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メカクシ/13


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自分のトピックを作る
■: ヒビヤ [×]
2012-08-22 00:19:39 

まぁ・・・暇だったら・・・読んでよ・・・


1: ヒビヤ [×]
2012-08-22 00:28:15

■『メカクシ団集結/最悪の誤算』

 作戦から16年前、まだ『メカクシ団』が前身の『聖マリア孤児院』だった頃、
そこには院長であり、
『白衣の科学者』であったルリと、引き取られた二人の孤児――キドとカノしかいなかった。

 作戦から8年前、焼け落ちた山村から『ジャン』という黒髪の少年が救出された。
この頃には『白衣の科学者へのカウンター』としての『互助集団』、
『メカクシ団』が実際に始動し始め、ジャンの事は『メカクシ団団長』になったキドが救出した。

 作戦から6年前、黒髪の少年、ジャンの初任務として、長い間、
森にある家に引きこもっているという『少女』を『保護』する為に彼を派遣。
森にいたのは何と『メドゥーサの末裔』であった。
マリーという少女はこの時、『メカクシ団』に『仮入団』した。

 作戦から2年前、『ある少女の死』から『人の笑顔の裏側に隠された悲哀』を知る青年、
トガが、『誰かを救う事を手伝いたい』と、『メカクシ団』の門戸を自ら叩いた。

 作戦から2週間前、『メカクシ団の最大任務=メカクシコード』を目前とし、
『仮入団』していたマリーを、キドとジャンの二人で迎えに行った。
笑顔で出迎えてくれたマリーには申し訳ないが彼女の『石化』の力はきっと、
『メカクシ団』の『欠かせない戦力』となる事だろう。

 そして作戦から一日前の8月14日の11:45――。

 『聖マリア孤児院』を改造した『メカクシ団本部』にて、
『メカクシ団』の『発起人』であり『ブレイン』――ルリが嘔吐を必死に堪えながら、
頬を涙で濡らしている。
 隣では悔しさに唇を噛み締め、小刻みに震えている『メカクシ団団長』キドが立っていた。
「何てことなの――」
 何度目になるか分からない、そんな言葉をルリは口にした。情報の入手は完璧だった筈だ。
実際の『実験都市』の管理情報からしても自明――
――『終末実験』は『8月15日』に行われる――『筈』――だった。
 もう充分に分かっていた筈なのに――
それでもルリは何処かで『白衣の科学者』の首領『ヘッドノック』の事を甘く見ていたかもしれない、と感じた。
 『ヘッドノック』の発想には『最低』に『最悪』の想像を更に重ねて、
『想定』しなければいけなかった。
彼は『想像を絶する悪意』により、『人の正しい計算』を覆す。
 ルリは失敗した――。

 ――結論から言えば。

 『終末実験』は一日早められ、『8月14日』に発動した。

 全ての『準備』を『8月15日』に向けて行なってきた『ルリ』及び『メカクシ団』は、
今現在行われている最中の『終末実験』に何も手出しする事が出来ない――。

 勿論、血気盛んな若者たちは、今すぐにでも『終末実験』に割って入る事を主張した。
しかしそれは『無理』なのだ。
 まず、第一に物理的な距離の問題がある。ルリが『終末実験が一日早められた』事に気付いたのは、12:20、『一部地域でのみ被せられた、ニュース及びラジオの中継』の解析からなのだ。
 事実を完全に理解出来た時には、12:30を過ぎており、
『実験都市』へは一時間以上の道程が掛かってしまう。
 第二に、『実験都市』には『多重な電子的セキュリティ』と
『正門を固める、人造人間達の兵隊』達が存在する。
正門からは強行突破出来るが、まず『少数精鋭』である『メカクシ団』は勝ち目がない。
 残された方法は、『白衣の科学者』の『研究施設』及び『研究棟』の付近の『裏門』から
『ハッキング』を仕掛けて侵入する方法である。
 ルリは全精力を掛けて、『8月15日 11:00』のみこの『電子的障壁』を破る事に成功した。これで『メカクシ団』は『白衣の科学者達』に最も有効な強襲作戦を仕掛ける事が出来る――。

 ――その筈だったのに。

 ルリは半狂乱になり、泣き崩れていた。キドは流石に見かねて、
「ルリ、あんたのせいじゃない。俺たち全員が『読み切れなかった』んだ」
「でも……でも、1000人の『人造人間』たちが……」
「ああ。はっきり認めるしかない。俺たちは『失敗』した。『人造人間』達を見殺しにしたんだ」
「……う、あああ……」
 冷徹とも取れるキドの言葉に、ルリはボロボロと大粒の涙を零す。
「ほら。今12:00だ。『白衣の科学者』はクソッタレな笑いを漏らしているかもしれない。
『人造人間』の殆どは今この瞬間、死んでいっているだろう。
 だけどルリ。お前は俺たちの『ブレイン』だ。いつまでもそんな顔をしているのは――
『メカクシ団』全員の、ここに集ってくれた『皆』の期待を裏切る事にもなるんだぞ」
「……う、うん……」
「俺たちには、まだ出来る事がある。
 ――明日だ。
 明日なら、俺達は『実験都市』に潜入出来る。
そこで出来る限り、『生き残った人造人間』を救出する。
 そして、ある意味、『終末実験最大の被害者』とも言える『成功個体』を、俺達で、盗み出すんだ」
「そんな事が出来るの……?」
「やるんだよ、ルリ! これ以上失望させるんじゃない! 
 お前が俺を拾ってくれたから、今の俺がここにいる!
 俺達がやらなきゃ誰がやるんだ?! お前みたいに泣いてないからって、
 俺が、俺達が平静を保っていると、本当にそう想っているのか!?」

「そうだね。――――ごめん」

 瞬間、空気が冷えるような感触と共に、『気弱で慈愛に満ちた女性』ルリは
『冷静な思考により完成された元白衣の科学者』としての仮面を被る。

 彼女はキドに『伝令』を頼み、すぐさまメカクシ団の精鋭30人弱を中央の広場に集める。

「私達は、『失敗』した。悲嘆に暮れ、
為す術もなく時を過ごすのは、だけど私達の『今やる事』じゃない。

 予定通り――明日。『メカクシコード』を発動する。

 『白衣の科学者』の『横暴』をこれ以上許す訳にはいかない。
『メカクシ団』は『白衣の科学者』の『目を隠して』――『成功個体』を奪取する! 
加えて『生存者』の救出を行う!」

 『終末実験』に関する『最悪の誤算』に打ち沈んでいた『メカクシ団』団員達の目に、
再び光が戻る。彼らは各々想い想いの叫び声によりルリの言葉に答えながら、
新しく『配信』される『キドの命令』通りの準備を始めた。

2: ヒビヤ [×]
2012-08-22 00:43:29

■『メカクシコード』

 予定通り、8月15日の11:00に『実験都市』の裏門は開いた。
 メカクシ団は二十数名の集団だが、今回の作戦では、『人造人間を救い出す』グループと、
『成功個体を救出するグループ』に別れる。
 『人造人間』救出には、カノと同じく『メカクシ団副リーダー』であるレベッカが命じられた。
彼女の持つ能力『チーム』は本来、軍用犬の集団を統率するのに有用な能力だが、
『人造人間』を『発見』、『救護』し、『運び出す』という一連の作業を監督するには、
彼女が適任という事になった。
「じゃあ、レベッカ、頼んだぞ」
 小さく頷き、レベッカと二十人程度の『メカクシ団』が『実験都市』の方へと向かっていく。
 残された数名が、『成功個体』を奪取するグループである。
 『メカクシ団団長』キドがリーダーを務め、キドのパートナーが黒髪の少年『ジャン』、
このメイン二人組の補佐として『メカクシ団副リーダー』のカノ、
最近正式加入したマリーの二人組が配置されていた。
 『ブレイン』のルリと、『天才少年』であるトガには今回は、
『後方支援』を担当してもらう事になった。
とはいえ、『後方支援』は今回の作戦の『成否』を直接左右する重要なポジションだ。
 キドは裏門から、ゆっくりと『研究施設』に向かって歩みを進める。
 その後に静かに残りの三人が続いた。

