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個人用・練習用
自分のトピックを作る
32:
ブラック [×]
2015-02-24 04:10:22
温泉旅行(中編/1日目)
先に部屋に向かってもらい俺は受付ですべき事を済ませた。
そのまま部屋に向かっても良かったのだが、何となく気まずさを覚える。
「……あ」
1人の女の声が後ろから聞こえたので振り返ってみると、和服を着た20歳ぐらいの髪の長い女が居た。
茶色い髪を後ろで団子結びしており、薄いピンクの和服を身に纏って何故だか頬を少し赤らめていた。
「俺に何か用か?」
恐がらせるつもりは無く、元々口が悪い方なので怯えながら首を振り「さっき、もう1人似たような男の子が居たような気がしただけです」とどこかぎこちない素振りを見せながら答える。
『似たような』なんて言われ慣れたが、昔もよく『似たような子』や『そっくりな男の子』なんて言われた。
それが何だと言う話だが、俺――六条道りとにとっては俺と恋也が兄弟だというのは大事だったりする。
「弟。1つ違いの」
短く告げて俺は女から離れた。
正直苛々はしている。
戸を開いて開口一番に「死んでしまえ」と言い荷物を置き、その場から去る。
俺と恋也の兄弟仲は最悪だ。
口を開けば喧嘩、時には殺し合い、まぁ、俺が一方的に暴行を続けているだけだが。
小さい時から仲は良い方ではなかった。
それでよく母さんに叱られた事も何度かあったのも事実。
その母さんもとっくの昔に交通事故で亡くなってしまったのだけれど。
弟――恋也はと言うと、当然いつもと変わらない無表情で端末を弄り、何も知らないような、俺が気に食わない態度をしている。
そんな恋也を梅の間に残して俺は旅館の外に出る。
12時前ぐらいだろうか、ほのかに太陽が暖かく少しだけ眩しさを感じる。
片目を瞑って顔の前に手をかざし、太陽を一瞬見ては視線を下に逸らす。
辺りは完全に木。
緑と言うより黄色や赤、オレンジが辺りを埋め尽くしていた。
『――こっちにおいで』
どこからか声がした。
小さい女の子のような、高い明るめな声が右耳で響いた。
**
ある時7、8歳の女の子が神社に祭られていたという。
その子の名は「サトコ」。
サトコは5、6歳の時から霊が見えた、そう本人は口にしていたそうだ。
そしてある大津波の前の晩サトコが「大津波がくる」という内容の事を呟いた。
次の日、大津波はサトコが言った通りの時間、高さ、速さでやってきた。
村人はサトコを「神の使い」として神社に祭り、定期的に祭りを行った。
とある大雨の日。
神が怒っていると思った村人たちはサトコを崖の上から川へと、突き落とした。
神の使いを神の元に送るために――。
そしてその行為が村人たちを襲った。
毎月その日になれば誰かが可笑しな死に方をした。
ある者は喉に石を詰まらせ、そしてある者は上半身と下半身を切り裂かれ、様々な出来事が起こった。
それを「サトコの崇り」と村人たちは口をそろえてそう言った。
それから何千年後、その土地に「二階堂旅館」が建てられた、と和服を着た女性が俺に教えてくれた。
**
「――って言われたんだが、信じれるか?」
『そう言われても……。僕心霊系そこまで信じないし……恋也に聞いてみたら?』
「嫌に決まってんだろ」
『何で?』
「何でって……お前に言う必要ねぇだろ」
『素直じゃないね、りとも恋也も。ま、僕には関係がない事だけど、夜中目が覚めないようにね』
「あ!おい!!……切るなよ」
一番下の弟に先ほど聞いたことを伝えてみたのだけど、全く信じてもらえず通話は終了した。
僅かにゲームの音が漏れて聞こえていたのでゲーム中だったのだろう。
素直じゃないと言われた事にはあえて反応せずに、端末を仕舞いあまり気が進まないが梅の間に戻る。
戸の前で大きく溜息を吐き、頭を掻いて、再び溜息を吐いてから戸を開けた。
まず目にしたのは障子で俺の目の前で閉まっていた。
さっきは開けっ放しで出てきたため恋也が閉めたのだろう。
障子越しにぼんやりと影が映っているのを確認して「おい」と声をかける。
「…………」
障子越しの影はゆっくりと振り返ったように思われる。
影は動いていた訳ではなく、ただぼんやりとそこに居た。
その影に声をかけて、影が振り向いたのは良いが何となく違和感を覚える。
どうみても弟の影には見えない。
髪の毛がボブカットで和服を身に纏っているのようなそんな気がする。
嫌な予感がした。
ゴクリ、唾を飲み込み半歩後ろに下がったのと同時にその影が、動いた。
手招きをしながらどんどん近付いてくる。
そして障子の目の前に来て、ゆっくりと本当にスロー再生のように手が伸びて、障子が開いた。
「……は?」
障子は開いたのに誰も居ない。
俺が見ているのはただの「梅の間の部屋」で特に変わった事はない。
一気に力が抜け俺はそのまま床に倒れた。
気が張って疲れていただけなんだとそう思い仰向けになって息を整える。
背中には冷や汗を掻いて、いつの間にか呼吸も乱れていて薄気味悪かった。
「りと?」
「うわぁぁ!!……何だ、お前か……」
急に恋也が現れた。
上から覗き込む様に声を掛けられて一瞬驚きで飛び起きたが、弟だと気付けば少しの恥ずかしさがある中、安心感が襲った。
「お前かって……声かけたのにも関わらずぼんやりして、急に横になって何してた?」
「何してた?じゃねぇよ。和服着た奴がその障子の前に居て、そいつが急に動いて影が障子開けたら誰もいねぇし……」
「俺ずっと此処に居たけど」
「は?」
