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紅蘭紫菊/112


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自分のトピックを作る
15: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-14 22:53:41




(端正な顔立ちに似合わない、揶揄いの様な、嫌味の様な言葉を紛れさす相手を何処か気に食わない気持ちで再び煙を吐き出すも、自分には町娘の会話など興味を持っていなかったからか耳に入っておらず。
しかし“あの噂”と言った言葉にほんの僅かに眉を寄せる。
たった一晩で江戸中に広まった噂と言えば一つしかない。

_何だ先生。化物なんて信じてんのか?随分可愛い性分なこった。
(どう思うか聞かれただけだが相手が噂をさも信じているかの様に、隣に座る相手に向き直り見下す様に馬鹿にした様な表情で言い。
冷めて己の舌に丁度良い温度になったお茶を啜れば「化物なんて、いる筈ねぇだろ。」と静かに言う。
再び相手の顔を見詰めると、やはり昨夜の受取代理人の男と何処となく重なり。
目元が似ている、否、似ているどころか瓜二つ。
しかし昨夜の男は短髪だった筈。
徐に手を伸ばすと相手の髪を軽く引っ張る。
途端に、自分でも何をやっているんだと思いぱっと手を離せば「あ、悪い。鬘かと。」と素直な感想を述べるも「(何を言っているんだ俺は。)」と正気に戻り軽く咳払いをする。

(子供たちが団子を平らげたのを確認しては店内に皿を置きに行く。
寺子屋に通う少年が『今度孤児荘に遊びに行っても良い?』と自分の着物の袖を引き聞いてきたのを見詰めると「おう。いつでも来な。」と僅かに表情を和らげて答えて。
二人が寺子屋の子供達に手を振る中、引っ掛かりが取れぬまま相手の横を通り過ぎようとした際に、常人では感じ取れぬ程の阿片の匂いがほんの僅かに感じ取れ、ばっと相手に向き直る。
何の確信も無い、ただ僅かな胸騒ぎがし「あんた、昨夜は何をしていた。…呑みにでも…行ってたか?」と。
冷静を装う為か無表情は崩さないまま問い掛ける。
基本他人の私的な問題毎には興味など毛頭ないが、己に関わっている可能性があるとなると話は別。
真っ直ぐ相手を見つめたまま相手の返答を待って。

16: 菊 露草 [×]
2023-02-15 00:01:49




…お兄さんも言うね。吃驚した。
( 普段誰かに馬鹿にされても特に何も感じないが何故か相手に言われると気に触る。表情に出さないものの髪に触られた時は素で思わず目をぱちりとさせて、動揺していない口ぶりだが素直に零し特に嫌な顔はせず。


( 寺子屋で待つ子どもたちの分の団子を買って少女に持たせ、やはり子どもには柔らかな表情をする相手にこの後のやりづらさを感じつつ、ひとまず此の場を離れようとしたとき、問われた言葉に目を瞬かせる。
心中、疑われてるのだと気付き研ぎ澄まされた嗅覚に舌を巻き先程髪を触ってきたのも合点がいき。
少しわざとらしいくらいにはてと首を傾げてゆらりと髪を揺らした後、表情を消してじっと相手の瞳を見て其れから一歩二歩と爪先が触れ合うくらい距離を詰めて。

…ふっ、お兄さん、牡丹の香りと言い、髪を触ったり昨夜のことを聞いてきたり、もしかして俺に惚れてる?誘うならもっと上手く誘わないと。
( 消していた表情を一変、口元を緩めて冗談を口にすると、相手の白い頬に片手を触れさせて軽く指先で撫でてやる。今宵の依頼のこともある。このまま記憶を操作しても良かった。然しそれはせずにするりと頬をなぞるように手を離してひらつかせ「なんてね。ちなみに噂の化物がどうかは別にして…信じてるよ、俺は。あと昨夜は教鞭の準備をしてた。もしかしてまた何か匂う?あ、色々聞かれたし俺は君の今夜の予定が知りたいな。」本心を混じえて答えてやるが、後半は息を吐くように嘘を述べ自身の手の甲の匂いを嗅いで肩を竦ませる。続けて脈絡はないが揶揄いで押し切ろうとそれっぽく情報を聞き出そうと視線を向けて。)



17: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-15 13:19:34




(妖艶な表情で頬を撫でられれば、其の手は冷えた為かひんやりと冷たく、相手の揶揄いが何故かまた勘に触り。

_あんたみたいな生意気な男は好みじゃ無いんだ。“顔だけ”ってのはあんたの為にあるような言葉だな。まぁ、本気で惚れた相手にはもっと上手くやるさ。
(所詮己もまだ“子供”なのか、腹立った気持ちを隠すように相手を見下しいつもの馬鹿にした様な表情で言い放ち。
「今夜は空いてるぜ。何だよ、先生の方こそ俺を誘いたかったのか?」と皮肉を混ぜるかの様に此処で相手をあえて“先生”呼びにして。
寺子屋の子供達と『また遊ぼうね!』と約束をしている少年少女達を呼び戻しては相手への怪しさが拭えないまま其の場を後にして。

(時刻は夜、久し振りに依頼は入っておらず縁側にて月を見上げながら煙管を燻らせる。
殆ど手入れの必要ない己の刀は妖刀と呼ばれており、人の生き血を吸って切れ味に磨きがかかる仕組み。
綺麗に拭き上げた後、刀を鞘に収めては明日の依頼の内容が記されている紙を見詰める。
依頼相手は先日の貴人の娘である令嬢直々からの物。
内容は街で見掛けた男に一目惚れをしたので其の男を一晩買いたいとの事。
金に物を言わせようとする所が、さすがあの男の娘と言ったところかと内心悪態を付く。
しかし、一目惚れをしたとやらの男の特徴を見ては目を見開く。
“艶やかな長髪で切長の瞳、寺子屋の先生をしている”
大きな溜息を漏らしては今一番関わりたくない相手が対象である事に絶望し、依頼の紙を燃やす。
相手と自分は面識がある故に仕事上では関わる事が困難なのだ。
しかし流石は貴人の令嬢、報酬はかなりの額。
どう相手を引き出そうかと頭を悩ませつつ自分の寝所へと入る。
まさか今頃相手が孤児荘の少女を狙っているなどとは分かる由もなく、そのまま瞳を閉じて。

(深夜、カタリ、とした小さな物音に目を覚ましてはまた鼠が入り込んだかと。
聴力と嗅覚は常人の何倍にも感じ取れ易い為、こういった無駄な物音でも目を覚ましてしまう。
台所に行っては水を飲み干し再び自室へと戻る。
僅かにはだけた寝巻きからは幼き頃の凄惨な出来事を物語るような傷痕が大量に残っており、寝巻きを治しては再び寝床へと着いて。


18: 菊 露草 [×]
2023-02-15 22:16:49





( 人も町も寝静まる時刻、この季節の夜は虫もあまり鳴かず静かで肌を撫でる風が冷たい。
今自分は密売人の格好をして孤児荘の裏手に回ってきたところ。
正直、気は向かない。子どもの密売ということもあるが、相手が関わっていることが大きい。
相手が分かりやすく裏に染まりもっと悪どい輩ならやりすかった。しかし、昼間の相手の大人びたようで子どもっぽさが垣間見える言動や子どもを見る目。顔だけで生意気なのはそっちだろうと言い返したくなるが何故か憎めない。
それでも依頼とあれば相手がどんな人間だろうと関係ない。対峙するならば其れまで。

相手は気配や匂いに敏感、意味を成さず逆効果の可能性もあるが匂い消しの薬草の煙を纏ってきた。
孤児荘の間取りは大まかにだが孤児荘の少年少女にそれとなく聞いてきたため、割りとすんなり建物内に侵入することに成功する。気配を消す呼吸法で壁に添って忍び足で子どもたちが眠る部屋へ向かうところ、カツンとほんの微かに足先に何かがあたる。ひやりとして下を見ればそれは木で作られた小さな駒。コロンコロンと何度か右に左に振れて静かに動かなくなった其れに安堵したのも束の間、あろうことか相手が起きてきて。
幸いにも死角だが背筋に冷や汗が伝う。念のため手鏡で相手の様子を伺い、見辛いが鏡に映った白い肌に痛々しく刻まれた傷跡に小さく目を見開いて。
一体なんの傷跡なのか、生意気な表情の裏に何かあると言うのか。いや、どうせ裏の仕事で付いた傷跡だろう。
ほんの一瞬、気配を消すことを忘れかけるも、相手は此方に気付いているか否かその場を離れていき短く息を吐き出す。
何故年下の餓鬼にこうも惑わされないといけないのかと苛立つ感情を抑えて少女の眠る場所へ行けば其処からは早く、少女の枕元へゆっくり座り「ごめんね。」と一言声を掛け、懐から身体に影響のない睡眠薬を吸い込ませた布で少女の口を覆い更に深い眠りへと誘い。そしてその小さな身体を片腕に抱き上げて素早く孤児荘の裏手口へと出て。)



19: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-15 23:27:30




(孤児荘は広い。其の上造りは決して新しくはない。
鼠の音に起こされるのは日常茶飯事だが、ほんの僅かに何者かの気配が入り混じっておりこの状態で寝付ける筈も無く入り口の門へと向かうもしっかりと施錠されていて。
其の流れで裏口へと向かうと扉下の土の擦り具合から何者かが潜入して来た事は間違い無く寝巻きのまま駆け出す。
昼間とは打って変わって静かな街、自分が依頼を受ける際には裏通りを通る。もし先程侵入してきた者が同職であれば、と裏通りに曲がったのと同時に先方に見えるのは孤児荘の少女を抱える黒い着物の男の姿。
歯をぎり、と鳴らし全速力で走り相手に正面に回れは刀を眼前の男に向ける。

_何処の者だ。
(雲に隠れていた月が顔を出すと同時に相手の顔も照らされる。
相手はつい先日会ったばかりの代理受取人の男。
子供を抱える相手の隙を付き、一瞬で切り掛かってははらりと落ちる黒い布。
しかし顔を背けられたまま此方の隙を付き逃げられてしまってはまた一から探す手間になり。
焦る気持ちを抑え一度冷静になる。幼い子供を攫うのならばきっと売りに出す筈。
敢えて孤児荘の子供を狙ってきた辺りを見ると己に恨みがありそうな存在。そしてあの男はあくまでも依頼人なのだろうなと。
急いで真っ直ぐ向かったのは花街の奥にある少女の買取場。
売られてきた子供は其の美しさや肌の白さにより欲しがる店は多く、一度競売に出される事もある。
相手が孤児荘の少女を受け渡し、報酬を受け取り其の場を去った途端、競売の管理者である男に近付き背後から首元を腕で押さえ込む。

_其奴はまだまだ餓鬼だぜ?しかもお転婆と来た。仕込むのに何年掛かるかわかんねぇぞ。そんな餓鬼よりも、俺の方が面白い見世物できるぜ?
(甘い言葉で囁き疑う様な視線を向けてくる管理者に「最近の化物の正体は狼人間らしい。俺が其の化物だと言ったら?」と囁くと管理者は興味ありげな視線を向けて来て。
「まぁ待てよ。条件がある。其れが呑めないなら大人しく其の餓鬼は受け渡すよ。まず其の餓鬼は俺に預ける事。そして見世物をやるのは一回きりだ。顔を知られる訳には行かないから面か何か用意してくれ。どうだ?此の餓鬼を仕込むまでに数年かけた所で売れるか分からない、其れよりも一夜でボロ儲けの方が良い話じゃねぇか?」と。
男の前でほんの僅かに狼化すれば男は人の悪い笑みを浮かべあっさり了承してくれて。

(孤児荘の少女を横抱きに抱えたまま孤児荘へ到着すると寝室にそっと寝かす。
明日は相手を令嬢の元に運んだ後は、見世物の仕事。
花街にてお祭り騒ぎで行われる事を予想しては令嬢が相手と外に出てくるのだけは阻止したい所。
令嬢の依頼内容は相手を一晩買いたいと言う事だったし所詮行われるのは男女の営み、外へ出る事は無いだろうと僅かばかり安堵しては裏口の鍵もしっかりと施錠し漸く自室へ戻る。
子供達だけは何としても守らないといけない、自分の様な思いをする子供はいなくて良い。
無意識の内に歯を食い縛っては静かに眠りに着いて。

20: 菊 露草 [×]
2023-02-16 00:22:23





( 無事に住まいの自室に戻れば普段感じない疲労感に床にどすっと座り長めの嘆息を零す。
月夜に照らされる刀を構える相手の姿、真白の刀と紅い瞳の対比が酷く美しく魅せられるも伝うのは冷や汗。令嬢を攫った組織を全滅させたのが相手なら子どもを抱える己が刀を交えて勝つ見込みは絶望的。
そしてやはり相手は強かった。的確な刀さばきで黒布は舞い、その時に僅かに付いた口元の掠り傷を親指でなぞる。
相手が受けた依頼や管理者と交わした条件などは露知らず、明日は管理者に売り渡した少女を裏ルートを使って安全な里親へ引き渡せねばならない。勿論、其処に組織は介入していなく個人的にしてるだけ。相手の行動によりその手間も省ける訳だが、まだその事は知らずに寝支度を済ませて眠りに付いて。


( 翌日、直ぐにでも少女の安否のため管理者の元へ行きたかったが策を進められるのは日が暮れてから。少女が怖い思いをしていないといいがと、必要のない心配をしつつ口元の掠り傷を白粉を使って隠す。
寺子屋の格好で町へ向かい馴染みの古本屋の敷居を潜れば店主である優しげな白髪を生やした男が近づいてきて
『おー、菊先生。丁度良かった。子どもたちに良い教本が入ったんだよ。』
「そう思って来たところだよ。…お、本当に良い本だ。状態も良い。子どもたちも喜ぶよ。」
『それはそうと聞いたかい?今夜の見世物の話。』
「見世物?」
『まぁ、あまり表沙汰にはなっていないようだけれど、さっきお侍様方が話しているのを聞いてね。噂の化物を見れるとか。』
「…へぇ、」
『おや、興味ないかい?』
「いや、少し思うところがあっただけだよ。…本ありがとう。これはおまけ。」
( 緩く肩を竦ませて二冊の教本を風呂敷に包むと代金と共にお礼の林檎を渡す。本屋での用は済んだため自身の夕餉の食材でも買おうかとさっき聞いた話を考えながら八百屋へ足を向け。)


21: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-16 01:16:06




(翌日、昨夜攫われていた少女は深い眠りに落ちていた所為かいつもの様に起きて来ては挨拶をしてきて。
『私もお買い物行く!』と此方の返事も待たずに上着に着替えては夕飯の食料を買いに向かう。
八百屋にて、沢山の野菜を購入した後、少女と手を繋ぎながら通りを歩いていた所、八百屋方面へと向かう相手と擦れ違う。
擦れ違い様に微かに見えた口元の切傷。やはりあの男は相手だったかと確信に近い物を持っては声も掛けず少女の手を引き颯爽と歩いて。
『お兄ちゃん?…どうしたの?』
「今日は鍋にするって姉ちゃん達が言ってたぜ。ほら、早く帰らねぇと。」
(『やったー!お鍋!楽しみ!』とはしゃぐ少女と共にやや急足で帰れば年長の少女達に食材を渡し、自分は孤児荘の庭で遊ぶ年少の子供達の様子を縁側から見ていて。

(子供達も寝静まった夜、最早変装をする意味も無い気もするが寺子屋へと向かい玄関を叩く。
相手が出てくるや否や首元に手刀を落とそうとするも華麗な身のこなしで避けられてしまい、瞬時鳩尾に拳を入れる。
一発で仕留められると思っていた物の華麗に避けた様を見るにやはり相手は昨夜の男で間違いないと。
やや強引に相手を肩に背負っては令嬢の住まう屋敷へと向かう。
裏口から入り、令嬢の部屋に相手を雑に下ろすと令嬢が目を輝かせ、うっとりと相手を見詰めて。
『はい。報酬よ。お父様から聞いていたけど貴方って本当に何でもやってくれるのね。』
かなりの額の報酬を受け取り、用事は済んだと裾を翻す。
部屋の中からは『ねぇ!早く目を覚まして下さいな!ふふ、本当に綺麗な顔…女の私ですら嫉妬しちゃうわ。』と甘ったるい声が聞こえ。

(其のまま真っ直ぐ向かうは花街の奥の特設で建てられた見世物小屋。
看板には“恐ろしき化物、狼男”と大きく書かれており昨夜の管理者と落ち合う。
渡されたのは狐の面。
『ここは花街だ。遊女が使う面しかねぇのさ。其れで我慢してくんな。』
「分かった。後、黒い布を借りるぜ。銀髪なんて江戸中探しても俺くらいしかいない。すぐに身元がバレちゃまずいんでね。」
『注文が多いな。しかしこの客の数だ。今晩だけで暫く食い扶持には困らねぇ程だ。しっかりやってくれよ。』
「嗚呼、任せな。」
太鼓や笛の音が鳴る中、予定の時刻になり黒い布で頭を包み狐の面を被ったまま舞台に裸足で上がる。
用意された漆黒の着物からはしっかりと手足が見えており自分が人間である主張をしていて。
大きな太鼓の音と共に意識を集中させると紅い瞳の瞳孔が開き始める。
面の下の頬からは銀毛が伸び始め、着物が引き千切れて行くと同時に、其の時には完全な狼の姿になっていて。
面が落ち、カツンと音を立てると会場は一瞬静まり返る物のすぐに歓声が湧き上がり。
幼少期、自分が置かれていた状況を目の当たりにし吐き気を覚えるも持ち堪え裏へと戻る。
人型に戻り、管理者に『此奴はすごい。ほら、御前の取り分さ。』と渡されるも断り「二度と俺に関わらない事だな。今回は俺の要求を素直に呑んでくれたからやったんだ。変な考え起こして利用しようなんて思ったら最後、あんたの事も食っちまうかもしんねぇぜ。」と軽く脅し。
未だ騒がしい花街を後にしてはいつもの服装に着替え煙管の煙を燻らしながら江戸の街をのんびりと歩き、何気なくいつもの丘に向かっていて。

22: 菊 露草 [×]
2023-02-16 08:31:17




( 僅かな鳩尾の違和感と嫌な臭いに少しずつ意識が浮上する。近くで誰かが動く気配がし、敵意はないようだが嫌悪感を覚えて。ゆっくりと瞼を上げて視界に映ったのはあの令嬢。
そこで是迄の記憶を思い出す。昼形町で見かけた少女と相手。どういう経緯か分からないが少女は無事だった。気に食わないが相手が上手く動いたのだろう。然し少女が元気なら何よりだ。
問題はその後。真夜中の訪問者に警戒はしていたが相手のが上手で、無駄のない動きに隙を付かれてしまった。迂闊で不覚…だが薄れゆく意識の中、相手に運ばれている時に感じた何か。
一瞬胸奥がちくりと痛むも其れは苛立ちと共に“嫌な臭い”の正体と共にかき消されて。

