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Petunia 〆/879


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自分のトピックを作る
860: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-01-23 10:46:21




……、じゃあ、責任もって毎朝っ……、優しく起こしてくださいね!

 ( ギデオンとの関係が変わって幾週か。ビビばかりその迂闊を咎められている気がするが、この愛しい恋人だって大概だ。涼しい顔をしてさらりと吐かれる殺し文句に、自分ばかりドキドキさせられているのが悔しくて。その涼しい表情を真似してみるも、徐ろに長い指を絡められれば。いいように人が動揺する様を見て、なんて楽しそうにしてくれることか。心底楽しそうに眦を下げる相手を前に、ぷくりと頬を膨らませて見せれば、ご機嫌をとらんとする少し焦った薄青の瞳。それに免じて許してやった以降も、何気ない話題に目尻の皺を深めたり、かと思えば見開いたり。そんな大好きな人の色鮮やかな表情を隣で、合法的に眺めていられる幸福にたっぷりと浸かっていたものだから。二人の歩む進行方向、その足元に撒き散らされた白い羽毛に気がついたのは、当の恋人に促されてのことで。 )

いえ、良い機会なのでこのままちょっとダイエットしようかなって──……

 ( 負傷した翼を精一杯伸ばして、少しでも自分の姿を大きく見せようとする痛々しい有様を見て。入院前のビビだったなら、自分が病み上がりなことも忘れて一も二もなく治療に当たったかもしれない。しかし──ギデオンさんと会えなくなるようなことはしない。あの日の約束を胸に、投げかけられた視線にこくりと頷けば。「ごめんね」と、すっかり怯えきって威嚇の鳴き声をあげるカラドリウスの前にしゃがみこみ、その鋭い爪や嘴に掌が傷だらけになるのも厭わず拾い上げたのは、一晩をここで過ごしたのだろうか、すっかり冷えきってぶるぶると震える羽毛を温めてやるため。ここで普段通りに魔法が使えていたのなら、少しでもその痛みを和らげてやることが出来ただろうに。手持ちの薬草を使うにしても、まずは身体を温めてやってから、最終的にはドクターのところへ──……と、無意識のうちにここまで考えて。はっと気づいたようにギデオンを振り仰ぐ娘の表情には、ビビと同様かそれ以上に、今日この日を楽しみにしてくれていた恋人への罪悪感と、それでもこの人なら絶対に背中を押してくれる、という確かな信頼がはっきりと滲んでいて。 )

……ギデオンさん、その、私、この子をドクターのところへ連れて行ってあげてもいいですか……?
ちゃんとすぐに帰ってきます! でも、どうしても放っておけなくて……




861: ギデオン・ノース [×]
2025-01-28 01:24:52




(医療知識のある彼女なら、こういった時にどうするべきかも何かしら知っているだろう。己のその信頼は決して間違いではなかったが、しかし愚かにも見落としたのは、博愛精神あふれる相手が、それを執るため何を容易く看過するかということで。
その手に滲む小さな赤にこちらが目を瞠った時には、ヴィヴィアンはいつも通り、こちらをまっすぐ見上げていた。──そこに少しでも、いつかの秋にも見た陰を見出そうものならば、再び彼女を止めたはずだが。眩しい初夏の空の下、エメラルドの目の奥の輝きは、あの頃とは少し違うことをギデオンにもわからせる。故に揺れていた瞳を、ふっと弛緩するように伏せ。「……だめだ、」と一言、その意味に似合わず柔らかな声で言いながら、相手の手に己の手を添えて。)

そんな手で、ひとりで行かせるわけがないだろ。
ドクターのところでもいいが……なあ、少しあてがある。

(だからそいつを、と。恋人の手を傷つけた鳥を、代わりに引き取ろうとしたものの。聞かん気の強いカラドリウスは、ヒーラー娘の優しい手を最初はあんなに傷つけた癖に、今度は彼女の手の中から絶対に出たくないらしい。ギデオンが手を近づければギャッギャッと叫んで拒み、自分を包むヴィヴィアンの手に小さな体をぐいぐいと押し付けてみせる始末だ。これ以上下手に暴れられても困るなと諦めて、相手と一羽を先導すべくゆったりと歩き出す。向かった先は、ほんのすぐそこの1番地。──この麗らかなラメット通りに古くから住んでいる、町内会の会長夫人その人のお屋敷で。)



(「あらあら、まあまあ。この子は随分暴れん坊なカラドリウスね」。
以前の本契約時以来二度目に会ったそのご婦人は、ふたりが道から挨拶したとき、庭先に誇る花壇にじょうろで水をやっていた。しかしこちらに気が付いて、ヴィヴィアンが傷だらけの手に小鳥を保護していると見れば、みな東屋に呼び込んで。──さてはてどういう手練手管か、あのカラドリウスを大人しくさせて自分の手に乗せてしまうと、軽い治癒魔法をぽわりと温かく光らせたのは、かつて近くにある病院で働いていたかららしい。「お次はお嬢さんの番よ」と、相手の傷をたちまち癒してくれた彼女に、引っ越し早々世話になったと恐縮の謝意を述べつつ、改めての挨拶を。
──そう、ふたりとも冒険者なのね。うちの夫もそうだったのよ、今じゃすっかり二歳の曾孫にやっつけられてばかりだけど。
すっかり元気になった小鳥に庭の草の身をやりながら、どこかしみじみと懐かしそうに目を細めるご婦人は、どこまでも淑やかで親切なお人のようだ。ラメット通りの新顔であるギデオンとヴィヴィアに、いつでもうちにいらしてね、と軽い手土産まで持たせてくれた。遠方にいる二番目の娘夫婦がはるばる送ってくれたという、南部レモンをふんだんに混ぜた自家製の甘い焼き菓子。今日は引っ越し初日でしょう? 色々大変だと思うから、これでお茶でもしてくださいなと。──このお礼はどう返そうか、なんて話を帰りにヴィヴィアンと交わしたのは、当然の成り行きで。
そうしてそのまま今度こそ、裏手の柳が目に柔らかい、自分たちの我が家に戻る。庭先に例のカラドリウスを放ってやれば、最初は二、三歩跳ねてから、ちょっとばつが悪そうにヴィヴィアンのことを見上げているのがどこか可笑しい。「ほら、さっさとどこか行け」と小鳥をあっさり他所にやり、娘の背中に手を回すと、玄関先のポーチを上がる。
そうして真新しい鍵を胸ポケットから取り出して──……しかし、すぐには差し込まず。何やら眺めていたかと思えば、どこか静かな表情で、相手の方にふと渡し。)

……なあ。
よかったら……お前が開けてくれないか。






862: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-02-02 00:45:04




 ( こんな取るに足らない擦過傷を、少なくとも二人の人間と一羽の小鳥が気づいて、皆自分を心配してくれる。それを申し訳なく思う一方で、どうしようもなく満たされてしまう想いは、まるで、あたりいっぱいに漂う少し苦くも甘酸っぱい芳醇な果実と、それを馥郁と包み込む甘いバターをたっぷりと練り込んだ焼き菓子の香りのようで。どんな些細な事象でも気にかけられて良いのだと、自分にはその価値があるのだと、この一年をかけて相手に伝えたかったことを、奇しくも自分が教えられる形となってしまえば。ギデオンはよくビビに貰ってばかりだと言うがとんでもない。この強く、長く、優しい腕に首をもたげて、自分は何をか返せるだろうかとぼんやりと考えていたものだから、ふいに鍵を差し出されると、思わず大きな目元をぱちくりとさせ。
「? ええ、もちろん……」と小首を傾げた娘にとって、ギデオンの真意こそ図り兼ねれど、愛しい恋人のお強請りを叶えてやらぬ理由もない。受け取った金属片を素直に回して、観音開きの扉をゆっくり奥へと開け放てば──わあ! と。既に内見の時にも見ているだろうに、声だけでもなくその表情も無邪気なこと。ぱたぱたと嬉しそうに数歩あゆみ出て、大きな窓から差し込む眩い光の中、これから始まる生活にいてもたっても居られずに、新しい木の香りをたっぷり胸に吸い込みながら、ふわりと優雅にターンを決めたことで、未だ玄関の外に立ち尽くす恋人を見つけると。うっとりと微笑みを浮かべながら腕を広げて、可愛い恋人が自分の腕の中へと来てくれるのを信じて、一切疑わない表情で待ち構えてえ。 )

