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Petunia 〆/959


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自分のトピックを作る
940: ギデオン・ノース [×]
2025-10-13 20:48:06




──……ああ、おまえか。

(一歩一歩こちらに近づく、くっきりとした軽い靴音。その耳に馴染んだリズムに揺れていた意識を戻し、視線をそちらへと向ける。そこに立っていたのはやはり、公私共に相棒である後輩ヒーラー、ヴィヴィアンだった。──何故だろう、たかが数日やそこらのはずが、もう長いこと会っていなかったような気がする。
だというのに、呟きながらふわりと和んだ己の瞳は、すぐに相手のそれから外れた。ベンチから重い腰を上げ、「大丈夫だ」と笑いながら相手のすぐ傍まで行って、持ってきてくれた包みを手元に受け取るその際中も、表情こそいつも通りでも、終始目を合わせない。その自覚もない──無意識だ。それでいて、穏やかにかける声だけは、上辺ばかりがいつも通りで。)

悪いな……おまえも長時間のシフトだったろうに。そっちは大事ないか?
──ああ、フリーダたちから聞いてる。今年も例のひったくり犯を捕まえたってな、よくやった。

(そこでようやく相手に目を向け、労うような微笑みを。だがしかし、相手の顔に少しでも違和の色が浮かべば、その気配が立ち昇る前にまたすぐ逸らしてしまうだろう。──これが一年前であれば、たった今の声掛けだって、別に大しておかしくはない。ギルドの先輩冒険者として、かつては相手にこんな風に口を利いていたはずだ。
しかし今……この一年、本当に様々なことを共に経験してきた今、どこか肌寒い空白をわざと置いていることは、ここまで来れば流石に多少、きまり悪く自覚して。それを有耶無耶にするように、「……すまない、少し疲れてるんだ」──この言い訳なら相手が強く踏み込めないのを知っていて使うのだから、奥底で疼く自己嫌悪で額の眉間に皴が寄る。それをぐ、ともみほぐしてから、一瞬躊躇うような沈黙。視線は足元の宙で揺れ、しかしすぐにごくかすかにかぶりを振って、思考を切り替えた様子を見せる。実際、疲労はたまっているのかもしれない──思考力が落ちていた。日中浴びた真夏の熱が、頭の奥に鈍い痛みを残し続けるせいだろう。それでも本当に大事なことは腐っても間違うまいと、相手の持ってきてくれた包みをロビーの椅子に置いてから、促すように歩きはじめて。)

──……昨日の晩も、祭で悪酔いしたやつらが未遂事件を起こしたばかりだ。
この時間の夜道は危ない……送ってく。





941: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-10-19 23:55:09




いえ、ギデオンさんの方がもっと大変ですもの──……そう、ですよね。本当に、お疲れ様です。

 ( 久々に会えた喜びで、内心すっかり浮き足立ってしまったが──そうだった、と。数日前から改善するどころか、ますます悪化しているよそよそしい態度、合わない視線、そんなギデオンの対応に、ほころんでいた表情をみるみるうちに俯かせると。踏み込んでくれるなとばかりに付け加えられた発言に、思わず言葉を詰まらせて。それは決して相手の言葉を疑った故ではなく、寧ろ気丈なギデオンがここまで疲れ果てているにも関わらず、無力な己を呪ってのことだったが。果たして葛藤する年上男の目には、どう写ったことだろう。 )

──……待って!!
ありがとうございます、でも大通りを通って帰りますから、一人で大丈夫です。

 ( そうして、歩き出した広い背中に、慌てて太い腕に抱きつくようにして引き止めれば。これ以上、疲労の恋人を煩わせてはいけないと、つい真剣になってしまった表情を誤魔化すように、ぱっと笑いながら万歳の要領で手を離し。しかし、貴重な相手の休憩時間を邪魔したくない気持ちと同時に、久しぶりに会えた相手との時間が惜しい気持ちもまた事実で。相手を促すようにギルド側へと下がりながらも、良いことを思いついたとばかりに、静かに掌を合わせれば。殆どは相手を休ませてあげたい純粋な善意と、あとは無意識に自分の有益性を誇示したい、褒められたい気持ちがちょっぴり。先程まだ誰も使用していないことは確認したし、これくらいの公私混同なら許されるだろうと。他でもないギデオン本人から拒否される可能性など微塵も考えていない様子で、ほこほこと楽しげに微笑んで。 )

……そうだ!
そしたら代わりに仮眠室まで、私におくらせてくださらない?
さっきシーツ干したばかりなの、短時間でも横になると違いますよ。





942: ギデオン・ノース [×]
2025-10-25 07:00:02




(これがいつものギデオンならば、ヴィヴィアンの声に満ちあふれている温かな気遣いや、その明るい笑顔が隠すほんのかすかな不安のひずみに、きちんと気がつけたのだろう。しかし人間──特に、己の全盛期に優れた体力を誇った者ほど──心の弱りに忍び寄る、古い魔物を知らないものだ。
故にこの時のギデオンは、全てに奇妙に……ある意味素直に、様々に反応した。相手に縋りつかれた瞬間、真顔のままに目だけを瞠り、そこにかすかな光を浮かべ。しかし彼女の細腕があっさり離れていった瞬間、その輝きは脆くかき消え、代わりに古戸が軋むようにぎこちなく振り返る。──狼狽、恐れ、猜疑、強情。そんな暗色の表情ばかりが入れ代わり立ち代わり、鈍く浮かんだその面差しは、やがてふいと横に逸らされ。数秒の沈黙によってくっきりと浮かび上がってしまった、深夜のロビーの静けさの中。やにわにぶつけたその声は、それまでの胸中を碌に語らなかった癖して、今度ははっきりと硬質な響きを持つように加工していた。)

──いい。必要ない……そこまで酷く参っちゃいない。
第一、ヒーラーのお前が取れる休みを取らなかったら、明日の他の奴らの支援に影響が出かねないだろう。

(言葉の喉越しに苦味を感じないわけではなかった──しかし一度鎧いだすと、そこから先はもう止まれない。短く鋭いため息を吐き、椅子に置いた包みを拾って、相手に構う素振りも見せずにロビーの一角を横切っていく。先ほど飲み乾したビール瓶、それを片隅の回収箱へ突っ込むだけの野暮用をしたかった。そうしてすっかり距離を取り、広い背中を向けたまま、ふとエントランスの外に固い視線を走らせたのは、巡回から帰ってきた女子冒険者らに気がついたから。人数にして三、四人……どれも新人ばかりだから、これから上階で私服に着替えて、年長者が予め呼んでいたギルド直雇の乗合馬車で各々の家に帰るのだろう。相手もあれに乗っていくなら、或いは己が送らなくとも、“それぞれ休めるかもしれない”。
そんな考えを言外に滲ませるように、間もなくこちらに来るだろう彼女らの方向を軽く手ぶりで示しつつ。依然用いる声色に、ますます“ベテラン冒険者”らしい、理性を繕った響きを乗せて。)

……もしも、私生活のせいで……そこまでしないと落ちつかないって言うんなら。
この祭りの期間中は、普段のことは忘れてくれ。──お互い、仕事に専念すべきだ。





943: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-10-28 00:44:11




──……、…………。

 ( ガラン、と。ガラス製の瓶が木箱を叩く無機質な音、大好きな相手の突き放すような冷たい声音。気持ちが通じ合った春のあの日から初めて、二人の間に空いたその距離に──一切、そのまっすぐなエメラルドが揺らぐことはなかった。それどころか、一歩そのまま歩み寄り、「……“忘れてくれ”?」と投げ放たれた暴言を今一度呟くように反芻すれば。もしかすると、投げかけられたヴィヴィアンより余程動揺している男の表情を見て、小さく微笑みかけすらするだろう。 )

