TOP > 個人用・練習用

【 魔女と王子 】旅路編/30


最初 [*]前頁 ▼下へ
自分のトピックを作る
21: ハナミズキ [×]
2014-09-03 18:39:26

城を離れて5年。クリスを仲間にして旅を始めてからは3年の月日が経っていた。
この頃になると、イアンはほぼ魔力のコントロールができるようになり、SS級ランク(大陸の王クラス)の魔族が5人で束になって攻撃して、やっと相打ちで勝てるのではないかと言う実力の持ち主になっていた。
クリスの方はと言うと、年の頃は16歳程度の少年に育ち、背は170cmとイアンよりは13cmほど小さかったが、武術の腕前はAAAランクまでに上がっていた。

AAAランクと言うのは、王直属の護衛官の中でも、中隊長クラスの腕前である。
統括責任者の大隊長でSランク、中隊長でAAAランク、小隊長がAAランクだ。
Aランク→警備・衛兵・近衛隊などの、統括大隊長
Bランク→その他もろもろの隊長クラス
そして、街の警備等をやっている衛兵達は、一番下っ端のFランクの者達。

普通に職に就くとFランクから始まるのだが、学問の都で行われる年2回の試験に合格すると、Cランクからから始まる。
それなりの実力がないと受からず、年間で採用される人数は50人にも満たない。
この試験に受かれば、各領地に配属され、領主内の警護に当たることになる。
いわばエリート候補生なのだ。

補欠で受かった者達でも、各領地に配属され、その地の警備及び衛兵として活躍していた。
たまに、貴族の魔族に勧誘されてお屋敷付き護衛官になる者もいる。

そんな学問の都に、イアンたちは再び訪れた。
今回は試験の視察などではなく、クリスの里帰りのためにやって来たのだ。

「なんか懐かしいです!この風景!まだ3年しか経っていないと言うのになんか変ですよねw」

「まぁ、クリスったらそんなにはしゃいじゃって」クスクスと笑うサラ。

「しょうがないんじゃね?まだ子供なんだし」ニヤニヤしながら眺めているイアンだった。

「僕子供じゃありません!もう16になったんですからね!?」

頬を膨らましながらイアンに抗議をし出した。
イアンとサラが、大陸の魔王と伝説の魔女だと知った時は、しばらく萎縮をしてはいたが、この二人がいつもと変わらず気さくに話しかけてき、自分の事をとても大事にしてくれ、兄弟の様に接してくれていたのでいつの間にか、師弟関係とか主従関係とか言う事をすっかり忘れてしまっていた。

クリスにとってのこの二人は、絶対的存在で、自分の命に代えても守らなければならない、そんな思いが強かった。
しかし、実際には守られているのは自分だという事もよく分かっていた。
二人の力には到底及ばないが、それでも自分が自分らしく生きる為には、サラとイアンに降りかかる火の粉はまず自分が先頭を切って排除する。
それがこの二人への最大の恩返しになることをよく知っていた。

そんなクリスの気持ちを理解していたので、クリスには好きなようにやらせていたのだった。

「クリスは先にお家の方に帰っていなさい。私達はデニマールの所に寄ってから行くから」

「サラ様たちが行くのでしたら僕もお供します!」

まぁwとクスクス笑いながら3人はデニマールに会いに行った。

「これはこれはいつぞやの旅のお方ではないですか」

馬車から勢いよく飛び降りて、駆け寄ってくるクリス。

「先生!ご無沙汰してます!クリスです。覚えていらっしゃいますか?!」

「クリス。大きくなったね。元気そうで安心したよ」

「はい!」

クリスは満面の笑みで嬉しそうに微笑んだ。
その後クリスは訓練場の方に居る昔の仲間の所に駆け寄って行ってしまった。

「そう言えば、あなた方が来た次の試験からあの子たちも試験が受けられるようになったんですよ。
 何かいたしましたね?」

「さぁな、何の事だかな」

顔を見合いながら、二人の口角が少し上がる。

「そうそう、クリスより2つ上のヤンが先日の試験に合格したんですよ」

「まぁ、あの子が?それは良かったですわね。
 ずいぶん強くなったんじゃありませんか?」

「はい。どこに配属されるか楽しみにしている様子でしたよ」

「へぇ~、あのガキがね・・・」

「イアン、まさか・・・」

「ん?面白そうな人材じゃね?」

「やっぱり・・・ハァ・・・」小さなため息をついた。

この3年、クリスを連れて旅をしていて時々思った事がある。
似たような年頃の友がクリスの側に居てくれればと。
自分の立場をよくわきまえているクリスは、サラとイアンに危害が及ばないかと、いつも気を張っている。
悩みがあったとしても、サラやイアンに打ち明けられるはずもなく、自分で処理をしようと常に自分自身を追い込んでいるようなものだ。
悩みを聞いてやろうとしても、その口は頑なにつむがれなかなか本心を言わない子だった。
それなら少しでも気心の知れてる者が、友として側に居たとしたら少しは気が休まるだろうとの考えだった。






クリスの家に向かう途中、馬車の中でサラがクリスに大きな布袋を渡した。
何が入っているのかずっしりと重かった。

「これは何ですか?」

「あなたの今までのお給金よ」

中を開けてみてみると、大量の金貨が入っていた。

「こ・・・こんなに沢山!?」

「そうね、でも、ちゃんと諸経費は引いてあるから」クスリと笑う。
「あなたお金なんてほとんど使わなかったでしょ?
 毎月渡してたお小遣いだってその中からあげてたのよ?」

「でもこんなに沢山は貰えません・・・」

「なに言ってんだ、クリスが頑張ったから、今のお前の腕前なら王室付きの中隊長クラスなんだぞ。
 それ相応の金だ。遠慮しないで貰っとけ」

「ありがとうございます・・・。」

クリスは喜びのあまり少し涙ぐんでしまった。

クリスの家に着くと、久しぶりに帰ってきた元気そうなクリスを見て皆喜んだ。
大きくなったな。とか、立派になったわね。とか口々に先を争う様に言い合っている。
そしてこの3年で溜めたお金をおじさん達に渡すと、腰が抜けるほど驚いていた。

「こんな大金いままで見たことがないわ・・・」

「本当だな・・・でもこれはお前が稼いだものだろ?お前の物だ」

「ううん。僕はいいんだ。持ってても使う事がないから」

「ですって。貰ってあげてください。クリスに必要なお金でしたら、月々ちゃんと渡してますから
 心配はありませんよ。ねっ?クリス」

「はい!僕が稼いだお金を持って歩いてたら、馬車がそのうち潰れてしまいますw」

悪戯っぽく笑いながら言った。
それならばと、ありがたく頂戴する事になった一家だった。

その日はクリスの家に泊めてもらう事になり、イアンは朝早くに何処かに一人で出かけた。

22: ハナミズキ [×]
2014-09-03 22:26:15

朝食を食べる頃にはイアンは戻って来ていた。
戻ってくるなり午後からデニマールの所に行くと言う。


朝、一人で出かけた所は、領主の屋敷だった。
突然の魔王のお越しで城内は騒然となるが、それをしり目にズンズンと城中を歩き領主の部屋まで行く。

「これは魔王様、今日はいかがなされましたかな」

「お前に頼みがあって来た」

「と、申しますと?」

「今回の試験に受かった者から一人譲ってほしい人物がいる」

「どちらの者でしょうか?

