(思えば、今日は朝から眠かったのだ。どっぷりと読書に浸かり夜更かしをしてしまった昨晩の自分を、私は今頃になって後悔していた。Alice's Adventures in Wonderland―――聖書やかのシェイクスピア作品に次ぐといわれるほど多数の言語に翻訳された、我が国が誇る児童文学。自室のラックから気まぐれに抜き取ったその本を開くのは気が遠くなるほど久しぶりで、珍しく時間を忘れて読み込んでしまったのだ。色とりどりの草花に深い森、目を見張るような巨大な城。まさしくフェアリーテイルの世界は年甲斐もなく私の心を躍らせて、翌日の昼下がり自室で勉強中に舟をこぐ羽目となってしまった。意識が浮上して、眼前に広がる景色が夢なんかじゃないと気付いたのは割とすぐだったように思う。居眠りから目を覚ましたと思ったらそこは知らない場所で、辺りを見渡さなくたってありありと存在を主張してくる大きな花たちがじっと私を見ていた。右手にはいつの間にか一輪の紫薔薇を持っていて、明晰夢の類かと思ったのも束の間、高い位置で結んだ髪の毛を見たこともない生き物に引っ張られ頭皮が鋭く痛んだのだ。私は状況を飲み込めないまま土の上にへたり込んで、確かに掴まれた髪の毛にそっと触れた。途端、じわじわと湧き上がってくる恐ろしさに鳥肌が立って瞳が潤む。だって、頭皮の痛みもピクシーみたいな生き物も、みんなみんな本物だった。夢じゃなかった!……だから私は今頃になって後悔したのだ、柄にもなく夜更かしなんてしてしまった昨晩のことを。知らない場所で知らない薔薇を手に、泣き喚きたい気持ちを抱えて。)