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僕は、神の裁きを待っている。/127


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自分のトピックを作る
41: ゴースト [×]
2015-12-20 21:49:13

「何で!?何でわかっちゃったの!?」って口々に言ってたんだけどさ、カミーユが涙目になりながら、わからないけど目が合っちゃったって言うんだ。

今考えれば、その理由はすぐわかるよ。
でも当時はそんなのわからなかったんだ。
ただ、カミーユは俺のせいだ。俺のせいだ。って泣いてた。

このままだと、もしかしたら僕達は捕まってしまうかもって思ったんだ。
考えてみれば、敵かどうかもわからない。
それなのに、僕達はもうそのスルツキ達を敵だと思ってた。
多分、あれは直感というか本能的なものだったと思う。
だって、味方は銃を持って来ないでしょ。

少しずつ車が近づいてくる音がして、この場所にいるのは不味いと思ったんだ。
僕は4人に急いでこの場所を離れて隠れようって言った。
僕は泣いているソニアの手を引っ張って、カミーユとメルヴィナはサニャの手を引っ張って、急いで走った。
だけどさ、結局俺達は8歳そこそこの小学三年生ぐらいの子どもだった。
例え僕達が必死に走ったところで、逃げ切れるわけがなかったんだ。

42: ゴースト [×]
2015-12-20 21:52:06

200Mくらい離れた小さな木の下に隠れたけれど、ゆっくりと車が近づいてくるのがわかった。
心臓が高鳴って、次第に息苦しくなってきたんだ。
頭の中では落ち着け。落ち着けと言っているのに、体中から汗が出てきて、静かにしなきゃいけないのに、鼻から息が吸えなくてさ。
口で音を出しながら息をしてた。
すぐ隣のソニアやサニャ達は、泣かないように必死に口を押さえてるんだよ。
でも、カチカチって歯の音がしちゃってさ。止めようとしても、その音が止まらないんだ。

正直に言って、僕はもうだめだと思った。
殺されるとか、そういうのはまだわからなかったのに、ああ。もう終わった。
そんな感覚に陥っていた。
多分、皆も同じ感覚だったと思う。
車の音も大きくなってきて、スルツキの民兵達の声も、鮮明な声ではないけれど、聞こえてきた。
何か恐ろしいことを言っていた気がするけれど、恐怖でそれを理解するほど、覚えているほど
その時の僕には余裕がなかったように思う。

43: ゴースト [×]
2015-12-20 21:57:09

見つかるのも時間の問題だったんだ。
そしたらさ、少し離れた所に隠れていたカミーユが僕を後ろに引っ張って、小声で囁いたんだ。
他の女の子には聞こえないようにしながらね。

「このままだと見つかってしまう。俺がスルツキを引き付けるから、その間に皆を連れて逃げてくれ。」

それを聞いて驚いたよ。
そしてもしかしたら助かるかもなんて考えてしまった。
でも、それをやったらカミーユはどうなる?
「危ないよ。ここで皆で静かに隠れてよう。」
僕は慌ててそう言い返したんだ。

だけど、カミーユは、それだと見つかるって。
皆殺されるって言うんだ。
「引き付けた終わったら、後を追いかけるから大丈夫。」
僕はわかったって答えた。
もうそうするしかないように思えたんだ。
そしたらカミーユはニコって笑ってさ、良かったって言うんだ。
そしてさ、「サニャの事、俺が戻るまで守ってあげてね。」って。


44: ゴースト [×]
2015-12-20 22:01:19

そう言い終わると、僕の返事を聞かずにカミーユは僕達が隠れている方向とは反対側に身を低くしながら走っていったんだ。
僕は3人に、カミーユが引き付けるから、その間に逃げるって伝えたんだ。
ソニアやサニャは駄目駄目って言うんだけど、メルヴィナは「そう。」って呟いただけだった。

スルツキの民兵が俺達まで20、30メートルぐらいまで近づいた時だったと思う。
向かい側の離れたところから、カミーユの声が聞こえたんだ。
たしかスルツキを馬鹿にするような言葉を発していたと思う。
それに気づいたスルツキの兵士たちが大声を出しながらそっちに走っていってさ。
俺達はそれを見て少し経ってから急いでその場から逃げたんだ。