「カシス村のヤンと言う者だ。どこに配属になる予定だ?」

「その者でしたら来月からサワズリ国の警備兵になる予定ですが」

「サワズリ国なら今は治安が安定してるから、一人くらい減っても問題はないだろう」

「ではヤンは、魔王様のお付に、という事ですか?」

「お付きというか、あれだ。クリスの話し相手に欲しいのだ」

「これはまた・・何と言いましょうか・・・そのクリスとやらは幸せな子なのですね」

イアンは口角を少し上げながらその場から去っっていった。
職務地辞令を出し、午後にデニマールの所まで出向せよと書き加えられた書を、伝書魔鳥が運ぶ。
その通達書には、「職務地:大陸全土 午後にデニマールのもとへ向かへ。そこで通達する」と書かれていた。

大陸全土とはいったいどういう事なのか訳が分からず、とりあえずは言われた通りにデニマールの所に出向いた。
部屋のドアを開けると、そこには見たことのある顔の人物が居た。

「あああああああああああああ!!!!!」

「ヤン?!」

「なんでお前がここに居るんだよ!?」

「お前こそ何しに来たんだよ!」

「はぃはぃ、二人とも落ち着いてね」ニコリとほほ笑む。

訳が分からないと言う二人の為に、デニマールが説明をし出した。

「ヤン、こちらのお二人がお前の雇い主になるお方だ。
 この方達は大陸全土を周る旅をしていてな、お前を一緒に連れて行きたいそうだ」

ヤンは領主のもとで働くか、どこかの貴族の屋敷で働きたかったのだが、どういう手違いか旅の行商人とも芸人ともおぼつかない二人と旅に行けとは・・・思いっきり外れクジを引いた気分になって行った。

「サラ様、イアン様。ヤンを一緒に連れて行かれるんですか?」

「そうだ。お前の良い話し相手になるだろうよ」

ヤンにとっては不服そうだったが、決まってしまった事はどうしようもない。
明日、さっそく出発する事になり、ヤンは急いで旅支度をした。
ヤンの両親は、もっと高貴な方に雇ってもらい、息子の出世を夢見ていたのだが、これもまた運命だと潔く諦める事にしたのだった。

旅立ちの日、イアン達のほろ馬車がヤンの家の前に止まり、ヤンが乗り込む。
それと入れ替わりの様にイアンが降りて行き、一通の手紙を両親に手渡した。

「では、ヤンは責任を持って俺達が預からせてもらう。 
 後でその手紙を読んでくれ」

美しい姿形の気品漂う男性と、この世の者とは思えないほどの美しい少女が、これから息子ヤンの主になるのかと思うと、少し誇らしい気分にもなってきていた。

馬車の姿が見えなくなるまで見送った家族は、イアンから手渡された手紙を読み、その内容に度肝を抜かされた。

―― ヤン・バージニの身柄は、大陸の王であるイアン・グリスフォードが責任を持って 
   預かることとする。
   だが、この事実を外部に漏らす事はまかりならぬものとし、もしこの事が漏れた時には
   その責任は重い物となり、厳罰に処する事にする。                 ――

と言う物だった。
貴族のお屋敷より、領主付きの兵より、はるかに素晴らしい職務に就いた事に嬉しく思う反面、何かへまをやらかさないかと心配にさえなってきた。

何も知らないのはヤンただ一人。
ヤンはいつこの事に気が付くのだろうか。

それはまた今度のお話という事で、イアン達の珍道中はまだまだ続くのであった。









――  つづく  ――

23: 匿名さん [×]
2014-09-04 18:22:28

ヤン頑張れ!

24: ハナミズキ [×]
2014-09-05 22:40:47

4人の珍道中に向かう前に、サラ・イアン・クリスの旅篇で、ショートを一つ書きました。

ほのぼのまったりではありませんので、ほのぼのまったり以外は受け付けないという方は読まないほうがいいかと思います。

もう少しだけ刺激があってもいいかな?という方は
こちらの方を経由してお越しください。
↓↓↓

http://www.saychat.jp/bbs/thread/518879/?use_url=http://www.saychat.jp&text_color=666666&font_size=12


※ 尚、経由先でのコメントはお控えくださいますようお願いいたします。

25: ハナミズキ [×]
2014-09-06 13:30:35

ほろ馬車の御者台には、クリスとヤンが座っている。
イアンとサラは、幌の中で休んでいたが、サラの方がイアンの肩にもたれ掛るように居眠りをしているようだ。
馬車の揺れでサラが倒れないように、イアンがサラの腰に手を回し体を支えていた。
ヤンが後ろをちらりと見ると、クリスに小声で話しかける。

「なぁ、あの二人ってできてるのか?」

「ん~・・・、できてるって言うか、相思相愛なのは間違いがないとは思うけど・・」

「それにしてもサラって美人だよな」

「ヤン!サラ様を呼ぶ捨てにするな!」

急にクリスが大声を出したので、後ろでうたた寝をしていたサラが目を覚ましてしまった。

「ん・・・どうしたの?クリス・・」眠い目を擦りながら言う。

「何でもありませんよ、サラ様」

「ん・・・」

まだ眠そうに小さな返事を一つして、サラはまた眠りに入ってしまった。

昼食をとるため、程よく開けた草原に馬車を止め、近くにある小川に水を汲みにクリスとヤンが出か出た。
イアンとサラは竈の準備と小枝拾いだ。
準備と言っても、ちゃちゃっと魔法でやってしまうのですぐに済んでしまう。
汲んできた水でお湯を沸かし、スープを作り、中に入れる材料をサラが幌の中にとりに行く。

