吐きだす、循環方式でやるだけだ。ただし少々工夫が要るのは、ギデオンが己の魔素をヴィヴィアン側へ流すとき、きちんと中身を“濾して”おくこと。ヴィヴィアンの魔素は今淫毒に冒されていて、ふたりの魔素をただ単に均すだけでは、大して楽にしてやれない。だが、ギデオンの身体の方にいくらか多く毒を残して、その分こちらの清潔な魔素を彼女に渡してやれたなら、かなりの変化を見込めるだろう。互いの体格差と魔力差を踏まえるに……己が引き受けるべきは、理論上全体の六割ほどと言ったところか。もちろん彼女の願ったとおり、これは決してギデオンだけが多く苦しむことにはならない。同じ程度に、決して身悶えしない程度に互いの体を疼かせたなら、数時間ほどとろとろ眠れば、翌朝にはすっきりと同時に毒が抜けきるだろう。)

……どうだ。少しは落ちついて来たか?

(──そうして。両の掌を繋げながら、とくん、とくんと互いの魔素を巡らせあって、どれほど時間が過ぎただろうか。それまでもぽつぽつとお喋りに興じてきたが、自分の方で少しずつ毒が溜まって来た感覚に、そっと小声で問いかけてみる。魔素そのものに温度はないが、最初はかっと熱いそれを吸い上げてきた気がするのに、ここ数十秒ほどは、寧ろ相手の魔力弁こそほどよく冷えてきたように思う。それとも、ギデオンの方の体がぽかぽか火照ってきたために、そう錯覚するだけだろうか。「……、」と零す熱い吐息を小さく笑って誤魔化せば、今ならもういいだろうかと、シーツの下の己の脚を相手のすべらかなそれに絡め、言外に相手をねだって。)





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