『やっと目を覚ました。待ちくたびれたわ。…本当はあの護衛の者も残ってほしかったのだけれど、それはまたにしようかしら。』
「…随分と強引なんだな。悪いが俺はこんな手を使う奴は好きじゃない。まあ、既成事実は必要か。」
(少し重たい身体を起こし座ったまま令嬢に視線を向ければ、格好は寺子屋だが冷たく言い放つ。
相手ほど嗅覚は鋭敏でないものの流石にこのキツい香の匂いは頂けない。それに僅かにだが、気持ちを上向かせる香もして自惚れる訳ではないが令嬢が何を求めているかは察して。
『あら、想像していたよりも冷たいのね。…それに何を書いているの?』
「別に、貴方に教える必要はない。」
令嬢の目の前で気にせず帳簿を取り出し筆を走らせて直ぐに懐へ仕舞えば、己の態度に黒い瞳をぱちぱちさせる令嬢の髪にそっと振れてやる。
そして能力を開放し“令嬢と己は一度切りの約束で営みを交わした。”という偽りの記憶を植え付け、ついでに相手への当てつけで“相手とも夜の約束をした”記憶を足してやる。
嘘でも令嬢と関わりを持った等身の毛もよだつが、記憶を変えられても人の感情までは完全には変えられないので令嬢が満足すればいいかと。
記憶の改変によりぼーっとする令嬢を置いて見張りの目を掻い潜って屋敷の外へ出ては白い息を吐き出し、虫の居所の悪さを抑えて気持ちを落ち着かせようとある場所へ向かい。


たどり着いたのは静かな丘、道中花街が騒がしかった気がするものの今は雑踏に構う気はしない。なのにどうだろう丘を登った少し先に己の機嫌を逆立てる張本人がいるではないか。
気に食わない相手なのに、月に照らされて輝く髪とその横顔が綺麗なのがまた更に気に食わない。
関わらないのが得策…なのに気付けばずかずかと相手に近づいていきその肩をがしりと掴む。
一応寺子屋の格好、正体はバレている可能性のが高いが胸ぐらを掴まなかっただけ褒めてほしい。
「こんばんは、お兄さん。さっきはやってくれたね。…お兄さんがそんな怖い人だと思わなかったよ。」
(にこりと分かりやすい作り笑顔を向けてやれば後ろの大木に相手の身体を押し付け、その長身に尚苛立ち「お兄さんがこんな悪いことしてる人だと子どもたちが知ったらどう思うかな?…それとも俺がお役所様に告げ口して牢にいれてあげようか。」とどの口が言うかと内心思いながらぎりぎりと肩を掴む手を強めて。)




23: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-16 13:43:02




(疲れ切った身体を休めていた物の、今一番会いたく無い相手の登場に本の僅かに動揺するもいつもの無表情は崩さずにいて。
肩に食い込む程込められる力に、表情こそ柔らかい物の相手の怒りを感じては其の手を捻り上げ相手を大木に押し付けるように覆い被さる。
唇が触れそうな程至近距離で「言ってみろよ。」と。
相手の口元の傷にそっと触れては相手の正体は既に知っている事を物語っており。

_少女誘拐に阿片の代理受け取り。上っ面だけ優しくて随分おっかねぇ“先生”だな。
(相手を見下す様に笑みを浮かべるも己の正体も割れてしまっている以上は慎重に行かなければならない。筈なのに。
何故か眼前の相手を見ると腹立ちが勝る。
「其れにしても随分と早い“お楽しみ”だったんだな。物足りなかったんじゃないか?…俺が相手してやろうか。」
相手の顎をぐい、と掴み其の白い首筋に顔を埋めようと近付けた所で、幼少期見世物に出された後に一晩買われた日の事をふと思い出す。
ぴたりと動きを止めては、自分を嫌う、色仕掛けの効きめの無い相手にこんな事を行う必要も無いかと。
ただ相手の腹の虫に触れられれば其れで十分かと思い、すっと離れれば正面に座り込んだまま煙管を一吸いし煙をふう、と相手の顔に吹きかける。

_ま、交換条件ってやつだよ。俺もあんたの事は調べが付いてる。互いに大人しくしてりゃ平和だろ。
(先程の己の行いなど気にも止めないかの様にけろっとした様子で言い。
「うちの子供がが寺子屋に通う子供の事の事を気に入ってんだ。腹が立つがあんたの事もな。…まぁ、俺達も“仲良く”しておいたほうが得策だと思うぜ?」と小馬鹿にした様な表情で言えば立ち上がり其の場を後にして。

(孤児荘の前へと辿り着けばまだ明け方にも関わらず貴人の側近である黒服の男が立っており。
今夜の依頼の話だろうかと其方に近付けば依頼は明後日の物のようで、其れなら何故今日届けに来た物かと僅かに首を傾げる。
『お嬢に、今夜は御前に直々に依頼をしているから頼まない様にと言われたんだ。』
「…は?そんなやり取りしてないぜ。勘違いじゃ…」
『其れはお前とお嬢のやり取りだろう。取り敢えずはこの依頼は明後日の物だ。しっかり頼むぞ。」
紙を受け取り懐に仕舞えば再び頭を悩ませる。
昨夜相手を連れてくると言った依頼は終えた筈。其れなのに自分にまだ依頼をしてきたなどと、思い当たる節も無い。
兎にも角にもいつもより早目の時間に屋敷に向かう必要があるなと思えば孤児荘へと入り風呂を済ませ少しだけ寝る事にして。

24: 菊 露草 [×]
2023-02-16 22:47:24



…疲れた。
( 相手と対峙した後に住まいの自室に戻り障子に凭れては思わず心の声が漏れる。
相手に己の正体はバレている。そしてやはり気に食わない態度。
首元に残る相手の息遣いを思い出し片手を首筋に振れさせては下唇を薄く噛み締めて。
嫌いな相手のしたこと、当然嫌悪感はあるはずなのに其れよりも悔しさが強いのが一層腹立たしい。
煙管の匂いが染み付いているようで少し乱暴に髪を解き見出すと一度深く息を吸い気持ちを落ち着かせて。
子どもたちの為、“仲良く”してやろうじゃないかと。令嬢とのお楽しみの仕返しは被ってもらうが。
我ながら子供じみたことをしていると思いながら一休みするため準備をして。

( 時刻は其の日の昼下がり、寺子屋の広場で子どもたちが遊ぶ様子を少し離れた木の下で見守っていれば木の上からひらひらと舞い落ちる白い紙。
顔の前あたりを落ちていくあたりで指先で掴み中を広げると案の定依頼が書かれており。
その内容は“先日花街の見世物で出た狼人間を大変気に入った大名がいる。大名はどうしても狼人間を手に入れたい為、強い鎮静剤を大名へ密売されたし。”と。
狼人間と相手は結びつかない。然し直感的に嫌な予感はしていて。
「狼…」
『狼がどうしたの?菊にぃ』
「あ、いや…何でもないよ。狼って綺麗だよなぁと思ってね。」
『ええー、でも狼は危ないって母ちゃん言ってた。』
「んー、まあ狼も人間怖いって思ってるかもしれないからお互い様だよね。」
『そうかぁ。あ、それ僕の鞠だよ!』
( 走り寄ってきた少年は首を傾げていたが、また忙しなく広場へと掛けていく。
その姿を見つつ今夜も忙しくなりそうだと白い雲が流れる空を見上げて。)


25: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-17 00:18:43




(翌日、昼時に目を覚ましてはいつもの様に平穏な日常を過ごし夕方に貴人宅へと向かう。
あくまでも令嬢からの依頼の内容を聞く為。
孤児荘では今頃年長の子供達が年少の子供達の世話をしている頃、内容を聞き次第己も早く自宅へ戻りたく颯爽と街を歩く。
子供達は寝る前必ず一人一人自分に「おやすみ。」と挨拶をして来る。
恒例となっている其れは自分自身も「今夜の依頼も必ず生きて帰る。」と言った指揮に繋がっている為外す訳には行かず。
子供達が寝る前には帰らなければと急足で屋敷へ到着すれば門番に令嬢に呼ばれている事を伝え令嬢の部屋へと通して貰って。
何度か訪れている此の屋敷の人間には己の顔は知れている為すんなり通されると、部屋から令嬢が顔を出す。
使いの者に『あっちに行っていて頂戴。』と人払いをした令嬢は己を見詰めるなり『約束の時間より大分早いじゃない。まだお父様も起きてるわ。』と。
約束などした覚えは無く何の事かと伝えると令嬢が機嫌を損ねた様に詰め寄って来る。
『女に言わせるなんて失礼ね。今夜私の相手をしてくれるって約束よ。』
「…は?」
『昨日先生を届けてくれた際にしたじゃない。…って事でもうちょっと時間が経ってから来て頂戴。待ってるわね。来なかったらお父様に言言い付けちゃうから。』
襖が閉められ暫く呆然とするも、考えられるのは相手しかいない。
屋敷を後にするなり真っ直ぐ向かうは寺子屋。
孤児荘の子供達は今頃風呂支度をしている頃だろうか。
寺子屋の扉をやや乱暴に叩けば出て来た相手の襟をぐいっと掴み「あの令嬢に何を吹き込んだ。」と低い声で問い。
最初に相手を攫ったのは自分、何か仕返しをされても文句を言えた立場じゃ無いのは百も承知だが、何故か眼前の相手に何か仕組まれるのは心底気に食わず。

(丁度其の頃大名は“狼人間”の素性も調べており。昨夜の花街の見世物小屋へ出入りしていた怪しい人物の肖像画を何枚か集めていては其の中には己の姿もあり銀髪と言った特徴に目を細める。
従者に、『鎮静剤を依頼した男を今晩此の部屋へ呼べ。』と一言命じると城の窓辺から花街を見詰める。
大名は密売人である相手の情報はある程度仕入れている為、其の美貌が気になっていて。
欲しくなった物は何でも手に入れないと気が済まない性格。
まずは鎮静剤の入手という目的と共に相手を品定めしようとしていて。

26: 菊 露草 [×]
2023-02-17 08:29:34




藪から棒にどうしたの、…なんて“仲良く”する話はどこへ行ったんだよ。
( 寺子屋の子どもたちも皆帰り住まいで今夜の依頼のために準備をしようかと思っていたところけたましく鳴る扉にまさかと思いながら扉を開けて見れば、相手の姿。
少し胸元が息苦しく感じながら始めは、優しげな困り顔で惚けて見せるも互いに面が割れた今となっては茶番。
表情を消して冷たく言い放ち嘲笑うように口角を上げて。

御前がなんで怒っているのか知らないが、ご令嬢は御前のこともいたく惚れ込んでいたからそのことか?だとしたら令嬢に気に入られたと思って御前も楽しめばいい。色男はつらいな。
( 嘲笑する口ぶりは変わらずまっすぐに相手を見ると能力のことは明かさずに嘘と真を半々に告げ胸ぐらを掴む手を払う。そのままその掌を艶めかしく指先でなぞり「…あー、分かってると思うがあのご令嬢を無下に扱えば後ろにいる貴人様がうるさいから気をつけてな。“仲良し
”のよしみで忠告。」と嫌味っぽく笑み、手を離してぽんぽんと肩を叩いてやり。「じゃあ、この後仕事があるんだ。答えてやったから帰ってくれ。」ととんっと胸元を押して強制的に扉をしめてしまい。能力のことは組織にも明かしていない。記憶を操作ができる等と知られればどうなるかなんて目に見えているから。それ以前にあまり此の能力を好まないのもある。
扉を背に掌をぐッと握ると、少しやりすぎたかなんて甘い考えが過る己に首を横に振って今宵の依頼の準備に取り掛かり。

( 月が昇る時刻、鎮静剤を渡すだけで終わる依頼のはずが何故か大名に会うことになり気分が萎える。きっと関わる人間のことを把握しておきたいのだろうと思いつつ大名の元へ。
門構えから金箔や漆が使用された立派なお屋敷に此れだけの金があればどれだけの人が救われるのかと考えながら、此れまた豪華な廊下を案内人の後ろについて進む。
一番奥の部屋へ通されると大名がふてぶてしく座っていて、葉巻の類の香が強く炊かれた室内に顔を顰めそうになるのを堪え、一応大客のため正座をして頭を下げる。
『よく来た。例のものは持ってきたか?』
「ああ、…少しの量で通常の数倍の効力がある。無味無臭で溶けやすいから口にするものに混ぜるでもいいし、水に溶かしたものを布に染み込ませて嗅がせるだけでもいい。……その肖像画は?」
『成る程、…ん?これか。知らないのか。まさしくこの依頼に関わっている狼人間の肖像画だ。まあ未だ怪しいやつと言うだけで正体は分かっていない。しかし、あの化物は素晴らしかった。恐ろしく綺麗、躾ければ良い護衛にもなりそうだ。』
( 大名は既に“狼人間”を手に入れた口ぶりで鼻を鳴らしていて、何処の誰かもわからない“狼人間”を不憫に思う。それにしてもだ…肖像画の中の一枚。銀髪の特徴に引っかかりを覚える。浮かんだ相手の姿と嗅覚の鋭さ、まさかなと思いながら早く此の場を終わらせたいと考えていて。)



27: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-17 22:33:33




(一度孤児荘へと帰宅し子供達の就寝を見届けては気乗りしないまま再び孤児荘を後する。
やはり今回の事を仕組んだのは相手で間違い無い。
依頼を全うしただけというのは所詮己の言い訳でしか無く、仕返しをされても文句は言えないのを理解しているからこそ心底腹が立ち。
重たい足取りで屋敷へと辿り着けば、裏口から内部へと入り令嬢の部屋の襖を叩く。
襦袢のみの姿のまま出て来た令嬢から匂う牡丹の香りに眉を顰めるも、何処と無く胡散臭く表情を和らげては誘われるままに部屋へと入る。
『約束を忘れてたみたいだったから来ないかと思ったわ。』
「そんな筈無いだろ。先に金を出してくれ。其れが条件だ。」
『駄目よ。だって貴方が私を満足させられるか分からないじゃない。お金の話は後よ。』
此の令嬢、容姿こそそこそこ美しい物の性格が非常に悪い事は街でもかなり有名で。
以前令嬢が街で散歩をしていた際に、走り回り遊んでいた子供が令嬢にぶつかってしまい着物を汚してしまった為、幼い子供相手に力任せに平手打ちした挙句、其の子供の親には高価な着物を弁償させたとか。
こうなったらとことん演技をしてやり此の貴人の家ごと喰らい尽くしてやるのも悪くない、と大層大きな悪巧みを考えては令嬢の首筋に顔を埋めゆっくりと押し倒す。
「綺麗な御令嬢に買って頂けるのは俺としても有難いよ。金には困ってるんだ。普段身体だけは売らないんだが、あんただけは特別だ。…どういう意味か察してくれたら助かる。」
胡散臭い台詞と共に切なげな笑みを貼り付け令嬢をそっと抱き締めれば其の死角で表情を殺し、どう利用しようかと。
兎にも角にも汚い手を使って民から巻き上げた金額相応の物は返して貰おうと企てていて。

(其の頃、用事は済んだと下がろうとする相手の腕を強引に掴んだ大名は相手の顔を覆う布を奪い払い。
普段民には何の興味も示す事も無く、偵察は愚か、街と言えば花街くらいしか碌に行った事も無い為、相手が寺子屋を営んでいる事は知る由も無く。
『ほう。随分美しい顔をしている。』
下卑た笑みで一言言えば、相手の顔を掴み視線を合わせる。
いきなり『情夫になれ。』といった言葉を使う事はせず、まずは相手を成るだけ自分に近付けて行くところからだと画策を練っており。
『今回の報酬だ。御前の事が気に入った。狼男の捕獲までも協力を頼みたい。何、報酬なら山ほどやろう。』
“狼男”の正体とやらは家臣達を使い調べを進めている為所詮其れは口実でしか無い。
相手が断れる筈など無い事を知りつつも、酒を煽ってはのんびりと相手の返事を待っていて。

28: 菊 露草 [×]
2023-02-18 06:13:33




…分かった。言い値で構わないなら受ける。あと急な呼び出しには応じられないのは承知してほしい。
( 大名の考え全てを把握しきれた訳ではないが気に入られたのなら都合が良い。正直頼まれた依頼も気分の良いものではないが大名の頼みを断れば面倒なことになるため条件付きで了承する。
『金はいくらでも構わないが、時間の融通は何とかしてほしいものだ。…まあ良い、仕方ないが早く狼男の捕獲を頼んだぞ。』
( にやついた笑みを浮かべ酒を飲む姿に嫌悪感を顕にしないよう無表情を貫いては、奪い取られて畳に落ちた布を拾い上げて口元を隠し直して立ち上がり一応頭だけは下げてその場を後にして。
屋敷を出れば底冷えする寒さに身を震わせる。面倒ごとは嫌いだが金にはなる。然し“狼男”とはどんな男だろうか。肖像画を思い出し胸奥がざわつくも、情報を得るなら管理主の元へいき聞き出すか口を割らないなら記憶を読むのが手っ取り早いかと。事は早いほうがいいと早速管理主の所在である花街方面へ向かい。
そう言えば相手も今頃令嬢のお相手をしている頃かと胸奥の蟠りは無視して他人事のように考えて。


( 一方令嬢は相手の特別の言葉にうっとりの頬を染める。
相手の企てのことなど頭になく抱きしめられたままそっと着物の合わせ部分を少しだけはだけさせて。
『…この傷はどうしたの?やっぱり護衛の仕事が多いと大変なのかしら。』
傷の一部が見えれば令嬢は驚いた顔をして指先で触れる。少し怯えた顔はするも相手のことを気に入っているため離れはせずに『貴方は一夜限りなんて言わずに呼んだらこれからも来て頂戴ね。』と首元に艶めかしく片手を引っ掛けて顔を近づけて。)



29: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-18 19:49:21




(令嬢と唇が重なる其の刹那、時を見計らい能力を中途半端に解放する。
牙が鋭く伸び、獣の瞳孔が開き始めた途端声を上げようとする令嬢の口元を抑え切な気な表情を貼り付ける。
「怖がらせてしまったな。…流石にあんたも“化物”は相手に出来ねぇだろ?」
此の能力も使い様だな、なんて考えては怯えを見せながらも己の手にそっと手を乗せてきた令嬢が顔を覗き込んで来て。
『何か…病気なの?』
「病気…と言えば病気なのか…餓鬼の頃からだから俺もよく分かんねぇんだ。折角こんな綺麗な御令嬢と一夜を共にできると思ったのに残念だ。」
『だ…大丈夫よ!ただちょっと驚いただけで、』
「でも手が震えてる。もしまたあんたが俺を呼んでくれるのなら今日は話をしながら寝るだけにしよう。近くにいるのは平気か?」
『え、えぇ。そうね、お話をしましょう。朝までは長いんだもの。それに私貴方の名前も知らないわ。』
上手い事、令嬢との情事を逃れる事が出来たと内心喜んでは添寝をする形で己の名を名乗る。
貴人の令嬢で己より少し年上と言えど、頭の中は所詮大人の遊び事を覚えたばかりの少女に過ぎない。
手を握りながら好青年を気取り、貧困に苦しむ民の話を上手く交えながら話をして。
令嬢が眠りに落ちる瞬間に「街の皆の暮らしが落ち着いたらもっと沢山会いに来れるのにな。」と暗示の様に囁き、やがて寝息を立て始めた令嬢の部屋を後にしては小さな声で「馬鹿女。」と呟き口角を上げて。