……ギデオンさん。




863: ギデオン・ノース [×]
2025-02-09 13:13:16




(自分はこの三十余年、家らしい家を持たなかったし、持とうと思いもしなかった。それが次第に変化したのは、世話焼きなヒーラー娘が押しかけ始めてからのこと。──暗い帰路からでも見える、遠い自宅の窓辺の灯。扉を開ければ出迎える声、辺りに漂うポトフの香り、ふたつに増えた食器の音に、ごく他愛のない会話。それらを一度知ってしまえば、元に戻れるはずもなく。故にあれこれ手をこまねいて、着実に事を進めてきた。そうしていよいよ目前になり……ふと、確かめたくなったのだ。
わけも語らず委ねた鍵を、きっと相手は、どういう意味かと尋ねることもできただろう。だがヴィヴィアンはそれを選ばず、ただそのままと聞き入れて、自ら中へと入ってくれた。そうして光を浴びながら、全身に喜びを乗せ、振り向いた先のこちらを、ただまっすぐ待ち受ける。そんな姿を目にしてしまえば、ああそうか、とすぐに気が付く。──遠回しに欲しがって確かめるまでもない、最初から与えられていた。)

──…………

(ただ無言で歩み出し、相手の前に佇めば。瞼を閉ざし、引き寄せられるようにして、うら若い恋人の華奢な肩に頭を沈める。そうしてすり、と鼻梁を摺り寄せ、回しかけられた腕に同じものを返してみせれば、くすぐったいというように耳元で上がる笑い声。その余裕が悔しくて、「……やっとだ、」なんて、照れ隠しに囁き返す。相手も望んでいることが、どんなに自分の胸を満たすか、伝えられているだろうか。
とにかく、ようやく手に入れられた。忘れもしないこの住所、キングストンサリーチェ区、ラメット通り8番地。ここが冒険者のふたり、ギデオン・ノースとヴィヴィアン・パチオの……この夏からの我が家である。)





(──さて。あのときとは異なる時間、異なる場所で。ベテラン戦士のギデオン・ノースはその日、何とも面倒な問題に頭を悩まされていた。
事の発端は、四日前に帰還したとある冒険者パーティーだ。その一隊の隊長は、諸事情で依頼を降りたギデオンの代打として出動する筈だったのだが、こちらの与り知らぬところで、なんと更なる交代を勝手に行っていたらしい。その代打の代打というのがまた、よりによってあのマルセルとフェルディナンド。カレトヴルッフきっての問題児コンビふたりに隊長職を委ねるなど、ギデオンを始めとする古株のベテランたちは決して許さなかっただろう。しかし別のギルドから転属してきた横着な冒険者が手続きを省いたせいで、事はもう起こってしまった。──端的に説明すると、問題児コンビの率いていた若手冒険者たちの部隊は、護送を担う依頼の途中で、積み荷をロストするという大失敗をやらかしたのだ。
これだけでも頭が痛いが、さらに頭痛の種になるのが依頼主の存在だ。彼は王都の機関に勤めるお偉い学者様なのだが、何と預けた積み荷のなかに、大層価値のある代物を無断で混ぜ込んでいたらしい。──それもエメラルド碑文こと、タブラ・スマラグディナの一枚。何故そんな大事なものを申告しなかったかというと、欲に目が眩んだ冒険者に盗られると思ったからだそうだ。
マルセルとフェルディナンドはろくでなしの大馬鹿どもだが、さすがに依頼主の荷物を掠め取るほど愚かななりはしていない。とはいえ依頼主の翁は、積み荷を失くしたということにして奴らが碑文を盗んだはずだ! と声高に一点張り。……だが本来、貴重な学術資料を無断で移送すること自体が大問題のはずなので、依頼主が所属している研究機関の調査も立ち入ることになってしまい、事態はすっかり混迷を極めきっている。
──そもそも本当に、なくした荷物の中に碑文は存在していたのか? 依頼主のあの人物像を見るに、賠償金目当ての言いがかりという線も有り得るのではなかろうか? 疑念は込み上げてやまないが、とにかくこの事態の責が、きっかけを作ってしまったギデオン自身にもあることは、火を見るより明らかだ。グランポートから帰ってしばらく、まだ右肩の傷が痛むので大事をとって休もうとしたら、全てが悪化の一途を辿り、今やこんな有り様である。故にこの数日間、ギデオンはギルド本部の内勤に徹しながらも、ほとんど不眠不休で働き、すっかりふらふらの血眼だった。何せ幹部の冒険者たちも、今回の事態解決に向けて東奔西走してくれている。どうして自分が休めるだろう。
とにかく碑文、碑文発見の報が欲しい。それだけでは解決しないが、少なくとも失くした積み荷を見つけだして無事に回収しないことには、全ての回復が始まらないのだ。同じく徹夜で働いているギルドマスターの許可のもと、ギルド内外から収集するあらゆる報告に目を通し、あらゆる若手に指示を出し、あらゆる始末書を次々書き上げ……そんなことをしていたら、とてもじゃないが、自分のなりに構うような暇などなかった。──事態が発生してから四日目、今朝のギデオンはいつにもましてくたびれた顔、隈の濃い目元、これだけならまだいいが、顎にはぼうぼうに無精ひげが生え、ワインレッドの服もすっかりよれよれという有り様である。それはそれで好みだなんて宣うフリーダのような物好きもいるのだが、普段なら勿論のこと、女相手にこんな姿は晒さない。今は療養を理由として内勤業務に拘束され、ギルド四階の執務室に缶詰の状態になっていたからこうなっているだけで、ここ数日間話していたのも、同じようにボロボロになった幹部の男連中だけだ。
故に、部屋の戸を軽くノックする者があれば。どうせ幹部の御使いで来た後輩のアランか誰かだろう、と大股で歩み寄りながらすぐさま扉を開けたのは、完全なる油断の結果で。)

──どうだった! いい加減、何か見つかった……か……






864: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-02-16 00:11:39




 ( マルセルとフェルディナンド。天下のカレトヴルッフが誇る問題児両名が、此度も盛大にやらかしたらしいという噂を、恋に恋するヒーラー娘が聞いたのは、事が発覚したXデーから数日たってのことだった。このヴィヴィアン・パチオの名誉のために補足するとすれば、いくら諸般の事情で同期と馴染み切れていないとはいえ、普段から決して情報に遅い方では決してないのだが。今回ばかりは、たまたまこの数日、母校魔導学院たっての依頼で首都キングストンを留守にしており、先程やっとギルドへと帰ってきたところだったのだ。まずは依頼報酬の貴重な薬草の類を片付けに医務室により、その足で上層部へと報告しに行こうとしたところへ、「あ、今はやめておけ、ちとタイミングが悪い」と、日ごろから世話になっている魔法医に声をかけられれば。──タイミング? と首を傾げたビビを見て、「いや、まあ……お前さんならいいか」と。昔から何かとヴィヴィアンに甘い御仁から今回の顛末を知ることとなり。
そうして、タブラ・スマラグディナの歴史的価値や、カレトヴルッフどころか、トランフォード冒険者ギルド協会自体が吹き飛びかねない時価総額……しかし、そんなものよりずっと。気にかかるのは、病み上がりの身体でもう四日もろくな休息を取らずに働き続けているらしい"彼"のことで。他の仲間たちに覚える心配とはまた違う、あの海上の夜からずっと、楽しく甘えて擦りついている時でさえ拭えない酷い焦燥感に俯けば。──……、ギデオンの坊主なら、四階の執務室だぞ、と教えてくれた魔法医へのお礼もそこそこに。元気よく飛び出していった直情型ヒーラーに、「まあ、坊主にゃいい薬になるだろうて」という呆れ声が届くはずもなかった。)