恋也がこの部屋に居て、さっきの奴がもし恋也だとすればコイツの悪戯と言うことに捉える事は可能だが、障子を開けた瞬間にどこかに隠れないといけない。
この部屋は障子さえ開けてしまえば辺り一面を見渡せる。
それに旅館の部屋なんて隠れる所なんて押入れしかない。
押入れは俺のすぐ右隣にあり障子を開けて押入れに隠れるなんて不可能だ。
じゃぁさっきの影を恋也じゃないとすれば考えられるのは――「サトコ」だろう。
俺が見たものは「サトコ」なのだろうか。
**
温泉旅行(中編/2日目)
温泉旅館に来て2日目。
昨日はあれから特に話すことなく、飯を食い、温泉に入り、寝た。
恋也に着替えがない事は知っていたので俺の服を貸そうかと考えていれば、旅館の貸し出し用浴衣を着ていた。
俺の服は明日にでも貸してやろうと思った。
そして2日目。
特にする事も無いが、まぁ土産ぐらい買ってやろうと思い荷物持ちとして恋也を同行させた。
俺の服を貸し、旅館から出たのは良いが本人は嫌そうだった。
「なぁ……」
少し声を掛けてみる。
無視である。
それもそうだろう、寝ているところを無理矢理起したのだから。
旅館から土産場までの道のりを歩いていると、昨日通ったはずの道なのに全く違うように見えるのはもうそんな季節なのかと思わせるほどに紅葉が進んでいた。
赤い紅葉に黄色いイチョウ、たった1日でこれほどまでに変化するのかと感心してしまうぐらいに昨日とは木々が違っていた。
そんな感動は1人でしておくとして、隣を歩いている弟がすごく不機嫌なのは気のせいだろうか。
「悪かったって何度も言ってるだろ」
「起した事に文句言ってない。起こし方に文句言ってる」
「普通に起しても起きねぇだろ、お前」
「…………」
俺がコイツを起した方法なんて絶対に他の奴には勧めないが、コイツの目の前に大嫌いな蛇の写真をアップで見せ付けた。
しかも結構リアルな蛇の写真を。
当然蛇嫌いな恋也は飛び起きて数十分間放心状態だったが。
「嫌いな物がないりとは何されても鼻で笑えるだろうけど、俺は昔から蛇は嫌いだって言ってたはずだけど」
「だから謝ってんだろ」
「謝れば良いって思ってやるからどんどんエスカレートするんだろ」
「じゃぁどうすれば許すんだ?お前は」
「俺は兄貴に土下座しても許しを得た覚えがないんだけど」
さっきからこの調子で全く進展しない。
歩きながら喧嘩して今にも殴りたい。
その感情を抑えつつ口論している訳だが、俺がどれだけ謝っても許してもらえないのは俺も恋也がどれだけ謝罪しても許した事がないからだろう。
俺が恋也を許さない理由なんて人を許す方法が分からないからだ。
ここで今までのこと全て許すから許してくれなんて言うのは都合の良すぎる話だ。
プライドが高い人間は謝罪する事を酷く嫌うと俺は思う。
俺自身がプライドが高い方だとは思っている。
兄としてのプライドなのか俺も人に謝るという事は一番やりたくない事だ。
それでもやり過ぎたと自分でも反省はしているので誠意はあまりないが、謝罪をしているものの全く許してもらえずにいる。
一か八かでしてみるしかない。
「……分かった。許せとは言わねぇから機嫌直せ。何でもしてやるから」
半分呆れながら言ってみると恋也は足を止めて「何でも?」と聞き返してくる。
さすがに俺でも何でもはやりたくない。
喋るなとか寝るなぐらいは出来るが、男としてやりたくない事だってたくさんある。
冷たい風が吹いて暫く経ってから恋也は面白い物を見つけたような表情で口を開いた。
「俺が何言っても何をしても一切合切文句言わず、忠実に従え」
また無理な難題を……。
俺に一番向いてないのが文句を言わない事だろう。
自分で言ったのだから仕方がない、従うしかない。
「あー……はい」
とりあえず返事をしておこう。
返事をすれば恋也がまた口を開いた。
「俺の事を『お前又はてめぇ』等で呼ばない。全て名前呼び」
「あぁ……」
「あと、疲れた。目的のとこまでおぶって行け」
「あぁ」
返事の仕方には文句ないらしい。
恋也をおぶりながら歩いていると当然周りに見られて気にはしてないと言えば嘘になるが、俺の背中で熟睡している恋也をどうすれば良いのか全く分からない。
土産場に着くと色々な屋台があり、お守り屋や食べ物屋、アクセサリー等など色々な物が売られている。
暫く辺りを見渡し、気になったところを少し覗いてはブラブラと歩いている。
2、3歳の子供なら微笑ましい光景なのだろうけど、1つ違いの弟をおぶって歩いていると微笑ましさと言うより怪我でもしたのかと思われやすい気がする。
「おい、恋也……」
声をかけても全く起きる気配が無く、どうしたもんかと考えていると休憩所と書かれた看板が目に入りそのまま休憩所に向かう。
中に入れば数人の人が居てほとんどが老夫婦だった。
恋也をゆっくり下ろし、羽織っていたパーカーを掛けて隣に腰掛ける。
イスに座っている人も居れば床に座っている人も居て、俺と恋也は壁を背にして床に座っている。
辺り一面木製で少し肌寒いと思われるが俺の斜め上にエアコンがあった。
地味にぬるい風が当たるのでエアコンは動いているのだろう。
「りと……」
不意に恋也が口を開いたので視線を向けるとどうやら寝言だったようで、規則正しい寝息を立てている。
そうやって黙って寝ていれば可愛げがあるのに。
俺がそんな事を思っているともぞもぞと動いて俺にしがみついてくる。
「おーい」
そう言えば今朝も枕にしがみついて寝ていたような気がするなと、あやふやな記憶を思い出しつつ何かに抱きつかないと寝れないのかと思い、笑みが零れる。