(我ながら性格が悪いな、なんて思いつつも令嬢は街の貧困具合から目を背けていた上に父親の悪事は知らない様子だった。
少しづつ真実と甘い言葉を混ぜて話を続けて、令嬢が更生してくれたら楽だな、なんて思っては煙管を咥える。
時刻はまだ夜明け前。今夜はもう仕事も無いし丘にでも向かおうかと道中の花街を真っ直ぐ通り。
令嬢を抱き寄せた際に服の襟に付いた口紅にも気付かぬまま煙を吐いては男を誘う遊女の声に耳を貸す事も無いまま歩を進めて。

30: 菊 露草 [×]
2023-02-18 21:40:05






( 相手が上手く令嬢との営みを躱しただけでなく丸め込んだことはいざ知らず、己は管理主の元へ付いたところ。
然し管理主も口が堅い。やはり一筋縄では口を割ってはくれず、気は進まないが能力を使うことにする。
管理主に迫るふりをして腕を掴み記憶を読めば、脳内には数日前相手が少女を救うため管理主と交わした依頼や花街でした見世物の情景が流れ込んできて。
「……嫌な予感はしてたんだ。」
『なんだ。…俺は何も話さないぞ。』
「ああ、そうみたいだな。その口の堅さは買う。…無理に聞き出そうとして悪かった。今後も依頼の時は頼むよ。」
( 用済みとばかりに諦めたフリをしてふらりと後退すれば管理主の元を後にする。重たい足取りで裏路地に入れば外壁に凭れて片手で額を抑えて。
一言でやり辛すぎる。相手は裏の人間で気に食わないところが多々あるが恐らく子どもに真摯に向き合い優しいのは真。狼男が相手である事実は驚きではあるが、己にとっては些細なこと。だが、狼男が相手である以上、大名の元へ突き出さなければならない。
素知らぬ振りでもしてしまおうかと考えた時、丁度悩みの種である相手が路地を通り過ぎていくのが見えて。
無視すれば良いものを自然と体が動き相手の後を追えば後ろからその手を掴んで振り向かせ。
「ちょっと、来い。」
( ぐいッとそれなりにある腕力で腕を引き先程までいた路地裏へと戻れば、ひとまず腕を袂に通して手出しする気はない呈示をし
「大名がお前を狙ってる。この前特殊な鎮静剤を売った。怪しい奴が近づいてきたら気をつけたほうがいい。」
藪から棒に己自身何を口走っているのかと思うが淡々とした音色で大名が何故相手を狙っているかは伏せて無表情に告げる。
何となく居心地が悪さを感じつつふと相手の襟の紅に気がついて。
「…令嬢とお楽しみでもしてきたか?子どもたちに会う前に“それ”はどうにかしたほうがいいと思うぞ。あと匂いも。」
( 己が令嬢に働きかけたことは懲りずにしらばくれ、“それ”と片手を出して襟元を指差し先の無表情はいずこへか掴みどころのない笑みを浮かべる。そしてスッと相手との距離を詰めて黒い布を顎下迄下げると首元の匂いを嗅ぐ素振りをし「牡丹の香りだ。」と最初出会った時の仕返しではないが小さく口端を上げて。)



31: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-18 22:44:32




(のんびりとした足取りで丘へと向かっていた所、唐突に相手が現れては、其の細腕からは想像も付かない力で引っ張られ路地裏へ連れ込まれて。
僅かに身構えるも何か此方に危害を加えようとしている様には伺えず落としかけた煙管を咥え直す。
“大名が狙っている。”“特殊な鎮静剤を売った。”
其れは恐らく相手の仕事内容でもあり、尚且つ簡単に他人に口走って良い内容で無い事は容易に分かり。
何故自分に其れを伝えて来たのか、皆目見当も付かぬまま僅かに眉間に皺を寄せては斜め下へと視線を下げる。
自分は薬には滅法弱い。
無言のまま考え込んでいた所、いつの間に襟首に付着していたのか令嬢の物であろう紅を指摘され怠そうに襟元を乱し紅を擦る。

_嗚呼、あの女の部屋は香の匂いが強くて参る。残念だがあんたが想像している“お楽しみ”は何にも無かったよ。化物はおっかなくて御免らし、
(相手が自分に対しての情報を知っているとは露知らず言いかけた言葉を止めては着物を叩いて香りを取ろうとする仕草で言葉の続きを誤魔化して。
そして自分は何故相手に弁解地味た事を言っているのかと疑問に思い溜息を吐く。
煙管を懐へと仕舞い「まぁ、気を付ける。だがあんたが其の内容を俺に話すのは問題あるんじゃないか。何で大名様が俺を狙ってんのかは知らないが少なからずあんたも関与してんだろ。」と問うも此れでは相手を気に掛けてやっている様では無いかと。
何故だか今日は調子が狂う。
眉間に皺を寄せ、相手の返答も聞かぬまま其の場を後にしようとするも一度足を止め、相手に背を向けたまま「取り敢えず、礼は言っておく。有難う。」と一言だけ言いやや大股で足早に退散して。

(丘へと辿り着き、いつもの大木の下へ座り込む。
そういえば自分は相手の名前すら知らないな、と思うも孤児荘の子供達が相手を『菊先生』と呼んでいた事を思い出し。
「………菊、?」
名を口にした瞬間刺す様な頭痛が走る。
ぼやけた微かな頭の中、自分によく似た銀髪の男が嘆いている映像が浮かぶ。
「-菊、どうして俺を置いて行った。-」
銀髪の男が苦しそうに悲しそうに呟いた言葉が頭の中に反響した所で不意に頭痛が治まり、今の出来事は何だったのだろうかと。
到底理解も出来ないまま立ち上がっては、疲れているのかもしれないな、なんて呑気に思い孤児荘への帰路を辿って。

32: 菊 露草 [×]
2023-02-19 03:46:02



( 相手と別れた後、大名への報告は明日することにして住まいへ戻る。
寝支度を整えて布団の上で髪を梳かしながら思うのは相手のこと。誤魔化してはしていたが自分自身のことを“化物”だと零したり、此方を気にかけ礼を述べてきたり…思えば言動は出会った時から礼儀はしっかりしていた。
少女を攫うため孤児荘に忍び込んだ際に見た相手の肌に刻まれたあの傷も深い理由があるのではないか。管理主の記憶の中で見世物として狼の姿になる相手が断片的に浮かんだ瞬間、ズキンと頭が痛み手で抑え。
__どこかで、あの姿を見た気がする。月に照らされて美しく艶めく銀毛、燃え滾る紅い瞳…。
然し、一度見たのなら忘れるはずがない。胸奥のざわめきが酷く鬱陶しい。
相手に大名の情報を教えたのも相手に何かあれば子どもたちが悲しみ路頭に迷うから。決して相手の為ではない。そう言い聞かせて仮眠を取って。

そして夢を見る。
恐らくあの丘で、血まみれになった己が仰向けに倒れていて震える手で月に手をのばす。
泣いているのか視界はぼやけていて何か言葉にしようとするも口から溢れるのは紅。
「__どこかで、また、」

その夢は起床する頃にはぼんやりとしたものになり、男が己だったのかも定かではない。
胸奥の蟠りは相変わらずだが夢についてはあまり深くは考えずに今宵大名へどう報告するかを考え、重たい気分のまま寺子屋の準備を始めて。

一方、その頃大名の方にも動きがあり、己が情報を得て報告しようがしまいが別の従者がしっかりと相手と狼男を結び付けており、鎮静剤を用いた捕獲を企てようとするところ。
従者はいかにも陽気な飴売りの行商人に扮して孤児荘へ行き、外で遊ぶ子どもたちを呼びつける。
『やぁ、みんなかわいいね。ほら見て、この飴細工。猫の形をしているだろ?こっちは鳥の形だ。』
『わぁ、すごい!これ全部飴なの?』
『そうだよ。よかったらこの猫さんを君にあげるよ。君には龍を。…あーそうだ。これはただの丸いベッコウ飴なんだけど生姜が入っているから疲れによく効くんだ。確か君たちには銀髪のかっこいいお兄さんが居たよね。』
『爛兄ちゃんを知ってるの?』
『そうそう、爛お兄さん。君たちのために頑張ってて疲れているだろうから此れを上げたらすごく喜んでくれると思うよ。あ、今回は特別で数がないから君たちは食べたらだめだよ。』
( にこにこと言葉巧みに子どもたちを引き入れようとすれば『はい、お兄さんに渡してあげてね。』とベッコウ飴を渡す。勿論ただのベッコウ飴ではなく、鎮静剤入り。舐めればそう時間は掛からず効力を発揮する。
行商人は子どもが舐めてしまえば其れ迄としか思っておらず『爛兄ちゃん、喜んでくれるなら嬉しい!この猫さんの飴も見せてくるね!』とはしゃいで孤児荘の建物へ掛けていくのを見届けて其の姿を消して。)



33: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-19 23:37:33




(やや遅めの時間に起床しては寝巻きのまま布団の上で欠伸をしていた所、ぱたぱたと数人の子供達の足音が聞こえるなり唐突に扉を開かれて。
『爛兄ちゃん今日起きるの遅いー!!!』
『疲れてるんだよ!』
わらわらと入って来た子供達の手にあるべっこう飴が目に入ってはいつ買ったのだろうかと。
「其れ…どうしたんだ。」
『飴屋さんがくれたんだよ!』
嬉しそうに飴を咥える少女の返答にほんの僅かに首を傾げるも孤児荘に差し入れを持って来てくれる町民は多数いる為、対して疑念も抱かずに「良かったな。ちゃんと礼は言ったのか?」と。
『言ったよー!それに爛兄ちゃんの分もあるんだよ!生姜が入ってて疲れが取れるんだって!』と丸い形の飴を差し出されては、起床したばかりの正常に働かない思考のまま其れを受け取る。
ふと頭に浮かんだのは昨夜の相手の言葉。
時期が良過ぎないか?と思うも眼前の少年少女が実際に飴を口にしている事もあり考え過ぎかと。
『早く食べて!』と言わんばかりに自分を見詰める子供達に負け袋から飴を取り出し、すん、と匂いを確認する。
怪しい匂いはしない、正直この時点で己の嗅覚を過信し過ぎていた。
飴をぱくりと咥えては子供達に『美味しい?』ときらきらした瞳で問われる。
_其の刹那、視界が霞み瞬時意識が薄れていく。
子供達は驚きと困惑の余り一瞬黙り込むも、すぐに泣きながら年長の子供達を呼びに向かい。
慌てて駆け付けた年長の子供達が『お、大人の人、呼ばなきゃ…そ、そうだ!菊先生、私、呼んでくる!!!』と急ぎ早に孤児荘を後にする。
残された数人の子供達は自分を呼び掛けたり、布団へ寝かし直し濡れた手拭いを持って来たりとしていて。

(孤児荘の裏口にて待機していた医者の装いをした大名の従者が、さもたまたま通り掛かったかの様な様子で孤児荘の入り口付近で態とらしく立ち止まる。
其れに気付いた一人の少年が『お医者さん!助けてください!』と声を上げては微かに口角を上げる。
縁側から自分の自室に上がっては自分の意識を確認するなり『お兄さんは私の病院で預かろう。大丈夫だ。すぐに元気になるよ。』と胡散臭い笑顔を貼り付けて。
寝巻きのまま担がれる自分を見送るも一人の少女が『着替えとか…持ってかなくて大丈夫だったのかな。刀も、置いてっちゃったし。』と不安気に溢す。
『でも、僕達は刀は触っちゃ駄目って約束だから、取り敢えず菊先生が来てくれるのを待とう。』
年中の少年の意見に賛成しては、子供達は暗い表情のまま孤児荘の庭にて集まっていて。

34: 菊 露草 [×]
2023-02-20 08:15:28




( 寺子屋にて子どもたちに教鞭を取っていれば涙目の孤児荘の子どもたちが駆け込んできたのは少し前のこと。
事情を聞いてその場はお手伝いに来てくれている青年に任せ、孤児荘の子どもたちも念のため安全な場所が良いだろうと寺子屋に残るように言いつけ己だ孤児荘へ向かう。
孤児荘へ付けば不安げな子どもたちが右往左往しており、現状を聞けば何とも訝しく。
『爛兄さん、此の子達が飴売りのおじさんに貰った飴を上げてそれを食べたみたいんだけど、その直後に倒れたみたいで…』
『お医者様が偶然前を通りかかったの。でもこのあたりでは見かけないお医者様だった気がするの。』
( 年長の子どもたちは幼い子どもたちを不安にさせないよう小さな声で話しかけてきて、大名の関連で間違いないだろうと微かに眉を潜めて。
「大丈夫、ここまで良く頑張ったね。…お兄さんが戻ってくるまでもう少しだけ小さい子たちを見ていてくれるかな?先生はお医者さんのところへ行って様子を見てくるよ。着替えを持っていきたいからお兄さんの部屋を教えてくれるかな?」
( 年長と言えどまだ子ども、優しく頭を撫でてやり相手の部屋に案内してもらう。勝手に人の部屋に入るのはどうかと思うがそうも言っていられない。着替えと共に目に止まった白い刀を手にしようとして一瞬躊躇するももしもの時に必要の為掴む。すると主君意外を拒むかのようなグッとした重みと嫌な感覚がして、僅かに表情を歪めるも直ぐにその感覚は薄らぎ着替えと共に背中に斜めに掛けて孤児荘を足早に出て。

『おや、菊先生…こんな時間にどうしたんだい?』
( 大名の元へ走って向かうところ、男一人を抱えて動いているなら直ぐ追いつけるかと思ったが怪しい男は見当たらず。
なるべく裏道を通ってきたが偶然八百屋の店主に出くわし、改めて己が今寺子屋の格好をしていることを思い出し。
「…いや、少し急ぎの用事を思い出してね。ところでこの辺りで大きな荷物を抱える人を見なかったかな?」
『大きな荷物?そう言えば二人の男が小麦の乗った荷車を引いて花街の方へ歩いてのは見たよ。あんなにたくさんの小麦を花街へ運ぶなんて珍しいから覚えてたんだよ。』
「荷車…ありがとう。…御免、今は急いでいるから此れで。また美味しい野菜を買いに行くね。」
( 少し早口に言えば手をひらりとさせて八百屋と別れる。
何故己は相手のために急いで焦ってるのかと今更ながら苛立ちつつ、偽の医者が仲間と合流し荷車で相手を運んだとみて、自身の恰好のことは頭にありながらも大名の屋敷へと足を走らせて。

( その頃大名の屋敷、従者たちはいち早くたどり着き相手を大名の部屋に送り届けて。
大名は豪勢な自室の畳の上に眠る相手をうっとりと眺める。
然し、相手の正体も知っているため念のために鎮静剤より弱いが似た効力のある香を炊き、直ぐ逃げられぬよう両足を纏める足枷だけして。
『ああ…やっと手に入った。美しい毛並みだ。これからどう躾ようか。』
( 大名は香の対抗薬を飲んでいるため正常で、相手の傍らに座ると其の毛先を掬って厭な笑みを浮かべて。)




35: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-20 17:59:25




(目を覚ましたのは豪勢な部屋の中。まだ霞む視界に眉間に皺を寄せ立ち上がろうとするも足枷が其れを許さず体制を崩す。
畳に爪を立てた所で己の姿が脳力解放後の姿になっている事に気付き、部屋に充満する刺す様な匂いの香に力を奪われる。
立つ事も起き上がる事も儘ならずにいた所、不意に従者に頭部の毛を掴み上げられては『顔を上げろ。』と。
強制的に顔を大名に向けられては、ふてぶてしく佇む男に視線をやり。
『やっと目を覚ましたか。…ほう、瞳の色も珍しい。』
顎とぐい、と掴み上げられ渾身の力で其の手に噛み付けば大名は大袈裟に騒ぎ己を思い切り蹴飛ばして来て。
頭を掴んでいた従者に刀を向けられて、人の姿に戻ろうとするも強い香の匂いにやられ、何とも中途半端な人間の姿になってしまい。
『…此れは素晴らしい!!!…そう威嚇するな。蹴って悪かったよ。だが主人に噛み付くのはいけない。』
まるで犬でも愛でるかの様な言い方に虫唾が走りふらふらとしたまま腰元に手をやるも、_刀が無い。
よくよく己の姿を見れば寝巻きのまま。
ここで漸く孤児荘の子供達が貰った飴が原因だと知り「子供達にも薬を盛ったのか。」と怒気を含んだ低い声で問う。
『安心しろ。子供達の分はただの飴だ。意識を奪って花街に売ってやっても良かったんだがな。御前が悲しんでしまうと思ったらそんな事は俺には出来なかったよ。』
纏わり付く様な大名の言葉に嫌悪感を隠さず舌打ちをする。
兎にも角にも此処を出なければ、とまだ朦朧としている頭を懸命に働かせては、唐突に体を丸め足枷の間の鎖部分を牙で破壊する。
どよめく従者達が恐ろしそうに刀を向けてくるも、“大名の大切な愛玩動物”に手を出して来る事はまず有り得ないと。
ふらつく身体に鞭打ち、全速力で襖へと走り思い切り襖を開けた其の刹那_其処のは何故か相手の姿があり。
驚いていた束の間、従者に身体を抑えられ口元を布で覆われてはまた意識が薄れて行きその場に倒れ込む。
力の抜けた身体を引き摺られ大名も元へ戻されると共に大名は相手へと目をやり『…勿か。昼間に会うとは珍しい。何の用事だ?』と相手に問い掛ける。
『例の“狼男”なら今捕獲した所だ。全く聞かない奴だが…薬の前では無力と見た。』
はだけた寝巻きから除く己の傷跡、特に背中は切り傷や鞭打ちの後が多く、其れをつ、となぞり『以前の主人は乱暴だったんだな。…何、今度は優しく躾けてやろう。』と囁き。
『良い酒の肴になる。まだ昼間だが御前も一杯付き合え。』と相手の肩を抱き寄せては従者に酒を持ってくる様にと命じて。

36: 菊 露草 [×]
2023-02-20 22:42:36




「…丁度その男の情報を得て来たところだ。でも俺の出る幕はなかったみたいだな。一杯付き合うのはいいが、その男の見張りを俺にさせてほしい。」
( ずっと走ってきた為僅かに上る息。其れを整えながら室内を見回して現状を把握し、嫌悪感が顕にならぬよう嘘ではない言葉を口にする。
実際に初めて目の当たりにする相手の姿。その姿云々よりも大名は我が物顔で触れるのが何故か気に障る。
距離の近い大名から自然な動作で少し離れれば従者が持ってきた酒を継いでやり。
『見張りか。時間に制約のある御前に務まるのか?』
「確かに見張れるのは夜が大半だ。たが俺は薬や香にある程度耐性があるから中和剤が無くともこの男を弱らせる為に香を焚いた部屋に長時間いられるし、貴方と飲むならやっぱり夜が良い。」
( 酒の入ったお猪口を揺らして軽く喉に流し込み、何となく大名が己のことを気に入ってくれているのは察していたため、そこはかとなく匂わせる笑みを浮かべて。

( 時は数刻後、結局あの後大名からは見張りの務めの承諾を得て、大名が酔い潰れる迄飲み交わし、まだ意識のない相手を抱えて別室へ移ってきたところ。
大名の部屋程ではないが壁や障子に彫刻や金粉が散らされたちゃんとした部屋。だが相手を軟禁する小屋であることに変わり無い。
今はその部屋に相手と己だけ。日も暮れ始めており、相手は部屋の真ん中に敷かれた布団で足枷を外し眠っていて行灯の光がその白く端正な顔をぼんやりと照らしていて。
「…寝顔はまだまだ子どもだな。」
( ボソリと呟き疲労の浮かぶ目元を見て眉を寄せる。
相手が目覚める前に着替えだけでもさせておこうかと今着ている寝間着に手を掛けては前に一度、そして先程も見た傷が顕になって。
二十に届かぬ大人と呼ぶにはまだ早い相手が背負うもの…己には全く関係のないことだが何故か突き放せず、ほぼ無意識にその傷に触れていて。)