……"すべき"、だなんて。
少なくとも、私が"すべき"かどうかは自分で決めたい、かな。

 ( どれだけギデオンのことだけを見つめてきたと思っているのか。その頑なな表情が、言動が、文字通りの拒絶や嫌悪ではなく、彼が一人追い詰められている時のものだと云うことを、もし見抜けないと思われているなら心外だ。とはいえ、まさか本人がその正体を理解出来ていないとは流石に見抜けず、素直に信頼されていない、相談すらして貰えないほど頼りにされていないのだと誤解すれば。その口調や表情こそ穏やかに装えど、その大きな瞳を覗けば、恋人として、そして相棒として、その内心怒りに満ちていることは明らかで。しかし、今目の前で困窮しているギデオンを更に困らせるような真似がしたい訳では無い。故に、久しぶりに触れる頬へと手を伸ばし、体力回復の祝福だけを無言でかけると。到着した馬車の方へと向き直りながら、冷静に双方の冷却期間を提案したつもりで、ギデオンの表情を確認しそびれた程度には、頭に血が上っていたらしい。 )

しばらく家には帰りません。
どうせお力にはなれませんもの……私より"大切なお仕事"が終わったら、迎えに来てくださる?

 ( とはいえ、それから幾日たっただろう。駄々を捏ねて転がりこんだ先は、ギルドからほど近いリズの部屋。つまり、バルガスからいち早く居場所の特定はできるに違いない上、祭日の警備シフトにも毎日予定通り出勤している以上、必要以上の心配はかけていないだろうと云うのがビビの算段だったが果たして。ひとつ誤算があるとすれば、一見クールなようでいて、情に厚い友人の口の硬さを見誤っていた事で。 )





944: ギデオン・ノース [×]
2025-11-01 12:54:46




(すっかり静まり返った中で篝火だけが時折爆ぜる、真夜中のギルドロビー。そこに立ち尽くす愚かな男は、娘が毅然と消えていった闇の向こうを眺めたまま、未だ青い目を惑わせていた。……結果的には、ほとんど望んだとおりのはずだ。これからしばらく構わなくていい、冷静に距離を置かせてくれ。自分は確かにそう主張して、彼女もそれを聞き入れた。ただし予想外だったのは、彼女のあの揺るぎなさ、静かに放っていた怒り──そしてサリーチェを去ったこと。何をいったいどうしたら、彼女まで“家に帰らない”などと言い出す羽目に繋がるのか。……それがわかる男であれば、こんな事態にはならないわけで。
足元に視線を落とし、やがて彼女が残していった着替えの包みを回収すると、エントランスに背を向けて上への階段を昇り。熱いシャワーで汗を流して、ひとまず替えの衣服に着替え、また別の階へと移ると。ベテラン用の仮眠室でも未だ替えられるとこのない、五十年モノのぼろの寝台……しかし誰の気遣いだろうか、いつにも増して清潔なリネンが敷かれたその上に、連日残業続きの躰をようやくのことで横たえて。だがしかし、隣にある若手用の大部屋から元気ないびきが聞こえなくとも、こうして目が冴えたことだろう。
何度も瞼を閉じては開けて、闇の天井に蘇るのは、強い光を跳ね返すあの大きなエメラルド。『少なくとも、私が"すべき"かどうかは自分で決めたい』──何を今更、言うまでもないだろう。彼女は元から自分とこちらを切り離しているではないか。だからこちらも、相応に構える必要が出たというのに──歪んだ顔を片手で覆い、重苦しいため息を吐く。苛立ちが胸に渦巻く、だがどこか決まりの悪いむかつきまで込み上げてくるのは何故。
寝返りを打ちながら、うつらうつらと眠りに落ちる。夢を見たような気もするが、ごちゃごちゃと乱雑なばかりで、起きた後には覚えちゃいない。だがしかし、夜明け前には覚醒してまたすぐ動きだしたとき、ふと明確な違和感を覚えた。ごく短時間、何なら気分の悪さに苛まれながら横になっただけなのに、驚くほど体が軽い。まるで昨夜からたっぷりと熟睡したかのような──良質な支援魔法を、絶えず受けているかのような。
気づけば頬に伸びていた手を、しかしすぐに、どこへともなく目を逸らしながらぎこちなく引き下げる。──得られると思ってはいけない。くだらない夢は忘れて、ただ現実に、仕事に打ち込め。これまでだってそうやって、上手く乗り越えてきたはずだ──それで正常になるはずだ。)



(……何やら、他方のジャスパーが不機嫌だったという噂を聞くが。ギデオンと同じ班だった若手冒険者や見習いたちは、地道な役に徹しながら着実に仕事をこなすギデオンの背中から、この夏実に多くのことを学んでくれていたらしい。ギデオン自身にしてみても、後輩たちが裏方を厭わず奮起してくれるのは、見ていて気分の良いもので、いつにも増して育成に精が出る日々を送った。だがそれは、結局のところただの現実逃避に過ぎず。己以上に各所で大活躍を誇ったヒーラー娘の評判に無関心を気取ったツケは、すぐ回ってくることとなる。
祭も終盤となった夜。班の出番はほぼ終わり、明日はシフト調整により時短勤務となる段で、ギデオンはようやく一度ラメット通りに帰還した。ベテラン用の仮眠室が諸事情で満員となり、近場に自宅のある者が帰らぬ道理がなくなったのだ。本当はどこか、近場の宿にでも泊まりに行こうと考えたのだが、何せ今年の建国祭は来場者数が桁外れ、王都東部の宿泊施設はどこも当然満杯で。それならば仕方ない、ほんの数時間戻るだけ、最低限寝に帰るだけだ。そう自らに言い聞かせながら玄関扉を開けた時、しかしギデオンを圧倒したのは。
──明かりひとつ灯らぬ我が家の、しんとした……静けさだった。)

(……何も、動じることはない。明日の準備をするだけだ。
壁の燭台に灯をつけて、玄関脇に荷物を下ろす。そこから取り出したこの数日分の衣類を魔洗槽に突っ込んで、買ってきた安上がりの夜食を広いダイニングテーブルに置く。辺りを見回す、ソファーにも勝手口にも人の気配はまるでない──空き巣を警戒しただけだ。ざっとシャワーを浴びてから、魔導コンロを軽く熾して夜食のひとつを火にかけた。だがすぐに止め、温いそれを胃の中に詰め込んで、匙が進まず残った分を明日に回すことにする。ぴかぴかの食器棚からガラスの器を取りだし、次いで食料棚へと移る。扉を空けるとほとんど空だ、保存のきく食材以外は一度処分してあるらしい。顔を逸らして扉を閉ざし、浴室へ行って歯を磨き、その間鏡を見ないまま、洗い終わった衣類を干して、一度玄関の方へと戻る。鞄から引き抜いたのは明日に向けての仕事の書類で、ソファーにどっかり腰を下ろすと、四、五枚ほどに過ぎないそれに時間をかけて目を通す。二周、三周──疲れているのか、頭にあまり入ってこない。何とはなしに玄関を見て、すぐに書類へ目を戻す。これを書いて寄越したのは、いかつい見てくれに不似合いな達筆の主フィリベールだが、どうも調子が悪いのか、今日の奴の筆記体は目が滑ってかなわない。書類を諦めて脇に置き、沈み込むように頭を覆う。首に手をやり、ため息を吐く。そこで初めて気がついた、どうにも気分が落ち着かないのは、耳鳴りがうるさいせいだ。サンソヴィーノの大窓を見る──越してきたときは気づかなかったが、嵌め込み式の魔導回路の悪影響でもあるのだろうか。フェニングに問い詰めなければ。
とはいえ、今夜は何もできない。横を向き、また息を吐き、意を決して腰を上げる。階段を昇っていくが、寝室で休むつもりはなかった。明日は数日ぶりに朝から素振りをする気でいるから、どうせ三、四時間の睡眠をベッドで寝るのも馬鹿馬鹿しい。ブランケットだけ回収したらソファーでしばらく横になろう、そう考えて部屋に踏み込み、辺りにあまり視線を向けず目当てのものだけ回収する。そうして足早に階段を降り、壁の灯りを吹き消して、寝入ろうとした……その、はずが。
ソファーに横になる前に、ばさり、と布をを広げた瞬間。ふわりと鼻に届いた香りに、がつん、と頭を殴られた。思わず後ろに軽くよろけて、思考を振り払おうと必死にかぶりを振るものの。感覚にじかに働くそれが──この家に一緒に住んで早二ヵ月、すっかり手に入れていたはずのヴィヴィアンの髪の香りが──しかしこの数日で、古く薄れつつあるそれが──思考を、たちまち呑み込んでいく。

