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Petunia 〆/794


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自分のトピックを作る
775: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-06-10 18:27:19




──……助けに来るのが遅くなってしまってごめんなさい。
もう大丈夫ですからね!

 ( あんな儀式を見せつけられたその直後、こんなに乱暴な方法で拉致されて、どれだけ恐ろしい想いをしただろう。そう伝わってくる切ない震えをごくごく自然な意味でとらえると。相手の代わりにもう一度、広げた腕で広い背中全体を撫でさすり、最後にもう一度胸の空気が抜けるほど強くぎゅうぅっと力強く抱きしめる。それからゆっくりと身体を起こしながら、そっと相手の様子を覗き込む表情は、頼もしい相棒、愛しい恋人の無事な姿を目の前にして。これ以上なく分かりやすいほど輝いて、未だ予断を許さぬ状況に、安易な笑みこそ浮かべぬものの、キラキラと素直な使命感に燃えていた。
そうして、なにやらギデオンが腰の袋をごそごそやるのを、容赦なく隣の蛭女の衣服をひっくり返しながら振り返れば。自分の方が身動きとれぬ様をして、身を守るのに有効な術をこちらに寄こしてこようとするギデオンに一度は強く抵抗して。それでも、遠征の荷物の隙間にでもねじ込んでもらえればと贈った玩具が、他でもない相手の懐から出てきた時点で、心底嬉しく思ってしまったビビにはそもそもが分の悪い勝負だ。最終的に──お前が使うんだから意味があるんだろう、俺が使ったって威力が出ないといった趣旨の完全な正論に押し切られて、複雑な表情で藍色の包みを受け取れば。「すぐに戻ります」と、未だ気を失っている女を担ぎ上げ、しぶしぶその場を離れたかと思うと、それこそ玩具を投げてもらった大型犬の如き速度で舞い戻ってきたのは、製薬工場となっている上階に人の気配を感じたためで。ぐったりと項垂れている女の身柄は、早々にイシュマと同じ部屋に押し込んで、外から軽くバリケードで塞いでおく。そうして、ふたつの探し物のうち魔剣なんて目立つもの、この短時間で処分できているわけがなく、慣れ親しんだ魔素を辿ればたちまちガラクタの奥に押し込まれていたのを発見できたのはよかったが、しかし、問題はごくごく小さな鍵の方で。ひとつの部屋に、ふたつのドレッサー、みっつのテーブルに、キャビネットはよっつほどひっくり返したところで。焦って周囲を見渡したビビの視界に映ったそれは、鮮やかなオレンジ色が可愛らしい、しかし、その存在感は全く可愛らしくない手斧だった。──昔どこかで聞いたことがある気がする。学院で受けた授業中の与太話の類だっただろうか。絶魔鉄は非常に取り扱いの難しい、加工するには特殊な道具を必要とする鉱物で、それ故に。鍵のような複雑な構造を作るのは難しいのだと。だから絶魔鉄の手錠で拘束されたら、(別の物質で構成されているはずの)鍵穴を狙えよ──なんて、そんな機会があるものか笑ったのはいつのことだったか。 )

……ギデオンさん、これは“鍵”です。いいですね?





776: ギデオン・ノース [×]
2024-06-12 05:02:29




…………………、

(……ずりり、ずり……、ずりりり。何か重たい金属を引きずる音、それを何の気なしに振り返ったギデオンは、しかしその精悍な面差しを、一気に真顔へ陥らせた。相手がどこまでも凛と言い放つ台詞にも、「……」と無言しか返さずに。その薄青い双眸は、物騒な“それ”をガン見である。
──斧、斧か。そう来たか。いやたしかに、非常用として建物や船に備え付けるそれを、“マスターキー”と呼ぶことには呼ぶだろうが……と。そんな生産性のない独り言が、脳裏をぐるぐる駆け巡るのを、いったい誰が咎められよう。
己の状態を今一度見下ろす。両脚の枷はまだいい、鎖が随分長いから、最悪の場合はそれを引きずって歩くことになるだけだろう。──問題は、両手首の手錠。鎖が極端に短い上、その鎖が、石床の輪と繋がった長い鉄棒に接続されてしまっている。おそらくは、牢内での行動を制限するためのものだ。鉄棒の角度は好きなように変えられても、その長さより遠くへは行くことができない仕様。つまり、ここから脱出するには……ただでさえ短い手錠の鎖、その鉄の棒とも繋がった部分を、正確に、寸分違わず、破壊する必要がある。仮に万が一、斧を振り下ろす先がほんの少しでもずれてしまえば。そこにあるのは当然……ギデオン自身の、素肌の手首だ。
──それでも、迷っている暇はない。思考停止、もとい思考を切り替えて、「まず足から頼む」と相棒に促す。鎖を最大限伸ばし、そこに刃先が振り下ろされれば、派手な金属音とともに、すぐさま片脚が自由になることだろう。次はもう片方を──と、その寸前で。しかし不意に掌を掲げ、相棒に“待った”をかける。相手を見たギデオンのこめかみには、わかりやすぎるほどにだらだら冷や汗が伝っていた。
……指示した場所と、斧のは先が振り下ろされた場所、それが大きくずれている気がするのを、はたして看過していいものだろうか。今はまだ予行演習、ならば“本番”前にできるだけ精度を上げさせたいとばかりに。冷静さを取り繕った硬い声音で、相棒に再度指示を出して。)

……ヴィヴィアン。こっちの鎖も、今のと同じ長さのところで打ってみてくれないか。
ああ、そうだ、その位置……“同じところ”を、正確に、そうだ。





777: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-06-12 14:50:57




同じ長さ……ですね、わかりました……

 ( キィン──!! と再び派手な金属音が響いて。今度の一撃は、なんと見事に右脚の鍵を貫いて、パカリと無傷でギデオンの脚を解放してみせる。しかし、二人の浮かべる表情が真っ青に浮かない色をしているのは、目安にしたはずの左の鎖は凡そ10cmはたっぷり残っているからだ。こちらはこちらで、走って鎖が揺れようと幅の広い足枷がすね当てになり、揺れる鎖の衝撃から守ってくれる中々どうして絶妙なバランスではあるのだが──「け、結果オーライということで……」と、冷や汗を拭うヴィヴィアンの、その斧の握り方はまだ悪くない。寧ろ意外なことに剣術の経験を感じさせる綺麗なフォームがあるからこそ、その誤差ですんでいるというべきか。しかし、絶望するべきは一朝一夕でどうにもならない、打撃武器を使うには純粋な腕力、筋力の不足で。斧を振りあげれば、その重さで後ろによろめき、そのまま振り下ろせば後は重力に従うだけで、軌道の微調整などままならない。──やはり本物の鍵を探してくるべきか。もしくは、イシュマに見つかる直前に、コンタクトが取れた仲間たちの中に手先の器用なハーフフットがいたような……。そう顔を上げかけたその瞬間。階上で何か重いものが激しく叩きつけられる轟音が響いたかと思うと、高く響いた悲鳴にギデオンと顔を見合わせて。 )

