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渇望/2651


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自分のトピックを作る
21: 黒猫 [×]
2017-11-15 20:07:43

「なんだい、見舞いに来たのかい?」
そう聞かれ、俺は頷く。見舞い、というか償いに来たのだが説明するのもめんどうだ。
「そうかい、もう今から帰るのか?」
首を振る。それと紙を取りだし、出来るだけ丁寧な字でかいていく。
《 今から行きます 》
まぁ行きづらいからここに来てたんだけど。
それを見せると、何かを察したのかそうか、と言って俺のかいた紙をとった。その行動に驚き、口を開けていると、
「いってこい。またお前さんと会えたらそんときゃもちっと話してぇな」
相手はにかっと笑って俺の背中をばんっと叩いた。俺は少し離れ、お辞儀をすると休憩室からでて、足早に海老名の病室へ向かった。

 !!¡¡!!

ノックをすると気だるそうな声でどーぞ、と声が聞こえた。中に海老名しかいないことに内心ほっとしながら、ドアを横へスライドさせる。
いつもと同じように、海老名は窓の方を向き、ぼーっとしていた。
俺は海老名の方へ近寄りながら、紙にペンをなぞらせていく。近くへ行くとさっと海老名顔の前に出した。
《 どうした? 元気ないけど 》
「うわぁっ!?あ、あつしくんっ!?」
途端に海老名は飛びはね、叫んだ。何をそんなに驚くのか。いつものことなのに。
「わ、わ、え、えと、ごめん、帰って」
来た早々、帰って。やばい、ちょっとだけ心が傷ついた。
「お願い、お願いだから...」
海老名の言うとおり、病室から出ていこうとすると、扉がスライドされた。俺じゃない。ここは共同の病室だけど、今は海老名しかいないから先生だろうか。
「...あなた、誰なの?」
違う。先生じゃない。さっきの海老名の病室から聞こえた声とそっくりだ、というかその声の持ち主だ。
俺が驚いて停止していると、海老名がここまで歩いてきた。
「私の友達。怪しい人じゃないから、すぐ帰らせるから、怒らないでお母さん...!」
「へぇ...あなたに友達なんていたのね」
そう冷ややかに笑った人は、海老名のお母さん、らしい。全くといっていいほど似てない。顔も性格もオーラも。
俺はさっき、海老名に見せた紙の裏にペンを走らせる。
《 すみません お邪魔してしまって 帰ります 》
それを海老名の母さんがさらっと読んで、あらそう、と反応すると海老名のベッドの方へ歩いていった。
怖い。それがこの人の第一印象だった。それとさっき、休憩室でこの人らしき人が入ってきていたな、と今更ながら思い出す。
海老名に軽く手を振り、お辞儀をして扉の向こうへ出た。

22: 黒猫 [×]
2017-11-18 12:59:39



次の日。
普通にカウンセリングと昨日のことが気になったので今日も病院へ訪れた。
大嫌いなカウンセリングを終え、昨日と同じ休憩室で一息つく。カウンセリングを終えたすぐあとは、誰と接してもイラつくことしかできないからだ。
あのカウンセリングのじじぃ、何度も何度もあのことを掘り返して来やがって、くそっ。もうカウンセリングなんてしなくてもいーだろーが、まじだりぃ。
独りでにため息をつき、立ち上がったとき、休憩室の扉の向こうに見たことのあるおじいさんが目に入る。扉が開き、おじいさんは明らかに俺の方を向いてにかりと笑う。
「なんだい、あんた、また来てたのかい?」
コクリと頷きながらお辞儀をする。おじいさんは俺の近くの椅子へ座る。
「もう見舞いは終わったのかい?」
首を振る。この人は俺が喋れないことを追及せずに、疑問形で会話してくれるらしい。すごく有難い。
「そうかい。見舞い終わったら時間あるかい?」
俺は少し考え、紙を取り出す。それを見て、おじいさんは悪いね、と反応した。俺は首を振って返して、紙を差し出す。
《 あるんですけど 見舞いが長くなりそうなんです それでも大丈夫ですか 》
「ああ、大丈夫だ。なにせここは暇だからね。それならわいの部屋に来てくれんか」
俺は頷く。おじいさんはがはは、と笑い、じゃあまたあとでな、と言った。俺はお辞儀をして、海老名の病室へ向かった。

   !!¡¡!!