メルヴィナがサニャを、僕がソニアの手を引きながらガムシャラに走った。
そしたら、後ろの方から乾いた音が何回か聞こえたんだ。
パパン、パパンだったかな。
それと同時に、さっきまで叫んでいたカミーユの声が聞こえなくなった。
僕は、まさかと思って、立ち止まりそうになったんだ。
引き返さなきゃって。

そしたら、メルヴィナが
「止まっちゃ駄目!」って言ったんだ。引き返したら、カミーユの行動が無駄になるって 。


45: ゴースト [×]
2015-12-20 22:07:42

息が続く限り走ったと思う。
それでも、移動した距離は1キロにも満たなかっただろうけれど。
肩で息をしながら、もう大丈夫だね。って言い合った。

そこからは歩いて山の下まで行ってさ、夜になるまでカミーユを待ったんだ。
だけど、結局カミーユは来なかった。
薄々皆気づいていたよ。あの音がしたときに、カミーユは殺されちゃったんだって。
でも、信じられなかった。
もしかしたらって思ってさ。
口にする事が出来なかったんだ。

気づいたら、皆涙流しててさ、人が死ぬって事はまだそんなに深く理解できる年ではなかったけど、
それでも涙が一杯出てきたんだ。
カミーユがさ、サニャの事が好きだってのは気づいてた。
それに、サニャもカミーユが好きっていうのは知ってたんだよ。僕は。
だけど、怖くて止められなかった。
カミーユが引き付けてくれれば、助かるかもしれないって思って。

46: ゴースト [×]
2015-12-20 22:11:56

泣きながら、サニャに「ごめん。ごめん。」って何度も謝った。
僕が殺したようなもんじゃないか。
そしたら、サニャはさ、自分だって悲しいはずなのに、無理して笑顔作って、
「祐希は悪くないよ。」って言うんだ。


太陽が沈んで、辺りが暗くなった頃、夜の山に子どもだけだと危ないからといって、山から出て道をあてもなく歩いた。
何でこんな事になってしまったんだろうとか考えながらさ。
沢山の星が綺麗に輝いてるのにさ、下は地獄だって思ったよ。

1・2時間くらいかな。
それくらい歩いてたと思う。
いきなり草むらから音がして、何人かの大人が出てきたんだ。
またスルツキかと思って、びっくりして逃げようとしたんだ。
だけど、ソニア達のヒジャブを見たからか、僕達がボシュニャチだとわかったみたいでさ、ボシュニャチの大人がこっちに来なさいって言ってくれたんだ。

あ、僕は日本人だけどね。


47: ゴースト [×]
2015-12-20 22:15:22

その人たちは、街で起きたことを教えてくれてさ、これからフォーチャへ向かって、それからゴラジュデに向かうから一緒に来なさいって言ってくれた。
ソニアやサニャは家に帰りたいって言ったんだ。
だけど、街にはスルツキの民兵や軍が来てボシュニャチやフルヴァツキの人たちを連れて行ってしまったから、行っちゃ駄目だって。
首都のサラエヴォでも戦争が始まったって言っててさ。
僕達は黙ってついていくしかなかった。

ライトを着けないで、街の反対側の山から向かったんだ。
車の中でさ、僕はまた泣きながら、カミーユに親切にしてもらったのに、僕は…って泣き言を言ってたんだ。

そしたら、サニャが僕の背中を擦りながらさ、
「カミーユが小さい頃に死んじゃったお兄さんが祐希とそっくりだったんだよ。
 初めて会った日にカミーユは嬉しそうに話してて、友達になりたいって。
 大丈夫だよ。カミーユは怒ってないし、悲しんでもいないよ。安心して。」って。


48: ゴースト [×]
2015-12-20 22:18:46

そんな感じの事を言われたんだ。
その時、僕が眺めていた時に何で話しかけてくれたのかとか、何で休み時間に教室に来てくれたり、一緒に沢山遊んでくれたり、優しくしてくれたりしたのかとか、不思議に思っていたことが繋がってさ…。

好きだった子が死んじゃって、俺よりも長く一緒に過ごしてた子が死んじゃったっていうのに、メソメソしている僕を慰めてくれてるサニャを見てさ。
あの時僕が勇気を出して行ってればって。
僕が行けば良かったって後悔した。
それと同時に、カミーユとの約束、サニャを今度は僕が守らなきゃって。
何かあったらカミーユのようにしてでも守らなきゃって誓ったんだ。