……!?
わ、わたし様子を見てきま……




778: ギデオン・ノース [×]
2024-06-14 15:52:58




──いや、駄目だ! こっちを先にやってくれ。

(不穏な天井を見上げていた青い目をさっと戻し、相手の言葉を鋭く遮る。松明に照らされたその横顔が必死なのは、もはや覚悟を決めたからだ。今ここには、ギデオンが知る限り最も腕利きのヒーラーがいる。ならば仮に事故が起きても、どうということはないだろう。
故に、畳みかけるように。「ひとりで勝手に動いた俺が、結局はこのざまだ。尚更、お前を独りでは……」行かせられない、と囁きかけた、その刹那。──しかし、今度は足元から。惨く突き上げるような衝撃が、いきなりふたりに襲い掛かって。
ごごごごご、と唸りを上げる、まるで大地が制御を失ったかのような大地震。その真っ只中のギデオンは、繋がれた手を咄嗟に伸ばすと、ヴィヴィアンを両腕の輪の中に庇い込んんで。鉄の縛めの忌々しさに呻き声をあげながら、それでも相手を守るように、彼女ごと地面に伏せる。……その合間にも、上階の人々の悲鳴と、“何か”が暴れ狂う気配は、ますます酷さを増すようだ。
翻弄されるだけの時間は、たっぷり数十秒ほども続いていただろうか。それがようやく収まってからも、未だ辺りへの警戒で、しばらく防御魔法の準備を漲らせていたものの。ひとまずは問題ない、と見て取ると、ようやくそれを解きながら、両の腕の肘を立て、真下の相棒を見下ろして。……は、は、と荒いままの息。その真剣な横顔には、窮地を潜り抜けたばかりの強張った色が差している。だというのに、こちらを見上げる大きなエメラルドを見た途端、勝手に箍が外れたらしく。前触れもなく首を屈めて、相手の唇を獣のようにさっと食んでは、またすぐに引き離し、その目を再び覗き込み。)

──……、怪我は、ないか。






779: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-06-15 09:36:15




っ!? ……な、ないでしゅっ、ありがとうございます、もう離して!!!

 ( グラグラと激しく揺れる大地に、あっとギデオンを庇おうとして、反対に自分が強く引き倒されてしまえば。自由に動けないギデオンの上に何かが崩れてきたらと思うと気が気でなくて、せめて両腕を廻してギデオンの後頭部を強く抱き締める。そうして強い揺れが収まると、まずはギデオンの無事の確認と──なんで、ここで自分が庇っちゃうんですか!? と。相手が大事だからこそ、自分のことを大事にしてください、そう強く強くお願いするつもりでいた言葉は──突如、近づいてきた唇に全て飲み込まれてしまって。出口を薄い唇に覆われて、すっかり行き場を失ってしまった感情は、ギデオンさんが無事でよかった。好き。だめ、怒らなくちゃ……でも、とっても格好良かった、大好き、すき、と。甘くだらしなく蕩け出していき。その上、奪うなら奪うでゆっくり味わってくれればまだ良いものを、当然この緊急事態にすぐさま身体を離されて、うっとりと潤んだエメラルドに、その首まで上気せあがった顔色をバッチリはっきり見られてしまえば。その後、見事に手錠のど真ん中を射抜いた一撃の鋭さには、明らかな私情も乗っていたに違いない。
そうしてどこかぽこぽこと、場に削ぐわない甘い棘が残った口調で(緊急事態だと言うのに、だからやめて欲しいのだ)「私はあの二人を見てきます、ギデオンさんは脱出経路の確認を」と、自分で築いたバリケードを木端微塵に吹き飛ばせば。その間も頭上のフロアから断続的に轟音が響いてグラグラと地面が揺れる度、どこかの配管が外れたのだろうか。逃げ場のない地下に大量の水が流れ込み、二人の足元に段々と水の膜が張り始めると。大人二人を引きずりながら、相棒の方を確かめて。 )

ギデオンさん……階段は!?




780: ギデオン・ノース [×]
2024-06-18 11:34:02




──駄目だ、崩れた煉瓦で塞がってる!

(相棒の呼ぶ声に、ギデオンのほうもまた、ばしゃばしゃと水を蹴りながら暗い通路を駆け戻る。背後から引き戻して間近に突き合わせたその顔は、深刻に張りつめていて。「周囲の構造まで脆くなっているから、下手に魔法で破れないんだ。それならいっそ、他の天井部分のどこかをぶち抜いてみるほうが……」、と。そう言いながら見上げたはいいが、しかしはたして、この狭い通路のどこを選べばいいというのだろう。相棒が言っていたとおり、ここがあの製薬施設の地下なのであれば、地上にある大掛かりな実験器具が降ってこないとも限らない。もし壁の厚い部分を撃ち崩してしまったら、地上階そのものが崩落してくる恐れもある。とはいえ、このままここに留まっていれば、この足元の水嵩がどんどん増していくばかりだ。耳に届く飛沫の音も、先ほどより明らかに勢いを増している。──時間がない!
策を練ろうと燃えるような目を再び戻したギデオンは、ふとその視線を、相棒が引きずっている村人たちの、気を失った面にとどめて。今や踝の辺りまで来た水をざぶざぶ鳴らして歩み寄ると、相棒からふたりを引き取り、まずは男、ついで女の頬を(こちらばかりは申し訳程度に加減を選んで)、乱暴に二、三はたく。はたして目を覚ましたふたりは、拘束されていたはずのギデオン、そして無抵抗に連れ込まれたはずのヴィヴィアンに見下ろされることで、あからさまに狼狽したが。──先ほど大地震が起きて、この地下フロアの出口が塞がってしまったこと。どこからか配管の水が流れ込み、危険な状態になっていること。それらを相次いで説明すれば、ギデオンたちの反抗に取り合っている場合ではない、と飲み込んでくれたようだ。
「非常用の隠し通路があるの、」と、蛭女が震えながら言った。おそらく水が苦手なのか、じわじわと上がる水面に向ける目に、はっきり恐れが浮かんでいる。「万一の時のために、村の魔導師しか解けない鍵がかかっていて……でも、ここよりも低まったところに。だから、急がないと──通れなくなるわ!」
──かくして四人は、今やあちこちから水が激しく噴き出す地下を、死に物狂いで駆け抜けた。蛭女の先導した先、確かに鉄格子のあるそこは、ほんの少し階段で下る構造になっているせいで、既にかなりの水嵩のようだ。「開けてくれ、早く!」と命じ、先に水に飛び込んだ魔導師イシュマが、必死にぶつぶつやる間。ヴィヴィアンと蛭女を先に扉に近づけ、自分は背後を振り返って、時間稼ぎの魔法を起こす。せいぜい二秒やそこらしか保たぬ、無属性の魔法障壁。それでいい、この数秒の間だけ、こちらに来る水を押し返せるなら。しかし、いよいよ飛沫が派手になったことで、通路の松明の幾つかが次々にかき消され、地下通路の視界が不安定になりはじめた。明かりがなくなれば命とりだ──頼む、早く、一秒でも早く!
そうして、ついにがしゃんと扉が開き。イシュマ、蛭女が我先に滑り込み、次にヴィヴィアンを行かせようとしたところで──再びがしゃん、と。無情な音を立てて閉まり、魔法の錠が自動的にかかった扉を、一瞬呆然と見つめてしまう。次にその奥に目を向ければ……そこにはその鼻柱同様に顔全体を歪めて嗤う、イシュマの醜い面があった。「……何を、してる……開けてくれ、」と。体の奥が凍てつくような怒りに震えながら言い募れば。「いやなに、気を利かせてやろうと思ったまでだ」と、イシュマが厭らしいとぼけ面で返す。「おまえたち、相手とだけ番いたいって言うんだろう? そこの女、そう、おまえだよ。おまえも他の男なんざ、お構いなしだっていうんだろう? なら、この際お望みどおりにしてやるさ。──せいぜいここで、最後の“愛の夜”を楽しんでいけばいい!」
──激しい怒りで叫びながら、思わず雷魔法を叩きつけようとして。しかし水に浸かったこの状況では、ギデオンのその必殺技は、自分はおろか、ヴィヴィアンまでをも巻き込みかねないことに気づくと、ぎりぎりで制御してしまう。高笑いするイシュマの声。剥き出しの悪辣な笑みを、最後にこちらに差し向けてから、蛭女の肘の辺りを掴み、我先に通路の奥へと逃げだしはじめた。蛭女は何度か、動揺した様子でこちらと扉を振り返ったものの……高い水嵩に蒼白な顔で慄き、何も考えられないような様子だ。
──かくしていなくなった、フィオラ村のふたり。残されたギデオンたちの前に立ちはだかるのは、あの連中にしか解き明かせない魔法陣を込められ、無情なまでに閉ざされた、黒々とした鉄格子だ。がしゃん、がしゃしゃん、と。無駄とわかりながら何度もそれを揺さぶって、数秒も経たずにがくりと項垂れたかと思えば。やがて他方を向き、煮える怒りを振り絞るような、激しい罵り声をあげて。)

