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1対1のなりきりチャット
自分のトピックを作る
685:
ギデオン・ノース [×]
2023-12-03 15:47:16
(ギデオンとヴィヴィアンは、今や私生活において恋人同士の関係である。しかしそもそも、こうして仲を深めたきっかけとして、ふたりとも、同じギルドに所属している単独の冒険者なのだ。そして冒険者という職業は、市民のために魔獣を屠る、それこそが最上の使命。故にヴィヴィアンの返した言葉は、この上なく真理を穿つに違いなく。「……そうだな。無茶だけはするなよ、」と。相手の肩に軽く手を置き、一度だけしっかり見つめ合う。そうして、精悍な横顔でヴィヴィアンと別れたそのときには、ギデオンも既に思考を切り替えていた。これより先の自分は、作戦の最前線で攻撃を担う魔剣使い。そして相手もまた、後方支援と救急を担うヒーラーの立場となる。個人的な労わりは、仕事が終わってからでいい。この一山を終えた頃には……きっとふたりで、ヴィヴィアンの父親を見舞いに行ってやれる筈だ。)
(──しかし結論から言えば、ギデオンのその読みは、完全に間違っていた。何といっても、そのギルバート・パチオ本人が、何故か戦場に参上し……あろうことか、先にドラゴンと対峙していたのだ。冒険者たちが状況を把握する間もなく、彼の隙を突いたドラゴンによって、それまで防衛を崩さずにいたギルバートが吹き飛ばされ。こちらもまた、ヴァヴェル竜のもたらす地割れに煽られ、即座に態勢を整え直さねばならなくなった。
「総員──作戦通りに回れ!!」と、ドラゴンの咆哮に押しも押されもせぬ大声を、総隊長ヨルゴスが張り上げる。途端、戦士の援護を受けながら魔法使いが散開。周囲の地形とドラゴンの様子を分析し、後衛拠点を各所に見定め、大きな魔法陣を描いて強固な障壁を構築する。足場の確保も兼ねたこの初動の布陣を、的確に果たせるかどうか。これが今回の作戦の要と言っても過言ではない。
──敵の種類や周辺地形、時間帯や気候条件などにより、多少の変更は存在するが。ドラゴン狩りの作戦には、古来から伝わる王道の筋がある。即ち、陽動攻撃でドラゴンの気を正面に引きながら、後方に回った部隊が、翼、後ろ脚、尻尾の付け根を真っ先に狙い落とすというものだ。空に飛ばれればこちらは手の出しようがないし、仮に飛翔力を奪っても、圧倒的な重量で突進されれば成す術もない。ドラゴンの尻尾に殴り飛ばされる、叩き潰されるというのだって、戦士の死因の最多数という恐るべき脅威となる。しかし、逆にその三点さえ潰せば。胴体のみでも這いずり回り、熱焔を吐き散らす脅威が片付いていないにせよ……基本的な機動力を大幅に下げることができる。故に作戦の初期段階で、翼と後ろ脚と尻尾、まずはその三ヵ所を攻める。首を落としにかかるのは、全てを入念に整えてからだ──そして敵も、それを最も警戒している。
けれどもその作戦は、早くも困難に感じられた。理由は目の前にいるドラゴンの、規格外過ぎる大きさのせいだ。「体高が報告と違う!」と、若い誰かが悲鳴じみた声を上げたが、それを臆病と詰れる者が、はたしてこの場にいるだろうか。何せ敵は──その頭部の大きさだけで、優に大型馬車ほどもあるのだ! しかし仕方がない、とギデオンは苦い顔で分析した。そもそも国境警備隊の防衛ラインを超えられた時点で、このドラゴンはかなりの高度を飛んでいたに違いない。ならばきっと、王軍の担った監視も、遠距離からの途切れ途切れにならざるを得なかった。そうして、これはまずい、と、先に各所の冒険者ギルドに伝令を果たそうとして……きっとそれでも間に合わず、追い抜かれたほどなのだ。王軍の失態は致命的だが、対峙の始まってしまった今、即座に対応をとるしかない。「尾から狙え!」と、開けた森の際を駆けながら、襲撃部隊の隊長として指示を飛ばす。「あの図体なら、離陸前に多少の助走が要る筈だ──その補助におそらく尾を使う! だからまずはそこから狙え!」
──一方。各々の役割を持った戦士と魔法使いが、所定の配置につくなかで。ヨルゴスの指示により、数名のヒーラーがギルバートを捜し出し、森の中から連れ出そうとしていた。一体どれほど化け物じみているのだろう、あの絶望的な横薙ぎを喰らっても咄嗟に障壁を張れたらしく、致命傷を負わずにぴんぴんしているようだが……それでも、肩を貸さねばならぬ程度に身体を痛めている様子だ。「あたしたちを庇おうとしたわね!?」と、彼を知っているらしい中年女性のヒーラーが、治癒魔法を注ぎながらも大激怒していた。「お言葉ですけど、ギルバート! あたしたち皆、あんたひとりに子守されるほどか弱くはなくってよ!」
それにギルバートが、「だったらまず、まともな地固めのできる魔法使いのひとりでも連れてこい」とか、なんとか。相も変わらぬ憎まれ口を叩こうとした、まさにその瞬間。戦場からひときわ強烈な咆哮が轟いたかと思うと、頭上の梢の隙間から見えるほど天高く、太い火柱が噴き上がった。どうやら襲撃部隊が、最初の斬り込みに成功したらしい。ここにいると少々まずいな、とギルバートが指鳴らしをひとつ。途端、詠唱もなく発動した転移魔法により、一行は少し離れた小高い丘に立っていた。
そこからなら、もはや荒れ地と化した森の中の戦闘が良く見える。障壁内にいる魔法使いが、一斉にバフ魔法を放ち。跳躍力も攻撃力も大幅に上がった戦士たちが、一体の巨大な怪物を縦横無尽に翻弄している。周囲には薙ぎ払われた樹々が多数あり、それを魔法使いが的確に浮遊させるので、足場に事欠かないようだ。あの様子なら、ヴァヴェル竜が倒されるのは恐らく時間の問題であろう。そのように、決して楽観ではない分析を下しかけたところで──ギルバートの青灰色の双眸が、強烈な驚きに染まった。
暴れるドラゴンがところ構わず吐き出した火炎放射、それによる周辺の火事を防ごうと。右方の障壁内にいる誰かが、美しい魔素を膨大に練り上げて、巧みにそれを相殺したのだ。まさか、とギルバートが呟く。──それと同時に、嘘だろう、とギデオンも呟く。太い尾と後ろ脚の筋を断たれたことで、周囲を羽虫のように飛び交う戦士たちに怒り心頭だったドラゴンが。膨大な魔素を感じた途端、ヴィヴィアンのいる障壁の方をぎょろりと向いて──急に、制止したかと思えば。……その翼を大きく広げ、不気味な眼状紋をぶわりと浮かび上がらせたのだ。
幾つもの頭全てが、どろどろと薄気味悪い、だがはっきりと喜悦の感じられる唸り声を上げた。ギデオンの皮鎧の内側で、汗と共に吹き出した嫌な予感、それにたがわず。それまで相手取っていた他の冒険者の一切を、一瞬たりともかえりみず──ヴィヴィアンのいる場所に、怪物が前足だけで突進し始めた。いったい何故──ドラゴンの関心は、奴を攻撃する戦士や魔法使いにこそ向けど、延焼を防ぐヒーラーなどには寄せられない筈なのに!
疾風のように駆けながら、紫電の走る魔剣を構え・「ヴィヴィアン!」と必死に叫ぶ、そのひと声に全てを込める。シルクタウン以来、幾度となく共にクエストをこなし、連携してきた経験は──今のギデオンが何を求めるか、きっと彼女にも悟らせるはずだ。)
686:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2023-12-06 09:23:15
──……ッ!
( ──撤退! 撤退ッ!! ギョロリとこちらを一斉に振り返ったドラゴンに、ビビのいる右舷が急激に騒がしくなる。怒号の如く上がる指示に、退路を開こうとバタバタ走り出す戦士たち。しかしその瞬間、ビビの中に浮かんだ感情は微かな、しかし確かな苛立ちだった。やけに興奮した表情の頭と、ギラギラと浮き沈みする眼状紋が向けられると同時に、何股にも割れた首の根元に輝いた紅い魔核。やっと見えた弱点を目の前に、自身の実力を過信せず退却出来る観察眼もまた大事な資質ではあるのだが──今此処に居るのが経験も若いこの青年ではなく、ビビの相棒たるギデオンだったなら……! と、真っ直ぐにドラゴンへ向け跳んでいくだろう紫電を、思わずにいられなかった瞬間だった。
遥か遠くから響く、頼もしく大好きな張り慣れた声。その声に込められた信頼に、「ギデオンさん!」と、場違いな程嬉しそうに応えれば、自然と身体が走り出していた。ビビが脳内で描いた"理想の道筋"をなぞるように動く相棒に、相手の意図が手に取るように目に浮かぶ。魔法使いが浮かせた足場を戦士が選ぶのでは無い、ギデオンが跳んだ先、ヴァヴェルの炎を避けた足元に、まるで吸い付くかのように後から足場が組み上がり。己の身の丈の数倍以上はある空中を、まるで地上の如く駆け上がったギデオンが勇ましく魔剣を振り上げたその瞬間。突如、その頭上に黒い雨雲がかかったかと思うと、エメラルドの稲妻が魔剣を穿き、周囲の目を眩ます程の光となって、壮年の戦士がドラゴンの首を一刀両断する光景を焼き付けて。
そうして残ったのは、ヴァヴェルの倒れる轟音と、黒い雨雲がポツポツと地を穿ち、次第に激しい雨となって冒険者たちに降りかかった血の飛沫を洗い流す雨音のみ。未だ信じられないものを見たかのように、胸を上下させる冒険者たちの耳にまず届いたのは、ドラゴンと共に地上へ降り立った相棒の下へ駆け寄るヒーラーの足音で。あまりに自然な動きだったものだから、つい失念していたが、ギデオンが放り出された上空は、羽のない人間が無事でいられる高さではなく。その着地の際、咄嗟に風魔法で衝撃を緩和はしたものの、果たして怪我などはしていないだろうかと、真っ青な顔で駆け寄って、 )
ギデオンさん!!
ご無事ですか!? 強く打ったところは……?