 針の先に糸を通すように慎重な動作が求められると俺は考えていた。
 俺という自称と外見から、何故か良く勘違いされるが、俺は女だ。名はキドと言う。
 今回の作戦で絶対に誤ってはならない点は基本的に『白衣の科学者』と正面向かって戦えば、
俺達に勝ち目はないという事だ。
 まあ、目の前に大した筋力もない『白衣の科学者』が一人いるというシュチュエーションならば、
俺は瞬速でそいつの意識を『落として』やれるが、そういう意味ではなく、
抱えている武装や兵士に圧倒的な差異があるという事だ。
 気付かれて、『人造人間の兵士団』を送られた場合、
私達の『存命』はかなり厳しい物になる事を、他の団員も察している筈だ。
 幸い、俺の能力は『敵の探知』にはかなり優れている。
俺単体の時の能力名は『サーチ』という物だ。
周囲にいるメカクシ団、『人造人間』、『白衣の科学者』の位置を俺は知る事が出来る。
 この『察知』にはそれぞれ異なる設定付けがあって、例えば、メカクシ団ならば、
俺が『団員だ』と認定した瞬間に、ソイツの位置を感知出来る。
『白衣の科学者』は常に『情報伝達妨害パルス』とでも呼ぶべき、
いわば『盗聴盗撮を防止』するような電磁波を身にまとっているので、それを目印とする。
『人造人間』に付いては、魂の総量が人間より多い彼らの『気配』はやはり特徴的であるので、
そこから判別する。
 俺たちは『潜行』するように息を殺し、段々と『研究施設』へと近付いていく。
『人造人間兵士団』とも何度かすれ違うようにしているが、この時点では気付かれた様子はなかった。

 ――だが。

「お前らさ、『人造人間』の為に、何そんなにマジになっちゃってんだよ」

 俺は唐突に現れた金髪の男に、一瞬対処を忘れた。
 ――どういう事だ?! コイツも白衣の科学者の一員なのか? 
俺の『能力』の情報が『白衣の科学者』に漏れている事は有り得ない。
だとしたら相当の『強者』が敢えて、『敵に位置を教える可能性のある』パルスを切った上で、
俺達に接触してきたのか――?!
 半ば混乱の中にありながら、俺は一瞬で金髪との距離を詰め、その首筋に一撃を食らわせた。
あっさりと昏倒する金髪。
「あれ?!」
 想わず素っ頓狂な声を上げてしまう俺を、カノが笑った。
「キドキド。要するにソイツ、『情報伝達妨害パルス』も与えられてない、
 末端の中の末端だったんじゃない?」
「そういう事か……」
 焦って損をした。それにしても、流石に末端といえど、『白衣の科学者の一員』だ。
なかなかに胸糞悪い事を言うじゃないか。
 今日だけは『募集人数は無制限で、募集要項は無条件、
服装も自由』で『メカクシ団』は『募集』を掛けている。
それは『例え、どんなに傷付いていても、どんな格好であっても、どんな人間であっても、
人造人間を無条件に救い出してやる!』という私達の誓いである。
「どちらにせよ、お前に『参加資格』はないな」
 俺はそう皮肉を吐き捨てると、すぐさまその場を後にした。

 やはり金髪との接触が不味かったのか、『実験都市』内で赤い警告灯が灯り始めた。
 妨害音波のような物が耳元で鳴り始める。俺たちはアイポッドからヘッドフォンを繋ぎ、耳を覆う。
 流すのはルリが製作した『クリエイティブ・ビート』と呼ばれる音楽だ。
人間のBTI係数を引き上げ、『超能力』に目覚めさせる効果がある。
俺たちの『超能力』は取り敢えずは完成しているから、聞く意味は実はあまりないが、
やはり聞いていると『超能力』の調子が安定する。
それにかなり快い音楽なので、『妨害音波』を上手く紛らわせてくれそうだった。
 俺は『後方支援』のルリに、一言短く頼む、と言った。
「分かったわ」
「例の件はどうだ?」
「予定通り、『目を隠す』わ。11:30ジャスト」
「あと10分か。了解した」
 まず俺が短く『頼む』と伝えたのは、俺達の位置の誤情報である。
おそらく金髪との接触で俺達の位置は『白衣の科学者』に漏れた筈だ。
同時にルリに『ハッキング』を仕掛けてもらい、俺達の位置情報を消してもらうと共に、
数個のダミー位置を表示させるように頼んだという訳だ。
 それと、あと10分で発動するのは、今回の作戦の『肝』である大規模な『要素』だった。
俺たちはこれを上手く活用し、『成功個体』を救出しなければならない――。

 『研究施設』は不気味な程スムーズに潜入出来た。
しかし、考えてみれば、一度でも本格的な戦闘になれば俺達は『終わり』である。
スムーズでなければ困るのだ。それに、『終末実験』は既に終了している。
勿論、俺達の本来の意図は『失敗』に終わってしまった訳だが……
期せずして『白衣の科学者』の隙を付くという事には成功したかもしれない。
 丁度その時、『実験都市』のネオンがまるで『ブレーカーが落ちた』かのように一気に消灯した。
11:30ジャスト。ルリの手腕による、これこそが秘策。『目隠し完了』。
 俺達はそれまで被っていたパーカーのフードを脱ぐと、お互いの顔を確認し、
静かに笑みを浮かべた。
「本当に、俺達、悪くないメンバーだよな」
「あったりまえじゃん、キド」
「そりゃあそうさ、何せ僕達は『正義の味方』なんだからね」
 ちょっと冗談めかして言うジャンに、
「わ、私も頑張ります!」
 マリーが小さく握りこぶしを作る。

 『研究施設』に『潜入』する。ルリのくれたデータによると、
どうやら『成功個体』は一科学者の『研究室』にいるらしい。
10分しない内に、俺達はその『研究室』に着いた。
 中に入ってみると、『手術台』のような物がいくつか置かれ、
まるで『人体実験』をするかのような設備だ。
丸い筒型の水槽が幾つか置かれており、
その内の一つに明らかに死んでいると分かる少女の死体が浮いている。
 それらを俺はライトで照らしながら確認した。
「あれが成功個体――電脳化を止めるのはやはり間に合わなかったか……」
 俺が苦々しく呟くと、
「こっちに来たのか……君達が侵入者だな?」
 照らしてみると、それは年若い『白衣の科学者』だった。
ここで一番厄介なのは、コイツに『ガード』としての『人造人間兵士団』を呼ばれる事である。
 俺が動こうとしたが、その前に寧ろ悠然とした大股で、
カノが堂々とした感じでその『白衣の科学者』に向かって踏み出していた。
「あの馬鹿……」
 まるで緊張感という物が欠けている。
「本当、君たちは何なんだ?! せっかく『終末実験』も終わって、
 僕達の研究もこれからって時にさ、ねえ、君ら本当に人の邪魔して楽し――」
 『白衣の科学者』は最後まで言い切る事が出来なかった。
何故なら、カノが頭部を凄い勢いで殴ったからである。
近づく様も拳を振り被るモーションも俺にははっきりと見えていたが、
『白衣の科学者』にはまるで『見えてない』かのようだった。
 それがカノの『能力』の一端である。
「取り敢えず、非力な『科学者』だけで安心した、って感じかな? キド」
「お前なあ……」
「俺に怒ってる場合じゃないでしょ?」
「分かってるよ、分かってるけど、お前といるとどうにも緊張感が……」
 俺達は、その『研究室』の唯一のパソコンに近づくと、
そこには緑色の髪のツインテールの女の子の姿があった。
芯の強そうな瞳に涙を浮かべる彼女をメモリースティックに移すと、
俺達はすぐさま研究施設からの脱走を開始する。

 このまま作戦完了といけば良かったのだが、そうは問屋が卸さなかったらしい。
研究施設の外への扉を開けようとするカノに、俺は『待て!』という命令を送った。
カノはすぐにその手を引っ込めた。
 俺はジャンと二人組み(ツーマンセル)を組む事が多いが、
その理由として大きいのが『能力の相性の良さ』だ。
ジャンの能力は『アシスト』と呼ばれる物で、
他人の超能力に何らかの力を添加したり、強力にする効果がある。
 ジャンが俺の『サーチ』に『アシスト』を掛けると、俺の能力には『オーダー』が加わる。
『オーダー』の能力は、『周囲のメカクシ団団員の全ての思考を読む事が出来る』事、
『周囲のメカクシ団の脳内に直接命令を送る事が出来る』事の二つだ。
 俺の元々の能力『サーチ』で、
周囲の『メカクシ団』『人造人間』『白衣の科学者』の位置はそれぞれ知れる訳だから、
その能力と『瞬時な命令』を送れる『オーダー』の掛け合わせはなかなかに強力である。
 今回も私が『サーチ』により外にいる『白衣の科学者』を察知し、
『オーダー』により、カノに待ったを掛けたのである。