──畜生、くそったれ!





781: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-06-20 12:56:57




~~~ッ!!

 ( この時ビビが口汚く罵らなかったその理由は、ただ隣のギデオンのように自然と出てくる罵倒の語彙が足りなかったそれだけで。その証拠に、鉄格子を強く揺らすギデオンの手を、怒りのあまりに痛めてしまわぬようそっと優しく絡めとると。一歩鉄格子へと近づいて、「"くそったれ"ーっ!」と、公私共に尊敬慕う相棒の語彙を拝借し、最早とっくに姿の見えなくなった通路に虚しく響かせてみせる。そうして、かけられた魔法錠を解析することごく数秒、「……できなくは無いかもしれないですけど、ここが水没する方が早いです!」と早々に見切りをつけて、ザバザバと水深の浅い方へとステップを昇れば。腰の杖を引き抜いて、短い詠唱とともに耐冷魔法をギデオンから順に施すと。焦りに下唇を噛みながらも相変わらず、天井がダメなら下を抜けば良い! という思考の単純明快なこと。どうもシリアスになりきれない、明るい声で提案したかと思うと。極めつけには、ドドドド……と今もどこかで水の流れる空間に、ぷしゅんっとどこか間の抜けたタイミングで小さくくしゃみの音を響かせて。 )

やっぱり天井を抜きますか?
それとも…………。ッ、レクター教授の地図!
地下の採石場って、この下にも繋がってませんでしたっけ……?




782: ギデオン・ノース [×]
2024-06-23 11:06:57




……!
このフロア、東はどっちだ。地上からはどのくらい下ってきた……!?

(隣の相棒がくるくると繰り出した、あまりに様々な諸々に。それまで深刻な面持ちをしていたはずのギデオンは、しかし虚を突かれた間抜け面を、ポカンと晒す有り様である。
──とはいえ、状況が状況だ。すぐに我に返るなり、冷たさの失せた地下水を掻き分けて、彼女に近づこうとしたところで。しかしフッと、辺りの明度が一段階暗くなり、思わず瞠った目で辺りを見回す。廊下に掲げられた松明が、ひとつ、またひとつと消えていくところだった。地下水の派手な飛沫が、いよいよその高さにまでかかるようになったせいだ。
「時間がない、」と鋭く呟き、相手の背中を押すように動かして、重い水の中をざぶりざぶりと突き進む。その道中、相棒のくれた情報から考察するに。この地下フロアはそのほとんどが、例の地下洞窟の真上にある。そして問題は、その地下の空間がどのくらいの高さなのか、それが全くわからないこと。下手に床に大穴を開ければ、吸い出される水と一緒に、ギデオンたちも真っ逆さまに落下してしまいかねない。真っ暗闇の中で重力に逆らった経験は、一応以前にもないわけではないが……ほんの少しでも間違えば、硬い鍾乳石に叩きつけられる、或いは石柱に貫かれる、そんな最期を遂げてしまうのが関の山。──故に、できるだけ正確な位置で、安全を確保しながら排水を試す必要がある。
そうしていよいよ辿り着いたそこは、先ほどまでギデオンが囚われていた牢だった。既に水嵩は随分と高く、天井すれすれに浮いて泳がねばならないほどになっていたが。しかしここにはちょうど、囚人を拘束するための鎖を繋ぎ留めておく金具が、天井にもついている。かえって今こそ手が届くその取っ手を掴んでいれば、地下水がどっと流れ出る時の勢いを、幾らか耐えきれるはずだ。
「ヴィヴィアン、」と相手を呼び、一瞬その顔を真剣に見つめれば。相手の腰を水中で抱き寄せ、天井の取っ手をがっしりと掴む。と同時に、ついに松明の火が全て地下水に飲み込まれ、辺りが真っ暗に塗り潰された。それでも相手を強く抱きしめ、荒い息を整えながら。またどこかで、どっと壁を破って噴き出した地下水がふたりに迫るその直前に、濡れた耳元に囁いて。)

──……、ヴィヴィアン、やってくれ!





783: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-06-24 01:12:45



~ッ、はい!!

 ( "猫の子と冒険者にとって、自由落下など問題では無い"
そんな冒険者を主人公とした物語の一文に、無邪気に目を輝かせたのは何年前のことだったか。ギデオンの眼差しにこくりと強く頷き、喉を反らして大きく息を吸い込むと。──最悪なのは、中途半端な穴に腕や片脚だけが引っかかり、部屋を満たす水圧に、上にも下にも身動き取れなくなってそこで窒息することだ。故に冷たい水の中、腰に回された腕を支えに杖を構えたヴィヴィアンは、その一撃を全く遠慮しなかったのだが──……ッ、水中じゃ、火属性の魔法は……! そう、真っ直ぐに狙った部屋の隅、放った火炎はその脆くなった床を撃ち抜くどころか、みるみるうちに小さくなって、最後はぷすん、と消えてなくなってしまって。その一撃に肺の酸素を全て使い果たしたビビの表情が、酷く苦しげに歪み出す。
ううん、……一度でダメならもう一度やるまでよ──としかし、顔を上げた先には最早、吸える空気などろくに残っておらず。酸欠の脳みそはいとも簡単に絶望し、軽いパニックを引き起こす。苦しい、怖い、死にたくない……! その一心で、必死にギデオンに縋りつけば、その腕からぽろりと杖を取り落としたのは、この時ばかりは"幸い"といえただろうか。目の前で相棒の得意魔法が掻き消えて、縋りつかれるギデオンにもそのパニックはありありと伝わるだろう。一瞬後の死に直面し、思考停止に陥ったヴィヴィアンを……絶対に、この人は絶対にビビを救ってくれるのだ。刻々とリミットの迫る水瓶の中、どんなやり取りがあったのかは二人にしか分からない。しかし、ギデオンのお陰で少し冷静を取り戻した娘の指先に触れたのは、冷たく硬い──いつか聖夜にも手に触れた相棒の魔剣で。その瞬間、暗い水に満たされた部屋にまるで灯りがともったかのように、鋭い光が一線。二人の視界を照らしたかと思うと、コンマ数秒遅れてドォン!! と激しい雷音が部屋を揺らして──続いたのは激しく水が流れ出す轟音だった。そうして地下洞窟へと繋がる空間へと放り出されたヴィヴィアンは、未だギデオンに抱きしめ抱えられている。そのことをしっかりと確認したあと、酷い酸欠にフッと意識を暗転させた。 )

……ッ、か、はッ…………!!




784: ギデオン・ノース [×]
2024-06-24 21:56:32




(あれから数分後。ギデオンが地下の池からざばりと身を引き上げたとき、先に岸辺に横たえたヴィヴィアンは、既にぐったりと動かなかった。──咄嗟に人工呼吸を施すが、水を吐いたヴィヴィアンは、それでも少し朦朧としてから、すぐに瞼を閉ざしてしまい。ぞっとしながら脈や呼吸を確かめて、しかしすぐに、それらは安定し始めたようだと……ただ体力を奪われて気を失っているだけだとわかって、ようやく小さくひと息をつく。相手の濡れた前髪をそっと目元から除けてやると、辺りを見回す余裕も出てきた。本来なら真っ暗なはずのこの場所は、しかし今も、柔く光る己の魔剣が明々と照らし出している。……ヴィヴィアンの込めた魔力が、今も内部で循環しつづけている証拠だ。