……あっ、いえ、私、ギデオンさんがもう四日も休まれていないって聞いて…………

 ( そうして、勢いよく開かれた扉に対面すると。思わずその両手で持ったお盆の上のティーセットが、音を立てて震えるほど縮みあがったのは、相手のあまりの容貌に驚いたからで。いつものパリッと小洒落た相手からは想像もつかない草臥れた姿。見た目だけじゃない、四日も帰っていないのだから当然と言えばそうだろうが、むっと漂ってきた男臭い香りも、この稼業についていればもう慣れっこである筈なのに。目の前のこの人からしていること自体がどうにも信じ難く混乱する。ともすればそんな百年の恋も冷めそうな状況だと云うのに、ショックを受けるどころか、胸に湧き上がる、この人を放っておけないという想いにぐっとギデオンを見上げると。相手が少しでも断ろうとする節を見せれば、多少強引に押し入る覚悟で。 )

……リラックス効果のあるハーブティなんです。
淹れ方にコツがいるので、中に入れてくださいませんか?
ちゃんと少しでも休まれないとダメですよ。




865: ギデオン・ノース [×]
2025-02-21 03:02:57




────…………

(それはきっと傍目には、瞬きひとつせずに固まる石像のように見えただろう。この数週でやや馴染じんでいる娘に再会した途端、ギデオンの思考回路は見事まっさらに吹き飛んでいた。……しかしそのくせ胸の奥には、妙な感情が噴き出してもいる。まさかどうしてこんな時に、よりによって何故ヴィヴィアンが、今の俺の──こんな、姿を。そのふざけた心境の色気づきように気がついて、我ながらまた愕然とする。何だ、俺は何を言う。いや何も言ってはいないが、だが何故こんな、何歳下だと、こいつはただの後輩だ、いったい何を血迷って。相変わらずその青い目を、全くどこにも、一厘たりとも動かさぬという不自然さを見せつけながら、「……後に、して……くれないか」と、掠れた小声を絞り出すのがせいぜいで。)

(──さてはて。相手が反応するその頃には、部屋先で長引く静けさに、奥におわす重鎮たちもようやく気が付きはじめていた。「何だ」「何だ」と書類の山から挙げられたその顔は、その先にいるギデオン同様、連日の賠責処理でどす黒い色をしているのだが。部屋の入り口を塞いだまま固まっているベテラン戦士と、お茶を手にしたヒーラー娘……その組み合わせに気が付くなり、((あ)))と胸中異口同音に察した声を揃えてみせて。
──ギデオン・ノースとヴィヴィアン・パチオ。シルクタウンとグランポートで相次ぐ成果を挙げたふたりは、最近噂になっている。なんとギルドのマドンナ・ビビが、遥か年上のギデオンにベタ惚したという話だ。それはもはやギルドどころか、隣のマーゴ食堂にさえ知れ渡りだしているのだが……今自分たちが目にしているのは、荒れた姿をビビに見られて見事に固まるギデオンの背中。──おいおいなんだよ、そっちもそっちで何やら萌してんじゃねえか、と。一応ギルドの重鎮としてそれなりにお堅いはずが、皆ぎらりと目を光らせてやたら生き生きとしはじめたのは、疲労で頭の螺子が飛んだか、苦労性の後輩剣士を密かに可愛がる延長か……はたまた陽気な血を引いているトランフォード人たる故か。
「なあビビちゃん、そこで突っ立ってるくらいなら、ちょっとそいつを持ってってくんねぇか!」と。堂々大声を張り上げたのは、ギルドに勤続四十年、“ラミア殺しのシルヴェスター”と名高い魔斧使いの男。「その馬鹿、ドクターの問診もここのところできてねえんだ。ちょいと代わりに診てやって、カルテをちゃちゃっと書いてやれ。じゃねえと俺らが特労局に怒られることになるからよ!」
「いや、あんたらだって同じような古傷が……」と。思わず振り向くギデオンに被せるように、「ついでに仮眠室にぶち込んでくれ、午後に帰してくれりゃいい!」だの、「お茶ならさっき、リズが僕たちに淹れてくれたよ。そこののろまは、間の悪いことに逃がしてしまって……」だの、今度は“西の魔狼”と“王都の弩”、往年のパーティーでは犬猿の仲だった厳めしい顔の男ふたりが、息ぴったりに抜かす始末。てめえらこんな時に限って、と思わず口走るギデオンに書類の束を投げつけたのは、“ネフィリム喰らいのフィリベール”だ。「つべこべ言うな、さっさとこれを出すついでに、五階に報告を上げてこい!」と。要するに体のいい雑用で追い出す目論見もあるわけで。
五階、つまりギルマスの執務室にはすぐに向かえはするのだが、あの方は今渦中の機関に出向中で、戻ってくるのは数時間も後。それまでは好きにしろ、といきなり放り出されることに反論したい気持ちはあれど、ギデオンが普段混じっているこの重鎮連中は、こういう妙なことに限って、一度決めたら頑固である。ただでさえ寝不足の頭、ついでに言えば今の有り様を相手に見られて既に満身創痍となると、もはや深く考えるだけの体力など残っておらず。目上連中がそこにいるのに隠しもしないため息をつけば、「……隣の部屋に行くぞ、」と、先に執務室を出て。)





866: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-02-21 20:21:06




あら! ギデオンさんだけのために持ってきたんじゃないですよ、皆さんもいかがですか?

 ( 目の前の男の見慣れぬ醜態に驚いたのも束の間。珍しい反応を見せたギデオンに、すっと普段の強気を取り戻せば。その風体を心配こそすれ、自分でも不思議なほど、相手が懸念しているような幻滅の念などは一切なく。案の定と言うべきか。苦しげに聞きなれた拒絶の言葉を吐く年上男に、此方も用意していた文句で応戦すれば。思わぬ方向から飛んできた援護射撃にに、「お任せください!」と勝ち誇った笑みを浮かべたかと思うと、書類の束から漏れた1枚をさっと拾って人質にとる周到さで。そうして、錚々たる顔ぶれに日和るどころか、「その、お茶はお済みなら、一応軽食も持ってきたんです」と、丁寧に保存魔法をかけられた人数分より少し多いサンドイッチを配り終えると。「そこで買ってきたものですけど、皆さんもご無理なさらないでくださいね」と、残された幹部達にも眉を八の字に下げてみせる様から察するに。決して先程の文句も、ただギデオンをやり込める為だけの方便という訳でもないようで。
その証拠に二人きりの時間に浮かれるどころか、部屋を出た後も。うら若い娘の表情に浮かぶのは、一刻も早く診療を終わらせ、この貴重な時間内に一秒でも長く相手を休ませてやらねばというヒーラーとしての責任感で。念の為に診療道具も持ってきておいて良かった、と。隣の部屋に移るなり、どうでも良さそうに持っていたトレーをあっさりとその辺に追いやり、近くの椅子を引きながら、疲労の剣士に促せば。顔色の悪い意中の相手を目の前にして、混乱中の相手とは裏腹に、そこへ何か甘ったるい感情の入り込む余地など微塵もなく、その直截な要求にギデオンが怯みでもすれば──きょとん、と首を傾げて見せるだろう。 )

じゃあギデオンさん、肩を脱いで見せていただけますか?