687:
ギデオン・ノース [×]
2023-12-06 15:19:52
(この数秒。何故か知らないが、ドラゴンがヴィヴィアンに目を奪われ、興奮のあまり他への意識を疎かにした、ほんの数秒。それこそが速戦即決の鍵だと、ふたり同時に信じているのが、彼女のいらえで伝わった。
故にギデオンは、もはや他の何ものも振り返らない。羽虫を払うべくドラゴンが吐き出す炎、ただそれだけに意識を定め、的確に回避しながら、上へ上へと駆け上がる。自分が身を翻した先も、そこから躍り上がる先も、一切確かめる必要はない──必ず、相棒が受け止めてくれる。その信頼が稼ぎ出したのは、時間にしてコンマ数秒。だが、敵の反応に後れを取らせる決定的な数瞬だ。
──とはいえ。こんなにも巨大なドラゴンの首、その根元を一刀のもとに断ち斬るなど、本来ならば不可能のはずだ。ギデオンの剣は片手半剣、それより大きな大剣でさえ刃渡りが足りない敵に、どうやって立ち向かうのか。見ているだれもがそう思ったことだろう、ドラゴンですらせせら笑ったかもしれない。しかしそれでもギデオンは、迷いなく魔剣を振り上げた。強く信じていたからだ──自分の背後で、相棒のヴィヴィアン・パチオが、同じく杖を掲げているのを。いつぞやの夢魔討伐でも披露した合わせ技、それを更に高めたものを、今ここでこそ繰り出せるのを。
相棒が即座に──ギルバートですら目を瞠るほどの速さで──練り上げた、黒い雨雲。その内部で増幅した、ただでさえ豊かな魔素が、翡翠色のいかずちとなってギデオンの魔剣に宿る。そうして、魔素を高める性質を持つ魔法石の恩恵により、更に何倍にも膨れ上がり……激しい輝きを放ちながら、何倍にも凝縮されたその瞬間。ギデオンは渾身の膂力を込めて、己の剣を横薙ぎに振るった。途端、その切っ先から眩い雷光の刃が伸び。本来ならあり得ざる、神々しい大剣に化け、敵の固い鱗に喰い込む。……冒険者たちが一様に唖然とする中、ドラゴンの七つの首が、その一太刀に刎ね飛ばされ。魔獣特有のしぶとい生命力をもたらし得る深紅の魔核も、派手に粉々に砕け散り、その無残な最期を飾り立てる。
──すべてを、しかと見届けるや否や。全身の力を魔剣に乗せていたギデオンは、真っ逆さまに落ちはじめたが。ここでも何ら焦らずに、魔剣を振って重心を操り、受け身をとることに集中した。はたして、それを待ち受けていたかのような横風が、案の定ギデオンを攫い。ドッ、と地面に身を打ったものの、直線落下のそれに比べれば随分と優しいもので。その後も幾らか上手く転がり、しっかりと勢いを殺せば、すぐにしゃんと身を起こし……ドラゴンの死を見届けてから、暗くなった空を見上げる。夏だというのに、どこか春雷を思わせる優しい轟きがくぐもって聞こえた。けれどもそれはすぐに、魔獣の穢らわしい血を流す、禊の雨を連れてきて。……この雨、やけに馴染みのある聖属性の魔素を孕んでいるな、と、相棒の相変わらずの天外っぷりに呆れていれば。そのヴィヴィアン本人が、慌てた様子でこちらに駆け寄ってくるのだ。温い雫を滴らせながら、笑って相手を迎え入れ。)
ああ、まったく大丈夫だ。手厚い援護があったからな。
……それよりも、お前の方だ。目眩や吐き気は? 魔力弁の具合は?
(ギデオン自身も経験したことがあるからだろう。相手を気遣うその声音には、これまでよりも随分と実感がこもっている。しかし今は、彼女に甘い恋人としてよりも、あくまで熟練の冒険者として、自分の動きを助けてくれた仲間を案じているような顔だ。……ちなみにこの間、先ほどまで呆気に取られていた仲間たちが、ヨルゴスの号令により慌てて動き始めていた。首を断ってもすぐに死なない魔獣は多い──特にこれほど大きなドラゴンとなると、念入りな確殺処理が必要になるだろう。しかしギデオンとヴィヴィアンは、すぐに混じる必要はない。魔獣討伐はチーム戦であり、仕留め役を果たした冒険者は、自分たちに異状がないか確かめるのが最優先だ。故に、無事を自覚しきっている自分のことはすっ飛ばし。相棒の小さな顔に手を添えて、瞳を覗き込み、呼吸や唇の色を確かめ、果てはその指先を掬って絡め、体温を確かめにかかる。……傍目にはどう見ても甘ったるい戯れだろうが、あくまでもギデオン自身は、これでも真剣そのものなのだ。)
688:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2023-12-09 00:43:50
手厚ッ……わざとじゃないんです、ごめんなさいっ……!!
( うわぁん! と、間の抜けた悲鳴が響いて、それまで冷静に杖を振るっていたヴィヴィアンが、申し訳なさそうにギデオンへと飛びつく。そんな愛しい娘の姿に、思わず目を奪われたのは他でもないギルバートだ。──男の脳裏に蘇ったのは、もう25年以上も昔のこと。やはり危険なドラゴンを前にして──手柄をくれてやるわ、と。娘たちとは違って、自分達は微塵も通じあっていなかった。ずっと巫山戯た奴だと思っていた同期の女、未来の妻に思いっきり吹き飛ばされて。今回のギデオンと同じか、もっと容赦ない高さから叩き落とされるその瞬間に見た、勝利を確信した笑みを浮かべる、シェリーの美しさといったら──「……アレ。ビビちゃんからの一目惚れで、坊やはずっと断ってたのよ」最後には捕まっちゃったけど、と。古い記憶に囚われていたギルバートを引き戻したのは、その肩を支えている旧知のヒーラーだ。──確かこの女も、シェリーと同時期に娘を産んだ人の親だったはずだ。同年代の娘がいる"母親"は……、カノジョは今のヴィヴィアンを見てなんと言うだろう。全くもって、憎らしいことだ。「当然だ。僕の娘が狙った獲物を逃がすわけないだろう」 そもそも、あの男の分際で、ビビちゃんを一度でも振っただなんて身の程知らずな奴め。そう脳内で吐き捨てたつもりだった悪態は、どうやら全て口から漏れていたらしい。不器用な父親に対し呆れた女のため息は、ドラゴン討伐完了の歓声に掻き消されたのだった。 )
お陰様で良好です、
……ギデオンさんも。今は大丈夫でも夜に痛くなったりするんですから、……ほら、ちゃんと見せてください。
( 過保護なギデオンの触診に、うっすらと瞳を細めて好きにされていた娘は、しかしその指をゆるく取られた途端──逃がすものか、といわんばかりの勢いで、反対にその手を握り込む。「座ってやりましょう」と、握り込んだ手を引いて、ドラゴンが倒したちょうど良い木の上に相手を腰掛けさせると。膝や腰等、負担のかかりやすい所をぺたぺたと確認しながら。そういえば、といった調子で首を傾げて見せて、 )
──……それにしても、あのヴァヴェルの動きはなんだったんでしょうか……異常行動で報告しといた方が良さそうですかね……
689:
ギデオン・ノース [×]
2023-12-09 15:39:01
……わからん。ドラゴン狩りは、俺も何度かしたことがあるんだが……
(相棒の練り上げた黒雲は、やはりとことん優秀らしい。聖属性の土砂降りによって魔獣の血を洗い流し、現場の冒険者全員に加護を付与したかと思えば。あとはあっさり霧散して、視界の良好さを取り戻させる具合である。若い奴らに至っては、「なあ、アレ」「……奇跡だ」「女神だあ……」と。爽やかな青空にかかる大輪の虹を見上げて、馬鹿みたいに惚ける始末だ。
しかし、一方のギデオンは。最初こそ驚いていたものの、(……まあ、ヴィヴィアンだからな)と、あっさり受け入れ。相手に促されるまま倒木に座り、優秀なヒーラーによる診察に身を委ねていた。そうして、相手がふと寄越してきた疑問に、こちらも不思議そうに首を傾げる。──確かに、あのドラゴンの動きは妙だった。ヴィヴィアンに気づいた途端、まるで長年探し求めた獲物を見つけたかのように、あからさまに興奮していた。ギデオンの思い出す限り、あれは彼女の大振りの魔法の発動がきっかけだったように思える。とすると、自分たちが駆けつける直前まで、何故か知らないがギルバートと戦っていたようだから……彼の血を引く娘による、似通った魔素を嗅ぎ当て、先ほどの敵だと誤認したのだろうか。だがそれなら、敵意や憎悪でなく、喜びを見せていたのがわからない。その辺りの考察を、相手にもそのまま漏らしつつ。「……既に人肉を喰っている個体で、それでああなったんだとしたら……外来竜であるだけに、かなり大事になるだろう。そうなると、そうだな。やはりきちんと報告を……」と言いかけた、そのときだ。
「あっ」と、妙な声がした。そちらを振り返ってみれば、声の主はヨルゴスである。ほかのベテラン戦士ふたりとともに、ギデオンの斬り落とし生首のひとつを調査しているところらしい。──討伐リストの一定ランク以上に位置付けられている魔獣は、仕留めた後の調査や記録が固く義務付けられている。個々の冒険者の収集した情報を専門家が分析すれば、今後の被害などを予測し、より備えられるからである。このため、単純な部分は若手に任せ、調査に年季の要る頭部などはベテランが受け持つ、というのは、実によくある分担なのだが。槍でこじ開けたドラゴンの口腔内、それを覗き込む男たちの様子が、なんだかおかしかった。やっているのはおそらく、歯列の確認による種の同定作業だろうに。「なあ、これ……」「いやしかし……」「だとしたらあのときのあれは……」などと言い合いながら、何故か気まずそうに、こちらをちらちら見てくるのだ。一体何事だろう?
