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Petunia 〆/758


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自分のトピックを作る
739: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-03-01 00:14:45




ギデオンさんったら、さっきまで食べてたのに……ケバブは家に帰ったら作ってあげますから、今はハムで我慢してください。
──それとも、なにか賭けますか?
今回も私が勝ちますけど、ッ…………。

 ( 相変わらず隙のない様子で人をエスコートし、ゆったりと屋外の舞台を観察したかと思えば、次の瞬間。無駄に様になる表情で囁く内容がそれなのだから、思わず吹き出さずにはいられなかった。当時であれば、その整った容姿に誤魔化されていたろう雑談も、ギデオンが素でぼやいていることを知っていれば、今や食べ盛りの相棒がひたすら愛しいだけで。この半年ちょっとで、ねだれば何かしらの食べ物が出てくるようになったポケットから、お手製の燻製ハムを取り出し差し出しかければ。その可愛らしい意地悪の間合いは、明らかに目の前の相手からうつされたそれだ。ニマリと笑ってハムを引っ込め、態とらしくすました表情を浮かべかけたビビの顔にしかし、ぴく、と小さな苦痛が走る。二の腕の柔らかいところを拗られたような小さな、けれど確かな鈍い痛み。──2人の関係も知らずして、生意気な小娘に灸を据えてでもやったつもりだろうか。誰かの蛮行を隣の者も見えただろうに、低い背もたれから振り返ったところで、しらーっと視線を逸らす村民達に──余所者は自分たちの方だ、と。大したことじゃない、自分が我慢すればことが済むと、もし相棒に問いかけられたところで「なんでもない、大丈夫です」と首を振ったのが全て悪夢の始まりだった。
とはいえ、それ以外の雰囲気は和やかなままその劇は始まった。自然の帳を利用して、時折主人公らにあたる魔法の光は、ビビ達が知る一般魔法体系と同じ単純な構造のそれだ。内容も特にこのトランフォードでは珍しくない、昔この村で起こったという英雄による魔獣の討伐譚。討伐される獣が元々村の嫌われ者だったという点については少しグロテスクなものも感じたが、英雄が"良い獣"になって戦ったという話については、神話時代まで遡ればよくある話。成程、英雄が"良い獣"になるための薬が花ならば、この村が花を大切に育てる由来も分かると言うもので。舞台の幕が降りると、最前列で目を輝かせていたレクターが、早速隣の村長の1人を質問攻めにし始めている。他の村民達はのんびりとその場で談笑する者、祝祭の食事に戻る者、そのめいめい穏やかに過ごす雰囲気からは、この催しがそこまで格式高くない、素朴な物なのだと感じ取れるだろう。さて、そんな村民達とは違って、あくまで仕事中であるビビ達はこれからどうしようか。折角ならその美しい花もぜひ見てみたいところだが──と、劇前の囁かな事件などすっかり忘れて周囲を見渡し、ギデオンの腕を引いた娘がぴたりと固まったのは、その視界の先に先程宴に誘ってくれた女性を見つけたからだ。隣にいるのは夫だろうか、先程の娘たちとよく似た金髪の──中年、否。既に初老に近い男が女の腰を抱くと、当然のようにその顔を長く、激しく引き寄せたのを目の当たりにすれば。ギデオンの方へとぱっと逸らした顔は、恥ずかしそうに赤らみ、形の良い眉を困ったように八の字に歪めていて。 )

──っ、あ、うう~っ……この村の人達って、距離感が……ごめんなさい、慣れなくって……




740: ギデオン・ノース [×]
2024-03-03 15:30:49




(相手に促されるままそちらを見たギデオンも、一瞬言葉を失った。しかしその原因は、人目を憚らぬ派手な接吻でも、老人と若い娘という怪訝な組み合わせでもない(……あれほど離れてはいないにせよ、己とて、ヴィヴィアンとの歳の差を思えばとやかく言えない立場だろう)。それよりも──自分の記憶違いでなければ。今朝がた、あそこにいる初老の男は……一緒にいる妊婦のことを、三番目の“孫娘”だと紹介していたはずなのだ。
『もうすぐ曾孫が生まれる予定なんだ。それが楽しみで仕方なくてね』と。確かにあのふたりは、目元がとてもよく似ている、と感じたのを覚えている。そのはずの……間違いなく血が繋がっているはずの、祖父と孫が。あんな、まるで……盛りのついたけだもののように。今さら人の営みにそう驚かないギデオンでも、あれは流石に、なんだか異様だと思わずにはいられなかった。常識や風習というものは、ところによってさまざまで、よそから来た人間がそう簡単に否定していいものではない。それでもなんだか。見てはいけないものを見てしまったような、落ちつかない気分に陥ってしまう。
周囲はどうなんだ、と見渡してみても。篝火に照らされた村人たちのなかに、かれらの様子を見咎める者は見当たらない。やはり……どうやら……この村では、当たり前の光景のらしい。それどころか、まるで欲情を移されでもしたかのように、ひと組、またひと組と。妙な戯れに勤しみはじめる男女の姿が、そこここに見えはじめた。そのすべては知らないが、やはり何組かは、実の兄妹や母子のはずだ。客席にいたほとんどがこれでは……開演前の相棒に何かを働いた犯人を、それとなく探ることなどできようか。
仕方なく、ため息をひとつ。相手の肩を軽く抱き、この場からの離脱を促す。レクター博士には今度こそあのしっかりした助手がついているから、今夜のところは大丈夫だろう……そう願いたいところだ。)

……あれは、誰でも驚くさ。
とはいえ、どうにも気まずいな。……あっちへ戻ることにしよう。

(──しかし、その道すがらもまた。よくよく見れば、この村はどこか、ほかの片田舎にあるそれとはわけが違っているらしい、と突きつけられることになった。観光客など取り入れることのない、閉ざされた里だろうに……寧ろ、それだからこそなのか。宴の後に出はじめたあちこちの簡素な露店に、当然の如く並んでいるのだ。──露骨に男のそれを模した彫り物や、男女の営みを表紙に描いたそれ用の指南書、そういった品々が。
こういった不埒な小物は、別にキングストンでも見かけないわけではない。謝肉祭の時期になると、西部の花街のいかがわしいエリアなら、当たり前のように売っている。だがそれですら、一応はちゃんと、風営法に則ったゾーニングを施しているはずだ。青年のギデオンが女を連れて冷やかしに行くことはできても、子どもはそもそも、検問所を通れないようになっている、それは倫理上当たり前のことである。──それが、このフィオラではどうか。今は祝祭の期間だから、と遅起きしている子どもたちにも、そのいかがわしい出店はあっさりと曝け出されていた。それどころか、時折大人が呼び寄せて、指南書を開いて見せてすらいるようだ。都会で暮らす冒険者には、これはなかなか衝撃で。「……なあ」とヴィヴィアンに囁いたのは、おそらく彼女も同じような気分だろうと、そう思ってのことだった。)

……今夜はもう遅い。宴の片づけは、アルマツィアの連中が引き受けることになってるし……俺たちも、これ以上ここに用はないだろう。エデルミラのところに行って、調査書を手伝わないか。ここにいるのは、なんというか……わかるだろ。





741: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-03-15 14:39:22




……、……ッ!!

( いよいよ乱れ始めた会場を後にして、ほっと息を付けたのも束の間。通りに転び出た二人の視界に飛び込んできたのは、これまた不道徳で信じがたい光景の連続で。労働力としての子宝が、貧しい農村で都市部よりずっと有難がられることは知っている。その結果、直視しがたい“それら”に素朴な信仰が集まることがあるのも──知識としては、持ち得ている。しかし、目の当たりにした衝撃に、思わずギデオンの腕に縋りつけば。こんな通りで密着する男女に向けられる視線は生ぬるく。首都育ちのヴィヴィアンにとって、耳を疑うような声掛けの数々に、じゅわりと緩む涙腺と、優しい恋人の辛抱の甲斐あって、最近は随分なりを潜めていた潔癖がゾワゾワと立ち上がる感覚に。ちょうど相手も気まずそうな相棒の囁きへ、一も二もなくコクコクと勢いよく頷けば。ようやく昨晩の空き家に戻ったところで、エデルミラの姿が見えなかろうと、“少し出てくる”という書置きまで見つければ、再度あの村民達の中を探しに戻る気力など枯れ果てていた。 )

 ( ──ギシリ、と。乾いた床を踏む音が、暗い天井に微かに響く。慣れない光景の連続に、ぐったりと深い眠りについていたビビがその気配に気が付いたのは、既にその気配へ部屋の侵入を許してしまった後の事だった。あれからギデオンと別れて寝台に潜り、どれ程の時間がたっただろうか。身体の具合からして、日付はとうに変わっているように思えるが、視線を窓の外へと移したところで、未だ黒い宵闇が周囲を満たすだけで窺い知れず。一瞬、エデルミラが帰ってきたのだろうかと甘い希望が思考をよぎるも、それにしては気配の潜め方があまりにお粗末過ぎる。ならば──物取り、だろうか。それにしたって素人同然の身のこなしに、少しの油断もあっただろうか。……ギシリ……ギシリ、と静かに、しかしゆっくりと此方へ近づいてくる気配に、此方は無音で魔杖へと手を伸ばし、此方の荷物へと手を伸ばした途端に、現行犯でひっ捕らえてやるつもりでいたというのに。──……あ、いけない、駄目だ。あろうことか、その人影は、貴重な魔法薬を広げたテーブルを無視したかと思うと、一直線に此方へと向かって来るのだった。
──それからのことは一瞬だった。否、男は尚もゆっくりとビビの横たわるベッドへ忍び寄って来ようとしたのだが、ビビの思考がその目的に気が付いた途端、全てを放棄してフリーズしたのだ。そのうち大きく濡れた眼球に肥え太った月が反射して、男はビビが起きて、自分に視線を向けていることに気付いたらしい。それでも静かに身じろぎもせず、声も上げない娘をどう解釈したのやら。最早足音さえ潜めずに寝台に乗り上げると、「こんばんは、良い夜ですね」と、穏やかな挨拶が余計にビビを混乱させる。月明りに照らされた姿も、美しい金髪に甘くまとまった顔立ちと、言葉を選ばなければ──こんなことをせずとも、異性には困らなそうな容姿をしてはいるのだが、そんなことは問題外で。──こわい、いやだ……逃げなければ、声を出さねばと思うのに。ゆっくりと腹に体重をかけられ、此方を見下ろしてくる大きな影に身体が震えて、はっはっと呼吸さえもがままならず。そんなビビに眉を上げ、「おや、少し寒いでしょうか」と、頬へ触れてくる掌にさえ怖気が走り、はくはくと喉が強張り声も出せない。「大丈夫、すぐに暖まりますから」と胸元へ入れられた手にやっと微かに身を捩って、ひどく震えて掠れ切ったその声も、すぐ近くに肉薄した男にも届かなかったそのように、ぼろりと零れた涙と共に寝具に吸い込まれて掻き消えるはずで。 )