まさか、これからさらに悲惨な未来が待っているとは、想像もしていなかったよ。




49: ゴースト [×]
2015-12-20 22:25:39

車で舗装された道の近くまで来たところで、大人たちがここから先は歩いて向かうって言ったんだ。
僕達は、何で歩いていくの?まだ遠いよって言ったんだけどさ、フォーチャへ向かう道はここしかなかったんだ。
サラエヴォでは、スルツキ(セルビア人)の警察や軍が都市を包囲して戦いが始まっててさ、この道にもスルプスカの軍がいるかもしれないから、歩いて山を越えることになったんだ。
とはいっても、実際に山中を登って下ってというわけではなくて、道から数百メートルはなれた木々の中を歩いていったんだけどね。
まだ夜で周りは真っ暗でさ、すぐ目の前もよく見えなかったんだ。

月明かりだとか、星空だとかで案外見えるんじゃないかって気もしてたんだけど、木々に覆われた中では光が枝や葉に遮られてしまって、本当に暗かった。
周りは風で揺らされた枝や葉がこすれる音とか、時折鳥か何かの声がしたりして、とても不気味だった。
それでも、例え怖かったとしても、進まなきゃいけなかったんだ。
サラエヴォに向かうのは危険なんだ。
だから僕達に残された道は、ゴラジュデしかなかったんだよ。

幼い僕達にとって、夜寝ないで歩き続けるって言うのは、想像以上に辛いものだった。
家族がどうなったかわからないし、僕も父さんがサラエヴォでどうなったか、生きているのか、それとも僕がカリノヴィクを脱出した後に戻ってこれたのか、心配してないか、色々と不安だった。
不安という一言では伝えきれないほど、頭の中では色んな事がごちゃごちゃと渦巻いていたように思う。
体力的にも、限界は近づいてきていて、足は重いし、足元も良く見えなくておぼつかない。
時折、ガサガサと音がするだけで皆が伏せてさ、常に周りを警戒しながら歩いてた。
真っ暗でよく見えないお化け屋敷の中を延々と歩くようなものかな。
いや、起伏に富んでいて、足元が悪く、そして見つかったら殺されるかもしれないという不安が追加されているけれどさ。

もう歩きたくなかった。
大人におんぶしてもらえたら、どんなに楽だろうって何度も思ったよ。
でも、僕達は言い出せなかったんだ。
なぜなら、僕達よりも小さい子が歩いてるんだよ。
僕達よりも辛いはずなのに歩いてるんだ。
だから耐えるしかなかったんだ。
とはいえ、徒歩で山中を歩くのは時間がかかる。


空が赤くなり、少しずつ夜が明けてきた頃だったと思う。
フォチャ途中にある ミジュヴィナという街のすぐ近くまで来ていたんだ。
内心、やっと休めると 安心したよ。
だけど、周りがどんどん明けてくるに連れて、その考えが甘かった事に気づかされたんだ。
小さな街なのだけれど、そこからは黒い煙が立ち上っていた。
誰も口には出さなかったけれど、カリノヴィクと同じ状況になったというのは明白だった。


50: ゴースト [×]
2015-12-20 22:36:46

しかし、このままフォーチャに向かうのは不可能だったんだ。
僕達のグループは、大人数名に子ども数名、そしてまだ1歳ほどの赤ちゃんまでいたんだよ。
まだ4月とはいえ、喉はカラカラに渇いていたし、お腹もすいていた。
赤ちゃんに至っては、もう元気がなくてぐったりしていたんだ。

だから、一人の男性が街に行って、食料とかを調達してくることになった。
もしスルツキ(セルビア人)に見つかったら殺されてしまうのではないか?といった疑問もあったけれど、彼はスルツキ(セルビア人)とボシュニャチ(ボスニア人)の
ハーフだったから、大丈夫だよといって出かけていった。

待っている時間はとても長く感じた。
もし帰ってこなかったらこのままフォーチャに向かうしかない。
そして、向かったとしても、このミジュヴィナと同じ状況になっているかもしれない。
未来が見えなかった。
希望の光が見えなかったんだ。
幼い僕ですらその状況なのだから、大人たちはもっと深刻に感じたいたかもしれない。
まだ肌寒い季節なのに、そういった変な興奮状態からか、体は火照っていたように思う。
恐らくは、疲労の為に体が熱くなっていたのかもしれないけれどね。