中から他の人の声がしないか確認し、ノックをする。どうぞ、と声がしたので扉を開け、ゆっくり入る。
海老名はすぐにこちらに気付き、悲しそうな顔をして、
「あつしくん...。昨日はほんとにごめんね」
そう、言った。

23: 黒猫 [×]
2017-11-21 19:07:14

海老名の悪気がないことは知ってる。分かってる
何故だろうか。自分にも分からない。分からないけど、怒りが、込み上げてきた。
でもそれを言葉にできないから口を閉ざしたまま、病室に置いてあるスケッチブックへと手を伸ばし、適当な所を開きながらペンを取り出す。サラサラと、文字を書いていく。いつもの汚い字を、いつもの汚い言葉で。
書き終わって、海老名に差し出す。
《 お前はわるくない、少なくとも俺にとっては だからあやまらなくっていい 》
行を開け、本文を書いた。
《 お前さ、母さんにケガ治ったこといったのか?リハビリ次第ですぐに退院できるってことも 母さんとの仲がうまくいってねぇの?でも退院しねぇといつまでたってもここにいて、母さんにも迷惑かかんだぞ?リハビリとかもなんならてつだうし 早く家に帰った方がいいんじゃねぇの? 》
それを一通り見た海老名は、悲しそうだった顔をくしゃっと歪め、首を振った。
「...ふふ、読め、ないよ。読めない」
そこから沈黙が続いた。俺も海老名も動かなかった。ただ少しして、海老名はうつむき、静かに涙を頬伝わせた。
__________二人の呼吸の音で病室は支配される。
海老名のケガはもう治っており、看護婦が来る回数も減っていたことは知っていた。この病室には海老名しか入院者はいない。だからここはもう、二人だけの空間だった。
誰も邪魔をしない、邪魔をしてはいけない、二人だけの。
烏が鳴く。そこでようやく海老名が口を開いた。
「......読みたく、ない」

24: 黒猫 [×]
2017-11-25 01:09:41

そう言ったあと、うつむきながら、海老名はふふっと笑った。
「...どーせ私、もう、退院、できないの」
耳を疑った。どういうことなのか、瞬時に判断出来なかった。
退院できない。それは、退院できない理由があるから。その理由は今、教えてくれないのだろうけど。
だからね、と海老名は続ける。
「もう学校にも行けないし、お母さんに迷惑かける。もちろん、あつしくんにも。...お母さんはもう、私には期待してないし、仲が悪い、っていうか疎遠してるようなものだよ。それに、家にはお父さんと、私より優秀な弟がいる。私の居場所は、ない」
そう言いながらこちらを向いて、苦しそうに笑った。
息苦しそうに、生き苦しそうに、こちらを向きながら、再度息を吸った。
「...あのとき、**ば、楽だったかな。...なんてね」
海老名は、涙目になりながら、頬に涙を伝わせないように必死だった。
俺はようやくスケッチブックを開け、ペンを持つ。
《 じょーだんにきこえねー 笑うなきもちわるい 》

25: 黒猫 [×]
2017-11-28 23:32:49

それを見せると、海老名はまたふふっと笑った。
「なんでそんなこと言うかなぁ...。女の子に気持ち悪いはダメ、って言ったでしょ?それと...」
うつむきながら、拳を握りしめながら、海老名は言う。
「...そんなこと、言われたことないから。ちょっとだけ、恥ずかしい、から、ダメ」
《 いみわかんね むりしてわらうなっていってるだろ あほ 》
うつむいている海老名の顔の横にスケッチブックをもっていくと、やっと俺の目を見た。俺の目を見て、無理してない、無邪気な笑顔で。
「アホって言う方がアホなの、知ってる?」
それを聞いた俺がイラついた顔をすると、そっちが悪いからね、と悪戯っぽい笑みを浮かべる。それと同時に俺も微笑む。やっぱりこいつには笑顔が似合う。そう思ったから。
「ふふ、やっとあつしくん、笑った」
《 お前こそ 》
二人で少し笑いあって、それから少し話して、腰を上げた。
「ばいばい、あつしくん。...また、来てくれる?」
俺がコクりと頷くと、海老名は微笑んだ。手を振って病室をでた。
そういえば、と思い出す。あのじいさんと約束してたんだった。
確か同じ階の......あった、ここだ。
ドアをノックし、扉をスライドさせる。ここの四つのべッドは三つ埋まっていた。
サァーと顔を見て、さっき見た顔であろう人のベッドの横にたつ。待ち人を待っている内に眠ってしまったらしい。
その人のベッドは海老名のベッドと同じ窓側で、俺は椅子に座りそれを眺める。いい景色だった。紅葉が綺麗な山が真っ直ぐ見える。