体を揺すっていれば恋也は目を覚まし一瞬で俺の傍から離れていくのかと思えば、寝ぼけているのかそうじゃないのか分からないが、ボンヤリとしている。
「起きたか?」
「……此処何処?」
「土産場にある休憩所」
数回欠伸をした恋也は立ち上がり辺りを見渡してから「土産、買いに行くんじゃなかった?」と尋ねてくるが恋也が寝てたからとは言えず、俺も立ち上がり出口に向かう。
とりあえず目に付いた土産屋に寄り、姉と一番下の弟に土産を買おうと思う。
土産屋は至ってシンプルと言うより昔の家に近い感じで、辺り一面木製。
今にも何か出そうな気がするがそれは気のせいだと言い聞かせてキョロキョロと辺りを見渡す。
360°キーホルダーや食べ物が置かれており、実際のところどちらを買えば良いのか良く分からない。
「……猫のぬいぐるみ?」
恋也がぽつり呟いたのが聞こえた。
声がしたほうに振り向くと、そこには招き猫ぐらいの大きさの猫のぬいぐるみが置かれていた。
しかも神社の神様を祭るかのように。
そしてその画はふとどこかで見たことの在る様な錯覚に侵される。
決して見た事はないはずなのに何故か見覚えがあるようなぬいぐるみの置かれ方。
気になってその猫のぬいぐるみを眺めていると、首に何か掛かっていることに気付き、目線を合わせて読んでみると『幼子、川にて死す』と筆で書かれていた。
――まさか、な……。
引きつった表情をしつつ猫のストラップを2つ買い、その土産屋を後にした。
「なぁ……」
旅館に戻って来てから薄気味悪さが増して何故だか無駄に汗を掻いている。
俺が汗かきと言う訳ではない。
旅館の扉を開けたときに何か生暖かいものが体にねっとりと張り付いたというより、横を通り過ぎていったという方に近い感覚に襲われた。
恋也に声を掛けたのだけれど恋也は俺の呼びかけには興味ないのか、ずっと端末を弄っている。
静まり返る梅の間。
「きゃぁ!」
急に若い女の声が響いた。
声の響きからして廊下なんだけれど俺はあまりにも驚きすぎて畳の上で丸くなってしまった。
女の声が聞こえる前に電気が消えて目の前が真っ暗になってすぐに女の声が聞こえた。
そしてガンッと何かが扉にぶつかる音がして俺は目を瞑った。
その後に聞こえた声に拍子抜けするのだが。
「す、すみません!ちょっと躓いて、その拍子にドアにぶつかってしまって……」
「気にしないで」
女の謝罪に恋也が答えていると電気が点き、ただの停電だと放送が流れてホッと胸を撫で下ろす。
だが、俺はホッとしていれば弟恋也があり得ないと言う様な表情で俺を見ている。
「……もしかして暗いの苦手?」
「んな訳ねぇだろ」
違う方に捉えてくれたのが吉か凶なのかは分からないが、俺が苦手なものは知られていないのだろう。
喜んで良いのか分からないが。
溜息を吐きながら上半身を起し、そう言えばとこの時間帯の月が綺麗だとHPで読んだ為、温泉に入ろうと立ち上がれば袖を引っ張られる。
恋也は俺の近くに座っていたので腕を伸ばしただけで袖を掴めたんだろう。
どこか暗い表情でたった一言「兄貴……」と俯きながら呟いた。
その様子を見て自分でも可笑しくなったんじゃないかと疑問を抱くほど、普段の恋也を知っている俺にとって異様な光景だった。
俺の袖を引っ張り、俺の事を兄貴と呼ぶなんて中学生ぐらいならまだ分からなくもないが、それを実行しているのは今年で16になる現役高校生。
「どうした?お前らしくもねぇ」
しゃがみながら尋ねても答えることは無く、俺の性格が気分屋でもある為かやや怯えながら目を逸らしているあたり、何か知られたくない事でもある可能性があると捉えられる。
「恋也……俺温泉行ってくるから」
「ん……」
「手、離してくれねぇか?」
「ん……」
返事はするものの行動する気は無いようで、一体何がしたいのか全く検討もつかない。
窓の外にでも蛇がいるのかと思い目を凝らしてみても窓の外は真っ暗で、それ以外目立つものもない。
「恋也、言わねぇと分からねぇだろ……。どうしたんだ?」
「1人で風呂に入りたくない」
俺か、と突っ込みを入れてしまうほどバカらしい理由がそこにあり、思わず肩を揺らす。
昨日は入れたのになんて理由は恋也には通じないだろう。
昨日の恋也は多分、誰も寄せ付けない負のオーラが全面に出ていたのだろうから。
中学の時から時々溢れている俺と似ているものが。
「昨日は入れただろ、それとも気が張ってねぇと1人で風呂にも入れねぇのか?」
からかい半分で尋ねた言葉だった。
そのまま手を離されどこかに出て行くんだとばかり思っていたのに、恋也は俯きながら「商売相手がこの旅館に居た」なんて言われた。
俺は恋也の商売おそらくバイトだろうけどを知らないので、どんな商売をしているとも説明が出来ないが、偶然が重なる事だって僅かな可能性だが、可能性として存在する。
「そりゃぁ、居るだろ。俺の知り合いも居るかも知れねぇからな」
「そうじゃない。付けられてた……まぁ、気が付いたのは昨日りとが出て行った後だけど」
「尾行されてたのか?」
俺が尋ねると恋也はさらに顔を暗くして口を開いた。
「俺が中学2年の時からずっと俺にストーカーしてるかもな」
どこか呆れたような表情で告げた恋也の瞳には光は宿っていなくて、そんな世界に住んでいる為なのか、興味のない物を見るような目で告げた恋也に掛ける言葉を探しているより先に感情任せに口が勝手に動くのは、俺の悪い性格の1つかもしれない。
「何でんな面して言えんだ、あ?結局お前……恋也は何が言いてぇ?俺に助けでも求めてんのか?だったらお門違いだ。警察に言え」
それだけ言って俺は着替えを持って部屋を出た。
