Son of a bitch !
(嗚呼、同じ言語を操るからといって言葉が通じるとは、意思が通じるとは限らないのだと自らの扇情的な振る舞いを棚に上げてアレックスの失態を楽しげに罵り歌う少女の奇行を睨め付けながら嫌というほど実感する。普段は意識的には口にしないスラングが苛立ちのあまり突発的に口を衝く。一体全体どういう思考回路の元で裁ち切り鋏片手に中年男の唇に吸い付き、皮膚まで傷付けながら嬉々として若い頃に妻が編んでくれたセーターを切り刻んでいくのか、到底理解出来ない、否、したくない。同じ人間だとも思いたくない。じくじくと不快な痛みを発する裂傷から掬い取った血を挑発的に舐めながら出された要求には耳を疑って思わず「は?」と上擦った声を吐き出し、ねっとり濡れた長い前髪の向こう、テーブルに座ってその我儘ボディを生かした艶やかで品の欠片も無い愛らしい仕草で愛情表現を強請る彼女を唖然と凝視し、どうやらソッチの気があるらしい連れ合いを材料に無邪気に脅し立てる少女を見ていると何故だか次第に笑いがこみ上げてきて、「とんでもないビッチだな!ああ反吐が出る……一度でも、お前のような基地外に欲情してしまうなんて。慰める棒が欲しいなら十字架でも突っ込んでろ、お前の顔は悪魔に取り憑かれたリーガン・マクニールにそっくりだ!」カウントダウンが終わる前に、無謀にも拒絶の言葉をスラングと共に吐き捨てた。どうせリンチされるのならガキのご機嫌取りなんて真っ平だ!)
シャム:(嗚呼、この男はどちらの選択肢を選ぶのだろう。チクタクチクタクと焦燥感を募らせる為だけのカウントダウンの中で付きたてられたのは酷い暴言、隠すことない嫌悪感を丸出しにした馬鹿げたほど正直な彼の本音。傷つきショックに身を捩り泣き出す反応も、苛立ち切って殺気を抱くことも不思議と無く。正直すぎる程の剝き出しの感情に、我ながら可笑しいほど酷い興奮感情を得ていることに気づいてゾクゾクと背中を走る震えに体を躍らせて「AHA!パァパ最高。でも残念、憑りつかれたんじゃなくて___生まれた時から悪魔なの」長い舌をだらりと極限まで垂らせばウインクをばちり。「奥様ったら趣味が悪いのね、こんなの布巾にするにも微妙よぉ?着るなんて考えられない!」先ほど顔を拭うのに利用した布切れを広げれば元々が衣類だったことを匂わせる発言を、グシャグシャと彼の思い出までも踏みにじる様に広げた布を再びグチャグチャと丸めて雑な動きで放り投げ。戻って来たレオパルドを見れば"あ!"と反射的に声を上げて今にも大口を開けてキャハハと笑い声を上げそうになるのを口の中を奥歯で噛む様に痛みを与えて何とか堪え、ぷーだのふーだのと堪える呼吸が唇の隙間から溢れるのを片手を口にしっかり宛がうことで隠し「どーしたのぉ?それ、素敵ねぇ。ペニーワイズだってそんな面白い顔してないわよぉ」両足を棒のように伸ばしてから反動を利用して腰かけていた体を起こしタッタと歩み寄り。褒めて褒めてと両目を細めれば言われた通りに鎖を付けたのを披露して、コアラ宛らにしがみつきムギュウと抱き着いて撫でられるのを嬉しそうに受け「シャミィちゃぁんとできたから褒めてぇ。___え~んえ~ん、シャミィのことビッチって言ったの。ぐすんぐすん、シャミィかなちい…なあんて、自分のナニでもしゃぶってろ!」レオパルドに引っ付いていた体を離し自由の利かない彼を良いことに椅子に横座りをするような体制で馴れ馴れしく図々しい座り方をして、両手の中指を立てれば顔をぐしゃりと顰めて吐き捨てる様に言い切りキャハハと高笑いを一つ。ちゅっちゅっちゅとリップ音だけを立てる様にじゃれ付くと「パァパ、for the win」”さいこう”と言い残し座っていた体を起こして「Thank you・Thank you!愛しきダディ,ラビュウラビュウ!シャミィもお色直ししてくるわん!see you」片手の指先だけを波を起こすようにちらちらと揺らしてカツンカツン床を靴で叩きその場を後にし)