──あの時。杖を失い、激しいパニックに駆られてしまったヴィヴィアンを前に、ギデオンの判断は早かった。一か八か賭けるしかない、ここで溺れ死ぬのをただ待つよりはマシのはずだ、と。ヴィヴィアンを説得し、天井から手を離して、ふたりで真っ暗な水に沈み込んだその瞬間。自分たちふたりの体に、絶縁魔法……雷魔法の対となる無属性の加護を張り巡らせれば、その直後にヴィヴィアンが、ギデオンの抜いた魔剣にありったけのエネルギーを注いだ。元より相性の良いヴィヴィアンの魔素、それが増幅したとなれば、どんなに分厚い石の層も粉々に砕かれるのみ。とはいえ、ドドドド、と迸る大量の水の勢いに引き込まれ、彼女もろとも穴の底へ落ちてゆくのは免れない。──しかしここでも頼りになるのが、ヴィヴィアンの膨大な魔力で強化されたギデオンの剣。思うままにそれを振るえば、激しい魔法が反動をつけ、落下先を意のままに選ばせてくれた。──そうやって狙い定めた、地下の深い池に落ち。石の淵へと這い上がって、今に至るわけである。
ギデオン自身も、荒らげていた息をゆっくりと落ち着けて。今も輝く魔剣を手に取り、辺りを照らすように掲げる。洞窟のあちら側では、上のフロアに溜まっていた地下水が滝のように降り注いでいた。とはいえ、ここは充分に広い。高低差もあるから、ギデオンたちがいるこの場所が、再び水底に沈む……なんてことはないだろう。──ならば次に確かめるべきは、ここに瘴気が溜まっていないかどうか。己の指先を拭ってから、ごく小さな魔法火を灯す。野営時に使うそれは、きちんとした道具や、ヒーラーが用いる魔法ほど正確ではないにせよ、辺りの空気を調べるための簡易的な指標になる。炎の色は濃い橙、特に問題はなさそうだ。ほっとして魔法火を消し、再び隣の相棒を見下ろす。今はまだ耐冷魔法が効いているからいいものの、時間が経てば濡れた衣服で体を冷やしてしまうだろう。火を熾してやりたいが、燃料は持ち合わせていない……辺りに何かないだろうか。
そうして再び魔剣を巡らせ、別の方角を確かめて、はっと鋭く息をのむ。──ふたりの後方、この洞窟の一番高いところに、何か巨大な……壺のような異質なものが、不気味にぶら下がっていた。耳を澄ませばかすかに聞こえる、わんわんとした嫌な音……もしやこれは、無数の羽音か。身構えるギデオンの脳裏に、ふとジョルジュ・ジェロームの手記の一文が蘇る──『この村の飼う特別な蜂は、隣の平屋の地下にある鍾乳洞に巣をつくる習性だそうだ』。そうか、あれがその蜂の巣か。フィオラ村が崇め立てる「花」の蜜、人を魔獣に変える秘薬の材料。それがこんな、真っ暗な闇の中で作られていたというのか。
……ということは、と。一度ヴィヴィアンを振り返ったギデオンは、念の為の防護魔法を彼女に慎重に施してから、剣の温かな灯りを頼りに、ひとり洞窟へ歩み出した。蜂の巣のすぐ真下まで来てみれば、果たして足元の石床はどうだ。真上の蜜が何十年と滴りつづけたせいだろう、血のように真っ赤な、半透明のまだらな層が広がっている。不気味なそれを避けながら、さらに周辺を確かめれば……あった。蜂たちを燻す時に使う燃料、その足しにする藁が、壁際の木箱の中に隠されていた。手で触れてみた限り、幸いほとんど湿気ていない。
それを箱ごと拝借し、ヴィヴィアンのそばへ戻る過程で、ふと魔剣が反応を示した。かたかたと引きつける方を見てみれば、一体なんたる偶然か──あるいは、互いの宿した魔素による必然か。水の流れの溜まったところに、ヴィヴィアンの杖が浮いていた。それも大事に拾い上げると、すぐに戻った池の淵で、まずは彼女を抱き上げる。ここは駄目だ、あの蜂の巣の辺りからあまりにも目につきやすい。万が一のためにと、周囲から隠れた横穴に落ち着いた。
そうして彼女をそっと下ろすと、穴の手前に木箱を置き、魔剣の切っ先でバラバラに砕く。あとは燃やしやすいように整え、己の魔法火を慎重に移すだけ。──ほどなくして、小さな焚き火がパチパチと小気味良く爆ぜ。ふたりの隠れている空間を、ささやかに暖めはじめた。)

(──脱いだ衣服の水気を絞り、そばの手頃な石筍に引っ掛けて。次にヴィヴィアンを抱き起こすと、そのシャツやコルセット、ブーツや脚衣までをも剥ぎ取って、いずれもしっかり絞りきる。恋人同士とは言えど、相手には悪い気もするが、この非常時に風邪をひかせるほうが悪手だ。そうして今度は、下着姿になった相手を、己の胸によりかからせて。床で寝ているよりずっと広範囲の面が、炎の暖気に当たるようにと調整しながら、己の体温も分け与える。
そのひとときの間にも、近くのつらら石から滴っている雫の音のリズムによって、おおよその経過時間を測る。──地下室の異常に気づいた村人が、自分たちの大事な蜂を確かめに来るまで、どのくらいかかるだろう。大回りをして地上のどこかから洞窟に入るはずだから、どんなに厳しく見積っても、二時間ほどにはなるはずだが……。そもそも、ギデオンがあの蛭女の手下どもに倒されてから、どれほどの時が過ぎたのか。レクターは、仲間たちは無事だろうか。儀式はいったい何日後だった、あの少年が秘薬を飲むまであとどのくらいだ。──だが、それでも。たった今死にかけた自分たちとて、今ここで少しでも休み、態勢を立て直さねば、生きてこの谷を出られなくなる。
……はたしてどのくらいの間、そうして過ごしていただろう。ぴちょん、ぴちょんと響く水音を聞き漏らさぬ以外、意識を薄めて休んでいたギデオンは、ふと身動ぎを感じとって、うっそりと下を見た。とうに乾いて温もりを取り戻したヴィヴィアンの身体、そこに少しずつ意識を通いだしたのを感じる。すっかり元気を取り戻した時に気恥ずかしい思いをさせぬように、と、傍に干していた相手のローブを引き寄せ、その身体にそっとかければ。栗毛に軽く唇を触れ、「……目が覚めたか、」と穏やかに呼びかけて。)




785: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-06-26 14:14:44




──……ギデオンさん、はい、ここは……、っ!?

 ( ひゃあぁっ!? と。パチパチと暖かな火だけが爆ぜる空間に、どこか間の抜けた平和な悲鳴が響き渡る。なんで、なんで下着なの!? と、かけられたローブを掻き抱いくことで、かえって白くまろい腹、その豊かな胸部を覆う清廉な白まで際どく覗かせていることを、混乱中の娘は気づかない。そのままの様子で周囲を見渡し、未だ乾かぬ石筍の衣服に、やっと状況を把握すると。「……あ、そっ、か。ご、ごめんなさいっ……びっくり、しちゃって……」と一応、納得はするものの、項垂れる肌が首の根元まで紅いのは、ただ炎に照らされているそのためだけではないだろう。