──……ひっ、たすけて……ギデオンさ、





742: ギデオン・ノース [×]
2024-03-16 13:00:13




(──ヴィヴィアンの、か細く助けを求める声から……遡ること、数時間前。
「おやすみ」と、彼女の額に軽く唇を触れ、しばらく傍に寄り添ってから、ギデオンはそこを離れた。なかなか戻らぬエデルミラを、探しに行こうと思ったのだ。否、彼女は一度だけ、確かにこの家に帰ってきた。しかしながら、ギデオンとヴィヴィアンにろくに声をかけぬまま、荷物から何かをごそごそ取り出して、すぐにまた出かけて行ってしまったのである。妙にこわばった、あまり余裕のなさそうなあの横顔……。一体何事だろう、と調査書を作りながら相棒と話し合ったが、夜がどんなに更けていっても、彼女は一向に戻ってこないままだった。広場のどこかで仲間と合流しているだけならいい。だが念のため、確かめに行くに越したことはないかもしれない。そう思っていたギデオンの顔を的確に読んでか、「私も様子を見に行きますよ」と、相手が申し出てくれたものの。普段は生き生きと元気なはずの彼女の顔には、しかし拭い去れない疲労が、ぐったりと滲んでいた。──無理もない話だ。相棒はこの十日間、パーティー内の唯一のヒーラーという立場で、仲間の健康管理にただでさえ気を張り続けていた。その矢先に、この村の正面切っては行われない排斥や、あの異様な様子に思い切り中てられる経験……。ヴィヴィアンは酸いも甘いもある程度噛み分けられる大人の女性に違いないが、それでも本質的には、稀有なほど清純である。そんな彼女に──はっきり言ってどこか濁っているこの村の水は、当然合わないはずだろう。故にギデオンは、相手をそっと押しとどめた。「探すだけなら、俺でもできる。ついでにほかにもいろいろ、若い連中や、レクターの様子も確かめておきたいんだ。ここは俺に任せて、おまえは先に休んでおくといい。特にここ数日は、あまり眠り足りていないだろう……?」
──そうして、ほっとした彼女が寝入るのを、しばらくかけて見届けた今。ギデオンはひとり、夜のフィオラ村を淡々と歩いている。中央のほうの家々のあちこちからは、生々しいほどの喘ぎ声がもはやはっきりと聞こえていた。ヴィヴィアンを残してきたのは、やはり正解だったということだ。あちこちに目を走らせるうちに、アラドヴァルのベテラン戦士や、アルマツィアの斧使いを見つけた。互いに歩み寄り、情報共有を開始する。若い連中の所在は、すべて確認済みらしい。何人か……否、十何人もが……ふらふらと村娘の誘いに乗りかけたものの。斧使いがすかさずわざと仕事を振り、本分を思い出させてくれたそうだ。「いやさァ、普通の村なら多少目を瞑るんだが」──古傷のある顔を、ギデオンに向けて顰める──「なんだかよ、ここじゃァよ、そいじゃァ危ねえ気がしてよ」。
それを鼻で嗤ったのは、アラドヴァルのベテラン剣士だった。出向先の女をひとりふたり抱くくらい、別に取り立てて咎められることでもなかろうに。今の時代は、随分とお行儀良くなったもんだなあ? と、異論ありげである。……この十日間、所属ギルドの異なるベテラン組は、それでもそれなりに上手くやってきたつもりだが。なるほど、個々人の感覚の違いから、やはりどうしても一枚岩になれぬ部分もあるようだ。斧使いと顔を見合わせ、「孕ませたら事だからな。若いと暴発しがちだろ」と、あくまでも軽く受け流す。──それより、エデルミラを見てないか? ──エデルミラ? あの女、晩餐にも顔を出さなかったくせに、どこかほっつき歩いてんのか。──……用事がある様子だったんだ。とにかく、おまえたちは見てないんだな。──ああ、いや、あそこじゃねえか。ほら、あの教会みてえなとこ……。
斧使いの視線を辿ると、なるほど、村じゅうにある六角形の建物のなかでも、少し大きな……ステンドグラスが嵌められている建物に、彼女が入っていくところだった。……何故何も、ギデオンたちに共有していないまま、行動を起こしているのだろう。ベテラン仲間たちに軽く手を掲げて別れを示し、「あとはレクターのことだけ頼む」と言い残してから、ギデオンもそこへ向かった。月明かりの下、間近に見上げるその三階建ての建物は、どこかよそ者を受け付けない雰囲気を窺わせる。どうしてここに、村人とあまり交流できていない筈の彼女が、すんなり入っていけたのだろう。少し状況を訝しみながら……ギデオンも扉を押し開け、中へ静かに踏み込んだ。)

(──建物のなかは、異様だった。数歩先はすぐ壁で、左手の方にずっと、細い通路が続いているのだ。どうやら、中央に向かって螺旋状に渦巻いていく造りらしい。そしてその壁には、大小さまざまなタペストリーが、美術品のように飾られていて……これがどうにも、不気味なのだ。冒険者ゆえ暗順応が早いギデオンは、慎重に歩みを進めながら、その刺繍絵をひとつひとつ確かめた。──花を植えている人々の姿、これらはまだ平和でいい。目がぐるぐるとしているところが個人的には薄気味悪いが。しかし、その先に……蛮族か何かがが押し寄せてきて、一斉に虐殺が起こり、人々が逃げ惑った……とでもいうような、凄惨な光景が突如として現れる。そしてその先、嘆き悲しむ顔をした人々が、一輪の花を抱えながら、巨大な骸骨の背中を踏み越えていく様子。途中で落伍者も出た様子からして……これはもしや、数百年前の国全体の史実である、カダヴェル山脈踏破だろうか。やがてその先、ごく普通の……それでも、依然として目がぐるぐるした不気味な人々が、少しずつ暮らしを営んでいく様子の先に。──唐突に。若い女を山中の井戸に閉じ込め、やがてやせ衰えた彼女を引き上げて皮を?ぐ、不気味な男の刺繍が出てきた。どうやらその女の皮で服を縫い、それを纏って喜ぶような、異常な人間であるようだ。惨劇を知った村人たちが嘆き怒る様子、男が追放される様子。だが人々のところにはすぐ、空飛ぶ黒い骸骨のような、不気味な姿の怪物が、吹雪を連れて戻ってきた。再び凄惨な血まみれの光景、噛み砕かれていく老若男女。──だが、そこに。唐突に、花と、蜂と、そして魔獣が、ロウェバ教の聖三位一体宜しく、如何にも神聖そうに登場した。清い光の筋に追いやられる骸骨の怪物。人々が魔獣を崇め、タペストリーは再び、花でいっぱいの平和で美しいものに戻る。しかしやはり人々の目は、ぐるぐると不穏なままだ。それに……至極当たり前のように、男女が性交する様子も、執拗に縫い込まれていた。……なんだか……まるで……今のこの村、そのものじゃなかろうか。このタペストリー群は、もしかせずとも、フィオラ村の歴史を記している品物のだろうか。──そういえば。数時間前、ヴィヴィアンと観たあの舞台劇は。魔獣に成り果てた村いちばんの嫌われ者が、同じく魔獣となった英雄に、討伐される話だった……。
「──面白いでしょう?」しっとりとしたその声は、ギデオンが思わず硬直するほど傍から聴こえた。振り返らずともぞわぞわとわかる、あの蛭のような唇をしたフィオラ村の女が、ギデオンのすぐそばに立っていた。「先祖代々伝わる、大切な刺繍ですの。私たちフィオラの者は、自分たちの物語を編むのが好き。歴史を紡いでいくのが好き……。あなたがた冒険者の武勇伝も、是非知りたいわ。私たちがちゃんと編んで、取り込んで、素晴らしく伝えていくから……」。女の指が、ギデオンの脇腹を撫で、つうと下に降りていく。しなだれかかる疎ましい体温、耳元に湿った吐息。「──……もう。冒険者の皆さまったら、お堅いのね。若い娘たちがとっても期待してたのに、皆引っ込んでしまって……とっても可哀想だったわ。今夜は祝祭の第二夜……“愛の夜”なのよ。こうして出会えた喜びを、溶かし合うはずの夜でしょう? だれもが皆、明日のために、ややこを作るべきでしょう? ──女は、そのための鉢植えなのよ」。
──瞬間。考えるより先に、ギデオンは女を突き飛ばした。転ぶ彼女を微塵も構わず、元来た迷路の道を、数々のぐるぐる目に不気味にみられる通路を、一目散に駆ける、駆ける。建物の外に飛び出てすぐ、ぎょっと振り返るさっきのベテラン仲間たちにも目を繰れずに、まっすぐに駆け戻ったのは……泊まっていた。あの村の端の家。頼む、無事でいてくれ。まさか──何にも巻き込まれてくれるな。)

(ギデオンのその恐れは、しかし扉を開け放てば、現実になろうとしていた。村の男に跨られて動けないヴィヴィアン、そのか細いか細い悲鳴。──ゴッ、と鈍い音がして、彼女から引き剥がされた男が、部屋の端に吹っ飛ばされる。それに構わず、固まっているヴィヴィアンを寝台から抱き起し、「俺だ!」「俺だヴィヴィアン、大丈夫か、無事か!」と、守るように抱きしめる。答えを得たかったわけじゃない──未遂ではあったようだが、それでも無事なわけがない。だが今はもう、これ以上脅かされることはないのだと、己の腕で伝えるつもりが……ギデオン自身もまた、怒りでぶるぶると震えていた。ゆっくり振り返った先、殴り飛ばした村の男は、鼻の頭が折れたのだろう、血を噴きながら「うう」「ううう」と呻いている。……顔全体を陥没させなかっただけ、これでも理性を利かせたほうだ、聞き苦しい文句の声を垂れ流さないでもらいたい。荒い息を吐きながらそうして睨みつけていると、アラドヴァルのベテランと、アルマツィアの斧使い、そしてあのフィオラの女が、息を切らして駆けつけた。冒険者側のふたりは、酷くショックを受けた顔だ。「何があった?」と問う声に、ギデオンは低い声で返した。──俺の相棒に、危害を働いた。それ以上に、わけを説明する必要があるか。……)

(──遠くで、口論の声が聞こえる。アルマツィアの斧使いとアラドヴァルのベテラン剣士、それに駆け付けたほか数名が、この村を離れるかどうかで延々と揉めているのだ。そこに村人たちもやってきて、村人に暴行を働いたギデオンを咎めているような様子だが、そもそもヴィヴィアンに何をしようとしていたのか、と冒険者側の怒りを買い、ますます話がややこしくなった。今ではむらおさのクルトも出てきて、どうにか事態を収束させようとしているらしい。……だが今更、もはや知ったことではない。仲間たちにははっきりと、俺はもうヴィヴィアンの傍を離れない、異論はないな、と、有無を言わさず伝えてある。彼女との個人的な関係はエデルミラ以外の連中にも薄々知られていたものの、これはもう、私情がどうとか、仕事の場だからと弁えるとか、そういう次元ではなくなっているのだ。……そもそも、同じ目に遭ったのが例えばアリアだとしても、決して許してはいけないことである。それが相棒かつ恋人のヴィヴィアンなら、ますますもって許せない、それだけの話なのだ。
──?燭の明かりをつけた、仄暗い部屋の隅。寝台の上に乗り上げ、ヴィヴィアンを抱きしめながら、宥めるように髪を撫でる。外の喧騒が少しでも聞こえてくれば、周囲の毛布を包み込むようにかけ直し……労わりを込めてまた撫でる。これで少しは、あの忌まわしい連中から気分を遠ざけてやれるだろうか。周囲を思い遣る彼女のことだ、自分のせいでクエストがこんなことになってしまった、と自責してしまうかもしれない。その必要はないのだと、きちんと伝えてやるために……旋毛に唇を寄せながら、そっと小声で呟いて。)

……遅くなって、すまなかった。
俺はもう、ここにいる。おまえの傍に、ちゃんといる……明日からも、ずっとそうだ。





743: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-03-18 13:52:55




……ごめ、ごめんなさい……め、なさい……

 ( ギデオンが懸念したその通り。やっとひどい緊張状態から抜け出したヴィヴィアンが最初に発したのは、酷く痛々しい自責の念だった。優しい腕と暖かな毛布に、何重に覆い隠して貰って尚、未だ外界から響いてくる男たちの言い争う声に、ぎゅうっと固く身体を縮こませると──もっとうまくできたはず。こんなに大ごとにする必要はなかった、私が我慢できていれば、と。レクターがこれ以上なく楽しみにしていたであろう、そうでなくとも、複数のギルドが関わる大事なクエストを、己が台無しにしてしまった申し訳なさに、心が押しつぶされていき。瞳を閉じれば、今も脳裏によぎる男の影に身体が震えているにも関わらず。深く傷つけられてしまった自尊心が、ギデオンさんを煩わせてはいけないと。分厚い胸板にうずめられた頭を、くしゅ……と小さく横に振らせて。 )

ありがとう、ございます……でも、ギデオンさんは調査に戻ってください。

 ( いつかシャバネで見せたそれと変わらぬ、己の不調を覆い隠さんとする強情な笑顔。真っ青な顔色、真っ白な唇、もうそれらをギデオンが見逃してくれないことは分かっていても、その中心でギラギラと輝くエメラルドは、自ら己の存在価値を失わせまいとする強迫じみたヒーラーの矜持で。押し倒されるほど肉薄したからこそ感じ取れた、微かな発汗に瞳孔の開き。性的興奮故と片付けるには、些か慢性的に感じ取られたそれに、その手の薬物の存在を懸念できねば──今この場で、己の存在価値はない。そう本気で信じ込む真剣な目の色、情けない震えを押し殺した低い声。このまま抱きしめられていれば負けてしまう。甘い言葉に縋りつきたくなってしまう。強くて、公正で、もっと多くの人を救える“人”を、私一人が独占して良いわけがない。それは意志なんて上等なものじゃない、ぶるぶると震える腕で身体を支えようとする風体が、強いトラウマに晒されたストレスから目を逸らさんとしていることは誰が見ても明白で。 )

……ああそうだ、もし、この村に蛇涎香が蔓延しているとしたら、トランフォードの法律で取り締まることになるんでしょうか?