──彼女はどこだ、今どこにいる。今はだれと、どうしている。
──……別に失踪したわけじゃない、ちゃんとギルドに来てるじゃないか。大げさに案じなくていい、以前と変わりないだろう。
──違う、今の、彼女は、どういう。いったい何のつもりで……今は、何を考えて。
──……わかりきっているだろう。彼女自らこの家を出た。お前がまともになれるまで、お前とといるのを望んじゃいない。
──……約束を守れないのか? 仕事を終わってからにしろ、お前の“責任”なんか要らない、そう言われていたはずだ。

ここ数日の内なる声が寸断なく口を挟むが、以前よりも必死なそれは、リビングを歩き回る落ち着きのない足音に、暴れ回る胸の鼓動に、たちまちのうちに掻き消されていく。──彼女が行方をくらませた先が、おそらくいちばんの親友だろうエリザベスの家でないことは、昨日受付で本人にかぶりを振られて知っている。スヴェトラーナも違うというし、アリアは今不在の身。マリアは幼い息子がいるから、良識のあるヴィヴィアンが闇雲に頼るはずもない。ならばどこだ、どこにいる──ひとりで宿でも取っているのか? 浮かれる王都に漬け込むような物騒な事件があったと、この前話したばかりだろうのに。こんなに簡単に出ていけるのか──二度と戻ってこないつもりか──こんな、こんな……呆気なく、消えてなくなるものなのか。
実際に凍り付いていたのは、恐らく数秒のことだろう。しかし目まぐるしい思考、噴き出すような感情に、この数日の平静を無理に守っていた意固地の箍が、とうとう派手に撥ね飛んだ。──玄関脇のキーフックから家の鍵だけ引っ掴み、トレーニングにも使っているいつもの夜着の格好のまま、夏の夜道に飛び出していく。見当がつくわけでもなければ、彼女と何を話そうと考えていたわけでもない。ただの短絡的な衝動、どこをどう見ても繕うべくもない愚行──そうとわかっていながらも、それでもラメット通りを駆け抜け。道行く乗合馬車の御者に気をつけろと怒鳴られながら、いつの間にやら駆け込んだのは、ギルドからそう遠くない住宅街の路地裏で。)





945: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-11-16 00:43:58





 ( 冷静を欠いた勢いのまま、サリーチェの家を飛び出て早数日。あの晩はあれが正当な怒りだと、建前ではなく、本当にもっと頼って貰えた方が嬉しいのだと示したつもりでの行動だったが。──果たして、あれは本当に正しい振る舞いだったか、頼って貰えないのはビビの実力不足で、愛しい人をさらに追い詰めただけではなかったか。度々、『忘れてくれ』と。あの冷たく鋭い声を思い出しては、嫌な動悸に酷く心臓を痛めつけられ。──もし、ギデオンさんが迎えに来てくださらなかったら。素晴らしい彼には、もっと相応しい人がいると気づかれてしまったらと。自ら帰らないと宣言しておいて、自分でも一体何をどうしたいのやら。そうして、心の内は嵐のようにぐちゃぐちゃに荒んでいようとも、忙しい仕事に友人にと、目の前のことに集中していれば、時間は無情に過ぎ行くもので。)



 ( その晩も、ここ数日の恒例通り。居候させてもらっている家主と、お互いのシフトが終わるのを待ち合わせれば、祭りの出店で本日の夕飯を見繕う。そうして、長くない家路をぺちゃくちゃと、実の無い話に花を咲かせていたものだから、同時刻、大通りで起こっていた喧騒とは縁遠く。「……っ、ビビさ、」「大丈夫、気づかない振りして」と。深夜の路地裏に二人、やっと自分たち以外の不審な気配を認めたのは、目的の借家も目の前の、人通り少ない路地に入ってからで。──別に何も無ければ、ただの酔っぱらいであればそれでいい。しかし、この遅い時間に目的地へと急ぐでもなく、ふらふらとどこか頼りない足音に、普段はリズが一人で暮らす住所を知られてしまうのが一番まずいと。彼女だけを先に彼女のアパルトマンへ急がせれば、腰の獲物へと静かに利き手を滑らせる。そうして、ギデオンと高級住宅街で暮らし始めてからは無くなっていた、女にとって避けがたい久かたぶりの緊張に息を飲めば──最初は見間違いを、その次は、会いたい気持ち強さにとうとう幻覚でも見だしたかと、自身の正気を疑った。 )

──……ッ、ギデオンさん!?

 ( 約束通り自分のことを迎えに来てくれたのだ、とは思わなかった。着の身着のまま飛び出してきたと言わんばかりの格好に、普段の規律正しさなど見る影もないやつれた足取り。兎にも角にも、彼の全身から溢れ出す緊迫感に、市井で何か事件や事故でも起きたのやもと思えば、ここ数日の蟠りなど二の次で。一切の私情や甘えの滲まない、真剣な顔で駆け寄って。 )

何か……何があったんですか!?
被害状況は! ギデオンさんもお怪我は……





946: ギデオン・ノース [×]
2025-11-18 01:55:22




(──もしもあの時、横から迫り来る馬車を飛び退って避けた直後に、乱れた息を整える数拍を置いていなければ。もしもあの時、飲み屋の煩い騒ぎを嫌い、客引きの立つ通りを疎んで、こちらの地区に駆け込まなければ。もしもあの時、ヴィヴィアンとエリザベスが別の出店にしようと決め手、屋台料理が出来上がる数分を待つことなく帰っていれば……。思えばきっと、この広大なキングストン、その数地区に限ったところで、全く別々に過ごしていた自分たちたったふたりがばったり行き会う確率なんぞ、皆無に等しかったろう。それでも運命のいたずらか、はたまた女神の微笑みか。我を忘れて駆け回った末ふらついていたギデオンが、それでもはっと振り向いたのは──耳に馴染んだ呼び声が、闇を駆け抜けて届いたからで。
荒れ果てていた呼吸すら止め、そこに佇む女性の姿を穴が開くほど凝視する。幻覚か、と疑ったのはギデオンもまた同じ──あまねく知覚を総動員するのに必死だ。しかしその間を待たずして街灯の下に現れたのは、見間違えようもない、探し求めていた娘の姿。──いた……いた、見つかった、ここにいた。その単純な事実をじわじわと実感するまでに数秒ほども要する間、彼女が必死に確かめてくる声は、分厚い幕の向こう側をぼんやりとすり抜けていくようで。
だがしかしようやく、ようやくのことで頭が状況に追いつくと。今度は突然、まるで怖気のそれにも似た激しい震えが体の底から走り上がった。信じがたい、と言う表情──愕然と揺れる双眸。相手が何かちらりとでも不可解な色を浮かべれば、がっ、とその両肩を強く掴んで。ほとんど鼻を突き合わせるほど間近に顔を寄せながら、一帯の夜気を震わせるほど苛烈な声で怒鳴りつけ。)

──何を──してる──こんな、ところで!!!!