あれからどれくらい時間が経ったのか。服の乾き次第を見るに、それほど長時間気を失っていたわけでは無さそうだが──火属性の魔法が水に弱いだなんて、魔道学院の一年生だって知っている基礎の基礎だというのに。産まれ持った魔力量にあかして甘く見ていた。あまつさえ簡単にパニックに陥り、大切なギデオンのことまで酷い危険に晒すなんて。そんな情けない自分のことを、背後の相棒はこんなにも優しく気遣ってくれているのに──そんなことを言う権利もなければ、言っている事態でもない。そんなことは分かりきったその上で、心の準備もせずにこうして肌を晒していることが心の底から恥ずかしくて堪らず。そしてまた、それを恥ずかしいと思ってしまう自分も、意識過剰で、幼稚で、本当に恥ずかしくてたまらないのだ。とっくに乾いていた筈の背中を、しっとり羞恥に湿らせて、こんな時に何を思い出しているのかと謗られれば、フィオラの前にビビの自尊心が崩壊してしまうに違いない。故に、酷く赤面しているだろうそれを相手に見られないように、ローブで身体の前面を隠しながら小さく小さく丸まれば。むしろ無防備なうなじや背中を晒すだけになるのも気付かず、小さな膝に赤い顔を埋めて。様々な羞恥に小さく震えながら、今にも消え失せてしまいそうなか細い声を絞り出して、 )

その……さっきのことも、ごめん、なさい…………。
どこか……痛んだりとか、ご気分は…………




786: ギデオン・ノース [×]
2024-06-29 11:21:09




平気だ──と、言いたいところだが。
盛られた毒が、少し厄介な手合いだったみたいでな……悪いが、もう一度診てもらえるか。

(ぱっと慌てふためいて、そろそろ辺りを見回して、しおしおへなへなと真っ赤な羞恥に項垂れて。いつも以上にいじらしい相手の様子をぼんやりと眺めるうちに、思わずふっと、気の抜けたような穏やかな笑みを浮かべてしまう。そうして背後の石壁にもたれ、目を閉じて答える声は、微かに疲れつつ寛いだもの。──実際、さほど深刻ではない。冒険者の常として、念のため程度の報告に努めているだけなのだ。
ヒーラーという職業は、どんな傷でも病でも、たちまち癒せると思われがちだ。しかし実際には、治せるものと治せないもの、治しやすいものと治しにくいものとの別がある。そのなかでも、毒を受けての症状は、比較的に治しにくい……というより、治しづらいもの。これは毒という原因成分が、その種類次第では、一般的な治癒魔法が効きにくいということもあるし。或いは一歩間違えれば、そのケースには不適切な体内作用を安易に活性化させることで、寧ろ重症化を招くリスクも孕んでしまうからである。
故に最初の段階は、浅く広くしか治せぬ代わりに、毒の作用を劇化させることがまずない、万能解毒魔法を施す(たしか、かのシスター・レインが確立させたものであったか)。大抵の毒はそれで治る。しかし強い毒、珍しい毒であった場合は、もちろんそれでは収まらない。しかし一旦は症状の進行を和らげられているはずなので、その間に毒の成分や作用を特定。より適切な治癒魔法なり薬草なりを処方して、寛解に繋げていく……それが昨今の定石なのだ、と。以前ヴィヴィアンに、サリーチェの寝室で微睡みながらそう教わった。
彼女が地下に駆け付けたときにギデオンを包み込んだのも、まずはあのレイン式解毒魔法と、それから通常の治癒魔法だったのだろう。ふたつを同時に施すのは並のヒーラーの業ではないが、少なくともギデオンが後頭部に負っていた傷は、完全に塞がっている。あれでだいぶ和らいだ上、当時はギデオンもアドレナリンが出まくっていたから、もうすっかり良くなったものと思い込んでしまっていた。──しかし今、この地下洞窟でゆっくり落ちついてみればどうだ。村人に盛られた毒は、どうやらまだまだしぶとく残っていたらしい。うっすらと続く吐き気に、ごくごく軽度の意識混濁、びりびり残る手足の痺れ(ヴィヴィアンの杖を拾うとき、少しばかり苦労していた)。試しに己の掌をぼんやりと眺めてみれば、実際指先が白っぽく変色しているのだから、何やら妙な毒である。後は倦怠感があるが、これは一瞬程度であれど、重い水に振り回されたからかもしれない。とはいえどれも、耐えられない、動けないほどではない……ないのだが。「そういうのも、きちんと隠さず報告すること!」「“我慢できる”は、“問題ない”とイコールではないんですよ」と、これも相棒に教わったことだ。
故に瞼を下ろしたまま、それでもきちんと、自分の自覚する症状を説明しては。相手が近づけば大人しく身を委ね、しかしほとんど無意識に、その手や頭に軽く触れ。もはや体に沁み込んだ、いつもの習慣めいた……それよりはしょうしょうぎこちのない手つきで、ごくかすかに撫でる仕草をするだろう。)

……おまえが謝ることなんてない。
寧ろおまえがいてくれたおかげで、あそこから脱出できたんだ……ありがとうな。





787: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-07-02 02:41:50



…………、

 ( ──あ、ごめんなさい、もちろんです、と。自分の症状を教えてくれたギデオンに、それまでの恥じらいぶりはどこへやら。くるりと振り返って、相手の脚の間に膝をつき、首筋の脈や顔色、瞳孔の開きなどをじっと丁寧に確認すれば。とろんと気だるげな視線をこちらに向けて、ぎこちなく触れてくれる相棒の甘言に、涙を耐えがたそうに下唇を噛み。 )

──……こちら、こそ。
私も、ギデオンさんがいなかったら、絶対脱出なんてできませんでした、ありがとうございます。

 ( そうして、欲しい言葉を的確に与えてくれる相棒に、これが自分だったらどう返されるのが嬉しいだろうと。ついまたうっかり謝ってしまいそうになるのを飲みこんで、その冷たい掌を上からそっと包み込み、小さく控えめに頬擦りすれば。大好きな掌に、堪らずちゅう、と丸い唇を押し付けた後、迷いのない手つきで治療を始める娘の表情からは、必要以上の緊迫感や後暗さなどはすっかり消え失せてしまっていた。
解析の結果も、不幸中の幸いと言うべきか。盛られた薬は物理的な身体の動きと、理性の働きを少し鈍らせるためだけの麻酔にも使われる弱いそれらしく。ヴァランガで取れるのだろう珍しい植物の組成こそ慣れないが、これならビビの魔法で一時間もせずに浄化できるだろう。それでも、少しでも効率よく排出させるため、たっぷりと煮立たせたお湯を冷まして飲ませ、指先や耳などの身体の末端に、魔力のめぐりを良くする軟膏を真剣な表情で塗りこめば。最後に再度、最適な治療魔法に杖をふり、胸元や首筋、長く太い指先などをぺたぺたと、ビビの魔素が正常に巡るのを確認すれば。ほっと安心した反動だろう。ぺたりと相手の太腿にお尻をつけると、かすかに小さく震える腕を相手に回して、ぎゅっと強く抱きついて。 )

ごめん、なさい……安心したら、思い出してしまって。
少しだけ、こうさせて……?



788: ギデオン・ノース [×]
2024-07-04 02:17:32




…………。
……“少し”でいいのか?