幌の一番奥にある布状のカーテンの中に入っていったサラは、どこからともなく野菜や肉類を持って現れた。
ヤン以外はカーテンの向こうでサラが何をしているのか知っているが、この旅に同行したばかりのヤンには皆目見当もつかないでいた。

「なぁ、サラってあれどっから持ってくんだ?」
「サラ様だ」

「どっちだっていいだろ?どうせ貴族様じゃないんだしよ」

悪い子ではないのだが、ヤンは今のところ目先の利益しか興味がないようだ。
イアンとサラの事を、同じ平民だと思い込み、いくら雇い主だとは言っても、見るからに自分より年下のサラに媚を売るようなまねはしたくなかった。
イアンにしても、自分と大した変わらない年恰好なので、雇主というより友達感覚なのだ。
その態度に青くなったり赤くなったりして焦っているのがクリスというわけだ。

「よし!食事も終わったし、ヤン、剣の稽古するぞ」

「お前が俺に勝てるのかよ」

「あら、クリスは強いわよ?イアンの次にねw」

サラが冗談を言ってると思い、ヤンは本気にはしてなかった。
昔、訓練所に居た時は、クリスよりヤンの方が強かったわけで、それに今年、あの難関だと言われている試験にも合格をした事に、ヤンは少し有頂天になっていた。

が・・・、サラの言っている事が正しいという事がすぐに分かった。
あっという間に勝負がついてしまい、何度やっても勝てない。

「お前はもっと相手の先読みをした方がいいよ。
 俺一人なら何とかなるかもしれないけど、複数になったら死ぬぞ?」

「はん。そんなへまはしねぇよ」

「いやいや・・・マジで死ぬって」

そんな二人のやり取りを聞いていたイアンとサラは、やっぱりヤンを同行させて正解だったと、楽しそうに、生き生きとして話しているクリスを見つめながら思っていた。

まだ実践を経験していないヤンにとって、軽く考えていたこの事は、この後すぐに身に染みて分かることになる。


26: ハナミズキ [×]
2014-09-06 13:31:53

稽古も終わり山の谷間を移動してる途中で、旅人を狙う山賊一味に襲われた。
馬車を止め先陣を切って飛び出していくクリス。
その後を追うようにヤンが行くが、相手の山賊一味は20人程いた。
当然一対一の戦闘には持ち込めず、一対数人という形になってしまう。
イアンは相変わらずサラを守り、サラの側から離れようとはしない。
ヤンが一人倒す間にクリスは3人ほど倒し、ヤンとクリスの間をすり抜けてきた賊は、イアンの所で瞬殺される。

すべての山賊を倒し終わった後、ヤンは自分の剣が実践では殆ど役に立たず、今まで驕(おごって)っていた自分が少し恥ずかしくなってきた。
それでもヤンの腕前は、試験に合格したばかりにしてはなかなかの物であり、決して恥ずかしい事はなかったのだが、二人の腕前を目の前で見せられてしまっては、ぐうの音も出なかったようだ。

「ハァハァ・・・お前すげぇな・・・」

息切れをしながらクリスの側に寄って来る。
しかしクリスの方は息切れひとつしていなかった。
そしてチラリとイアンの方を見れば、相変わらず震えながらサラにくっ付いているように見えた。
戦闘中周りを見渡す余裕がまだないヤンには、そう見えたのだった。



ここでヤンから見た人物紹介をしよう。

サラ  可憐で清楚、可愛さの中にもどことなく漂う色気も加わり、とても美しい少女だ。
    栗色の髪にブルーの瞳、守ってあげたくなるほどの、儚げさが漂う。

イアン 金色の髪にグリーンアイ、端正な顔立ちで俗にいうイケメンだ。
    知的聡明で、ヤンから見れば腹黒さにも見えていた。
    学問はできそうだが、武術はからっきしの優男。

クリス 昔は自分の方が、全てにおいて優秀だったが、今は少しだけ認めてやっている。
    黒髪で茶色の瞳、どこにでも居そうな普通の少年だ。

そしてヤンは思う。

『やっぱサラとお似合いなのはこの俺様だな!
 クリスじゃどう見ても弟って感じだし、イアンはサラに危険が及んでも助けられる
 とは到底思えないしな。
 さっきも震えながらサラにくっ付いてたほどだし。
 やっぱここは、この俺様がサラを守ってやらないとな!!』

そんな妄想を密かに抱いていたのだった。


町に着き、宿屋に到着すると、空いてる部屋が2つしかないという。
それも二人部屋が2室だ。
男3人が一つの部屋に入り、一人が椅子か床で寝るのかと思いきや、クリスとヤン。
イアンとサラが同室になるという。

「その組み合わせじゃ、サラが誰かにお襲われそうになった時、だれが助けるんだよ」

「イアン様が居るから大丈夫だよ」

「イアンじゃ役に立ちそうにないから言ってるんだろ!?」

「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」

「・・・大丈夫よヤン。こう見えてもイアンは、私の次に強い人だから」

『・・・つまりそれって・・・この中で一番弱いのがイアンだと言ってないか・・・?』

ヤンはそう思ったが、敢えて言わないでおこうと思った。
何かとんでもない勘違いをしているヤンだったが、根は真面目(多少私利私欲は入る)で、護衛官としての使命は忘れてはいなかった。

この時期宿屋が埋まるほどの何かがあるのかと、宿屋の店主に尋ねると、この町がなんと、あの伝説の魔女が生まれた土地だと言う。
それを祝って毎年誕生祭を行っているらしい。
それに、毎年この日だけは、あの伝説の魔女がこの地にやって来て、人々に祝福の光をささげてくれるらしい。

「すっげぇええええ!!あの伝説の魔女に会えるのか?!」

目をキラキラと輝かせてヤンが飛び上がって喜んでいる。
3人は顔を見合わせながら小首を傾げながらため息をついた。

「また偽物ですか・・・」

クリスが小声でつぶやいたが、誰にもその声は届いてはいなかった

「何処に行けば伝説の魔女に会えるんだ?」

「向こうに見える山の神殿にお越しになるそうですよ。でも・・・」

「でも?」

「伝説の魔女にお会いになる為には、奉納金が必要になりまして」

「金を取るのかよ・・・」

「はい。1万ゴールド程かかるそうです」

ヤンの給金が月々180ゴールド、日本円にするなら18万というところだ。
つまり、1000万程かかるという事だ。

「ぼったくりかよ!!??」

「いえいえ、それだけご利益があるという事ですよ」

「・・・・・ちょっと会ってみたいわね、噂の魔女さんにw」

「行くのか?」

イアンが呆れたように尋ねた。

「だってぇ~、気になるじゃない」

クスクスと笑いながら、楽しそうに答える。
こうなってしまったサラを止める事は誰にもできないのであった。

次の日、朝早くから誕生祭の祝福を個人的に受けるために、大勢の人々が神殿のそびえ立つ山に向かい歩いていた。
神殿に近ければ近いほど、その祝福の量は盛大に受けられる。
お金を持っている貴族や豪商たちは、奉納金を払い神殿の中まで入っていき、直接祝福を受ける事ができるのだ。