37: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-21 01:07:54




(夢の中だろうか、深い微睡の中で銀髪の男が隣にいる美しい長髪の男に微笑みを浮かべている。
己によく似ている、否、似ている所の話ではない。
服装こそ僅かに昔っぽさを感じる物のあれは確かに自分だ。_そして、隣にいるのは、___顔がぼやけて良く見えない、しかし隣にいる男は相手に余りに似ていて。
不思議な夢だ、しかし夢というよりは記憶に近い何かを感じる。
自分はあんな表情が出来たのか、相手はあんな顔をして笑うのか、なんて考えていては銀髪の男の声が頭の中に木霊する。
「-菊、お前側にいるなら俺は“化物”では無く“人間”として生きられるんだ。だから、-」
言葉の続きは聞こえなかった。
夢にしては相手の髪に触れる感覚に生々しさを感じる。
しかし子憎たらしい相手が登場しているにも関わらず、何故か心中穏やかで、尚且つ居心地が良くて___。
「___き、く…。」
無意識に相手の名前を呟き目を覚ませば、またもや見慣れない部屋、…に相手の姿。
がばっと起き上がり距離を取るも着替えかけの自分の姿に気付き、相手が着替えを持って来てくれたのかと察し、まだ少しだけふらつく身体で着物の前部分を直す。
「悪い。あっさり捕まった。折角知らせてくれたのにな。大した薬だ。」
あの夢の後故何処か居心地が悪く、罰が悪そうに視線を逸らしてはきっと自分の身体を見たのだろうと。
「嫌なもん見せたな。_まぁ、気にしないでくれ。此処数年身体張る仕事ばっかりだったんだ。」
適当な言い訳を付け着替えを済ませると、此れからどうしようものかと。
そもそも今夜は依頼が入っていたのに貴人の令嬢が其の依頼を別日にするように金に物を言わせていた。
だが令嬢の家へ通うのも依頼は依頼。
今回ばかりはどうにもならなそうだし埋め合わせをしなければ、なんて考えていれば窓一つ無い部屋をぐるりと見回す。
まだ相手が刀を持って来てくれているとは知らず、急行突破で逃げるのが唯一の手だが相手も関わっている以上、己がそんな事をすれば相手に危害が行くのでは無いかと。
自分自身なんでこんなにも相手を気遣っているか分からず、暫くの間沈黙が走り。

_逃げないから、あんたも少し寝ろよ。どうせ深夜か明日まで動けないだろ此れ。俺が動けたとしてもあんたが罰せられるぜ。
(窓こそないもののそろそろ夜になる頃だろう。部屋にて己の私服の懐から煙管を取り出し咥えては頭を悩ませる。
今夜か明日の朝、大名はこの部屋を訪れるだろう。
昼間、あの香の中でも平気でいた大名と従者は何か対抗薬を服用していた筈。
ならば、今夜も同じ手を使って来る事だろう。
刀が無いなら物理技で行くしか無い。
此の部屋に香の匂いがしない事から、相手はやはり完全に大名側では無いのだと。
ならば相手に手を借り、一芝居打って隙を見て相手も無理矢理一緒に連れ出すか、と。
作戦を相手に伝えるべく向き直っては「なぁ、菊___、」と呼び掛けた所で一筋汗が流れる。
「子供達が、あんたの名前呼んでだからだ。」
聞かれてもいないのに無愛想に言い訳をしては共に屋敷を抜け出す作戦と、抜け出した所で相手は手強い為その後の策を相談しようと口を開き。





38: 菊 露草 [×]
2023-02-21 08:29:40






_御前が動けるなら強行突破もありかと思ったが、一芝居打つのも確実か。あとここを抜け出させればその後の事は少し強引だが手はある。
( 平静を装い策を話すも動揺を隠すのに必死であまり思考が回らない。
鼓動が煩く胸奥がグッと締め付けられる感覚に僅かに息がつかえて無意識に襟元を押さえ。
寝言なのか、相手の口から零れた名前に始めは聞き間違いだと誤魔化した。然し、相手が起きてはっきりと己の名を口走った時、身体に電撃が走ったような、直接心の臓を掴まれるような衝撃が走ったのだ。
「それと、別に御前の身体のことも事情も俺には関係ない。…ただ腕は立つのに意外とヘマはするんだと思っただけだ。ちゃんと食べて寝てるのか?日々の生活をしっかりしておかないといざという時に……今はそんなことは良かったな。」
( 眠気は大丈夫だと軽く首を横に振り、迂遠に相手の傷も能力のことも気持ち悪く思っていないことを伝え、つい憎まれ口に続き説教じみた言葉が続き軽く咳払いをして。
そして先程から主人の元へ戻りたがっているように感じる白い刀を背中から下ろして風呂敷から取り出し相手に差し出す。
「念のため持ってきた。…作戦が今夜じゃないしにしても御前が隠し持っていたほうがいいだろ。」
( 白い刀を相手の膝下へ置き、少し落ち着いてきた鼓動に小さく息を吐く。
因みに抜け出した後の策と言えば己の能力を存分に使うこと。個々数日連続して使っているため代償は少なからず出そうだが昨日の夕飯を忘れるくらいだろうと軽い気持ちで。
そして何気なく煙管を燻らせる相手を見て
「なぁ…あの丘には良く行くのか?前に居たことがあっただろ。あまり人がより付かないところだから気になってな。」
( あの丘は己もふとした時に行く場所。気付けば相手に聞いていて少し居心地悪くなるも真っ直ぐに紅い瞳を見ていて。)



39: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-22 01:37:37




(説教地味た相手の言葉も何故か嫌味には聞こえず、何なら聞き覚えがある様にすら感じ取れ。
刀を取り、「(此れがあれば何とかなる。)」と表情を和らげては小さな声で礼を言う。
相手の能力に関してはまだ何も知らないまま、相手の問い掛けに煙管の煙をふ、と吐き出す。
「嗚呼、あそこは気に入ってるんだ。月がやたらと近く見えるし、___なんか、懐かしい様な感じがするんだ。」
一見変わらない表情のまま言い、暫しの沈黙が走る。
外は段々と明かりを取り戻して来た頃。
静かに襖を開けるも、相手に見張りを頼んだ安心感からなのか廊下には誰もおらず静まり返っていて。
「随分信頼されてるんだな。」と小さな嫌味を溢し足早に廊下を抜ける。
屋敷の玄関口まで来た所で、背後から『何をしている!!!』と言った声が響く。
あっさり外に出られる筈も無いか、と溜息を吐き、自分に刀を向ける従者達の元へ歩を進める。
昼間の己の姿を知ってか従者達の刀は僅かに震えており。
『勿!!!貴様…ッ裏切ったのか!!!!!』
従者は自分から視線を逸らし相手へと怒声を上げる。
一応相手は大名の仕事を受けた身である事を思い出し、すんなり外へ出られないのならやはり一芝居打つしか無いかと。

_此奴なら、御大名様とやらからの二倍の金を出して俺が買って此処まで連れて来て貰った。お陰様で懐が寒いんだ。御大名様とやらの部屋へ案内してくれ。
(口角を上げ言えば従者達は自分に刀を下げるように命じた後、取り囲むように城内の大名の部屋へと通され。
従者が言葉を発する前に襖を開けては、まだ酔いが冷め切れて無い様子の大名の前にどかっと腰を下ろす。
「あんたが買った男は其の倍の金を出して俺が買ったぜ。お陰懐はカラッカラだ。あんたは俺に幾ら出す?金額に寄っては…」
『取引でも持ちかけるつもりか?俺はお前を飼い慣らす為に此処まで連れて来たんだ。』
「だから、薬を使おうが何しようが俺はあんたに懐く可愛い愛玩動物にはなれないぜ。身体中包帯まみれにはなりたくねぇだろ。』
昼間に己が噛み付いた大名の手を顎で挿せば大名は面白く無さそうな顔をする。
「さあ、幾らだ。額に寄っては尻尾振って擦り寄ってやるよ。」
立ち上がり返答を急かす様に刀を構える。
刀からは紅いもやの様なものが揺らめき、ゆっくり刀を抜けば悔しそうに歯を食い縛る。
『今夜までに条件と金額についての検討をしよう。一旦解放してやるが今夜また此処へ来い。約束を破ったら、』
「俺は約束は破らない。分かったよ。」
『勿!!!御前は此処に残れ!!!!!御前とは“話し合い”が必要だ。』
声を荒げる大名に相手に視線をやった後、「此奴は俺が買ったと言ったろ。今の雇い主は俺だぜ。」と。
『ならその倍の金を払おう。断ったら、利口な御前なら分かっている筈だぞ。』
笑みを浮かべ相手に言い放つ大名に舌打ちし刀を抜こうとするも流石に大名ともあろう人間に手を出すわけにはいかない。
用済みだと言わんばかりに従者に部屋を追い出される其の刹那、相手の横を過ぎる際に「_深夜、あの丘で待ってる。」と告げ。
少なくとも自分の所為、其れに相手とは話さなきゃいけない事がある気がして。
従者達に城の外へ追い出されては静かに孤児荘への帰路を辿るも内心相手の事が心配な気持ちがあり。
何でこんなに気にかかるのか自分でも分からないが、相手が手を貸してくれたからだと無理矢理結論付けて。


40: 菊 露草 [×]
2023-02-22 08:30:31







( 華麗な身のこなしに人を言い包める饒舌な物言い、相手の後に付きその細くも凛然とした背中を見て全身が脈動する感覚を覚えた。

__己はこの背中を知っている。

すれ違い際に言われた言葉、念のために帳簿に記したいところだったが、どうやら大名は其れを許してくれないらしい。帳簿を取り出そうと懐に手を入れようとしたところで『何をする気だ!今の御前の立場をわかっているのか。怪しい動きをしてみろ。今後の対応を考えることになるぞ。』と怒鳴り散らされ。
「分かってる。裏切ったのは認める。でも安心してくれ。金を払ってくれたんだ。今の主人は貴方だよ。やっぱり大名様はすごいな。すぐに俺の望むものをくれるし、一緒にいて楽しませてくれる。…あの男に気が揺らいで悪かったよ。」
( 警戒する従者たちを他所にまるで大名しか見ていない口ぶりで妖しい雰囲気を作りながら近づき隣に座り身を寄せる。脳裏では“あの丘に行く”と忘れぬように復唱し、能力を解放する隙を窺って。
『ふん、御前の望むものは俺じゃなく金だろう。』
「金好きだからな。いくらあっても困らない。でも金で回るのが世の中だろ。…だから大金持ちの貴方は魅力的だ。此れだけ財位があるのは貴方に魅力があって其れだけ俊逸だからなんだろうな。」
『素直なのか捻くれてるのか分からないやつだな。』
( 眉を寄せながらも警戒を解いてくれた様子に全く気分の良いものではないが大名の肩に触れて「今後もよろしく頼むよ。」と笑みを向ける。その間に能力を解放し“既に相手とは金の取引は結束し今後も横暴な捕獲をしない条件をのんだ”記憶を植え付ける。本来なら辻褄合わせに従者たちの記憶を改ざんする必要があるが、大名がこうだと言えば従者たちは首を立てにふるしかないだろう。ややずさんではあるが能力の代償を考えれば仕方ない。ついでに“相手に取引済みと条件、今夜来る必要のない旨を記した文を届ける”ように仕向けさせて。
「大名様?ああ、昨日飲みすぎていたから疲れが出たんだな。ゆっくり休んでくれ。…それじゃあ俺はこれで。」
( ぼーっとする大名を介抱する素振りで横にさせては後の世話を従者たちに任せてその場を後にして。



( 日が昇る頃に家路に付き、己も能力者と言えど超人ではないので眠気は来る。
寺子屋をお手伝いの青年に任せて身体を休める間、またも浮かぶのは相手のこと。

__『爛兄さん。』確か孤児荘の子どもたちはそう呼んでいた。
“爛”…懐かしい響きに感じてあの丘のことを思い出す。
そしてあの丘もなぜか心が惹かれ落ち着く場所。
月明かり照らす大樹の下で己と相手に似た二人が立っていて、己に似た男は優しい微笑で柔らかな銀髪を撫でている。

あの丘に行かないと…。

( ふっと目を覚ました時、窓からは赤い夕暮れの光が差し込んでいて、寝過ごしたことに気が付き慌てて起き上がる。
然し、目を覚ましたときには何処かへ行くつもりだったことは薄っすら覚えているが何処へ行くつもりだったかは思い出せず。帳簿を取り出すも当然何も記されていない。
「……誰かと会うんだったか?」
( 考えても出てこずに頭を悩ませていれば『菊にぃ!まだ寝てるの?ちょっとお勉強で分からないところがあって聴きたいところがあるんだけど。』と襖の向こうから少年に声を掛けられ。
「ああ、今起きたところだよ。すぐ行くから待っててね。」
( もやつきは残るがひとまず起きようと身支度を整え始めて。)




41: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-22 22:18:09




(あの後、孤児荘へ到着しては碌に睡眠を取っていなかったであろう年長の子供達が抱き付いて来る。
自分はもう大丈夫ある事を伝え、皆に遅めの睡眠を取る様に諭しては自分は真っ直ぐ貴人の家へと向かい。
令嬢に昨日の出来事を正直に伝え、明日の夜にまた来ると伝えては再び孤児荘へと戻る。
玄関口へと辿り着いた其の時、大名の従者が立っている事に気付き文を受け取れば何とも己に都合の良い様な内容で相手が手を回してくれた事が容易に想像出来て。
相手がどんな手を使ったのかは想像もつかないが、文を渡すなり逃げる様に去って行った従者には聞ける様子も無く。

(いつもと変わらない日常を過ごし、時刻はあっという間に夜。
相手との約束は深夜だったが胸の内の不安感が拭えず早目に丘へと訪れる。
何かが思い出せそうで思い出せないというもどかしさの中、相手の名前を思い浮かべては己の着物に刺繍された菊の模様を見詰める。
此の服は自分が買った物では無いしいつから着ていたのかすら思い出せないが、故郷から逃げ出した際に唯一持って来ていた物なのだろうと簡潔させる。
___刹那、またあの頭痛が襲い掛かる。
銀髪の男がいるのは、呉服屋だろうか。
沢山の着物に囲まれる店内にて銀髪の男は黒い着物を店主であろう女に差し出す。
『-菊先生の事は、同情するわ。でも貴方が背負う事じゃ無いと思うんだけど。-』
「-いや、俺の所為だ。…何でも良い、彼奴の証が欲しいんだ。-」
『-証、ね。いつまでも落ち込んでる貴方を菊先生は望んでると思う?…其れにもう少しで孤児荘の女の子の祝言でしょ?-』
切な気な表情をする銀髪の男に差し出された一枚の紙には己の着物に刺繍されている菊の絵があった。
「-此れで頼むよ。あんたに頼んで正解だった。-』
段々と頭痛が治まる。其の頃にはもう何も頭の中には流れ込んで来なくなっていた。
肩の刺繍をぐ、と掴んではやはり相手と自分には何かあると。
時刻は既に深夜。大木に身体を預けては月を見上げ煙管を燻らせていて。

(少しうたた寝をしていたのだと気付いたのは早朝、相手は来なかった様で。
相手の能力も其の代償も露知らず、何かあったのではと足を急がせるは寺子屋。
まだ寝ているであろう時刻という事も気にせず扉を叩いてはまだ眠そうな相手の姿が見えるなり「無事だったんなら、一言あっても良かったろうが。」と不機嫌な様子で言い。

42: 菊 露草 [×]
2023-02-23 10:12:36





…?ああ、悪かった。妙に眠くてうっかりしてたよ。御前もその様子だと無事みたいだな。昨日御前が上手く演じてくれたおかげであの後円滑に事を運べたよ。
( 結局丘で会う約束は思い出せず夜になって昼間たっぷり寝たはずなのに眠気が来て朝まで寝ていて。
朝の訪問者に髪も下ろしたままで手櫛で軽く整える程度で出てみれば相手の姿。
何かピンと来た気もするもなにやら不機嫌そうな様子に首を傾け、確かに事後報告は必要だったかと言葉をそのまま受け取り欠伸混じりに答える。

折角此処まで来たんだ。大したものは出せないが朝飯だけでも食べていくか?
( ふと口を付いて出た言葉。口にしてから何を言っているのかと思い直し「…ってそんな間柄でもなかったな。今回動いたのもお互い子どもたちの為だろ。利害が一致しただけ…だよな。」と己自身言い聞かすように、忘れてくれと片手をひらつかせ。
「でも駆けつけてきてくれるなんて案外優しいんだな。」
( 揶揄い混じりに笑み、改めて相手を見れば知ってはいたが背が高い。
こうして敵意なしに対峙してみると余計にそれを感じ、またほぼ無意識に手を伸ばし柔らかな銀髪に触れていて。
「__爛、」
( 息を吐く共に零れる程の声量、銀色の髪を大事に大事に指先で掬ったところで、はっとなり手を引っ込めて「悪い、寝起きだから寝ぼけてるのかも。」と苦し紛れに肩を竦ませて。

( 一方その頃、裏の界隈ではある噂が広まる。
“ 勿が狼男の正体を売っている。化物を飼いならそうとしている。”と。
その噂を流したのは大名の従者。昨夜の己たちの演技に気がついた訳ではないが、此の二人が組めば今後が面倒だと危惧した様子。先手を売って仲違いさせようと目論んでいて。)



43: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-23 21:50:44




(まだ浅い付き合いと言えど少なくとも相手を約束を破る様な存在には思えず、自分を助けた代わりに何か暴行を受けたのでは無いかと首元や袖から覗く細い腕を見るも不審な傷や痣は無く。
無事なら良いかと思うも相手の口から出た己の名前にはっとしては相手の腕を咄嗟に掴んでしまい。
相手にはまだ名乗ってないし名前を呼ばれたのは初めての筈。
其れなのに自分の髪に触れる手の感触、名前を呼ぶ声、全てに懐かしさを感じる。

_どうせあんたは夜型の人間だろ。必ず丘に来い。真夜九つ頃だ。俺はそれまで仕事があるから終わったら真っ直ぐ行く。今回は必ず来いよ。
(令嬢が寝付くのは夜四つ頃、其れが終わったら真っ直ぐ丘へと向かいちゃんと話をしようと。
あの場所での頭痛、不思議な記憶、毎回相手に良く似た男が登場する事が気掛かりで仕方無く。
昨夜の約束を相手が能力により忘れてた事など露知らず「次は忘れるな。」と強い口調で言えば其の場を後にして。