51: ゴースト [×]
2015-12-21 16:10:55

彼の帰りを待ち続けてから、4時間か5時間ほど経過していたと思う。
時計を持っていなかったから、何時頃かまでは正確にはわからないけれど、お昼近かった、もしくは過ぎていたかもしれない。
待っている途中に、何度か道路を車が通り過ぎて、その度に皆で伏せたりして身を隠し、物音を立てないようにしていた。
普通であれば、通り過ぎる車は市民であったり、伐採した木材を運ぶトラックだったりしたのだけれど、この時通過していった車は、武装警察か民兵、あとはユーゴから抜けたスルプスカの軍隊ぐらいだったと思う。

もしかすると、フォーチャも既に同じ状況かもしれないという不安が、車を目にするたびに確信に変わってきていた。
それでも、街から彼が戻ってこない限りは、どうする事も出来ない。
何時になったら戻ってくるんだろう。
もしかして何かあったのかもしれない。
そんな不安も過ぎっていた。
だけど、何かあれば街から音がしたりするんじゃないか、いや、距離があるから聞こえないといったやり取りを、大人たちはしていた気がする。
僕やメルヴィナたちは、特にする事もなく、息を潜めながら、小さい子ども達をあやしたりして待っていた。



52: ゴースト [×]
2015-12-21 16:15:41

すると、朝に食料や水を取りに行ったボシュニャチの人が、スルツキの青年二人を連れて、僕達の隠れている方向に向かってきたんだ。
皆混乱した。
何人かの大人は、彼が僕達を売ったと言ったり、仲間になってくれるんじゃないかと言ったりして、話し合っていたんだ。
しかし、このままここで待っているのは危険すぎる。
もし本当に彼が僕達を裏切ったとしたら、僕達の運命は終わったも同然なんだ。
だから、この場から離れて逃げようといったり、隠れてスルツキの青年たちの様子を見て、隙があれば殺そうといったりして、揉めたんだ。
この時、話し合いを聞いていたけれど、子ども達は長時間の移動と、緊張の連続で疲れ果てていた。
だから、淡々と、「どうなるんだろう」と考えたりしていて、子ども達は静かだった。

結局、すぐに結論が出る話ではないわけで、僕達は見つかる前に、とりあえず隠れる事にしたんだ。
様子を見てから決めても遅くは無いってね。
相手は武器も持たない青年二人。
両手に大きな荷物を持っている。
例え武器だとしても、取り出す前に殺せると考えたんだろうと思う。
恐らく、100メートルぐらいまで近づいてきた頃かな。
ボシュニャチの彼と、スルツキの青年二人が、手を振り出したんだ。

53: ゴースト [×]
2015-12-21 16:20:07

もしかして、僕達を狙っていないんじゃないかって大人が言い出した。
でも、また別の人が、いや、これは罠だ。って言い出した。
どっちかわからないんだ。
他民族どころか、もう同じ民族の人間ですら、朝まで仲間として共に行動していた人間ですら信用できなくなっていた。
僕自身も、日本人ではあるけれど、この時は自分もボシュニャチの仲間・同胞といった様な意識が芽生えていたように思う。

それからしばらくの間、僕達は三人のことを注意深く観察したんだ。
実際に観察していたのは大人で、僕達子どもはその様子をちらっと見たり、聞いたりするぐらいだったけれどね。
何か手を振る以外に何らかの行動を取ると大人たちは思っていたみたいだけど、彼らが何かをする素振りは見せなかったんだ。
ただ、手を振って、そしてじっと待っているだけだったんだ。

そしたらさ、こんな時に限って、先ほどまで静かにしていた赤ちゃんが泣き出したんだ。
そりゃそうだよね。
もう丸一日以上ろくに水分補給もしていないし、赤ちゃんが泣くのは仕方が無い。
でも、タイミングが最悪だった。
当然、彼らはすぐにこっちに気づいたよ。
大人たちは、彼らと目があったのか、それとも彼らがこっちに振り向いたのか、
「あぁ・・・。」といったような諦めの言葉を発した気がする。



54: ゴースト [×]
2015-12-21 16:24:06

気づかれてしまい、もう駄目だといったような雰囲気が、僕達の中を包み込んだんだ。
だけど、彼らはこっちに気づくとさ、ニコニコしながら向かってきたみたいで、僕達の目の前まで来た時も、安心したような表情を浮かべて、3人で来た経緯を話してくれたんだ。