そしてそのまま温泉に向かい月を見ながらあまり良い気分ではない入浴をしていた。
ただ、自分で言った事は守ったつもり。
温泉から上がって部屋の前で冷静になりながら扉を開けようと、ドアノブに手を伸ばせば聞いた事のない声が聞こえてきた。
あまり人の話を盗むのは得意な方じゃないが、扉に背を預けて後ろから聞こえてくる会話に耳を傾ける。
『さっきから何度言わせるんだ。30万あげるから売れって』
『何回も言っても売らないに決まってるだろ、それにあの話は昨日の昼間に俺を売ったので終っただろ。いくら客でも身内まで売れる訳がない』
『ふーん……そこまで否定するなら力づくで行動しても構わないけど、君のお兄さんこういう事は初めてだろうけど仕方ない』
『……何が目的なんだよ、お前』
『君のお兄さん――りと君だっけ?彼結構ルックスも良いし賢いから女子に人気だろうな。でも賢いのに君のこんな姿は知らないなんて残念だなぁ。身体中にこんなにキスマーク付けられてるなんて、な』
会話の内容が全く理解できない。
何を売れと言っているのか、こういう事とは何の事なのか、理解に苦しむ。
ただ1つ理解することが出来るのは恋也は扉の向こうに居る奴の事を「客」と言っていたので、その客とやらは商売相手なのだろう。
『1回だけなら問題ないだろ?1回兄を売って自分は30万入るんだぜ?良い話だろ?』
『…………』
『黙るって事は良いって事だな、また次回いつもの場所で』
そう言って客が生み出す足音らしきものが近付いてくる。
俺は少し離れて扉の目の前に立つと同時に扉が開かれて見知らぬ男が現れた。
体つきは中肉中背でどこかのサラリーマンだろうか、スーツ姿で俺達が居た部屋に来ていて上記の会話をしていたのだろう。
初めはバイト先のマネージャーなのかとも思ったが会話を聞いている限り何となく違う気がしてたので、男の逃げ場所が無いように両手で壁に手をつき、通せんぼをする。
いわゆるエアー壁ドンだ。
「お前、俺を売るとか言ってたな。何が目的だ?話さねぇなら無理矢理か警察に脅迫で通報するけど問題ねぇよな。お前が力づくで行動に出るなら俺も暴力の世界で対抗してやるけど?」
中央中学校4ヶ条。
1、六条道りとに近付くな、半殺しにされる。
2、六条道恋也に近付くな、病院送りにされる。
3、数学の宿題は必ずしろ、反省文行きだ。
4、英語の授業は寝るな、寝てしまえば雑用を押し付けられる。
俺と恋也が卒業するまでこの4ヶ条は全く変わらなかったが、今は多分1と2は変わっているだろう。
この4ヶ条のトップ3に居るという事は、学校内全ての生徒に恐怖心やプレッシャーなどを与えている事になる。
俺は喧嘩した奴を大体半殺しにしている。
恋也は病院送り。
それぐらい俺の暴力は凄かったのかもしれない。
睨みつけながら言ってみると、男は急に蒼白な表情になり下記を言う。
「な、なな何でも、ない、です」
男はガクガクと震えながら首を横に振り、怯えているのかと思うほどビクビクとしており今にも自分の首を吊ってしまいそうなほど真っ青になっていた。
「だったらさっさと帰れ。旅館から今すぐ」
片手を外したら男は猛ダッシュで俺の傍を離れていき、男の姿が見えなくなったところで恋也に目を合わす。
「……お門違いじゃなかったのか」
呟くように尋ねられた言葉に一瞬間を置いて、呆れたような表情をしながら俺はこう告げる。
「俺は気分屋だ」
**
温泉旅行(中編/2日目/告白)
告白と聞いてまず何を思い浮かべるだろうか。
大体の人は「恋愛感情」の告白だと思うだろう。
その予想は多分、いや、100%外れている。
俺がする告白は「恋愛感情」ではない告白だ。
**
恋也も温泉に入り、飯を食い終わって特にすることも無くそろそろ就寝しようかと考えている頃。
恋也は先に布団に潜り込むように入って行き、俺に背中を向けて横になった。
俺はドア側で、恋也は窓側。
部屋の電気を消して俺も布団に入って暫く目を閉じていれば「……1つ聞いて良いか?」と恋也に尋ねられる。
お互い背中合わせで会話をしている為、表情は分からないが声のトーンで何となく想像するしかない。
「んだよ」
短く返事をしながら、目を開いて何を聞かれるのだろうと頭の中で考えていると、当然と言えば当然の質問が恋也の口から発せられた。
「何で、俺と出かけてる?正直俺とりとは仲が悪いのは誰だって分かってる事だけど、何で俺を此処まで連れてきた?」
なぁ……、と言う声と共に布が擦れる音が聞こえたので、きっと振り返ったのだろう。
俺の背中を恋也は見て、俺は少し遠くに見える戸を見て、お互い話しているんだろう。
あくまで予想だが。
何故答えないといけないのか、良い言い訳はないのだろうかと考えながら早く寝てしまおうと返事をしておいて、無責任な事をしようとしている。
隠しておく必要があるのかないのか、自分では分からない。
「気分……」
気分屋だから、そう付け足そうすれば視界が戸から恋也の顔に変わる。
恋也の顔が凄く近くて恋也の肩越しに天井が見えたので、仰向けにされたのだろう。
こういった類が好きな人は萌えるだろうが、俺は押し倒されたと言うより、無理矢理目を合わさせられた、と言った方がしっくりくるかもしれない。
押し倒す、ならきっと恋也の両手は俺の顔のすぐ隣になるんだろうけど、恋也の左手は俺の服(旅館の貸し出し用浴衣)の襟を握っており、右手はその当たりにある。
そして馬乗りでもない。
端末を弄っている時に身を乗り出して覗き込むような体勢のようだ。
「さっきから気分、気分って気分屋はそれで通じるけど、俺は気分で納得できない。ちゃんと理由を言うまでこの体勢だから」