(子供達が寝静まった後、貴人宅へと向かい令嬢の部屋へと訪れる。
『昨日来なかった事は許してないけど、それなりに心配してたのよ。』
「此の通り無事だ。心配掛けて悪かったよ。…其れにしてもあんたは香が好きなのか?」
『と、殿方を部屋に呼ぶのに多少の礼儀というか、…』
口を吃らせる令嬢に、所詮遊女の真似事かと。
「実は香の匂いがあまり好きじゃ無いんだ。あんた自身の香りが掻き消されちまうし、」
『わ、分かったわ。次からは…何もしないで待ってる。』
前回にように手を握ったまま令嬢が寝付くまで話を続ける。
街の様子を性懲りも無く話していた其の時、『私、本当は着物なんてどうでも良かったのよ。でも、私には友達なんて一人もいないし、お父様が下級の人間なんかと遊んだら駄目っていうから。友達と楽しそうにはしゃいでるあの子供が羨ましくて…、つい、叩いてしまって。』と本音を溢し始めて。
自分も僅かばかり表情を和らげては「ならまずは素直に謝るところからだ。あんたの父親には何度か依頼を受けてるし、まぁ、娘殿に言うのもどうかと思うが其れなりの弱みは掴んでる。明日の昼にでも街に行こう。」と。
『でも私、街の人達には嫌われてるし、』
「あんたの誠意によってはどうにでもなるさ。」
令嬢は僅かに微笑むとうとうととしたまま瞳を閉じやがて寝息を立てる。
根っからの悪人では無かったかと胸を撫で下ろしては令嬢の寝顔を静かに見詰める。
恐らく年齢は相手と同じくらいだろうか、しかし安心しきった寝顔は少女のままで。
静かに其の場を後にしては颯爽と丘へと向かい。

(其の頃、相手の元には相手組織の者からの文が届いており。
“狼男と御前の噂を耳にした。手懐けた際には是非利用させて欲しい。金は弾むぞ。”
所詮従者が流した噂、相手も己も知らぬ噂が既に裏組織に飛び交っている事は互いにまだ知らずにいて。


44: 菊 露草 [×]
2023-02-24 01:05:36




( 時は夕刻、寺子屋の子どもたちが皆家路に付いた時間、寺子屋の門の前で最後の子どもが母親に手を引かれて帰るのを手を振って見送っていれば、その時を見計らったように組織からの文が届く。
その思わしくない内容に眉を寄せる。相手とは仲が良い訳ではなく友人でもない。下手をすれば対峙する仲。だが、どうにも相手をダシに使ったり売るような真似はしたくない。それに一体なんの噂だと言うのか。真相を確かめしっかりと断りを入れる必要があると考えて。まだ時刻は夕刻の七つ半、今夜は依頼もなく相手との約束の時間まで十分時間はある。
徐に帳簿を取り出して開いては朝方相手と交わした約束を記した一文を指先で辿る。
相手の言葉で記憶こそ思い出すことは出来なかったが気が付いたのだ。
相手と交わし、己が忘れてしまった約束。
__あの丘で会うこと。次は忘れない。
己自身、相手とはしっかりと話したかったため、心の中で復唱し刻み込む。
“次は忘れるな。”と言ってくれた相手の言葉が何故か胸奥を燻って、無意識に頬を緩めてさっさと文の件を片付けようと一旦住まいに戻って。
その様子を監視する影が一つ、その人物は噂を流した従者で己と相手を朝方から見張っており朝に交わした丘での約束のことも聞いていて。


( 相手が令嬢と共にいる時間、己は組織の元へ来て嫌でも例の噂を耳にする。全く根も葉もない噂は不機嫌なもので、一室にて依頼の断りをいれたところ。当然組織の男は良い顔をせずに。
『何故断る。そんなにあの男に入れ込んでいるのか?金は弾むと言っているだろう。』
「だから入れ込んではいないし、あの男は誰にも懐かない。他の仕事なら安くていいからいくらでもやるよ。」
『御前に断る権利があると思っているのか?』
「ないだろうな。ただ俺はあの男を利用しようとすれば手に負えずに危害のが大きくなると忠告しているんだ。組織のために断ってる。」
『…其れが本心だったとしても奴に近づいて信頼を得ておくことに損はない。気を許したところで此方に引き込めば良い手駒になるだろ。』
( 口角を上げる男に其れだと始め言っていることを変わりはないだろうと言い返したくなるが、組織も中々折れてはくれない。然しひとまず依頼の件は保留となって。
組織の拠点を出ればすっかり月が登っていて今から丘へ向かえば丁度約束の時刻。
肌寒さに身を震わせつつ何となく口元を隠す布を顎下迄下げて髪も解いて下ろせば簡単に結い直して丘へと足を向けて。

( その頃丘では相手の待ち構える男が二人。それは相手の能力に興味を持っている裏組織に繋がる男たち。男たちは、従者が己と相手を仲違いさせたいが故に新たに流した噂を聞いて来たのだ。その新たな噂は“ 勿が狼男と夜九つに会う約束をし、良いものが見られるから来いと言いふらしていた。”と。
そんな真と嘘が入り混じった噂に食いついた男たちは丘へ向かい、不運にも己よりも先に相手と会ってしまう。
丘へと訪れた相手を男たちは挟むようにして囲み。
『おー、本当に来た。御前が例の化物か?』
『噂で聞いたんだよ。どこぞの組織の勿という男が御前と此処で会うと。随分良い値で情報を売っているとな。』
『御前はあれなんだろ、少し前に花街を賑わせた化物。背も高いしさぞ見栄えがいいんだろう。』
『良いものが見られると聞いたが、化けてくれるのか?それともあれか、香があったほうが化けやすいか?』
( 男達は馴れ馴れしく話しかけてきて、懐から興奮剤の入った小さな袋を取り出し相手の顔の前に突きつける。香や薬に弱いのも従者が流した噂だが、尽く出どころが己になっており。)



45: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-24 22:45:54




(相手との待ち合わせ時間より少し早めに到着した所、恐らく裏組織の者であろう男達に囲まれる。
此処は人が来る事自体が珍しい様な場所。
無表情のまま男達から距離を取り刀に手を添えようとした途端に謎の袋を眼前に出され身体が強張る。
全身の毛が逆立ったような感覚に襲われ己の姿への違和感を感じ取りながら慌てて男を押し退け距離を取っては歯を食い縛り男達を睨み付けて。
「誰の差金だ。」
自分が良く依頼を請け負っている組織の者すら此の場所は知らない筈。
静かに言い気を落ち着かせようとしていた所、男の内の一人が笑みを浮かべながら『勿だよ。仲良しのお友達に裏切られた気分はどうだ?』と。
___勿、知らない筈の名だが先日大名に囚われた際に自分を助けに来た相手の事を、あの場に居た皆がそう呼んでいた。
己が香や薬に弱い事を相手は知っているし、今日此の場所に訪れる事を約束したのも___。
「なるほどな、」
小さな声で言えば刀を抜き一人の男に切り掛かる。
腕を負傷した男は悲鳴を上げ、もう一人の男が刀を構え此方に襲い掛かってくるも自身の刀で攻撃を受け其の儘蹴り飛ばし。
「狼を興奮させるとはあんたらも馬鹿な事をしたもんだ。」
僅かな息苦しささえ感じるものの、胸の奥の小さな怒りが自分自身の冷静さへと繋がり。
後退り、そのまま無様に逃げて行った男達を冷たい瞳で見詰めては自身の顔を手で覆い人間の姿に戻ろうと。
___其の時、足音に気付き振り向けば相手が居て。
ずかずかと其方に向かい相手の片腕を力強く掴んでは相手の背後の木へ掴んだ腕を押さえ付ける。

_随分な驚きをくれるじゃねぇか。
(低い声で言い放ち、まだ能力の解け切って無い“化物”の表情のまま冷たく見下ろす。
「どこからがあんたの演技だ。ご丁寧に忠告してくれたのも御大名様から俺を助けたのも全部か。参ったな。こいつは大した役者だぜ。」
嘲笑うように言い相手の耳元に顔を近付けては「今後一切俺に近付くな。孤児荘の子供達に手を出してみろ。そん時はあんたを容赦なく切る。」と言いぱっと手を離してはその場を後にしようとするもまたあの頭痛が襲い掛かり、相手に背を向けたまま髪をぐしゃりと掴み僅かに体勢を崩す。

『-爛!俺じゃない!聞いてくれ、俺があんたにそんな事をする訳、-』
「-黙れ!!!!!俺がお前の事をどう思っているか、…其れを知っている上での答えが此れか!!!!!-』

またあの記憶だ。
必死に縋る相手に良く似た長髪の男の手を銀髪の男が思い切り払い除け、其の拍子に長髪の男は倒れ込む。
雨が降り、銀髪の男は相手に振り返る事もないまま酷く辛そうな表情のまま何処かへ走って行ってしまい。
頭痛が治まり、いつの間にか自分の近くに来ていた相手に「触るな!!!」と声を上げてはまるで記憶の中の二人の様では無いかと。
なんなら、以前相手と此の様な事があった様な、そんな気もして。
しかし、今の自分は冷静では無かった為怒りが勝り相手から逃げるように足早に其の場を後にする。
林を抜ける途中、ぽつぽつと雨が降り出しては己の髪を濡らして。

46: 菊 露草 [×]
2023-02-25 09:45:53






( 相手が走り去った後、その場所に呆然と立ち尽くす。
相手に押さえ付けられた腕がじりじりと痛んだが、其の痛みよりも胸奥が酷く締め付けられて。
そして不意にズキリと頭痛がし額を抑える。

_『やっぱり御前も他の奴らと一緒だった。俺の能力を知れば何も信用出来なくなる。分かり合えたと思ったのは俺の勘違いだったみたいだな。』
_『…もう会いたくない。考えたくもない。』

己の脳内に流れた風景は雨の日ではなく、桜が散る丘の上。
相手に良く似た銀髪の男の話に聞く耳を持たずに冷たい口調で何もかも諦めた顔をして一方的に言葉を吐き捨てる己に良く似た男の姿。
思えばこんなことばかりだった。すれ違い、打つかり合ってまたすれ違って。

思えば?己と相手はまだ出会って月日は経っていない。
なのに何故こんな記憶に似た何かを見るのか。
ぽつりと頬に冷たいものがあたり、頭痛も治まり雨が降り出したことに気がつく。
少し冷静になって先程の明らかにおかしい相手の態度を思い出せば、相手に会う前にすれ違った慌てて丘を下りてきた男たちが関係しているのだろうと。
男たちがどうやって此の場所を嗅ぎつけたかまでは分からないが、もしかしたら相手も噂を聞いたのかもしれない。
其処でまた脳内に銀髪の男がびしょ濡れになって酷く悲しそうな顔をして佇む姿が脳内に流れ。

誤解があるならば早く解かなければと相手の後を追おうとしたところで、己の組織の人間が前に立ちはだかって。
『新しい依頼の話だ。今直ぐ拠点に来い。』
「何故さっき話さなかった。…同じ話なら答えは変わらない。それに此の場所を何処で聞いた?」
『新しいと言っただろ。ついさっき決まったことだ。此処では話せない。…御前が言ったんだろ?』
時機の良すぎる話と身に覚えのない話に疑念を抱くが断れる雰囲気でもなく歯がゆさに薄く唇を噛む。
依頼を聞いて朝には相手の元へ行こう。近づくなとは言われたが此の儘では此方も虫の居所が悪い。
組織の男の後に付いて行き雨脚が強くなるのを感じれば、また雨に濡れた銀髪の男が脳内にちらつく。
また何処か一人で泣いているのかもしれないと、無意識に思いながら丘を後にして。)




47: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-26 18:23:54




(孤児荘へ着き、風呂に入り自室へと戻れば時刻はそろそろ朝方。布団へ入り少し眠ろうと瞳を閉じると、ふと相手の顔が浮かぶ。?今は何も考えたくない、と無理矢理別の事に思考を移しては、無意識の内に疲れていたのかいつの間にか眠っていて。??

(朝、襖が勢い良く開けられ子供達が数人入って来ては耳元で『朝食だよーーーーー!!!』と大声で言ってきて、飛び起きるなり悪戯を仕掛けてきた少年を捕まえる。?少年を抱えたまま居間に向かい席に着いては年長の少女からみそ汁を受け取り、他愛も無い話をしながらのんびりとした時間を過ごし。??(朝食を終え、食器を台所に運んでは年長の少女に今日の予定を聞かれる。?令嬢と街に出向く事を伝えては少女はあまり良い表情はせず『あの人、良い噂聞かないよね。』と。?あくまでも仕事の延長線上の付き合いである事を話し、子供達は今日何するのか聞くと『寺子屋に行くよ。』と答えて来て。?無表情のまま何処と無く不安を隠しながらこく、と頷き自室に戻っては着替えを済まし真っ直ぐ貴人の家へと向かう。?道中、寺子屋の前で無意識に一度足を止めるも一度咳払いをし煙管を咥えては歩みを再開し。?貴人宅へと到着しては令嬢がいつもと比べ落ち着いた服装で大きな包みを持って立っていて。?
「随分大きな荷物だな。なんなんだ、其れ。」
?『………。』
?「答えたく無いなら、良いけど。」
?荷物を持ってやろうとするも令嬢が首を横に振るので、其の儘街へと歩き出し。?人々の視線を集めながら令嬢が足を止めたのは八百屋の前。?店主と女将が慌てながら令嬢の前に跪くも令嬢は二人の視線まで屈み大きな荷物を押し付ける様に女将に手渡す。?
『あの、此れは…。』
?『お着物と、玩具。…前、貴女の子供を叩いてしまったから。…其れと、着物。弁償させてしまったけど、本当は、着物なんてどうでも良くて、…その、』?
令嬢の首筋に伝う汗が目に止まり、僅かに表情を和らげては二人に開けてみる様に促す。?中身は子供の玩具が数個と、女性用の真新しい着物。?「女将に似合いそうなもんを選んだのか。確かに、良く似合うと思うぜ。」?令嬢に言うも、照れ臭そうに下を向いては押し黙ってしまい。?八百屋の周りには人が集まっていて、皆それぞれ動揺を隠せずにいて。
?『こんな、…大層な品物受け取る訳には、』?
慌てふためく女将に「折角選んだんだろうし貰ってやれよ。」と言えば女将は令嬢に向き合い優しく微笑んで。?
『…有難う御座います。でもこんな素敵な着物、どこに着て行こうか迷うわ。』?
女将の表情に安堵した様子の令嬢は立ち上がり深々と礼をし、己の着物の袖を掴みその場を後にしようとするも店主が奥から籠を持って来ては令嬢に手渡して。?
『“お嬢さん”、林檎は好きか?苺も入ってる。良かったら食べてくれ。』?
此れまで敬語で御偉いさん相手に接する様にしてきた店主が、まるで町娘を相手にするような態度で令嬢に話すのを町民が不安な様子で見つめる中、令嬢が心底嬉しそうに『有難う!』と受け取るのを見ては皆何処と無く表情が穏やかになり。?街に来るまで緊張していた様子の令嬢の雰囲気の変化に気付き、「甘味処でも行ってみるか?」と問い掛けると『行ってみたい!私、行った事ないの。』少し寂しそうに言ってきて。


48: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-02-26 18:30:37




(孤児荘へ着き、風呂に入り自室へと戻れば時刻はそろそろ朝方。布団へ入り少し眠ろうと瞳を閉じると、ふと相手の顔が浮かぶ。今は何も考えたくない、と無理矢理別の事に思考を移しては、無意識の内に疲れていたのかいつの間にか眠っていて。

(朝、襖が勢い良く開けられ子供達が数人入って来ては耳元で『朝食だよーーーーー!!!』と大声で言ってきて、飛び起きるなり悪戯を仕掛けてきた少年を捕まえる。少年を抱えたまま居間に向かい席に着いては年長の少女からみそ汁を受け取り、他愛も無い話をしながらのんびりとした時間を過ごし。

(朝食を終え、食器を台所に運んでは年長の少女に今日の予定を聞かれる。令嬢と街に出向く事を伝えては少女はあまり良い表情はせず『あの人、良い噂聞かないよね。』と。
あくまでも仕事の延長線上の付き合いである事を話し、子供達は今日何するのか聞くと『寺子屋に行くよ。』と答えて来て。
無表情のまま何処と無く不安を隠しながらこく、と頷き自室に戻っては着替えを済まし真っ直ぐ貴人の家へと向かう。
道中、寺子屋の前で無意識に一度足を止めるも一度咳払いをし煙管を咥えては歩みを再開し。
貴人宅へと到着しては令嬢がいつもと比べ落ち着いた服装で大きな包みを持って立っていて。
「随分大きな荷物だな。なんなんだ、其れ。」
『………。』
「答えたく無いなら、良いけど。」
荷物を持ってやろうとするも令嬢が首を横に振るので、其の儘街へと歩き出し。
人々の視線を集めながら令嬢が足を止めたのは八百屋の前。
店主と女将が慌てながら令嬢の前に跪くも令嬢は二人の視線まで屈み大きな荷物を押し付ける様に女将に手渡す。
『あの、此れは…。』
『お着物と、玩具。…前、貴女の子供を叩いてしまったから。…其れと、着物。弁償させてしまったけど、本当は、着物なんてどうでも良くて、…その、』
令嬢の首筋に伝う汗が目に止まり、僅かに表情を和らげては二人に開けてみる様に促す。
中身は子供の玩具が数個と、女性用の真新しい着物。
「女将に似合いそうなもんを選んだのか。確かに、良く似合うと思うぜ。」令嬢に言うも、照れ臭そうに下を向いては押し黙ってしまい。
八百屋の周りには人が集まっていて、皆それぞれ動揺を隠せずにいて。
『こんな、…大層な品物受け取る訳には、』
慌てふためく女将に「折角選んだんだろうし貰ってやれよ。」と言えば女将は令嬢に向き合い優しく微笑んで。
『…有難う御座います。でもこんな素敵な着物、どこに着て行こうか迷うわ。』
女将の表情に安堵した様子の令嬢は立ち上がり深々と礼をし、己の着物の袖を掴みその場を後にしようとするも店主が奥から籠を持って来ては令嬢に手渡して。
『“お嬢さん”、林檎は好きか?苺も入ってる。良かったら食べてくれ。』
此れまで敬語で御偉いさん相手に接する様にしてきた店主が、まるで町娘を相手にするような態度で令嬢に話すのを町民が不安な様子で見つめる中、令嬢が心底嬉しそうに『有難う!』と受け取るのを見ては皆何処と無く表情が穏やかになり。
街に来るまで緊張していた様子の令嬢の雰囲気の変化に気付き、「甘味処でも行ってみるか?」と問い掛けると『行ってみたい!私、行った事ないの。』少し寂しそうに言ってきて。

49: 菊 露草 [×]
2023-03-01 23:23:24





( 丘を離れて拠点に戻り言い渡された依頼と言えば良くある薬草の密売。態々緊急で直接言い渡される内容でもなく、相手と己の関わりに組織とは別で何らかの根回しをされているのではと疑念は深まるばかり。組織からは依頼の序に相手との親交を念押しされ、絶賛険悪化した関係と不明瞭な状況に頭を抱えつつ、其の夜は家路に付いて。