744: ギデオン・ノース [×]
2024-03-19 02:18:49




……これからについては、そうだ。
ただ……あれの取締条約ができたのは、せいぜい100年前やそこらだろ。ここはたしか、200年も外との出入りがなかった、なんて話だから……調査の後に、まずは布告や啓蒙から始めることなるだろうな。

(壊れそうな声で明後日の問いを投げかけてくる、明らかに様子のおかしい相棒を前に。しかしギデオンは、すぐにはその異常を照らしだそうとはしなかった。その代わりに選んだのは、いつもどおりの、低く穏やかな、落ちついた声を落とすこと。──カレトヴルッフのギルドロビー、受注クエストの滞在先、或いはサリーチェの我が家の寝室……そういった場所で、彼女と議論するときの己になってみせることだ。
相棒が今、酷いショック状態に晒されていることは、本人以上に理解しているつもりだった。だからこそ、この痛々しい現実逃避を、一度はすんなり受け入れる。彼女がこの抱擁を少し解きたいと、今はあくまで職業人として振る舞いたいというのであれば、そうさせよう。両腕を大人しく緩め、相手が体を起こせるだけの僅かな距離を空けて、気丈なプライドがそのまま立ち上がれるようにしよう。法や保安の話に目を向けたいというのであれば、喜んでそれに付き合おう。──けれども決して、今寄り添うこと、それ自体まで諦めて譲るつもりはなかった。その証拠に、ギデオンの片手は今も、未だ震えている彼女の後頭部、そのほどかれている柔らかな栗毛を、そっと優しく撫でている。それは宥めるというよりも、習慣めいた手つき。自分が撫でたいから撫でるのだと言わんばかりの、ある意味我儘なそれである。そうやって、こちらがのんびり甘えているような雰囲気さえ醸し出しながら……“あなたは調査に戻って”などという痛々しい願いだけは、さりげなく押し流しておく。──そして、それに、気づかれてしまわぬよう。いつもの彼女がふと持ち出した話題を、いつもの流れに持ち込むそぶりで、やや遠くにまで広げていく。幸か不幸か、こういった方面の知識は、無駄によく蓄えてあるのだ。)

……だが、なあ、そういえば。法を直接知らなくても、介入時点で有罪になった例があったよな。
前にふたりで、ヴァイスミュラーの本を読んだろう? ほら……濁り酒を造ってた村が、調査しに来た税務官と揉めごとになって……あれは、何が適用されたんだったか。告訴不可分の原則か、それとも……

(……別段、こんな風に曖昧に言わずとも。ヴィヴィアンとこれまで楽しく交わしてきた数多の議論、その詳細を、ギデオンはどれも鮮明に記憶している。まさか、忘れるわけがない。──それでも今は、敢えてそれを押し隠す。もう喉まで出かかっているのに、なのに上手く思い出せない……そんな、如何にも自信のない顔で。まるで答えを強請るかのように、ヴィヴィアンの蒼白な顔に、ごく無邪気に問いかけるような面差しを向ける真似を。)





745: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-03-21 09:38:27




あれは確か、最初は税務官への公務執行妨害で抑留したんですよ。
ただ後の調査でメタノールが検出されて過失致傷に……、…………。

 ( ビビの頓珍漢もいいところな、なんの脈絡もない発言を、しかしギデオンは真摯に受け止め、咎めることなく返してくれる。あまりの出来事に動揺しているのだと、守り慈しむべきだけの悲鳴として、封殺することも出来ただろうに。──己の声は届いている、聞こえなくなんかない。 この村で過ごした短期間で分からなくなっていた。そんな至極当然のことを、思い出させてくれるギデオンの、ともすれば、あまりにも色気に欠ける返答に心底安心して、今にも泣き出しそうに表情を崩せば。優しい掌に小さく頭を擦りつけ、ゆっくりと顔を上げかけたその瞬間。疲れきって尚、気丈に振舞っていた娘が、ぴたと静かに固まったのは、ギデオンが口にさせてくれたその返答の意味に、少し遅れて気が付き始めたそのためで。──昔からの習慣である濁酒製造が罪に問われると知らずとも、結果的に人を害せば罪になる。それなら今、この状況はどうだろう。彼らにとってこの晩が、誰彼構わず混じり合うのが当然のことだったとして、巻き込まれた己が今、こんなに苦しい思いをしているのは。しっかり拒絶出来なかった自分が悪い、余所者である私が我慢しなければ、そう凝り固まっていた思考が溶けだして初めて。今夜の事件だけでなく、今まであった尊厳が揺らぐような経験の数々に、ようやく自分が深く傷ついていたことに気が付いて、突然にその痛み、恐怖に真っ向から対面することになってしまえば。急に仕事の話をしてみたり、そうかと思えば酷く脅えて泣き出したりと、支離滅裂としか思えない有様をもはや気にする余裕など全くなく。それでも許してくれるに違いない、信頼して止まぬ相棒に、ひいひいと情けない嗚咽を漏らし、顔を真っ赤にしてボロボロと泣き崩れ始めれば、早く──早く抱きしめて、とばかりに、自ら離した腕を広げて強請り。)

私、怒って、いいんですか……? 私は悪く、ない……?





746: ギデオン・ノース [×]
2024-03-23 03:45:42




……、ああ、もちろん。

(しゃくりあげながらの問いを聞き取り、気遣わしげに相手を見遣る。普段の明るく溌溂とした彼女からはほど遠い、見るだに痛ましい泣き顔、砕け散りそうな涙声。しかし、それでもヴィヴィアンが、その細腕をおずおずと広げるならば。……震えながらも、咽びながらも、気丈な構えを自らほどき、こちらを求めてくれるのならば。
僅かに見開いた双眸を、ふ、と和らげ。──大きく抱き寄せ、包み込む。ぎゅうぎゅうと強く、優しく絞めつけるのは、ギデオンなりの表現だ……まだぐらついていい、すぐに落ちつけなくていい。俺がこうして、外側から支えてやるから、と。)

……ヴィヴィアン、おまえは悪くない。何ひとつ悪くない。
だから、怒るのも、悲しむのも、ごく当たり前のことなんだ。
絶対さ……俺が保証するとも。

(──惨いことだ、と切に思う。暴行された、という事実だけで充分辛い仕打ちだろうに……自分の尊厳を傷つけられた、それに対する怒りというのは、決してただでは抱けない。深い悲しみ、身を切るような屈辱、こんな目に遭わなければならなかった理不尽へのやるせなさ。そういったものの上に、震えながら立って初めて……自分を傷つけた経験や相手に、ようやっと立ち向かえるのだ。その心細さと言ったら。
ヴィヴィアンがこうして竦んでしまうのも、無理からぬ話だろう。聡明な彼女は、真理に辿りつくまでが早く……それに気持ちが追いつかないのも、その隔たりに狼狽えるのも、当然の現象である。──だが、そういったときのために、こうして近しくなったのだ。「役に立たせてくれ」と、冗談めかして囁きながら、愛しい栗毛をひと房すくい、そっと唇を押し当てる。それで少しは宥めてやれただろうか、或いはいつかの晩のように、場所が違うと云われただろうか。いずれにせよ、穏やかなまなざしを相手に向けていたかと思えば。その濡れた頬に軽く手を添えた流れで、小さな顎を促すように上向かせ。──冬の夜気に冷えた唇を、ごく軽く触れ合わせる。二度、三度……四度、或いはそれ以上。ようやく口先で戯れるのをやめた頃には、もう外の喧騒など、ほとんど耳に入らない。ギデオンの全てを向けるのは、ただただ目の前のヴィヴィアンひとり。こつんと額を合わせれば、そっと相手に尋ねてみせて。)

…………。
気分は、どうだ……少し、落ちついたか。





747: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-03-27 00:56:52




 ( ──あたたかい、いたくない、こわくない。肺の空気が抜けるほど長く、力強い抱擁に瞳を伏せると。まるで、身体の震えを力づくで止めるかの如く抱きすくめられ、このうっすらとした酸欠が、自分を襲った男のこと、仲間のこと、依頼のこと、村のこと、レクターのこと……考えても今更どうしようも出来ない、しかし考えずにはいられない散らかった思考を諌めて、暖かな腕の中、強ばっていた身体を素直に厚い胸へと甘えさせてくれる。他でもないギデオンが一言、泣いても良いのだ、傷ついても良いのだと認めてくれたそれだけで、これまでずっと直視するのを避け続けてきた心の傷がすっと軽くなり。泣いて、泣いて、その溢れる涙も枯れ果てた頃。明日をも気にせず泣きじゃくったヴィヴィアンの顔は、あちこち真っ赤に腫れ上がり、まったく見られたものじゃないだろうに。弱っている娘を負担に思うどころか、濡れた頤をなぞるギデオンの瞳が、心底愛おしいものを見るように、優しく細められるものだから。 )

……こんなにされたら、落ち着けない

 ( そう耳元や首筋など、涙で擦っていない場所まで赤く染め上げると、恥ずかしそうに未だ甘い感触の残る唇へと触れると。ぎゅっと再度腕をまわして、「落ち着いたって言っても、今晩は……明日も、ずっと一緒にいてくれるんですよね」 と。──先程の声は聞こえていたと、ちゃんと届きましたと伝えるように。心底安心しきった様子で、小さくはにかむ表情からは、今晩植え付けられた恐怖は薄れ、疲れきったエメラルドには眠気が滲んでいた。しかし、そうしてしばしの微睡みに落ちていったかと思えば、息も荒く飛び起きて。その度に、声もなく啜り泣きながらギデオンに縋り付き、再度浅い眠りにつくこと複数回。質の悪い睡眠に顔色を悪くしたヴィヴィアンの眠りを──ギシリ、と再び妨げたのは、扉の方から響いた人の気配だ。いつの間にか夜が明けていたらしく。とはいえ、ビビが消さないでと強請った燭台の他、堅牢な雨戸から差し込む光の角度から見るに、時刻は未だ早朝と言い表して構わない時分。そんな非常識な時間の訪問者に、浮腫んだ顔をギデオンと見合わせれば。しかし、必要よりそれ以上に警戒心を表さなかったのは、その気配からは、昨晩の男のように己のそれを消そうという意図が見られずに。どちらかと言えば、此方へと声をかけようかどうか迷っているような、扉の前でうろうろと、優柔不断な往復を繰り返しているだけに感じられるそのためで。結局、こちらから動かねば変わりそうもない状況に──……流石に、ビビは未だ扉を開ける勇気はなかったが。結果的に、内側からその扉が開け放たれれば、その向こうにいたのは浅黒い肌をした黒髪の少年。後ろ手に花束を抱えているらしい彼は、自分の倍も背丈のありそうなギデオンを見るなり、逃げようかどうしようかと言った様子で赤い花弁を見え隠れさせると。意を決したように息を飲み、「あの、俺、お見舞いに……姉ちゃんが"病気"だって聞いて……!!」と、どうやらフィオラ村は昨晩の事件をそう片付けたらしい。「姉ちゃん昨日妹たちと遊んでくれてたろ……」ともじもじ俯く少年は、素直にその話を信じたのだろう。「本当はいけないんだけど、"花"を見たら元気になるだろ……?」と気丈に言い募ると、その中心の"がく"まで赤い花をぷるぷると差し出して来て。 )