ギデオンが腰を浮かせかけたところで、「何だ? 昨今の冒険者は、種の同定もままならないのか」と、高慢に見くだす声が割り入った。少し前にドラゴンの死の一撃を喰らったはずが、いつのまにかけろりとした顔で戻ってきていたギルバートである。「ああ、いや、先代、それなんだけどな……」と、ヨルゴスが慌てて制止するも遅い。杖のひとふりで、ドラゴンの大きな口をさらにがぱりと開けさせた大魔法使いは、しかし。内部に視線を走らせる否や、何故かぴしりと、ぎこちなく固まった。そうして、さらに目を凝らして確認し……まさか、という顔をして、やはりギデオンたちの方を振り向く。やけに混乱した様子である。いよいよギデオンも、ヴィヴィアンと顔を見合わせた。何だ何だ、揃いも揃って本当に何なのだ。
「悪い、ここで待っててくれ」と。相手に一言断りを入れ、ギデオンもいよいよそちらに向かった。さてはて、何がこいつらをそんなに狼狽えさせるのか。熟練たちに入り混じり、自分でもドラゴンの口の中を確かめたギデオンだったが。──先ほどのギルバートよろしく、びしりと綺麗に固まった。ひと目で理解してしまったからだ。何故ギルバートが狼狽したのか。何故ヨルゴスたちが気まずそうにしていたのか。何故ヴィヴィアンが狙われたのか。……何故あのとき、ドラゴンが豹変したのか。
「あんまり、聞きたかないんだけどよ……」と、ヨルゴスがそっと囁いてきた、とんでもない質問に。如何にも居た堪れなさそうに、片手で顔を覆いながら、小さく頷いてやるほかない。ヨルゴスはただ、正しい記録のための判断材料を必要としているのだと、根が真面目なギデオンは理解できてしまうからだ。しかしギデオンの答えを見るや、両脇にいるベテランたちが、堪えきれない大爆笑で妙な発作を起こしだすか、或いは露骨にドン引きするかしはじめ。ヨルゴスもまた、口の端をピクピクと、笑いだしそうに引き攣らせる始末だ。「……まあ一応、若い奴らにはヴァヴェルって体で書かせて、俺が最後にこっそり修正しておくからよ。それでいいよな?」と、一応は真剣さも交えて提案してくれるものだから、もう色々と思考を放棄したくなった。傍にいるギルバートの顔は、とてもじゃないが見られない──どんな顔をして見ればいいのだ。よろよろとヴィヴィアンの元に戻ると、相棒のフォローのおかげでまったく無傷だったはずが、今や満身創痍と言わんばかりの面持ちで。やけにぐったりと、疲労しきった呻きを漏らし。)
……今の件は、あとで話す。ああ、ちょっと、ここでするような話じゃないんだ……
691:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2023-12-12 00:54:20
ギデオンさん……?
え……ええ。でも、お顔の色が。こっちおいで……座れます? 横になった方が楽ですか……?
( 討伐した魔獣を確かめてみて、もしあと討伐が一歩遅れていたら、とんでもない被害が出ていただとか。運良く無事だっただけで、予期せぬ脅威を残していただとか。後からゾッとするような真実が判明することはよくあることだ。しかし、戻ってきた相手のあまりの顔色の悪さに、薄い頬をそっと両手で包むと。心做しか力なく丸まった背中を撫でながら、もう片方の手で先程の倒木へと導こうとして、促された相手が素直に腰掛けるか固辞するか、兎に角ギデオンの体調が悪くないことを見届ければ。そろそろビビ達も回収作業に加わらなければなら頃合だった。未だ胃の痛そうな表情をしている相棒を、気遣わしげな表情で見送り、自身もヒーラーとして、今回はベテランの先輩方の下、テキパキと要救護者の手当に当たること半日。あわや首都襲撃という未曾有の危機の収束に、心地よく揺れる馬車の中。疲れきった娘が丸い頭をギデオンの肩に預けて、うつらうつらと船を漕ぎながらキングストンへと辿り着き。ギルドでの簡単な手続きを終えて、暖かなランプがポーチを照らす我が家へと帰りつけたのは、そろそろ日付も変わる深夜の事だった。いつもならば共に帰って来ても、すぐにただいまのキスを強請るところを、かろうじて未だ冒険者の顔を残して相手へと真っ直ぐに向直れば。人目のあるところでは話せ無いだなんて、相当の危険が差し迫っていたのだろうと気を引き締めにかかって、日中のベテラン勢の気まずそうな表情の意味など全く知らずに、むしろ清々しい程真剣な表情で尋ねて見せて。 )
──改めてお疲れ様でした!
さっき、後で話すって仰ってた件って、もう……ここなら大丈夫ですか?
692:
ギデオン・ノース [×]
2023-12-12 14:25:11
ああ、そんなに……いや、しかし、そうだな。
……とりあえず先に、寛げる格好にならないか。
(あのとき下手に誤魔化したあの一件を、どこまでも清く尋ね直されてしまえば。「そんなに深刻な話じゃないんだ」……一度は弱々しく返しかけたその台詞を、しかし相手にとっては本当にそうだろうかと、有耶無耶に呑み込んで。代わりに疲れの滲む声で、甘えるように首を傾げる。相手の優しさに漬け込む形での先延ばしだから、少々卑怯と言えるだろう。しかし今日の仕事は、肝心の竜退治よりも、寧ろその後が本当に大変だった。まだ日の高いうちに、ベテランのヒーラーがギルバートを強制的に連れて帰っていったそうだが、それに全く気付かなかったほどである。正直、今すぐベッドに倒れ込んで、恋人を抱きしめながら眠りたい…一日の汚れを落とすのも、除染作用のあるギルドのシャワー室でふたりとも済ませているのだ。だが、あの時ギデオンが濁した話を、相手はちゃんと知りたいだろう。だからせめて、今夜はあとはもう寝るだけの状態にしないか、というわけで。
そうして、相手が優しく気遣ってくれたか、訝しみながらも聞き入れてくれたか。何にせよ、洗面所で夜のお手入れをしている恋人を待ちながら、先にゆるい寝間着に着替え、リラックス効果のあるハーブティーを沸かし(尤もこれは、普段のヴィヴィアンがギデオンを気遣って淹れてくれるそれの物真似だ)。一足先に寝室に上がり、本を読みながら相手を待つことしばらく。真夜中を幾らか過ぎ、相手がいよいよ傍にやってくれば、まずは顔を上げ、「今日はお疲れ」と、労わりの軽いキスを交わすだろう。相手が隣に身体を落ち着けたところに、白い湯気の立つカップをそっと渡し、「上手く淹れられたかな」なんて微笑む。……これが幾らか、彼女の気分をマシにしてくれるといいのだが。そうして、相手がすっかり寛いだのを見計らえば。自分も本をテーブルに置き、ベッドランプの明るさを一段階下げ、背後の大きな枕の山に上体を預けきって。眠気の交じった穏やかな声、如何にも何てことのない調子を繕いながら……だがしかし、何とも歯切れの悪い説明を。)
……それでな。さっきの話だが……
今日倒したドラゴンは、実は……ヴァヴェル竜じゃなかったんだ。
見た目が似てるし、王軍の奴らは素人だから、間違えても仕方ないんだが。歯列を見たら……どうも、その、エレンスゲ亜属だったらしい。
693:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2023-12-13 23:32:20
( 普段は冷静なギデオンがこんなに狼狽えるなど、本当に一体何があったのだろう。差し出されたハーブティーは、本当は自分が相手に淹れてあげるつもりだったのだが、ギデオンがこのお茶を『精神安定に良い』と感じてくれているのなら、それもまた実に素晴らしいことで。「お疲れ様でした」と相手のキスに軽く答えて、カップに小さく口をつけると「……うん、美味しい。ありがとうございます」と、可愛らしく、あどけなく微笑む恋人へ、再度慈しむように唇を小さく落として。頭の下で緩くまとめていた三つ編みを解きながら、長い長い脚をゆったりと放り出した相手の様子に、なにやら微かな緊張を感じ取ると。空になったグラスをサイドボードに置いてから、ベッドが軋む音をたてながら、ゆっくりとギデオンに向き直る。そうして、相手の目元や頬、髪をすりすりと撫で始めた、寝る前の乾いた温かい掌は、それまでの穏やかな余裕と共に、ギデオンの言葉にぴたりと動きを止めたのだった。 )
エレン、スゲ……、!
( 最初はそれが、どうして問題になるのか分からないといった様子で、きょとりと目を丸くしていた表情が、一瞬なにか気づいたかのように煌めくと、白い頬、耳、首、ゆったりとしたネグリジェから覗く胸元までが、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。言わずと知れたエレンスゲの謎な"嗜好"、冒険者であるビビも勿論知っていて、今日起きたこと全ての合点が一気についてしまう。歳若い女性にとって、己の性事情を知られるなど気持ちの良いものでは全くない上。もとより──処女、ということに、そこはかとない罪悪感を持つヴィヴィアンにとって、数少ないベテラン達とはいえ、その事実を知られてしまった状況は辛い。しかし、彼らがこれ以上なく紳士的な対応をしてくれたことも、続けられた説明から確認して。行き場のない羞恥を、クラクラと目眩のする頭額を相手の分厚い肩に預けると、困ったように眉を八の字にゆがめて、二人きりだからこそ聞こえる小さな声で。前髪がぐしゃぐしゃになるのも厭わず、相手の肩に押し付けて。 )
…………、ギデオン、さん、だけにしか、知られたくなかったのに。
でも、出来るだけ大事にならない様にしてくださったんですよね、ありがとうございます……、はやく、
……早く、ギデオンさんのものにしてね……?