「外で待ち構えている奴がいる」
「じゃあ、キド。いつものパターンで」
「今回はマリーにもちょっと力を貸してもらうぞ」
「わ、分かりました!」
「ねえ、僕は?」
「お前は『アシスト』を私に掛けたままじっとしてろ」
「ちぇ、いつもそれじゃないか、キド……僕も戦いたいのに……」
「こんな時に駄々を捏ねるな! 遊びじゃないんだぞ!」

 扉を開け放つと、俺はすぐさま飛び出す。待ち構えていた長身の男は何故か神父服を纏っていた。
 距離を詰めて放った、俺の渾身の右ストレートは難なく躱された。不味いな……。
『白衣の科学者』ではあるが、コイツはかなり身体能力が高いタイプだ。
 しかし、俺は一人ではない。
一対一ならば負けるかもしれないが、今回は確実に『勝ち』を取らせてもらう……!
 神父のジャブはかなり小刻みで、かつ重かった。
俺はパリィを連続させ、次々と攻撃を受け流していく。
しかし、次第に劣勢になった。体格差、性差、何より単純にコイツはかなり強い。
 俺は大振りのハイキックを繰り出す。神父は後ろに飛び退き、距離を取った。
「なかなかやるじゃないか……しかし、まさかお前が賊のリーダーなのか? 
 そうして見る逆に些か頼りないようではあるが……」
 神父は悠長に喋っている。その『隙』が生命取りだ……。カノは既に神父の背後を取っていた。
 カノの能力は視覚を欺き、誤魔化す『トリックアート』である。
彼は自分自身を見る『他者の視線』に偽装された映像を映し、
更には、まるで『透明人間』になったかのように気配を消す事すら可能だ。 
 カノは「あっち向けこっち!」とか訳の分からん巫山戯た事を抜かしつつ、神父の首をぐいん、
と捻じ曲げた。『顔の向き』が変わり、つまり『視線』が『移動』する。そしてその先には――。
「今だ、マリー!」
 俺が合図すると、マリーの前髪がうにょうにょと蠢き、彼女の目がより『紅く』揺らめく。
 ――『石化の魔眼』。
 本家メドゥーサのように『完全な石化』は出来ないらしいが、『身体が硬直する』位でも、
今の戦況は完全にひっくり返る。
 俺はびしり、と固まった神父へとゆっくり歩み寄り、強烈なアッパーカットを見舞う。
数秒後の滞空の後、神父が地面に崩れ落ちた。念の為、俺はその頭を思いっ切り蹴っ飛ばした。
これで間違いなく意識は消し飛んだ筈だ。
「お前の敗因は己の『力の過信』だ……
『人造人間兵士団』を呼べば、俺達にはどうする事も出来なかった」
 俺は最後に『決め台詞』(?)のような物を言い放ち、『キマッた……』と内心で自画自賛しながらその場を後にした。ジャンは「格好良い!」と喜んでいたが、
カノは『駄目だコイツ……』的な白けた視線を送ってきているのが分かる。
マリーは……まだ付き合いが浅いので反応が読めん。

 俺達はその後も『人造人間兵士団』に遭遇しないよう、細心の注意を払いながら来た道を戻ったが、『兵士団』は『研究施設』の混乱の対応に回ったらしい。
 『裏門』付近に至ると、レベッカ達と合流した。
助けられた『人造人間』は約三十名――他に生存は確認出来なかったという。
 苦々しい感情は勿論強く浮かび上がろうとする。しかし、『失敗』したのは俺達である。
寧ろ、k-07という脅威から、三十人近くも生き延びてくれた事に、俺達は喜ぶべきかもしれない。

 『裏門』から外に出る。そこには大型トラックを運転する、ルリが待っていた。
助手席にはトガの姿も見える。
「無事で、本当に良かったわ……」
 今にも泣きそうなルリに、
「ああ、本当にな……」
 と俺は端的に答える。
 荷台に『人造人間』達を詰め込み、俺達メカクシ団もかなり狭いが荷台に一緒に乗り込む。
 徐々に距離を離し、遠くなっていく『実験都市』――。それを眺めながら、俺は頭の中だけで呟いた。

 ――――『任務完了』(ミッションコンプリート)。

 その時、カノが珍しくおずおずとした声で俺に尋ねてきた。
「ねえ、キド、実はさっきから凄く気になってたんだけどさ――」
 カノが無遠慮に誰かの事を指さした。
「彼女って一体どちらさま?」
 その先には、俺がこれまで一度も見た事のない、鮮やかなライムグリーンの髪の少女がいた。

 ――彼女は目を潤ませながらこう言った。

「お願いです! 私をコノハに会わせて下さい!」


 ――――『任務完了』……………………(?)



3: ヒビヤ [×]
2012-08-22 00:51:39

■ある少女の涙。8月15日 11:30 『実験都市』内 『研究施設』内 『バイスの研究室』 エネ

 エンターキーを押し込もうとしていたバイスが突然消えた。
正確には、『現実世界』の照明が一度落ちたようだ。
 同時に私のいるパソコンも『電源』モードから『電池』モードになる。
『研究施設』や、もしかすると『実験都市』全体のブレーカーが落ちたのだろうか?
 バイスは周囲が暗闇に覆われたと同時にすっ転んだようだった。
舌打ちと共に、どこか打ったのか「いってえー」という情けない声が聞こえた。
「おい、エネ! お前まさか何かやってないだろうな!」
「言い掛かりも良い所だ。さっきお前自身がネットアクセスを切ったし、
『研究データ』へのアクセス権限も自分で取り上げたんじゃないか。
 今の私に何かが出来ると想うか?」
「そりゃそうか……」
 案外素直に俯く『科学者』。今まで私を消し去ろうとしていたヤツの言動とは想えない。
精神にどこか幼い所があって、それで憎み切れない性格をしているのが困り物だった。
「ちっくしょ、お前のデリートの為に組んでたプログラムがパァだよ……全く今日は厄日だな……
 お前と遊んでる暇はもうないや」
 煌々としたパソコンディスプレイの画面に照らされつつ、バイスがぼやく。
 どうやら私は普通のパソコンのアプリケーションとは違い、
『消去』(デリート)にも時間が掛かるらしい。取り敢えず私は難を逃れた事にホッと息を吐いた。
 誰が『研究施設』の電気をふっ飛ばしてくれたかは知らないが、
その人達は私の救世主であるようだった。
 『科学者』は、
「今度こそ、本当に! 絶対に! 邪魔すんじゃないぞ! デリートする暇はないけど、
 今度邪魔したら永久に出られないように圧縮して、どっかネットの隅っこに転がすからな!」
 と言って、どうやら『研究施設』の電源の復旧に取り組み始めたらしい。
 仕方がないので、私は『科学者』のやることを眺めているよりなかった。
 更に10分程が経過すると、『科学者』の部屋の扉が唐突に開き、
数人のフード付きパーカーを着た青年と女性、合わせて四人が突入してきた。
 彼らは『方法』はイマイチ分からないが、簡単に『科学者』をのすと、
「お前を助けに来たんだ……」
 と言いながら、私をメモリースティックに移す。
 黒髪の少年がにっこりと微笑みながら、私に尋ねた。
「君の名前は?」
「エネ……」
 二度殺されると想っていた。世界には救いなんてなく、『白衣の科学者』に歯向かおうと考えても、実際には私はすぐに『消去』されるだけの存在でしかなかった。
 そんな私を、この人達は、救ってくれた――。
 私だけ救われる事に、罪悪感が浮かぶ。
しかし、私はそれでも込み上げる涙を押し留める事が出来なかった。
 かなり慌てているらしい彼らに、完全にメモリースティックに移された私の中で、
静かに『意志の炎』が燃えるのを感じる。

 ――『この人』達となら、出来るかもしれない。
 あの頭でっかちな『科学者』に痛快な一撃を食らわせ、更には『ルナ』を救出する事が。
 私は薄暗いメモリースティック内で、静かに思考を巡らせる――。