26: 黒猫 [×]
2017-12-03 00:45:22

これから3月くらいまで更新しません
((一応報告しとく

27: 黒猫 [×]
2018-01-09 01:41:44

(なんか気にくわないので>25の最後の文訂正)
真っ赤な紅葉で彩られた綺麗な山々がここから真っ直ぐ見える。誰がみてもうなるような、そんな迫力がそこにはあった。

28: 黒猫 [×]
2018-03-07 02:45:42

一時、その風景を見つめていた。
「...おお、来てくれたかい」
唐突に聞き覚えのある声が響く。振り向くと、おじいさんが上半身をよいしょ、といいながら起こしていた。俺は椅子から腰をあげ、軽くお辞儀をした。相手も軽くそれに応えた。
「すまないね、ゆっくりしていた。時間、あるんだよな?」
俺が頷くと、にっこりと微笑み、それから俺の瞳を真っ直ぐ見つめた。澄んだ黒で染まった、綺麗な瞳だった。
「...わしは、霜川 寛二郎(シモカワ カンジロウ)だ。お前さん、筆談するんだろ。わしのことは書きやすいもので呼んでくれ。次はお前さんの番だ」
そういわれ、さっと紙とペンを取りだし、ゆっくり文字を書いていく。かきおわって、霜川さんの前にある机の上へ、音なく静かに置いた。
《 俺は玉森あつしっていいます どうとでも呼んでくれて構いません 》

29: 黒猫 [×]
2018-03-07 02:52:14

差し出した紙をじっくり見つめ、視線は動かさず、霜川さんは俺へ問いかけた。
「...あつしくん、声はどうしたんだい?」
俺は再度椅子へと腰をかけ、少しうつむいて黙ったままでいた。そんな俺を、霜川さんは、紙から目線外し、じっと見ていた。俺を見ていた。
こんな素性も知らない人に、別に教える義理などない。
机の上の紙をとり、さっきの裏に一言だけかいて、霜川さんに差し出した。
《 でなくなりました 》


30: 黒猫 [×]
2018-03-08 23:52:55

それをみると、霜川さんはなにも言わずにただ頷いた。追及はしないようだ。正直ほっとする。
「...あつしくんを呼んだのはね、おっさんの暇潰しをしてほしいからだ」
暇潰し。俺はそんなことで呼ばれたのか。ちょっと悔しい。
霜川さんは、にこりと俺に向かって微笑むと、ベッドの横にある棚へ手を伸ばした。なにかあるのだろうか。霜川さんの手を伸ばした方向へ、自分手を伸ばし、霜川さんの補助をする。
棚の少し大きめの引き出しの中から出てきたのは、立派な将棋セットだった。
「こいつをやったことはあるかい?」
俺は頷く。
昔、俺が小学校高学年から中学の頃だったか。祖父母の家に毎日のように行っていた時期があった。その頃の俺は声が出せて、愛想もよく、親戚から好かれていたもので、よく遊んでもらったりしていた。その中の一つが、祖父との将棋だった。祖父は中々の腕の持ち主で、俺が勝てたことは一回もなかったはずだ。俺が高校に上がる前くらいに、祖父は心筋梗塞で急死した。それ以来、一度も触れてすらなかった。
「がはは、上等だ。さっそく一戦、やろうじゃないか」
俺が再度頷くと、霜川さんは楽しそうに駒を並べはじめた。
駒が並べ終わると、わしが先攻な、といってはじめた。俺は歩を一歩、前進させた。

  !!¡¡!!