( 翌朝、寺子屋の門が開く時刻。
町の子どもたちに続き孤児荘の子どもたちも元気良く訪れる。
昨夜の相手との衝突もあり何となく相手のことが気になったが子どもたちの方から話してくれて。
『おはよう、菊先生。あのね、爛兄ちゃん、今日ごれいじょーと逢引してるんだよ。』
「え?」
『違うの、あ…ご令嬢と会うのは本当みたいだけど、逢引とは違う…かも?お仕事だって言ってたし。…でもやっぱり気になってたりするのかしら。綺麗なお方だし…』
「ああー、…もしかしてお兄さんのこと好きなのかな?」
『え!そ、そんな…!ただ心配なだけで、好きとかでは、』
( 少年の言葉を言い換えて赤面してあたふたする年長の少女が微笑ましく、御免ごめんと謝りつつ相手は今日もご令嬢との依頼かと。
相手が令嬢と関わってから令嬢の嫌な噂は聞かない。
懸念があるとすれば貴人も相手を気に入っているから令嬢と相手をくっつけて手に入れよう等と下手に考えないかだ。
其処まで考え心配すべきは今は別にあったと懐から文を取り出し年長の少女に差し出して「悪いけど、帰ったらでいいから此れをお兄さんに渡してくれないかな。」と。
内容は“話がしたい。会いたくないだろうが誤解がある可能性がある。此方が孤児荘に近づくのが心配なら、悪いが今夜にでも寺子屋迄来て欲しい。”と記してあり。


( その頃街では令嬢の振る舞いと相手との組み合わせに小さな賑わいを見せ、野次馬が甘味処に集まっていて。
『ふふ、あのご令嬢様は素直ないい子なんだね。誰がそう変えたのかしら。』
『本当に美男美女でお似合いだ。』
『逆手の玉の輿なんてこともあり得るんじゃないかい。』
( 甘味処の暖簾の向こうでチラチラと町民たちが中を除いて盛り上がる中、そんな声が聞こえるものだから令嬢は頬を赤らめており。
『何を言ってるのかしらね。…でも少し嬉しいわ。色恋の話もあまり出来ないから。貴方は居るの?想い人、とか。…あ、あと名前で呼んでもいいかしら。』
( 令嬢は時折寂しそうな表情をしながら落ち着き無い様子で、運ばれてきた抹茶を飲み相手の答えを気にしていて。)




50: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-03-04 21:56:18




(令嬢の問い掛けに少しの沈黙が走り、名前で呼ぶのは構わないと言った後想い人という存在に僅かに頭を悩ませる。
_何故か相手の顔が浮かんだ。
今一番憎らしいと言っても過言では無い相手の存在。
「想い人か…、俺にはよくわからないな。」
率直な意見を述べ抹茶を飲み干しては令嬢も其の先は何も言わず、店主を呼び会計をしようとして。
『あ、私が払うわ。私が行きたいって言ったんだもの。』
「おい、貧乏人扱いか?流石に其れは、」
『…前に、通りすがりに此処のお店に文句言ってしまって。女の子達がお店ではしゃいでたのが羨ましくて…』
「…なるほどね。あんたは問題ばっか起こしてんな。」
令嬢はおずおずと店主にお金を渡しては店主が釣りを持ってくる。
『あ、お、お釣りはいらないわ。』
『いやいや流石にこんな金額…当分団子には困らないだけの金額ですよ。』
困ったように冗談めかしていう店主に令嬢はぶんぶんと首を振り『お、美味しかったから!また来たいの!…どうしても受け取って貰えないなら先払いって事にして頂戴。』と。
店主は優しく微笑むと『お姫様に気に入って貰えたならうちも繁盛店間違い無しだ。』と嬉しそうにしていて。
相変わらず何処かつんつんした様子は解けない物の、令嬢の雰囲気は以前と比べて非常に穏やかで。

(貴人宅に送り届けると令嬢は自分を見上げ『夜のお誘いは、もうしないわ。だから貴方が想い人がなんだか、誰なのか気付くまでは良い友人でいて欲しい。』と言われ。
無言の見詰めていると『お友達すらいないのよ。私。だから恋人とかはまだ早いし、お友達からって言っているの。本当に鈍感ね。もし貴方に心から想える人がいたら応援させて貰うから。』と真剣な表情で言って来て深く意味も考えないまま頷き令嬢と別れ孤児荘への帰路を辿り。

(孤児荘へ到着すると丁度子供達が寺子屋から帰って来た頃。
手を洗い終えた年長の少女に呼び止められ懐から出された文を受け取り其れを開けばどうやら相手からの物で。
初めて見た相手の字、其れなのに何故か見覚えがありまたあの頭痛が襲い掛かる。
年長の少女が『兄さん!?』と声を上げ自身を支えようとする中またあの記憶。

「-文通でのやり取りは組織に表沙汰になったらまずいし、読んだらお互いすぐに燃やそう。-」
銀髪の男の言葉に頷く長髪の男。

(そしてまた場面が変わる。
銀髪の男がいるのは内装こそ少々古臭いが自分の自室其の物。
荒々しい手付きで畳を剥がすと、畳の下には大きな木箱があり、其の中には沢山の文が入っていて。
「-菊、…-」
小さな声で呟いた銀髪の男はぐしゃりと手紙を掴み大粒の涙を流す。

(頭痛が綺麗さっぱりと治まり、少女を宥めては夕餉の時間まで自室に篭る。
先程の記憶の中で見た、長髪の男からの物であろう文の筆跡は相手とあまりに似ている。
目の前の畳を力任せに剥がせば其処には記憶の中で見た木箱があり驚きのあまり尻もちをついてしまい。
木箱を力任せに開けてはぼろぼろに劣化した大量の文。
無言で木箱を閉め畳を戻せばもどかしい感情に駆られ「_俺に、何を伝えようとしてるんだ。」と過去の自分と思しき銀髪の男に呟く。
「行くよ。其れで満足か。」
一人でにそう呟くと頭の中に直接木霊する声。

「-そうしてくれ。御前は俺みたいになるな。-」

(僅かな苛立ちを隠し、子供達に呼ばれと夕餉を済ませては子供達が寝静まった頃渋々寺子屋へと向かう。
最近は相手に関わるとやたら邪魔が多い。
今回も相手の罠であるかもしれない事を考慮しては屋根へと上がり人目を完全に避けるべく周りに警戒しながら自分の匂いしかしない場所を辿る様にして。
漸く寺子屋の門の前に到着し、あまり大きな音を立てない様に門を叩いては、警戒を解かぬまま刀に手を掛けたままで。

51: 菊 露草 [×]
2023-03-05 17:32:56







来てくれたんだな。…態々足を運ばせて悪かった。外は冷えるし中で話そう。
( 相手は来るだろうか、そんな気掛かりは不要だったようで門を叩く音に其方へ足を向ける。
暗い夜、提灯を持って近づけば、白い鞘に添えられる手を一瞥するも気にせずにさらりとした口調で話して返答を待たないまま住まいへと進み。
「…適当に座ってくれ。まあ、信用されてないだろうから其の儘でもいいが、」
( 寺子屋を元々開学した家主から引き継いだ家、2階建てで広さもそこそこ、未使用の部屋も多数あるが、其の中でも一番狭い2階奥の角部屋を主に使わせてもらっていて襖を開けて先に入る。
七輪で沸かしておいたお茶を湯呑に入れると卓袱台の上に2つ置き、先に刀を置いて畳の上に座ると真向かいに座るよう顎でしゃくって。

俺も何で態々御前を呼び出してまで話をしようとするのか、…自分でも良くわからないが、俺たちの知らないところで色々と操作されている気がするんだ。俺の意識しないところで誤解されて反感を買うのは不愉快だからな。
( つい回りくどくなり小さく咳払いしては先にお茶に手を伸ばして軽く息を吹きかけてから口を付けて「まず何処からが演技かどうの言っていたが、大名の一件で御前と協力した意に偽りはない。…まあ始めのうちは御前と関わる依頼で何かと介入したのは認めるけどな。それと、誤解の件について、御前が聞いたかは知らないが、街で流れてる噂の大半はでたらめだよ。俺が御前を売っているだとか何とか。」とつらつらと己の知っていることを話し、組織から相手に近づいて親交を深め物にする依頼を頼まれていることも隠さず話してしまい。

其れにしては俺たちを敵対させようとする噂が流れてるから別の力が働いてるんだろうな。…俺の話を信じるか否かは御前に任せるよ。
( 緩く肩を竦ませて相手の瞳を見ては、凛とした紅い瞳にまた胸の奥がグッと熱くなる。
何故こんなにも相手に惹かれるのか、僅かに表情を歪めて唇を震わせて
「…おかしな話しだが、俺は御前を以前から知っている気がするんだ。あの丘もこの地に来た時から自然と導かれるように足を向けていた。…御前は前から俺のことを知っていたりするのか?」
( 突拍子もないことを聞いている自覚はある。
もしかしたら能力の代償で相手を忘れている可能性もある。
然し其れもあまり腑に落ちない。
真剣な声色で真っ直ぐに相手を見据えては答えを待って。)




52: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-03-06 00:07:41




(警戒心を持ちながら相手の自宅へと上がり部屋へ通されると、相手が刀を置くのが目に入り自分も刀に添えていた手をそっと離せば表情は変えぬまま相手の顔をじっと見詰める。
まだ相手と出会ってそう経っていない、其れなのに相手が嘘を吐いている様には伺えずに差し出された茶を一口飲む。
続く相手の問い掛けの内容は自分もずっと気になっていた事。
まさか相手も同じ様な出来事に合っていたのかという僅かな疑問に眉を寄せては漸く口を開く。

_今更名乗るのもおかしいが、俺の名前は霧ヶ崎爛だ。…名乗るのは初めてだが、あんたも知っているんだろ。俺もあんたの名前を知っている。
(無表情のまま淡々と答えればゆっくりと此れまでの事を話し始め僅かに眉を寄せる。
「俺にも良く分からないんだが、時折激しい頭痛に襲われる。ご先祖様やら何やらだか知らないが俺が知ってる身内なんて金の亡者みたいな父親と早くに死んじまった母親だけだ。母親なんて顔も覚えてない。俺とあんたに何を伝えたいのか知らないが…所詮過去の人間に振り回されるのは御免だ。…あんたもそうだろ。実際俺を気にかけてあんたも大変な目にあった訳だ。」
大名に囚われた時の事を思い出し視線を下げたまま言えば茶を飲み干す。
「誤解があった事は分かった。俺も言いすぎた。そこは悪かったよ。」
小さな声で謝罪を述べ部屋を後にしては何だか切ない気持ちに心を掻き乱される。
門へと続く庭を通り過ぎようとした際、最早慣れたあの頭痛。

(大きな松の木の下にいるのは相手と、相手に良く似た容姿の女。
これまで顔がぼやけてはっきり見えなかったが今ははっきり顔が見え、長髪の男はやはり相手と瓜二つで。
『兄さん、いつまでも自分を誤魔化さないで。ちゃんと、爛さんに…』
女の言葉を遮るように首を振る相手の姿。
其の表情は切なそうで苦しそうで、_何故か胸の奥が痛んだ。

(頭痛が治まり、玄関口から此方に向かってくる相手のじっと見詰めては「あんた姉か妹がいるのか?」と一言問い掛ける。
何度も脳裏に浮かぶ記憶を何となく思い返せば、自分と思しき銀髪の男はいつも相手を想って苦しんでいた。
___まるで相手に先立たれてしまったかの様に。
きっと相手からの手紙も捨てられなかったのだろう。
大きな溜息を一つ溢し相手に近付けば一応周りに警戒しながら、「明日の夜、俺の家に来い。気になるものがあるんだ。」と簡潔的に言い。

(寺子屋を後にし孤児荘へと辿り着けば玄関口には黒服の男の姿。
「こんな時間にご苦労なこった。」
『今回の依頼だ。前回御前が囚われた大名の娘を探して来いとの事だ。』
「攫われちまった事も広まってんだな。怖いもんだぜ。それにしてもあのおっさん娘がいたのか。」
『遊女が孕んだ子供がいるらしい。年齢は御前とそう変わらんくらいだろう。寺子屋の男に惚れ込んでるらしく、今は町娘としてたまに手伝いに行ってる女だという所までは目星がついてる。』
「其処まで分かってんのなら自分で行けよ。」
『あくまでも依頼だ。其の娘をどうするのかまでは此方も聞いていないんだ。』
「女子供を悲惨な目に合わせる様な依頼だけは御免だぜ。」
男から依頼の紙を受け取ればすぐに燃やし、信用しきった訳ではないが寺子屋に入り浸っている情報があるのなら明日相手にも話さなければならないな、と。


53: 菊 露草 [×]
2023-03-06 08:24:47







…爛、
( 相手が去った後、部屋へ戻り相手の名をひとり呟く。
相手も頭痛に襲われ、似た夢のようなものを見ていた。
そしてほんの一部しか聞いていないが、幼い頃から理不尽で不条理な苦悩を背負ってきたのだろう。
_ズキリとあの頭痛が襲う。幼い銀髪の少年がぼろぼろの服を来て、傷だらけの身体を自ら抱えるようにして蹲っている姿。
此れは己の記憶なのか、見せられているものなのか分からないが直感でその幼い少年が相手に思えて。そしてふと先程の相手との会話を思い出す。
妹か姉がいるのか問われたこと。その場では「いや、姉も妹もいないし、兄弟もいない。父親と母親とも死別してる。」と答えた。
だが、其れは断片的な記憶の中で得た事実を答えたまで。
己は一度、能力の過度な使用によって全てを失ったことがある。
ただ子どものころの話で全てではないが過去の記憶は回復しつつあり、今は能力の制限も出来ているため大人になってからは軽い物忘れ程度の範囲で収まっている。
それでも兄妹がいるかどうか、核心が持てずに。
そしてまたあの頭痛。今度は古い装いをした己と良く似た女が出てきて

_『兄さん、私と貴方の能力は二人で1つなの。…貴方が忘れても私が覚えているから安心して。』
_『これ、盗まれそうになってたから預かってたの。…大事なものでしょ?』

己に良くにた女の手にはきれいな装飾が施された簪。
何故かその簪には見覚えがあった。金銀は高価で装飾品も付くとなれば値は上がる。
そんな高価なもの何処で見たというのか。
頭痛が治まれば小さく息を吐き出し、ひとまずまた明日相手の元へ向かおうと寝支度を始めて。


( 翌日、相手の依頼のことは知らず、今日は件の町娘が寺子屋を手伝いに来ていて。
己は町娘の正体は知らずに毎日で無くとも献身的に手伝いに来てくれ子どもたちの面倒を見てくれる町娘を快く思っていて。
『此れは何処に運べばいいのかしら?』
「あー、そんなに一変に持って。重たいだろう?」
『あ!全部持っていかなくてもいいのに。』
「君にはこの教書の並べ替えをしてもらうから付いてきて。」
( 何冊も積み重ねられた教書を町娘の手からひょいと奪うと寺子屋内にある書庫へ向かう。
書庫には昔の文献から歴史等が刻まれた貴重なものもあり、何でも寺子屋の家主が嗜好で集めたもの。己も文字を読むのは好きでこの書庫に入り浸ることも度々で。
『此処の匂いって落ち着くわよね。…色々画集もあって飽きないわ。』
「そうだね、…もし気になる本があれば持ち帰ってもいいよ。いつでも返してくれればいい。」
『いいの?なら此れにする。画人の名前がね、はっきりとはわからないけど凛の花の絵なの。変わっているけど面白いわよね。水墨画と水彩を織り交ぜていてとても綺麗な絵なのよ。特にこの絵がお気に入り。』
( 町娘が画集を開き見せてきたのは美しい銀毛の狼の画。毛先の一本一本まで月明かりに照らされて美しく輝く様が丁寧に描かれており、その画を見て小さく目を見開く。
『どうかした?これ、持っていったらだめかしら。』
「…いや、いいよ。凄くきれいな画だったから驚いただけ。」
( 早鐘を打つ鼓動に平静を装って笑顔を向ければ「片付け早く済ませようか。」と声をかけて一緒に教書を棚に並べていく。その画集の他の頁にはあの簪の絵も描かれているがまだその事は知らずにいて。)





54: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-03-06 23:43:13




(翌朝、子供達といつも通り朝餉を済ませては自室へと籠り例の畳をじっと見詰める。
子供達には仕事をするから暫く部屋に来てはいけない事を伝えており、今夜相手にも見せる事になるであろう木箱の中を先に確認しておこうと。
畳を剥がし、埃と黴の混ざった匂いに眉を寄せながら木箱を開け、ぼろぼろになった文を一枚取る。
内容は全てにおいて完結的な物だった。
『-今夜真夜九つ-』
『-明日昼四つ、寺子屋の住まいにて-』
恐らく会う為の約束だろうと思しき文ばかり。
特に物珍しい物は無いかと文の山をざっくりと持ち上げた其の時、小さな木箱が目に入り手に取る。
木箱を開ければ僅かに劣化こそしている物の高価な物と思われる簪。
菊の花の飾りが誂えてある其れには錆びた血の様な物がこびり付いていて。
多少劣化している物の手入れに出せば光沢を取り戻せそうな代物。
何故ここに簪があるのかと暫し頭を悩ませるも思い浮かぶのは記憶の中の、相手によく似た長髪の男。
畳を戻し、大名の娘とやらの偵察がてら先に街へと向かっては老舗の簪屋へと向かって。

(簪屋に着くなり古びた木箱を店主に渡せば店主は丸眼鏡をくいっと上げ、驚いた様な顔をして。
『お兄さん、此れはあんたが持ってたのかい?驚いた。此れは俺の先祖が作った物だよ。間違いない。なんせこの細かい細工を作れたのはあの人しかいない。爺さんも、父さんも、俺も。作れないんだ。』
「…其れ、磨けるか。使えるくらいに。」
『嗚呼。それくらいはできるが、作りが本当に細かいんだ。少し時間をくれないか。…そうだな、折角巡り会えたんだ。今日は店終いにして此奴を生き返らせてやるよ。夜にまた取りに来てくれるか?』
「分かった。」
何故「使えるくらいに。」などと言ったのかは自分自身も分からなかったが、不思議とそうしてやらなければならない気がして。
暖簾を下げる店主に軽く会釈しては其の儘寺子屋へと向かって。

(寺子屋へと到着すれば庭で遊ぶ子供達の中に、自分とそう歳の変わらないであろう女子が一人混じっていて。
あっさり見付ける事ができた物の大名があの娘をどうするつもりなのか分からない今、動く気にもなれない。
頭を悩ませていた所、中から相手が出てくるのが見え咄嗟に門の影に身を潜める。
『今日はお天気が良いわね!菊先生もこっちに来て!』
『次はお姉ちゃんが鬼だよー!』
大名の娘とは到底思えない程のお転婆な様子。
着物の裾を翻し楽しそうに走り回る娘が躓き、咄嗟に相手の胸の中に倒れ込むのを見掛けては何故か鼓動が騒ぐ。
『あ、ご、ごめんなさい。』
髪を耳に掛けながら顔を赤らめ俯く娘に優しく微笑む相手の姿に居ても立っても居られなくなり足早にその場を後にしては原因不明の苛立ちに苛まれて。