神殿の前まで来ると、怪我をしている者や病気などで苦しんでいる者が、少しでも伝説の魔女の祝福の恩恵に授かろうとやっきになっていた。

「押すなじじぃ!邪魔なんだよ!」

「お前こそどけろ!俺は今年の商売がかかってんだ!」

など、罵声が飛び交っている。

「ひっひっひ。早速ご利益か?こんな所に綺麗なねぇちゃんが居るぞ」

見るからに悪人顔の人がサラを見ながら舌なめずりをする。
それに気が付いたヤンとクリスがサラの前に立ちはだかり、男達に威嚇をする。

「ガキがなに偉そうにガン飛ばしてんだ?ぁん?!」

その場にいた男達と軽く乱闘が始まった。
しかし、力の差は歴然であり、決着は直ぐにつく事になる。

しかしその後も、同じ輩の男共から幾度となくいやらしい目で舐め回されるサラだった。
当のサラは慣れているのか気にする事もなく、その後始末に明け暮れていたのがヤンとクリスだったのだ。

祝福を授ける時間になり、空から大量のキラキラと光る美しい光が降り注いできた。
人々はそれを全身にくまなくまとい付けると、生気が少し元に戻るようだ。
怪我や病気が完治するわけではなく、少し良くなるだけの様だ。

「これが祝福なのか??」

ヤンが不思議そうな顔をしている。

「これだけ大勢の人に平等に分けてくださってるんだから、ありがたい事ですよ」

隣にいたおじいさんとその連れの息子らしき人がそう言った。
おじいさんとその息子が言うには、おじいさんの体の調子は少し回復をしたが、息子の目の病は回復する兆しが無かったと言う。
そもそもおじいさんは、息子の目が治るようにと、わざわざこの神殿まで連れて来たようだ。
個人的に奉納金を払って診て貰えば、直ぐに治るのだろうが、この人達にはそんな大金は払えない。
だから限りなく近いこの場所までやって来たという事だった。

「ちょっと診せてね」

サラが息子の目に手をかざす。
ほんのり暖かい空気に包まれ、息子が閉じていた目を少しずつ開けると、今まで真っ暗で何も見えていなかったその瞳に、眩いばかりの光が飛び込んできた。
その光に慣れ始めたころ、周りの景色もはっきりと見えだしたのだ。
喜んだその息子はその事を父親であるおじいさんに言うが、おじいさんがいくら周りを探しても、先ほどの少女の姿は見つけられなかった。

ある意味、本当に伝説の魔女の祝福を受けたのは、この息子だけなのかも知れない。


27: ハナミズキ [×]
2014-09-06 13:34:53

夕方には伝説の魔女を接待する為に、伝説の魔女と懇意にしていると言われる貴族と魔女が、伝説の魔女とともに領主の城に招かれていると噂が入って来た。
この噂を聞きつけたサラとイアンは、領主の城に行く事にした。

時間を見計らい、宿屋の部屋で4人で談笑をしていると、ヤンが突然妙な事を言い出す。

「やっぱり、サラと一番お似合いなのは俺だな」

「はぁ?!ヤンのわけないだろ!サラ様とお似合いなのはイアン様だ!」
「イアンなんて、今日の騒ぎに手も足も出なかったじゃねぇかよ」

「出なかったんじゃなくて出さなかったんだ!!」

「まっ、物は言いようだな」
「サラ、少しは俺に惚れただろ?」

自身たたっぷりに言うヤンだった。
その自身はどこから来るのかと言うと、今までヤンは、庶民の中では剣の腕も立ち、それなりの知識も持っており、文武両道と言ったところだろうか。
容姿も野性味あふれる男前で、赤茶色の髪がよく映えていた。
その為、女性からも良くモテていて、言い寄られてくることも珍しくはない。
その辺の自身が今に繋がっているのだろう。


ほどなくして領主の城に出かける時間がやって来た。
ヤンとクリスには少し出かけてくると言い残し、部屋から出て行ってしまった。
護衛に付いて行くというヤンを振り切り、二人は領主の城の中に入り込んだ。

中では盛大に晩餐会が開かれていた。
二人はテラスの上から下を覗き込むように伝説の魔女を探す。
居た。
たぶん領主の隣に座ってる人がそうだろう。
悪い感じには見えなかったが、伝説の魔女の隣にいる貴族と魔女からは不穏な色の空気を纏っている感じが読み取れた。

「あの二人はほっとくとヤバイな」

「そうね。面倒なことになる前に摘み取ってしまいましょう」

二人はドア付近に移動をし声をかける。

「貴方が伝説の魔女なの?お初にお目にかかりますわ」

「誰だ貴様は!この不審者をひっ捕らえろ!!」

「動くな!」

イアンが叫ぶと誰一人として、指一本も動かせなくなってしまった。

「な・・・なんだこれは?!いったいどういう事だ・・」

「伝説の魔女ならこれ位の拘束なんて直ぐ解除できるんじゃなくって?」

「伝説の魔女様、お願いです、この術を解いてください」

何やらブツブツと呪文を唱えながら術を解除しようとしている。

「あら?おかしいわね?本物の伝説の魔女なら呪文なんて使わないはずよね?」

「おい!これは一体どういう事だ?!」

領主が問いただす。
オドオドとしはじめた偽伝説の魔女。
その様子を見ていた貴族と魔女が

「早くしなさい!何をやっているの!」
「何のためにお前を雇ったと思ってるんだ!」

「雇った?」

しまった!と言う顔をする貴族達。

「お前は偽者なのか?!」

領主は何も知らないようであった。

「私もね、普通に祝福を与えてるのなら見逃したんですけどね、あんなに莫大な奉納金を
 受け取って、あくどい商売をしてるとあってはねぇ・・・」

「ごめんなさい・・・私もやりたくてやってたわけじゃないんです」

偽伝説の魔女が泣きながら訴えだした。

「人より少し魔力が強い事をこの人達に知られてしまって、お金になるから一緒にやらな
 いかと言われたんですけど、そんな人を騙すような事はしたくなかったんで、一旦は断っ
 たんです。
 でも・・家族を人質に取られてしまい、どうする事も出来なくなってしまって・・・」