31: 黒猫 [×]
2018-03-10 02:09:28

結果から言うと、俺が勝った。なんというか...俺の祖父が強すぎたのだろうか。それとも、霜川さんがただ単に弱いのだろうか。
霜川さんは唸りながら、将棋盤をじっと見つめていた。なんか申し訳ない気持ちにもなる。
「...誰に習ったんだい?いや、それよりも...また、やってくれるかい?」
霜川さんの瞳を見つめ、しっかりと頷く。すると、霜川さんの顔がほころび、再度がはは、と笑った。
「もう時間も遅い。また今度、暇なときでも」
さっきの一言だけ書いた紙と同じ紙、同じむきで、
《 ありがとうございました またおじゃまさせていただきます 》
と、ささっとかいた。
霜川さんはああ、と相づちをうち、俺の背中を一回叩いた。
「待ってるからな」
俺は病室を出るとき、深く深くお辞儀をして、廊下の方へ足を踏み出す。
久しぶりに将棋をやって、思ったことは、自分が偽善者であることには変わりないということだけだった。

32: 黒猫 [×]
2018-03-11 02:18:41

うーん、やっぱ眠いときにかくとよく分からないことかいてるな
これよりももっと酷いときあるけど、、トホホ

>31の続きから書き直し

「時間も遅い。また今度、暇なときにここに来てくれないか。君が良ければ、だがな。わしはいつでも大歓迎だから」
次こそは、なんて言っている霜川さんを見ながら、さっきの一言だけ書いた紙と同じ紙の裏へ、
《 ありがとうございました またおじゃまさせていただきます 》
と、ささっとかいて、霜川さんへ見せた。すると、ああ、相づちをうち、俺の背中を一回叩いた。
「待ってるからな」
...行かざるおえないな。
俺は病室を出るとき、深く深くお辞儀をして、廊下の方へ足を踏み出した。
久しぶりに将棋をさして感じたこと。それは、静寂の中の俺と霜川さん、二人の吐息が、あの日、祖父と将棋をさした最後の日を思い起こし、再度過去へ引きずりこまれた感覚。
勝敗が決まり、いつも通り駒を閉まっているときに言われた『一つ一つを大切にしろ』という一言。俺は人を、海老名を、大切にできているのだろうか。傷つけては、いないだろうか。
一度考え出すと止まらなくなって、それでも答えは出なくて。もどかしい。
全てに決まった答えあればいいのにと何度思ったことか。
しかし、答えはいくつもあって、全てを選ぶことはできない。それを覆すこともできない。
だから、俺たちは選択をする。何百万、何千万、何億、何千億ものある選択肢からたった一つを選択する。
俺たちはそうやって生きている。
ベッドに入り、再度考える。俺が次に選択する選択肢の最善策を、考える。より正解に近づくために、俺は考え続けた。

33: 黒猫 [×]
2018-03-11 02:20:03

行かざるを得ない、か。
知識不足。

34: 黒猫 [×]
2018-03-13 00:03:06


!!¡¡!!

あれから少しの日が経って。海老名とはもう普通に話してるし、霜川さんとも何回か将棋をさした。
俺は少し騒がしい家を出る。スマホとイヤホンと財布、という最小限のものを持って、コンクリートの上を歩いていく。
朝の8時半。まだまだ出勤途中のサラリーマンやらなんやらが足早に俺の横を通りすぎていく。
幸い、あの病院は朝早くから面会が出来る。俺は少し早足に、1人しかいない広い病室へ歩いていった。

ドアをスライドさせる。
それと同時に、ベッドから窓の外を見ていた海老名がこちらへと振り向く。
「おはよ。今日は早いねぇ、どしたの?」
いつも明るい声で俺を出迎える。俺は海老名に近寄り、椅子へと腰を下ろす。小さな机の上にある、スケッチブックと2Bの鉛筆を手に取り、言いたいことをかいていく。
《 おはよ りょーしんがうるさかったから 》
それを見せて、海老名はそっか、とだけ反応した。俺はふと思い、スケッチブックを再度自分の方へ向ける。
《 こんなに早くきちゃ めいわくだよな 》
「ううん、迷惑じゃないよ。そんな顔しないで?...そうだ、一緒に朝御飯たべよう。どうせ食べてないんでしょ?」
俺は口角を少しあげ、こくりと頷く。
《 なんかいるもんあるか 》
俺の朝食はさすがにないので、下のコンビニへ買いにいくつもりだ。ちなみに俺はメロンパンを買う。
「んーっとー...じゃあ、リンゴジュース買ってきて」
海老名はそう言いながら、手元の自分の財布をごそごそとあさりだす。俺はそれを見てみぬ振りをしながら頷いて、コンビニへ足を動かした。



