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神様たちの余暇/56


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9: 千草 [×]
2022-10-03 07:57:15




【千草 / 本編№40:幕間】

十年前に現れた神、と呼ばれた。恐らくその子は、自分の名が「千草」だということを知らなかったのだろう。それ故に呼ばれた、己の知る限りではこの上なく曖昧な年月という概念。
気まぐれに人の子の前に姿を表した折、初め不意を突かれたのは彼の瞳に憎悪の色が宿されていたからではなく、歳月を丁寧に数えていたことに驚いたからだった。その子は青年の姿をしていたけれど、こちらを睨みつける目に宿るのは幼子のそれ。固まってしまった自身の姿を射抜くように、鋭い非難が身を貫く。
「お前が…!俺の、俺の母さんを……」
殺した、と多分言いたかったのだろう。当然覚えなどない。けれども、この幻を見せる力が、時に慰めすら奪い去ってしまう力が、彼の母に何らかの影響を及ぼしたことは明らかだった。
今でも、ここが夢か現かわからない。ただ確かなことは、眼前の彼の指弾が全身を貫いているということだけ。重ねられる怒号が段々と酷くなってきて、生温い何かが頬を打った。親指で拭ったそれは生活用水にもならないような、濁りの有る水。悪臭を感じないのが奇跡のようだ。

「返せよ。俺の母さんと、弟…!生まれてくるはずだったんだ…」

肩で息をしながら、彼は抱えたバケツをこちらに向けていた。……ああ、成程。ただ何も言わず、彼が罵詈を重ねるのを、どこか俯瞰したような心持ちで眺めていた。彼が疲れてしまうまで、それを聞いて、聞いて、聞いて。やがてふらりと傾いだ身体を受け止めて、未だ顔を歪ませる彼を柔らかな土の上に横たえた。天高く聳える大樹の根本、ここならば雨も凌げる筈だ。せめてもと念の為携帯していた腰の水筒を取り出して、澄んだ水を木をくり抜いたコップに移し、彼の傍らに置いておく。野生動物がここを通りがかるかどうかは運次第──。

「……十年、なのか。」

立ち上がって呟いたその言葉の重みが伸し掛かる。十年、彼はそれを指折り数え続けていた。自身が逃れ続けたその歳月を、一つ一つ日が沈むのを確認しながら。ちらりと向けた視線の先にある陽の光、朝日がそろそろと登り始めてから、いくつ時間が過ぎただろうか。
意味もなく伸びをする。見て見ぬ振りをしてきた怠惰のツケが、ちらりと姿を表し始めた気がしてならなかった。

(/本編では全貌をお伝えできないと思いますので、初回ロルの裏話を置いておきます。皆様も補足として伝えたいことがあれば、是非こちらに投稿してみてくださいね!)






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