「事情はよく分かった。なら、処罰の対象はそこの貴族と魔女だな」

「貴様は何者だ!」

あくまで強気に出ている貴族だった。

「俺の名は、ブライアン・グリスフォード。この名に心当たりは?」

「ブライアン・・・グリスフォード・・・・あっ・・!?」

「思い出したようだな。この大陸の王だ」

城内が騒然となった。
領主でさえ滅多にお目にかかれないという王がそこに立っているからだ。

「お前たち二人は、伝説の魔女の名をかたり、人々を困惑させた罪で罰を受けてもらう」
「汝、その魔力を封印し、寿命も人間並みとする」

イアンがそう言うと、二人の体からみるみると力が抜け落ち、ただの人間になってしまった。

城内の拘束を解き、この事件に関わった者達の記憶をすべて消し去った後、領主には今後この様な事が二度と起こらないようにきつく言うと、二人は早々に立ち去って行ってしまった。

何も知らずに宿屋で待っていたヤンは、どこに行ってたのかとしつこく聞いてきたが、のらりくらりとかわすイアンだった。

「終わったんですね」
「あぁ」

イアンとクリスが交わしたこの言葉を、ヤンが聞くことはなかったのである。









― つづく ー

28: ハナミズキ [×]
2014-09-09 23:03:54

旅をして諸国を回っている時、サラは異変を感じた。
この異変はサラにしか感じられず、ほかの皆は普段と変わらない。
体にピリピリとくる痺れにも似たような感じが、何とも言い難く不快だ。
目を瞑り、その異変の方角を読み取ると、第3大陸の方から感じられる。
更に神経を集中させ、異変の原因を読み取ると、大陸内で大きな戦争が始まったようだ。
第3大陸では、私利私欲のため殆どの資源を取りつくしてしまい、砂漠化が広がってきていた。
人や動物達の住む所でさえ、その範囲は徐々に狭まり、居住地を争っての小さないさかいが絶えず頻繁に起こっていた。

大陸を預かっている魔王の力が弱まったのか、大陸を収めるに値する魔王がそこには居ないのか、とにかく荒れ果て、廃坑の末路を辿っているようだ。
サラは暫く空を見上げながら何かを考えていた。
そして一つの決断を下したようだ。

「私、ちょっとお出かけしてくるわね」

「出かけるってどこまで・・・?」

「第3大陸まで」

「「はぁ!?」」

素っ頓狂な声を出したのは、ヤンとクリスだった。
それもそのはず。サラ達が今居る所は第1大陸であり、第3大陸に行くには船で三日はかかる。
もちろん魔法を使って飛べば一瞬だったため、この場合一人で行動するか、イアンを同行させるのが妥当なところだろう。
何故なら、クリスとヤンには、海を渡るほどの長距離移動が出来ないからだ。
しかし、サラとイアンが不在となると、残るクリスとヤンの事が心配だ。
したがって、サラ一人で単独行動をするしかないだろうという事になる。

「他の大陸なんて危険です。何をしに行くんですか!?」

「ん~・・これは私の義務なの。だから行かせて頂戴。クリス」

「駄目だな。いくら義務だと言っても女一人じゃ行かせられるわけないだろ」

ヤンも反対をする。

「船で三日というとこか。俺たちも付いてくぜ」

結局4人で船に乗り、第3大陸まで行く事になってしまった。

「うっわぁ~・・・やっぱり海は広いですね・・・。
 海以外何も見えませんよ・・・」

大きな感動を胸いっぱいにし、嬉しそうに船の甲板から海を眺めているクリス。
それとは反対に、船酔いでぐでんぐでんになって横たわっているヤン。

「だから付いて来るなって言ったんだよ」

船酔いで青い顔をしてゲロゲロ吐いているヤンを横目に、イアンが呟く。
それに同意するかの様に、サラとクリスも小さく頷いたり溜息をついたりした。

「うるせぇ・・・俺は平気だ」

強がってはいるが、かなり具合が悪そうだ。
仕方がないのでサラがヤンの背中を摩ってやると、癒しの力が働き少し気分が良くなる。
が、また直ぐに船酔い状態になり、第3大陸に着くまで何度もサラに背中を摩ってもらう事になる。
しかしこの事が、ヤンの妄想に火を付けたのは言うまでもなかった。

『サラはやっぱり俺に気があるんだな。じゃなかったら、こんなに心配してくれるわけがない。 
 しかたがないから恋人にしてやるか・・・』

そんな妄想を抱いていた。幸せな男である。


29: ハナミズキ [×]
2014-09-09 23:07:02

3日後、第3大陸に船が到着をした。
第1大陸からの輸入品が定期的に到着する港なので、海辺近くの港町は活気でみなぎっている。
今晩はここで1泊をし、大陸の中央にある王都を目指すことにした。
一気に魔法で移動をすれば簡単に事が済むのだが、大陸の様子を伺うために、陸路と空から行く事にした。
自分の領地ではない他の大陸であるため、イアンは内部干渉ができない。
したがって、見かけはお気楽なただの旅行者だ。
宿屋を取ると早速港町の見物をし、腹ごしらえをする。

店屋を見物していると、威勢のいい呼び込みがあちこちから聞こえ、ヤンとクリスはすっかりおのぼりさんと化していた。

「凄いですサラ様!こんな果物見た事がありませんよ!」
「サラ!こっちにお前に似合いそうな髪飾りがあるぞ」

笑ながら二人の後をついて歩くサラとイアンだったが、町を少し離れると、人の様子が少し変わってきていた。
先ほどまでは威勢のいい呼び込みに、活気にあふれた人々が大勢いたのに対し、生気も薄れ、露天に並べられている物も質素な物ばかりだ。
石をただ繋げただけの首飾りや、ガラス細工のイヤリングに小枝や草で作ったような飾り物。
イアンはその中から首飾りとイヤリングを買い、サラにプレゼントとして手渡した。