35: 黒猫 [×]
2018-03-13 10:58:58

メロンパンとリンゴジュース二つを手に持って、再度ドアをスライドさせる。
海老名の前には、素っ気ない病院食があった。
「おかえりー、ありがと!はいお金」
海老名は力一杯手を伸ばし、俺に銀硬貨一枚を渡してくる。俺はそれを無視しながら、病院食の近くに一つ、リンゴジュースをおいた。俺は椅子に座り、膝の上にメロンパンともう一つのリンゴジュースをおく。
「えー受け取ってってばー!何回目よー!」
これで十回は達しているだろう。しかし、遊び友達もいない趣味も娯楽も音楽しかない俺にはあまるほどの金がある。別に痛くもかゆくもない。
独りでに手をあわせ、軽くお辞儀をし、メロンパンの袋を開ける。
海老名も観念したのか、素っ気ない病院食を食べ始めた。

「んー、私、外の風に当たりたいから屋上行こ」
俺は頷いて、手を膝に置きながら、ゆっくり椅子から立ち上がる。海老名もゆっくりとベッドから離れ始める。
俺たちの言う屋上は、海老名が最初に落っこちた、警備薄々で病院の敷地内にある、あの建物のことだ。人っ子一人おらず、俺らだけの空間第二号である。海老名はあそこで歌を歌う、俺はあそこで海老名の音を聞く。
そこまでの道のりは、昼前ということもあり、少し人が少なくなっていた。二人無言でそこを通り抜ける。建物に着いて、中に入り、階段を上がっていく。屋上への扉を開けると、さっきよりも眩しい太陽がこちらを照らしていた。
「影いこ、焼けちゃう」
海老名はそういうと、たたたと影の方へ走っていった。外にいる限り、紫外線の量は変わらないんじゃないか、みたいな憶測を(口には出さないが、)思っていると、海老名がこちらへ手招きした。俺はそちらへ早足で移動する。海老名の隣に立つ。

36: 黒猫 [×]
2018-03-21 00:28:03

「今日からはねー、これ歌いたいの」
 自分のスマホを堂々と俺に突きつけながら見せびらかす。そこには、“エール”という文字が見えた。某有名歌手の曲だ。俺も聞いたことがある。しかし、念のため、俺はイヤホンを海老名のスマホへ差し替え、“エール”という曲を聞く。
 それが終わると、海老名は俺の手元からスマホを奪い取り、“エール”のoff vocalを流して始めた。それに合わせて、海老名が口を開く。
 海老名が歌う。そこにいた鳩が舞う。
 相変わらずの音程で、相変わらずの声で。俺も案外慣れてきた。多分、耳が壊れつつある。
 歌い終わると、すっきりとした顔で、キラキラとした目で、こちらを向く。俺は聞いているときにメモったものを、海老名の手元へと運ぶ。
《 でだしから音がちがう もっとかしのいみを考えろ じぶんだけでうたうんじゃない、 ばんそうっていう音に じぶんのこえをのっけてうたうんだ 》
 今までは最初の二文だけだったが、少し文を付け足した。すると困ったことに、その解釈が出来ずに唸る海老名。ほんと、なんなんだこいつは。
 俺はそれを簡単に説明して、納得させたあと、出だしから音程を少しずつなおしていった。こいつは一回言えば三十パーセント、二回言えば、三回言えば、と理解が遅い部分もあるが、言えば分かる素直なやつだ。
 ゆっくりとした時間を二人で過ごす。俺は海老名といることが、いつの間にか楽になっていった。
 しかしそんななか、一つ、問題が発生した。何回やっても、一フレーズだけ音程が不思議なほどに合わないのだ。

37: 黒猫 [×]
2018-03-21 00:44:39

 多分ここはソの音だ。そう仮定して、唇で、ソの音を紡ぐように動かす。自分の声で紡いでるかのように息を吐く。
 この感覚を海老名に言葉で、伝えるためにはどうしたらいいのだろうか。息を吐きながら、ペンをくるくる回す。
 すると突然、隣から綺麗なソの音がきこえた。俺は咄嗟にそちらを向く。
 そこには得意げな顔をした海老名の姿があった。
「こんな感じでしょ?」
 俺は大きく頷く。やっぱり俺は、こいつの声が好きだ。
「ふふ、あつしくん、声、出せるじゃん」
 海老名は俺に向かって微笑む。俺は次の指示を出そうとペンを紙へ当てる。
 違和感があった。
 今、海老名はなんて言った?
 ...理解が、出来なかった。いや、唐突な言葉を、理解、したくなかった。
 俺が、声を、出した?
 俺が戸惑っている様子に気付いたのか、海老名は慌てながらにフォローに入る。
「い、今!あー、あーって!すっごく綺麗な声!聞こえたよ!それを、真似、したんだけど...。気づいて、なかった...?」
 綺麗な、声。俺の、声。俺の、芯。
『お前の歌も、声も、全部気持ち悪ぃんだよ』
 あのときの声が甦る。特徴的な、ドスの聞いた声。俺を刺した、あの声。俺を殴った、あの影。