867: ギデオン・ノース [×]
2025-02-22 21:00:16




(歓声を上げて軽食を頬張りはじめた幹部連中を後にして、雑多な休憩室へと移り。勧められるまま椅子に腰かけ、両膝に肘を置く格好でがっくりと項垂れる。労いに来てくれた相手に全く非などないのだが、結局続報ではなかったことに、今更参ってしまっていたのだ。
その矢先、あっけらかんと割り込む指示にぼんやりと顔を上げれば。いつも以上にくすんだ顔色、霞んでいるかのような視線、戦士にしてはあまりに生気のない表情で数秒止まっていたものの。やがて「……は?」と、まるで理解の及んでいない困惑のひと声を。それでも揺るがぬヒーラー娘の治療の構えに、そこでようやくいつぞやの、あの夏の夜の宿と同じ要求をされたと気付けば。──今のこのむさ苦しい有り様で、こいつに上裸を晒すだと? と、大きく大きく目を見開き、椅子の上で若干仰け反る。「今はいい!」と突っぱねたのはほとんど反射のようなもので、少し離れろと雑な仕草で示しすらする有り様だ。それを窘められようものなら、眉間の皴をもみほぐしながら、「先にひと息つかせてくれ」と卑怯な物言いをするだろう。──相手の治療を受けるのは、せめてシャワーを浴びてから、そればかりは譲れない。)

悪いが……一杯淹れるついでに、下の様子を教えてくれないか。
その様子だと、今回の騒動はおおかた知っているんだろ。





868: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-02-23 21:54:38




……ええ。これを取りに行く時に少し聞いただけですけど、

 ( 確かに、診察とは受ける方も気力や体力を消費するものだ。──少し配慮が足りなかったな、と見えないはずの耳をぺしゃりとさせれば。そもそも折角持ってきたドクター特製のハーブティーを追いやったのも、疲労の相棒を少しでも長く休ませてやりたかったが故。本人が飲みたいというのなら、特に断る理由もなく、少し冷めてしまったポットを、魔法で再度温め直してやりながら。ギデオンらベテラン勢の顔色が悪いのは、マルセルとフェルディナンドが今度は依頼人の積荷を紛失したからだ、と。しかもかなり高価な品だったらしい、という噂がマーゴ食堂まで──つまり、ギルド中に知れ渡っていること。しかし、その具体的な品名までは未だ、当該パーティの内に留まっていること。それから、これはビビが個人的に目にした内容だが、暫くは内勤だったはずのカトリーヌやデレクの名が(彼らは彼らで別件で謹慎中だったらしい)、急遽組まれた季節外れの魔獣討伐依頼に記されていたこと。「それってこの捜索に関係があるでしょう? ね、当たり?」そして、そのパーティが帰還予定時刻を過ぎても帰ってきていないという事は、負けず嫌いな先輩たちの事だ。お互いがお互いを意識して、可哀想なメンバーをまきこみ、カヴァス犬もかくやという嗅覚で、辺りを嗅ぎ回っている姿が目に浮かぶ。ろくな事をしでかさない癖に、仕事は出来るのがタチが悪い彼らのことだ。それぞれの担当地域は本当になんの手がかりもなかったと見て良いだろうが。今頃どこを這いずり回っているのやら──なんて、噂をすれば。彼らと一緒に出たはずの見習いが二人、今にも死にそうな顔で「「カティ・デレクより先に見つけるまでぜっってえに帰んない!!」」という、パーティ長の現状報告、及び駄々を伝えに来たのが窓から覗いて。──まあ、つまり要約すると、可能性のある地域が狭まっただけであまり芳しくない状況を、香り高いお茶と共に差し出すと。その珍しく突き放すようなどこか冷たい物言いは、大切な相棒をここまで弱らせた私怨、もとい冒険者というより、元学生としてのそれも乗っているようで。 )

そもそも、そんな希少な研究資料を無断で積み込む依頼主も私はどうかと思いますけど。
いっそ、そちらの方面から訴えて時間を稼ぐ手も有りそうですけど……参考に、どこの偉い学院に所属されてる先生なんです?




869: ギデオン・ノース [×]
2025-02-24 11:04:44




(相手の口から語られる別の問題児コンビの様子に、やれやれという顔を隠しもせずに耳を傾け。湯気の立つカップを受け取り、すぐにありがたく味わって──思わずカップを二度見する。……何だこの茶は、やけに美味い。だが色や香り、それに相手が封を切ったあの包み紙の様子からして、こいつはギルド勤続数十年ですっかり慣れ親しんでいるいつものドクターブレンドのはず。疲労や寝不足をすぐに和らげてくれる効き目ならたしかにあるが、それにしたって美味すぎる。いったい何故。今更ドクターの配合が変わったのか……? と。相手がトレーを脇に置くその一瞬の間だけ、甚く衝撃を受けた顔で、大真面目にそう考えていたが。他所にご立腹の相手に不意の質問を投げかけられれば、さっとポーカーフェイスを被り、すっとさり気なく姿勢を正して。)

──ああ、そこがまた厄介でな。
一応の勤務先は、王立隠秘学研究所……そこだけなら正直、そう争いにはならないだろうが。ここ数日のこっちの捜査で、どうももうひとつ、厄介な組織の一員らしいというネタが上がってきてるところだ。
“ローゼンクロイツァー”……ってのを、お前も聞いたことがあるだろう?

(──“薔薇十字原理教団”。それは大昔にあったそれから優雅な名だけを剽窃した、過激派集団の一派である。かれらのうちのほとんどは、世や学界に馴染めなかった知識人崩ればかり。そんな同類で寄り集まって思考を先鋭化させたせいか、かれらは自分たちこそが救世だと妄信し、各地で妙な活動をしている。しかしこれの厄介なのは、なまじその構成員に、知識や財力やコネクションに富んだ輩が多いこと。たとえば依頼主のように、表の顔を立たせたうえで裏で蠢く者もいるし、捕まった仲間のために、法曹界の人脈を動かす大物さえ潜んでいる。
よって今、王立研究所にとっても、またカレトヴルッフにとっても、件の依頼主の老爺は爆弾であり触れ難い。おまけに研究所のほうは、そもそもほぼ間違いなく、教団員と知っていながら奴を引き入れてたクチだろう。研究所と教団は、本来その思想や体質から敵対する立場なのだが、双方ともそれぞれの研究のため利用し合っていた腹だ。とはいえそれが、カレトヴルッフの捜査の結果白日の下に晒されてしまえば、研究所側は威信にかかわる大問題。そのせいで、こちらがいくら要請しても、情報の共有をしきらない節がある。
──このややこしさ、まったくほとほと気が滅入る、というように小さなため息をひとつつき、いつもより乱れた前髪を掻き上げてから。横の机に手を伸ばし、ヒーラー娘が淹れてくれた温かい茶を再び含めば、わかりやすく顔を緩めて。足を組み替え、肘を突いた側の骨ばった手でその顔を支えながら、相手の翡翠の目をまっすぐ見つめ。)

……お前の言うとおり、奴の言うことは筋がおかしい。「欲をかいた冒険者に盗られると思った」なら、てめえが肌身離さずに持ってりゃよかった話だろう。
それをせずに積み荷に隠して運ばせたということは、奴は馬鹿だが、おそらく何か裏がある。
だからまず、うちで真っ先に回収して、碑文に明るい第三機関を頼りたいところなんだが……どこか心当たりはないか。