何だこの俺みたいな生物は。
上から目線で、自分の言った事は絶対で……って俺の弟だから仕方の無いことだけれど。
俺が理由を言わない限り恋也は退いてくれないというのが分かっても、あまり言う気にはなれなくてつい「明日言うから寝かせろ」なんて嘘を吐く。
そんな嘘に恋也は引っかかる事無く、無表情で俺を見つめる。
「言えよ」
喧嘩をする時と同じものの言い方で言われて、何故かムカつく事はなく顔を逸らそうと左に少し動かせば、恋也の首筋に虫に噛まれたような赤いものが付いていた。
本人は隠しているのか隠していないのかは分からないが、気にしないでおこう。
一瞬固まって再び顔を逸らすと、居た。
「あっ……」
窒息死してしまいそうな程、声が出なく、そこに居る奴は俺の見知った格好だ。
ボブカットに和服、そして手招きをしながらゆっくりと歩いてくる。
幼い顔つきで、黒髪、肌の色は色白でどう見ても人間ではない、オーラを出している。
『こっちにおいで』
手招きをしながら歩いていた筈なのに、気が付けばもう目の前に居て、ゆっくりと右手を伸ばして俺の頬に指先が触れた瞬間――パァン。
ハリセンで木製の机を叩いた様な音がしたと同時に、左頬に痛みが走り、視界が歪んでいるのが良く分かる。
「――……?」
何が起きたのか全く分からない。
数回瞬きをしていれば頬に何か温かいものが流れていくのが分かるが、暗かったはずの部屋は明るく、さっきまで無表情だった恋也はどこか心配そうな顔で俺を見下ろしていた。
ただ自分で分かるのは息遣いが荒く、変な汗を掻いているという事。
ゆっくりと体を起して、息を整えようとしていれば恋也に「何か買って来てやろうか?」と聞かれたが、1人になってしまうのが嫌だったの首を横に振り、また仰向けに横になる。
「俺、どうなってたんだ?」
恋也が居る右側に視線を向けて尋ねると、恋也は安堵しているのか肩の力が抜けているように感じる。
「俺が仰向けにして、理由を言えって言って数秒経ってから急に気を失って、というより何かにうなされていた」
だから叩いて俺を起したのかと納得を1人でしつつ、俺がうなされたのは当然、ボブカットを見た時ぐらいだろう。
この旅館に憑いているのか俺に憑いているのか。
それよりも寒気を感じるのは、汗が引いたからだろうか、何だか違う気もするが掛け布団を被って再び寝ようと掛け布団に包まっていたら「寒い?」と声を掛けられる。
確かに肌寒い時期ではあるが、布団に包まる必要はない。
さっきからゾクゾクと背筋が凍るような、熱が出る前兆の様な寒さに襲われながら寒さで理性を失っているのか、頷いた。
「あんまり、やりたくなかったけど……」
何を?と聞く前に恋也は俺と恋也の布団の離れている距離は大体30cm、その距離を0cmにして布団に入って、俺の使っている布団に手を入れて来ては背中をゆっくり上下に撫でている。
俺の背中を撫でるのをやりたくなかったとはどういう事だ。
「なぁ……暖まらねぇ」
「そりゃぁ、つっくいたら暖まるけど、離れて背中撫でてるだけじゃ暖まらない」
「……意味ねぇだろ」
「じゃぁ、俺に抱き付いて暖めて欲しいと?」
「アホか」
少しだけ気が楽になったなと、ぼんやりと思っていれば背中から手が離れて、掛け布団が捲られ恋也が俺の布団に入ってきたのが分かる。
そしてすぐに背中合わせになってお互い無言になる。
気まずい……。
「れ、恋也?」
「丁度俺も背中冷たいから、兄貴に暖めてもらおうと思って」
結構無邪気な感じに言っているのが分かって、首だけ動かすと後ろからでも良く分かるぐらいあちこち視線を彷徨わせて、最終的には下に下ろしていた。
そんな姿を一瞬小さい頃の恋也に重ね、思わず口元が緩む。
振り返るのをやめて近くに置いてあったリモコンで部屋の電気を消し、何となく気まずいと思う沈黙が続いてから口を開く。
「俺が、恋也と此処に来た理由……、大して良い理由でも悪い理由でもねぇけど、ただ俺と恋也は中学の時修学旅行に行ってねぇから……まぁ、それのやり直しみたいなもんだ」
これ以上は言えないと思い黙っておこうと決めたが、どうしたもんか。
先に言っておくが、言おうと思って言ったわけじゃない。
「恋也と純粋に出かけてみたかった」
呟いたことに俺が赤面するのか、恋也が赤面するのか、どっちも無表情なのか、俺には分からないが好きなように想像してくれ。
ただ、俺自身は自分の言ったことに凄く恥ずかしさを感じている。
「んな訳ねぇよ、最後のは冗談、じょうだ……」
ワザとはぐらかすように言って恋也の様子を伺おうとしていたのだが、恋也はとっくに寝ていて俺の話を聞いてすらいなかった。
その後俺が聞かれていないことに安堵し、睡魔が襲ってきたので素直に従って眠ったのは俺自身しか知らない事であると信じたい。
**
此処での告白は「恋愛」ではなく「理由」の告白だ。
何故俺が恋也とこの二階堂旅館に来たのか。
「理由」としての告白は恋也は寝ていて聞かれていなかったのだけれど、まぁ、とりあえずは特に何もないだろう。
本当に恋也は聞いていなかったのかは、俺は知らない。
**
温泉旅行(中編/2日目/告白/恋也)
兄のりとが急にうなされて、どうすれば良いのか分からなかったがとりあえず頬を叩いたら起きたので安堵する。
どうして急にうなされたのかととても気になるところだが、聞いたところで答えてはくれないだろうから聞かないでおく。
そしてどうなっていたんだと尋ねられて急にうなされていたと伝えると1人で納得しては、肌寒い時期だけど布団に包まらなくても良いのに、布団に包まっていたので「寒い?」と尋ねると本当に寒いからなのかいつもより素直に頷いた。