38: 黒猫 [×]
2018-03-21 00:51:04

 あの日が一気に甦る。思い出したく、ないのに。もう、消したはずなのに。
「...あ、え、ごめん、悪、かった...?」
 もうなにも聞きたくない、発したくない。俺は耳を塞ぐ。俺のなかを流れる血液の音が聞こえる。
「ねぇ...?あつし、くん...?」
 痛いのはもう、嫌なんだ。
 海老名の、俺より高い熱を持った手が俺に触れる。俺は反射的に振り払った。
「あ、ご、ごめん、なさい」
 謝らなければいけないのはこっちの方だった。でも、ここからすぐにでも離れたかった、その一心だったから、
《 一人に させて 》
 それを書き残し、地上への扉を開ける。
 俺は早足で、病院を後にした。

39: 黒猫 [×]
2018-03-21 17:18:34

中学三年のときだった。
俺は一人の女の子に好きだと言われた。つまり、告白だ。
その女の子はつい最近、ここ辺りのガキ大将と別れたばかりの、外見も中身もかわいい女の子だった。しかし今は、多分、ガキ大将と別れた時に出来たであろう傷が服のしたから見え隠れしていたが。
そのとき、少しは俺に好意を抱いているように見えた。俺はその子に正直言って好意を持っていた。席も隣になったことがあるし、何せ俺はその子に少しでも近寄りたくて、一緒に学級委員もやった。
でも少し経ってわかった。多分、ほかの人と付き合えば、ガキ大将はもう近寄ってこないのでは、と思ったのではないか。だから、好意丸出しの俺を選んで、ことを運んだのではないか。
まぁでも、結果的に俺とその女の子は付き合うことになった。
ガキ大将の耳にそのことが伝わったのは、わずかに三日経った頃だった。
簡単に言うと、いじめがはじまった。ガキ大将の腹いせだ。よくある通り、最初は取り巻きがやる小さいことから始まったのだが、徐々にガキ大将さえも自らいじめに加担し始めた。
ガキ大将が加担し始めたころ、女の子は罪悪感を覚えたのだろうか、俺と別れようと言った。別れたらこれはなくなる、と。俺は考えた。これがなくなったらどうなるか、と。
この子が傷つくのでは?、と。
俺は拒んだ。こんなかわいくて綺麗な子が、あいつに振り回される筋合いはない。もうすぐ高校に入るのだとしても、あいつと一緒にいればこの子は自分の進路を歩めなくなるかもしれない。それなら、
俺が身代わりになればいいと思った。
好意だとかこの子との関係とかは考えなかった。俺はただ率直にそう思った。
それをあの子に話すと、俺を支える、とそう言った。安全のためにあの子は俺と距離を取った。

40: 黒猫 [×]
2018-03-21 17:28:18

俺への暴力は増していった。
でも俺は、両親に何も言わなかった。中三にもなれば、隠す能力もつく。不思議な程に、両親にはバレなかった。それか両親が無視をしていたか、だ。それも有り得るが、まぁもう過ぎたことだ。
七月の夏休みが近くなってきたある日。高校のテストと同じ形式のテストで初めて赤点を取った。単純に気がたった。
あいつらのせいだ。
そう思い始めると、止まらなかった。
放課後。いつも通り呼び出しを食らった。
いつもの流れで暴力を受けていたとき、さっきの思いが再度甦る。
こいつらの、せいだ。
俺は気付かないうちに、暴言を吐きまくっていた。それを周りは黙って聞いていた。
息を荒くして言い終わると、がっ、といきなり首根っこを掴まれた。
『 お前の歌も、声も、全部気持ち悪ぃんだよ』
首、声帯のところを思いっきり殴られる。
そのあとのことは曖昧だ。
両親が俺のあざを見て泣き叫んだ。ガキ大将が何度も謝りに家に訪ねてきた。女の子はほかの人と付き合った。
正直そんなのどうでもよかった。俺は声をなくした。それが一番の問題だった。

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