694:
ギデオン・ノース [×]
2023-12-16 11:07:42
ああ、今からでも……と。
言いたい……ところだな……
(相手の弱々しい恥じらいぶりを、よしよしと頭を撫でて慰めていた矢先。最後に付け加えられた殺人的な一言に、思わずたまらなさそうに呻く──いつものお決まりのパターンだ。よって、その後もやはり同じ。己の太い腕を回しかけ、相手を横からぎゅうぎゅうと、目いっぱい抱きすくめる。羞恥に火照っているヴィヴィアンの体温、このぽやぽやした温かさがたまらない……なんて、相手をぬくぬく堪能しながら。吐息混じりにのっそりと返したのは、なかなかに不甲斐ない台詞だ。──今夜はただでさえ疲れがたまっていたところだし、相手の反応も、想定よりずっと落ち着いていて安堵した……そのせいか。既にとろりと瞼を閉ざしているように、忍び寄ってきた眠気を追い払えそうにない。
しかし別に、それだけが理由というわけでもないのだ……本当だ、と。「一緒に悦くなるには、もう少し慣らしておかないと……」「そもそも、退院してからまだ二ヵ月も経っちゃいない……」等々。相手の旋毛に唇を寄せながら、あれこれ言い訳を挙げ連ね。しかし結局最後には、「……それでも、じきに……貰うとも……」と、愚直すぎる野心まで、馬鹿正直に打ち明ける始末だ。──あなたならいい、あなたのためなら。これまで何度だって、可愛い恋人からそう云われてきた。その責任はいずれしっかりとってもらうし……ギデオンの方もまた、相応の責任をきっちり負う腹積もりでいる。……ああ、そういえば。ヴィヴィアンと暮らすこの家ではなく、敢えてギルドの私書箱宛に出してもらうことにした手紙に、「来週末には」と書かれていたっけな……と。そこでふと、アイスブルーの目を薄く開き。その華奢な背中を撫でさすりながら、腕の中の恋人を見下ろす。もしも相手が、その気配を感じとってか、こちらを無邪気に振り仰いだなら。そのあどけない顔を数秒眺めて、ふ、と幸せそうに微笑み。まろい額にキスを落として、また優しく抱きしめるだろう。)
……なあ、ヴィヴィアン。今夜は……
(……今夜はこうして、喋りながら寝ることにしないか。珍しくギデオンの方から、そう素直に甘えてみせたのは……全てはそう、眠気のせいだ。ギルドでも、クエスト先でも、ラメット通りでも、ギルバートの前でも……来たるべき。その日のときも。相手が惚れてくれた大人の男の顔を、きちんとしてみせるから。だから今夜だけはまだ、「おやすみ」を言い交わして、帳を下ろしてしまいたくない。己よりずっとうら若い恋人にそう強請り、それからしばらくの間、互いにしか聞こえぬほどの小さな声でひそひそと囁きあえば。……程なくして、相手を優しく撫でる手を止め、先に寝息を立てはじめたのは、果たしてどちらだったろう。気づけばふたりとも、ひとつのデュベに仲睦まじくくるまって。月明かりの差し込む下、温かい手を握り合いながら、すやすや眠り込んでいた。)
(かくして、怒涛のドラゴンから一夜明け。カラドリウスの歌声と共に、また新たな朝がやって来る。しゃきっと元気を取り戻してギルドに出勤した二人は、しかしまたすぐ、ギルドの奥の応接室に呼び出されることとなった。……昨日の件でギルドに呼び出されていた、ヴィヴィアンの父ギルバートの元に。なんと王国議会の官僚が、わざわざ訪ねにきたというのだ。
如何にも切れ者という顔つきをした、四十代半ばほどのその男曰く。──今朝早くにガリニア大使館から、「ギルバート・パチオを我が国に戻らせろ」と、相当におかんむりな怒鳴り込みがあったそうだ。なんでも今、帝国側の魔導学院が、ギルバートの置き土産のせいで大変なことになっているらしい。詳しく聞くに、どうやらかの機関は、彼の弾丸帰国を聞きつけた途端、ならば尊重無用とばかりに、構内にある彼の研究室を暴きにかかった。……そして当然、研究守秘の目的でガチガチにかけられていた魔法陣が発動し、惨事を引き起こしたとのことだ。とはいえこれは、帝国の研究者は皆やっている工夫であり(向こうは学界での政治闘争まで激しく、自衛が当たり前の文化である)、何もギルバートが奇人というわけではない。それにどちらかと言えば、ギルバートの組んだ陣を一向に解き明かせない向こうの学者が、皆間抜けという話になる。とはいえ、帝国はメンツ主義。“わざわざ招聘してやったのに、勝手に帰国し、挙句こちらの顔に泥を塗ってきた”として。ギルバート・パチオに対し猛烈に怒り、奴を寄越せと要求しているのだ。
行けば当然危険である。それに、ギルバートにも言い分がある。向こうの魔導学院は、トランフォードからの手紙を長らく握り潰していた。問い質したとてしらを切るだろうにせよ、それは明確な政治的工作。そして他にも……単にこの件が最後の決め手だっただけで、以前からも本当に、いろいろと酷い仕打ちが度重なっていたそうだ。
それはこちらも把握しております、と官僚は苦々しく言った。──しかしこれは、少しでもたがえてしまえば、国事に至る事態なのです。支援は手厚くいたしますので、どうかご理解いただきたい。……それにあなたも、向こうのご本家にまで累が及ぶのは、決して得策ではないでしょう。
それを聞くなり、ギルバートの顔色が悪くなった。どうやらパチオ家は、この国の母体であるガリニア帝国の上流層に、元の血筋があるらしい。あの独立独歩を地で行くようなギルバートでも、人質に取られると弱ってしまうようなものが、愛娘のヴィヴィアン以外にあったのだな……という驚きはさておき。同席しているギルマスからも、責任は取りなさい、と言い添えられる。──本気であちらの学院を抜け出したいなら、相応の後始末はするべきでしょう。なに、こちらも散々迷惑をこうむったんです、やりたくないとは言わせませんよ。
ギルマスの言う“迷惑”とは、昨日出没したドラゴンのことである。あのエレンスゲはどうやら、ギルバートが連れてきてしまったものらしい。帰国時のどこかであの怪物の領空を犯し、それに怒り狂ったドラゴンは、空中に残るギルバートの魔素を執念深く追ってきた。そうして、ギルバートが一時野営した森に降り立ち、彼を探し回っていたのだ。──そしてギルバートの方も、理屈は全くわからないが、自分を負ったドラゴンが付近に来たことを察知した。それでギルドの監視を抜け出し、自分で落とし前をつけようと、冒険者たちより早く駆けつけていたわけである。ドラゴンの位置が推測より北上していたのも、ギルバートが人里から引き離してくれたおかげだった、というわけだ。
──そうだ、昨日のドラゴンの件然り。プライドの高いギルバートは、本来であれば、自分の招いた事態の始末を自分でつけたがる人間だ。そこにギルマスも官僚も、おそらく示し合わせたのだろう、鋭く漬け込むものだから。いろいろ弁を弄していたギルバートも、いよいよ首を縦に振るほかなくなったらしい。……せめて、と彼は弱々しく言った。出発する前に、せめて一度だけ、娘と食事をさせてくれ。……まだろくに、話ができていないんだ。
官僚は頷いた。今夕にでも宮殿の関係者室に顔を出し、そのまま翌朝出発してくれるなら、この後すぐに手配しましょう──まるでこの展開を読んでいたかのような、恐るべき仕事の速さである。一方、突然の事態、それも愛する父親がいかれる帝国に呼び出されていると知って、ヴィヴィアンは動揺している様子が見られた。故にギデオンは、ギルバートにも確認を取って(本人は非常に露骨に嫌そうな顔をしたが)、その食事会に自身も同席したいと言いだす。この話し合いに自分まで呼び出されたのは、おそらくこの動きのためだろう──こちらはギルマスの取り計らいだ。ヴィヴィアンを支えつつ、この機にギルバートと少しでも話しておくこと。これは何も、プライベートな意味だけではない。パチオ父娘の情報をいちばん近くで把握するのは、今後のカレトヴルッフの展望を左右する布石になり得る。……つくづく己の使える御人は、抜け目のないお方である。
そうして、その3時間後。官僚の乗ってきた黒塗りの高級馬車により、一同は政治家御用達の高級料理店に出向いた。随分な大盤振舞だが、「娘と美味い飯を食わせてやるから、やることしっかりやってこい」……という、国からの無言の圧力だろう。このテーブルの背後には、三つ揃えの背広を着た若い男が3人もついていた。彼らはギルバートのガリニア出向のサポートチームだそうで、どれも選りすぐりの人材らしい。彼らの護衛を受けながらガリニアに戻り、現地のトランフォード大使の後援を受けて、帝国の学院を正式に辞職する──これがギルバートの、これから為すべきことである。
とはいえ彼は、ギルバート・パチオという人間。ムール貝の身を取り出しながら、「ビビちゃん、後ろの妙な連中はいないものと思いなさい」なんて、何ら悪びれず宣う始末だ。それに対するヴィヴィアンは、顔色がまだ優れない。先日言っていたように、「パパときちんと話したい」のに、こんなにも急な展開……おまけに敷居の高い店で、複数の政府関係者に見られながらだ、無理もないことだろう。ちゃっかりとゲリュオン牛のフォアグラを堪能していたギデオンは、基本的には親子水入らずにさせようと様子を見ていたのだが。……ほどなくして、異端の天才として世界中で名を馳せているギルバートが、娘を前にした父親としては、壊滅的に口下手とみれば。「そうだ、ヴィヴィアン。カレトヴルッフに入ってからの、お前のいろんな活躍について。俺から親父さんに話しても?」と、あくまでごくさり気なく、会話の糸口に助け舟を出すことにして。
そうして、思えばあっという間に、別れを告げる時間となった。ギデオンとヴィヴィアンは乗合馬車でギルドに戻り、ギルバートとチームメンバーは、このまま公用車で宮殿に赴くのだ。最後はギデオンと男たちも、流石に少し身を引いて、遠くから父娘を見守った。ギルバートとヴィヴィアンは、そこでようやくほんの少し、本当の“親子水入らず”をすることができたようだ。話が終われば、男たちがギルバートの方に行き、ヴィヴィアンがギデオンの方に帰ってきた。彼女を優しく迎え入れ(本当はキスのひとつでも落としたいのを我慢して)、馬車に乗り込むギルバートを眺める。彼はすぐさま車窓を開けて、ヴィヴィアンを名残惜し気に振り返っていた。「……な? 言ったろう。親父さんは、今でもお前のことが大好きだよ」。恋人にそう囁いて。ふたりでそっと手を繋ぎ、遠ざかっていく黒い馬車を、いつまでも見送った。
──パチオ父娘を、ふたりきりにしてやる直前。ギデオンは、荒い息を吐くギルバートから、「僕のビビちゃんを絶対に泣かせるなよ……」と、酷く恨めし気に言いつけられた。……だがあれは、先日よりも少しだけ、自分のことを認めてくれていたような気がするが、はたして思い上がりだろうか。「すぐに帰って来るからな。絶対帰って来るからな!」と何度も息巻く魔法使いは、結局その言い草によって、ギデオンの決意をまたひとつ固めさせたのだ。次に帰国するときには、彼はもっとたまげる羽目になるだろう。呪われるかもしれないが──少しだけ、それが楽しみだ。思わず緩んでいた表情を、どうしたのと隣の恋人に問われれば。なんでもないさ、と今度こそ旋毛にキスを落とし。手を繋いだまま、ふたりでごくのんびりと、爽やかな夏空の下を歩き始めることにした。)