4: ヒビヤ [×]
2012-08-22 01:11:11

■Cとエネの入団

■8月15日 11:00 『実験都市』内『研究棟独房』 C

 金髪の『白衣の科学者』がもたらした情報は、私の頭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱した。
 早く! 早くコノハを助けに行かなくちゃ!
 金髪の話では、とうとうコノハが人造人間に改造されてしまったらしい。
尋常ではない魂をコノハに投下し、『精神を破壊』した上で、
『可能性世界』とかいう『良く分からない夢みたいな世界』の中に投入した、
というのが金髪の話だった。
 私はさっきからいてもたってもいられず、鉄格子に猛然とタックルを繰り返していた。
もう30回は繰り返したと想う。当然ながら鉄格子はビクともしない。
「あのさあ……」
 隣の独房から声が聞こえてきた。
「せっかく昼寝していたのになあ……。多分、その鉄格子は体当たり位じゃ壊れないと想うよ?」
「分かってる、私だって! でも、動かずにはいられないんだもん! 
 何かの『奇跡』が起こって、外に出られるかもしれないじゃない!」
「『奇跡』ね……『地獄に差す光明』……成る程、君は『エネ』とどこか似ている」
「エネなんて知ったこっちゃないのよ! 
 私が助けたくて会いたくて、でも会えないのがコノハ! コノハなのよ!」
「ああ……第二実験に投入された人造人間か」
 事もなげに隣の独房の冷静そうな声は告げる。
「知ってるの?!」
「君よりはまともに『お勤め』をこなして来たからね……彼を助けるのは、
 独力じゃそれこそ『無理』だと想うな……。君も『あの目』に無限回殺されて終わりだよ」
「良く分からないけど、それでも私は行かないといけないの!」
 私は思いっ切り助走を付けて、鉄格子にタックル。
すると、何故か分からないが、途端に周囲が真っ暗になり、同時に私の鉄格子が開いて、
向こう側に通り抜けた時点でコケる。
「痛た……」
「君、もしかして外に出たのか?!」
「うん。良く分からないけど、出られたわ……。あなたの方はどう?」
「無理みたいだ……。暗転の瞬間だけロックが外れたみたいだね……もう復旧したみたいだ」
「ごめんなさい! 私はもう行く!」
「ちょっと待て! 殺されに行くつもりか……?」
「でも……」
「この状況を分析してみるんだ。君の名前はCだね。私の名前はルナだ」
「うん……」
「『実験都市』の電源が落とされるなんて事は内部の問題ではありえない。
つまり、この『停電』は外部の誰かの手によって引き起こされたって事だ。
 この時点で、『実験都市』にそこまでの介入が出来るなんて、凄まじい集団だよ」
「そして、その集団は『白衣の科学者』と敵対関係にある……?」
「良く出来ました! つまりはそういう事だ。
そして『終末実験』の終了後に乗り込んできたのを鑑みると、
目的はほぼ間違いなく『成功個体』の奪取だろう……。
 君はその『反乱分子』と合流するんだ。もし良い奴だったら、君の『目的』を打ち明けて、
協力してもらえ。それと遠目にもかなりヤバそうなヤツらだったら、
とにかく混乱に乗じて『実験都市』の外に出て、『仲間』を集めるんだ。
 君一人じゃ、『白衣の科学者』は打倒出来ない。
コノハを本当に助けたいのなら……そうするんだ。
 ほら……これが『実験都市』の見取り図だよ。
『終末実験』の時に、ヘッドノックのポケットからスッてやったんだ。
 ……見つからないように気を付けて」
「あなたはどうするの? 私の為にどうしてここまでしてくれるの……?」
「私も、『地獄の中の光明』を信じたくなったというだけさ。
『闖入者』が『目的を達成』したなら、きっとエネは彼らと一緒にいると想う。
 彼女に、私の……『ルナの生存』を伝えてやって欲しいんだ」
「分かったわ」
 薄暗闇の中に、頷く緑髪のツインテールが微かに見えた。

 私は『研究棟』を脱出し、『実験都市』の『裏門』へと向かった。
単純に距離的な問題で、『正門』は『実験都市』を丸々通りすぎなければいけないので遠すぎるのだ。
 途中一度、『人造人間の集団』に危うく見つかりそうになったけど、
私は超能力『ブラインド』で何とか事なきを得た。
 何とか、『裏門』まで辿り着いて見ると、そこには『パーカーを着た若い男女』の集団が見えた。『傷付いた人造人間』の介抱をしているのを見て、
『彼ら』が『良いヤツら』だと直観した私は、隙を見て、彼らと一緒にトラックに乗り込んだ。

 そして、トラックが発車してから……。

「お願いです! 私をコノハに会わせて下さい!」

■8月15日 13:00 『メカクシ団本部』 キド

 まず本部に戻ってから話を聞こうという事になった。
俺は、困惑する団員達の中で、ただ一人動き、鮮やかな緑髪の少女の両肩に手を置き、言った。
「落ち着け」

 そうして、今はようやく『メカクシ団本部』に到着した所である。
奪取したエネを本部の一番大きいモニターのパソコンに移す。
 彼女は彼女で、パソコンに移した途端、『白衣の科学者を打倒する秘策』やら、
『ルナを助けろ』だの、『白衣の科学者の第二実験』等、色々な話をしてくるのだ。
全くどうなっているんだ? この『客人』二名は……。

 取り敢えず、緑髪の少女『C』の話を先に聞く事にする。
 コノハという男が、以前、Cを溺れている所から救い、瀕死の状態の彼女を、
『白衣の科学者』に託した。その時に彼はCを助ける引換に、『自らの魂を差し出した』のだと言う。
 Cは人造人間に改造され、一命を取り留め、『白衣の科学者』の研究棟に幽閉されていた。
 彼女は自らを助けてくれた『コノハ』にどうしても会いたい。
ところが、『白衣の科学者の末端』の金髪が、
Cに『コノハ』が『人造人間』に改造されたという話をもたらした。
(金髪というとあの雑魚か……)俺は心中で呟く。
 Cはコノハを助けたい一心で、鉄格子にタックルを繰り返していた。
すると、突然周囲が暗転し、彼女は独房の外に転がり出た。
 独房の隣にいたルナという『人造人間』に色々と教えを乞い、『実験都市』の地図を貰い、
『メカクシ団』と合流したとの事だ。
「ちょっと待って! 今ルナって言った?!」
「うん、私を助けてくれたんだけど……。ねえ、あなたルナにそっくりじゃない?」
「それには色々と事情が……」
「もしかしてあなたがエネ? ルナが『生きてる』って伝えてって言ってたよ」
「やっぱり生きてたのね……! 良かった……ルナ……」

「それじゃあ、次は私が掴んだ情報を話すね」
 という訳で続けて俺達はエネの話を聞く事になった。
「今、『白衣の科学者の研究施設の最奥』で、第二実験が行われているわ」
「第二実験?」
「『終末実験』化で特異な『感情数値』を計測した『人造人間』がいたみたい。
『第二実験』の目的は、彼の『精神』のコピーを取る事ね。私とおんなじに……。
 ただ、彼の場合、より完全な状態で、精神の模倣を取る必要があった」
「それは何故だ?」
「それがより微妙な物だから。白衣の科学者がヒビヤって言う人造人間の少年から取りたいのは、
『怒りの精神』なの。
 その為に『可能性世界』という世界を一年単位でループさせ、
一年の終わりに『ヒビヤ』の親友の『ヒヨリ』を殺して、それを何周もさせて、
その中でも特に高純度の『怒りの精神』をコピーするようにしたみたい」
「非道さに溜息も出ないな」
「だけど、『白衣の科学者の目論見』はある意味外れたのよ」
「どうして?」
「『可能性世界』を造った、『人造人間』EB5757、
『あの目』と呼ばれるソイツにはあるバグがあった。
 ヒビヤとヒヨリは『一日周期』で訪れる『死のループ』に巻き込まれてしまった。
 それには『科学者』も想定外で、
『陽炎』と呼ばれる死のループを形成するバグを取り除こうとしたのよ。
 その為に造られた『人造人間』がコノハ」
「じゃあ、コノハはそこに?!」
「そう……まだ『可能性世界』内にいる公算が高いわ。
 コノハは『可能性に介入』し、『平行世界』のように連なる『可能性』の中から
『陽炎』が消える未来を選び取る為に造られた個体よ」
「コノハという奴には協力を頼めるかもしれないな。彼は良いヤツなんだろ?」
「当たり前よ!」
「じゃあ、俺達が次の作戦を立てるとしたら、
 その作戦のメインは『第二実験の対象』ヒビヤとヒヨリの救出という事になるな。
 その過程で、コノハにも協力を仰ぐ。別班に、『研究棟』を襲撃してもらって、
 ルナや他の『囚われの人造人間』の救出を担当してもらう。
 ただ、問題は、『白衣の科学者』が二度も『研究対象』を奪われる事をよしとしないだろう事だ。
 今回は全面的な対決になるだろう。これが俺達の『最後の一撃』という事にもなりうる。
 決行は明日。――以上だ」
「ちょ、ちょっと待って下さい! そんなに簡単に決めてしまって良いんですか?」
「? お前はコノハに会いたいんじゃないのか?」
「いや、でもちょっと私に都合が良すぎるというか、何というか……」
「運が向いてきたとでも思っとけよ。当然明日はお前にも、そう、エネ、お前もだ! 
 お前らの力も絶対に必要になる。今日は良く休んでおいてくれ」
 俺は二人に背を向けて歩き出す。『メカクシ団ラストブロウ』。
『白衣の科学者への最後の一撃』が、『メカクシ団最期の一撃』とならないよう、
俺は今から作戦を立てねばならない。


