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✿ 常世からの呼び声 (創作/指名制)/96


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58: 倉留 鮮 [×]
2018-11-14 23:56:10



>55 銀弧

( ここは常世で、自分は妖狐だと……男は言った。聞きなれない単語に頬がひきつる。だけど、そんな馬鹿なと笑い飛ばせる空気ではとてもなくて、狼狽えるように視線が揺れた。もう一度、彼の背後に広がる街並みを、人々を見渡してみる。──ああ、何だ。やっと解った。ここでは誰も“人間じゃない”。たった一人、俺だけを除いて。
記憶を失う前の自分は、望んでこの場所へやって来たのだろうか。思い出こそないが、“日本”という国で暮らすにあたっての一般常識が頭の中にあることから、元々この世界の住人だったとは考えづらいので、ここへ“やってきた”と想定してまず間違いないとは思うのだが。明確な意思をもってここへ訪れることこそが記憶を失う前の自分の望みだったとしたら、一刻も早くこの身体へ戻ってこいと、若干ふらつきながら空いた方の手で額を抑える。残念ながら、ぴょこぴょこ揺れる銀色の耳に触れる勇気はちょっとなかった。大体にして、元の世界で自分を取り巻いていた環境は一体どうなっているのだろう。どんな人間に囲まれていて、どんな風に日々を過ごしていたのか、ひとかけらだって思い出せはしなかったが、誰にも迷惑が掛かっていないなんてことはありえないよなあと、記憶のない自分にも想像はついた。ついたところで、真相は少しだってわからないのだけれど。
期待と反してこの男……妖狐を自称する彼と自分は何の知り合いでもないらしい。自身に関する情報が増えないことに絶望しかけて、その後に続く言葉にはっとした。繋がれた手を焦ったように離して、まずはジーンズの両ポケットに手を掛ける。……何もない。免許証でも何でも良い、何か身分のわかるものをと身体中に手を当てて──ワイシャツの胸ポケットに、何かが入っている感触があった。息を整えて、恐る恐る取り出してみる。それは手のひらサイズのカードで、一番上には“診察券”と大きな文字が躍っていた。その下に印刷されている病院名及び電話番号に覚えはなく、地名を特定するには至らない。震えた手で裏返すと──名前が、あった。「……アラタ」声に出して読んでみる。鮮やかと書いて、そう読むらしい。フリガナがなければきっとわからなかった。それくらい自身の名前にぴんとこなくて、情報が増えたはずなのにまた少し不安になる。年齢は三十らしい。生年月日の記載はないが、古いカードを身に着けているとも考えにくいので、今日が誕生日だったりしない限りは三十歳で間違いないのだろう。それから、性別。記憶はなくとも自分は男であるという認識が当たり前のようにあったので、男・女という項目の左側が丸で囲んであることに安堵した。このカードからわかる自身の情報はその三つだけ。たった三つだけれど、何もわからないのとではずっと心持ちが違った。大事そうに胸ポケットへしまって、銀弧と名乗った男の顔を見る。数秒黙ったまま考えて──困ったように口を開いた。 )
アラタって言うんだって、俺。……そうか、お前、知り合いじゃなかったのか。この世界のどこにも行く宛のない人間と、一体どこに向かおうとしてたんだよ。




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