*
(──さて。あのときとは異なる時間、異なる場所で。ベテラン戦士のギデオン・ノースはその日、何とも深刻な問題に頭を悩まされていた。
事の発端は、数時間前まで駆り出されていたオーク狩りのクエストだ。森の中に棲みついている凶暴なグリーンオーク、そいつらを無事狩り尽くしたまでは良かった。問題はその後、帰りの道中に、悪戯好きなピクシーの大群が襲い掛かってきたことで。……基本的に冒険者は、ピクシーには反撃しない。それは彼らの正体が、洗礼を受けずに死んだ子どもの魂と信じられているからだ。だからギデオンたちは、きゃっきゃけらけらと楽しそうな小妖精どもを必死に掻い潜りながら、どうにか帰還したのだが。いくらなんでも、これは流石にやり過ぎだろう……と、鼻を抑えて嘆息する。ギルドロビーに入ってくる連中が、皆目をくわっと剥いてこちらを凝視してくるが、いちいち説明するのも飽きた。……ひと目見て、わかるとおりだ。
──金髪の頭に生えた、黒っぽい三角の耳。脚衣のすぐ上から垂れる、ふさふさした立派な尻尾。手の爪は太く鋭く伸び、指先と掌には黒い肉球がついている。極めつけに、顔の変化はないとはいえど、このあまりにも鋭敏な嗅覚。あのピクシーどもときたら、ギデオンとパーティーメンバーに──犬化魔法、なんてものをかけたのだ。
おかげで既に、臭い酔いが酷い。ジャスパーもレオンツィオも、早々に嘔吐して医務室に引き下がり。そこまではいかないアラン、セオドア、アリアでさえ、ロビーの端のテーブルにぐったりと突っ伏して、その目立つ尻尾も耳も、力なくしょげさせている。彼らの分の報告書を代わりに引き受けているギデオンも、胸のむかつきを抑えられない──辺りが臭くてたまらない。人間でいる時はさほど気にならなかったのだが、冒険者の野郎どもの汗や体臭、装備の臭いが、まさかこんなにも強烈なものだったとは。ギルドのカヴァス犬どもはよく平気だな、慣れの問題なのか……と顔を顰めながら、とにかく急いで書類仕事をやっつけにかかる。近場の別室でやればまだマシかもしれないが、己よりずっと若いセオドアとアリアが、緊急出動に備える義務できちんとロビーに留まっているのだ、自分だけ逃げるわけにはいかないだろう。とはいえ、これは……と。横髪をがしがし掻こうとして、己の変貌した爪を眺め、はあ、と深いため息を。とりあえず書き上げたひとつ目の書類を、カウンターにいるマリアのところへ持って行き。……非常~~~に白けた目つきをもって、無言で受領して貰えば、またすぐに“いつもの”柱のところに戻り、若手たちの書いた報告書を読み込みにかかるだろう。)
695:
ギデオン・ノース [×]
2023-12-16 12:28:42
※複数個所を修正しております、大意に変化はございません。
ああ、今からでも……と。
言いたい……ところだな……
(相手の弱々しい恥じらいぶりを、よしよしと頭を撫でて慰めていた矢先。最後に付け加えられた殺人的な一言に、思わずたまらなさそうに呻く──いつものお決まりのパターンだ。よって、その後もやはり同じ。己の太い腕を回しかけ、相手を横からぎゅうぎゅうと、目いっぱい抱きすくめる。羞恥に火照っているヴィヴィアンの体温、このぽやぽやした温かさがたまらない……なんて、相手をぬくぬく堪能しながら。吐息混じりにのっそりと返したのは、なかなかに不甲斐ない台詞だ。──今夜はただでさえ疲れがたまっていたところだし、相手の反応も、想定よりずっと落ち着いていて安堵した……そのせいか。既にとろりと瞼を閉ざしているように、忍び寄ってきた眠気を追い払えそうにない。
しかし別に、それだけが理由というわけでもないのだ……本当だ、と。「一緒に悦くなるには、もう少し慣らしておかないと……」「そもそも、退院してからまだ二ヵ月も経っちゃいない……」等々。相手の旋毛に唇を寄せながら、あれこれ言い訳を挙げ連ね。しかし結局最後には、「……それでも、じきに……貰うとも……」と、愚直すぎる野心まで、馬鹿正直に打ち明ける始末だ。──あなたならいい、あなたのためなら。これまで何度だって、可愛い恋人からそう云われてきた。その責任はいずれしっかりとってもらうし……ギデオンの方もまた、相応の責任をきっちり負う腹積もりでいる。……ああ、そういえば。ヴィヴィアンと暮らすこの家ではなく、敢えてギルドの私書箱宛に出してもらうことにした手紙に、「来週末には」と書かれていたっけな……と。そこでふと、アイスブルーの目を薄く開き。その華奢な背中を撫でさすりながら、腕の中の恋人を見下ろす。もしも相手が、その気配を感じとってか、こちらを無邪気に振り仰いだなら。そのあどけない顔を数秒眺めて、ふ、と幸せそうに微笑み。まろい額にキスを落として、また優しく抱きしめるだろう。)
……なあ、ヴィヴィアン。今夜は……
(……今夜はこうして、喋りながら寝ることにしないか。珍しくギデオンの方から、そう素直に甘えてみせたのは……全てはそう、眠気のせいだ。ギルドでも、クエスト先でも、ラメット通りでも、ギルバートの前でも……来たるべき、その日のときも。相手が惚れてくれた大人の男の顔を、きちんとしてみせるから。だから今夜だけはまだ、「おやすみ」を言い交わして、帳を下ろしてしまいたくない。己よりずっとうら若い恋人にそう強請り、それからしばらくの間、互いにしか聞こえぬほどの小さな声でひそひそと囁きあえば。……程なくして、相手を優しく撫でる手を止め、先に寝息を立てはじめたのは、果たしてどちらだったろう。気づけばふたりとも、ひとつのデュベに仲睦まじくくるまって。月明かりの差し込む下、温かい手を握り合いながら、すやすや眠り込んでいた。)
(かくして、怒涛のドラゴン狩りから一夜明け。カラドリウスの歌声と共に、また新たな朝がやって来る。しゃきっと元気を取り戻してギルドに出勤した二人は、しかし再び、ギルドの奥の応接室に呼び出されることとなった。……昨日の件でギルドに呼び出されていた、ヴィヴィアンの父ギルバートの元に。なんと王国議会の官僚が、わざわざ訪ねにきたというのだ。
如何にも切れ者という顔つきをした、四十代半ばほどのその男曰く。──今朝早くにガリニア大使館から、「ギルバート・パチオを我が国に戻らせろ」と、相当におかんむりな怒鳴り込みがあったそうだ。なんでも今、帝国側の魔導学院が、ギルバートの置き土産のせいで大変なことになっているらしい。詳しく聞くに、どうやらかの機関は、彼の弾丸帰国を聞きつけた途端、ならば尊重無用とばかりに、構内にある彼の研究室を暴きにかかった。……そして当然、研究守秘の目的でガチガチにかけられていた魔法陣が発動し、惨事を引き起こしたとのことだ。とはいえこれは、帝国の研究者は皆やっている工夫であり(向こうは学界まで政治闘争が激しく、自衛を講じて当たり前の文化である)、何もギルバートが奇人というわけではない。それにどちらかと言えば、ギルバートの組んだ陣を一向に解き明かせない向こうの学者が、皆間抜けという話になる。とはいえ、帝国はメンツ主義。“わざわざ招聘してやったのに、勝手に帰国し、挙句こちらの顔に泥を塗ってきた”として。ギルバート・パチオに対し猛烈に怒り、奴を寄越せと要求しているのだ。
行けば当然危険である。それに、ギルバートにも言い分がある。向こうの魔導学院は、トランフォードからの手紙を長らく握り潰していた。問い質したとてしらを切るだろうにせよ、それは明確な政治的工作。そして他にも……単にこの件が最後の決め手だっただけで、以前からも本当に、いろいろと酷い仕打ちが度重なっていたそうだ。
それはこちらも把握しております、と官僚は苦々しく言った。──しかしこれは、少しでもたがえてしまえば、国事に至る事態なのです。支援は手厚くいたしますので、どうかご理解いただきたい。……それにあなたも、向こうのご本家にまで累が及ぶのは、期するところではないでしょう。
それを聞くなり、ギルバートの顔色が悪くなった。どうやらパチオ家は、この国の父祖であるガリニア帝国の上流層に、大元の血筋があるらしい。あの独立不羈を地で行くようなギルバートでも、人質に取られれば己を曲げるほどの弱みが、愛娘のヴィヴィアン以外にあったのだな……という驚きはさておき。同席しているギルマスさえも、責任は取りなさい、と言い添えにかかる。──本気であちらの学院を抜け出したいなら、相応の後始末はするべきでしょう。なに、こちらも散々迷惑をこうむったんです、やりたくないとは言わせませんよ。
ギルマスの言う“迷惑”とは、昨日出没したドラゴンのことである。あのエレンスゲはどうやら、ギルバートが連れてきてしまったものらしい。帰国時のどこかであの怪物の領空を犯し、それに怒り狂ったドラゴンは、空中に残るギルバートの魔素を執念深く追ってきた。そうして、ギルバートが一時野営した森に降り立ち、彼を探し回っていたのだ。──そしてギルバートの方も、理屈は全くわからないが、自分を追ったドラゴンが付近に来たことを察知した。それでギルドの監視を抜け出し、自分で落とし前をつけようと、冒険者たちより早く駆けつけていたわけである。ドラゴンの位置が推測より北上していたのも、ギルバートが人里から引き離してくれたおかげだったのだ。
──そうだ、昨日のドラゴンの件然り。プライドの高いギルバートは、本来であれば、自分の招いた事態の始末を自分でつけたがる人間だ。そこにギルマスも官僚も、おそらく示し合わせたのだろう、鋭く漬け込むものだから。いろいろ弁を弄していたギルバートも、いよいよ首を縦に振るほかなくなったらしい。……せめて、と彼は弱々しく言った。出発する前に、せめて一度だけ、娘と食事をさせてくれ。……まだろくに、話ができていないんだ。
官僚は頷いた。今夕にでも宮殿の関係者室に顔を出し、そのまま翌朝出発してくれるなら、この後すぐに手配しましょう──まるでこの展開を読んでいたかのような、恐るべき仕事の速さである。一方、突然の事態、それも愛する父親が怒れる帝国に呼び出されていると知って、ヴィヴィアンは動揺している様子が見られた。故にギデオンは、ギルバートにも確認を取って(本人は非常に露骨に嫌そうな顔をしたが)、その食事会に自身も同席したいと言いだす。この話し合いに自分まで呼び出されたのは、おそらくこの動きのためだろう──こちらはギルマスの取り計らいだ。ヴィヴィアンを支えつつ、この機にギルバートと少しでも話しておくこと。これは何も、プライベートな意味だけではない。パチオ父娘の情報をいちばん近くで把握するのは、今後のカレトヴルッフの展望を左右する布石になり得る。……つくづく己の仕える御人は、抜け目のない方である。