正直頷いたことに少々驚いている自分がいるのには気付かないふりをしておこう。
「あんまり、やりたくなかったけど……」
いくら兄弟と言っても至近距離で寝るのは気が進まないが、人口密度でも高くしてみようかと思い布団を近づけてすぐ隣に横になって、さすがに同じ布団で寝るのは気が引けて気持ちだけでもと、背中を撫でている。
ゆっくり撫でているので摩擦もあまり期待できない。
すると、暖まらないとりとが言うのでくっついたら暖まると伝え、意味が無いと返され、俺に抱き付いて欲しいのかと返し、突っ込まれて終る。
俺自身は気が進まないがそれで熱を出されても厄介なので、りとの背中から手を離しりとと同じ布団に入って、背中合わせになる。
これだとあまり気にはならない。
同じ布団で寝るのは好まないけど。
「れ、恋也?」
不安そうに名前を呼ぶ兄に「丁度俺も背中冷たいから、兄貴に暖めてもらおうと思って」なんて真っ赤な嘘を言いつつ、視線を彷徨わせる。
最終的には下に向いて、目を瞑る。
部屋の電気が消されたのを目を閉じていても分かったので、目を開けていれば何となくお互い気まずいと言える沈黙が襲った。
その沈黙を破ったのはりと。
「俺が、恋也と此処に来た理由……、大して良い理由でも悪い理由でもねぇけど、ただ俺と恋也は中学の時修学旅行に行ってねぇから……まぁ、それのやり直しみたいなもんだ」
今はもう聞いていないのに、俺と此処に来た理由を言ったりとは続けてこう言った。
「恋也と純粋に出かけてみたかった」
普段なら絶対に聞けないであろうセリフを聞いて、俺の頬は嬉しさでかぁぁと赤く染まる。
言った張本人はどうなんだろうと思うが、俺の今の顔色を見られたくはない為、狸寝入りをする。
すぐに否定するかのように、冗談と言うが冗談で言っているようには聞こえず、俺は笑うのを堪えるのに必死だった。
多分今の言葉は本心で述べたものだろう。
俺は同姓からも異性からも、ストレートに「出かけたい」「遊びたい」と言われた事が無かったので、ストレートに言われるのは慣れていないんだろう。
どう対応して良いのか分からずに狸寝入りをしていれば、りとは俺が寝てると判断したのか、少し息を吐く音が僅かに聞こえた。
それからりとが寝るまで俺は狸寝入りを貫いた。
**
温泉旅行(中編/最終日)
ぼんやりと意識が戻ってくるのが分かった。
あぁ、起きないと、と思うが目を開けようとはせずにそのままそこに居れば、不意に何かに抱きつかれるような感覚がしてうっすらと目を開ける。
何に抱きつかれているんだろうと思いながら、視線を後ろにしてみると、そこには弟の恋也が抱きついて眠っていた。
……マジか。
そう言えば、昨日の朝枕に抱きついて寝ていたのを今思い出し、溜息を零す。
「恋也、起きろ」
声を掛けてみても起きる気配がない。
一体どうすれば良いのだろうと思いつつも、手は動かす事が出来るので、左手を右肩の後ろに持って行き、恋也の体を揺する。
それでも起きる気配がない為、もう一度溜息を零して、恋也の腕を退けようと思うが、このままにしておくのも悪くはないだろうと思い、左手を元に戻し、時間つぶしに近くに置いてある端末を手に取る。
昨夜暖房を低めに設定した温度で、タイマーしていたため、寒さは感じる事はない。
問題があるとすれば抱きつかれた状態から動けないという事。
何十分が経った頃、もぞりっ、と恋也が動くのを背中で感じ、視線だけを向けるとどうやら目が覚めたようで、瞬きを繰り返していた。
多分恋也自身も今の状態に理解ができていないのだろう。
「あ……ごめん。今離れる」
そう言って恋也は腕を解いて、ゆっくりと俺から離れていく。
すぐ傍にあった体温は無くなっていき、虚しさだけがそこに存在する。
尤も恋也自体の体温、平熱は35.0だが。
俺が何故恋也の平熱を知っているのかなんて、意外にも簡単な話で、中学の時にただ気になったから聞いただけの事だ。
それ以外に理由がない。
「なぁ――」
声を掛けた瞬間に手に持っていた端末が吹き飛ばされた。
恋也の居た方に。
プロ野球選手の投手が、キャッチャーに目掛けて全力で投げたのと同じぐらいの速さで、俺の端末は恋也の目の前まで吹き飛ばされた。
俺は確信した。
恋也に当たる、と。
俺は振り向いていないが、あの速さなら誰でも、当たると確信した――、
――その瞬間。
バシッ、なんて音が聞こえたから思わず振り返る。
俺が振り返った瞬間に端末は恋也の手の中に存在して、何事もなかったような顔で俺に手渡してくる。
「わ、わりぃ……」
そっと手を伸ばして端末を受け取ろうとしたのだが、恋也から「何か隠してるだろ」と疑問系でも命令でもない言葉が告げられる。
隠していると言えば、多分、恐らくアレは……。
「ねぇよ。何を隠す必要があんだよ。昨夜恋也と此処に来た理由は言ったはずだ」
聞かれていたら困る為、保険をつけておく。
恋也は普段と変わりない表情で「何か言ってたけど、よく聞こえなかった。まぁ、それが此処に来た理由なら、隠し事なんてして……ない、よな?」と、疑問系で尋ねてくる。
隠し事などはしていない、と否定は出来ないでいた。
俺の目の前に腰を下ろして胡坐を掻いている恋也にどう言い訳をすればいいのだろうか、そうやって悩んでいる時にも、不気味な空気が漂う。
どこか冷たいような、ぬるいような、そんな空気が。
『こっちにおいでよ』
ゾクリ、背中に冷たい風が通ったのが分かり肩が震える。
耳元で聞こえた声は一体、いつまで俺につきまとうのか、それすらも考えるのが恐ろしくなってしまう。