870: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-03-02 00:41:01




ローゼン、クロイツァー……、

 ( 一体全体どうしてしまったというのか。疲労の剣士が思わぬ茶の旨味に、険しい視線を柔らかく解いたその瞬間。目の前の娘もまた、その剣士の横顔をぽうっと蕩けた視線で見つめていた。──乱れた頭に、伸び放題の無精髭、目の下が黒々と落窪んだ表情は、いつもより軽く十は老けて見え。その上いつもはパリッと手入れのされた上衣でさえ、今は見る影もなくヨレヨレである。そんな忌避感さえ感じこそすれ、決して魅力的だとは思わなかったはずの相手の姿に、未だ無自覚な母性をどうしようもなくかき乱され、その窮屈な胸をぎゅんぎゅんと強く締め付けられていたものだから。不意に向けられた薄青に、赤らめた頬を逸らして、緑色の視線を気まずそうにさ迷わせれば。その返答の歯切れが随分と悪くなったのは、折角、尊敬する大先輩から頼りにして貰えたというのに。相手の求める第三者機関を、すぐにでも約束できないもどかしさのためだけとも言えないだろう。 )

第三機関、だいさんきかん、……ですよね。
うーーーーん、その、心当たりが無いわけじゃ、ええ……無いんですけど。
確定じゃないので、えっと……。

 ( 「……一応、ガリニアの方に、知り合いの学者が」その"彼"を通して、あちらの学院の調査期間を頼ることが出来れば、ギデオンのいう第三期間としては、これ以上なく申し分無いだろう。なんて、常日頃からハキハキと、真っ直ぐにその翡翠を煌めかせる彼女にしては珍しく、長い睫毛の影を落としたかと思うと。非常に歯切れ悪く、下唇を噛んだその脳裏には──当の娘と瓜二つの麗しい美貌を誇る、偏屈五十路大魔法使いの切りそろえられた金の毛先が揺れる。その複雑な真意を打ち明けられる程、この時のベテラン剣士と、若手ヒーラーの仲は未だそれほど深くないが。「忙しい人なんです」と、「でも、ギルドの危機だったら、力を貸してくれると思います」なんて、まるで注釈に"ビビの個人的なお願いを聞いてくれるかは分からないが"とでもつけたそうな表情で自嘲すれば。ぱちん、と打った柏手は、自分から意味深な含みを持たせておいて、それ以上の追随を許さないといった卑怯な布石。「連絡をとってみますので、2,3日ほどお時間頂けますか?」そう自然に細めた視線の先には、見慣れた精霊の姿がこの場ではビビだけに見えていた。──なんにせよ、まずは現物を探し出さないと、第三機関もへったくれもないのだ。そのためにも、 )

──じゃあ、お茶飲み終わったら、そろそろ肩診せてくださいね!

 ( なんて、繊細な男心を理解しない一撃を食らわせた若ヒーラーを通して。激震のカレトヴルッフに、ガリニアの魔導学院から協力の打診が届いたのは翌朝のことだった。ビビのことを信用していないのか何なのか、"彼"が定期的に飛ばしてくる精霊さんにお願いしてはいたものの、まさかこんなに早く返答が来るとは──やっぱり離れてもギルドのことは今も大切なのね。と、どうにも報われない父親の哀愁はともかくとして。
ガリニア魔導学院が対価として要求してきたのは、向こうの政治闘争の影響か、ガリニア国内ギルドが、学院の依頼を黙殺……否、"討伐に非常に手こずっている"ドラゴンの討伐協力で。それと引き換えに、タブラ・スマラグディナ発見後の解析を引き受けてくれるというガリニア魔導学院からは、もう一つ。トランフォードがガリニアから別れるよりはるか以前より、ガダウェル山脈の一部地域に定住しているされる先住民の部族。魔獣の多いトランフォード地方に増して、更に危険な地域で生き延びる身体能力や、独自の武力を持ちながらも、大国の政治には興味が無いのか、彼らが大切にするのは彼らの神だけ、そんなごくごく温厚な性格だった筈のその彼らが、最近どうも苛立っていると。度々、山を降りてきたかと思うと、ガリニア勢力圏の小さな村々を脅かしていく、彼らの言葉が分かる地元民曰く、彼らの神から賜った翡翠の秘宝が盗まれたらしい、といった情報が寄せられて。 )




871: ギデオン・ノース [×]
2025-03-03 00:08:06




ああ、助かる。よろしく頼──……、

(高学歴冒険者であるこのヴィヴィアン・パチオなら、きっと何かしらの人脈を持っているに違いない。たしかにそう期待していたが、まさか国外にいる有力者まで動かしてくれるとは、と無知ゆえ無垢な感想を抱き。この光明を逃すまいと、頭を下げて頼み込んだ……はたして、その代償だろうか。
その後カレトヴルッフでは、珍妙な光景が爆誕することになった。最近噂のふたり組、ベテラン戦士のギデオン・ノースと若手ヒーラーのヴィヴィアン・パチオが、何やら本気の追いかけっこに興じている姿である。男の沽券にかかわるだとか何とかで、ボロボロの姿の戦士は何やら必死に言い返しながらあちこちに逃げ回り、それを健気なヒーラー娘が果敢に追い詰めていくという、なかなかの喜劇だったそうだが。詳しくは別の機会に──もしくはいずれ、また後日。)

(さてはて。そんな一幕を経たから、なんてだけではなかろうが。数日後のギデオンは、清潔な装いを一度しっかり取り戻し、何やら覚悟を決めたような精悍な目つきをしていた。何せ、後輩のヴィヴィアンが類稀なる伝手から引き出してくれた情報と、マルセルとフェルディナンドの報告を統合すると、あるとんでもない仮説が導き出されてしまったせいだ。
……エジパンス族、というサテュロスの末裔がいる。かれらは下半身が山羊のようになっている半獣の亜人族で、カダヴェル山脈の南北にいくつも氏族を築いている。祖先と違い、かれらは異性にそこまで強くは固執しない。だがその代わりに欲情するのが、他人の所有する“価値ある財産”。──そんなかれらがどこかしらで、「同じ霊峰に棲んでいる先住民の秘宝を聞き知った」と仮定しよう。欲深い彼らは、まず間違いなく例の碑文を盗み出す。だが彼らはまた、同族同士ですら“価値ある財産”を奪い合う救えない性質を持つので、碑文があちこちに渡っていく。そうこうするうちにどんどん山を南下して、トランフォード側に出たとしたら。それが巡り巡って、あの邪であろう学者の手中に収まってしまったのだとしたら。そしてその学者がまた、トランフォード側に棲んでいる南のエジパンス族によって碑文を奪われたというのが、全ての真相だとしたら……?
──マルセルとフェルディナンドは、馬車で北上して数日目の夜に、山賊に襲われて積み荷を奪われたと言っていた。そのときのあいつらは確か、いやに多くの蹄の音を聞きつけていたはずだ。そして襲撃されたのもあの、この国のエジパンス族がたびたび出没する一帯。この情報から逆算すれば、上記の一説が浮上する。──盗み癖のある亜人族、その同族同士の盗難と例の学者が絡んで、名宝タブラ・スマグディナがトランフォードのあちこちを冒険しているなどという、とんでもない物語が。
しかしそれより注視すべきは、例の碑文が今失われているせいで、地味に国際問題が起こりはじめていることだ。何せ今、エジパンス族の被害に遭ったのだろう秘境の部族の手によって、何の謂れもないガリニアの無辜の民がたびたび脅かされている。ガリニアの巨大な政府は、カダヴェル山脈沿いの村に無関心なきらいがあるが、それでもトランフォード側に碑文が流れてしまったことで自国民が害されていると知ったら、きっとただではおかないだろう。……とはいえかの大国も、決して一枚岩ではない。こちらに根回しすることで和平を望む者もいる、魔導学院がその最たる例だ。国内ギルドに蔑ろにされ業を煮やしたあちら側は、どうせならトランフォード側の冒険者たちの働きを信じると決めてくれているのだろう。例の碑文周りの騒ぎを公には伏せているのは、そういうことであるはずだ。
──ならばそれに応えるのが、己が果たすべき使命。トランフォード国内で消えた碑文を捜し出し、解析に出すという体でガリニア側に返還する。そのためにまず、こちらが突き止められる限りのエジパンス族の住処を洗えるだけ洗うのだ。幸いかれらは、盗みに特化しているだけで戦闘力は高くない。カレトヴルッフほど大きなギルドも人員には限りがあるから、最悪の場合、自分ひとりで行動しても充分問題ないだろう。──そう、思っていたのだが。)

……なんで、おまえがここにいる……?