(相手の声にうっそりと目を覚まし、そちらを見ようと身じろぎをしたものの。未だぼんやりしているギデオンの視界には、鼻先が軽く触れるほど近くに、栗色の小さな頭が深くうずまっているばかり。今のヴィヴィアンがどんな表情を浮かべているのか、それを直接この目で確かめる術はないようだ。……それでも、じかに伝わるその震え、酷くか細いその声を聞けば。今のヴィヴィアンがどんな気分か、ギデオンに何を求めているのか、感じ取るのには充分で。
焚火にちらちら照らされ横顔に、優しい気配を忍ばせながら。一度返事を保留したまま、背後の岩により深く身を預け、相手を軽く抱き直す。そうして、こちらにすっかりもたれかかれるようにしてやりながら、そのさらさらした華奢な背中を、ぽん、ぽん、とあやすこと数度。笑うような吐息と共に、ごく穏やかに喉を鳴らして。──ほとんど素肌同士で密着している今、いつも閨で使う台詞をそのまんま持ち出すのは、いささか不謹慎ではあるだろう。しかし今はあくまでも、ただ労わりを込めたつもりだ。心行くまですがっていい、おまえのおかげでこうして回復しているんだから、そのための俺だろう、とと。そう伝えるつもりで、ポニーテールの毛先に指先を戯れさせたり、背中を大きくさすったりして、相手をゆっくり宥め続けることしばらく。何とはなしに上を見上げ……地上や地下の人間たちの殺し合いなど露知らぬ地下洞窟、その鍾乳石の稀有なきらめきを眺めながら。やはり語るのはどこまでも、何てことのない愛の言葉で。)

──……旅立ってから、もう随分長く発ったような気がするな。
家に帰ったら何を食べたい? ニックの店でテイクアウトしていくのもいいし……普段お前がよく作ってくれてるんだ、俺に作れるものでいいなら、そっちの手もある。





789: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-07-05 22:30:15




 ( 背中を滑る大きな掌、低く震える太い喉。頭上から語りかけられる口調でさえも、その甘く穏やかな文脈は、明らかにビビを励まさんとする文脈にも関わらず──こんなときまで、食べ物の話ばっかりなんだから、と。きっと無意識なのだろう、本気で頼りになる恋人の表情を浮かべた相手の、どうしようもない可愛げに、思わず小さく吹き出せば。いつの間にか震えも止まり、それまで襲われていた恐怖も、すっかりどこかへ消え失せてしまうのだから不思議でならない。そうして、前髪が擦れる音をたて、伏せていた顔をくしゃりとあげれば、未だ少し色の薄い唇にちゅっと小さく吸い付いて。 )

──……ギデオンさんがいい。

 ( そうして、少し冷たい唇に、己の体温を移すよう何度も、何度も丹念に口付けていたその間。たべたいもの、たべたいもの……と素直に思考を巡らせれば、脳内に浮かぶのは、カトブレパスのステーキにチョリソーのポトフ、それからキャベツのミートボールスープ……それら全てを、美味しそうに平らげる恋人の姿ばかりなのだから仕方がない。蜜月の唇が少し離れたその隙に、ぽつりと掠れた吐息を震わせて、「ギデオンさんの、食べたいものがいい」そう回していた腕を地面について、ゆっくりと身体を起こしていきながら、足りなかった言葉を付け足し繰り返すと。相手の頬を両手でそっと包み込み、愛おしそうに微笑んで。 )

ギデオンさんが美味しそうに食べてるところが見たい。ね、いいでしょう? 何が食べたい……?




790: ギデオン・ノース [×]
2024-07-06 10:28:36




…………、

(最初に吸い付かれたその時は、相手の可愛らしい甘えにたっぷり応える気でいたというのに。柔い熱を何度も押し当てられるうちに、相手の背を擦っていたギデオンの手つきは、次第に眠気を帯びるかの如く、緩慢なそれへ成り果てていく。……そして実際、今やどうだ。相手に微笑まれたその時にはもう、目元がぼんやりと寛いで、反応も随分鈍い。最初の愛しい語弊を揶揄う気すら起こせずにいる。ただただ、心地が良いせいだ──相手の温もりに巻かれることが。
故に、相手の指の腹が目元を優しく撫で下ろす仕草に、無言で身を委ねながら。たべたいもの……たべたいもの……と、奇しくも同じ思考回路をとろとろと巡らせて。やがて今度は相手の手をやんわりと取り、その小さな掌の内側に、薄い唇を含ませる。そうして、特に何とはなしに親指の根元のふわふわした丘を食みながら。やがて甘えた小声を吹き込む──「ウルスストロガノフがいい、」と。)

前に……ほら。
ふたりで、グランポートのあの通りを……ぶらついたろ……

(「あの時に看板で見かけて、ずっと気になっていたんだ……ウルス料理が……」と。そうは言ってくれるものの、しかしなかなかの要求である。ウルスという魔牛の一種は、カトブレパスほど強い臭みはないものの。海水で締めると美味くなる、というかなり風変わりな品種で、それ故扱いが難しいのだ。締める際の技術はもちろん、それ以上に、牛と海の二つの風味をバランスよく纏め上げるのが、大層至難の業という。おまけに、当時ふたりで眺めたのは、夏向けのさっぱりしたメニューだったはず。それを、今は冬場だから、体が温まるシチューがいい、なんて、言外に強請ってのけている。──しかしそれでも、ヴィヴィアンならできるだろう、と。或いは自分のためにしてくれるだろう、と。そんな贅沢な信頼と甘えを、ひと息に寄せたものらしい。その後もしばらく、「本場だと、アーケロンの甲羅を器にして食うらしい……」だの、「ショールムの卵で綴じる地方もあるとか……ないとか……」だの。こちらは流石にオプションではなく、以前何気に調べ尽くしていた飽くなき探究心の成果、それをただただ吐き出しているだけなのだが。何にせよ、そういった話を相手がこうして聞いてくれる、それに心底満たされるらしく……ぐるぐると喉を鳴らし続ける有り様で。)





791: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-07-09 00:03:09




んっ、ギデオンさ、擽ったい……!

 ( 普段は悠久の石灰水だけが静かに滴下する地下洞窟に、くすくすと軽やかな笑い声がこだまする。魔法で活性化された免疫が、少しずつ仕事を始めたのだろう。横たわる体躯を大儀そうに弛緩させ、口寂しさに人の掌を食むギデオンの姿は、これ以上なく可愛らしいというのに、そのおねだりの内容は全くもって可愛くないのが彼らしい。それでも、否、それだからこそと言うべきか。ビビの我儘に気を使う事なく、本気で食べたいものを答えてくれた距離感が嬉しくて、自然と満面の笑みを浮かべると。未だ素直にポソポソと、その飽くなき探究心の結果を披露しているギデオンに、思わず愛おしさが爆発し、「……じゃあ、早く帰って練習しなくちゃ」と、そのなだらかな眉間、こめかみ、そして再度唇にそれぞれ深く、小さく唇を落とす。そうして、いつまでもそうしている訳にもいかず、名残惜しそうに身体を起こすと乾いた岩場に膝をつき、引き寄せたローブを今度は相手にかけてやりながら。もう一方の形良い金の頭に添えた手を、そっと自分の膝に導いて。 )