55: 菊 露草 [×]
2023-03-07 08:03:41







( 昼時、寺子屋にて元気な町娘が子どもたちと遊ぶ様子を見守り、なにやら物音がした気がしたが相手だとは気が付かずにその後も何事もなく時は過ぎる。
夕刻になり子どもたちも町娘も皆帰れば一息付くも、ずっと朝方見た画のことや相手の事が引っかかっており、約束の時間迄と書庫へと向かう。
棚の奥へと進めば過去の歴史やその土地に流れる逸話などが記された本を探り、最近脳内に流れる映像について手掛かりはないか調べて。
然し、能力者のことは記されていてもぴたりと嵌まるような内容は直ぐには見つからず、時間を掛けて調べるしかないかと諦め掛けた時だった。
数冊並べられた本の後ろに風呂敷で包まれたものが隠されており、ざわつく胸を抑えながら其れを取り出して風呂敷の結びを慎重に解く。
中から出てきたのは古びた帳簿とくたびれた黒い布。
どちらもぼろぼろだったが己が持っているものと相手が使っているものと似ていた。
まさかと思いながら帳簿を開いて見ると、其処には己が普段記すような日々の日常や約束事が書いてあり、重要な誰かと会う約束でもしたのか時刻や場所に所々線が引いてある箇所がって。
「…今夜真夜中九つ、」
( 指先で己と良くにた字をなぞり、もう1つの黒い布を見る。
己は此れと良く似たものを知っている気がする。
そこでハッとなれば帳簿と黒い布を大事に手早く風呂敷に包み直して自室へと走り、忙しなく押し入れの襖を開ける。
そして奥にある木箱を取り出して中から更に小さな箱を取り出すと蓋を開けて。
その中には先程見たものとそっくりの黒い布。
然し先程のものと比べて新しく布もしっかりとして。
此れは己が此の地に行き倒れ家主に拾われた時、己が懐に持っていたもの。
何故忘れていたのか。関連性がないとは思えずにこくりと息を飲む。
そこでいつの間にか相手との約束の時間が迫っていることに気がつけば、今持っているものを風呂敷にまとめて孤児荘へ向かって。

( 孤児荘に付くと門を叩き相手が出てくれば焦ることでもないのに相手の手を取って足早に建物内入る。
流石に部屋にズカズカ上がり込むことはしないものの、今更だが馴れ馴れしく相手の手を掴んでいたことに気が付きパッと離して。
「悪い、つい気持ちが焦って。…あれからまた色々と御前に聞きたいことが出来たんだ。…御伽噺を信じる訳ではないが俺と御前の先祖には何かしら関わりがあるように思えて…。あと、此れなんだが見覚えはあるか?」
( まだ玄関口で少し早口に言えば持ってきた風呂敷を取り出し、帳簿や二枚の黒い布を見せる。
逸る気持ちを抑えて返答を待って。)





56: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-03-08 22:24:41




(縁側で煙管を燻らせていた所、約束の時間になり門を叩く音に気付けば其方へと向かい相手を自室へと招く。
自室の扉の前にて相手に手を掴まれ、やや焦った口調で言われた内容は以前から己が感じていたもの。
相手に手渡された布を受け取りまじまじと見れば、劣化こそしている物の普段から己が愛用している布と全く同じ物で。
形から厚さから生地感から同じものであるが故に間違える筈も無く、無言で己の額に巻き付けてある布を解き、相手に放り投げる様に渡しては「何であんたがこんな物持ってるんだ。」と、同じ物である事を肯定した様な一言を溢し。
相手の問い掛けには応えないまま、自室へと入り畳を剥がせば呆然とする相手の前で畳の下の木箱を開ける。
相手から帳簿を受け取り、内容を読めば木箱の中の手紙と全て照らし合わせられる事に気付き溜息を一つ漏らしては「信じるしか無いだろ。」と今更ながら短い返答をして。
思い出した様に着物の懐から小さな木箱を取り出し、磨き直して貰った簪を差し出す。

_何で此処にあったのかは知らないが、其れは多分あんたの御先祖様のもんだろ。
(一枚の文を開いたまま相手に差し出し、己の手にある帳簿の項を開いたまま相手に見せ一文を指でなぞる。
『-簪、有難う。-』
『-○月○日:簪を貰った。-』
何となくの憶測だったものが確信に変わり、帳簿と文を照らし合わせる相手をじっと見詰める。
「其の簪は今日見付けたんだ。余りにも酷い状態だったから磨き直して貰った。………血が付いてたんだよ、錆びていて汚れかと思ったんだが匂いで分かった。誰のかは知らないが。血が付いてる簪を其の儘保管して置いたってのも意味が分からないし、…」
「(もしかしたらあんたの先祖の死因は、)」と言い掛けそうになった所で押し黙る。
暫くの沈黙が続いた後、ここまで相手に見せたのなら隠す必要も無いかと此れまでの記憶を話し始めて。
毎回起こる頭痛、不思議な記憶、相手の返答を聞いている内にやはり記憶の中の二人の男は己と相手の、_恐らく先祖である事は間違いないだろうと。
「兎に角、…俺とあんたの先祖に何があったかは知らないが俺達には関係の無い事だろ。頭痛だ何だと振り回されるのは
勘弁だ。」
昼間見掛けた、相手と大名の娘の様子を思い出し何故か胸の奥がチリチリと焼け焦げる様な感情を隠す様に、自分に言い聞かせるかの様に相手に言い放つ。
此れは己の感情なのか、御先祖様とやらの感情に支配されているだけなのか、そんな事を己が知る由も無く、どこか相手を遠去けている様な物言いになってしまいまた暫しの沈黙が襲う。
煙管を咥え、部屋が煙る事を考慮し襖を開ければ今夜は満月。
以前相手と此の部屋で一緒に満月を見た事がある気がする。
相手に背を向け月を見上げたまま「…あんたの寺子屋に入り浸っている女がいるだろ。俺と歳が変わらないくらいの。どういう関係なんだ?」と問いかける。
しかし其の後はっとし、此れでは相手か娘に好意を寄せている様な言い方では無いかと気付けば「依頼の標的なんだよ。まだ完璧に受けると返答した訳じゃ無いが。」と続けて。

57: 菊 露草 [×]
2023-03-10 08:00:13







…!ああ、そうだな。確かに、先祖が何であれ関係ないことだ。
( 相手に言われた事にははっとさせられ最もだと思う。
なのに何故か胸が痛み、同意はするが視線を反らし声を落とし。
黒い布に帳簿や文、そして簪まで…解けて散り散りだったものが折り重なり1つになっていくのに胸の蟠りは其の儘どころか大きくなっている。
部屋を照らす満月の眩さが懐かしくも気持ちは陰り、凛としながらも何処か危ゆい背中を見つめて。
「この黒い布、古い方は寺子屋の書庫にあったんだ。…まだ新しい方は俺がこの地に来た時に持っていた、らしい。はっきりとは覚えていないが子供の頃に誰かから受け取った気がするんだ。…あと、女は寺子屋をたまに手伝いに来てくれているだけで其れ以上の関係はない。」
( 己のことなのに曖昧な返答になるのが歯痒い。
曖昧になるのは子供の頃の記憶だからではなく能力の代償。
然し其れを打ち明けるのは憚られ、町娘との関係を問われれば何だ此奴もしっかり十代の男なんだと安心と共に少し靄付いたりして。
それから少し気持ちを落ち着かせて息を吐くと生き返った簪を手にしたまま相手の隣へ足を進めて「依頼内容がどうかは知らないが、御前のことだから罪のない女子供に手出しをするのは主義から外れるんじゃないか?御前が断れば他の誰かが代わりに依頼をするだろうし、もし女を傷つけたくないなら依頼を受けてどうにかすればいい。それなら俺も助太刀できる。…因みにその子は甘いものよりみたらし団子とか煎餅とかしょっぱいもののが好きだ。」
( 相手はきっと外道な行いは好まないと勝手に思っているため余計なお世話だろうが口出しし、ついでに背中を押すつもりで情報を足してやる。
「あと、この簪…俺が預かってもいいか?此れだけ良いものを此処まで綺麗にしたなら其れなりに値はしただろうし修復代は後日返す。今持ち合わせがないんだ。」
( 先祖にとって恐らく大事な簪、己自身見た瞬間から心惹かれて貰うと迄は言わぬが一時的でも手元に置きたく頼み、ふと相手の横顔を見て其の頬に指先で触れて「こうして近くで見ると意外と子供っぽい顔をしてるんだな。と言うかまだ子供か。……先祖は関係ないの確かだ。でも先祖関係なく、俺は御前のこと結構気に入ってるよ。出ないと態々此処まで来ない。」と相変わらず揶揄い混じりだが、自然に双眸を緩めて微笑み軽く頬を摘んでやれば言い逃げの如く、依頼のことも含めまた何かあれば報告してくれと言い残してさっさとお暇してしまい。

孤児荘から住まいに帰り、一息つくも簪と帳簿は持ち帰ったが黒い布は相手の元へ置いてきたことに気が付き、不慣れなことをした動揺を隠せていないのにため息が出る。
相手はあの娘のような子が好きなのかと、先祖のことも衝撃だったのに別の思考に走るのに首を横に振って、依頼の件もあるし町娘は明日も来るため探りをいれてみようと。
そして簪がこれ以上傷まぬよう少し上質な布袋にしまおうとした時だった、ズキリと強い頭痛が襲い

_『…爛、…らん、…もっと名を呼べばよかった。』
_『こんな護りかたしかできない。独りにして、御免。…どうか生きて欲しい。____』

酷く切ない声、それは己のものと酷似しており伝えられなかった言葉に思えた。
最期の言葉は雑音でかき消されたが恐らくは…。
結局は先祖に振り回されるのに苛立つも、この苛立ちの原因は其れだけでないのは自覚していて。
その後、簪を布袋に包み木箱にしまうと寝支度を始めて。


( 翌日、昼休みに町娘と学び舎の片付けをする間、不躾だがまどろっこしいのも面倒のため身内について問いかける。
『…私が狙われてるかもしれないの?だとしたらそうね、私の両親が関係してるのかも。先生の言うの通り私は遊女の母と大名の間の子。どこで其れを知ったのかは聞かないけれど、父親が裕福なのはもちろんだけれど、私の産みの親は遊女であると同時にちょっと色んな人と関わりがあるみたいで……私を攫ってゆすりたいのかも。なんて…こんな危ない話先生にするものじゃないわね。それとも先生も実はそういうことに関係してたりするの?』
「……実はね。まあ、君に何かあったら嫌だから気をつけて。俺もできるだけ注意しておくから。」
( 冗談半分に聞かれた問いかけだったが、今後裏でも関わりを持つ可能性がありそうだし己だけ色々探るのは対等ではない気がして、人差し指を口元にあてて小さく笑み肯定する。
町娘は少し驚きながらも『わかったわ。』と頷き、母親が裏の密売組織や刺客とつながりがあることを教えてくれて。)




58: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-03-12 21:56:29




(相手が帰った後、掴み所のないあの妖艶な笑みを思い出してはくしゃりと髪を掴み項垂れる。
嘘偽りは無いと感じ取れる様子で素直に気持ちを話せる相手に大人の気品の様な物すら感じ、胸奥のもやつきを隠す為に思っても無い事を言った自分に嫌気が差す。
深い溜息を一つ溢し、戻した畳の上にいつも通り布団を敷き横になれば段々と瞼が重くなり瞳を閉じて。

(翌日、朝の一服をしていた所、門の近くの人影に気付き其方へと向えば黒服の男が立っているのに気が付く。
「朝っぱらから何の用事だ。」
『大名の娘についての調べは付いたのか。』
「まあ、多少。ただ娘をどうすんのか聞かされない内は依頼を受ける気は無いぜ。」
『自分の娘に会ってみたいらしい。』
「ほう。見事な嘘だ。で、実際はどうなんだ。俺に嘘は付かない約束だろ。」
『…一々面倒な男だ。大名は自分の血を継いでいる人間が一般人の如く生活しているのが気に食わないだけさ。母親の様に遊女にして自分の領地でもある花街に引き摺り込みたいんだろうよ。其の方が金にもなるしな。何せ母親は高級店の花魁だ。』
「…へぇ、娘は町で一人暮らしか。随分おっかねぇ事させる薄情な母親なこった。」
『愛情があるからこそさ。花街に引き摺り込みたく無いからこそ町民に紛れさせて“普通の暮らし”をさせたいんだろうよ。其の証拠に花魁が稼いでいる金は殆ど偽名で娘へと送られている。残りは全部あの大名の金になってる。高級店の一番人気を誇る花魁ともあろう者が、一番の貧乏人だ。』
どこか憐れむような男の言い草に無表情のまま依頼の紙を受け取る。
「“自分の娘に会ってみたい”だけなんだろ。其れなら護衛付きでも構わない筈だな。」
『…だから其れはあの大名の建前の嘘の内容であって、』
「いや、俺はそう聞いた。あんたも大名からそう言われてんだろ。」
歯痒い表情のまま眉間に皺を寄せる男を尻目に煙管を燻らせては其の場を立ち去りまずは情報収集でもするかと。

(真昼間から花街へと足を向ければ娘の母親がいるであろう店へと真っ直ぐ向かうも流石は一番人気。
そう簡単に指名を取れない事を知り今日は諦めようと裾を翻した其の時、強い香の香りと共に一人の遊女が己の腕を掴んで来て。
『………驚いた。…霧里じゃないか、…』
振り向けば大名の娘と瓜二つの遊女が嬉しそうな笑顔で己の顔を覗き込んでいて。
店主が『あれ程部屋から出てくるなと言っているのに!』と怒りを見せるも遊女は気にも止めず、嬉しそうな顔からきょとんとした表情に変わり『…若い。其れに男…?お前狼になれるだけじゃなく性別から年齢まで変化できるってのかい?』と。
何を言っているのか分からず頭を困惑させるも己が口を開く前に目の前の遊女は店主に向き直り、『御免よ親父様。次の相手の時間を少しばかり遅らせて欲しいんだ。旧友との再会なんだよ。』と美しい顔で眉を下げて頼み込んでいて。
『何を言っているんだ!馬鹿な事を言うもんじゃ、』
『頼むよ。次の御客様にはたんまり御奉仕するし、今月はいつもの倍売り上げに貢献するさ。滅多に無いあちきの我儘だ。此の我儘がやる気ってもんに繋がるんだよ。』
店主の怒りは治らない様子だが遊女の言葉に口篭り始めて。
ぐいぐいと腕を引かれては奥の部屋へと連れられ。
「おい、さっきから何を言っているのか分からないが、」
『何を言ってるんだよ。其の瞳の色、間違える訳ないだろう。わざわざあちきに会いに来てくれたのかい?お前だったら金なんぞ払わなくて良いって言うのに真面目だねえ。』
「………誰と勘違いしているんだ。」
『…冗談はおよしよ霧里。…嗚呼、今は二人だ。此の呼び名は野暮だったね。会いたかったんだよ。紅。…それにしても何で若い男の姿なんだ。まぁ驚きはしないよ。狼になれる人間が居たってだけで驚きには尽きた。いやあ憎らしいね。あちきより若返りやがって。』
続け様に一人で話し続ける遊女は、花魁である事を感じさせない程に親密で。
そして花魁の口から呼ばれた名は、名前しか知らないが母親のもので。

59: 菊 露草 [×]
2023-03-14 23:24:10







( 相手の動きや花魁との関わりは知らず、夕刻になれば大名の娘である町娘を念のため家まで送り届ける。
そして偶然か否か、今宵は花街での依頼があり。
内容は簡単なもので遊郭が発注を掛けた薬を送り届けること。
遊郭で使う以上真っ当な薬ではないが身体に大きな害はない媚薬の類。
相手のことも気に掛かるし、町娘のことも知らぬ振りはできないため密売ついでに情報が得られればと。
依頼の時間になれば密売時の恰好をして花街へ向かう。
表通りからは外れて裏路地を進み、遊郭の裏口へと進めば何食わぬ顔で戸口を開けて。
すると待ち構えていた見張り役の男が紙に包まれた密売金を出してくるも、嫌にその紙包みが厚く。
「…額を間違えていないか?」
『自分用に欲しいんだ。どうせ多めに持ってきているんだろう?頼むよ。』
「仕方ないな…。」
(不快感はあるが金はきっちり出しているので、薬を多めに渡す。
そんな時、裏手で休んでいるのか遊女の声が聞こえてきて。
『聞いた?姉さまが男を部屋に連れ込んだ話。』
『その言い方やめなさいよ。違うわよ、何でも親しい古い友人だそうよ。』
『あんな姉さまの嬉しそうなお顔、なかなか見ないわよね。』
『殿方も素敵だったわ。銀髪できれいな紅い目をしてた。』
『あんな素敵な色男に私も指名されたいわ。』
(そんな会話が聞こえて、真っ先に浮かんだのは相手の姿。
銀髪に紅い瞳なんてそうそうない。
相手もこの遊郭に来たのだろうか。
花街で遊ぶ印象はないため依頼か情報収集だろうが、何故か胸奥がざわつき。
そのせいで見張りの男の話が耳に入っておらず。
『おい、聞いているのか。』
「すまない、なんの話だ?」
『だから最近、此処の遊女の隠し子に報奨金が掛けられてるって話だよ。金も其れなりに持ってるらしいし、あんたも何か情報があれば恵んでくれよ。』
「興味ないし、何も知らないな。」
(無表情に吐き捨て用は済んだとばかりに再び裏口から遊郭を出る。
何も知らない、と言ったが恐らく隠し子とは大名の娘のことなのだろう。
思いの外、裏の界隈で話が広まっているらしい。
ともすれば町娘の身の安全が危ぶまれる。
相手も動いているかもしれないが、何かあってからでは遅いため路地裏を進み町娘の暮らす家へ向かって。)





60: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-03-16 22:57:47




(帰宅後、複雑な気持ちのまま自室へと戻れば縁側に腰を下ろし煙管を燻らせる。
昼間、あの馴れ馴れしい花魁に自分は“紅”の息子である事を伝えた。

『こりゃ驚いた。しかしお前さん本当に紅に瓜二つだね。そして紅は何してるんだ。あの殿方と幸せに暮らしてんのかい?』
「殿方ってのは親父の事であってんのか知らねぇが俺を産んですぐ、その…死んじまったよ。だから悪いがどんなに母親の事を聞かれても話されても俺には分からないんだ。」
『…そんな、嘘だろ。やっと幸せになれたってのに。…あんまりじゃないか…。そんな、』
「それに、素敵な殿方って。再婚でもしたのかね、うちの母親は。言っちゃ悪いが俺の親父は最低な男だぜ。」
『…お前さんも苦労をしたんだね。紅はね、最初見世物小屋に売られて来たんだ。だけどあんまりに別嬪だったから見世物をさせられながらもここで男の相手をして。それでも苦言一つ溢さなかったのさ。…嗚呼、もう一度、もう一度きりで良いから顔を見たかったよ。…そうだ!折角お前さんに出会えたんだ。ここだけの話だがあちきにも娘がいるんだ。紅が孕んで水揚げされて行った頃に出来た子供だからきっとお前さんと同い年くらいだよ。多分友達の一人もいないんだ。良かったら友達になっておくれよ。』

(急に泣き腫らしたかと思えば、優しい表情で娘の話を始めるその様子に随分感情が豊かだなと。
しかし娘の事を語る声色は非常に優しく、自分にはいないが、母親という物の愛情とやらを深く感じた。
よくよくと見ればこの花魁、そんじょそこらの花魁よりも年齢は上かと思える。
しかし年齢すら感じさせない美しさを持っており、さすが高級店の一番を誇るだけあるなと。