そうして、その3時間後。官僚の乗ってきた黒塗りの高級馬車により、一同は政治家御用達の高級料理店に出向いた。随分な大盤振舞だが、「娘と美味い飯を食わせてやるから、やることしっかりやってこい」……という、国からの無言の圧力だろう。このテーブルの背後には、三つ揃えの背広を着た若い男が3人もついていた。彼らはギルバートのガリニア出向のサポートチームだそうで、どれも選りすぐりの人材らしい。彼らの護衛を受けながらガリニアに戻り、現地のトランフォード大使の後援を受けて、帝国の学院を正式に辞職する──これがギルバートの、これから為すべきことである。
とはいえ彼は、ギルバート・パチオという人間。ムール貝の身を取り出しながら、「ビビちゃん、後ろの妙な連中はいないものと思いなさい」なんて、何ら悪びれず宣う始末だ。それに対するヴィヴィアンは、顔色がまだ優れない。先日言っていたように、「パパときちんと話したい」のに、こんなにも急な展開……おまけに敷居の高い店で、複数の政府関係者に見られながらだ、無理もないことだろう。ちゃっかりとゲリュオン牛のコンフィを堪能していたギデオンは、基本的には親子水入らずにさせようと様子を見ていたのだが。……ほどなくして、異端の天才として世界中で名を馳せているギルバートが、娘を前にした父親としては、壊滅的に口下手とみれば。「そうだ、ヴィヴィアン。カレトヴルッフに入ってからの、お前のいろんな活躍について。俺から親父さんに話しても?」と、あくまでごくさり気なく、会話の糸口に助け舟を出すことにして。
そうして、気づけばあっという間に、別れを告げる時間となった。ギデオンとヴィヴィアンは乗合馬車でギルドに戻り、ギルバートとチームメンバーは、このまま公用車で宮殿に赴くことになる。最後はギデオンと男たちも、流石に脇に身を引いて、父娘を見守ることにした。ギルバートとヴィヴィアンは、そこでようやく、本当の“親子水入らず”をほんの少しできるわけだ。話が終われば、男たちがギルバートの方に向かう代わりに、ヴィヴィアンがギデオンの方に帰ってきた。彼女を優しく迎え入れ(本当はキスのひとつでも落としたいのを我慢して)、馬車に乗り込むギルバートを眺める。彼はすぐさま車窓を開けて、ヴィヴィアンを名残惜し気に振り返っていた。「……な? 言ったろう。親父さんは、今でもお前のことが大好きだよ」。どこかおどけたように、恋人にそう囁いて。こっそり手を絡め合わせ、遠ざかっていく黒い馬車を、いつまでも見送った。
──パチオ父娘を、ふたりきりにしてやる直前。ギデオンは、荒い息を吐くギルバートから、「僕のビビちゃんを絶対に泣かせるなよ……」と、酷く恨めし気に言いつけられた。だがあれは……気のせいだろか。先日よりも少しだけ、自分のことを認めてくれていたように思う。「すぐに帰って来るからな。絶対帰って来るからな!」と何度も息巻く魔法使いは、結局その言い草によって、ギデオンの決意をまたひとつ固めさせたのだ。次に帰国するときには、彼はもっとたまげる羽目になるだろう。呪われるかもしれないが──少しだけ、それが楽しみだ。思わず緩んでいた表情を、どうしたのと隣の恋人に問われれば。なんでもないさ、と今度こそ旋毛にキスを落とすと。手を繋ぎながら、ふたりでごくのんびりと、爽やかな夏空の下を歩き始めることにした。)
*
(──さて。あのときとは異なる時間、異なる場所で。ベテラン戦士のギデオン・ノースはその日、何とも深刻な問題に頭を悩まされていた。
事の発端は、数時間前まで駆り出されていたオーク狩りのクエストだ。森の中に棲みついている凶暴なグリーンオーク、そいつらを無事狩り尽くしたまでは良かった。問題はその後、帰りの道中に、悪戯好きなピクシーの大群が襲い掛かってきたことで。……基本的に冒険者は、ピクシーには反撃しない。それは彼らの正体が、洗礼を受けずに死んだ幼子の魂だと信じられているからだ。だからギデオンたちは、きゃっきゃけらけらと楽しそうな小妖精どもを必死に掻い潜りながら、どうにか帰還したのだが。いくらなんでも、これは流石にやり過ぎだろう……と、鼻を抑えて嘆息する。ギルドロビーに入ってくる連中が、皆目をくわっと剥いてこちらを凝視してくるが、いちいち説明するのも飽きた。……ひと目見て、わかるとおりなのだ。
──金髪の頭に生えた、黒っぽい三角の耳。脚衣のすぐ上から垂れる、ふさふさした立派な尻尾。手の爪は太く鋭く伸び、指先と掌には黒い肉球がついている。極めつけに、顔の変化はないとはいえど、このあまりにも鋭敏な嗅覚。あのピクシーどもときたら、ギデオンとパーティーメンバーに──犬化魔法、なんてものをかけたのだ。
おかげで既に、臭い酔いが酷い。ジャスパーもレオンツィオも、早々に嘔吐して医務室に引き下がり。そこまではいかないアラン、セオドア、アリアでさえ、ロビーの端のテーブルにぐったりと突っ伏して、その目立つ尻尾も耳も、力なくしょげさせている。彼らの分の報告書を代わりに引き受けているギデオンも、胸のむかつきを抑えられない──辺りが臭くてたまらない。人間でいる時はさほど気にならなかったのだが、冒険者の野郎どもの汗や体臭、装備の臭いが、まさかこんなにも強烈なものだったとは。ギルドのカヴァス犬どもはよく平気だな、慣れの問題なのか……と顔を顰めながら、とにかく急いで書類仕事をやっつけにかかる。近場の別室でやればまだマシかもしれないが、己よりずっと若いセオドアとアリアが、緊急出動に備える義務できちんとロビーに留まっているのだ、自分だけ逃げるわけにはいかないだろう。とはいえ、これは……と。横髪をがしがし掻こうとして、己の変貌した爪を眺め、はあ、と深いため息を。とりあえず書き上げたひとつ目の書類を、カウンターにいるマリアのところへ持って行き。……非常~~~に白けた目を向けられながら、無言で受領して貰えば。またすぐ“いつもの”柱のところに戻り、若手たちの書いた報告書を読み込みにかかるだろう。)
696:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2023-12-17 17:28:45
ギデオンさん!! ご無事でs──……?
( 依頼に戻ったヴィヴィアンに、その一方が届いたのは、依頼から戻った彼女が、ギルドのシャワー室から上がってすぐのことだった。午前中丸ごとラタトスクの捕縛に、キングストンを駆け回り。やっと東広場まで追い詰めたかと思えば、往生際の悪い悪戯者が、噴水のオブジェのその上によじ登ろうとするものだから、最後はずぶ濡れでの捕物劇から戻って四半時。──あ、ビビはもう聞いた? ギデオンのこと、仕事中に大変な目にあったって、今ロビーにいるわよ。そんな巧妙に笑いを噛み殺した、魔法使いの真剣な表情に騙されて、医務室ではなくロビーにいる時点で大事でないことは分かるだろうに。愛しいギデオンの一大事に、いちもにもなく飛び出せば、背後から響いた吹き出すような音には気づかなかった。
そうして、息を切らしながらギルドロビーに駆け込めば、黒く大きな三角の耳と、ふさふさの尻尾を不機嫌に揺らす恋人の姿に、ビビの大きな目が益々大きく丸く見開かれる。よく見ると爪も少し鋭くなったような……って──えっ、依頼中に大怪我したっ……とは、言って、なかったか、そっか。と、次第に己の早とちりにじわじわと気が付きながら、そのあまりに予想外な光景に瞬きをして。それでもその瞳に、面白がるそれよりも心配の光が優るのは、その真面目な性格ゆえだろう。心配すればいいやら、無事を喜べばいいやら、人間、一瞬で感情が180度近く振れるとフリーズするもので。色々な感情で渋滞を起こしたビビの後頭部で、未だしっとりと乾ききらぬ巻き毛がくりんっ、と間抜けに揺れる。とりあえずは急を要さなそうな雰囲気にほっと息をつきながら、体調に影響は無いのかだとか、いつ戻るのかだとか、諸々気になる質問をしようと。それと同時に適当にまとめた髪を結び直すべく、しゅるりと解きながらおずおずと近づいて。 )
……お疲れ様です、それは、一体何が……?
697:
ギデオン・ノース [×]
2023-12-18 00:17:59
(ぴくん、と真っ先に反応し、くるりとそちらを向いたのは、毛並み豊かな三角耳だ。次いでその下のギデオン自身も、手元の書類から顔を上げた。非常に険しく狭まっていたはずの目許は、そこにいるのが恋人だとわかるなり、わかりやすくしゅるんとほどけ。己の後ろの大きな尻尾が、無意識に大きくゆらゆら揺れ出すのにも気づかないまま。投げられた問いに答えるべく、「ああ、ヴィヴィアン。それがな……」と、ごく理性的に応じかけた、その時だ。
それまでのギデオンは、ロビーに充満する饐えた悪臭に、あまりにも耐え兼ねて。片手の拳で己の鼻を、きつく押さえ込んでいた。それを下ろしてしまえばどうだ──開放されたギデオンの鼻腔に、暴力的なほど優しい香りが、たちまちふわあと押し寄せて。甘く清らかなホワイトムスク、洗いたての髪の香り。毎晩のように堪能している、己の恋人、ヴィヴィアンの匂い。たとえ平時でさえ、ギデオンの思考力を容易く奪ってしまえるそれを。束ねていたのを解いたことで、より一層濃厚なそれを。今のギデオンが──普段の数千倍もの嗅覚を持ってしまったギデオンが、少しも耐えきれるはずもなく。)
………………
(──気がつけば。大きく一歩踏み出し、相手の細い手首を引いて。ギデオンは真正面から、相手の首元にその鼻先を埋めていた。普段から散々“バカップル”と揶揄われているものの、普段の常識的な彼であれば、流石に人前でここまでの行為には及ばないはずである。それが今や、有無を言わさずといった様子で──或いは、人間から動物に退化したかのような、原始的な様子で。堂々と相手に溺れ、すりりと鼻を擦りつける始末だ。いつもの妬み嫉みの目で事態を眺めていた野郎どもも、流石にごふっと激しく噎せこみ、ぎょっとした目でまじまじ見つめ。カウンターにいた事務員たちも、それはもう鮮やかな二度見三度見をしてしまう──常識人代表ことマリア・パルラの反応は、もちろん言わずもがな。しかし当のギデオンといえば、相手に心底癒されるというように、震える息を吐きだしながら。何かしら反応されれば、わかっているのかいないのか、両の犬耳をぺしょんと伏せて、弱々しく懇願し。)
……ピクシーに……やられたせいで……辺りの臭いが……酷くてな……
悪いがしばらく……こうさせてくれないか……
698:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2023-12-19 13:29:37
…………、
( この場で改めて言うまでもなく、ビビはあまり犬という動物が得意では無い。その上、相手が好き好んでなった訳でもない姿を、笑ったり喜んだりしたら悪いと思う気持ちは確かにありはするのだが。此方を見つけた瞬間、嬉しそうに尻尾を振り出す恋人に絆されない人間が、果たして存在するものだろうか。思えば、緩みそうになる表情をなんとか律して、心做しかいつもよりあどけない様子で、此方へと語りかけてくるギデオンに──うん、どうしたの? と、身を乗り出しかけたこの時点で。この先の展開、ヴィヴィアンが、犬化したギデオンに何をされても強く怒れない命運など決まりきっていたようなものだ。 )
ひゃっ……!?