「そんなちゃっちい物じゃなくて、もっと良い物を買ってやれよ。ケチくさいな」

「あら、プレゼントはその人の気持ちなんだからどんな物でも嬉しい物よ」

ニコニコと嬉しそうに、早速身に着けたのだった。
サラが身に着けたその首飾りとイヤリングは、見る見るうちに変化を遂げ、ただの石だった首飾りが、色とりどりの宝石になる。
イヤリングも同様に、徐々に輝きだし、ただのガラス細工が高価なダイヤになったのだった。

驚いたのはヤンだけではない、それを売っていた店の者も驚きを隠せなかった。
一旦身に着けていたその装飾物を首や耳から離し、バラバラにしたかと思うと周りにいた者達に配り始めた。

「これ一粒で当分は生活ができるはずよ。何かおいしい物でも食べてね」

そう言いながら次々に手渡していった。
全てを万遍なく渡し終わると、サラはイアンに謝った。

「ごめんねイアン。せっかく買ってもらったのに・・・」

「謝ることはないさ。サラがしたいようにすればいいんだから」

するとすかさずヤンが先ほど見ていた綺麗な髪飾りをサラに渡す。

「ほらよ。これやるよ」

少し驚きながら丁寧にヤンにお礼を言うと、ヤンがそのピンクの花髪飾りをサラの髪に挿してあげた。

「やっぱその色がサラには一番似合うな」

少し照れたようにサラが笑う。

次の日、本格的に王都に向かって移動する為、買えるだけ沢山の食料をみつくろったのだが、ヤンがこんなに沢山の量をいったい誰が運ぶんだと文句を言ってきた。
そこでサラは天に向かって指笛を吹いた。
すると、どこからともなく馬の鳴き声がし、天から馬が馬車を引いて現れた。

ヒヒヒーン

やって来たのはいつもの馬と馬車に見える。
ただ一つ違っている所といえば、その馬には立派な羽が生えていた。

「これは・・・魔馬か!?」

ヤンが驚いたような声でサラに聞く。
魔馬とは、絶滅危惧種に認定されており、その売り買いには相当の値段が張り、気も荒く乗りこなす事はほとんど不可能と言われている幻の馬の事だ。
魔馬自体が認めた者しか主人とは認識せず、その毛並には魔力を無効化にする性質を持っている。
魔力を使って捕まえる事は不可能に近いし、腕力で捕まえようとしても、側に近寄ることさえ出来ないほどの風圧で跳ね除けてしまう。
そんな魔馬を、どうしてサラみたいな癒しの魔法しか使えない者が所有しているのか不思議だった。
それも2頭も・・・。

しかし、貰える物は貰い、使える物は使うという合理的精神が強いヤンにとっては、そんな事はどうでもいい事だった。
一生のうちで魔馬を見られる事などはまず無いだろう。
見るどころか触って御者までしてるのだ、これは普通に考えればあり得ない事だ。
それに、そんな事をいちいち疑問に思っていたら、この仕事はやってはいけないと本能的に思っていたのだろう。
ヤンは深く考えない事にした。

町のど真ん中にそんな魔馬がやって来たのだ、人々は興味深そうに遠巻きで見ている。
そんな中、一人の男がサラ達に近づいて来た。

「珍しい馬を持ってるな。どこで買ったんだ?」

「買ったのではなく、お願いをして乗せてもらっているのよ」

「お願いしただけで乗せてくれるってか!?これは魔馬だぜ!?」

「でもそうなんですもの・・・ね?チャールズ、ケリー」鬣(たてがみ)を優しく撫でながら馬達に キスをする。

それに応えるかのようにヒヒーンと鳴いた。

「ねぇちゃん。物は相談だけどな、その魔馬俺に売ってくれないか?」

「ごめんなさい。それは出来ません」

「・・・チッ!後で後悔することになっても知らないぜ」

そう捨て台詞を残して男は去って行った。

この男、極悪商人一味の一人で、買える物は安く買いたたき、買えないと分かれば強奪してまでも奪い取る。
そんな悪行を繰り返していて、表の顔は商人で裏の顔は強盗や盗賊などをして奪い、それらを売りさばいているというわけだ。
お頭に魔馬の事を伝えると、当然の様に奪い取れと命令が出た。
その伝令を、サラ達が向かった方向にいる仲間に伝え、強奪の準備がされた。

情報を持ってきた男の話によれば、魔馬と一緒に居るのは旅の若者達4人で、一人は18歳くらいの少女でかなりの美人。
売れば高値が付く上玉だ。
残りの3人は、16~二十歳前後の風貌の少年と青年。
赤茶髪の男は腕っぷしが強そうでガタイも良かったが、他の二人は子供と軟弱そうな優男だという。

赤茶髪の男さえどうにかすれば後は問題なく仕事が終わると踏んだのだろう。
こんな楽な仕事はないとお頭は思ったが、念には念を入れて、魔族の中でもかなり力の強い者達を集め、サラ達が通りかかるのを待ち伏せていた。
旅の若者たちはどうにでもなるが、問題は魔馬だ。
並の魔族では手も足も出ない。
大人しく繋がれている時に不意打ちで拘束しようと考えていた。

盗賊たちにとっては運がいいのか悪いのか、一味が経営をしている宿屋にサラ達がやって来た。
宿屋の亭主は、サービスだと言い、かなり強いお酒を手渡してきたのだ。
しかし、お酒が飲めないサラは勿論飲まなかったが、イアンもそれほどお酒が好きというわけではないので飲まず、クリスとヤンは未成年という事で当然却下された。
結局は誰もお酒を飲まず、後で料理にでも使おうという事になった。

他所の大陸にやって来たばかりなので、当分は4人一緒に寝起きを共にすることにしていたので、この日も4人部屋を取りくつろいでいるところだった。
そこに宿屋の亭主に手引きをされてやって来た魔族の盗賊団達が、ドアと窓から部屋の中になだれ込んできた。

とっさにイアンがサラを壁際に追いやり、守るようにサラの前に立ちはだかる。
ドアから入って来た賊はクリスが、窓からやって来た賊にはヤンが応戦をしている。
ヤンの方は少し倒すのに苦労をしていたようだが、クリスは実践経験が長い分余裕だ。
形勢が悪くなった盗賊一団は魔馬の方に向かっていた仲間を呼び寄せ、狭い部屋の中が乱戦状態となる。
あらかじめ聞いていた情報とは違い、一番強そうに見えたヤンが一番弱いという事に気が付く。
とりあえずチビと優男を、殺さない程度に始末をしろという事になった。
後で売りさばく大事な商品になるという事だ。