彼らが話していた内容は、長くて殆ど覚えてないから、簡単に要約するけれど、スルツキの青年二人の街ミジュヴィナでもカリノヴィクと同様の事が起きたんだ。
つまり、非スルツキの人々にスルツキの警察が襲い掛かってさ、連れて行ったり、抵抗する者は見せしめに殺害・暴行したりしたらしいんだ。
それでさ、ハーフの彼が街に入った時、ちょうど亡くなった遺体とかを積み上げていたところだったらしい。

それでさ、この時一緒についてきたスルツキの青年二人が、ハーフの彼に気づいたらしいんだ。
そして、ここは危ないから、早く逃げるように言ってくれたんだって。
だけど、食料と水がない状態ではゴラジュデどころか、近くのフォーチャにもたどり着けないって言ったんだって。
小さい子どもや、年配の老人もいるから、食料と水が必要って。
そしたら、二人がわけてあげるって言ってくれてさ、そして自分たちもついていくと言ったんだって。
ハーフの彼は断ったらしいんだけど、もし自分達がついていけば、万一民兵や警察に見つかった時でも、二人が出て行けば誤魔化せるかもしれないからってさ。

55: ゴースト [×]
2015-12-21 16:28:16

彼らが言うには、ミジュヴィナの街で、その虐殺というか、さっき言った様な事態が発生した時に、何人かのスルツキの人々は、ボシュニャチやフルヴァツキの人々に危害を加えるのに反対したらしいんだ。
昨日まで隣人として暮らしていた人を殺すのは止めようって。
でも、そう言った人たちの殆どは、警察に酷い暴行を受けたり、殺されてしまったんだって。
だから、自分たちはこんな所に居れない。
居たくないって事だったらしいんだ。

話を聞いた後、大人たちだけで話し合って、結果的には一緒に行動する事になったんだ。
それで、山の中で食事や休憩を済ませた僕達は、夕方になるのを待ってから、フォーチャに向けて歩き出したんだ。
フォーチャへの道のりは、車だとそこまで遠いわけでもないのに、とても長く辛く感じた。
これからどうなるかもわからない不安の中で歩くのは、とても根気のいる事だったんだ。
夕方の時間帯は何とか大丈夫でも、夜になればどうしても眠くなるんだ。
ただ、夜のうちに行動したほうが安全だからと言われて、歩くしかなかった。



56: ゴースト [×]
2015-12-21 16:31:24

人間ってさ、本当に眠い極限状態の時は、どんな状況でも寝れるみたいでさ、子どもだけでなく、大人でさえも、半分寝ながら歩いていたんだ。
子どもに至っては、ふらふらしながら歩いていてさ、危ないからということで、皆で手を繋いで、一列になったんだ。
小さい子がうとうとしても、大きな子や僕達ぐらいの年の子が転ばないように注意しながら支えて歩いたんだ。
それで何とか、朝が明ける前にフォーチャ付近までたどり着いた。

フォーチャの街に入るには、本当は橋を渡った方が近いし楽だったんだ。
だけど、橋の付近にはスルプスカの警察や軍が検問を張っているかもしれない。
一緒について来てくれたスルツキの二人が、橋は避けたほうが良いと言うので、僕達はフォーチャ手前で川を直接泳いで渡り、超えることにしたんだ。

ただ、体力的にも限界が近づいていた僕達には、水の中を泳いで渡るのはとても過酷だった。
渡る途中で、母親におんぶされていた幼児が流されてしまってさ。
助けなければいけないのに、誰も泳いで幼児の所まで行く体力が残っていなかったんだ。
母親は子どもの元へ泳いでいこうとしたんだけど、他の男の人に止められたみたいで、結局僕達は、その幼児が流されて沈んでいくのを見ているだけしか出来なかった。


57: ゴースト [×]
2015-12-21 16:34:35

川を渡って、山の方からフォーチャ市内へ向かった。
街は、カリノヴィクやミジュヴィナと違って、家が燃えたり人の悲鳴が聞こえたりといった状態にはなっていなかったんだ。
僕達はほっとして、そしてスルツキの二人が念の為様子を見てくると言って、先に街の中へ入っていった。
多分1時間くらいして戻ってきて、大丈夫だから行こうという事になった。