5: ヒビヤ [×]
2012-08-22 01:32:33

■8月16日 13:00 『実験都市裏門前』 キド

 そして作戦当日がやってきた。傷付いた人造人間達の看護を担当する人間が必要だった為に、
今回は更に昨日よりも人数が減り、合計で20名程度。
ルリにも今回は人造人間達の『治療』に当たってもらう事にした。
 裏門にエネが入ったスマートフォンを繋ぐと、彼女は一瞬で何万パターンもの演算をし、
結果、あれだけルリが手こずっていた『裏門』は僅か3分程度で開いてしまった。
どれだけコイツは高スペックなのだろうか。
 『研究施設』まで『人造人間兵士団』の襲撃はなかった。
『施設内』の警備を固めていると考えているのが妥当だろう。
俺達は昨日のように、『実験施設』前で二つのグループに分かれた。
 レベッカを筆頭とする『メカクシ団15名』には、
『囚われの人造人間の救出』に当たってもらう。
俺はハンドサインでレベッカにエールを送った。
 今回のメインミッション、『可能性世界』からの『ヒビヤヒヨリ救出』及び、
『あの目との対決』、あとこれは出来れば避けたいが、『白衣の科学者と人造人間兵士団との抗争』
を担当するのが俺達という事になる。
 まずは俺、キド、昨日と同じメンバー、カノ、ジャン、マリー。それと今回はトガ。
今日から加わったのが『電脳体』エネ、『コノハに会いたい』Cだ。
特にエネは今回の作戦において重要な役割を担うだろう。
Cの方は名前が呼びにくいので、これからはシー子とでも呼ぼう。

 俺達は細心の注意を持って、『白衣の科学者の研究施設』へと潜入した。
 30分程度の潜入過程において、一度も『白衣の科学者サイド』の人間や『人造人間』と
全くすれ違わないのは出来過ぎである気がした。
『作戦』自体が読まれており、
この『研究施設』そのものが『巨大なトラップ』となっている可能性も否定出来ない。
 しかし、今はただ進むよりない。
 バルブ式の厚い鉄扉を押し開けると、そこには『街並み』の模型のような物が置いてあり、
その上からホログラフィックが投射されているようだった。研究室は『無人』だった。
「これが『可能性世界』――?」
 シー子が呟くように言うと、
「多分ね」
 とエネが短く返した。
「キド。ここまで無人っていうのは出来過ぎていない?」
「『白衣の科学者』は案外真っ向から俺達を叩くつもりなのかもな」
「どういう意味?」
「要するに『あの目』とかいう人造人間によっぽど自信があるんじゃないか? 
 今から俺達は『可能性世界』に侵入する訳だが、
 そこで『あの目』に無限回殺される運命に囚われてしまえば、
 後はそのまま実験終了まで俺達をそのままにしておいて、
『可能性世界』ごと俺達を投棄すれば一番手っ取り早いじゃないか」
「まあ、それを許さないように、俺とエネで団長たちを上手く『可能性世界』に入れてやるからさ」
「任せたぞ、トガ」
 『天才少年』であるトガと、『電子体』エネは相性が良いらしく、
 今回は彼らに『電子戦』を担当してもらう事になる。
 トガは、エネの端末を可能性世界を形作る模型に繋げた。
「どうだ? エネ。行けそうか?」
「『可能性世界』は確かに『あの目』が造った物だけど、それを『保持』しているのは、
 あくまで電気的な『バッテリ』みたい。莫大な予備電力をここに投入してるみたいね。
 だから、昨日キドたちが侵入した時にも復旧が遅かったのか……。
 ――。――――。出来たわよ」
「流石電子体。天才的だな」
「もっと褒めてくれても良いわ」
「トガ、エネ。どうなったんだ? 俺達は『可能性世界』に侵入出来るのか?」
「そこのホログラフに飛び込めば、『可能性世界』に入れる筈よ。『実体』を伴ってね。
 それからCはこれを持って行って」
「これは?」
「キドたちが『可能性世界』に入ったら、私達が『可能性世界』のコントロールを奪うわ。
 その隙に、『コノハ』にこれを渡して。メモリスティックで、現実と『可能性世界』を直接繋いで、 コノハに『物理干渉の権利』を付加するから」
「これがあれば、コノハは『あの目』に立ち向かえる力を手に入れる、って事ね!」
「端的に言えばそういう事」
「じゃあ、皆、準備は良いか? うんざりするような悲劇も、そろそろ幕にしよう。
『可能性世界』で『あの目』と決着を付ける」
 その場にいる全員が頷くのが見える。俺も頷き返すと、
一斉に『可能性世界』のホログラフの中に飛び込んだ。

■8月16日 14:00 『可能性世界』内 メカクシ団

 エネはキドたちが『可能性世界』に突入すると同時に、
『可能性世界』のコントロールを『あの目』から奪う。
「これはちょっと……キツイわ、ね……」
「エネ、何があった?!」
 トガが端末の中のエネの姿を確認すると、エネが右手から『黒い影』に侵食される様が確認できた。
「これは……」
「『あの目』が即座に『コントロール』を奪い返そうとしてる。
 だけど……もし、私が『コントロール』を奪い返されたら……
『あの目』は『可能性世界』を創った存在なのよ! 
 キドたちは『無限に殺され続ける』運命から逃れられなくなる!」
「エネ……」
「耐えなきゃ……一秒でも長く……」


 『可能性世界』に入る時、私、Cは潮騒の音を聞いた気がした。
 あれは過去の記憶――。
 きっと、一人だけで新しい水着を試そうとしたのが悪かったのだ。
友達と連れ添って行けば良かったのに、私は新しい水着を試すのを我慢する事が出来なかった。
 準備運動もろくにせずに海に飛び込んだ私は、かなり沖まで泳ぎだしたその時に足を攣らせ、
そのまま溺れて水中に没した。水を大量に飲み、口から酸素が逃げ、やがて意識も遠くなり――。
 次に目を覚ました時には、私は白濁した意識の中で、どこか地面に横たわっているようだった。
 その時、私の顔を、ぼたぼたと熱い涙が濡らした。
きっと、助けてくれた人が流しているのだろう。なんて、人が良いんだ、この人は――。
 助かった私という生命に、感謝でもしているのか。
 その暖かい涙は、いつまでもいつまでも私の心から離れず――。

 だから、そこにいるのが間違いなくコノハであると、私にははっきりと分かったのだ。
「コノハ」
 雨に打たれ、ヒビヤの精神の死に打ちのめされたままの周回21900回の彼が、
まるで有り得ない物を見るかのように私を見た。

「君は……まさか……。

 生きていて、くれたのか…………」

 ヒビヤの死とはまた違う涙をボロボロと零す彼に、私は、

「本当にあなたは……泣き虫なんだから……」

 と言った。

「あなたに涙は似合わない。ヒビヤを救って、コノハ」
「し、しかし、私にはどうする事も……」
「『物理干渉』さえ出来れば、あなたはこの世界では何でも出来る。違う? 
 エネって娘からあなたにプレゼント」
 メモリスティックは、『可能性世界』では朧げな光に包まれた球体のような姿になっていた。
 私はその球体を、コノハの胸に押し付ける。
 光の球はコノハの胸に静かに沈み込み、彼のぼやけた輪郭が、
 次第にはっきりしていくのが分かった。
「君の名前は?」
「Cっていいます」
「C。私は、失った物を取り戻してくるよ」
「行ってらっしゃい!」


 再び『試行』される『可能性世界』周回21900回。『ヒビヤ』の限界地点において、
私『コノハ』は、『雨』により『陽炎』を消し去り、そして……。
「ヒビヤ! 君の戦いはもう終わったんだ!」
 道路に踏み出そうとするヒビヤの身体をしっかりと抱きとめる。
 そして、この瞬間、21901回以降の『可能性世界』がαからβに書き換えられる――。
 『可能性世界』は、今この瞬間、21901回以降も『ヒビヤが生きている可能性』を許容した。