(こんな深夜にこの声量で、近所迷惑がどうだとか。この二ヵ月、相手の信頼を勝ち取るために細心の注意を払い続けてきた努力を自らぶち壊しているだとか。そんなことは、もはやかなぐり捨ている自覚すらしていなかった。
「正気なのか!?」──「こんな夜中に、たったひとりで!」──「何が被害状況だ!」──「おまえみたいな若い女が恐ろしい目に遭わされる事件が、そこらじゅうで、どれだけ──どれだけ起こっていると思うんだ!!」。今の自分も人のことを言えぬようななりのくせして、がくがくがくと、これまで決してなかったほど乱暴に相手を揺さぶり、怒鳴る、怒鳴る、尚怒鳴る。そうして激しい息を吐き、相手の翡翠を激しく睨みつけながら。その青い双眸に、しかし怒りだけでなく、まるで傷が疼いたような、何かの痛みに怯んだような、鈍い翳りをずくんと走らせ。)





947: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-11-19 19:12:31




 ( いかなるときも冷静沈着な相棒が、こんなにもやつれて立ち尽くすなんて、一体どれ程の被害が出たのだろうか。それとも驚異の正体が未だ近くにいるのだろうか。それなら一人で行かせてしまったリズが危ない──いや、義理深く優秀な彼女のことだ。此方に何かがあればすぐ通報できるよう、安全な場所からきっと此方の様子を伺っているに違いない。ならばとっくに寝静まったここらの住人を避難させる方が優先か、などと。恋人の恐慌した内心を慮らず、明後日の方向へと思考を巡らせていたものだから。 )

……!? な、なにって……

 ( 耳が破れんばかりの鋭い怒声に、肩へ食い込む強い指先。突如浴びせかけられた激情に、思わず──なんだ、と。キングストンの市民たちに何の被害もないことへと、ほっと浮かんでしまった場違いな安堵は、優しく大好きな恋人より初めて向けられた剣幕から、心を守るための無自覚な逃避で。しかし、──どうして、貴方がそんな顔をするの、と。やっと激震が収まり焦点のあった表情から、今こうしてビビを叱りつけているのもまた、いつもの優しく繊細な恋人その人なのだと実感すれば。その憔悴しきった表情に、どうしようもなく胸が締め付けられるのは、愛しているのだから当然のことで。そもそも、なにか事件があった訳でもなければ相手こそ、どうしてこんな時間にそんな格好でここにいるのか。いや、彼の様子がおかしかったのはもうずっと前のことからだったか。愛しい人に健やかにいて欲しいだけなのに、一体全体どうしたものか。あくまでどこまでも静謐に、その憤懣遣る方ないといった怒りの中に、蹲るような怯えが潜むアイスブルーを見つめ返すと。最早怪我をした野生動物のような恋人自ら拒まれなければ、やつれてもなお美しいその薄い頬をそっと指先で撫でるだろう。 )

……ご心配おかけしてごめんなさい。
でも、……いいえ。ねえ、ギデオンさん。私はどうすれば良いのかしら?
こんなに大好きで仕方ないのに……最近は、全く伝わってないみたい。




948: ギデオン・ノース [×]
2025-11-26 05:04:20




────……!?

(切実な祈りを込めてのなりふり構わぬ威迫のほどは、無謀がちな恋人にどれほど届いたことだろう。それをしかと確かめるべく、相手の顔に目を凝らし──だからこそ、反応が遅れた。その暖かな指先が、己の頬を労わるように慰撫することを許すまで。……こちらを見つめる翡翠の瞳が、怯えでも、反発でもなく、深い深い慈愛の光を湛えていると気付くまで。
根が生えたような硬直は、実に数秒間ほども晒していたに違いない。いきりたっていたはずの呼吸すら完全に静止して、その不自然さに自覚のないまま見つめ返していた矢先。突然まじないが解けたように反射的に顔を逸らすと、掴んでいた両手を力の抜けるように下ろして、我に返ろうとするかの如く浅い息を繰り返す。何故そんな顔をしている──もしや伝わっていないのか、いやちがう、彼女はきちんと理解している、だがしかし今見据えているのは、全く別の……ならばどういう、なぜ俺を見てそれを、第一どういうわけなのだ、どうすれば良いのかなんて、俺の方こそ──ずっと、毎晩。大好きで仕方ない、最近まったく伝わってないだなんて、伝わるも何も、こちらから言うまでもなく、相手のほうこそ家を出て遠ざかっていたはずだ。愛想を尽かしていたはずだ、遂に現実に立ち戻らせてしまったはずだ。愛想を──そうだ、俺は──目を大きく瞠る──約束を、また、守らなかった。)

──……ちがう。
ちが、うんだ……

(思わず口から零れ出たのは、情けないほどの震え声。この瞬間、魔剣使いのギデオン・ノースは、その見る影もないほどに弱々しく成り果てた。──かろうじて触れていた手をとうとう離し、軽く半歩ほど後ずさりながら、魔素切れで揺れる街灯を背に、昏い翳りに逃げる顔。そのくせ尚も口走るのだ、「おまえがどこにいるのか、無事なのかを確かめたかった、それだけで……」「お前の言うことを──違う、約束を破るつもりは」と。どこを見るでもないはずなのに激しく揺れる目の動き、どんどん凍り付くように強張っていく己の躰。脳裏ではこの決定的な醜態を自覚出来ているはずで、故にけたたましい警鐘がガンガン鳴り響いていながらも、異常を来たす思考回路は恐ろしいほどの無音となって、意識をどんどん巻き込んでいく。──柔らかな愛情で包まれれば包まれるほど、それに己に見合わぬことが浮き彫りにされていくようで、恐ろしくなっていく。
蘇るあの日の記憶、あんなに愛してくれたはずが二度と会えなくなった母。渇望した罰として齢七つの骨身を鞭打つ、真冬の原野のあの寒さ。大事なひととの約束は、それがどんなものであっても、決して、二度と破るまいと胸に誓っていたはずだ──忘れていたわけじゃない。だがどうして、ずっとずっと後に出会った相手の愛情に溺れるうちにだらしなく緩んでいたのか。ならばどうか、今度は決して緩まぬように己を律してみせるから。だからほんの一縷だけでも、それすら烏滸がましかったとしても。
それまで、きっと長いこと相手の働きかけがわからず迷走していた双眸が、ようやく再び相手をみとめる。そしてその瞬間、相手の瞳を見つめた瞬間、一歩その場から踏み出したのは、ほとんど捨て身にも近い、ギデオンなりの決死の勇気。己よりずっと年下の恋人に、こちらを見上げるそのかんばせに、再び上から近づくと。ほんのかすか、去年の今よりもまだずっと浅い距離感で、おずおずと屈みこんでは、絞り出すような、小さな、小さな掠れ声で、相手の慈悲に嘆願し。)

……頼む。一度、だけで、いい……やり直しをさせてくれ。
今度は、ちゃんと……うまく……やるから……





949: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-12-02 05:55:23




──……!?