748: ギデオン・ノース [×]
2024-03-29 00:24:30




(──フィオラ村での第二夜は、浅く断続的だった。ヴィヴィアンが悪夢に囚われて飛び起るたび、隣にいるギデオンもまた、つられて自然と目を覚ます。しかし、苦に思うことなどなかった。まっすぐこちらを頼る彼女に、己の体温を貸し与える……それは、ギデオン自身が何より望んだことだからだ。
少しのあいだ宥めれば、ヴィヴィアンはまた、ほんの少しだけ安心したような様子を見せる。そうして、目元を濡らしたまま、再びしばらくの眠りに落ちる。そんな姿が、酷く痛ましくも愛おしく。彼女が寝息を立てはじめてからも、そのまろい額に唇を触れたまま、しばらく背中をとん、とん……と、幼子にするようにあやしてやった。そして時には、薄闇のなかで青い瞳を光らせたまま、ギデオン自身は寝つかないことも多かった。少し考えたかったのだ……この、異様な村に来てからのことを。
フィオラ村は、およそ200年ものあいだ、陸の孤島だった場所だ。当然、王都暮らしをしているギデオンたちにしてみれば、大きな隔たりはあるだろう。大昔の田舎の村の感覚のまま、若い娘に夜這いをするような風習が、残らないでもないのだろう。──だが、それにしては妙だ。生活実態が釣り合っていない。全てが自給自足であるなら、あんなに多くのタペストリーや、夜市での春画本、それにあれだけの料理など、こさえる余力があるだろうか。記録にあるフィオラ村は、狩猟をなりわいにしていたはずだが……農耕、石工、紡績、養蜂と、多岐に亘る産業が随分豊かであることを確認している。だが、大して人口のない村で、いったいどうやって技術を肥やしてきたというのだ? これではまるで、他の田舎の村とそう変わらぬどころか、それより豊かではないか。
そしてその割に、あの時代遅れな感覚だ。生活は富んでいるくせに、倫理観だけは孤島のそれそのままで、外部の影響が流れ込んだ様子がない。ギデオンが殴り飛ばしたあの男は、むらおさクルトに治療されながら、何度も声高に言い募っていた。──「“愛の夜”のはずだろう!」と。祝祭の第二夜は、成人した男女が皆豊かに交わる夜。なのにそれを阻むとは、あの男は正気なのかと、ギデオンに対し、怒りだけでなく……本気の当惑を顕わにしていた。……ギデオンはエデルミラを捜す間、ヴィヴィアンの眠っている家に、防衛魔法をかけていたが。それを強引にこじ開けたのに(彼はこの村の魔核を管理する魔術師のひとりだったらしい)、罪の意識などないらしい。それどころか、あれすらもまた、「なんであんなことをした!?」と、寧ろこちらを咎める始末だ。
クルトとあの蛭女だけは、男の言い分に反応を見せなかったものの。寄り集まっていた他の村人たちは、彼に全くの同感だったようだ。幾つか囁き声が聞こえた──ほら、やっぱり。“御加護”がないよそ者は、“愛”を忘れてしまうんだわ。皆で分かち合うことをしない、なんて冷たい業突く張り。きっと“病気”が進んでいるのよ……。
どうやらフィオラにおいては、食べ物も、男女の肉体も、“分かち合う”のが至上らしい。よそ者の冒険者たちに気持ちよく晩餐を振る舞ってやったように、冒険者たちが“持っている”若い女の体もまた、村に還元されるべきと考えているようである。そしてその考えにないもの、あろうことか反発する者は、真っ向から異常者扱いされる。──しかしなあ、悪いが、俺たちの故郷じゃそれが常識になってるんだ、と。あの斧使いがどうにかとりなしてくれたおかげで、あの場はどうにか治まった。ヴィヴィアンを襲った男と、彼に暴力を振るったギデオン、どちらの罪も手打ちにする、そういう方向にするらしい。
そう取り決められたところで、エデルミラがやっと帰ってきた。見るからにおかしな様子だ、やけに目を見開いて、息も激しく荒げている。すわ何事か、まさかおまえまで──と、周囲の冒険者が尋ねるも。彼女はただ周囲を見るばかりで、何ごとも答えない。かと思えば、不意にクルトをまっすぐ見つめて、「聞きたいことがあるの、」と言いだした。何か別件の、気がかりなことがあるのだが、それはクルトに個人的に確かめたいのだそうだ。──ここでもまた、強烈な違和感が働いた。大型ギルド・デュランダルの女剣士エデルミラは、仮にも総隊長である。複数のギルドの冒険者たちを束ねる、責任ある立場に抜擢された才媛であり……いくらこの村ではそう看做されないからと言って、職務放棄をするような人物ではないはずなのだ。しかし、明らかに言い争いがあったとわかるこの異様な現場に飛び込んで尚、彼女にはそれが見えていないようだった。今は背後の家で休ませているため、この場に本人がいないのもあるが、ヴィヴィアンのことを思いだすそぶりすらない。エデルミラもまた、この村に来てから、だんだんおかしくなっている……その場にいる冒険者たちは、誰もがそう感じていた。
しかしギデオン自身は、今はその件に取り合わないことにした。隊のなかでは自分もベテランの部類であり、責任を受け持つ立場にある。しかし今夜ばかりは、それよりも優先すべきものがあるのだ。──王都から出向したヒーラーがクエスト先で被害に遭って、今後の活動に支障をきたす恐れがある。ならばそれをフォローするのは、彼女の相棒であり、仕事上は上官ともなる、ギデオンの役目だった。私情だけの判断というわけでもない……それを、あの斧使いも汲んでくれたのだろう。目配せをすると、さりげなくも力強く頷いてくれた。今は俺たちがこっちをやる。おまえはそっちを、嬢ちゃんを頼むぜ。俺たちを治してくれるヒーラーが弱っちまったら──パーティーは、全滅もんだ。)

(──そうして、それから数刻後。ヴィヴィアンを宥めながら浅く眠っていたギデオンは、しかしふと覚醒した。今回は、すぐそばの彼女が悪夢に魘されたせいではない。この気配は、部屋の外からするものだ。
軽く身じろぎして隣を見ると、夜明けの薄明りのなか、大きく目を開けているヴィヴィアンと目が合った。この気配の主は、そう悪意のある輩ではなさそうだ……と、彼女もまた、冷静に察知している様子である。しかし流石に、すぐ身動きをとることはできないらしかった。大丈夫だ、と安心させるように肩をさすってから、大きく身を起こし、扉のほうへゆっくりと歩む。魔剣は持たなかった──持たなくていいと考えた。音の軽さからして、この不意の訪問者に見当がついていたからだ。
はたして、ギデオンが出迎えたのは……やはり、フィオラの子どもだった。年の頃は十一、二くらいだろうか。そう射竦めたつもりはなかったが、ギデオン相手に、一瞬怯えたような顔をしたものの。しかしそれでも、部屋の奥をちらと見れば、その顔つきがまっすぐな、覚悟の決まったものに変わった。そうして──お見舞いをしに来たんだ、と。それでこわごわ差し出すのが一輪の花と来たものだから、そのあまりに無垢な思いやりに、思わず毒気を抜かれたような顔を晒す。実際、抜かれはしたのだろう──真夜中に目の当たりにした村の大人どもと、まるきり違うではないか。
直接見舞わせてやりたいところだが、ヴィヴィアンはまだ本調子ではないだろう。「おまえの言葉と一緒に、ちゃんと渡しておく。ありがとうな」と、花の茎を受け取りながら、その黒髪をくしゃりと撫でる。途端、少年はほっとしたように歯の抜けた笑みを浮かべ。「あの! 匂い、花の匂いを吸うと、“病気”が良くなるんだ。姉ちゃんにそう教えてやって!」……などなど、懸命に言い残してから帰っていった。外に出てからは足音を立てないようにしていた辺り、きっと本当に、内緒の善意でここにやって来てくれたのだろう。
扉を閉め、部屋の奥に戻り、ヴィヴィアンのベッドの傍らに腰を落ち着ける。そうして彼女に、「あの子からのお見舞いだとさ」と、その目が醒めるほど真っ赤な花を手渡した。華奢な肩をゆったり撫でさすってやるのは、“俺以外にもおまえの味方がいたな”“この村にも、おまえを想いやってくれる奴はいるんだ”、そう伝えたくてのことだ。
しかし、やがて少しずつ増していく光量のなか。昨日の昼下がり、あんなにも花畑にいたのに、この花に見覚えがないこと……そしてそれどころか、何か妙な気配がすることに気がつくと、ふと軽く眉を顰めて。)

あの子の話じゃ、病気を癒す花らしい。祝祭の最終日の儀式にも使うとか……
…………。………………?





749: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-03-31 09:41:36




まあ……、……?
とっても綺麗…………

 ( 振り返ったギデオンから、花を受け取ったヴィヴィアンもまた一瞬。その妙な違和感に首を傾げてはいたのだが、ふと表情が変わったのは、曰く香りに効能を持つらしい花をまじまじと観察し、その切った根元から滲む水分や、花粉に触れ、その成分に致命的な刺激がないことを(彼を疑うわけではないが、素人にとっては見分けが難しいものだ)確認した後のことだった。睡眠不足による判断力低下だけでなく、無垢な好意への油断もあっただろう。未だ薄暗い部屋の中、まるで発光しているようかのような赤い花弁に鼻を惹かれて、その甘やかな香りをたっぷりと吸い込んだその瞬間。それまで燻っていた違和感がぼんやり消え失せ──とはいえ、あくまで初めて見た花に対する、自然な範疇を逸脱しない感動に、うっとりと目元を細めれば。優しく撫でてくれるギデオンに、手の力だけで擦り寄ると、その程よく筋肉の付いた分厚い肩に丸い頭をそっと委ねて。
今この瞬間、ビビを力付けたのは無垢な少年には違いないが、その優しさを受け取れるほどまで回復させてくれたのは、他でもないギデオンの献身によるものだ。昨晩の事件から初めて、やっとその表情をほころばせ。人懐こく、触れた頭をくしゃくしゃと擦りつければ。エデルミラ不調の中、代理でクエストを先導すべきギデオンが何故、こうも付きっきりでビビの面倒を見ていられたのか。──聞けば当然、ギデオン本人はヴィヴィアンのためだと答えるに違いないのだが。それに甘えて、ヒーラーとして、冒険者として、求められているものへと気づかなければ嘘だ。昨晩はこの村自体へ恐怖を覚えていたヴィヴィアンだったが、どこの国でも、時代でも、子供というのは無垢で、何物にも染まっていないまっさらな存在だ。ビビ達現代人から見た"常識"を、この村に一方的に押し付けるのは間違いに違いないのだが。これから、否応なく外部との交流に巻き込まれていくだろう彼らが、酷く衝突し摩耗することくらいは防げるかもしれない。そうして、それまで色濃い疲労を滲ませていたエメラルドを、強い意志に輝かせると、「とってもいい香りですよ、」なんて、未だ少し震える指をギデオンに絡ませ、近づいてきた顔に花の影でキスを強請ったのは、もう一度踏み出すための最後の勇気を分けて欲しかったためで。 )

ギデオンさん、昨晩はごめんなさ……ありがとう、ございました。
この子にもお礼がしたいんですけど……その、ついてきていただけませんか?




750: ギデオン・ノース [×]
2024-03-31 18:14:17




(ヴィヴィアンのうっとり安らぐ様子を前に、そっと無言で……いつもどおりの寛いだ顔を被り直す。何も偽るつもりはない。春の雨の日のあの教訓、違和感を見過ごしたせいで大惨事になった記憶を、そう易々と忘れちゃいない。さりとて、あの少年がくれた花を何だか妙に感じたところで、ギデオンのそれは所詮勘である。半面、プロのヒーラーであるヴィヴィアンは、自分自身の専門知識とよくよく照らし合わせることで、きちんと安全を確かめているのだ。その上で、村の子どもの思いやりに救われているのなら……昨夜のあの事件の後なのだ、水を差したいわけもなく。どうせ後で、念のため程度に調査をするつもりでいるのだ。それまでの間、自分が密かに気をつけておけばいいだろう。
故に、相手のおねだりに、甘く穏やかなまなざしを注ぎ。「もちろんいいさ」と返しながら、長い指を絡め直し、その震えごとぎゅうっと包む。朝日の差す中、白い漆喰の塗られたフィオラの家屋の寝室で、今この時間はふたりきり。けれど、一度ここを出たなら、またしばらくは職務を第一にせざるを得なくなるだろう……ヴィヴィアンもそれをわかっている。だからこれは、お互いのためのお守りなのだ、と。)

だが、依頼の報酬は……全部前払いで頼む。
それ以外は……ん……受け付けないぞ……

(──そうして。甘い甘い先貸しを、心行くまでたっぷりと堪能してから……四半刻。さっぱり装いを整えたふたりは、村の広場に顔を出してから、西側にある農場に足を運ぶことになった。
今は祝祭の期間ということで、炊事周りの労働は手出し無用とされている。だから代わりに、井戸水を汲んだり、薪を割ったり、或いは祝祭に関係なく、家屋の修繕に必要な医師や丸太を運んだり……そういった労働をこなして村に奉仕をするというのが、滞在中の務めであった。とはいえ、後の事件があった今は、ギデオンはできるだけヴィヴィアンとともに動きたい。それを踏まえて、今朝はふたりとも、村に幾つかある家畜小屋のひとつを掃除することになったのたった。新米冒険者がよく駆り出される手軽な依頼と同じと思えば、なんだか懐かしいものである。
「アンバルにシジェノを運び入れておくれ……」。ふたりに仕事を命じたのは、この辺りの古い小屋を管理しているらしい、しわくちゃの老人だった。太陽に焼かれた肌は濃い褐色でしみだらけ、数百年物の樹皮のように皴が多く、とうに足腰が曲がっている。数歩歩いてもひと息つくほど衰えている様子だが、それでも仕事をやめようとはしない。ギデオンもヴィヴィアンも、その姿に敬意をもって、積極的に手伝いをしつつ、彼の領分を侵さぬように心がけた。老爺が頻繁に使う聞き馴染みのない語彙は、どうやら村の古語らしい。最初こそ少し困ったが、やがて身振り手振りや雰囲気から、だいたいの意味は汲み取れるようになった。──だからこそ、わかりたくなかったものもある。「あれはおまえのココシュカだろう」。雌鶏たちに餌をやるヴィヴィアンを眺めながら、椅子に座った老人がそう話しかけてきた。ギデオンは、熊手片手に一瞬だけ考えた後、言葉が通じないふりをして聞き流すことにしてみたが。それでも、尚も老人は続けた──「良いヤヤを産みそうだ。産めるだけ産ませておきなさい……」
──さて、その長寿の老人曰く。祝祭三日目を迎える今日は、ラポトと呼ばれる特別な儀式を行うことになるという。詳しいことは掴めなかったが、今朝の村人たちがモロコシ粥を煮ていたのは、それに使うためだったらしい──そういえば、無邪気につまみ食いを挑んだ子どもが、とんでもない剣幕で叱り飛ばされているのを見た。「お前たちも来なさい」と、そう呟く老爺の顔が、どこかおかしな無表情に見えたのは気のせいだろうか。「おまえたちこそ来るべき儀式だ。ヤヤがなくては……意味がない……」。
老人の謎めいた言葉に首を傾げつつ、ふたりで農場を引き払い。朝食にあずかった後は、儀式が始まるその時間まで、冒険者としての本分……この辺りの様々な調査へ、各々乗り出すこととなった。ギデオンとヴィヴィアンは主に、自生している薬草の確認だ。今後の調査でどんな物資を現地調達できるかという、地味だが欠かせぬ任務である。レクターを通じて事前に禁足地帯を確かめ、問題のない箇所を、ヴィヴィアン手動で見て回る──その前に。相棒の望んだとおり、例の少年を探そうか。皮革の鎧に魔剣という、いつもの戦士装束に着替えてから、村の周囲を見渡して。)