 同時に、現在の周回、終わらないループの中で『あの目』に殺され続けていた、周回33000回の『ヒヨリ』の隣に、彼女を守るべく『ヒビヤ』が出現する。
 彼は自身を盾にするように、ヒヨリと『あの目』の間に立った。
「ヒビヤ?! どうして?」
「俺にも良く分からない。何か白髪の男の人が助けてくれたんだ。
 それで何か俺が生きている事の方が『正しい』事になったらしい。
 とにかくアイツにこれ以上お前を殺されてたまるか!」
 『あの目』は忌々しそうに言った。
「何か邪魔が入ったな……異物が混入した……全く苛つかせてくれるぜ……」
 『あの目』はすぐさま力を振るってくるかと想われたが、
何かの影響により、ヒビヤたちに『無条件の死の運命』が宣告される事はなかった。
 しかし、『あの目』はその代わりに周囲に何十体もの、『陽炎』を展開した。
「嘘……」
「一体だけでも殺され続けてたのに、あれって複製可能だったのかよ……」
 うんざりしたように呟くヒビヤの前に、
今度は突然、フード付きのパーカーを着た、四人の男女が現れた。
「お前たちの悲劇を終わらせに来たぜ」
 皮肉げな笑みを浮かべる、緑髪赤目のシャープな印象の女性は、
ヒビヤが子供の頃から思い描いていた、『ヒーロー』そのものの姿だった。
「格好良い……」
 呆然と呟くヒビヤの代わりに、ヒヨリが尋ねる。
「あなたたちは一体……」
「俺か? 俺達は……まあ、正義の味方のような物をやっている」


6: ヒビヤ [×]
2012-08-22 01:47:43

Cから少し遅れて、『ヒビヤが生きている事が確定した』、
『可能性世界』33000周目に入り込んだ、俺『キド』の率いるメカクシ団。
 しかし、『ヒビヤ』に格好付けたのは良いが、これはなかなかに多勢に無勢だ。
 今や俺達は100を越える複数の『陽炎』に『ヒビヤとヒヨリ』を中心にして、
包囲されている形になった。
全方位を守らなければいけないので、俺達は連携を崩され、
俺は持ち前の格闘で一体一体『陽炎』を打ち倒し、
カノの『トリックアート』はどうやら『陽炎』にも有効であるようで、
死角から『陽炎』の急所らしき場所を狙う。
マリーはちょこまかと動き回りながら(そして時折コケながら)
『陽炎』一体一体と『目を合わせ』石化していた。
ジャンもあまり切れはないが『田舎流喧嘩術』のような物を駆使して、『陽炎』とやり合っている。
 やはり、多勢に無勢。
 俺達が『陽炎』を消失させても、『あの目』の周りには次々と『陽炎』が湧き上がってきやがる。
 俺が苦々しい物を噛み締めていた時、更に絶望的な報告がトガから入った。
「エネが……エネが!」
「すいま……せ……皆さん、『あの目』に『可能せ…………コントロ……奪わ…………」
 ノイズと共に通信が切れ、同時に『あの目』がこれ以上ない程に残虐に顔を歪める。
 現時点まで、『メカクシ団』に、『陽炎によるループ』で何万回も
『ヒビヤとヒヨリ』に与えられていたような『死の宣告』が為されなかった理由は、
ただ『エネ』が『可能性世界』の『コントロール』を奪っていたからだ。
つまり『可能性世界』での『あの目の権限』を『制限』していた形になる。
『エネ』が『あの目』に逆に侵食され『コントロールを奪い返された』今、
『メカクシ団』を『死の宣告』から守る物は何もない。

 ――そして『あの目』は一度指を鳴らし――。


 まず、メカクシ団団長『キド』が何もない上空から現れた『工事現場の資材』、
その限りなく鋭利な先端を垂直に頭蓋に受け、まるで魚に串が通されるように、
そのまま背骨の方向まで突き抜けた。――即死。
 次に『カノ』の頭から5メートル程離れた位置に、魔法のように拳銃が出現。
誰もいないのに勝手にその引き金が弾かれ、螺旋する射出弾は、カノの脳髄を辺りに撒き散らした。
――即死。
 続いて、『ジャン』と『マリー』へと、突然、2トン車トラックが横転しながら突っ込み、
二人は為す術もなくハエ叩きに叩かれた虫のように圧迫され、肉塊のペーストになった。
――両者とも確実に即死。

 ヒビヤは必死に嘔吐を堪えながら、目の前で『正義の味方』の生命が散っていく瞬間を、
絶望的な面持ちで見守っていた。

 そして、『あの目』の魔の手が遂に、『ヒビヤとヒヨリ』に伸びようとした所で、
本当の『真打ち』が登場する。

 その性格上の都合から、いつも『出遅れる』彼は――。

「今度こそ誰も、終わらせない」

決意に満ちた言葉を吐いた。
 ヒビヤはその名前を知ろう筈がない。ついさっき会ったばかりなのだ。
それまで『可能性世界』内ではヒビヤは『彼』の事を物理的に観測する術がなかった。
 しかし、ヒビヤは天啓のように頭に沸いたその名前を、ただ一言呟いた。

「コノハ?」

「そうだ、ヒビヤ。私はコノハ。

 本当に遅くなってしまったけれど――今度こそ君たちを、助けるから」

 コノハが『何か』を握り締めるような動作をする。瞬間、『可能性は選択』され、
キド、カノ、ジャン、マリーの四人が復元した。
一度殺された彼らの心象は『なに今の』という
カノの端的な吐きそうになっている言葉が表していたが、
それでも彼らも『コノハ』の出現を歓迎する。

「――遅すぎだぞ、お前。『重役出勤』にも程がある」

「ごめん。でも、今度こそ私が終わらせる」

 コノハが周囲を手で払うような動作をする。
『可能性創造』によって造り出された『陽炎』がコノハの『可能性の選択』により次々と消え去った。


「――――さあ、EB5757、そろそろ決着を付けよう」


 コノハは一言吐くと、一気に跳躍して、『あの目』との距離を詰めた。
コノハが繰り出すのは単純な殴りだ。
何も込められていないかのように見えるそれには、『幾重にも重なった』彼の祈りが込められている。
 対する『あの目』はまるで防御壁を張るように、
『自らにコノハの拳が届かない』という『可能性を創造』し、張り巡らせる。斥力が破裂した。
この拳には彼の全てが込めてある。
Cを助け、そして、彼女に助けられ、一度は絶望しその生存を諦めたヒビヤを、
ようやくその手に取り戻したのだ。

 ヒヨリとヒビヤの悲劇は、お前を消す事で終わる――。

 『コノハ』の『可能性選択』を込めた拳と、
『あの目』の『可能性創造』を込めた防御壁がぶつかり合い、じりじりと押し合う。
 『コノハ』は『可能性世界』の為だけに『造られた』、『人造人間』である。
『物理干渉』を奪われていたのは、逆説的に言えば、
『可能性世界』内では『コノハ』は『あの目』を凌駕するスペックを誇るという
『可能性』を示唆する。
 しかし、コノハは、ジリジリと『あの目』の防御壁を押す自らの『拳』――
――その結果が単なる『スペック比』によりもたらされた物ではない事を知っていた。
「な、何故だ?!」
「お前には一生分からないよ」
 『あの目』の防御壁を遂に打ち破ったコノハの拳はそのまま振り抜かれ、
『あの目』の左頬をそのまま打ち抜いた。

 コノハは『あの目』の内部に自らの『可能性選択』の力を侵食させると、
『あの目』がその『能力』を持たないという未来を力付くで選択する。
『可能性世界』の『創造主』たる『あの目』の能力が喪われた事で、
『可能性世界』は崩壊へと向かっていく――。

「急ごう! 皆! 手を出して!」

 コノハがメカクシ団と、ヒヨリとヒビヤに手を差し伸ばす。
 6人がコノハの手をしっかりと握って、『彼ら』は一つの流れ星のように宙に舞い上がり、
『可能性世界』を脱出した。


7: ヒビヤ [×]
2012-08-22 02:00:27

■VSヘッドノック

■8月16日 15:00 『実験都市』内『研究施設』 キド

 俺達六人は無事『現実世界』に躍り出て、着地した。
 何が起こるか分からないので、その瞬間に、こちらから勝手に、
『コノハ』、『ヒビヤ』、『ヒヨリ』の三人を、『メカクシ団』として『認定』する。
相手に拒否の意志がなければ『認定』に『条件』はない。
 これでこの場にいる全員が俺の『サーチ』と『オーダー』の領域の中に入った。