(──事件発生から五日目の昼。「もう肩の傷は問題ない」と受付に無理を通して自分の出動許可をもぎ取り、戦士装束の格好で東広場に来たギデオンは、王都の遥か北へ向かう街道馬車を待っていた。自分がこれから赴く先には、既にデレクとカトリーヌのパーティーが先行している。彼らや近隣ギルドのパーティーと合流しながら亜人族の巣を叩いていけば、きっとすぐにでも例の碑文を見つけだせると踏んだのだ。
だがふと呼ばれて振り返れば、そこには同じく遠征用の荷物を背負った、馴染みのヒーラー娘相手の姿。どう見ても同じ行き先に向かうらしいその様子をまじまじ見ると、信じ難いというように唖然とした声で呟いて。)





872: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-03-05 17:13:48




……あら! ギデオンさん、受付で言われたこと、もう忘れちゃったんですか?

 ( まあ、逸る気持ちは解りますけど、なんて。大袈裟な身振りでこめかみに手を当てて見せたヒーラーは、豊かな胸を自慢げに張ると、背負った大荷物をゴソゴソとやり。「担当治療官の適切な受診を怠らないこと!」と、相手も受け取ったろう出動許可証の写しの条件項目を読み上げる。
時刻を遡ることほんの少し。ギデオンが受付で出動許可をもぎ取ったその時。目の前で唖然としているベテラン剣士からすれば、年若く押しの弱い受付事務員の時を狙い、上手く出動許可をもぎ取ったつもりだったのやも知れないが。それに困った事務員が判断を仰いだのは、本日早番のドクターが出勤していたギルド医務室。そして、まさにその決定的なタイミングを逃さず、苦虫を噛み潰したような表情で決済印を押す老年のドクターの隣に、"たまたま偶然"同席していた。彼女が微笑めば、運命の神さえそれを叶えずにはいられない──ヴィヴィアン・パチオとは、そういう星の下に産まれた娘だ。
とはいえ、決してドクターの判断に口を挟んだ訳でも、なにか不正を働いた訳でも決して無く。あくまでビビはと言えば、正当な協力者を得たギルドから、今回の重要人物であり、負傷中のギデオン・ノース剣士が現場へ向かう。それに伴って出されるだろうヒーラー募集の応募を待ち構え、張り出されるや否や飛びつくように受諾しただけで。「おじさま、じゃあ私は少し用事を思い出しましたので」と。困惑の事務員と共に、医務室を出ていこうとしたその瞬間。ドクターが何かを言ったような気がするが、恋する乙女にはケルピーに説教もいいところ。こうして、尊敬する冒険者と馬車駅で二人。許可証をしまいこんだ流れで太い腕に絡みつくと、渾身の上目遣いとともに可愛らしくこてりと首を傾げて。 )

いち早くヒーラーが捕まったお陰で、ギデオンさんこぉんなに早く出動出来たんですよ?
……どうです、優秀すぎて、そろそろ彼女にしたくなってきません?





873: ギデオン・ノース [×]
2025-03-08 13:18:16




馬鹿言え、まだ百年早い!

(幸運さえも味方につける魅惑のヒーラー娘を前に、即座にその手を振り払い、噛みつくような一声を。しかしその次に「帰れ!」と命じるわけでもなく、苦々しい顔を浮かべて頭を抱え込みだしたのは、どうやら相手の正道さを否定しきれないかららしい。
──出動許可証に記された指定条件、その小狡い拡大解釈。それは世知に長けたベテラン勢が好んで用いるやり口で、今回のギデオンもまた、“担当治療官”が多忙という名目のもと、義務付けられた診察を帰還後に回すつもりだった。だがその治療官本人が、こうしてわざわざ自分の許可証まで携えてすっ飛んできてしまったとなると、当然話は別である。ギデオンに許されるのは、本来ギルドの専属医がそれで良しとした条件通り、クエストの進行中に治療を受けながらの出動のみ。第一、後輩冒険者が志願し、ギルドも許可を出した以上、こちらがきちんと現場に連れていってやらねばそれこそいよいよ規律違反だ。それに相手の指摘通り、想像以上にとんとん拍子で自分が出動できたのは、おそらく裏で相手の出動許可も同時進行していたから、つまり借りがあるわけで……
そこまで考え至っては、眉間の皴を深めに深めて大仰な溜息をひとつ。「……余計なことを」とぼやきながらもようやく諦め顔になって、ちょうど到着した馬車に先にさっさと乗り込んでしまう。だがそれでも、ただ根負けしたなどと思われるのは癪であると言わんばかりに。奥の席へと陣取ると、「捜索任務の経験は」「亜人討伐の心得は?」と、揺れる車中で次々に心構えを試す真似をすることしばらく。ふと真横の窓を見て、流れていく外の景色をやや無言で眺めれば、いつぞやの船上をふと思い出したように呟き。)

……今回のクエストは、完全に森の中だ。火属性は使えないし、おまえがグランポートで高めた水魔法も分が悪い。
いちばん良いのは土魔法だ──今、おまえは何が使える。





874: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-03-13 15:12:35




じゃあ、私と一緒に百年生きてくださいね。

 ( 全身全霊の可愛いポーズをすげなく振り払われたヒーラーはしかし、傷ついた様子を見せるどころか、"お決まりのやり取り"に、満足気な笑みさえ浮かべて、安心しきった様子で馬車に乗り込むと。ひとりでに硬い座席へともちりと腰掛けた距離感は、いっそ清々しいほど上司と部下らしい常識的なそれで。そうして、"お約束のルーティン"をこなした後は、その表情をあっさりと仕事中に相応しいものに切り替えると。「見習いの時に腐るほど」 「"相手の言葉には耳を貸さない、我々と同じ部位が致命傷になると思うことなかれ"」 と、大半の冒険者が読まずに枕にしている初期教本の一節を諳んじたまでは良かったが。その話題が属性魔法の適正に移れば、それまで得意満面だった表情を、今度はその顔中にシワがよっていないところを探すのが難しいほど萎びさせ。 )

──………………ウォール、とか…………。

 ( そうして漏らしたたった一つの土魔法は、魔導学院初等部の子達が最初に触れる基礎の基礎。魔法使いにとって防御の要であるそれこそ、死に物狂いで身につけこそすれ、実はシルクタウンの帰りのあの日から、ビビが一番苦労した依頼はと言えば、貴重な"麦もどき"をドロップするヴァイツの討伐作戦で。季節毎に新緑や黄金にその穂を染める植物性の魔物は、一個体であれば、その逃げ足だけは一流だが、鎌を持ったトランフォード農民の相手にもならない。しかし、集団で麦畑に紛れて畑の栄養を吸い尽くしては増殖する奴らといったら、本物の麦と見分けるために、収穫祭の音楽を演奏してやると、やたらと嬉しそうにその穂をワサワサと踊る姿はそれなりに愛嬌があるのだが。その一方で、一度魔法の火がつけば、為す術もなく右往左往し、これ以上なく惨めに、酷く可哀想な様子でもがき苦しんだ後、肝心の"麦もどき"ごと、最後には灰だけを残して燃え尽きる姿は、精神的にも依頼内容的にも大ダメージで。文字通り彼らの足元から崩せる魔法さえ使えれば、見習いでさえ苦労しないランクⅠの低級な魔物に対して、この脳筋ヒーラーが結局どう対処したかといえば、その膨大な魔力であちこち"土壁"を出現させ、逃げ場の無くなったヴァイツ達を杖で殴ると言った純然たる力技で。
閑話休題。そんな嫌な記憶を振り払うようにぷるぷると首を振り、相手の膝に手を着いて上半身を乗り出すと。置いていかれてたまるかと、焦点のあっていない視線をぐるぐると、必死に自分の出来ることを主張してみせ。 )

でもでも!!
最近、発破技術について職人さんから教えて貰って……出した壁を吹き飛ばせば大体いけるな? ……って、なって……
それにそれに、ギデオンさん知ってます? 大体の枝って風で吹き飛ばすと結構殺傷能力が…………あ・と! 私!! タブ……っと、その現物!! 見たことあります!!!! 探知魔法も少しならイけるし、わぁビビちゃん頼もしい!!!!