この日は、カリノヴィクから逃げてきてから大体二日ほど経った日で、92年の4月7日だった。
もし、フォーチャでもカリノヴィクと同じ事が起きていたらどうしようと思っていたけれど、実際にはまだ何も起きていなくてさ。
とりあえず、皆安堵して、親戚や知人がいる人たちはその家に向かい、行き場のない人達はモスクへ向かったんだ。
以前ソニアやソニアパパと来た時は、街もかなり活気があって、人々が溢れていたのだけれど、この時は人が少なくて、多分外に出ていなかったんだと思う。
それがとても印象的だった。

58: ゴースト [×]
2015-12-21 16:38:09

僕達が向かったモスクはさ、前にソニア達と一緒に来たモスクだったんだ。
あの時は、まさかこんな形で再び来ることになるとは思わなかったけれど、安心した気がする。
これからどうしたらいいのかとか、父さんは無事なのかとか、色々と聞きたいことや不安は山積していたのだけれど、緊張や疲労から体力的に限界がきていた俺やソニア達は、着いてからすぐに寝てしまったんだ。

たったの数日、二日ほどの出来事だったのに、ゆっくりと安心して建物の中で寝られるのが、とても久しぶりに感じた。

目が覚めたときには、もう辺りは暗くなっていて、夜になっていたんだ。
かなり長時間、寝入ってしまっていたんだ。
起きたら何だかトイレに行きたくなってさ、俺は大人の人を呼んで一緒に行ってもらおうと思ったんだ。
早朝まで暗い山や森の中を歩いて来たというのに、トイレに一人で行くのが怖かったんだ。
変だよね。
でも、周りを見渡してもモスクの中には大人が誰も居なかった。
あれ?おかしいな。もしかして夢なのかな?とか、まだ寝起きで頭がぼーっとしていた僕は思っていたんだ。
だけど、少ししてさ、外が騒がしいのに気づいた。



59: ゴースト [×]
2015-12-21 16:42:09

どうしたんだろうと不思議に思って、モスクの外に出て周りを見渡したんだ。
そしたら、街中から人の悲鳴とかが聞こえてきてさ、時々、つい先日耳にしたのと同じような乾いた銃声の音が聞こえたんだ。
嘘だと思った。
やっと安心できると思ったのに、たった一日、いや一日も経たずにこんな事ってあんまりだと思って、自分の目を疑った。

でも、何回も目を擦っても、耳を叩いても、目に見える光景や音は変わらなかったんだ。
そしてよく見るとさ、街の所々から火とか煙が上がっていて、信じたくなかったけれど、これが夢の世界の出来事なんかじゃなく、現実に起きている事だと受け入れるしかなかった。
そう考えたらさ、さっきまで何ともなかったのに、急に足の力が入らなくなってしまって、地べたにペタンと座って立てなくなったんだ。
心のどこかで、もう逃げ切れないんだな、ここで死ぬしかないんだなと感じた。
希望を持たなければここまでショックを受けなかったと思う。
だけど、フォーチャに着いて、もう大丈夫かもしれないと希望を持ってしまったんだ。
それをもがれるのは、まだこの時は耐えられるものではなかった。


60: ゴースト [×]
2015-12-21 16:46:00

それから少しの間、その状態のまま座っていたと思う。
気づいたら、周りに一緒にここまで行動してきた大人達が居て、その人たちも同じように唖然とした表情で街を見つめていた。
恐らく、最初から近くにいたのかもしれないけれど、街の状態でショックを受けていた僕は、気づかなかったのかもしれない。
そのまま僕はまたじっと、燃える街を見ていたんだ。
そしたら、ソニアが起きてきて、僕の隣に来たんだ。

「祐希ー、街綺麗だねー。わー赤い星がいっぱいだよー。」

といった感じの事を笑いながら言うんだ。
一瞬、僕はソニアが何を言っているのか理解できなくてさ、表情を見たら、何か笑っているけど、ぼーっとしていてさ、目の焦点が合わないような変な表情をしていた気がする。
おかしいって思って、何言ってるのか何度も聞いたんだ。
だけど、ソニアは笑って、綺麗だね、しか言わないんだ。
物じゃないけどさ、ソニアが壊れちゃったと思った。


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