 ( 数日前のヴィヴィアンは、「迎えに来て」と、確かにそう伝えたつもりでいたのだが。肝心のギデオンへ伝わるまでに、一体何が拗れてしまったのか。相棒が苦難に面している時に、役に立たなかったビビが愛想を尽かされるのであればまだしも。その逆はといえば、あまりに晴天の霹靂でしかない大きな誤解に、心外で堪らないといった表情で、大きな瞳を瞬かせて。
それでも、必死な瞳に捉えられれば、不謹慎にも。根本的に強がりで、すぐに独りになりたがる相手が、一歩踏み出してくれたことが愛おしくて。まずは一刻も早く、この人の不安を取り払おうと、その薄い頬を撫でていた指を翻すと、改めて両掌で柔らかく包み直して。 )

……もちろん。
ギデオンさんは約束通り、迎えに来てくださったじゃないですか。
ありがとうございます、大好きよ。

 ( 本来であれば、すっかり熱の冷めた恋人関係を、再び同意の元で構築し直す。そういった意味では"やり直す"必要も──なんなら、"うまくやる"必要でさえ、一切必要ない。普段は冷静沈着にも関わらず、時々どうしようもなく不器用で、愛情を求める子供のようにいたいけなひと。それもまたギデオンの一面なのだから、彼は一生このままで良い。それについてや、今回の誤解の原因、そしてそもそもの不調についても、改めて話し合う必要もあるだろうが。それでも今は、大好きな相手の心からの笑顔を見たい一心で、そっと顔を近づけて。 )

……それにね、一度だけなんて、言わないでください。
一生隣にいるんですから、何度だって迎えに来て貰わなくちゃ。

950: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-12-02 06:04:56




(末尾の口調の修正です。内容は全く変わりません。)


──……!?

 ( 数日前のヴィヴィアンは、「迎えに来て」と、確かにそう伝えたつもりでいたのだが。肝心のギデオンへ伝わるまでに、一体何が拗れてしまったのか。相棒が苦難に面している時に、役に立たなかったビビが愛想を尽かされるのであればまだしも。その逆はといえば、あまりに晴天の霹靂でしかない大きな誤解に、心外で堪らないといった表情で、大きな瞳を瞬かせて。
それでも、必死な瞳に捉えられれば、不謹慎にも。根本的に強がりで、すぐに独りになりたがる相手が、一歩踏み出してくれたことが愛おしくて。まずは一刻も早く、この人の不安を取り払おうと、その薄い頬を撫でていた指を翻すと、改めて両掌で柔らかく包み直して。 )

……もちろん。
ギデオンさんは約束通り、迎えに来てくださったじゃないですか。
ありがとうございます、大好きよ。

 ( 本来であれば、すっかり熱の冷めた恋人関係を、再び同意の元で構築し直す。そういった意味では"やり直す"必要も──なんなら、"うまくやる"必要でさえ、一切必要ない。普段は冷静沈着にも関わらず、時々どうしようもなく不器用で、愛情を求める子供のようにいたいけなひと。それもまたギデオンの一面なのだから、彼は一生このままで良い。それについてや、今回の誤解の原因、そしてそもそもの不調についても、改めて話し合う必要もあるだろうが。それでも今は、大好きな相手の心からの笑顔を見たい一心で、そっと顔を近づけて。 )

……それにね、一度だけなんて、言わないでください。
一生隣にいるんですから、何度だって迎えに来ていただかなくちゃ。




951: ギデオン・ノース [×]
2025-12-03 04:20:05




────……

(“一生隣にいるんですから”。何てことのないように娘が告げたその一言は、思い返せばほんの数日、しかし本当に長いこと狂っていたギデオンの目に、理性の光を取り戻させる。無論、その恐れの波はすぐには退き切らないものの、それでも気づきの兆した顔で相手を見つめ返してみれば……はたして、そこにあるのは何だ。
花火の夜、雪深い晩、サリーチェの我が家の鍵を初めて渡したあの昼下がり。この一年の日々のなかで幾度となく目にしてきた、温かな慈愛に満ちたヴィヴィアンの表情は、どこも、何にも、何ひとつ、己の記憶に刻んだそれから変わってなどいなかった。……そうだ、彼女は変わらない。こうして何かに竦む自分を、彼女はいつも、ほんの一歩踏み出せば届くような近さから、優しく待ってくれている。己がこうして傍に行くこと、彼女を欲してやまないことを──彼女も、望んでくれている。
は、と熱い吐息が零れた。普段は重い魔剣を振るう幅広の双肩からは、情けないほど力が抜け落ち──その安堵の脱力のまま、そっと、こつんと額を寄せて。わずかに擦りつけてみれば、相手も同じようなしぐさで応えてくるのがたまらない。今度はこちらもおずおずと相手の頬を両手で掴み、そのすべらかな小さな顔を指の腹で撫でながら。今度こそ、きちんと素直に、己の本音を伝えてみせて。)


……わる、かった。遅くなった。
一緒に、帰ろう……帰って、きてくれ。






(──それからの帰り道。数日ぶりに並んで歩く懐かしさを味わいながら、まずは取り戻していくように、何てことのない会話を交わした。
ここしばらくのヴィヴィアンがその身を密かに寄せていたのは、やはりエリザベスの家で間違いがなかったらしい。アパルトマンの窓越しに見守っていたという彼女に、あの後きちんと詫びに行き。ヴィヴィアンが世話になったと頭を下げたその時ですら、人形のように美しいカレトヴルッフの受付嬢は、その淡々とした表情を一ミリたりとも動かさずにいた。──昨日あいつに訊いたんだ、ヴィヴィアンが来てないかって。その時もあの顔で、知らないなんてきっぱり言うから……だからてっきり別のところに、エリザベスを頼らないなんてよっぽどのことと思ったと。少しばかりの気恥ずかしさに笑いながら打ち明けて、相手のくすくす笑う声に、また心が軽くなる。相手のいつもどおりの反応、何も変わらぬその様子に、胸に巣食っていた影がどんどん薄れていくのを感じる。
──だから、そう、必然なのだ。サリーチェの我が家に帰り、リビングの明かりを灯し、夕食がまだだったという相手のそれを温め直して、まずは相手の腹ごしらえを優先させる……そのはずが。相手が屋台の紙パックを行儀よく膝に抱えて食べているのを良いことに、広々としたソファーの上でその体ごとすっかり抱き上げ、腹の辺りに腕を回して、後ろから密に抱きしめる。これは別におかしくはない、こちらも今まで通りの仕草を取り戻しているだけなのだ。食べにくい、と相手が笑えば、こちらも笑って理解を示すふりこそすれど、ますます両腕の輪を狭めて逃しはすまいとするだろう。そうして時折、相手がこちらに取り分けてくれていた分を、そもそも元が足りないだろうと固辞していたはずの癖して、その殊勝な口許に匙を運ばれればまあどうだ。これはクミンだ、カルダモンが、このナッツは鉄鍋での乾煎りの甲斐が云々。相変わらずの煩さを遺憾なく発揮するのは、だがしかし、こうしてどんどん夜が更けるにつれ、きちんと相手と話す時機が迫っているのを感じるから。──ある程度腹がくちくなり、弱めの酒も入れたところで、やっときちんと相手と向き合う。しかしそこには、最早いたずらな不安は混じらず。代わりに、己なりの誠意として相手に事情を共有するべく、ゆっくりと言葉を探す慎重な動きの視線で。)

…………。……ここ数日、いろいろと……すまなかった。おまえに、あんな風に振る舞っていい道理はなかった。
上手く言えないが……そうだな。
“責任”を果たす力がないと、思われるんじゃないかってのを……俺は、いちばん恐れて……いいや。恐れすぎてた、ように思う。