あの子ども……具合が悪そうな様子じゃあなかったんだが、昨日の昼も、今朝の朝食でもいなかったはずだ。
……同い年のやつらに聞いてみるか。





751: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-04-05 17:10:36




ありがとうございます……そう、ですよね!
この時間帯だったら……

 (「おにいちゃん?」「お兄ちゃんはすごいのよ」「すごいの!」「“えいゆう”になるんだから!」「なるの!」──美しい金髪を太陽の光に反射させ、その青い目をキラキラと輝かせる彼女たちの存在は、その時のビビにとって、まごうことなき天使に見えた。自ら少年にお礼をしたいと言ったのだ、いつまでも人の多いところは気乗りしないなどと言っているわけにもいかないだろう。そう頭では分かっていても、戦士装束を纏ったギデオンの提案に、気後れしそうな心を奮い立たせようとしたその瞬間。小さく袖を引かれた感覚に振り返れば、そこにいたのは昨日の小さな少女たちだった。自慢の兄の居場所を聞かれると、「今日は“お花畑”に行ってるの!」と屈託がないのは妹の方だ。今日も本当は、ビビを誘いに来てくれたらしい頭に乗る冠には、やはり今朝の花は見当たらない。未だ“ひみつ”の概念が難しい妹の一方で、少しは分別がつくとはいえ姉の方もまだまだ幼い。妹の暴露にわたわたと口を押えながらも──ビビだから、特別よ? と、此方を自然とかがませて。その耳元に顔を寄せると、(潜められていない声はギデオンまで筒抜けだったが。)神妙な調子で教えてくれたのは、ここの村民たちにとって特別な“花”の存在だった。──目覚めるような鮮赤が美しいその花は、この村の名前にもなるほどフィオラの民にとっては大切な、村の始まりから共に歩んできた象徴らしい。今朝の彼はその特別な花だけが咲き乱れる花畑で、数日後に迫った儀式の準備があるのだという。それから二、三やり取りした後ビビが、ごめんね、今日は遊べないのと断ると、少ししょんぼりと頭を下げながらも、「ばいばーい!」と小さな手を振って離れていく姉妹を見送り。無言で隣を見下れば、最早言葉を交わすまでもなく。無言でふたり、速足で向かうのは花畑……ではなく、一昨日から寝泊まりしている例の家屋だった。 )

( ビビ達が勇み足で村を通り過ぎるその間。何人かの村民とすれ違ったが、誰もかれも昨晩の騒動を知らぬわけがないというのに、その挨拶の穏やかなこと。本来、上役が沙汰を下したところで、個人間の感情面では摩擦が残るものだが、急いでいる今、特別煩わされないのは寧ろ有難い。──これが勘違いならばいい。文化や価値観の違いによる衝突はあれど、フィオラの民は基本的に余所者である冒険者たちに友好な態度を見せていた。その上、自らの所有物という概念が薄く、良くも悪くも全てを分かち合わんとする彼らが、それでも決して共有したがらない特別な“花”。病をも直すとされている貴重な“花”、もしその本物を持っていると知られたら。そんな脳裏を占める厄介ごとの予感に、急いで戻ってきた二人を出迎えたのは──……例の家屋の出入口、その土台の隣でひっくりかえって悶える変人教授その人だった。 )

レクターさん!!
どこか……ひゃっ!? ど、どうされたんですか……?

 ( 思わず駆けつけたヴィヴィアンの腕の中、それまで呼吸も荒く倒れ伏していたレクターはしかし、その視界にギデオンを捉えた途端。勢いよく立ち上がったかと思うと、「いや、」「ちがう」「これは……」と、しどろもどろに後退り始める。その勢いといったら──ガツンッ!! と。自ら背後の大木に勢いよく後頭部を打ち付けた衝撃で、力なく地面に倒れ伏すほど──などと。あまりの奇行に一瞬あっけに取られてしまったが、冷静に状況分析をしている場合ではない。今度こそ完全にのびているレクターに慌てて駆けつけ、その胸元を緩めようとしたビビが、「……? ……5015年版、エ“ッ、本物!?」と、素っ頓狂な声を漏らして。しまった、といった調子で口元を押さえると、ゆっくりとギデオンを振り返り、恐る恐るといった様子で指さしたのは一枚のブロマイドだ。スターである冒険者たちの技がみられる! と当時の子供……もとい、大きなお友達をも魅了したマジカルブロマイド。当然その危険性から一瞬で発禁となった幻のそれを後生大事に抱えていた教授が、目を覚まし。「の、覗きじゃないんだ!」と「信じてくれ! ほら!! 僕はあの足跡をアッ!?」と、自ら推しの足跡にすら興奮する(興奮してたんじゃない、足のサイズが知りたかったんだ!と弁明していた、それはそれでどうかと思う。) 熱狂的ファンだということを本人の前で白状し、顔を真っ赤にして泣き出すのは数分後の話。)





752: ギデオン・ノース [×]
2024-04-06 15:20:30




(──ブロマイド文化。ギデオン自身はほとんど興味を持たないそれは、しかしこのトランフォード王国において、大人気を誇る一大ジャンルだ。その興りやら、冒険者ギルドにもたらしてくれた特殊な経済効果やら、かつて爆発した“マジブロブーム”やら、その急激なアングラ化やら……。その辺りについて触れると、レクター以外の社会学者も数人はすっ飛んでくるほど奥深い話になるので、今は一旦省くとするが。とにかく、発禁処分を受けたはずのそれを護符が如く所持する以上、レクターは正真正銘、“マジブロコレクター”のひとりである。そしてそれだけでなく、いや尚恐ろしいことに。……“魔剣使いギデオン・ノース”の、強烈なファンらしいのだ。若い娘ならいざ知らず、三十路を越えた、この大男が。
むろん、憧れや信奉、愛好といった感情に、老若男女の垣根などない。これが稀代の天才アイドル、大人気冒険者のカーティス・パーカーであったなら、ギデオンとは全く違う反応を示してみせたことだろう。齢三つの幼女から、百七歳の老爺まで。輝く笑顔で万人を魅了するプロにかかれば、レクターを拒まぬどころか、“ファンサ”でしっかり応えてみせて、自分を“担当”してくれるファンを、ますます惹き込んだに違いない。──だが、しかし。)

……まさか、おまえ。そっちの気でもあるのか……

(「──違うんです!! そういうのとは違うんです!!!」。日焼けした肌の学者らしからぬ大男が、真っ赤な顔で悲鳴のように言い募っているというのに。対するギデオンの面ときたら、若干後ろに仰け反りながら、露骨なドン引き面であった。
──ギデオン・ノースという人間は、実務畑の生真面目男だ。“推し活”だの“布教”だの、そういった概念とは、四十年間ほとんど無縁で生きてきたようなタイプである。それこそ若い全盛時代は、寄ってくる女に応えて、例のマジカルブロマイドにサインをくれてやったりもしたが……主に魔獣駆除業者である自分たちが持て囃されるのが、正直なところよくわからずに。ほどなくして、有名人と寝たいだけの貪欲な女たちが近寄るようになってくると、“ファンサ”行為は敬遠し、アイリーンやアンといった信頼できる女たちのところへ引っ込むようになっていった。これがジャスパー辺りになると、嬉々として威張り散らし、ギデオンが身を引いた分の人気も逞しくぶんどっていたが。まあこれに関しては、適材適所というやつだろう。
とにかく、ギデオンからすれば、レクターの奇行も動機も、理解の範疇を越えているのだ。女ならまだわかりはするが、これが大男となると、いったいどういった動機でもって、野郎のブロマイドなんぞ大事に抱えているというのだ。俺の尻でも狙っているのかと考えるほうが、おぞましさには変わりないが、よっぽど理解しやすいのである。「違う、違うんだあ、そういうのじゃないんだあ……」と。地に伏し泣き啜る哀れな学者の泣き言を、相棒が優しく寄り添いながら聞きだすに。……どうやらレクターは本当に、ギデオンのことをただ崇め立てているだけらしい。足のサイズを知りたいというのも、本人が万物に向ける好奇心の延長のようだ。
……なんとなく、自分の幼少期に一世を風靡していた音楽隊を思い出す。4,980年代後半から90年代にかけて、国中の若者を虜にし、その後多くの音楽シーンに絶大な影響を与えた、茶髪の青年四人組。その人気は大きな社会現象になり、彼らが踏んでいった後の芝生を毟り取っては感涙する女性までいたとか、そんな話まで伝わっている。「そうです、まさにあれですよ──自分にとっての神が踏みしめた土、転がした石、呼吸した大気、手を触れて開けたドア! それがどんなに尊いものか!!」大きな腕を振り回して熱弁するレクターを前に、若干の理解を進めかけていたギデオンは、しかし強烈な頭の痛さにくらくらと目眩を覚えた。無理だ、俺には理解不能だ。
ついさっきまで、少年がヴィヴィアンのために花泥棒を侵した問題で、酷く深刻になっていたというのに──……なんだ、いったい何なのだこれは。とりあえず、本人は酷く恥じ入っているようだし、もういっそ捨ておいておけばいいだろうか。そう諦めをつけようとして、ふと何気なくそちらに視線を投げかけた瞬間、しかしぎょっと目を瞠る。今まであまり直視せずにやり過ごしてきた例の“マジブロ”に、信じられないものが映っていた。──当時寝ていた女、例の魔法使いのエマと、その女友だちだ。魔法がかかっているのだろう、姿絵の主題である若い頃のギデオンに、時折後ろから細腕を絡みつけるようにして抱きつき、ふたり揃って絵の外に出て行って、また入って来て……を繰り返している。これは当時、彼女らも彼女らで各自ブロマイド化しており、あくまでもコラボ展開として意図されたものであるのだが。当のギデオンは勿論知らない──知らないが、この女たちと寝たことだけは記憶に一応残ってはいる。その相手をまさか、今の恋人であるヴィヴィアンの目に、触れさせたいわけがあろうか。
不意にヴィヴィアンを脇にどけさせ、レクターに顔を突き合わせたかと思えば。「レクター、言い値で買ってやるから、そいつを今すぐ俺に寄越せ」と、息巻くようにとんでもない事を言いだす。“推し”の顔面が接近して一瞬気を失いかけたレクターは、それでもそれを聞くなり必死に気を奮い起こし、「駄目です──これは僕のお守りなんです、幾ら積まれても渡せません!」と、気丈にも言い返すも。今度はギデオンがその胸倉を掴んで脅しつけるものだから、レクターが再び「アアアッ!?!?!?」と顔を赤らめる、酷く珍妙な恐喝となって。)





753: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-04-08 09:54:26




…………。

 ( 一人は真っ赤になって泣きながら、もう一人は怒髪天……というより、これは焦燥だろうか? とにかく余裕のない表情を浮かべては、平均よりも体格の良い男が二人、至近距離で額を付き合わせている光景を見せられて。さらりと除け者にされたビビといえば──絶対にうちのブロマイドは見つからないようにしよう、と。レクターのそれに比べれば囁か極まりない、けれど大切にしまい込んだコレクションに想いを馳せて、薄情にも堅い決心をひとり、強く心に決めていた。
とはいえ──本人は認めたがらないだろうが。そもそもギデオンのファンは(ジャスパー程ではないものの)男性も多い。今でもコアなファンはいるし、それこそもう十数年前は若い女性が多かったに違いないが。過去の浮名とは裏腹に、堅実で質実剛健とも言える仕事ぶりは、同年代や少し年下の同性にウケが良く。冒険者ファンとまではいかずとも、好きな冒険者を問われれば、うっすらとギデオン・ノースの名を上げる壮年男性は多いものだ。──レクターは……まあ、その中では少し熱心な方ではあるようだが。半分気を失いかけながらも、健気に宝物を守ろうとするその姿が、同じ人を愛するよしみか、どうにも可哀想になってしまって。仕方なく、「おふたりとも一旦落ち着いて……」とやんわり分け入ったタイミングが最悪だった。
いくら体格が良いとはいえ一般人のレクターが、プロであるギデオンにいつまでも抵抗できる訳がなく。必死に抵抗していた拳から、ひらりと件のそれが落ちたかと思うと。ひらりひらりと男共を弄ぶかの如く風に乗り、ちょうど間のビビの手元に収まる。──そもそも数あるうちに、この手のブロマイドがあることは知識として知っている。「…………そういうこと、」と響いた呟きは、あくまでギデオンの奇行への納得でしか無かったのだが、後ろめたさのある人間にはどう響いただろうか。 )