乱戦の中、イアンがサラから離れた少しの隙を突かれ、サラが盗賊団に捕まった。

「サラ!!」
「サラ様!」

イアンとクリスが叫ぶ。

「私は大丈夫よ」

「サラ、程々に手加減してやれよ」

イアンが口角を少し上げて気の毒そうな顔をする。
しかしヤンだけが、治癒の能力しかないサラを心配していた。

「サラ!今助けてやるから待ってろ!」

そうは言うが、ヤンも賊の追撃に手一杯のようで、なかなかサラの元には行けない。
サラを人質に取った手下その1が、余裕の表情でサラの首元に刀をかざし脅迫をする。

「大人しくしないとこの女がどうなってもいいのか!」

「・・・クッ・・お前ら・・サラから離れないと後悔することになるぜ」

イアンが不敵な笑みを浮かべながらそう言い放った。

「貴様ら・・・・」

手下その1は刀を持つその手に力を入れ、サラの首元に押し当てられていた剣を少し引いた。
サラの首元に赤い線ができ血が流れる。
しかしその赤い線は直ぐに消えてしまい、何事もなかったかのように綺麗に元に戻ってしまった。

「何!?そうか・・お前は治癒の力が使えるのか。ならばこれならどうだ!」

少し深めに剣をたてた。
首元を切った瞬間に大量の血が辺りを覆う。
ヤンはサラの名前を呼び、動揺をしたせいか一瞬気を抜き、剣を持つ手に力が少し弱まったところを見図るかのように、切り付けられた。

おびただしいほどの血を流し倒れこむヤン。
サラはとっさに力を使い、ヤンの体を包み込むように金色の光の膜を張った。
金光の膜は防護壁にもなり、その中に入れば治癒の力が働く。
どんな傷や怪我、病気などでも瞬く間に治してしまう。
そんな力を使えるのは魔王クラスの者しかいない。
しかし、そんな呪文を使った者などここには居なかった。

ヤンが気を失って倒れている隙に一気に片を付けようと考えたイアンは、眼にも止まらぬ俊足な移動をしながら、次々にと敵を倒していく。
一番弱そうだと思っていた者が、一番強かった事に驚き、盗賊団は逃げ出そうとするが、イアンが放った捕縛の煙にまとわりつかれ身動きが取れなくなってしまった。

捕縛をした盗賊団の手下達をどうしようか迷ったが、この大陸の役所に送り付けても金を積まれて無罪放免になるのは目に見えていた。
したがって、サラ専用の異空間に閉じ込めておく事にした。
異空間とは、次元の狭間の事であり、入り口が無ければ出口もない、ただ暗い闇が広がるだけで時間の流れが止まっている空間の事である。
普段はそこに食料などを保管している。
時間の流れが止まっているため、買った時のまま、又は出来上がった時のままの状態で保存する事が可能な場所だ。
簡単に言えば、冷蔵庫が100段階ぐらいグレードアップした様なものだ。

寒さ暑さを感じず、お腹も減らず、疲れも感じない。
自分が今、生きているのか死んでいるのかさえも分からなくなってしまう様な魔の空間といえよう。
そこに封じたのだった。

2階が静かになり、仕事が終わったのかと宿屋の亭主が様子を見にやって来た。

――  ガチャリ  ――

ドアを開け部屋の中を見ると、仲間の姿がどこにも見えない。
居るのは例の4人連れだけだ。

「何か用か?宿屋の主人」

イアンの魔力で部屋の中を元通りに直し、何事も無かったかのように4人はそこに居た。
(ヤンは布団の中に放り込まれた。)

「い、いえ。今しがた大きな物音がしましたので様子を見に・・・」

しどろもどろになって状況を把握しようとしている。

「ああぁ、コソ泥がやって来たみたいだったが、人が居たので逃げて行ったな」

逃げるなんて有り得ない。
あの精鋭部隊が一度だって任務を遂行しないで逃げ帰って来た事はない。
という事はこいつらに遣られた?
しかし死体がどこにも無いし、部屋も荒らされてもいない。
これは一体どういう事なんだ・・・?

「何か不思議な事でもあったか?随分冷や汗をかいてるようだが」

「お・・お客さん方はいったい何者なんですか・・・?」

「何者か知りたいのか。知ればお前がどうなっても責任は持たないがいいのか」

宿屋の主人はゴクリと唾をのむ。

「ならば教えてやろう」

イアンは宿屋の主人の側まで行き、右手を主人の額にかざした。
かざされたその掌から大量の魔力が流れ、その気の強さに驚き腰を抜かす。
更にサラが寄って来て、同じく手を額にかざした。
イアンより遥かに大量の魔力が流れ込み、主人は恐れのあまり気を失いそうになったが、二人はそれを許してはくれず、宿屋の主人も盗賊団同様に異空間へと移動された。


30: ハナミズキ [×]
2014-09-09 23:10:15

次の日、主人を失ったこの宿屋をどうしようか考えたが、誰かに任せてもまた直ぐに盗賊一味がやってくる事だろうと思い、そのまま放置をして宿を後にした。

魔馬に乗り、空から下界の様子を見ると、どこまでも続く砂漠が見える。
この大陸の砂漠化は相当深刻なようだ。
そのまま一気に王都まで進み、魔王の居る城に着いた。
門番や衛兵たちはどうにでも出来るが、なるべくなら穏便に事を進めたいと思っているサラは、城の外堀から城内に力を使い移動をした。

移動をした場所は魔王玉座の間だった。
天井付近にある窓枠に立ち、中の様子を伺っていた。

「何!?また住民が第一大陸に逃げただと!?
 見つけ出し即刻連れ戻せ!!」
「いや待て、これは良い機会かもしれん。
 あの大陸は昔から豊かな土地と豊富な資源が眠っておるはずだ。
 それに、あの大陸の王は魔力も使えぬ者だと聞く。
 私がその王に代わって大陸を収めてやろうではないか」