 『目的』は達したのだから、後は『逃亡』を図るだけ。
しかし『最悪のタイミング』でこそ、ソイツは現れる。
出来れば避けたかった『邂逅』。
しかし、どこかで『対決』しなければならないと分かっていた『男』。
 ソイツは、
「まさか、『実験対象』を二人も盗んでおいて、本当に逃げ切れるとは想っていまいな?」
 と言いながら、『人造人間兵士団30人』を連れて、『研究室』に入り込んできた。
 ヘッドノック。『白旗先進科学技術集団』、『白衣の科学者』の長、
『実験都市及び終末実験』の企画立案者。考えうる限り、『最低』、『最悪』の男。

「捻り上げろ!」

 ヘッドノックが手を振り上げると、一斉に『兵士団』が掛かってこようとする。
彼らと『真正面』から『戦闘』すれば『メカクシ団の敗北』は必定だ。
 だからその前に――その『心理的優位』の不意を付く!
「エネ! マリー! トガ!」
 私は端的に『オーダー』を飛ばす。
瞬間的な『能力の発動』を、ジャンが側にいて、サポートしてくれた。

「トガ! 私の入ってるスマートフォンを掲げて!」
「こうか?!」
「充分! さあさあ、とくと御覧じろ! 『皆、私の事を見ろぉ』!」
 エネの入ったスマートフォンから『指向性の電磁波』が周囲に放たれる。
『非情に不快かつ有害』なそれは、否応なしに『兵士団』の『意識と視線』を『蒐集』した。
これこそが『コレクト』。『電脳体』としてのエネの『能力』だ。
 そして、
「皆さん、固まって下さい!」
 何故か敵に対しても敬語なマリーが、その視線を正面から受ける。『石化の魔眼』。
本家メドゥーサから見ると丁度威力も『クォーター』(4分の1)であるそれも、
しかし、『兵士団30人』の内、『25人』をたちまち戦闘不能にした。
 残りの5人の意識を、戸惑っている内に『私とカノ』で落とした。

「どうだ……ヘッドノック……お前は『個人』でなら、最早恐れるに足りない!」
「それはどうかな……? 『メカクシ団』の『団長』……。
『科学者』が非力というのは、やはり『科学』を知らない人間の幻想に過ぎないのだよ!」

 ヘッドノックは『小型化』された『k-07』を『6個同時に』投擲した。
「はあ……?!」
 一瞬、フェイクかと想ったが、どう考えても本物だった。上手く思考が回らない。
『小型版』とはいえ、『実験都市』を丸々壊滅させた爆弾だぞ?! 『自爆』する気か?!
 瞬間、エネの思考が割り込んでくる。
『オーダー』による『メカクシ団』の仲間への『思考収集』。

(キド! k-07には爆風圏内にも『死角』が存在している! 
 ヘッドノックは『6個』全部の『死角』に自分だけが入るようにk-07を投擲したのよ!)
(そんな無茶な! 何て頭だよ、それ! 『エネ』、他に『死角』はないのか!?)
(無理なの……!! k-07の爆風圏内の『死角』データは私は保持してる。
 でも、投擲による位置がバラバラ過ぎて演算出来ない!)
 瞬間に交わされる思考のやり取りは0.5秒にも満たなかった。
しかし、『打開策』は得られず、この瞬間にも『死の渦』はその爆風を今にも展開させようとする。
「エネ! 俺に『k-07』のデータを見せろ!」
 『オーダー』の能力により、トガの頭脳が限界を越えて回転し、
『爆弾』の描く『放物線』から『着地地点』を割り出し、そこから、
『k-07』の6個分の『爆風圏内』と『死角』を計算する様を、俺は見ていた。
「お前には見えないだろうが……俺には既に『答え』が視えた」
「御託は良いから!」
 ビシリとヘッドノックを指さしながら言うトガに、俺はすかさず突っ込んだ。時間がない!
 俺は『トガの脳内』にある『k-07計6個の死角』のデータを
『メカクシ団全員の脳内』に『オーダー』した。
 まるで、転がるように『団員全員』が動き回り、僅か二箇所の『死角』に身を寄せ合う。
 『死の渦』が展開。『爆風』と『風の刃』が撒き散らされる。
本来なら『死角』にいても相応のダメージがある筈だが、
『自らを傷めない』ように『改良』したのが『死角』内では殆ど傷を負う事はなかった。

 流石に目を見開き驚愕した風のヘッドノックに、エネが宣誓するように断言した。
「私達の心は『繋がって』いる! 
人の心と身体を弄んできた『独り』のあなたが、私達に勝てる筈がないのよ!」
「何を非合理的な事を……」
「いい加減、降参しなさいよ!」
 ヘッドノックに追い打ちを掛けるように、『C』の『ブラインド』が発動する。
『ブラインド』の効力は『対象者数秒間の失明』。文字通り『視力を奪う』。
「目がァ……私の『目』がァ……」
 やはり、『科学者』の中では『視覚』は一番重要な五感なのか、
情けなく呻くヘッドノックの背後に『ヤツ』はいた。

 そう。誰が予想出来るだろう――『k-07』の『死角』は正確には『二箇所』ではなかった。
『三箇所』だ。しかし、普通の神経ではそこは選択出来ない。
 『三箇所』目の死角とは『ヘッドノック』の背後だ。
あの爆弾破裂の瀬戸際において、それでも余裕綽々と、
『ヘッドノック』の後ろを取った馬鹿がいた。
 その馬鹿は、事もあろうに、俺がリーダーを務める『メカクシ団』の『副リーダー』をやっている。

 ――その名前を『カノ』。
 お気楽な『馬鹿』は、人の目を『欺き』、奇想天外な『発想』で、人の予想を『凌駕』する――。

「ヘッドノック! 後方不注意だ! 意識散漫ってヤツだね!」
 巫山戯た台詞を吐きながら、カノは思いっ切り、
その組んだ手をヘッドノックの後頭部に振り下ろす。
 俺は豹のように疾駆し、ぐらりと前方に倒れる勢いを『カウンター』気味に利用して、
ヘッドノックの顎を思い切り拳で振り抜いた。
 凄まじい勢いで激突した拳は、ヘッドノックの身体を三回転半の『錐揉み回転』を加えつつ、
背後にいたカノを巻き込んでぶっ飛ばした。

「お前だけは、俺が殴り飛ばさなきゃ気が済まなかったんでな」



8: ヒビヤ [×]
2012-08-22 02:09:39

巻き込まれたカノから抗議の声が上がる。
「な、何するのさ……キドぉ……」
「後ろにいたお前が悪いんだろ?! 全くふざけやがって……。
どこに行ったかと想ったぞ! 『敵』の後ろで爆風やり過ごすとか、お前はアホか! アホなのか!」
「引きずり出してくれぇ……」
 カノとくだらない漫才を繰り広げていると、色を喪ったエネの声が聞こえてきた。
「皆さん……」
 彼女が入っているスマートフォンを覗き込まなくても、
彼女の顔が青ざめているのが見えるようだった。
「ヘッドノックの意識が消失した瞬間、『時限爆弾』が始動しました。
……まさか、この展開すらも『想定内』だったって言うの!」
「落ち着けエネ……! それで後何分なんだ?!」
「3分です」
 俺は空気が凍ったような気がした。3分? え……? 3分だって……?!
「そんな馬鹿な……ここは『研究施設の最奥』なんだぞ!? 
行きだって用心深くは来たが『30分』は掛かった……! そんな、そんな時間じゃ……」
 俺の心を、諦念が包む。同時に『メカクシ団』の心の内にも、
徐々に黒い物が沸き上がってくるのが、『オーダー』を通して感じられた。

 ――しかし。そんな中で。

 ただ2人の『少年と少女』だけが、けして『絶望』していなかった。
彼らの名前は『ヒビヤ』。そして『ヒヨリ』。
『白衣の科学者』の『悪魔的な第二実験』の『被験者』だ。

「キドさん。俺達、皆には本当に感謝してます。
皆が来てくれたから、俺達はあの『死ぬばっかの世界』から脱出できた」
「そして、コノハ。あなたがいたからこそ、私達はあの『絶望的なループ』から脱出する事ができた」
「皆にも、コノハにも、本当に感謝してる……」
「そんな最期のお礼なんてものは……」
「キドさん。話を聞いて下さい。
俺達は、『陽炎』に作られた『ループ』の『周回20000回目』である能力に目覚めたんです。
それは『死の運命』を確定する『陽炎』には全く役に立たない能力だったけど……」
「今、分かったんです。きっと、この時の為に、『私達』は『能力』を得たんだって」

 『ヒビヤ』と『ヒヨリ』は祈るように指と指を絡め合い、静かに目を閉じる。
それは、彼らの報われない『ループ』から『一瞬でも逃れたい』という心の結晶。
『悲劇的な世界』での『安息』を、『一秒でも長くしたい』という心からの祈り。
 『陽炎』を覆すには至らなかったその『能力』が、今、『奇跡』の『象徴』として、
その『効力』(チカラ)を発動させる――。