「隠し事なんか、して、ねぇよ」
それでも、隠し事などしていないと抵抗をした。
**
「なぁ」
「…………」
「なぁって」
「…………」
「なぁって!!」
「何だよ!」
どうしてなのか、急に耳元で叫ばれて、無理矢理恋也と向き合う様になる。
あの後、俺が海でも行くかと呟き、旅館を出て、森の中を歩いていれば恋也が急に俺の腕を引っ張って、無理矢理向き合うような体勢になった。
「何で俺が逆にキレられないといけない訳?ずっと呼んでるのに無視してるのはそっち……」
何かに気が付いたのか、落胆したように恋也は溜息をついて「そりゃぁ、イヤフォンしてたら聞こえないな」と呟いた。
今気付いたのか、と突っ込みを入れそうになるがそれでキレながら俺の腕を引っ張ったのかと、理解できたので別に気にする事もなく、森の中を歩いていた。
「って、聞いてないだろ」
腕が伸びてきたと思えば、イヤフォンを取って溜息をつく。
何故両方のイヤフォンを取ったのかは分からないが。
「聞こえてねぇよ」
「聞け!」
少しの言葉を交わしてから、俺たちは森を抜けて、海に出る。
波の音は聞いたことのある海そのものの音で、塩の匂いもいつも通り。
ただ何が違うのかと、問われると砂の色が白い。
この辺りには山はあるが、火山があるわけではないから、火山灰が降ってくるというわけでもないのだろう。
波の音を聞いていると、隣から自分の歌声が聞こえたきたのは聞かなかった事にしよう。
どうやらメールだったようで、端末を取り出して、すぐに返信をしていた。
「……確か、中央中学校の修学旅行って海だったよな?」
2年前、面倒だからなんて言って、行かなかった修学旅行の行く場所を尋ねる。
恋也は特に思うことはないのだろうか、未練がないような返事を返した。
「さぁ。修学旅行とかにはあまり興味がないからよく覚えてない」
恋也が学校行事に興味がないのは俺は知らない。
ただ知っているのは小学生の修学旅行の時、熱を出して行けなかった事と、身内以外誰一人、お土産もなにもくれなかったという事。
推測でしかないが、きっと、恋也は……。
「そうか」
変に返答せず、そのまま、頷いた。
きっとお前は、誰からも相手にされなかった事が、寂しかったんだろう。
特に会話もないまま、お互い全く別の方向に歩いていって、数十分が経つ。
俺は近くにあった石の階段に腰を掛けて、海を眺めていた。
**
10年前 教室にて
『なぁ、このクラスで【修学旅行に行ってないヤツ】は1人で掃除な!』
『それって私も……?』
『お前は仕方ないだろ。インフルエンザだったんだから』
『……って事は……』
『恋也1人で頑張れよー』
小さい子供の声と共に、1人の少年に掃除で使う道具が置かれる。
否、置かれるというより、放り投げられる。
派手な服装をあまり好まない少年――恋也は、他の生徒からしてみれば「地味」で「気持ち悪い」だけでなく、「化物」と言う。
恋也本人は雑巾を投げつけられても、塵取りを投げられても、表情を変える事はなかった。
小学6年生の恋也にとって、人間自体が興味がなく、ただの道具でしかない、なんて小学生は絶対に考えないであろう事ばかり考えていた。
自分が興味を示さなければ、誰も変に近付いてこない。
自分が口を開かなければ、家族に迷惑がかからない。
難しく言えば、繕っている。
逆に簡単に言ってしまえば「人間不信」。
そんな浮世離れした事を思いながら、掃除道具を手に取り、溜息も舌を打つこともなく、ただ掃除をするだけ。
そんな姿を誰一人「可哀想」と声を発する者は居なかった。
『つかさー……、友達居ないヤツが修学旅行に来ても邪魔なだけだよなぁ』
茶髪の少年が頭の後ろで手を組みながら、後ろにいる三つ編みの少女に声をかける。
少女は気にする様子もないのか、本を読みながら『馬鹿言ってる暇あるなら、家に帰って勉強しなさいよ。私立の中学校行くんでしょ?まぁ、今の貴方には無理ね』淡々と、棘のある言葉を発しては、読み終わった本を閉じ、ランドセルに本を仕舞い、恋也の元に行き『先に帰ってるわよ』と一言発し、その場を去っていった。
無論、三つ編みの少女――六条道彩に激怒する小年の表情は、優秀な生徒に散々言われたせいなのか、半泣きになっていた。
『お前の妹どうにかしろ! 誰に対してあんな事……!!』
茶髪の少年は恋也の服を掴んで上記を口にすれば、今にも殴りそうな勢いで利き手の右手を引いていた。
『中央小学校6年A組。出席番号34番。血液型O型Rh+。魚座、3月4日生まれ、身長145cm、体重45kg、右目の視力0.3、左目の視力0.4。利き手右手、得意科目算数。苦手科目国語。好きな食べ物美味い物。嫌いな食べ物不味いもの。将来の夢、紳士になる、の渡里知(わたりさとし)に対してだけど』
と、小学生にして、長文を言い、知っているはずのない個人情報まで言いのけた、小学6年生に返す言葉も無いのか、渡里は力が抜けて、腰を抜かしたのか尻餅をついて暫くの間動けないでいた。
当時中央小学校では、渡里知というのは特に優れた面もなく、元気すぎる小学生として有名であったが、恋也ほど有名ではなかった。
『……やる気、なくしたから帰る』
恋也は素っ気無く呟いて、ランドセルを背負い、教室を後にする。
**
10年後 兄貴とは反対側にて
多分、そうなんだろう。
何となく見たことのある奴が目に入った。
茶髪で目つきが悪いアイツはアイツでしかない。
きっと、小学生の時、話したとは言えないが、掴みかかってきた「渡里知」だろう。