ギデオンさ、だめっ……こんな人前でっ、
( その証拠に、突如強く腕を引かれて、乗り出した身体のバランスを崩し硬い胸板へと飛び込めば。ギデオンによるとんでもない暴挙にさえも、拒絶する声のあまりに説得力のないこと。その聞く方が恥ずかしくなるような甘ったるさに、それまで未だ、二人の体勢に気がついていなかった者たちの視線まで、余計に周囲の関心をかき集めてしまえば。ぺしょんと垂れた素直な耳の形が、完全にトドメとなって、ビビの中で"絶対ギデオンさんを守るモード"のスイッチがONに切り替わる。相手は子供でもなければ、先程まで一人仕事さえしていたという情報など、最早全く意味をなさない。そうか……見た目だけじゃない、こんなところにまで影響があるのか。可哀想に、人間の数千倍とも言われる犬の嗅覚だ、どれだけ辛いだろう。この可愛い恋人を前にして、ぎょっとした目で此方を伺ってくる周囲の視線など、微塵も優先する気にならず。しかし、ヴィヴィアンは構わなくとも、( ビビ関連に至っては既に手遅れ気味ではあるが )ギデオンの名誉には良くなかろうと、「このまま歩ける?」とそっと優しく柱の陰のベンチへと誘導しては。見回してみれば、ギデオンの他にもちらほら同じ状況に陥っている仲間達の姿も垣間見えるが、皆立派な大人なのだ。──それぞれ各自勝手に乗り切るだろうと、ギデオンを前にすると案外ドライな思考を切り替え。未だビビを離したがらない相手にゆっくり向き直ると。もしかすると聴力も敏感になっているのではあるまいかと、金色の頭を優しく撫でながら大きな耳に唇を寄せると、二人にだけ聞こえるような囁き声でそっと伺ってみて、 )
……ギデオンさん、ベンチ、座れます?
匂い、ですよね……、んー、辛いねぇ……。
──午後、どうします? お仕事に影響にある魔法災厄なら、有給でおうち帰れますよ。ここよりは少しマシだと思うんですけど……いっしょに帰る?
699:
ギデオン・ノース [×]
2023-12-20 13:41:03
(相手に促されるがまま、死角のベンチに座ったまでは良かったものの。今度はこれ幸いとばかりに、己の膝に相手を乗せ、伸びた爪で傷つけぬよう、その柳腰に手を回し。よりぴったりと密着し、可愛い恋人の甘い香りを存分に吸い込み始める有様だ。──にもかかわらず、ごく優しく注がれる、恋人の問いかけに。三角耳をぴくり、と動かし、僅かに顔を上げ、視線を中空に定めれば。挙げられた提案を、しばしぼんやりと思案する様子を見せた末──目を閉じ、ぴたりと耳を伏せて。相手の肩口に埋めた顔を、如何にも“嫌だ”と言わんばかりに、左右に振って擦り付ける。次いでその喉からも、普段とはやや響きの異なる、どこか獣じみた唸り声を。)
……帰らん。そんなことで半休は使わん。
いざというときのお前の看病とか……一緒に魔導家具を見に行くとか……休日を合わせて小旅行に行くとか……ほかにもっと、有意義な使い道があるだろう。
(「それに、若い奴らも頑張って残ってる。なのに年輩の俺が帰るなんてのは……」云々。まったく、理性が残っているんだかいないんだか。体面のことにちゃんと考えが及ぶのであれば、もっと他に気にすべき部分があるだろうに。そこのところは一向に改善する気配のないまま、相手に深く顔を寄せ。ベンチの座椅子と背もたれの間の隙間に垂らした尾を、ゆらゆら、ゆらゆら、大きく振り続けていた、その時だ。
「まったく、寝惚けた真似をしおって……」と、呆れた声を投げかける者がいた。奥の医務室から出てきたらしい、ギルド専属のドクターである。手には何やら食べ物の匂いがする盆らしきものを持っていて、ギデオンは一瞬ぴくりとそちらを見たが、“ヴィヴィアンに比べれば取るに足りん”とでも言わんばかりに、また相手の首元に己の顔を埋めてしまった。それに再び溜息をつきながら、老爺は相手に向き直り、「これを食わせろ」と、気になる盆の中身の披露を。──どうやら、柔らかく煮潰した干し肉を、苦い薬草を混ぜ込んで団子にしたものらしい。「こいつはな、鋭くなり過ぎた嗅覚を鈍くする作用がある。反対に、体表変貌の促進……まあ、偽の毛皮が生えやすくなるって副作用があり得るんだが、臭い酔いに比べりゃあマシだろう。どのみちどっちも、即日か数日以内に消え失せる症状だ。だからビビ、こいつをそのアホタレに食わせて、いい加減目を覚まさせてやれ。わしは他の奴らを見てくる」……そう言って、薬包紙に乗せた肉団子を、相手の掌の上に委ね。今回ばかりはいつもの野次馬でなく、純粋な心配からふたりの様子を覗き見ていた冒険者たちを、「ほれほれ、散れ暇人ども」と、追い払いに行くだろう。)
700:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2023-12-20 18:11:07
──そっかぁ、そしたら一緒に頑張りましょう!
私も協力しますから……で、も! ギデオンさんの不調だって、"そんなこと"じゃありませんから、本当に辛かったらちゃんと言うこと!
( ぺたりと倒れたヒコーキ耳に、くしゅくしゅと押し付けられる凹凸の深い顔面。グルグルと身体に響く唸り声すら愛おしくて、寄せられた頭に此方も頬を擦り付けると。ぎゅっと強く抱き締め返して、頭、項、そして周りとは少し質感の違う毛が生えた耳の付け根をクシクシと柔らかく撫でてやる。こんな時まで責任感溢れるところも、非常に魅力的ではあるのだが、無理は絶対にして欲しくない。そう心配そうな表情で、よしよしと相手に言い聞かせ──いいですね? と、青い目と目を合わせ、頷かせようとしたその矢先。協力すると言ったからには、まずはこの鋭い嗅覚だけでもどうにかしてやらねばと対策を考えていたところへ、背後からかかった呆れ声に振り返れば。今日も今日とてだるそうに、尖った顎を突き出す年嵩の魔法医が目に写って。その言葉が、目先の辛さを軽減してやりたいばかりに、患者の拘束から抜け出せない位置に収まった自分に言われているような気がして、気まずそうに首を縮めながら、ホカホカと湿った薬包紙を両手で受け取ると。魔法にかかって犬化した彼らが、まず鋭敏になった嗅覚に苦しむなど、自分は今ギデオンに訴えられて初めて気づいたというのに、この魔法医の経験豊富で、ぶっきらぼうながら患者思いなところが、魔法医として尊敬し、「格好良い、大好き……」なのだと、お礼とともに呟けば。「……上司、上司としてだってハッキリ言わんかい」と、相変わらず人の好意に嫌そうな顔をしてくれる御仁だ。不機嫌そうにそそくさと離れていく細い背中に、──そんなパパじゃないんだから。ギデオンさんだってこんなことじゃ怒らないのに、とクスクス笑って振り返れば。愛しい相手の辛さを減らせる嬉しさに、満面の笑みを浮かべて、まだ暖かい薬包紙ごと、その10cmほど下に零さないよう手を添えると、ギデオンの前に肉団子を差し出して。 )
わぁ! 美味しそうですよ、ギデオンさん!
これで楽になるって、良かったですね……お口、空けられますか? ……はい、あーん、
701:
ギデオン・ノース [×]
2023-12-21 12:01:12
(相手の朗らかな声かけに、しかしながら。対面するギデオンは、黒い犬耳を真後ろにぴたっと寝かせ、眉間と鼻筋に皴を寄せて──不機嫌な顔を、露骨に真横へ逸らしていた。相手が口元に肉団子を運ぼうにも、唇を堅く結び、目を合わせようにも合わせない。だからといって、何事か尋ねたところで、「…………」とだんまりさえ気込め込んでしまう。──だからこそ、音が目立つ。ぴしゃっ、ぴしゃっ、と。毛筆を強く打ち鳴らすような妙な音に、視線を足元に下げてみれば。それは、先ほどまでご機嫌に揺れていたはずのギデオンの尻尾が、八つ当たりめいたリズムで、床を強く打っている音なのだ。
やがてわふん、と。いったいどこから鳴らしたのか、口を閉じたまま不満げな息を漏らしては。相手が片手に持った団子を無視して、金色の頭を彼女の肩にぐりぐりと擦りつけ。そうして密にかき抱いたまま、ギデオンは動かなくなってしまった。ヴィヴィアンに何か言われても、ぐるるる……と、雷雲にも似た低い唸りを返すのみ。エントランスの方が急に騒がしくなって、クエスト帰りの連中が汗だくで帰還すれば、刺激臭が鼻を刺したのだろう、高い鼻先をヴィヴィアンの髪束の中に、さっと潜り込ませる有り様だ。──そんなに臭いが強いなら、さっさとドクターのくれた薬団子を食べてしまえばよいものを。彼女に再び促され、ようやく少し顔を上げるも。差し出された肉団子を至近距離からじっと眺め、躊躇いがちに口を開ければ……鼻だけでなく、咥内のほうでも、団子に隠された苦い風味を感知してしまったらしい。ぱくん、とあからさまに口を閉ざし、相手の華奢な肩に頭を埋めて、嫌そうな唸り声を響かせる。犬になったベテラン戦士は、どうにもご機嫌斜めのようだ。だがそれは、どちらかといえば──自分自身を気に入らないがゆえなのだ。
ギデオンとて、本当はわかっている。己のこのつまらなぬ嫉妬が、いつぞやの冬の焚火の傍よろしく、すぐに見抜かれてしまうことを。自分の人間として至らぬところが、世界のだれより良く見せたいはずの相手の前で、丸裸になってしまうことを。……とはいえ相手は、当時以上に、ギデオンと親密にしてくれているはずだ。これ以上「愛情表現が足りない」と不満がるのは、それは度が過ぎるというものだろう。それに、それに……四十にもなった男のくせして、若い恋人が他人に向けたちょっとした言葉ひとつで、こんなにも臍を曲げる。それがどれほど幼稚で見苦しい事か、自覚がないわけじゃない。第一、職場でこんな戯れを強いている時点で、全く理性的、常識的と言えないし。なまじ周知の関係である以上、下手すれば、相手も処分に巻き込みかねない。そうだ、全部全部、頭の奥底ではきちんとわかっているのであって──しかし今の、動物的な後退をきたしてしまった精神が。自分の番の言う「格好良い、大好き」が、己の腕の中にありながら他の雄に向けられたこと……それを押し流してくれない。本能的に、相手の首に軽く噛みついて戒めたくなってしまうのを、どうにか人間の理性で抑え込むことに必死で。そうして表に現れるのが、如何にも不機嫌なこの面と、相手を離さぬ大きな体躯。そして、ふわりと逆立ちながら床を打ちまくる尻尾……というわけらしい。)
702:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2023-12-24 14:08:14
ギデオンさん……?