「御意」

「どうする?イアン」サラが笑いながらイアンに問う。

「なんでイアンにそんな事聞くんだよ。イアンに聞いてもしょうがないだろ」

ヤンがぶつくさ言っているが、サラ達は気にもしていなかった。

「まぁ、一応話し合いだけでもしとくか・・・」

そういうといきなりイアンは玉座の前に移動をした。
遠くからその光景を見つめるサラ達だったが、イアンの事を心配したヤンが後を付いて行ってしまった。

「あらら・・・ヤンったら・・・」

急に目の前に現れたイアンとヤンに、第三大陸の魔王が大声を出した。

「貴様ら!何者だ!?どこから入って来た!!」

「今俺の事を話してただろ。
 で?俺の大陸をどうしたいって?」

「貴様の大陸だと?」

「俺が第一大陸の王だ。奪い取るとか何とか言ってたよな?」

『おぃおぃ!ちょっと待てよイアン!いうに事欠いて自分が魔王だと?!』

「ほほぉー。貴様が魔力も使えぬひ弱な王か」

「それはどうかな?」

『イアン、やばいって!それ以上はったりかますなって!!』

ヤンは心の中で焦っていた。
今まで肝心な時に限って居ないか、気を失ってるかのヤンは、イアンの本当の力を知らなかったからだ。

「一つ言っておこう。私はこの大陸に来て不埒な行いをする者は問答無用で始末できるが、
 他の大陸から来た者が、この大陸に住む者の命を奪う事は許されてはいないという事を知っておる のか?」

「当然知ってるさ。だから俺はお前を殺しに来たんじゃなく、話し合いに来たんだ」

「話し合いだと?無駄な事を・・・」

呪文を唱え攻撃を放つ。
しかしイアンには傷一つ負わせる事が出来なかった。

「な・・なんだと!?」
「貴様今いったい何をした!!」

「別に何も。あんなのが当たったら危ないだろ。だから相殺したまでだ」

「くっ・・・、皆の者!一斉に攻撃じゃ!」

部屋中に呪文を呟く声が響き渡る。だが。

「そこまでよ。第三大陸の魔王」

サラがイアンの横に現れた。

「サラ!何しに来た!危ないから隠れてろ!」

ヤンが叫びながらサラの腕を引っ張ろうとしたが、サラはその手を払いのけた。

「大丈夫よ、ヤン」
「第三大陸の王よ、貴方にはもうこの大陸を収めるには値しないと判断しました。
 したがってその任をたった今解きます。
 民を守るどころかないがしろにし、領地は荒れ果て、この様はなんですか!?
 任された責任を全うできなかった場合、貴方はご自分がどうなるかわかっていますね?」

「何の事だかな。貴様にそんな権限はない!」

「それがあるのよねぇ~」
「消えなさい。第三大陸の魔王よ」

サラがそう言うと、魔王の姿がキラキラとした光の雫と化し消えていった。

「えっ!?ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」

ヤンが驚きのあまり、間抜けな顔で口をパクパクさせてサラの方を見ている。
サラはそんなヤンを尻目に、玉座に座り訓示を出した。

「今を持ってこの第三大陸は、わたくしサラが取り仕切ります。
 そして、この荒廃した大陸は今より第一大陸とくっ付け、新羅大陸と名付けます。
 新羅大陸の魔王となる者は、今ここに居る、第一大陸の魔王、ブライアン・グリスフォードに一任 するものとし、今より彼の者の配下に下ることを命じる。
 以上の事を即刻、かつ迅速に各諸国に伝達をすること」

そう言い渡すとサラが立ち上がり、1本の杖を空間から取り出した。
その杖を持ち城の外に出て、天に向かって振りかざした。
すると、ゴゴゴゴッという音と共に大陸が移動を始める。
大陸と大陸がピッタリとくっ付くのではなく、大陸同士の一部が、大陸にかかる橋の如くくっ付いたのだった。

やっと正気に戻ったヤンが

「ちょっと待ってくれサラ・・・サラっていったい何者なんだ?
 それにさっき、イアンの事魔王って言ってなかったか?」

「ええ。言ったわよ?」

「えっ?ええっ?ええええええっっ!?」
「お前は知ってたのかよクリス!?」

「うん。知ってるよ?」

「じゃ・・・サラっていったい何者・・・?」

「ヤンは、伝説の魔女って知ってるかぃ?」

「そりゃ知ってるさ。有名な人だしな。」
「・・・・・・まさか?」

「そのまさかだよ」

クリスが苦笑いをしながら言った。

「えええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ?!」

今まで二人に対する無礼の数々が脳裏を過ぎる
一瞬、「俺も消されちゃう?」などと考えてしまった。

「さてっと。これからが大仕事ね。
 イアン、貴方にも手伝ってもらうわよ」

「了解。
 で?俺は何をすればいいの?」

「貴方には水源の引き方を教えたわよね。
 水源を引いたら、緑化の応用で森林を増やしてちょうだい。
 ここから南半分は貴方に任せるから。
 出来る?」

「了解。
 後は適当に整地しとけばいいんだろ?」

「その通りよ。私は北半分を担当するわ。 
 ヤン。付いて来なさい」

「は、はい!サラ様!」

ヤンが「サラ」から「サラ様」に呼び名が変わった瞬間である。
二人は手分けをして砂漠化していた土地に水源を引き、緑を増やし、痩せていた土地には栄気を吹き込み、作物がよく育ちそうな豊かな土地にした。
土地争いをしていた者達も大喜びをして、元より住んでいた自分の故郷に戻って行ったのであった。

突然の事態に反旗をひるがえす者達は、容赦なく懲罰、又は極刑を申しわたされ、悪だくみを考えていた者達は、全て一掃された。
多くの領主たちが捕えられ、その後見には代理の者がたてられ、その選抜に大忙しになったのだった。
その為、イアン達は一度城に帰る事にした。
城に戻り、新しく領地になった国の領主を決めている間、クリスは王専属の側近及び護衛官として働き、ヤンは近衛隊で訓練をさせられていた。
しばらく大陸が落ち着くまで、この生活は続きそうだ。

そしてサラはと言うと、一人で旅に出たのである。
イアンは不満そうだったが、サラが居てもやる事が無かったので、いつもの様にどこかの国でひっそりと暮らすようだ。

サラがどこに居ようとも、イアンだけにはサラの居場所がわかる為、暇を見つけては逃げるように時々サラに会いに行っている。
その度に置いて行かれたクリスが悔しそうな顔をして

「イアン様――――!!」と、空に向かって叫ぶのだった。







―  完  ―


最初 [*]前頁 ▲上へ

名前: 下げ

トリップ: ※任意 半角英数8-16文字
※画像を共有する場合は、外部の画像アップローダなどをご利用ください

規約 マナー
※トリップに特定文字列を入力することで、自分だけのIDが表示されます

【お勧め】
初心者さん向けトピック



[0]セイチャットTOP
[1]個人用・練習用
[9]最新の状態に更新
お問い合わせフォーム
(C) Mikle