754: ギデオン・ノース [×]
2024-04-09 16:14:37




──誤解だ。

(滅却すべき証拠品が、よりによってヴィヴィアン自身に渡ってしまったその瞬間。ぴたりと止まったギデオンは、即座にス────ンと真顔に陥り、かと思えば口を開いて、淀みなくそう言い切った。その様ときたら、元が精悍な顔立ち故に、如何にも誠実そうである。しかしその分なんというか、アレというか。……窮地に追い込まれた時の詐欺師なりスケコマシなり、そんな連中を思わせること請け合いに違いなく。
背後の大柄なギャラリーも、どうやら同感だったようだ。「エッ!? アレって確か当時のパフォーマンスじゃ、まさか本当にかんk──」と。よく通る甲高い大声を無理やりにでも遮るように、完全ノールックの雷魔法を後ろ手に、バリバリと派手に叩き込む。どうと倒れるレクターの巨躯、しかしそれには全く構わず、相手にもまた構わせず。一度軽く居住まいを正したかと思うと、続きの何事かを言いかけて──ふと口を噤み、俯く。片手を顔付近に持っていったのは、深く深く尚深い眉間の皴を、指先で強く揉みほぐすためだ。そのまま「……」と、いつもの無駄に様になるポーズでしばらく考え込んだかと思えば。ふっとまた、いやに澄みきった顔を上げ、口を開こうとして、しかしまたすぐ言葉に詰まる。「…………、、」と、微妙に下りる長い沈黙。気まずいことこの上ないのに、打開する策が浮かばない。……そのまま顔を逸らしてだんまりを決め込みはじめた辺り、どうやら露骨な動揺ぶりを隠しきれなくなったようだ。
──そもそも。いつぞやの巨人狩りの作戦で、相手がエマと鉢合わせ、ギデオンとの過去のあれやこれやを匂わされたと聞いている。記憶力の良いヴィヴィアンのことだ、彼女の映ったブロマイドを見て、(あ、あの時の。)と気づかぬわけがなかろうに。ぐるぐると苦悶の渦に陥ったギデオンは、どうやら思考回路の幾つかの螺子が、突然弾け飛んだらしい。すんと顔を上げたかと思うと、再び澄んだ目、落ちついた声音で、三度目の正直……のつもりが、盛大なる自爆をかまし。)
         ・・
10年以上前の話だ。今はこの手の趣味はない……公訴時効にならないか。





755: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-04-10 14:00:21




レッ、レクターさ……

 ( ──もうギデオンさんったら、そんな必死になって隠さなくても、演出だって分かってますから。そう言い募ろうとした笑声は、激しい雷の音にかき消される。ギデオンの容赦ない雷撃をくらい、どうと倒れたレクターに駆け寄ろうとして、その進路を強硬に阻まれてしまえば。その常軌を逸した行動自体が、もう完全に後ろめたいことがありましたと自ら白状している状態に他ならず。そのあまりにもな焦燥ぶりに、思わず引きつった表情で相手を見つめ、それからさりげなく教授の様子を伺えば──プスプスと前髪の先を焦がしながらも、どこか嬉しそうにピクピクと悶えている頑丈な御仁に──うん、あれはほっといても良いやつだ、と一息ついて。
そうして、いつまで経っても話出さない恋人に、再度冷めた視線を戻せば。普段の涼しい顔はどこへやら、露骨な動揺に瞳を泳がせていたベテラン剣士は、やっと覚悟を決めたらしい。改めて手元のそれをよく見れば、ビビも見知ったその女性に、ギデオンがこうも狼狽える事情はよく分かる。確かに気持ちの良いものでは無いが、この人の往年の素行などとっくのとうに知ったものだ。何を言われても──ビビと付き合ってもいない過去のこと。特に咎めず、気にしなくていいんですよ、と流してやるつもりでいたというのに。 )

……この手の趣味って、なに……?

 ( 素直に謝罪すれば(謝罪することでもないのだが)良いものを、情状酌量を狙って自爆しに行ったのはギデオンの方だ。ビビはと言えば、そういえばエマさんが何か言っていたっけと。彼女達と体の関係があったことよりも、ブロマイドに描かれるほどの公然の仲だったことの方へ寂しさが募り、形の良い眉を下げると、小さくない胸を痛めていたというのに。相手の方はもっと別に後暗いことがあるというのだ。他でもないギデオンによって今、ヴィヴィアンは不安に瀕しているのに──不安な時は頼れる恋人兼相棒に聞けば解決する、といった反射に近い信頼も、この時ばかりは最悪な展開を招くばかりで。まさか対複数といった俗な可能性になど思いいたらず、真っ赤な顔でギデオンを見上げて、元気にはねた赤い耳をふるふると頼りなげに振るわせれば。かつて遊び人だった男の黒歴史を、意図せずその口から説明させようとしている、その隣の窓辺。カオスな光景が繰り広げられる一幕の横で。今朝は窓の外からでも伺いしれたはずの例の"花"が、今は幸せそうに倒れているレクターの機転によって、外から雨戸で隠されていることに気がつくのはもう少し後の話。 )




756: ギデオン・ノース [×]
2024-04-13 17:00:07




……、…………、
この手のは……この手のだ。

(躊躇いがちな真っ赤な顔に、ふるふる不安げなスカーフ耳。それらを向けられたギデオンときたら、(あ)と顔色を変えたが最後、また気まずそうに顔を逸らし。それでようやく絞り出すのが、この煮え切らない返事とくるのだ──つくづく愚かなものである。こんなことになったのは、普段は気をつけているはずが、時折失念するせいだ。歳相応の知識があるとはいえ、そして今は少しずつ教え込まれているところとはいえ。相手は本質的に、非常に育ちの良い女性であって……遊び呆けていた己と違い、その手の“教養”はまだまっさらなのだと。そんな彼女に、まさかそんな。──意欲旺盛な真相なんぞ、ぶちまけられるわけもなく。
以降のギデオンは、これまで何でも話し合ってきた相棒兼恋人に、どんなに食い下がられたとしても、頑なな態度を崩さず。真冬の山奥にいるというのにだらだら冷や汗をかきながら、「そろそろ仕事にとりかかろう」「今日は薬草調査だったな」なんて、あからさまにも程がある話題逸らしを繰り広げて。そうして、たまたま通りがかった冒険者の誰かしらが、倒れているレクターにぎょっとした反応をすれば。「そうだ、こいつを介抱しないと」なんて、心にもない台詞を調子よくほざいては、教授を屋内に運び込み、目を覚まさせてやるだろう。)

(──さてはて。経緯はともあれ、相棒の治癒魔法の甲斐あって、無事回復したレクターは。微妙な空気が漂っているこちら側に気づくことなく、「アアッ!? あの伝説の雷落としを、生で!? 生で喰らってしまった……!?!?」だのなんだの、理解不能な奇声を上げてひとしきり悶え転がりはじめた。なんというか……一般人にも荒っぽくした罪悪感を抱いていたのだが、元気そうで何よりである。もう少し沈めておいても罰は当たらなかったろうか。
ともかく、そんなレクターに白けた目を向けつつも。「なあ、そもそもどうして俺たちを訪ねに来たんだ?」と。薄々気づいていた事実にギデオンが切り込めば、レクターもはたと奇態を止めた。「そうだ、大事な話があったんです」。ベッドの上に座り直し、真剣な顔でこちらと向き合う。「おふたり、今朝は実地調査に行かれるでしょう? それにあたって、お耳に入れておきたい話があったんですよ。このフィオラ村の禁忌──“骨の結界”についてです」。
民族学者としてはずば抜けて有能な、このレクターの聞き込み曰く。このフィオラ村の周辺には、これまで亡くなった村人の骨をすり潰して粉にしたものが、ぐるりと引いてあるのだという。魔法も込めてあるために、風雨や動植物には荒らされることのない白線なのだが。人に対しては無力そのもので、簡単に踏み荒らせてしまうから、野山を歩くときにはよく気を付けてほしいという話らしい。いや、それは構わないが、何故に人骨を使った魔法陣なんぞ……とおぞましく思いながら訊ねるに。この風習の発端は……200年前のこの村を襲った、とある惨劇なのだそうだ。)



(──ビビ君。今からする話は、女性には少しきつい部分があるかもしれない。でも、詳細を知っておくほうが、もしかしたら今後、自分で身を守れるかもしれない。昨日の事件もあったから、僕はどうか、この村の暗い部分を、君にも知っておいてほしいと思う。いいですか? ……ありがとう。それじゃあ、ちょっと話しますね。

……村の語り部が、僕にこっそり聞かせてくれた話によるとね。まず、200年前のフィオラ村は、フィールド家、という一族が支配していたそうなんです。
このフィールド家ってのが、ちょっと横暴な性格でね。王都に卸す皮革製品を作るために、村人を朝から晩まで休むことなく働かせたり、村娘を手籠めにして無理やり子を産ませたり……まあ要するに、やりたい放題だったそうなんですよ。「鞭を惜しむのは、村民を甘やかすことと同義である」とか何とか言って。村人たちは、それでも決して逆らえなかった。元々、フィールド家も含めた彼らは皆、ガリニア本国での迫害を恐れてヴァランガ峡谷に逃げ延びてきた、少数民族のルーツらしい。だからこの村を出たところで、他に行くあてなんてない。そう身の上を諦めて、権力者の横暴を苦々しく思いながらも、受け入れていたそうなんですね。
けれどやがて、それを覆してしまうような、とんでもない事件が起こった。きっかけになったのは、村長家の跡取り息子。──エディ・フィールドという、根暗な性格の、独りぼっちの男でした。
この男が、フィールド家そのものなんて目じゃないくらい、酷かった。端的に言って、異常者なんです。当時のフィオラ村は確かに狩猟を生業にしていたけれども、エディ・フィールドは子どもの頃から、野鳥や狐を残虐にいたぶって遊んでいると噂されていたそうです。そうして大人になると、今度は村の墓を掘り起こすようにさえなった。──死体を、弄ぶんですよ。でも相手は村長家の息子だから、村人たちは何も言えない。
これで調子に乗ったエディ・フィールドは、もっと酷いことに手を染めていった。生きている村娘を攫うようになったんです。それも、フィールド家が元々やっていたようなやり方なんかじゃない。女性を殺して……その生皮を、剥ぎ取るんです。獣から皮をとるみたいに。何に使うかって? チョッキとか、ズボンとか、ランプシェードとか。そういったものに加工するんですよ。村が元々作っていたような、皮革製品そっくりに。そして頻繁に、人皮製品だけを身に纏った異様な姿で──墓場で踊っていたそうです。
こんな異常者をのさばらせるのは、フィオラ村の人たちも、流石に限界だったんでしょうね。男の姿をした畜生を裁くべく、大勢が立ち上がりました。松明を明々と燃やし、弓矢をつがえ、大振りの鉈を掲げて。鬼気迫る顔をした村人たちが、本気で彼を追い詰め、瀕死の傷を負わせました。エディ・フィールドは山奥に逃げ込み、それきり二度と戻らなかったそうです。元々狩猟の村ですからね、野山にはあちこちに罠が仕掛けておいてあります。そのどれかにきっと引っかかったのでしょう。そうでなくとも、ひとりで山をうろつけば、どの道魔獣の餌食です。
村人たちはもちろん死体を捜しましたが、見つかったのは、深い落とし穴のひとつに落ちたような痕跡だけ。必死に這い登ったのか、肝心のエディ・フィールドの姿はなく、辺り一面が血まみれなだけでした。そうこうするうちに大雨が降ってきて、跡を追えなくなったので、村人たちは彼を死んだものと看做し、村に引き上げることにしたそうです。
もちろん、それで終わりじゃありません。彼を生み出した憎き村長家、その一家全体も、勢いでお取り潰しにしました。権力に取り憑かれた一族が、二度と自分たちをいたぶらないように。彼らの遺体は、エディ・フィールドが落ちた穴まで運んで、そこに放り込み、焼いてしまったそうです。これでようやく、残りの村人たち全員に、平穏が訪れた。……誰もが、そう思っていました。

でも、そうじゃない。被害がより大きかったのは、これから先の話です。
おぞましい“皮剥ぎエディ”は、おそらく肉体上は、呆気なく死んだはずでした。けれどもその怨念、フィオラ村の人々への逆恨みは、強く残っていたんです。