952: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-12-08 11:27:05




──ええ。
ただいま、ギデオンさん。

 ( 最初に違和感を覚えたのは、祭りの灯りが賑やかな通りを急ぐサリーチェへの家路、途中、大の大人が二人並んで歩くには少々辛い未舗装の狭路。そのたった数メートルを通り抜ければすぐまた道幅も開けるというのに、いつも完璧なエスコートをしてくれるギデオンには珍しく。此方をがっちりと握り込んで離さない拳のせいで随分歩き辛い思いを。
それから、これは慣れ親しんだ我が家に帰って来た後。流石に繋いでいた手は離したものの、こちらの食事を急かしてついて回る恋人に、「ご飯もですけど……まずは汗を流してきても?」と──それは決して変な意味ではなく。後の話し合いに向け、済ませられることは済ませておきたいと。要は言外に、一旦離れていただけますかと伝えた要望だったのだが。そんな此方を尻目にして、いつの間にか手中にしていた紙パックを、目の前でホカホカに温め直して差し出してきた恋人は、果たしてビビのお願いが純粋に聞こえていなかっただけなのか、それともさり気なく黙殺にかかったのか。
極めつけに、「ひゃあっ……!?」と、食事中のところを出し抜けに持ち上げられて。何とか零さずにすんだ包みをぎゅっと抱きしめながら、背後の犯人を振り返れば。どうして返り見られているのかなんて、全く見当もつきませんとでも言いたげな、白々しい確信犯を前に(後ろに)して。──ああもう、本当に仕方のない人……! と。ギデオンを神格化するにかけては右に出る者はいないヴィヴィアンも、流石に声を上げて笑うしか無かったのだった。)

……責任?

 ( そうして形無しになった恋人へ、「あーん」と楽しげに給餌したかと思えば、膨らんだ頬を愛でまくり。ギデオン手ずから膝の上へと引き上げられたのを良いことに、視線の下になったつむじをなぞって可愛がること暫く。やおらに正気を取り戻し、真面目な話し合いに移った様子の相手を認めれば、こちらもまや真剣な表情で相手の顔を覗き込むも、その言葉選びがあまりに慎重すぎる故に、真意を理解するには一歩及ばず。──"責任"という言葉に思い当たる節がない訳では無い。しかし、いずれの場合でも、自分はその"責任"をとる必要はない、という文脈で使ったのではなかったか。ギデオンの負担を減らしこそすれ、こうして悩ませるための言葉では一切なかった筈なのだが……。もしかして、男性としての沽券に関わるとかそう云う類のものだろうか。そう一瞬あれこれと考え込みかけて──いけない、と。こうして双方勝手に考え込んだ結果が今回の不安ではなかったかと思い直せば。その叫びの一切を取りこぼさないように、けれども心の柔らかい部分を決して踏み荒らさないよう、じっと静謐な瞳で相手を見つめて。 )

最近のことは……いいの。私も、急に出て行ったりしてごめんなさい。
でも……何が、恐いのか……、
ギデオンさんの仰る、"責任"って……なぁに?





953: ギデオン・ノース [×]
2025-12-09 02:23:38




(相手の美しく澄んだ瞳が、こちらをじっと、注意深く窺っている──自分をよく見てくれている。たったそれだけの小さなことで、“ようやく取り戻した実感がまだ足りぬ”と謂わんばかりにきつく狭めていた腕がごく自然に緩むのだから、つくづく己は単純だ。
その愚かしさを誤魔化すように、「そうだな……」と微かに笑むふりをしながら、青い目を伏せ、数秒ほど沈黙を。言葉を取り繕う真似を冒さなくなっているのは、必要なだけ待ってくれると、相手を信じているからで。「……、」「…………」と、幾度か口を開きかけては、これは違う、そうじゃない、と視線を左右にさ迷わせていた──その果てに。)

……おまえの望みに、応えること。
だから、そのために必要な……ありとあらゆる努力や義務を、毎日、欠かさず行うことだ。

(ぽつりぽつりと呟きながら──脳裏に、声が蘇る。『ギデオンさん……好き、大好きになっちゃったんです! 責任とってください!!』……『責任取って、ちゃんと……私とじゃなくてもいいから、幸せになってください』……『……責任は、取らせてあげない。だからちゃんと……ちゃんと、貴方の気持ちを聞かせてください』。
思い返せばその言葉は、自分たちの関係の幕開けからその節々の変化まで、様々に象りながらも、おそらくはいつだって、ひとつの意味を貫いていた。──私は貴方と一緒になりたい、どうかその望みに応えて。──私は貴方に幸せになってほしい、どうかその願いを叶えて。──私に求められるからそうするなんて許さない、どうか他でもないあなた自身で私のことを欲しがって。そう、ギデオンにとっての“責任”はいつだって、“ヴィヴィアンの望みを叶える”……この一点を意味してきた。
だがしかし、それは決して枷ではないし、重石などにはなり得ない。なぜなら他ならぬ己自身が、彼女の願いを叶えることを自分の望みとしているからで──そうすることによってようやく、彼女の傍にいていいのだと心の底から思えるから。)

……だから、少し……混乱、していたんだろうな。数日前のあのとき、“責任を取るな”と言われて、俺は……てっきり。
お前の傍にいようとする俺が、あれこれを足掻いている様が……見苦しくなってきたのかと。

(──温かなランプの灯を受けたはずのその顔は、他方へ逸れたその一瞬、暗い影へと隠れて見えない。しかし、微かに腕が動いて、再び相手をごく緩く抱き締め直せば、それは何よりも雄弁だろうか。わかっている──わかっている、お前が本来些細なことを気にしないことくらい。それでも俺は違うんだ。十六もの歳の差や、普段目に見えにくいとはいえ生まれついての階級差、そのほかいろいろを踏まえれば──相手の傍にいるために、自分は常に何かしらを果たしつづけていなければいけないだろうと、堅く信じる男の構えで。)





954: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-12-15 02:20:44




 ( 男女の仲で"責任"という言葉が、世間一般に指し示すものといえば。それこそ、いつかのギデオンが危惧していたような、まとまった額の金銭だったり。もしくは、この世界で女性が一人前として扱われるに足る"夫人"の称号、もとい結婚そのものだったり。特にその前者を、稼ぐ力がないと思われるのは、ギデオンのような優秀な男性にとって不本意極まりない侮辱にあたるのかもしれない、と。そう想像していた答えと全く違うそれが帰ってくれば。──ん? と、まん丸にした瞳をぱちくりと、思わずギデオンの表情を覗き込んで。
しかし、それを咎めるかのように微かに緩く抱き寄せられては。視線の合わない訴えに、そこで初めて。どきり、と胸が高鳴ったのは──嗚呼、わかる。わかって、しまうからだ。誰かにとって有益に、誰にとっても好ましく。そんな存在になれなければ、私は誰からも愛されない。大好きなこの場に身を置くことすら、許されない。その心細い感情を、身に染み着いた価値観を。)

まさか…………、ううん。私も、おなじこと考えてた……、って、言ったら。
ちょっとは……安心してくださる?