これもそんなに嫌な匂いしますか……?
( それは名実ともに、愛しいこの人の物へとなる前のこと。はっきりとカーティスへの敵愾心を見せつけられた前回とは違い、身も心も疑いようも無いほどお互いの色に染まり合って。尚収まりきらぬ、溢れんばかりの感情を、相手に受け止めて貰っているつもりの今だからこそ、まさか相手がまだそれを過剰どころか、不足に感じているなど、不機嫌の原因に思い至るまで、少々時間がかかってしまう。仕方なく、ぷいとそらされてしまった表情の原因を手元のそれへと結びつけ、小さく尖った鼻先をふんふんと震わせれば。鈍い嗅覚に、羊ベースのブイヨンが程よく香ったところで、やっと。鎖骨に響いた不満げな唸り声に、ギデオンの不機嫌、その原因に気がついて。
そうして、拗ねたように打たれる尻尾にも気づいてしまえば、不遜な態度をとりながらも、ビビをがっちり捉えて離さない高めの体温が、もう心底愛おしくって堪らない。──んっ、ふふ…ふ、と耐えかねたように肩を揺らして、「ごめんなさい、ごめんなさいったら、もう、あんまり可愛いんですもの」と、一層低く響いた唸り声に、此方からも強く相手を抱き締め返すと──さて困った。こんなにも深く愛しているのに、まだ足りないだなんて、どうやって伝えたなら良いだろう。よしよしと丸い背中を撫でながら、「ギデオンさんだけなのに、」と、せめてもの利子に旋毛、生え際、耳の付け根……と唇を寄せて。実際、だんまりの恋人と、手元の肉団子を交互に見遣れば。ほっそりと白い手首に、黄金の肉汁が垂れた瞬間が契機だった。肘まで汚しそうな雫をぺろりと舐めて、「ん、やっぱり美味しいですよ」と青い瞳へ視線を合わせれば、そのままギデオンの唇に吸い付いて、香り高い口腔をたっぷりと堪能させることしばらく。お互いの味しかしなくなった口内にゆっくりと離れて、「──……すごい。牙まで生えてるんだ」と、濡れた唇を楽しげに歪めれば。
この時、迂闊な言質を与えてしまったビビの瞳に映っていたのは、本能のままに此方へ縋る幼気で、守り慈しむべき対象だった。 )
ほら、美味しかったでしょう?
だから残りもちゃんと……そうだ、ご褒美があったら頑張れますか?
なんでもひとつ……私に出来ることですけど、お願い聞いてあげるから、ね、あーんって……
703:
ギデオン・ノース [×]
2023-12-25 13:00:10
………………
(獣に成り下がる魔法というのは、かかってしまった本人を随分素直にするらしい。それまでのわかりやすすぎる不機嫌はもちろんのこと──そこから一転。愛しい恋人から存分に、慈愛たっぷりに構って貰えば、それからのギデオンは、いともすんなり大人しくなってしまった。床に当たり散らしていた大きな尻尾は、ふわ……と静かに動かなくなったし。真後ろに倒した耳も、ぴくぴくしながら立ったかと思うと、やがては心地よさそうに、今度は真横に寝転ぶ始末。険で尖っていたはずのアイスブルーの双眸も、長い長い口づけからようやく顔を離した後には、とろりと穏やかに凪いでいて。そしてその眉間にも、鼻梁にも、皴はすっかり見当たらない。寧ろ完全に、あどけなくなったとすら思うような顔つきである。
故に、相手に促されれば。再三差し出された肉団子に、ぴくん、と反応し、しばしぼんやり見つめた末。その(無駄に良い)顔を寄せ、軽くその匂いを嗅いで──そこじゃなかろうに、まずは相手の細い手首をぺろぺろと舐めてから。そのまま相手の掌に顔を付す形で、ギデオンはごく従順に、団子をはぐはぐ喰らいはじめた。その様子は傍から見れば、逞しいベテラン戦士が、膝上に抱えた乙女に餌付けされている光景なのだが……幸いここは柱の陰。故に安心しきった様子で、いつもは見えない犬歯をちらと覗かせながら、ひと欠片も残さず平らげる。そうして口の周りをぺろりと舐めると、ほんのちょっと顔をしかめ、「……確かに美味いが。やはり苦いな、」なんて、子どもっぽい感想を。それから、胃が動き出すまでのもうしばらくは構わんだろうと言わんばかりに、膝上の相手を抱き直し。再び肩口に顔を埋めたその下、ベンチの隙間から見える尻尾は、すっかりゆらゆらと心地よさげ。──いつものギデオンなら即もたげるだろう、不埒な類いの欲望も、しかし。動物化がまだ抜けず、おまけに彼女手ずからものを食べさせてくれた今となっては……何と完全に、純然たる食欲と甘えたさに負けたようで。)
……褒美……褒美は……お前の美味しい料理がいい。
今年のクリスマスは……お前の焼いたチキンが食べたい。ふたりで、家で……ゆっくりしながら。……いいだろう……?
704:
ヴィヴィアン・パチオ [×]
2023-12-26 22:46:38
──……キレイに食べていいこね。苦いのはよく効く証拠ですよ。
( 掌に寄せられていた顔が離れて、それまできゃあきゃあと擽ったさに捩っていた身体を正面に戻すと。ピンク色の舌を覗かせたギデオンが、あまりにあどけなく見えたものだから、ついつい向ける眼差しが、言の葉が、それに相応しいものへと変化する。そうして、ビビのお願いに素直に頑張ってくれた恋人の鼻が楽になることを願って、その高い鼻へと労いの唇を軽く落とすと。再び鼻をくっつけてくる甘えたに、彼が正気に戻ったその時に、今日の振る舞いを思い出して不安になることが無いように。願わくば──もっと普段から甘えてもいいのだと、聡明な相手が気づけるように。ビビからも強く暖かく抱きしめ直すと、汚れてしまった手を洗いに行くのはあとにしよう。先程までギデオンが喜んでいた触れ合いを、再びその美しい毛並みや、薄い肌に落としながら、小指側の手の脇で相手の背中を広くさすれば。ゆらゆらと小さく揺れながら、ギデオンのお願いにくすくすとしっとり喉を鳴らして、 )
……チキンがいいの? ふふ、もちろん、いいですよ。
お肉屋さんに行く日は早く起こしてね 一番若くて立派な一羽を丸ごと買わなきゃいけないから。
味付けは……そうだ、お庭のローズマリー、そろそろお家に入れてあげたいんです、霜が降りたら可哀想だから……
( そうして二人、途中で色の変わった不格好な柱のその影で、来る冬の支度に何気ない会話を交わすことしばらく。時折、気遣わしげに此方を覗いてきたり、うっかり通りがかってしまった仲間たちに、静かな目配せをしながらも、そろそろ薬も効いてくるだろう頃合に、相手の様子を伺おうと腕の力を緩めれば。家に帰らず頑張ると言ったのは、他でもないギデオンだ。思わずこちらまで癒されることとなった体勢から、名残惜しい体温からそっと身体を起こそうとして。 )
──……ん、そろそろ、お鼻のご調子はいかがですか? お仕事頑張れそうですか?
705:
ギデオン・ノース [×]
2023-12-27 17:08:32
ん……ああ、おかげでだいぶ良くなった。
世話を……かけた、な……
(──あれからどれほど長い間、彼女に甘えていたのだろう。語らいとも微睡みともつかぬ、穏やかなひとときを過ごしたのちに。ギデオンはようやく、のっそりと顔を上げた。その面差しは、未だぼんやりと夢うつつではあるものの。目の前にいる恋人が、相も変わらず慈愛に満ちたまなざしをくれていることに気がつけば、幸せそうに口元を緩め。切り替えるように頭を軽く振り、確かめるように辺りを見回す。そうして、いよいよ復帰するべく腰を上げる、その前に。相手の献身的な介抱に対して、当然の礼を伝えようとした──その時だ。
「……!?!?!?、」と。心優しいヒーラー娘を乗せたままの戦士の体が、やけにぎこちなく、あからさまにがたついた。思わず周囲を二度見三度見し、言葉を失したその顔は、間抜けなほど呆然としている。相手の読み通り、ギデオンの嗅覚は、すっかり狂いがなくなったのだが……それでようやく、我を取り戻したらしく。この状況がおかしすぎることに、今更ながら気がついたようだ。
「……ヴィヴィアン。まさか……ここは……ギルド、なのか……?」と。あまりにもな確認に、相手がそうだと答えても、未だ信じられない様子で固まっていたギデオンだが。廊下の向こうからひょいひょいやってきたベテラン仲間の数人が、こちらをちらっと見たものの、さして気にせず──もう見慣れた光景と言わんばかりに──通り過ぎていくのを見れば、嫌でも理解するほかなかった。肉球のついた片手で思わず顔をがっつり覆い、深々と項垂れて。「わ、るい……悪い。本当にすまない……。なあ、あの、俺は……どのくらい……こうして……?」と、心情がありありと滲む呻き声を絞り出す。
──自業自得の社会的恥辱に打ちのめされた衝撃は、それはもう凄まじい。しかしそれ以上に、理性が戻ってきたからこそ、きちんと気がつくものもある。今のこの位置取り、相手の受け答えの様子、朧気ながら残っている記憶の数々。そして何より、さっきのあいつらの様子からして。己の恋人──否、この場合は“相棒”が、きっとこれ以上ない配慮を施してくれたのだ。故に、今一度心の底から、「ありがとう……」と、先ほどより一層しみじみした謝意を述べ。ようやく少し態勢を直し、どうにかいつも通りの自分に戻ろうと言を繰るものの。やはりまともに目を合わせられず、きまり悪そうなその横顔は、らしくもないほど真っ赤な色で。)
……、残りの……仕事に……行ってくる……
帰りは、そうだな……今日の具合だと、おそらく真夜中くらいだろうから。先に食べて……休んでてくれ……
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