1970年代、イギリスは首都ロンドン、フィッツロヴィア。ロンドン市内でも特に古くから芸術の中心地として名高いこの町に、若くして一人画廊を営む美術商の男が居た。ある夜、男が亡き父の遺品の整理をしていると、書斎の奥から幾重にも布で包まれ隠すようにして仕舞われた一枚の絵画を見つける。布を解くと、そこに描かれていたのは鮮やかなドレスに身を包み、窓辺に佇んで物悲し気に月を見上げる一人の女性の姿だった。その美しくも憂いを帯びた表情、気品を感じさせながらも艶やかな色を備えた立ち姿に、男は一瞬にして心を奪われる。でこぼこと油絵具の乗ったカンバスの表面に指を滑らせ、視線を下へ移すと、そこには何やら読み取ることのできない一文──酷く擦れほとんどの字が消えかかっている──と、"Dec.1872 With love, W.Rumbold"の文字。それは約百年前にこの地で活躍していた画家ウィリアム・ランボルドの手による、彼の愛人を描いた一作だった。
男はこの絵を自室へと持ち運び、窓の傍の机に寝かせ、彼自身もまたすぐに床に着いた。そうして翌朝目覚めると、不思議なことに絵画の中に昨晩見たあの美しい女性の姿は無く、そして全く信じ難いことに、彼女とそっくり同じ姿をした生身の女性が、彼の目の前に存在していたのである。