 ( ギデオンさんを見苦しく思うだなんて、まさか、そんなことは絶対に有り得ない、と。そう強く否定するのは簡単だが。優しい恋人が見せてくれた、繊細な心の柔らかい部分を、強引に否定しようとは思えず。いつもギデオンそうしてくれるように──こつん、と額を合わせれば、「ほら、あの時はグランポートの市長に誤解されていたでしょう……」と。観念したように零した苦笑いは、相手ではなく己に向けた自嘲で。
──あのね、それで……私、本当は……あの時すこし、嬉しくなってしまったの。
そう白状する頬が、自分でもかあっと赤くなっていることが見なくてもわかる。気持ちを通じあわせたこと自体、やっと数ヶ月前のことだと云うのに。人から"結婚"していると誤解されるくらい、それだけお似合いに見えたこと、たったそれだけのことに浮かれていただなんて。我ながらあまりにも子供っぽくて。 ──"厄介だ"と、やはりあの日。他でもないギデオンがそう言っていた言葉を思い出せば。呆れられたらどうしようと、この期に及んで怖気づき。続けた言葉も、ついつい言い訳じみてしまって。 )

ああでも、待って、……ちがうの!!
ちゃんと"わかってる"し、本当に! 私はギデオンさんと居られればそれでいいって、そう言いたかっただけで……貴方に淋しい想いをさせるつもりは、なかったんです。ごめんなさい……。





955: ギデオン・ノース [×]
2025-12-16 02:29:17




────……、

(同じ不安を知っている、だからあのとき嬉しかった。でもちゃんと“わかってる”──一線以上を高望みして困らせるつもりじゃない、だけど、でも、だからといって、一線未満でもないの。
相手が次々畳みかける思いがけない数々に、男のアイスブルーの瞳が唖然としたのは一瞬のこと。気づけばほとんど無意識に、剣だこのある両の掌が、膝上の恋人の柳腰や頭へ滑り。「ごめんなさ──……、」と謝りかけたいじらしい唇を、ごく柔らかに押し黙らせていた。その熱を引き離し、一度間近に見つめながらも。再びわかりやすく目を伏せ、もう一度顔を寄せ──二度、三度、まだ足りぬと言わんばかりに。酒精の華やかな香りを含めて花唇を優しく食むうちに、相手の謂れなき謝罪の声は、はたしてすっかり削げただろうか。
今度こそ顔を引き、こちらを見る恋人をまっすぐに捉え直せば。「……ヴィヴィアン、」と名を呼びながら、しみじみと呟いて。)

“わかって”ないさ。
……なあ、俺たち……お互い、なんにもわかってなかったんだ。

(──思えば当然ではあるのだろう。戦士とヒーラー、古参と若手、男と女、四十代と二十代。ざっと挙げてみるだけでも、自分たちはそう簡単に片づけられぬ大きな違いがいくつもある。ならば各々の捉える世界も、互いに何をどう感じるかも、まるきりちがうものであろうし。それをきちんと伝えなければ、相手が知る術がなく、理解されるはずもないのだ。
……だからただひとつ、それでもたったひとつだけ存在する共通点に、立ち返るべきだった。その確信みなぎる躰で相手を強く抱き直し、真夏にも拘わらずぬくぬく体温を貪って。ようやく帰ってきたとばかりに深い呼吸を繰り返しつつ、相手の耳に口許を寄せ。「一緒にいられればいい、っていうのは、俺も同じだ。それだけで……それが、俺は幸せだ」と、小さな声で告白してから。誓いを立てるかのように、ぎゅう、とより密に抱き締めて。)

──……すまなかった、本当に。これからは、もっとちゃんと……こうなる前に、話をするから。
だから、仲直りさせてくれ。……明日はまだ、先約で埋まってないだろう……?





956: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-12-18 12:30:21




んっ……、

 ( 目を凝らしてよく見ると、幾らか透明なものも混ざり始めた金髪が、魔灯の光を反射して、燃えるように美しく輝いている。その発光せんばかりのオレンジ色の毛先を瞳に映して──つまりは、ギデオンの目を見ることができずに、少し俯きながら。件の謝罪の言葉を口にしていたものだから。にわかにふっと抱き寄せられると、その大好きな唇の感触に目を白黒させるも。二度、三度とその感触を確かめるかの如く繰り返されているそのうちに──……あれ、私、何が怖かったんだっけ、と。それまで萎縮していた思考もぽうっと溶かされてしまい。「……ギデオンさん、」と、その呼びかけに応える頃には、そのエメラルドをすっかりとろんと蕩けさせ、柔らかな体躯をくったりと、意中の男に預けた娘がいるだけで。
そんなヴィヴィアンの告白に、新鮮な衝撃を受けていたギデオンの一方で。この娘はといえば、決してギデオンの"わかってない"を疑っている訳では無いのだろうが、あくまで相手の優しさから来る言葉として、さらりと消費してしまうのは、余程あの"厄介"が悪く作用しているのだろう。それでも、相手から強く抱きしめられて、ただ無邪気にあどけない笑い声を漏らしながら、ギデオンの告白に頬を染めれば。男の提案に此方から唇を合わせたのは、先程そうして謝罪を封じられたお返し──私が謝らなくていいのなら、ギデオンさんも謝らないでという無言の主張こそは忘れないが。合わせていた唇をそっと離して、「ええ、丸一日お休みです……でも、どこかへ行かれるの?」そうきょとんと首を傾げたかと思えば。もじもじと不安そうにギデオンの耳元にそっと顔を近づけて。「それに、あの……あのね、もう、仲直りしたと、思うんですけれど……」と、自分なりに必死に年上の恋人の真意を探ろうとする始末で。 )

──……まだ、仲直りしてなかったら、今夜も一緒に寝てくださらない……?





957: ギデオン・ノース [×]
2025-12-21 16:47:53




……、

(ギデオンの青い目がうっすら細められたのは、かすかなショックと、納得にも似たさらなる確信──相反するその反応を、今は相手に気取らせぬよう自己制御するためで。代わりに娘の栗毛を撫でて、再び寄るよう促せば。なだらかなまろい額に愛情を込めて口づけしてから、しなやかな背を撫でさすり、安心を与えようとする。「もちろんだとも」と嬉しそうに喉を鳴らしてみせたのも、決して演技というわけではない。……本当に、嘘ではないのだ。ただ少し、ほんのわずかに、語る言葉を抑えただけで。
それから先の数時間。湯浴みを済ませて着替えた相手を抱きしめて眠るあいだも、夜明け前に目を覚まし、そのあどけない寝顔をじっと見つめるひとときも。ギデオンはいつになくもの静かな横顔で、あることを思いつづけた。別に初めてというわけではないのは、半月前、ドランゴン狩りに出る前日に私書箱に届いた手紙が如実に物語っていよう。……ずっと、ずっと考えつづけて、いよいよその時がやって来たのだ。
だがもし、本当に実行するなら。ギデオンはその生を、きっと──永遠に失うだろう。どれほど愚かで無謀なことを試みようとしているか、これまでの人生で頼り続けた理性の声が、何度も何度も声高に“引き返せ!”と説いてくるのが聞こえるほどだ。だがしかし、だからといって、ギデオンのこの四十年に、はたしてどれほどの価値があろうか。もうこれ以上生きつづけたいと思わない、そう感じるのが答えじゃないか。
そんな思案に明け暮れる間に、ふと身動きするものがある。腕のなかを見下ろせば、そこで寝息を立てているのは当然己のヴィヴィアンで、つるりと綺麗な白い眉間にかすかな皴が寄っている。寝苦しいのか、そう考えて、僅かに両腕の縛りを緩め、距離を空けようとしたはずが。──タオルケットの下に新たな空気が流れた途端、依然夢の中にいるはずの恋人が、むむ、とまた眉を顰めて。思わず見守るギデオンの前、もぞもぞとこちらにすり寄り、ぴたりと胸板に額を寄せる。そのまま固まるこちらに構わず、また安らかな寝息を立て始めたところを見るに……無意識のことなのだろうか。
たったそれだけの一幕で、先ほどまでは何時間も虚空を巡っていた青い目が、ふっと穏やかに定まってしまった。温かな息を吐き、再び彼女を緩く抱きしめ、こちらもその柔い髪に鼻梁をうずめて深呼吸する。──もういい、充分すぎるほど安らぎを与えられてきた。今日こそ、すべてを終わりにしよう。)