──エディ・フィールドを追放した、その年の冬。村長家亡き後の平和を享受していた村に、いきなり怪物がやってきました。
黒い亡霊のような、空飛ぶ巨大な骸骨のような。とにかくそういった、圧倒的に超常の、人など到底敵わぬものが。吹雪の低い唸りとともに、空から襲ってきたんです。
冷たい雪の吹きすさぶなか、突然狙われた村人たちに、成す術などありませんでした。アッと思った次の瞬間には、頭そのものが消し飛ばされたり。怪物が過ぎ去った後の旋毛風で叩きつけられ、それだけで死んでしまったり。それはあまりにも一方的な、惨たらしい仕打ちです。家の中で震えて隠れている母子さえ、怪物は必ず見つけ出し、爪でばらばらに引き裂いていくのです。守ろうと立ちはだかった男は、次の瞬間、ぱっくりとふたつに割られ。逃げ遅れた老人も、谷の岩壁まで撥ね飛ばされました。
当時の村は、数百人ほどの人口を誇っていたと聞いています。しかしそれが、あっという間に、まるで蜘蛛の子を潰すように。宙を飛び回る怪物によって、呆気なく、簡単に、惨殺されていったんです。
どうしてこんな目に遭うのか、わけもわからぬまま死んでいった村人も、数多くいたことでしょう。しかしそうではない村人もいて、彼らの恐怖ときたら、より凄まじいものでした。──だって、ね。声が、同じなんですよ。怪物の唸り声は、エディ・フィールドを大勢で追い立てたとき、奴が血を流しながら喉から迸らせていた、あのおぞましい呻き声……あれにそっくりだったそうです。
奴が復讐しに来たんだと、人々にはわかりました。奴はフィオラ村の人々を皆殺しにするために、怪物に成り果ててまで、地獄の淵から舞い戻って来たのだと。そして自分たちは、それに抗う術などないと。……自分たちが全員死ぬまで、エディ・フィールドの怨念は、決して止まらないのだと。村人たちは、再び運命を諦めるところでした。

しかし結論から言って、救いの手はありました。
村人が半分どころか、四分の三も殺されたころになって。この村に伝わるとある秘薬が、この怪物を退けてくれる突破口だと、誰かが突き止めたそうなんです。
どうしてそんなことがわかったのか、どうしてそんなものが作られていたのか、そこのところは伝わっていません。とにかく、村人たちは秘薬を飲み、たちまち授かった魔力でもって、怪物に対抗しました。亡霊じみた怪物を完全に滅ぼすには至りませんでしたが、それでも深く傷つけ、弱らせることはできました。怪物は憎々し気な声をあげ、村を引き上げていったそうです。異能を授かった村人たちとの闘いは、埒があかないと思ったのでしょう。それでもいずれまた、村の生き残りを狩り尽くすために、襲撃してくるはずでした。
生き残った村人たちに、亡くなった大勢の人々を悼んでいる暇はありません。病が広がらないよう遺体を焼却していたとき、ふと誰かが気がつきました。──この骨を粉にして、秘薬を混ぜたものを、村の結界として張ったらどうか、と。もちろんそれは、禁忌です。遺体を燃やすのも酷いことなのに、その上材料として使うだなんて。あの憎きエディ・フィールドがやったことと何が違うんだ、という反発もありましたが、とにかくやってみることにしました。そうしたら、どうです。戻ってきた怪物は、結界を張ったフィオラ村に入ってこられないじゃありませんか。
ここから、今のフィオラ村の風習が始まりました。亡くなった人を墓地に埋葬するのではなく、火葬して灰にして、怪物から身を守るための結界線になってもらうんです。そして毎年この時期、怪物が去年の傷を回復させて必ず襲ってくるその季節には、村の“英雄”が秘薬を飲み、怪物と戦うんです。怪物を万全なままでい刺せたら、いずれ結界を破られるかもしれない。だから向こうから近づいてきたときに、“英雄”が奴を痛めつけ、またしばらく近寄れないようにする。そういう慣わしが生まれたそうです。

──おふたりとも、察していますね。
そうです。そうなんですよ。そのための英気を養うお祭りが、今催されている。この“祝祭”なんだそうです。
そして、村に伝わる秘薬というのは、そこにある赤い花から作られているもののようです。フィオラ村の人々が、ガリニアにいた頃から大事に大事に栽培してきたという、特別な“花”……。調査隊のなかでいちばん村と親しくなれただろう僕でさえ、その花畑のある場所には案内してもらえませんでした。
そのくらい、この村にとって、この“花”は特別な、神聖なものらしい。元々愛でていただけでなく──冬にやってくる怪物を、この村と二百年もの間因縁がある怪物を、退けてくれるもの。それをおいそれと、村のよそ者のために摘んでいい筈がありません。
もちろん、おふたりのことは疑っちゃいませんよ。ビビ君のことを聞いて、きっと無邪気な村の子どもが、善意で贈ってくれたんでしょう。この“花”の力を借りたら、たちまち元気になれるとか、きっとそんなようなことを言って。
それ自体は、悪かないんです。その子の善意も、おふたりがそれを受け取ったことも。問題は──村の大人たちの目に、それがどう映るか、ということなんですよ。)



…………

(………レクターの、彼らしからぬ静かな語りを聞いたのち。彼が別の冒険者に呼ばれ、外に出ていったその後も。ギデオンは長いこと、ヴィヴィアンの隣で押し黙ったまま考えていた。
今聞いた話は、俄かには信じ難い物語だ。エディ・フィールド自体は恐らく実在したのだろうが、逆恨みしたその男が怨霊となって村に戻り、村の人々を一方的に惨殺して回った、などと。はては、村にたまたま不思議な秘薬が伝わっていて、それを飲めば魔力が漲り、怪物を退けることができるようになった、などと。あまりに突飛が過ぎる……というのが、ギデオンの感想だった。全てが事実というわけでなく、事実を元に脚色した伝承。ギデオンが昨夜観たタペストリーや、その前に見た舞台演劇で、似通った話の細部がそれぞれ違っていたことも、その証左になり得るだろう。
──おそらく怨念の怪物というのは、雪山によく沸く魔物、ウェンディゴのことであるはずだ。ギデオンたちもこの村に来る前に、その唸り声を聞いている。フィオラ村の人々は、難民という出自から、トランフォードの魔物の生態に然程明るくなかったのだろう。そうして、エディ・フィールドの死後にたまたま出没したウェンディゴを、彼が化けて出たものだと勘違いしてしまったのだ。
ウェンディゴを退けた秘薬の力というのも、おそらくたまたま伝わっていたわけではない。例の“花”とやらに、人体に宿る聖属性のマナの力を一時的に高めるような効能があったために、村に役立つものとして、その製法が受け継がれていたのだとう。しかし使われてはいいなかったのは、おそらく副作用か何かがあり、その危険性を鑑みてのことだ。──こういう話は、ごまんとある。現代の冒険者ギルドで、ヒーラーがよく煎じてくれるバフ効果のあるポーション……あれと同じものが、国内各地の村々でも古くから作られていて。けれども、その効能や副作用の科学的な把握はなされておらず、それらしい伝承や教訓といった形で、受け継がれたり失われたりする。フィオラに伝わる秘薬というのも、きっとその類いの代物だ。
──その辺りは、別にいい。それよりも、問題なのは。)

……あの子たちは。
自分たちの兄貴が、“英雄になる”って……言ってたよな。

(──副作用か何かがあるために、製法は伝えられながら、使用はされていなかった“秘薬”。そんな危険な代物を、まだ幼いあの少年が、儀式で服用する運命にある。
そう知ってしまった今、何も考えずにいられるわけがあるだろうか。村にとって多重の意義を持つ“花”をこの手に持ってしまったことより、今目の前で進行している状況の方が、ギデオンには余程問題だ。複雑な表情を浮かべた顔で、隣にいる相棒を見つめる。重々しく開いた口は、相手のことを信じ切ってのものだった。)

──この件は、見過ごせない。
薬草調査と並行しながら、俺たちで調べないか……“秘薬”とやらのことを。





757: ギデオン・ノース [×]
2024-04-13 17:26:32




……、…………、
この手のは……この手のだ。

(躊躇いがちな真っ赤な顔に、ふるふる不安げなスカーフ耳。それらを向けられたギデオンときたら、(あ)と顔色を変えたが最後、また気まずそうに顔を逸らし。それでようやく絞り出すのが、この煮え切らない返事とくるのだ──つくづく愚かなものである。こんなことになったのは、普段は気をつけているはずが、時折失念するせいだ。歳相応の知識があるとはいえ、そして今は少しずつ教え込まれているところとはいえ。相手は本質的に、非常に育ちの良い女性であって……遊び呆けていた己と違い、その手の“教養”はまだまっさらなのだと。そんな彼女に、まさかそんな。──意欲旺盛な真相なんぞ、ぶちまけられるわけもなく。
以降のギデオンは、これまで何でも話し合ってきた相棒兼恋人に、どんなに食い下がられたとしても、頑なな態度を崩さず。真冬の山奥にいるというのにだらだら冷や汗をかきながら、「そろそろ仕事にとりかかろう」「今日は薬草調査だったな」なんて、あからさまにも程がある話題逸らしを繰り広げて。そうして、たまたま通りがかった冒険者の誰かしらが、倒れているレクターにぎょっとした反応をすれば。「そうだ、こいつを介抱しないと」なんて、心にもない台詞を調子よくほざいては、教授を屋内に運び込み、目を覚まさせてやるだろう。)

(──さてはて。経緯はともあれ、相棒の治癒魔法の甲斐あって、無事回復したレクターは。微妙な空気が漂っているこちら側に気づくことなく、「アアッ!? あの伝説の雷落としを、生で!? 生で喰らってしまった……!?!?」だのなんだの、理解不能な奇声を上げてひとしきり悶え転がりはじめた。なんというか……一般人にも荒っぽくした罪悪感を抱いていたのだが、元気そうで何よりである。もう少し沈めておいても罰は当たらなかったろうか。
ともかく、そんなレクターに白けた目を向けつつも。「なあ、そもそもどうして俺たちを訪ねに来たんだ?」と。薄々気づいていた事実にギデオンが切り込めば、レクターもはたと奇態を止めた。「そうだ、大事な話があったんです」。ベッドの上に座り直し、真剣な顔でこちらと向き合う。「おふたり、今朝は実地調査に行かれるでしょう? それにあたって、お耳に入れておきたい話があったんですよ。このフィオラ村の禁忌──“骨の結界”についてです」。
民族学者としてはずば抜けて有能な、このレクターの聞き込み曰く。このフィオラ村の周辺には、これまで亡くなった村人の骨をすり潰して粉にしたものが、ぐるりと引いてあるのだという。魔法も込めてあるために、風雨や動植物には荒らされることのない白線なのだが。人に対しては無力そのもので、簡単に踏み荒らせてしまうから、野山を歩くときにはよく気を付けてほしいという話らしい。いや、それは構わないが、何故に人骨を使った魔法陣なんぞ……とおぞましく思いながら訊ねるに。この風習の発端は……200年前のこの村を襲った、とある惨劇なのだそうだ。)



(──ビビ君。今からする話は、女性には少しきつい部分があるかもしれない。でも、詳細を知っておくほうが、もしかしたら今後、自分で身を守れるかもしれない。昨日の事件もあったから、僕はどうか、この村の暗い部分を、君にも知っておいてほしいと思う。いいですか? ……ありがとう。それじゃあ、ちょっと話しますね。

……村の語り部が、僕にこっそり聞かせてくれた話によるとね。まず、200年前のフィオラ村は、フィールド家、という一族が支配していたそうなんです。
このフィールド家ってのが、ちょっと横暴な性格でね。王都に卸す皮革製品を作るために、村人を朝から晩まで休むことなく働かせたり、村娘を手籠めにして無理やり子を産ませたり……まあ要するに、やりたい放題だったそうなんですよ。「鞭を惜しむのは、村民を甘やかすことと同義である」とか何とか言って。村人たちは、それでも決して逆らえなかった。元々フィオラ村の人々は、ガリニア本国での迫害を恐れ、フィールド家の手引きによってヴァランガ峡谷に逃げ延びてきた、少数民族のルーツらしい。だからこの村を出たところで、他に行くあてなんてない。トランフォードで生きていくなら、フィールド家の元にいなくちゃいけない。そう身の上を諦めて、権力者の横暴を苦々しく思いながらも、受け入れていたそうなんですね。
けれどやがて、それを覆してしまうような、とんでもない事件が起こった。きっかけになったのは、村長家の跡取り息子。──エディ・フィールドという、根暗な性格の、独りぼっちの男でした。
この男が、フィールド家そのものなんて目じゃないくらい、酷かった。端的に言って、異常者なんです。当時のフィオラ村は確かに狩猟を生業にしていたけれども、エディ・フィールドは子どもの頃から、野鳥や狐を残虐にいたぶって遊んでいると噂されていたそうです。そうして大人になると、今度は村の墓を掘り起こすようにさえなった。──死体を、弄ぶんですよ。でも相手は村長家の息子だから、村人たちは何も言えない。
これで調子に乗ったエディ・フィールドは、もっと酷いことに手を染めていった。生きている村娘を攫うようになったんです。それも、フィールド家が元々やっていたようなやり方なんかじゃない。女性を殺して……その生皮を、剥ぎ取るんです。獣から皮をとるみたいに。何に使うかって? チョッキとか、ズボンとか、ランプシェードとか。そういったものに加工するんですよ。村が元々作っていたような、皮革製品そっくりに。そして頻繁に、人皮製品だけを身に纏った異様な姿で──墓場で踊っていたそうです。
こんな異常者をのさばらせるのは、フィオラ村の人たちも、流石に限界だったんでしょうね。男の姿をした畜生を裁くべく、大勢が立ち上がりました。松明を明々と燃やし、弓矢をつがえ、大振りの鉈を掲げて。鬼気迫る顔をした村人たちが、本気で彼を追い詰め、瀕死の傷を負わせました。エディ・フィールドは山奥に逃げ込み、それきり二度と戻らなかったそうです。元々狩猟の村ですからね、野山にはあちこちに罠が仕掛けておいてあります。そのどれかにきっと引っかかったのでしょう。そうでなくとも、ひとりで山をうろつけば、どの道魔獣の餌食です。
村人たちはもちろん死体を捜しましたが、見つかったのは、深い落とし穴のひとつに落ちたような痕跡だけ。必死に這い登ったのか、肝心のエディ・フィールドの姿はなく、辺り一面が血まみれなだけでした。そうこうするうちに大雨が降ってきて、跡を追えなくなったので、村人たちは彼を死んだものと看做し、村に引き上げることにしたそうです。
もちろん、それで終わりじゃありません。彼を生み出した憎き村長家、その一家全体も、勢いでお取り潰しにしました。権力に取り憑かれた一族が、二度と自分たちをいたぶらないように。彼らの遺体は、エディ・フィールドが落ちた穴まで運んで、そこに放り込み、焼いてしまったそうです。これでようやく、残りの村人たち全員に、平穏が訪れた。……誰もが、そう思っていました。