ゴーグルをつけて、海に潜っているのを見るのは初めてだが、あまり得意そうに見えなかった水泳が今では、プロ並に上達しているように見えるのは、会っていない期間が長いからだ。
それ以外に理由がない。
波が岩に当たり、辺りを少し濡らしているのを繰り返しては、波は再びやってくる。
その岩に登って見ると、海が少し遠くまで見えて少しだけ良い気分になれた。
アイツが声を掛けてくるまでは。
「おい!! 危ないから下りろ!!」
そんなに高くもないのに大袈裟だと思っていたら、急に風が吹いた。
――あぁ、なるほど。
返事などしたくはないので、無言でその岩から砂場へと飛び下りる。
その瞬間、海から上がってきたのだろう渡里が俺の方にやって来て、目の前で立ち止まる。
「危ないだろ! あそこは急な風や波で人や動物が亡くなりやすいんだ! だからむやみに上るな!」
この辺りに住みだしたのか、何てどうでも良いことなど聞く気にはなれないので、適当に頷いていれば、俺が恋也だという事に気が付いたのか「お前、六条道恋也だよな!? 小学校の時、一緒のクラスだった……」と首を傾げながら言われたので、適当に返事をするわけにもいかず、頷く。
「久しぶり!! 懐かしいな……。どうした? この辺りは何もないから案内する所もないけど、何か用か?」
「……ただの付き添いだ」
へぇ……なんて、興味深く頷いてはいるけれど、早く去ってしまいたい。
俺が渡里を苦手と言うより、嫌いと思うのは小学生の頃のことが一番原因だろう。
あの頃俺は大分ひねくれ者で、歪んでいた。
今はまだマシにはなっていると思いたい。
証明する方法なんて、探すのも面倒だが。
「まさか恋也と再会できるとは思ってなかったな……。いやぁ……恋也あんま変わってないな」
「うるさいな」
「そこまで毛嫌いするなよ……。俺も後悔してんだからさ」
何を後悔しているんだろうか、そんなこと聞く意味すら無意味だと思えてくるのは自分が経験した事に意味があるかもしれない。
正直あまり後悔の理由は聞きたいとは思わない。
「丹神橋高校に入学した元クラスメイトで友達って言ったら、周りの奴ら皆おど――」
「見んな喋んなそれ以上近付くな」
言いたい事が分かった所で、その先は聞かない方が良いだろう。
大分聞きなれた言葉でも、やっぱり嬉しい言葉ではない。
『名門高校に友達が居るって言ったら、周りの見る目が変わる』なんて中学の時に散々理解した。
周りは一気に態度を変え俺の元へ集って来た。
その姿に吐き気を催し、同時にくだらない生き物だと思った。
「どうせお前は自分が良く見られたいが為に、俺と仲良くしていれば良かったなんて思っているんだろ。分かってんだよ、お前みたいな奴が考える事なんて、くだらない事だってな」
「えっ……?」
状況を把握していないのか、目が点になって一歩後ろに下がって、焦ったような表情を浮かべている。
ここから先は俺のセリフだと思う。
特に重要でも何でもない、ただのセリフだ。
過去を述べたセリフなので、読み飛ばしても構わない。
「お前はいつもクラスで1番強くて、1番頼りになる奴で、周りには仲良しな奴が沢山いて、自分が強い事を見せ付けたかったのか、俺に放課後掃除を押し付けたり、時には殴ったりしてたけど、そんなに楽しかったのか? 俺を殴ったりするのが? 変わった趣味の奴だな。頭が可笑しいにも程があるだろ。っで、挙句の果てには俺と仲良くしてなかったのを後悔して、お前、何様のつもりなんだ?」
今にも殴りそうになったが、コイツを殴ったところで、俺に何の得もない。
だからその場から去ろうと渡里の横を通り過ぎた時にふと僅かに、消え入るような声が聞こえてきた。
「【修学旅行】……、行けなかったんだ」
渡里はそれから続けた。
自分の過去を、続けて話した。
「中学3年の時に高熱を出して、修学旅行に行けなかった。俺さ、中学の時苛められてたんだ。学校に行けば殴られて、家に引きこもっていたら、心配だからと嘘を言って家まで来たクラスメイトが、俺を連れ出して道端で殴られた。そのせいで修学旅行の前日に熱を出した。悔しかった。俺が行きたかったところだったから余計に悔しくて仕方なかった。その日は泣いて過ごしたんだ。その時俺は、恋也を思い出した。俺と同じように熱を出して、修学旅行に行けなかったのに、俺はそれを理由にして恋也に色々した。許される事ではないと思っている。だけどな、俺は、クラスメイトが丹神橋高校に入学したのを理由に、してまで、俺は自分自身を良く見て欲しいなんて、思ってない」
それだけ言って足音が聞こえた。
俺に何も返すな、という事なのだろうか。
振り返って見るとTシャツに水着と言う渡里の姿が、とても成長したように見えたのは目の錯覚ではなかったのだろう。
彼もまた何かをキッカケにして成長していっているんだろう。
それだけは分かった。
それから数十分立った頃、端末が震えてりとから帰るとメールが届いていたので、振り返ることなくその場から歩き出す。
俺も渡里も互いの表情には全く触れていないので、俺と渡里はどんな表情で話していたかは俺たちしか知らない。
**
「何かあったのか?」
「小学校時代の知り合いに会った」
「……俺が知ってる奴か?」
「いや、6年の時転入してきた奴だから……彩に聞いてなかったら知らないと思う」
「そうか。仲が良いのか悪いのかは聞かねぇけど、喧嘩はほどほどにしろよ」
「聞いてたのか?」
「距離的に見えてた」
特に喧嘩をする事はなく、互いに他愛もない会話をしながら旅館に戻って行くのだった。
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