875: ギデオン・ノース [×]
2025-03-16 21:30:59




わかっ──落ちつけ、ちゃんと連れてってやるから落ち着け。

(がばっとこちらに縋ったかと思えば、何やら酷く必死になって言い募ってくる若手の後輩。こちらはたじろぎながらのけ反り、車中で妙な真似はするなと、相手の華奢な肩を掴んでどうにか元に押し戻す。……とはいえ、予想だにしない答えに一瞬唖然としたのは事実だ。大魔法使いを父に持つこの優秀なヒーラーでさえ、そこまで苦手なものがあるとは。
しかも今回出動するのは樹々が密な森の中、相手が本領を発揮する豪快な戦術は迂闊に使えないだろう。困ったな……というように、一度窓枠に腕をもたれてからため息をつきかけて。しかしふと、「……今何と?」と渦中の娘を隣を振り返る。彼女が仮にもう一度、“本物の碑文を見たことがある”と繰り返してくれたなら。見開かれた青い瞳が、未だ揺れながらも輝きはじめて。)

なあ、ヴィヴィアン。グランポートの時みたいに、失われた錬金術を再現してくれとは言わない。
──が、お前の見たエメラルド碑文の……贋作を作ることはできるか。

(……失われた錬金術を刻み込んだ文献群、秘宝タブラ・スマラグディナ。それは伝説によれば、百を超える碑石によって魔法の神髄を語るらしい。しかしその全てが発見されているわけではなく、また多くの知識人が喉から手が出るほど欲しがるだけに、これまでの歴史上、贋作のエメラルド碑文も数多くつくられてきた。
つまりまともな学徒であれば、まさかまかり間違っても、自分がその贋作を作ろうなどとは思わない。それをこちらも踏まえた上でヴィヴィアンに頼み込むのは、亜人族から例の秘宝を奪い返してみせるにあたり、贋作で奴らを惑わす必要を感じたためだ。元々そんな高度な手は使わず、もっと荒っぽい方法で碑文を探す気でいたが……ヴィヴィアンが囮作戦に協力してくれるなら、予定より早く確実にエジパンス族を捜し出せる。──国境付近の問題が大きくなってしまう前に、事態を収束させられる。
「今夜一泊する宿は、ちょうどガラスの名産地らしい。許可さえ取れれば、材料にする石を掘りだすこともできるはずだ」と。懐から取り出した地図で周辺地形を指し示すうち、つい熱がこもったのか。何ら意識することなく相手に頭を寄せながら、間近な距離で相手を見つめて。)

……おまえほどの魔法使いなら、まともな学者が気づけるように、贋作としての証拠をこっそり刻み込めるだろ。
頼む、手を貸してほしい。





876: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-03-21 23:53:23




任せ……えっ、………………

 ( 失われた錬金術を再現しろとは言わないという約束に、ほっと安心する一方で──もっと頼ってくださってもいいのに、なんて恋する乙女の複雑さを楽しんでいた報いだろうか。古代魔法を再現するより難しいことなどなかろうと、危うく安請け合いしかけた言葉を反芻すると、返す言葉もないといった調子で絶句して。
タブラ・スマラグデイナの贋作を作る……? よりによって、魔導学院の一学徒である自分が? その発言の衝撃たるや、一瞬もう既に自分が現役の学生で無いことをビビに忘れさせる程。尊敬しうる上司たっての頼みだろうと、これまでヴィヴィアンが培ってきた価値観の中では絶対に、絶対に有り得ない行為で。「だって、」それは先人が積み重ねてきた知識に対する酷い冒涜であり、「でき、……」できるか、できないかという問題ではない大罪だ。「それに」純粋な翡翠と見紛うような材料なんて、と。次々浮かぶ反論を切実な表情に、言葉に、"全て分かっていて頼む"と否定されてしまえば、相手の懸念する"最悪の事態"を想像できるからこそ、心底困り果て俯いて。
このまま秘宝が見つからなければ、ガリニアのなんの罪もない民に対する簒奪は収まらず。最悪の結果、隣国との国際問題、そして戦争となってしまえばより多くの人々の命が脅かされるだろう。それでも、歴史上の暗君は、進んで祖国を亡きものとしたろうか。否、寧ろ目先の被害を最小限に食い止めるべく、書の一冊を燃やす蛮行に及んだ歴史の登場人物を、自分はこうはなるまいと、青春の砌に学友達と確認しあった記憶はまだ若く。やはり魔導学院に育まれた人間として、いくら相手からの頼みだって叶えられない。そう震える唇を噛み締めて、ぐっと顎の下の筋肉を逸らせばしかし、その表情が鋭く勇ましかったのは、俯いていた顔を上げる直前までだった。
次の瞬間、揺れる馬車の中に響いたのは、ひゃあともきゃあともつかない悲鳴。眼前に迫る美貌に座席を揺らして仰け反れば。人間、圧倒的な美を目の前にすると、思考どころか上手く呼吸さえ出来なくなるもので。──格好良い、好き、褒められた、嬉しい、好き、助けになりたい、etc. ──かあっと頭がのぼせ上がり、冷静な思考は為す術もなく干上がっていく。神の造りたもうた生物の美しさを前にして、人間の叡智など取るに足らないものに見え、土属性の魔法一つ使いこなせない矮小な己が、歴史の大義を振りかざすなんて烏滸がましいにも程があるのでは無かろうか……? と、その思考を狂わす絶景から少しでも距離をとろうと、細い両腕を前に回して胸の前で拳を震わせるも。「でも、でも……」と、最早意味の無い抵抗を試みること数秒間。更に惨いとどめを刺されたか、それとも真摯な視線に射殺されたか。どちらにせよ、哀れ恋する乙女はぐったりと白旗をあげたのだった。 )

──……何日、……どれくらいの時間があれば、本物を取り返すことが出来ますか?