「「クロック!」」

 重なり合う二人の声が響いて、音が消えた。

 ――時が止まった世界の中で、『メカクシ団メンバー』だけが動作していた。

 『クロック』は時を停めるという最高峰の能力である。
『陽炎』による『無限の死』という報われない『運命』を担わされた彼らだったからこそ手に入れた
それは『規格外の能力』だった。
 『クロック』は本来、『ヒビヤとヒヨリ』のみを効力圏内とするが、今メカクシ団の『意識』は、
キドの『オーダー』を通じて、繋がっている状態にある。
『能力』が『バイパス』され、『メカクシ団全員』にその『効力』が『適用』された。

「凄いじゃないか……ヒビヤ、ヒヨリ……これで『外』に至る事が……」
「すいません! これでも届かないんです! 足りないんです!」
 ヒビヤの悲痛な叫びが、俺の言葉を遮る。
「何だって……?!」
「私達の『クロック』は二人で一緒に発動する事によって、『継続時間』を伸ばせる。
だけど、『10分』が限界なんです……!」
 またも目の前が暗くなりそうになるが、しかし、それならばまた『手』はある。
 いつの間にやら、『彼』は『ヒビヤとヒヨリ』に寄り添うようにして立って、
薄く涙を浮かべている。

「僕には、想像する事しか出来ない……。
でも、そんな『凄い力』を手に入れる為に、
君達は何度も何度もループを乗り越えて……『陽炎』と戦ってきたんだね。

 君たちは本当に……頑張ってきたんだね……」

 ジャンがその『純朴な祈り』が込められた手のひらを、
『ヒビヤとヒヨリ』の合わせられた手の上に重ねる。

 ジャンの『アシスト』が発動し、『クロック』の効力時間を更に引き延ばす――!

「エネ! 計測してくれ! これで何分『クロック』は継続する……?!」
「――! ――――! 計測完了! 19分弱はいけます!」
「20分あれば楽勝だ! これから『メカクシ団』は『脱出ミッション』をスタートする!」
 皆が一斉に勢い良く頷くのが見えた。
「で、でも! 本当に間に合うんですか?! かなり際どいですよ……!?」
「心配するな、エネ。
 俺達を誰だと想っている……? 『社会的弱者互助集団メカクシ団』の面々だぞ?! 
『戦う』事には正直不慣れでも、『逃げ足の速さ』なら誰にも負ける気がしない!!」
 俺は決め台詞にもならない言葉を吐いた。誰かが笑っている。『危機的状況』なのに、
全然心が重くない。これなら楽勝で俺達は『脱出』出来るだろう。そんな予感があった。


――こうして、『メカクシ団』VS『白衣の科学者ヘッドノック』の抗争は、俺達の勝利で幕を閉じた。


9: ヒビヤ [×]
2012-08-22 02:20:23

■今ここにある『未来』

■8月16日 15:30 『実験都市』 キド

 何か凄いパニックに陥っても仕方がない状況だったとは想うのだ。
20分弱で逃げ出せなければ、『全員が爆死』していたのだから。
それなのに、何故か俺達には巫山戯合い、笑い合う余裕すらあったのだ。
 『研究施設』を抜け出すと同時に、背後で『爆発』が起き、
まるで映画のように前方に向かって『ダイブ』する。
爆発圏内が『研究施設』を覆うレベルで良かった……
『しかし、彼らは結局爆死した』では、笑い話にもならない。
 『ダイブ』の際、トガに背負われていたコノハが転げ落ちる。
まず、コイツが格好の標的にされるに違いない。

「あー! 本当に脱出出来た! 夢みたい!」
 Cが朗らかに叫ぶ。
「これは確かな『現実』ですよ……」
 若干暗い声でヒヨリが言い、
「ゴメンゴメン!」
 と終わらない『悪夢』を見てきた彼女にCが謝っている。
「それにしても、コノハ、体力なさ過ぎよ!」
 エネが突っ込みを入れる。
そう……コノハは脱出の最中で体力が尽き『もう走れない……歩けない……』だのと
遠足に疲れた小学生のような事を宣うので、仕方なくトガに背負って走ってもらう事にした。
「うう……済まない。元来、私は運動が苦手で、凄まじい運動音痴なんだ……」
「あれだけ格好良く人を救ったのにな。俺の中の『格好良いコノハ』を返せよ運痴」
 ヒビヤがコノハに突っ掛かっている。
「いや……そもそも、何で俺がコノハを背負う事になってんだよ……
明らかに『頭脳労働』タイプの俺は体力がないのが明らか、
っていうか、ジャンとか、カノとか、キドとか、適任が他にいただろうに……」
「俺を含めるな」
「だって、『メカクシ団』で一番『体力』あるのって正直団長だろ?」
「女の俺に、男性のコノハを背負えと言うのか……」
「こういう時だけカワイコぶらないで下さい!
 お願いします、団長。というか、何で俺が背負わされたんだよ、結局」
「端的に言うと」
「言うと?」
「『お前には見えないだろうが……俺には既に答えが視えた』という台詞がまあウザすぎたな……
厨二病過ぎて。何かそれでムカついたからつい……」
「あれが理由か?! 正直すいません! 忘れてください団長!」

 丁度その時、『研究棟』に潜入していたレベッカとメカクシ団団員、
そして助けだされた『囚われの人造人間』達が、キドたちに合流する。
「流石です、団長! よくぞご無事で!」
 敬礼するレベッカに、
「まあ、そのアレだ。皆のお陰だよ今回は。掛け値なしにな」
 俺は感慨深く呟いた。
「俺が大活躍したお陰でもあるよね!」
「そんな訳があるか……!」
 カノの奴にヘッドロックをかましてやる。
 そんな時、目の前にエネと瓜二つの少女が立っていた。
「お前……もしかしてルナか……? 話には聞いていたが……これ程までとは……。
 おい、トガ! エネを持ってきてやれ! ルナがいたぞ!」
 トガが掲げたスマートフォンの画面越しに、『相似形の少女二人』はきょとんとした顔を浮かべる。
「え、エネよね……何で電脳体のアバターが私に姿とそっくりになっているの?!」
「いやまあ、『自分に対して人生で積み上げてきたイメージ』よりも、
『あの一瞬のルナの表情』の方が印象深かったというか……」
 驚きの表情から一転、ルナは厭らしい表情を浮かべる。
「へえ……。一瞬でそんなに『私の姿形』に『恋』をしてくれちゃうとは……」
 エネにも勿論それが悪ふざけだと分かっていたが、突然の『百合疑惑』に困惑を隠せない。
「え、ええっ?! そんなんじゃないってルナ……
まあ凄く綺麗だったけど……もっと『純粋』な感じの気持ちで……」
「へえ、プラトニックな愛がエネのお好みか……(ますますレズっぽいんだけどな、それ)」
 ぼそりと呟かれた意地悪な言葉に、
あれだけ頼もしかった『電子体』エネは為す術もなく『赤面』した。
「ベースに戻ってから二人の馴れ初めも聞いてみたい所だな……
昨日は忙しくてそれどころじゃなかったし……」
 沸き上がる語り合いは、今もとどまる事を知らない。
『おいおい、ここはまだ実験都市の中なんだぞ……』と想いつつ、
さっきまで会話に参加していた俺も他人の事は言えない。
「おい! 皆! そろそろベースに引き上げよう! 
このままだとルリが勘違いして泣くし、泣きだしたルリは超鬱陶しいぞ! 皆も知ってるだろ!」
 ルリをネタにした俺の号令に、皆が笑い、撤収が始まる。

 その場にいる誰もの顔に、笑顔が溢れている。
こんな日々が、『本部に撤収した後の日常』でも、ずっと続くと良い。
 それは、これまで何度も何度も『悲劇的な運命』に苦渋を舐めさせられてきた俺達が、
やっと手を伸ばす事の叶った、今ここにある『未来』そのものだった。


10: ヒビヤ [×]
2012-08-22 02:25:10

俺もあの一瞬はコノハに憧れてたのにな・・・
まぁ・・・終わりよければ全て良しって言葉もあるしな・・・
終わりの悪かったコノハは仕方ないよな・・・

―――――――目隠し完了――――――任務完了(ミッションコンプリート)。

11: リリア [×]
2012-08-22 18:40:25

全部読みました!
すっごくおもしろかったです!
続きはないんですか?

12: カノ [×]
2012-09-11 07:26:21


すごいねーw
文才あるんじゃない?(ニコニコ)

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