(──かくて迎えたあくる月曜、トランフォード建国記念日。初日のマラク騒動以来、さして大きなトラブルもなくこの日を迎えられたとあって、カレトヴルッフの冒険者たちはほっと胸をなでおろしていた。今年は業務の統制上、最終日の警備責任は、ほとんど完全と言っていいほど警察に返上するのだ。六日間の出動待機命令から解放されるだけあって、ようやく休みを満喫できる若手たちは喜びひとしお。中堅以上のベテランですら、一度がっつり中抜けをして家族と過ごすいとまがあるから、今年は例年より多く、建国祭を楽しんでいる冒険者たちの姿があちこちで見られただろう。
ギデオンも今年ばかりは、それまでの六日間の貢献を口実として、昼には仕事を切り上げた。無論昨年の例があるから、警備権限を周囲に知らせるギルドの赤い腕章や、返却日時が定まっている換装式の警棒だけは手放すわけにいかないが。警備服はすっかり脱ぎ去り、いつものワインレッドのシャツに黒いジーンズという格好──ではなく。一度我が家に帰宅し、オフブラックのジャケットやオーダーメイドのスラックスという、建国祭で浮かない程度に品の良い服へと着替える。「久々のデートだからな」と、もちろん相手に予告済だが、その一方で、家を出るのは自分の方が早かったから、午前中に友人たちと過ごすため、そして午後にはギデオンと過ごすため、己のうら若い恋人がどんな装いをしていったのか、ギデオンは未だ見ていない。
そろそろここらに来るはずだが……と、辺りの屋台をチェックしながらいよいよ足を踏み入れたのは、今日の待ち合わせ場所に選んだ、お馴染みの東広場。ひんやりとした魔法の霧が辺りを白く煙らせて時に虹すら描くなか、辺りに満ちる祭特有の賑やかな雰囲気に、どこか静かな表情で青い視線を走らせる。──しかし、ふと呼ばれたように己の背後を振り向いたのは、実際に声をかけられたというわけでもなしに、相手の気配に導かれたからで。)





958: ヴィヴィアン・パチオ [×]
2025-12-24 22:36:10




 ( Dear Vivienne, I haven’t seen you for a long time……
 そんな書き出しで始まる手紙をビビが受け取ったのは、建国祭最終日、建国記念日当日の朝のことだった。朝一の門前から、自分の名を呼ぶ聞き知った声に慌てて飛び起き。ネグリジェに薄手のカーディガンを羽織っただけの格好に、目を剥いたギデオンと揉み合いになりながら、馴染みの郵便屋である青年の前に二人揃ってまろび出れば。「おはよう、ビビさん!  速達ですよ、……」と、今日に限っていつも元気な青年の笑顔が、どうも引きつって見えた気がしたのは気の所為だろうか。
閑話休題。封筒の宛名の上に、緊急の速達を表す押印がなされた手紙を開けば、それは学院の中等部卒業を待たずに、キーフェンへと嫁いで行った友人からのもので。──ここ数日、配偶者の商談についてキングストンに来ていること、そして、商談が少しだけ早く終わったので、午後の帰りの船便までにどうか一目でも会えないか、といった誘いの言葉が、とても懐かしい、しかしすっかり大人の夫人に相応しい筆つきで書かれた手紙に目を細め、隣にいた恋人へ二、三学生時代の思い出を楽しげに語って聞かせれば。とはいえ、ギデオンとの先約をして、断るつもりでいたのだが。折角なんだから会ってくればいい、という優しい言葉に、「~~~ッ、ありがとうございます!! ギデオンさん大好き!!」と、熱烈なハグで優しい恋人を送り出したのが今から数時間前のこと。 )

──…………。

 ( そうして、懐かしい友人とのつかの間の再会を果たせば。その実は政略結婚だったとはいえ、穏やかそうな旦那さんの隣で、幸せそうに微笑む旧友を前にして。もう焦燥の念こそ浮かばなくなれど、色とりどりのテープたなびく出港のムードに、当てられた節はあったかもしれない。──早く、早くギデオンさんに会いたい、と。思えば一年と少し前、初めて仕事を共にしたあの日も、こうして息を弾ませ、約束の場所、憧れのギデオンの下へと駆けていた。あれから変わったことといえば、あくまで上司と部下に過ぎなかったその関係と、全身に纏っているその装い。
 旧友とはいえ、既婚の夫人に会うための午後用ドレスは、夢見るようなオーキッドに、深紅の意匠が、あの素晴らしい舞踏会の夜を彷彿とさせ、思わず衝動買いしたおろしたて。頭には普段元気に揺らしている尻尾の代わりに、ドレスと揃いの帽子をつけて、馴染みの赤いスカーフは結い上げた髪に編んでいる。ギデオンに貰ったハンカチーフと揃いの模様を編んだ手袋の手の中には、これまた見事な総レースの日傘を携えているのだが、動きの邪魔を苦にしてすっかり畳んでしまっているのはご愛嬌だ。──駆ける、とはいっても。動きやすい白ローブ姿だったあの日とは違い、足さばきの悪いドレスと華奢な靴で、ボコボコとした石畳を人混みの中を縫うように進めば。馴染みの広場に入った途端、やはり今日も一目でわかるほどにギデオンは輝いていて。本当は渓谷のトロイトのように駆け寄り、全力で飛びつきたいところをぐっと堪えて、ごった返している広場を進む間。──ギデオンさん! と、その内心の叫びが届いたかのように振り返ったギデオンに、ぱあぁっと満面の笑みを浮かべると、パタパタと大きく手を振って。 )

ギデオンさん、お疲れ様です!
怪我とかしてないですか? もうご飯食べました?





959: ギデオン・ノース [×]
2025-12-29 06:25:57




(晴れ渡る青空の下、まばゆい笑顔を向けながらこちらに手を振る己の恋人。その夏らしく晴れやかな装いに──だがそれでいて、いつかの美しい秋の夕をも思い出させる装いに、見開かれた青い瞳がまっすぐに透き通る。だがあのときと違うのは、「……」と投げかけるその双眸が、やがてふっと、ひどく穏やかな深まりを見せたところで。
相手が周囲とぶつからないよう、一瞬左右に目を配り、次にこちらに向いたそのとき。そこには、いつもより洗練された出で立ちの魔剣使いが迎えに上がっていることだろう。例年以上に客足が賑やかなはずの東広場で、ふたりのいるその空間だけ、人払いされたわけでもなしに不思議と開けているようだ。その状況の許すまま、白い靄から出でるように一歩相手へ歩み寄り。はにかむように小さく笑えば、しかしそのまなざしに、頭上の青空の陽射しに劣らぬ己の熱を絡ませて。)

……二十班の態勢で慎重に回ったからな、かすり傷も負わなかったさ。

(喉を低く鳴らしながら、自然と添えた己の片手。それがスカーフを編み込んだ髪を愛しそうに撫でてから、耳裏を滑るようにして彼女の頬へ触れる流れは、言葉より余程雄弁だろうか。こちらもまた体を屈め──とはいえさすがに人前だ、あくまで軽く触れる程度に、しかし甘さはたっぷり込めて、胸の内に湧き上がる想いの程を伝えれば。「……軽く食べた、と言いたいところだが。午前中は生憎その暇が見つからなくてな……おまえはどうだ?」だのなんだの。片眉をぐいと上げて誘う振りなどに興じながら、己の腕を差し出したのは、はたして照れ隠しなのかどうか。)

──今年のダンスコンクールだが、ドニーの伝手でテラスの良い席を取れたんだ。そこでゆっくりひと休みしながら、最終日のプログラムのどれを回るか、一緒にあれこれ相談しないか。





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