でも、そうじゃない。被害がより大きかったのは、これから先の話です。
おぞましい“皮剥ぎエディ”は、おそらく肉体上は、呆気なく死んだはずでした。けれどもその怨念、フィオラ村の人々への逆恨みは、強く残っていたんです。

──エディ・フィールドを追放した、その年の冬。村長家亡き後の平和を享受していた村に、いきなり怪物がやってきました。
黒い亡霊のような、空飛ぶ巨大な骸骨のような。とにかくそういった、圧倒的に超常の、人など到底敵わぬものが。吹雪の低い唸りとともに、空から襲ってきたんです。
冷たい雪の吹きすさぶなか、突然狙われた村人たちに、成す術などありませんでした。アッと思った次の瞬間には、頭そのものが消し飛ばされたり。怪物が過ぎ去った後の旋毛風で叩きつけられ、それだけで死んでしまったり。それはあまりにも一方的な、惨たらしい仕打ちです。家の中で震えて隠れている母子さえ、怪物は必ず見つけ出し、爪でばらばらに引き裂いていくのです。守ろうと立ちはだかった男は、次の瞬間、ぱっくりとふたつに割られ。逃げ遅れた老人も、谷の岩壁まで撥ね飛ばされました。
当時の村は、数百人ほどの人口を誇っていたと聞いています。しかしそれが、あっという間に、まるで蜘蛛の子を潰すように。宙を飛び回る怪物によって、呆気なく、簡単に、惨殺されていったんです。
どうしてこんな目に遭うのか、わけもわからぬまま死んでいった村人も、数多くいたことでしょう。しかしそうではない村人もいて、彼らの恐怖ときたら、より凄まじいものでした。──だって、ね。声が、同じなんですよ。怪物の唸り声は、エディ・フィールドを大勢で追い立てたとき、奴が血を流しながら喉から迸らせていた、あのおぞましい呻き声……あれにそっくりだったそうです。
奴が復讐しに来たんだと、人々にはわかりました。奴はフィオラ村の人々を皆殺しにするために、怪物に成り果ててまで、地獄の淵から舞い戻って来たのだと。そして自分たちは、それに抗う術などないと。……自分たちが全員死ぬまで、エディ・フィールドの怨念は、決して止まらないのだと。村人たちは、再び運命を諦めるところでした。

しかし結論から言って、救いの手はありました。
村人が半分どころか、四分の三も殺されたころになって。この村に伝わるとある秘薬が、この怪物を退けてくれる突破口だと、誰かが突き止めたそうなんです。
どうしてそんなことがわかったのか、どうしてそんなものが作られていたのか、そこのところは伝わっていません。とにかく、村人たちは秘薬を飲み、たちまち授かった魔力でもって、怪物に対抗しました。亡霊じみた怪物を完全に滅ぼすには至りませんでしたが、それでも深く傷つけ、弱らせることはできました。怪物は憎々し気な声をあげ、村を引き上げていったそうです。異能を授かった村人たちとの闘いは、埒があかないと思ったのでしょう。それでもいずれまた、村の生き残りを狩り尽くすために、襲撃してくるはずでした。
生き残った村人たちに、亡くなった大勢の人々を悼んでいる暇はありません。病が広がらないよう遺体を焼却していたとき、ふと誰かが気がつきました。──この骨を粉にして、秘薬を混ぜたものを、村の結界として張ったらどうか、と。もちろんそれは、禁忌です。遺体を燃やすのも酷いことなのに、その上材料として使うだなんて。あの憎きエディ・フィールドがやったことと何が違うんだ、という反発もありましたが、とにかくやってみることにしました。そうしたら、どうです。戻ってきた怪物は、結界を張ったフィオラ村に入ってこられないじゃありませんか。
ここから、今のフィオラ村の風習が始まりました。亡くなった人を墓地に埋葬するのではなく、火葬して灰にして、怪物から身を守るための結界線になってもらうんです。そして毎年この時期、怪物が去年の傷を回復させて必ず襲ってくるその季節には、村の“英雄”が秘薬を飲み、怪物と戦うんです。怪物を万全なままでい刺せたら、いずれ結界を破られるかもしれない。だから向こうから近づいてきたときに、“英雄”が奴を痛めつけ、またしばらく近寄れないようにする。そういう慣わしが生まれたそうです。

──おふたりとも、察していますね。
そうです。そうなんですよ。そのための英気を養うお祭りが、今催されている。この“祝祭”なんだそうです。
そして、村に伝わる秘薬というのは、そこにある赤い花から作られているもののようです。フィオラ村の人々が、ガリニアにいた頃から大事に大事に栽培してきたという、特別な“花”……。調査隊のなかでいちばん村と親しくなれただろう僕でさえ、その花畑のある場所には案内してもらえませんでした。
そのくらい、この村にとって、この“花”は特別な、神聖なものらしい。元々愛でていただけでなく──冬にやってくる怪物を、この村と200年もの間因縁がある怪物を、退けてくれるもの。それをおいそれと、村のよそ者のために摘んでいい筈がありません。
もちろん、おふたりのことは疑っちゃいませんよ。ビビ君のことを聞いて、きっと無邪気な村の子どもが、善意で贈ってくれたんでしょう。この“花”の力を借りたら、たちまち元気になれるとか、きっとそんなようなことを言って。
それ自体は、悪かないんです。その子の善意も、おふたりがそれを受け取ったことも。問題は──村の大人たちの目に、それがどう映るか、ということなんですよ。)



…………

(………レクターの、彼らしからぬ静かな語りを聞いたのち。彼が別の冒険者に呼ばれ、外に出ていったその後も。ギデオンは長いこと、ヴィヴィアンの隣で押し黙ったまま考えていた。
今聞いた話は、俄かには信じ難い物語だ。エディ・フィールド自体は恐らく実在したのだろうが、逆恨みしたその男が怨霊となって村に戻り、村の人々を一方的に惨殺して回った、などと。はては、村にたまたま不思議な秘薬が伝わっていて、それを飲めば魔力が漲り、怪物を退けることができるようになった、などと。あまりに突飛が過ぎる……というのが、ギデオンの感想だった。全てが事実というわけでなく、事実を元に脚色した伝承。ギデオンが昨夜観たタペストリーや、その前に見た舞台演劇で、似通った話の細部がそれぞれ違っていたことも、その証左になり得るだろう。
──おそらく怨念の怪物というのは、雪山によく沸く魔物、ウェンディゴのことであるはずだ。ギデオンたちもこの村に来る前に、その唸り声を聞いている。フィオラ村の人々は、難民という出自から、トランフォードの魔物の生態に然程明るくなかったのだろう。そうして、エディ・フィールドの死後にたまたま出没したウェンディゴを、彼が化けて出たものだと勘違いしてしまったのだ。
ウェンディゴを退けた秘薬の力というのも、おそらくたまたま伝わっていたわけではない。例の“花”とやらに、人体に宿る聖属性のマナの力を一時的に高めるような効能があったために、村に役立つものとして、その製法が受け継がれていたのだろう。しかし使われてはいなかったのは、おそらく副作用か何かがあり、その危険性を鑑みてのことだ。──こういう話は、ごまんとある。現代の冒険者ギルドで、ヒーラーがよく煎じてくれるバフ効果のあるポーション……あれと同じものが、国内各地の村々でも古くから作られていて。けれども、その効能や副作用の科学的な把握はなされておらず、それらしい伝承や教訓といった形で、受け継がれたり失われたりする。フィオラに伝わる秘薬というのも、きっとその類いの代物だ。
──その辺りは、別にいい。それよりも、問題なのは。)

……あの子たちは。
自分たちの兄貴が、“英雄になる”って……言ってたよな。

(──副作用か何かがあるために、製法は伝えられながら、使用はされていなかった“秘薬”。そんな危険な代物を、まだ幼いあの少年が、儀式で服用する運命にある。
そう知ってしまった今、何も考えずにいられるわけがあるだろうか。村にとって多重の意義を持つ“花”をこの手に持ってしまったことより、今目の前で進行している状況の方が、ギデオンには余程問題だ。複雑な表情を浮かべた顔で、隣にいる相棒を見つめる。重々しく開いた口は、相手のことを信じ切ってのものだった。)

──この件は、見過ごせない。
薬草調査と並行しながら、俺たちで調べないか……“秘薬”とやらのことを。





758: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2024-04-19 02:49:57



──……この村を襲う"エディ・フィールド"の正体も、ですね!

 ( 相手の信頼に力強く頷いたビビの一方で、他でもない相棒はしかし、その正体には大体の目星が着いている、というのだ。「僕はもう少し調査を続けます、何か分かればお伝えしますね」と、帰って行ったレクターを見送り。まずは例の花を詳しく分析する準備をしながら、良い先輩の表情をとったギデオンの出すヒントに耳を傾け──ウェンディゴ! と例の唸り声を思い出せば。未だ一昨日のことだというのに、もう随分と長い間この村に滞在していたような気さえしてくる。そうして、すっかりこの村の違和感に飲み込まれていたビビとは違い、いつでも冷静な思考を手放さないベテラン剣士への尊敬の念に、キラキラと大きな瞳を輝かせ、ほぅ……と憧憬の吐息を漏らすと。──相手が"怨霊"などという非現実的なそれでないのなら、それはもう景気よく殴って倒せばいい話だ。レクターの話を聞く間、その青白さを隠せていなかった顔色をパッと赤くほころばせ、ぱちん! と元気よく両手を合わせれば──それじゃあ、今度は私の番ですね、と。鞄の中から得意げに薬草の調査用に持ち込んだ、その性質を調べる試験紙やその他の道具たちを取り出して。 )

 ( "古代、ガリニアの地を開拓した森の民にとって、蜂蜜は貴重な栄養源であり、(中略)、またそれは時として薬としても扱われた。"(サルトーリ,4962,p.124)
 子供達に手を引かれ、そこへ辿り着いたビビの脳内に過ぎったのは、そんないつか読んだ薬学史の本の一文だった。あれから数時間、本来の仕事である薬草の調査と共に、花の成分を分析すれば。その薬効成分となるアルカロイドが、花の蜜部分に多く含まれていると分かったまでは良かったのだが。手持ちの道具だけでこれ以上判断するのは難しく。そもそも花一輪から採取できる量があまりに少なすぎるのだ。これでは身体の大きな人間一人に効果を与える為にどれだけの量が必要か──ああ、だから、子供を使うのか。そんな嫌な結論を頭を振って振り払えば。机上で解けないものは、脚で稼げばいい。そう先にフィールドの探索に当たってくれていたギデオンと合流したのが、半刻程前のことだった。
そうして、それは既に相棒が見当をつけてくれていたか、それともビビと合流してすぐのことだったか。兎に角、こうして村民たちが何か必死に隠しているそれを事も無げに暴くのは、彼らが取るに足らないと放置してきた子供達なのだから皮肉なものだ。着実な交友を築いていてきたビビと──特に本来であれば、自分達になど見向きもしないだろう大人の男性であるギデオンが、自らしゃがんで視線を合わせ、有効な情報の提供者として対等に扱ってくれるそれだけで、聡い子供たちは喜んで村のことを教えてくれるのだ。そうして、今回も案内された別れ際、「はちさんがお仕事しててあぶないから入っちゃダメなんだよ」と、彼らが普段村の大人から言いつけられているだろう忠告を得意げに残して、手を振って離れていく彼らには、その純粋さを利用して騙したようで申し訳ないが──なるほど。そこは、例の花畑ともほど近い、村の外れにある養蜂場。高度な技術のない村で、一輪の花から少ししか取れない蜜を集めるのに、これ以上効率的な方法も無いだろう。)

──……一輪で薄いなら、濃縮すれば良い、か。
どうしましょう、恐らく無人、ってことは無いですよね……





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