レオパルド:Me, oh my, I loved him so,(顔に掛けるサングラスは誰の物かも分かりやしない、顔にかかっていた前髪も首に触れていたバックの髪も全てを一つに纏めて括り上げ、煙草を吸い部屋を散策する中で見つけた妻の遺品だろうか化粧ケースを荒らし、目の周りには黒いアイシャドウを唇には真っ赤なルージュをこれ以上ないほど雑に塗りたくり。口遊むのはアメリカ民謡、ジョニーは戦場へ行ったの一節。機嫌よく煙草の残り香を体に纏い時折わざと物を壊して部屋を回る、使えそうなものは拝借しジャケットのポケットへ忍ばせる「Johnny has gone for a soldier.」揺蕩う歌は先へ進むばかり、一曲うろ覚えのまま時折鼻歌を交えながら歌いきる頃に再び残した二人の元へ姿を現して。現れるなり己に駆け寄るシャムを支えては言った通り重たげな鎖が彼の自由を奪ったことを確認し「oh my god!流石シャミィ、お前は本当にお利巧だ。お利巧は愛しい、当たり前だ!もちろんなァ」ワシャワシャと頭部を撫でまわしてから振り払うようにその体を離し、小説家の彼がどの舞台で使うのかわからないネクタイをジャケットのポケットから取りだして「oops,おいおい、なんてこった。アレックス、お前の目つきは少しキツすぎる。そんな目見てたら欲情が堪えられねェなあ。だから隠してやるよ、抉っちまったら愛しい文章がもう書けやしないだろ?」最初こそ演技でもするような大げさな動きで馬鹿にする為だけの猿芝居として片手を自身の目に宛がい肩を大きく竦ませて、今度はその手を下ろし動きを抑制するように「俺はお利巧が好きなんだ、頼むから暴れんなよ」舌なめずりを一つ、ご機嫌に腰を振りながら部屋の散策に向かうシャムの名を呼べば「少しじゃなくていい、俺にも二人きりで楽しませろよ」直ぐに戻るなと釘を刺し先のネクタイを彼の目を隠す為に括り、「I'll dye my dress, I'll dye it red,」"ドレスを染めよう、赤に染めよう"口遊むのは先の歌の繰り返し、口笛を一つヒュウと鳴らせば「足は要らねぇな、小説書くのにゃ腕がありゃ十分だ」片手を顎に当てハーン、と考える様に呟く。閃きを大事にダイニングテーブルに乗るシャムの使っていたフォークを手に取れば太ももに躊躇いなく突き立てて、歌詞に添いパンツがジワリジワリと赤く染まる中その傷口をグリグリと広げ「愛し合おうぜHoney,」穴だらけのセーターなんか要らないと残りを引き千切り暗転、全てをかき消す大きなレコードが狂ったように繰り返し鳴り響く中其の儘放置で一日が終わり)
……私に子どもはいない。
(傍若無人な彼らへの恐れが無いと言えば嘘になる。だが、どれだけ家を荒らされたとしてもペットのように首輪を付けられ鎖で繋がれていたとしても、アレックスがこの家の主であることは変わらないと、それだけが残されたちっぽけな矜持であった。売り言葉に買い言葉かのような罵倒の応酬をする少女の可憐な赤い唇から紡ぎ出される無垢な顔立ちに不似合いな暴言、けれどそれを払拭してあり余る愛らしい無邪気なキス、己を父と慕う愛情表現は彼女が妻のワンピースを無残に扱っていなければまた懲りずにベッドに組み伏せていたかもしれない。だが今はそんな劣情も遠く、ピエロかパンクバンドかと見紛うメイクを施しダイニングに姿を現した青年と入れ代わりに去っていった細い背中へ小さくぽつりと呟いたのはアレックス自身場違いにも程がある見当違いな呼称の訂正であった。本来の用途とはかけ離れた使い道を選ばんとする青年が手にしているネクタイを最後に身に着けたのはいつだったか、最新作の著者近影だったかもしれないし妻の葬式であったかもしれない。そんな持ち主の記憶も定かでない衣類まで引っ張り出してきた男の鼻歌はそれほど悪くなく、だがこのクレイジーなサイコパスにその民謡はあまりに噛み合っていなくて、「ハ…ならお前がコーヒーを淹れてくれ。私が思う物語を代筆でもしてくれれば、腕だって要らないだろう」新たに足に付け足された刺し傷が齎す酷い痛みのために冷や汗がだらだらと額から零れ落ち、それでも男に、アレックスに執筆させる意思が垣間見えたことに喜びすら覚えてしまう。脳味噌の中に浮いては沈む無数の言葉の数々は既に澱のように体内に滞っていて、表現しなければ狂ってしまいそうだった。「悪くない歌声だ」第九が懐かしい。残された数少ない自由の一つであった視界さえ奪われて、昨夜とは立場の逆転した不逞を晒すことになり、男から微かに漂うアイシャドウの香りが罪悪感を掻き立て、再び亡き妻に心から謝罪する。「I love you, __.」これほど朝陽が恋しい一日はきっとこれから先もずっとない。薄汚いダイニングルームにまた朝が来る。)