──……そのためにも。
少ししたら起こしますから、今度はギデオンさんが休んでください。




792: ギデオン・ノース [×]
2024-07-15 17:10:55




…………

(本来のギデオンならば……責任感も無謀さも、等しく強いギデオンならば。今この最悪の状況で、これ以上自分のために休む時間をとるなどと、到底考えなかっただろう。地上の魔窟、フィオラ村には、まだ一般の同行者を置いてきたままにしている。頼りのはずの仲間たちも、ほとんどが行方不明で、無事かどうかわかっていない。それに先ほど、ギデオンたちがいた地下牢の真上では妙な異変が起きていた。あれについても未詳のままだ。それに何より──そうだ、あのとき、一度大きな地震があった。今いるここは鍾乳洞、先ほどよりも余程危険な環境と言える。頭上にいくつも連なっている、あの幾つものつらら石……あれがいつ、次の大揺れで崩れ落ちてくることか。
それでも、そんな差し迫った状況下で。それでも己のヴィヴィアンが──ここで休め、と告げたのだ。それだけでギデオンには、一切が充分だった。まるで全身の細胞が彼女に従うかのように、とろりと意識が溶けていき。巡り始めた免疫が、隠れていた疲労感をひとつひとつ抱きとめていく。結局、そういうことだった。ギデオンの体の状態は、ヒーラーである相棒こそが、最も正確に把握している。そして、どんな状況にあろうと……ヴィヴィアンの傍で休息するなら、彼女が大丈夫と言うのなら。その瞬間は世界でいちばん安全なのだと、己も信じきっている。
故に、小声でただ一言、「……助かる、」とだけ呟いたギデオンは、その頭を相棒の膝に委ね、静かな眠りに落ちていった。時間にしておよそ十数分……何も起こらぬ十数分。巨悪を前にした戦士にとって、それがどれほどありがたいひとときであったことだろう。ただ身を休める、それだけのことが──この先に待ち受ける死闘で、どれほど多くの生死を分けたことだろう。)

(それから、数時間ほど後のこと。地上に出たギデオンとヴィヴィアンは、真夜中を迎えたフィオラ村の端に舞い戻り、闇に隠れた建物の上で、じっと“その時”を待っていた。とはいえ今は、自分たちふたりきりで戦っているわけではない。遠く近く、様々な場所で。これまで一緒にやって来た冒険者仲間たちもまた、秘密裏の作戦にあたっている最中である。
──あの後。ふと優しく揺り動かされて目を覚ましたギデオンは、ふたりの元に小さな精霊が訪ねて来たことを知った。しばらく前にヴィヴィアンが火のマナを分け与えた、あの痩せた火の精である。彼女はどうも、飢えを癒してくれたヴィヴィアンに、余程深く感謝したらしい。地下洞窟をさ迷っている仲間たちの元へ次々に導く、という恩返しをしてくれたのだ。
全員ではないにせよ、冒険者たちは再び集い、その結束を改めて固めた。互いにこれまでのいきさつを話し、持っている情報を交換し、諸々を判断すれば、皆の目的はただひとつ──この恐ろしいフィオラ村を、一刻も早く脱出すること。しかし、それには問題があった。まず、まだ合流できていない仲間たちが複数いるという状況。次に、同行者のレクターたちを、未だ村に残していること。それに、自分たちの運命をつゆ知らぬだろう村の子どもらを、決して見捨ててはいけない。最後に何より……この峡谷そのものが、非常に険しい土地であること。ヴァランガは陸の孤島だ。件のウェンディゴ以外にも、凶暴凶悪な大型魔獣が数え切れぬほど跋扈している。下手に措置に飛び出したところで、生きて帰れるとは限らない──そこに迷い込んだのが、冒険者でさえなかったら。
覚悟を決めた顔ぶれによって、部隊が再編制された。仲間を見つける捜索隊、レクターや子どもたちを外へ連れ出す救出隊。物資を確保する回収隊に、各隊を守る護衛隊、それからこれらすべてを助けるための陽動隊だ。このうちギデオンとヴィヴィアンが引き受けたのは、レクターたちと子どもたちを外に連れ出す、最小単位の救出隊。もうしばらくすれば、陽動隊が騒ぎを起こし、フィオラ村の注意を引く手筈となっている。その隙に彼らの元へ駆けつけ、護衛隊と共に脱出する作戦だ。
時は真夜中。空には不気味な黒雲が蔓延り、低く速く流れていた。月明かりは一切ない──しかし代わりに、村のあちこちには、おどろおどろしく燃え盛る大きな松明が据えられている。儀式を前に、フィオラ村は様変わりしていた。清廉な白い家々の並ぶ牧歌的な風景は、今や魔獣の彫り物や、男女の肉体を模した彫像、ヘイズルーンの肋骨などで飾り立てられ、見るだにおぞましい様相である。屋根の上に隠れているギデオンたちの眼下を行くのは、不気味な魔獣面をつけたフィオラ村の大人たちだ。……儀式が間もなく始まろうとしている。子どもたちとレクターたちは、今はあの、厳重に警備された建物の中に──あの不気味なタペストリーとともに、閉じ込められているのだろう。そしていざその時になったなら、あちらのあの舞台に。エディ・フィールドの伝説が演じられていた、あのステージに引きずり出されるはずだ。そばにある“鉄の処女”は、おそらくフンツェルマン工具店から仕入れたミートミンサーに違いない。
レクターと助手たちが、無理やりあれに入れられて、“英雄”の贄とされる前に。惨い宿命を負わせるべきでない子どもたちが、舞台の台座で秘薬を呷らされる前に。──ギデオンが、ヴィヴィアンが、戻ってきた冒険者たちが、かれらを救わなくてはならない。)

……ヴィヴィアン、

(──しかし、そのような状況下でも。相棒を再び危険に晒すことを、恐れていないと言えば嘘だ。
馬鹿げているのは百も承知。ギデオンもヴィヴィアンも、冒険者という職業をしている以上、多少の危険はとうの昔に覚悟している立場である。市民を守るためとなれば、それはなおのこと当然となるし……自分だけ安全圏に下げられるような仕打ちは、寧ろこの上なく忌み嫌うだろう。そうわかっているはずなのに、恐ろしさは打ち消せなかった。今のギデオンは独りではない──故に強く、故に弱い。もしも己の大切な片割れに、取り返しのつかないことが起こったら。その時自分は、後悔せずにいられるだろうか。危険性を知っていながら愚かな思考放棄をしたと、己を呪わずにいられるだろうか。13年前のあのときも、以前の春先のあの時も、ギデオンは実際に判断を間違えたのだ。今回は違う、などという確証がどこにある。
そんな暗い考えを、今一度振り払おうとするかのように。相棒の名を小さく呼び、そっとその手を絡み取る。それ以上何を言うでもなく、相手の顔を見るでもない。依然その目は、地上の成り行きを監視するまま。それでもその手元だけは、相手の温かく柔らかなそれを、今一度……言葉にできぬ祈りを伝えようとするかのように、ただ力強く握って。)





793: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-07-22 18:35:46




ギデオンさん──