 ( そうして、せめてもの落とし所として受け入れたのは、時間制限ありの偽装魔法。一定時間経過すると魔法が解けて元のガラス板に戻るそれならば──と。今のガリニアの民が危険に晒されている状況も問題だが、あちらはトランフォードを含む大陸中の学問の中枢を担う総本山。そちらの秘宝である遺物をまた、トランフォード人であるビビが偽造することの、ナショナリズム及び精神構造的な問題も説明して。 )



877: ギデオン・ノース [×]
2025-03-23 23:08:02




お前だけが頼りなんだ、

(酷く驚いた様子の相手に、しかし真剣そのもののこちらは顔色ひとつ変えることなく。ひた向きな熱い視線で相手を焦がしていたかと思うと、振り上げられた細い手首を武骨さ極まる掌で捕らえ。ごく優しく握り込み、やんわり下ろさせてしまえたのは、こちらが上手く導いたのか、はたまた相手の娘の力が抜け落ちてしまったせいか。とにかく再び目と目を合わせて、もはや駄目押しの囁きを。──そうして相手が降参すれば、わかりやすく目元を緩め、穏やかに感謝を述べて。
とはいえ相手の言うとおり、例の碑文の贋作は、そもそも製作すること自体が倫理的に大問題。限られた時間の中でのみ使えるようにすべきだろう。真面目な顔で頷けば、「そうだな……」と顎に手を当て、思案を巡らせることしばし。ふと下げていた視線を上げて、もう一度相手を見ると、よし、というように顔色を凛々しく変えて。)

──三日だ。三日後の日没まで。
それだけあれば事足りる。

(──さてはて。デレクとカトリーヌのパーティーが幾日探しても見つからぬ、魅惑の幻・エメラルド碑文。それをこの手に取り返すまで、わずか三日で足りるなど、ギデオンの出した答えはまるで無謀もいいところだ。しかしこのベテラン剣士は、後輩ヒーラーの仕事の腕を心から信じ切っていた。ヴィヴィアンなら絶対に、今回のクエストを大いに前進させるほどのモノづくりをしてくれると。
それに相手の協力を得るなら、やはりその三日程度が精神的に上限だろう。元より無理を頼んでいるのはこちらのほうであるのだし、ならば相手に任せる分だけ、こちらがどうにかするべきなのだ。そうしっかり腹をくくって、「詳しい作戦は、今夜の宿に落ちついてからにしよう」と、一度話を切り上げる。馬車が途中駅に停まって、乗客が増えてきたからだった。
それからの道中は、深い森を幾度か過ぎて、当然道も険しくなった。その際、掴むものもなく揺れるヴィヴィアンの肩をそれとなく抱きかかえ、「しばらくは我慢してくれ」と言ってそのまま支えつづけていたのは、どうやら相手の協力を引き出せたことで、想像以上に機嫌が上向き、相手を手助けする思いがいつもより増していたせいらしい。……静かな車中、ごく寛いだ様子で車窓なんぞを眺めているのは、はたして朴念仁という語で収めていい範疇だろうか。
──それからさらに数時間後、その日の宿の女将に魔法鍋や薪の類いを借り受け。宿の裏手にある一角にようやく姿を現した時も、いつもよりやや気さくな様子で。)

……どうだ、材料は足りそうか。
鉱石が足りなければ、もう辺りも暗いから、俺が調達してくるが。





878: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-03-27 09:18:06




……三日、わかりました。

 ( ──まったく、この澄んだ美しい薄青い目には、哀れな娘の様子が、少しでも映って無いのだろうか。可哀想に耳の先まで赤くして、これでもかと分かりやすく白旗を掲げて見せているというのに、追い打ちとばかりに残酷な笑みを見せたかと思うと、その手を離さないギデオンに、「約束ですからね!」と続けた表情が苦々しかったのは、何も問題の偽造行為への罪悪感だけではなく。極めつけには、険しい森を進む道中、さも当然の様子で回された腕に──ワタシ、学ンダ、この人を調子付かせたらダメ、と。往年の遊び方は風の噂で存じているが、決してビビの好意を利用しようと自覚している訳では無いのだろう。しかし、まるで親戚の娘にそうするような気安さは、仮にも熱心なアプローチを繰り返している娘に対して、あまりに無配慮というものでは無かろうか。これで──……本気になった、っていったら困った顔をする癖に! と、言外に未だ本気じゃないと自覚していること自体に、自分でも気がついているのかいないのか。出来るだけ相手の温もりを意識しないよう、華奢な身体を縮こまらせれば、件の集落にたどり着くまでの道中は、やけに静かに過ぎていったのだった。 )

──……っ、ありがとうございます。
でも大丈夫、お陰様で十分ですわ。

 ( さて、道中あんな惨い目に合わされたのだ、不意の返答に少し棘が立つくらいは、どうか許されたいところ。碌でもない経緯で折れたとはいえ、約束は約束、仕事は仕事だ。それまでテキパキと調合の準備を進めていた身体を、ギデオンが姿を見せるなり強ばらせ、毛を逆立てた猫のようににばっと距離をとったかと思うと。「あ、でも、この件が解決したら、なにかご褒美があってもいいですよ? 例えばデートとか、」と、露骨に好意を滲ませるのは、さしずめフシャーッと怒気を滲ませた威嚇といったところだろうか。 ──私は、いつもあなたに迫って困らせている小娘ですよ、と。本人すら無意識な言外の主張を正確に読み取るか、それとも言葉通りに受け取っていつも通りに困惑するか。( 若しくは、更に一枚上手な相手に、上手く宥められでもしたかもしれない )どちらにせよ。やっと普段の距離感を取り戻せば、腰の袋から熟れた手帳を取り出して。これから作ろうとしている物の説明と、今後の作戦相談を。 )

タブレットに記すのは、この一章……マテリア・プリマの節にします。
これ自体は別の……初めて発見されたタブレットの文言ですから、分野の者なら学生だって分かりますけど、エジンパス族は中身には興味が無い……ですよね?
……それで、これを使って、一体どうやって本物を取り返す作戦なんですか?





879: ギデオン・ノース [×]
2025-03-29 19:11:52




(相手の何やら構えた態度に、最初のうちは呑気なことに不思議そうにしていたが。相変わらずちゃっかりとその気を混ぜ込まれようものなら、一度目を瞬いてから「は、」と呆れたため息を。──それでも仕方なさそうに、「……労いって名目でなら、美味い飯には連れてってやる」と、相手への謝意と期待の両方を込めて言い足し。的確な対応と訝しげな問いに鷹揚に頷けば、近くの切株に腰を掛け、大鍋の薪を取り出して。)

お前の言うとおり、連中は碑文の中身には興味がない。
ただ、他人が価値を置くものを手に入れて悦に入りたいだけだ……だからそいつを利用する。

(──碑文の遺失騒ぎを起こした、盗人亜人・エジパンス族。曰くかれらには、“他人の財産に欲情し、盗んだ獲物に魔素のマーキングを施す”という独特の習性がある。その連中の目の前に、同じエジパンス族の内ではまだ誰も手にしたことのない、完全にまっさらなエメラルド碑文を突き付ければどうなるか。──他の氏族が散々奪い合ってきた人間族の秘宝、その姉妹石でありながら、未だ手つかずの……いわば“処女”にも等しい一枚。所有欲の激しいエジパンス族の連中は、必ず惹きつけられるはずだ。
一部の喩えを取り換えてその考えを説明してから、「ならばそいつをくれてやろう」と、いよいよ作戦の本題に入る。明日の昼、馬車が襲われた辺りの森をヴィヴィアンと歩き回れば、財産狂いのエジパンス族は、必ずこちらを様子見しに来る。その時に贋作をちらつかせてみて、マーキングもないそれに強い反応を示すなら、それは必ず“本物”を所有しているエジパンス族だるう。そうして標的に定めさせたら、後はその晩の野営で、わざと隙を晒しながら寝入ったふりでもすればいい。こちらが手間をかけずとも、エジパンス族の方から近づき、贋作を巣へと持ち帰る。──その贋作に相手の使える追跡魔法をかけておけば、本物の眠る隠し場所も突き止められるというわけで。
馬車でも見せた周辺地図、それを懐から取り出して史料として渡しながら、右手は大鍋を持ち上げて、相手の構えた簡易竈の組み木の上に持っていこうと立ち上がる。だがしかし、二、三歩歩いたその先で、不意によろめいたかと思えば、ガランと大鍋を落とした右手、それを力なくぶら下げながら、咄嗟に肩を抑え込んで。)

あの辺りの森は、夜光草が豊富なわりに強い魔獣がいないからな。本物の回収は問題なくできるだろう。
だから実行は明日から明後日、伸びたとしても明々後日まで、には……っ、





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