(時刻は夜。あくまでも“大名に顔合わせさせる。”という依頼は受けた為、調べを付けてある大名の娘の自宅の扉を叩けば扉は開かないまま『誰?』と声が聞こえ。
口下手故に説明が出来ず、「あんたが御大名様の娘だと聞いて迎えに来た者だ。」と大失敗の自己紹介をする。
『………開ける訳無いじゃない。あんなの父親じゃないわ。』
「あんたの顔が見たいらしい。俺は顔合わせだけの依頼を受けたんだ。」
『へぇ、貴方は“そういう”仕事をしているのね。そんなの彼奴の口車に決まっているじゃない。どうせ貴方も私の行き末を知っているんでしょ?』
「あー…ったく、説明が面倒だな。もう一度言うが俺が受けた依頼は顔合わせだけだ。それ以上の事があるなら俺が対処する。」
ほんの少しだけ扉が開くも娘は自分を睨み、『嘘よ。貴方みたいな容姿の人信じられる訳無いじゃない。どうせ私をゆするか母と同じように花街に売り付けるつもりでしょ。知らない男の相手なんて御免よ。私にはもう心に決めた人がいるの!』と強い口調で言って来て。
「だから何度も言ってんだろうが。大名があんたに危害を加えそうになったら叩っ斬ってやるし、そもそもあんたの母親があんたを花街送りにする訳無いだろ。」
『それはどうかしらね。なんせ母は私を捨てた女ですもの。』
娘を狙う輩が何名もいる噂を知り、焦って手荒なやり方になってしまった事を心底後悔する。
最早気絶させてしまった方が早いんじゃないか?なんても思ったが大名の前で娘が気絶している状態はさすがに不味い。
項垂れて頭を悩ませていた所、『早く帰って頂戴。貴方みたいな不良と絡んでるなんて思われたくないの!』と。
「あのな、黙って聞いてりゃさっきから随分失礼な事言ってくれるじゃねえか。」
同い年だからだろうか。焦りもある事からなんだか若干カチンと来ては口論になりそうな雰囲気で。

61: 菊 露草 [×]
2023-03-17 23:32:57







_夜中に女一人の住まいに御前みたいな図体大きい男が訪ねてきたら警戒されるに決まってるだろ。
( 裏道を通って町娘の家へ向かえば先客が。
しかも最近良く見知った顔。
相手からの情報も欲しかったため一辺に済んで丁度良いと思い近づこうとしたが何やら様子が可笑しい。
暫し様子を窺っていたがいよいよ空気が怪しくなってきた為、相手の背後から半分故意に気配を消してしれっと横入りして。
「悪い、盗み聞きする気はなかったんだが声が聞こえてきてな。御前が受けた“依頼”もだいたいわかったよ。…千代(チヨ)さん、この姿では初めてだったね。ちょっと君を狙う良くない話を聞いて心配で来てみたんだ。此奴はこんな見て呉れだけど子供に優しいし意外と律儀な男だ。信用はしていいと思う。大名のところへ行くなら俺も隠れて付いていくつもりだし。」
( 相手の横に立ち口元を覆っていた布を下ろして顔を晒せば戸惑う町娘を安心させるため名前を呼びいつものように双眸を緩める。
町娘には己が“そういう”界隈にあるのは伝えていたためか割りとあっさり受け入れられ。
そして相手の見て呉れが不良だと思ったことはないものの、揶揄い含めてぽんぽんと肩を叩いて。
「千代さんの母親のことは俺も良く知らないけどこの男が何か知ってそうだし話だけでも聞いてみたらどうかな。と…此処で話すのも目立つから戸口迄でいいから入れてくれる?」
( 時間はないだろうが町娘が納得しないまま大名の元へ連れていくよりはいいだろうと提案し、町娘が己と相手の顔を見比べ渋々だが首を立てに振り了承したとき__

『おー、もう俺たちより先に情報聞きつけてきた奴らがいるじゃねぇか。』
『悪いが報奨金は俺たちのものだぜ。痛い目見たくなかったら其処をどいたどいた。』
( 暗い夜道に響く男たち声。
気持ちのいい、絵に描いたような不逞浪士。
大方、報奨金の噂を聞きつけた野次馬の類だろうが、しっかり刀を向けてきていて。
『っておいおい、其処の大きいのはちょっと前に見世物屋をざわつかせて男じゃないか。此奴も手に入れられれば、もっと金になるぞ。』
( わいわい騒ぐ男達に少々呆れ気味の視線を送りつつ、相手を己の背後にグイッと押しやって「あまり騒ぎになって人の目に付くと厄介だ。御前は千代さんと家の中に。此処はどうにかする。話が付けば裏手口からでも大名の元へ行くといい。」
( 視線は男達に向けたまま鞘に手を掛け、身勝手な策の押し付けになるが相手にだけ聞こえる声量で告げて。)





62: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-03-21 20:55:30




(相手が登場し事を収めてくれたのも束の間、現れた不定浪士の存在に身構えるも相手の耳打ちに僅かに眉を顰める。
己は相手の能力は知らない為、其の役回りは自分が請け負うと言いたかった物の娘の存在の事を考えれば迅速に行動するのが得策。
「怪我するなよ。」
己自身何でこんな言葉を言ったのかは理解出来なかったが、あまりに自然に相手の身を案ずる言葉が出た。
其れは最早“言い慣れている”と言う感覚に近い感覚で。
娘を肩に抱え相手に背を向け一目散に走り出すも娘は相手の身が心配な様で喚いており。
「五月蝿ぇな。こんな時間に騒いでたら見付けて下さいって言ってる様なもんじゃねぇか!」
『だって先生が!嫌よ!下ろして!私戻るわ!』
「あんたが行った所で足手纏いでしかないんだよ。分かったらさっさと依頼を完遂させろ。俺は彼奴(相手)の敵じゃない。」
自分の言葉に多少の緊張が解けたのか僅かに大人しくなった娘は『それにしても貴方。女子を肩に抱えて運ぶなんて本当に野蛮ね。先生だったらきっとお姫様みたいに横抱きにしてくれたわ。』と悪態付いて。

(城に辿り着き従者に内容を告げればあっさり大名の元へと通される。
大名の横には娘の母親である花魁が大名の盃に酒を注いでおり、己と娘の存在を目にした途端僅かに目を見開く。
『御大名様、嫌だわ。あちきに飽きて若い女子に目移りでありんすか?』
僅かに上擦った声で花魁は大名に擦り寄るも大名は花魁の肩を抱き寄せたまま下卑た笑みを浮かべており。
『何を言っているんだ。千早(チハヤ)。あれは御前の娘だろう。…そして儂の娘。ほう、母親に似て美しいな。こっちに来い。』
『お、御大名様。あちきに娘なんていませんわ。』
『嘘を吐くな。御前もよく見てみろ。瓜二つじゃないか。』
娘は初めて見た父親の存在と、幼い頃の記憶しかない母親に娘である事を否定された事からわなわなと震えており其の足を一歩踏み出した所で娘の腕を掴む。
「さて。顔合わせは済んだか?」
無表情のまま大名に問い掛ければ大名は片眉を上げ不服そうに己を見詰めて来て。
『何。家族水入らずの時間が欲しいだけさ。御前はもう下がれ。』
「そうは行かねぇよ。俺はあんたの娘の護衛も請け負っている。このまま街に帰すまでが任務だ。』
怒りに身を任せ立ち上がる大名から娘を庇うように前に立つも娘は己を押し退け険しい表情のまま大名の前に立ちはだかる。
『家族水入らず?笑わせないで。私には父も母もいないわ!…何なのよ。二人揃って娘を攫わせて…。馬鹿にするのも大概にして!』
『小娘が。頭に乗りおって…、』
花魁は酷く辛そうな表情のまま大名を落ち着かせようとしていた所、大名の合図一つで部屋の外で待機していた従者達が己を取り囲む。
やはり一筋縄では行かなかったかと頭を抱えては、刀を抜き、構え、「学習能力が無ぇな。前回の俺を忘れたか?恐ろしい化物から尻尾巻いて逃げたのは誰だったっけな。」と従者達を挑発し。
従者達を脅すように大名に刀を向けた所、動き出す従者達に紛れ花魁は娘の腕を掴み悲痛な表情のまま『逃げて!』と叫ぶも娘は腕を振り払い『触らないで!』と。
このままじゃ埒が明かない。
花魁が娘を庇い続けてしまえば花魁自身が処罰の対象になる事も容易に想像がつく。
きっと相手も此方へ向かっている筈。
ならば取り敢えず少し強引なやり方にはなるが黙らせるのが得策かと。
娘を再び強引に肩に抱えれば片手の刀は離さずに「手を出してみろ。大事なお嬢様も傷物になるぜ。」と。
そのまま大名に向き直り「さて交渉の時間にしよう。娘との顔合わせは済んだ筈だ。其れ以上の用事があるならさっさと話してくれ。」と言い放ち。

63: 菊 露草 [×]
2023-03-23 01:26:16








_全く不本意だが便利だな…。
( 相手が娘を抱えて颯爽とした身のこなしで去った後、当然男達は激昂しその後を追おうとした。
然し、己の能力により報奨金のことは偽りだと思い込みお家に帰って貰ったところ。
代償があり欠陥があるとはいえ世を統べるのに便利過ぎる能力。
便利過ぎるが故に一人の男を狂わせた。

_『御前のせいで__母さんは死んだんだぞ!』
_『何故躊躇う。金が必要なんだよ!!』

脳裏に過る一度消えた過去の記憶。
己と同じ藍色の髪に目元が良く似た男が疲弊した顔で怒号を飛ばす。
少し感傷的になり嘲笑と共に一人ごちれば緩く首を横に振って拳をそっと握る。
相手が去り際に残した、たった一言。
“怪我をするな”と。
その一言で何故か心が震え、鼓舞させた。
今更だが依頼でもなく金にもならない案件に首を突っ込みすぎではと思うも本当に今更過ぎるため、相手に加勢すべく夜の街を走って。


( 一方大名の屋敷、大名は相手の機転を働かせた行動に顔を赤くして息を荒げており。
『御前、何様だ!交渉も何も儂の娘なのだから自由に扱って何が悪い。娘を此方に渡せ。何、悪いようにはしない。部屋は今住んでいる家の何十倍の広さ、金にだって困らない。身の回りの世話も全部使いの者がやってくれる。』
『そんなのいらない!私は今の暮らしがいいの!』
『その頑固な所、母親にそっくりだな。千早、この小娘が実の娘だと認めて二人共儂の元に来れば何も言うことはない。御前もいつまでも鳥籠の中では窮屈だろう。』
( 大名は下衆な笑みを浮かべて花魁と娘を交互に見る。
勿論傍に置くだけなんてことはなく、二人の美しさや人脈を利用するだけ利用するつもり。
大名にとって二人は道具でしかなく。
と、張り詰めた空気の中、静かに開く襖。
入ってきたのは従者で何を隠そう此の従者の正体は己である。
宣言通り隠れて屋敷の中へ侵入し、途中からではあるが大方会話を聞いていた。
大名との話し合いよりも一時花魁と娘を話し合わせたほうが良策に思え、一旦その場を離れ裏手口にいた見張り役を気絶させて着物を拝借し、髪は布で隠して軽く変装した次第。
顔は知れている為、直ぐ気付かれる危険性はあるが相手も居るし何とかなるだろうと。
『なんだこんな時に!この状況がわからんのか!』
「ご尤もで御座います。立ち入っているところ誠に申し訳ございません。ですが、大切なご来客が、」
『なんだと?こんな時間に無礼な!大切なのは今だ。こんな時に客人を通すなど御前もどうかしている!』
( 苛立つ大名に臆せず傍によればそっと耳打ちを。
その客人は大名よりも偉い地位の名前。
当然此の場凌ぎの嘘のためこの後は適当に話を合わせとんずらするつもり。
「…ですから今は千早様にもお帰りになって頂いたほうがいいかと、」
( 駆虫を噛み潰したような顔をする大名、然し自身よりも地位が高い客人を放っておく訳にはいかないだろう。
変装は簡易的なもの、相手にはバレているだろうと踏んでさっさと娘と花魁と共に此の場から離れるよう目配せして。 )




64: 霧ヶ崎 爛 [×]
2023-03-27 22:35:08




(従者に扮した相手に気付いたのは相手が部屋に入って直ぐの事。
最早嗅ぎ慣れた相手の匂いに視線だけを其方にやり小さく頷く、…がしかし、相手は一体どう此処を切り抜けるつもりなのか皆目見当も付かない。
兎にも角にも相手が作ってくれた隙を逃す訳には行かない。
花魁と娘を追い出すかの如く共に部屋を出ては花魁が困ったように己を見上げて来ては『御前さんには、驚かされてばっかりだね。』と。
花魁に案内され、屋敷から直通でもある通路を通り花街へと出れば娘を花魁に預け己は屋敷へと戻ろうと。
『待って。…先生は?』
「彼奴なら、大丈夫だ。今から迎えに行く。だからあんたは大人しく母親と、」
『私に母親なんていない!!!勝手に連れて来られて、…こんな場所に置いていくなんて本当に最低よ!!!』
喚く娘の腕を強く掴んだ花魁は瞳に涙を溜めながら厳しい表情で娘を見詰め、『大きな声を出すんじゃないよ。逃してくれたんだよ。もう分かってるだろ?』と諭すような口調で言う。
『御前が出来て、どうしたら良いか分からなかった。ずっと放って置いたんだ。恨まれても仕方ない。でも、この守り方しか出来なかったんだ。』
花魁の言葉の語尾に力が籠っており、娘は静かに黙っては唇を噛み締めたまま静かに涙を溢す。
『さあ行ってくれ。足止めして悪かったよ。“娘”が惚れ込んだ男の顔、見てみたいんだ。…ちゃんと無事に連れて来ておくれよ。』
『ちょっと!!!』
『今更何だい。御前の反応見てたら“先生”とやらが御前の想い人だなんてあっさり分かったよ。さあ行こう千代。まずは身を隠さないと。………爛、ゆっくりで良いから帰って来て。店で待ってる。』
(優しく微笑む花魁の表情は穏やかな物で、花魁に手を引かれる娘にももう抵抗の様子は無く。
走り去っていく二人を見送ってはさっさと今来た道を戻り。

(自分が去って直ぐの事、一向に現れない“客人”に痺れを切らした大名は従者二人を呼び付け相手を押さえ付けては顔の布を強引に剥ぎ取り、其の正体に目を見開く。
しかし大名からすれば相手の存在は疎ましいものではなく、ふ、と息をつき先ほどの嫌らしい笑みを浮かべれば相手の頬を撫でる。
『誰かと思えば。…まぁ良い。客人は御前のはったりだろう。そんなに俺があの女どもと馴れ合っているんが嫌だったのか。』
清々しいまでの勘違いをひけらかし相手の正面に腰を下ろすも、相手の解放とまでは許さず従者は相手を抑え付けたままで。
『良い良い。御前の気持ちは分かってる。交換条件にしよう。御前が大人しく俺の元に来ればあの女どもには今後一切手出しはしない。花魁も所詮もう年増女よ。御前が望むのなら花魁から金を巻き上げるのもしないさ。俺とあの女に接点があるのは嫌だろう。』
相手の気持ちが完全に自分の物になってない事を知ってか知らずか、大名は何とも都合の良い条件ばかり提示して来て。

(其の頃、漸く部屋まで辿り着き内部の様子を確認していた己は大名の其の言葉一つ一つに全身の血が逆流したかの様な感覚を覚え襖に手を掛ける。
しかし、なぜこんな感覚になるんだと疑問を感じては襖に掛けた手をぴくりと止めて。
よく分からない、が、相手に馴れ馴れしく触れている其の行為が酷く許せない。
相手の能力に関して己は全く知らない。
…が故に、僅かに緩んだ従者の腕から解放された相手の細腕が大名に伸ばされて行く瞬間が目に入っては、相手が大名の条件を受け入れた物だと思い音を立てて襖を開けて。
『…御前は、』
大名の言葉など耳に入らず、思考もままならないまま、ただ“嫌だ”という感情に支配されては呼吸すら整えない状態でゆっくりと刀を抜いて。

65: 菊 露草 [×]
2023-03-28 23:18:27








( 頬に触れる他人の体温、低俗な交換条件、全てが不愉快で表情が歪みそうになるのを堪える。
いっそ、ほんの少しだけ条件を飲んでやろうと思った。
其れで事が収まるのなら。然し、脳裏に過ったのは何故か相手の顔で、相手以外に触れられることに腹の奥底から激しい嫌悪感を覚える。
可笑しな話だ。相手にだってそう触れられたこと等ないのに。


___!?
( 此方から触れるのは不本意だが致し方ない。
相手が戻ってきてくれているなど露知らず、条件に乗ってやるフリをして大名の頬に触れ能力を解放しようとしたまさに其の瞬間、襖が開け放たれ現れた相手に目を見開く。
刀を抜く姿は美しく、怒りに燃える深紅の瞳に惹き込まれる。
己の為に戻ってきてくれたのではと場違いにも期待して震える心。
然し自惚れている場合ではなく、従者たちは相手を取り押さえようと刀を抜き、大名は声を荒らげて
『御前、もう護衛の任は済んだはずだろう!何故戻ってきた!』
( 品位の欠片もなく吠える大名、従者たちも今にも刀を振るわんとしておりそうなれば何かと面倒。
相手の目の前で能力を解放するのは躊躇いがあった。
でもこんな下衆の為に相手の手を汚させたくない。
一瞬の間の葛藤の元、大名に触れたままの手に意識を持っていき能力を解放する。
“ 花魁とその娘には今度一切手を出さず関わりを持たないこと。交換条件は己と偶に酒を飲み交わす。”
と契約を交わした記憶を改竄する。
流石に無条件では不満が残るだろうし、ある程度関わりを残したほうが大名の動向も探れて視察にもなる。
酒の相手くらいならと妥協した次第。
大名はぴくりと身体を強張らせぼーっとする。
「そういうことだから、次会うまでに良い酒を用意して待っててくれ。で、この手はなし。今日は疲れたからお暇させて貰うよ。」
『…ぐ、解せないが仕方ない、か。…だが何故…。いつのまに、儂は…』
己の頬に触れる手を退けると納得いかない様子の大名と困惑気味の従者たちを無視して立ち上がる。
着物の裾を軽く払うと相手に近づいていき刀を持っていないほうの手を取り「ほら行くぞ。」とほぼ強引に手を引き屋敷を出て。

( 屋敷を出て冷たい風の吹く夜道を手を引いたまま暫く歩く。
人気の少ない路地へと回れば漸く足を止めて相手と向き合って。
正直、相手に何か悟られてはいないかと畏れていたが平静を装い。
「別に戻ってこなくても良かったのにな。…心配して戻ってきてくれたのか?」
( 冗談っぽい口振りで小さく笑みを浮かべるも、何となく気まずく咳払いをして。
「あの大名が今後あの二人に関わることはないはずだ。御前が上手く逃してくれたから事が運べた。あの二人の様子はどうだった?親子でちゃんと話し合いできそうだったか?千……、」
( 花魁とその娘、二人の様子を気にして問いかけ娘の名前を口にしようとし、はっとする。
名前が、出て来ない。“千代さん”と娘の名前は何度も口にしているし、ど忘れするなんてことは通常はあり得ない。だが、一瞬浮かんだ名前が霧状になって脳内で消えた。
帳簿には名前が記してある。然し相手の前故に直ぐには見られない。
微かに狼狽えて視線を泳がせた後「…あの子、いつも何処か寂しそうにしてたから気になってたんだ。上手く話し合えるといいけど。」と誤魔化して眉尻を下げ下手くそに微笑み。)





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