 ( 作戦開始を待つ宵闇の中。優しく、というよりは縋るようにと表現する方が近い様子で握られた掌に、自嘲のような笑みが頑なに漏れる。この村に来てからというもの、それなりに強く、頼れるヒーラーのつもりでいた、そんな不遜な自己評価は、あまりにも呆気なく打ち砕かれた。杖を振り上げる訳にいかない相手を前に、じわりじわりと追い詰められていった己の一方で、今はこうしてビビに縋ってくる相手や、ほかの経験豊富な仲間達のなんと頼もしかったことか。──私はまだまだ残念なくらいに未熟だ。それでも、こうして杖をしっかりと握り、すべきことを見据えた時くらいはどうか、 )

──信じてください。

 ( こちらもまた祈るように漏らした掠れ声をかき消すように、作戦開始の鏑矢が響いたその瞬間。ヒーラーとして、相棒として、自らが役に立つことを証明しなければ。そんなどうでも良いことを一心に、この時、誰より大事なギデオンの表情を顧みなかったことを、酷く後悔することになるとは夢にも思っていなかった。
捜索隊が残りの仲間を見つけた合図を皮切りに、陽動隊の爆破が村を──厳密には、儀式がとり行われる舞台から見て、村の方向にある森を揺らす。幾ら悪習の隠れ里といえど、何も知らない子供達にとっては大切な故郷だ。村自体の存続を脅かす権利は冒険者達にはない。あくまで一瞬、儀式に関わる連中の視線を逸らせれば良い。続いて養蜂場の方角、花畑の方角と作戦通りに衝撃音が響いて、焦った村民たちが慌てて儀式を進めんと、"英雄"になる少年を建物から引っ張りだしかけたところを、ひらりと屋根から舞い降りて警備ごと眠らせ、少年、レクターの助手、そしてレクター本人を発見出来たところまでは良かったのだが。まずビビが少年、ギデオンがレクターの縄を解いてやらんと近づくと、最初に硬い縄から開放されたレクターが叫んだのだ。「──ウェンディゴが来ます!!」陽動が陽動でおさまらず、本当に結界が破られてしまった──そうレクターが二の句を次ぐ前に、五人の上に長い角をもった影がさす。ゆうに3mを越す毛むくじゃらの躯体が、助手の縄に手をかけていたギデオンを狙うのを咄嗟に杖で庇おうとして、その杖ごと木製の壁に激しく叩きつけられる。咄嗟に魔法で受身をとった故に大きな損傷は免れたビビの視界に、大きく丸い満月が毒々しいほど輝いて、ウェンディゴ──もとい、フィオラのエディを照らしていた。 )

ギデオンさん危ないッ…………!!




794: ギデオン・ノース [×]
2024-07-26 03:28:43




──……ッ!

(囚われの民俗学者が、何事かを訴えんと必死に唸っていた理由。それは猿轡を外した途端、いつにも増して懸命な大音声で知らしめられて。しかしギデオンが振り向かぬうちに、今度はヴィヴィアンの悲鳴が上がる。レクターのそれよりもさらに緊迫したその声色、瞬時に全てが理解できた。差し迫る敵の威力も、彼女の次の行動も──自分が、何をすべきかも。
身を翻して伸ばした片腕。それは大切な相棒……ではなく、手前にいた村の少年を引っ掴み、ふたりでどっと地面に伏せた。瞬間、鞭のようにしなる巨腕が頭上をぶんと掠めていって、その先にいたヴィヴィアンを襲う。彼女がその杖崎に聖の魔素を集めたことで、目論見通り、闇属性の塊であるウェンディゴの気を引いたのだ。情け容赦ない一撃が、己の相棒を吹き飛ばした。耳に届く破壊音、常人ならば即死だろう。だが、己の相棒ならきっと……こちらが子どもを引き受けたことで、己の魔法を自衛だけに注ぎきれたならきっと。今はそれ以上考えず、湧きあがるものを押し殺して、次の行動へと駆ける。魔物がひとつ挙動を起こした、その隙を逃がす暇はない。ウェンディゴの一撃を逃れたレクターたちの元へ行き、「先に逃げろ!」と怒鳴りながら、子どもを彼らに押し付けた。小屋まで行けば仲間がいる、そこから無事に脱出できる、頼むから先に行ってくれ、俺たちのことを思うなら! そう肩越しに言い捨てて、振り返らずに走り出す。腰の魔剣をすらりと引き抜く、強張った顔で詠唱する、宙へと高く躍り上がる。
異形の怪物が振り向いた。腐った獣のような巨体、ぐぱりと開いた不気味な下顎。真っ暗闇の眼窩ふたつが、ギデオンをぎょろりと見据える。──ヴァランガのウェンディゴ、“エディ・フィールド”の成れの果て。その悍ましく醜い面に、ギデオンは渾身の力で、魔剣の一撃を叩き込んだ。作戦前にヴィヴィアンが掛けてくれた聖魔法と、己自身の雷魔法……ふたつを幾重にも掛け合わせ、ドラゴンすら倒す代物だ。バリバリというすさまじい音とともに、絶叫が谷にこだました。すぐに着地したギデオンは、険しい顔で振り返り、敵の様子を見届ける。……覚悟してはいたものの、流石は200年もフィオラを呪う死に損ないといったところか。今の攻撃程度では、奴を焼き切れはしなかったらしく、地に堕ちた屍もどきが苦悶の声を上げている。
それに構わず、先ほどの破壊で生まれた瓦礫の山を駆け登ると。「ヴィヴィアン、ヴィヴィアン!」と必死に呼びかけ、木材をどけていきながら。やはり無事ではあったらしい相棒の、逆さまで半分埋まっていた上半身を掘り起こす。そのどこかあどけない顔を見た瞬間、安堵でがくりと来そうになったが、緊迫感でどうにか持ちこたえ。大きく息を震わせながら、「逃げるぞ、」と、囁きかけた……しかし、その瞬間だった。
──どこからか、ウェンディゴとは別の呻き声が上がった。だが何故だろう、異形の魔物のそれよりも、はっきりと何かがおかしい。はっと振り返ったギデオンが、ヴィヴィアンを支え起こしながら瓦礫の下を見下ろせば。儀式のためにここに集い、先ほどまではウェンディゴに恐れをなして逃げ惑っていた筈の、フィオラ村の人々が、何故かまたここに戻ってきている。……どうして皆、あんなにぼうっと突っ立って、夜空をまっすぐ見上げているのだ。一様に虚ろな顔が、満月の光を受けて不気味に白く輝くほどだ。なのにその両目も口も、まるで憑かれでもしたかのように、異常に虚ろな様子をしている……。ギデオンも空を見上げた。ヴァランガの満月は、標高が高いせいなのだろうか、圧を感じるほどに大きい。その端にかかっていた薄雲がすっかり消えて、月球の輝きがいよいよ最高に達した途端。──ぐちゃっ、ばきっ、めりめり、と。思わず総毛立つような、受付難い不気味な音が、不意にふたりの耳に届いた。苦しみ悶えるウェンディゴではない、あれの起こす物音ではない。それにまるで注意を向けないフィオラの大人たち、かれらが首を傾げたり、突然激しく痙攣したり、そういった異常な挙動を見せるたびに起こる音だ。──いや、まさかアレは、何だ。人間であるはずの、あいつらの体が、形が……。
もうこれ以上見ていられないと判断し、相棒の方を振り向く。今のギデオンがその顔に浮かべているのは、“ヴィヴィアンを危険に晒した”という先ほどのそれとは違う……全く別次元の、心底覚える恐怖だった。)

……ヴィヴィアン。
ここを、ふたりで。──死に物狂いで、脱出するぞ。





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